No.543911

俺達の彼女がこんなにツインテールなわけがない ダブルデート

コラボ作品全3話もの

新しく出帆した電子書籍会社の玄錐社(げんすいしゃ)さんの音声付き電子書籍アプリELECTBOOKで1作書かせて頂きました。題名は『社会のルールを守って私を殺して下さい』今週中には発売予定です。有料(170円)ですが、よろしければご覧ください。会話文、地の文共に音声が入っているのがこのアプリの最大の特徴です。なお、アプリは現在の所、iphoneやipad touchなどappleのモバイル端末(iOS6)専用となっています。宣伝に関しては発売後にまた改めて詳細をお伝えします。


続きを表示

2013-02-13 23:31:05 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:4718   閲覧ユーザー数:4566

俺達の彼女がこんなにツインテールなわけがない ダブルデート

 

 

 12月前半の土曜日夕方のことだった。

「なあ、京介」

 妹の友達であり、俺とも親しい女子中学生来栖加奈子(くるす かなこ)がノックもせずにいきなり俺の部屋に入り込んできた。

「何だ?」

 来月にセンター入試を控えて受験勉強していた俺はちょっと面倒臭そうに尋ね返す。

 けれど加奈子は構うことなく、俺の座る椅子の背もたれをいきなり掴む。そしてグラグラと揺らしながら唐突に提案を持ち掛けてきた。

「明日、加奈子とダブルデートしてくれねえか?」

「はっ?」

 提案の内容も唐突すぎてわけが分からなかった。とりあえず振り返って加奈子の顔を確かめてみる。

 ツインテールがトレードマークの小柄な少女は気難しい顔をしていた。コイツにしては珍しく眉間に皺が寄っている。

 単なる悪戯で俺をからかおうとしている訳じゃなさそうだ。

「どういうことなのか説明してみろ」

 椅子の向きを反転させて加奈子と向き合う。

「そうだなあ。すっごく簡単に説明するとだなあ。オメェがあたしとデートしてくれないと……」

「デートしないと?」

 加奈子は大きく瞳を見開きながら顔を青ざめさせた。

「あたしはきっと処女を失うことになるな」

「はぁ~っ?」

 加奈子の言っていることはまたも理解不能だった。だけど、言っている内容は不穏等極まりないものだった。

 

「おっ、お前。処女を失うことになるって……」

 喋っている途中で息が詰まりそうになる。中3の少女にそんな話を聞かされると生々しすぎてどう反応していいのか分からない。

「安心しろ。あたしは正真正銘の処女だぞ。大事なものは京介(きょうすけ)の為に全部取ってあるかんな」

 加奈子はその薄すぎる胸を叩いて自慢してみせた。ニカッと歯を見せる笑顔が眩しい。けれど、そんな話を聞かされる俺は平然としていられなかった。

「そっちを問題視してんじゃねえ。それに、女子中学生が堂々とそんなことを口にすんなぁっ!!」

 大声で加奈子を嗜める。聞いているこちらの方が恥ずかしい。

 でも、そうか。逆ナン大好きで援交っぽいイメージが付きまとうが、加奈子は……経験ないんだな。うん。それは良かった♪

って、俺は一般論として女子中学生の性行為に否定的なだけだかんな!

別に俺が加奈子の初めての男になるだなんて欠片も考えてないからな!

「加奈子は京介の嫁になるって決めたからな。だからさっさとあたしを嫁にもらってくれて構わねえからな」

 加奈子は自分を指差しながらちょっと照れてみせた。

「そりゃあ……どうも」

 素っ気なく返事しながらも加奈子のストレートな押しにちょっとクラクラする。

 黒猫との悲しい別れ。受験勉強と妹のことが気になって、しばらく恋愛からは距離を置くと決めた。

 受験が差し迫ったこの状況で恋に落ちたらきっと受験にも落ちる。その結果として人生も坂を転がり落ちていく気がしてならない。

けれど、これだけ好意を正面から向けられるとその決意も揺らいでいく。加奈子と付き合うのも悪くないんじゃないか。そんな気分になってくる。

 最近の加奈子はすっげぇ可愛いしなあ。性格も以前に比べて素直になったし。って、今はそんなことを考えている場合じゃない。

 

「その、処女を失うことになるっていう物騒な理由を述べろ」

 恥ずかしさに耐えながら再度話を切り出す。加奈子の話はただごとじゃない。下手すりゃ警察沙汰にしないといけない事件なのかも知れない。

「アタシにデートしないかって持ち掛けてきたのは、イベントのスポンサーなんだよ」

 加奈子はムスっとしながら核心部分と思しき箇所を話してくれた。その話を聞いて俺は目を大きく見開いた。

「そっ、それは、アレなのか!? 芸能人には付きものだという枕営業を強要されているということなのかあっ!?」

スポンサーやテレビ局のお偉いさんが仕事を与える代わりに体を要求するという例のアレなのかぁ~~っ!?

「そっ、それじゃあ、いやらしい中年オヤジが加奈子のペッタンコを狙っていると言うんだな。許せんっ!」

 まだ見ぬエロオヤジに俺の怒りが集まっていく。小学生のブリジットちゃんよりも胸が小さい加奈子を狙うなんて!

「ペッタンコ言うなぁっ!!」

 加奈子のゲンコツが俺の頭を襲う。

「痛ってぇ……っ!!」

「自業自得だ。バカっ!」

 顔を真っ赤にして怒る加奈子。お前の為に怒ったのにちょっとヒデェ。

 

「けど、中年オヤジが加奈子のことを狙ってんだろ?」

「中年オヤジじゃねえよ……」

 加奈子は唇を尖らせた。

「美少女変態女子高生が加奈子のこのキュートバディーを狙ってんだよ」

「はぁ~~~~っ!?」

 また大声を上げてしまう。でも加奈子の言葉は毎度あまりにも意味不明だった。

「とにかくあたしは那須原(なすはら)アナスタシアって女子高生に操を狙われている。それをやり過ごすには京介。お前とデートしてラブラブっぷりを見せ付けてあの女を諦めさせるしかねえんだ」

「何つーか、とても倒錯した話だな。それは」

 とても嫌な予感がする。こういう時の俺の予感は外れてくれなかったりする。

「ま~今すぐあたしを京介の嫁として認めてくれるのなら、モデル業やめて家庭に入るって解決法もあるんだが。むしろあたし的にはそっちが良かったりもするんだぜ」

 加奈子が頬を染めながら俺の肩を撫でた。

「オーケー分かった。明日デートだな。待ち合わせはどこに何時だ?」

「加奈子は最近料理も掃除も頑張ってんだけどなあ」

 大きくため息を吐く加奈子。好意を向けてくれるのは嬉しいが、今は人生の重大な岐路なのだ。求められるのは硬派を貫く俺。

こうして俺は日曜日に美少女中学生とダブルデートすることになったのだった。

 

 

『行っくよぉ~~っ! 超級覇王電影メルル弾っ!!』

 今日もイベントはいつも通りだった。

 あたしの演じるメルルはいつものようにキモヲタたちから大喝采を浴びていた。

 まあ、もう慣れた仕事だしな。客の反応も手に取るように予測できる。

 だからあたしはプロとしてキモヲタたちを最大限に楽しませてやった。

 そんなこんなでイベント自体は成功だった。問題はその後、楽屋に戻ってからだった。

 

『加奈子。イベントのスポンサーさんが今からこの部屋を訪れるから失礼のないように対応してね』

 

 とても笑顔で果てしなく面倒くさいことを述べてくれた新垣(あらがき)あやせ。

 コイツは自分の予定に空きがあるとあたしの仕事ぶりを見に来る。応援ではなく監視にだ。そして、毎回面倒ごとをあたしに押し付けてきやがる。

『スポンサーへの挨拶はマネージャーの仕事だろうが』

 瞳を細めて精一杯の反論に出る。コイツの言うことを聞かされ続けていると、どんだけ時間外労働が増えるか分かったもんじゃねえ。

『実際に仕事をいただいているのは加奈子の方でしょ? 挨拶しに行って当たり前です』

 優等生さまは人差し指を立てて見せながらお説教してくれた。

 コイツは将来すっごい教育ママになるに違いない。で、子供の趣味が認められなくて大喧嘩になって何年も口をきかない関係になる。うん、断言できる。

『それを相手の方からわざわざスポンサーさんの方から来てくださるというのだから。土下座して待っているのが当然でしょうが』

『当然じゃねえよ』

 あたしだったら引くぞ。ドア開けた瞬間にメルルがいきなり土下座して待っていたら。

『とにかく、最上級の礼を尽くしてスポンサーさんをもてなすこと。分かりましたか?』

 あやせの野郎、鋭い目で睨んできやがった。

 だが、この瞳の内はまだいい。ここでノーと言おうものならヤンデレモードにチェンジだからな。殺戮上等に変わってしまう。コイツはそういう女だ。

 

『分かったよ』

 仕方なく頷く。京介の嫁になるまで死んでたまるかってんだ。

『じゃあ、わたしは先に行くけど。加奈子はちゃんと対応してね』

 あやせは世の男どもを魅了して止まない笑みを発した。でも、あたしは騙されない。

『加奈子には接待を命じておいて、自分は去るのかよ?』

 あやせをジト目で睨む。

『そろそろお兄さんが短期講習を終えて家に帰る時間なの。“偶然”お兄さんと帰りを一緒にしないといけないから』

『随分と手の込んだ“偶然”だな』

 あやせと視線の火花を散らす。

『あの鈍感はそんな回りくどいやり方をしてたんじゃいつまで経っても落とせないぜ』

『フンッ。お兄さんはヴィジュアル重視だから、ペッタンコな加奈子じゃどんなに押しても相手にされないわよ』

 火花が更に激しく飛び散る。

『あやせ。オメェには負けねえよ』

『わたしも。加奈子には絶対に負けません』

 あやせは宣戦布告を告げるとひっそりと出て行く。

『タクッ。今のあたしは中年オヤジにモテても全然嬉しくねえってのによ』

 今の加奈子さまは京介一途なんだよ。そう小声で付け足す。

『中年オヤジではないわよ。いらっしゃるのは』

 扉を閉める間際、あやせは顔を向けないまま小さく呟いた。

『どういうことだ?』

 あやせはそれに答えることなく出て行った。

 それから1分も経たない内だった。

『こんにちは。可愛いメルルさん』

 ソイツがあたしの前に現れたのは。

 

 

『こんにちは。可愛いメルルさん』

 ノックもせずに楽屋に入ってきた金髪碧眼ツインテール女。あたしほどでないにしても美少女と言えるソイツはあたしの顔を見ると満面の笑みを浮かべた。

 ブリジットと同じ西洋人に見えるソイツはあたしを見ながら瞳を輝かせている。無表情を装いながらも口がモゾモゾと動いて興奮を隠せていない。

『あ、ああ。こんちは……』

 あたしは最初、ファンが楽屋に紛れ込んで来たんじゃないかと思った。

 だってそうだろ。高校生ぐらいの女が関係者以外立ち入り禁止エリアに突然いたりするのだから。しかもメルルな衣装を着てピンク色のカツラをかぶったあたしに興味を示しているのだし。

『あのさあ。わざわざ来てもらって悪いんだけどよぉ。ここ、関係者以外立ち入り禁止なんだわ』

『なら、問題ないわ。私は関係者だもの』

 女は流暢な日本語で、しかし素っ気無く答えた。表情もいつの間にかすっげぇ無表情というか能面になっている。

『関係者なんだとしても、話は後にしてくんないか? あたしはこれからスポンサーに会わなきゃいけねえんだ』

『なら、それも問題ないわ』

 女はまた流暢にそして素っ気無く答えた。

『何で問題ないんだよ?』

『だって、私がこのイベントのスポンサーだもの』

 女は3度素っ気無く答えた。

『えっ? えぇ~~~~っ!?!?』

 あたしは素っ頓狂な声を上げてしまった。でも、目の前の女にスポンサーを名乗られて平然としていられるわけがなかった。

 

『えっ? えっ? 今日のイベントのスポンサーって、お、お前なのかっ!?』

 女を指差しながら驚く。あたしより2、3歳年上に見えるとはいえ、どう見ても未成年だぞ、コイツ。

『より正確に言えば、正式なスポンサーは父の会社で、私はその代理でイベントの視察にやってきた娘ね』

 女は相変わらず素っ気無い声で答えた。

 あたしは少ない脳みそをフル回転させて今日のイベントに関する情報を整理してみた。

『今日のスポンサーって、何とか重工だったよな。えっと、確か……篠原重工?』

『それはパトレイバーを作っている別の会社よ。正解は那須原重工』

『じゃあ、あんたは……』

『ええ。私は那須原重工社長の娘、那須原アナスタシアよ』

 アナスタシアと名乗った女は少し楽しそうに笑ってみせた。

 

『じゃあ、あんたがここを訪ねてくるっていうスポンサーだったのか。横柄な対応をして悪かったな』

 後頭部に手を添えながら軽く頭を下げる。

 あやせに言われなくても加奈子さまはちゃんとデキる女なのだ。

『あやせが情報を詳しく教えてくれなかったもんで分からなかった』

『あやせ? ああ、先ほどまで私を案内してくれた、すごい美人だけど一歩間違えるとヤンデレ決定な彼女のことね』

『そうだ。一歩間違えなくてもヤンデレ決定なアイツのことだ』

 心の中であやせにざまあみろと告げる。お前のヤンデレぶりは初めて会った人間にもお見通しなんだよ。

『そしてあなたが、新垣あやせさんが煮て食おうが焼いて食おうが一切構わない。生殺与奪の権利を全て私に与えてくれた三次元メルルさんなのね』

『あやせの奴めぇ……っ!』

 もう十分に知ってはいたけども、あやせは一筋縄ではいかない女だった。

 アイツがこの場にいないのは京介に会う為だけじゃない。あたしとも顔を合わせたくなかったからだ。あの女の策士ぶりに腹が立った。

 

『それで、三次元メルルさんのお名前を教えて欲しいのだけど?』

 能面のままアナスタシアが尋ねてくる。最初の表情の豊かさが嘘みたいだ。でもまあ、訊かれたら答えるべきだろう。

『あたしの名前は来栖加奈子だよ』

 アナスタシアの瞳に一瞬、輝きが灯った気がした。

『じゃあ、来栖加奈子さんは何歳かしら? 10歳? 11歳? 12歳?』

 アナスタシアの声に若干興奮が含まれている。でも、それを聞かされているあたしは少しも興奮できない。

 10歳とか12歳って何だ?

 あたしは小学生と思われてるのか?

 確かに時々並んで歩いていると11歳のブリジットの方が年上だと間違われることもあるさ。でもな、あたしは、あたしはっ!

『あたしは15歳。中学3年生だっての!』

 もうすぐ高校生。来年には結婚もできる年齢であることをアピールする。

この業界では若い方が良いのだろうが、お子ちゃま扱いされるのは勘弁だ。

 

『…………15歳。そう。つまり、合法ロリなのね』

 アナスタシアはとても不穏当な言葉を吐きながら瞳を輝かせた。

『何を言ってんだ、オメェは?』

 あたしはその瞳の輝きにメルルを見て浮かれ狂っている際の桐乃を髣髴とさせた。

『合意の上であれば、何をしても平気な可愛い少女ってこと』

 アナスタシアの鼻息が急に荒くなった。

『合意の上って一体何をするつもりなんだよ?』

 あたしは自然と後ずさりして壁際まで追い詰められる。アナスタシアはハァハアと荒い息を繰り返しながらあたしを追い詰めていく。ケダモノの臭いがした。

『お姉さんがそれを一からあなたに教えてあげるわ。勿論性的な意味でよ』

『性的言うなぁっ!』

 大声でツッコミを入れる。やっぱりこの女、あたしを狙ってやがる。

 そしてあやせよ。この女の趣味を知っていたからあたしに押し付けやがったんだな。あたしがこの女に食われちまえば、京介争奪戦から脱落すると思って。

 畜生っ! やっぱムカつく、あの悪女めがぁ~~っ!!

『さあ、お姉さんに全てを捧げてくれれば仕事をたくさん紹介してあげるわ。何たって私は、世界的な大企業那須原重工社長の娘なのだから』

『地位を振りかざして擦り寄るのはエロ中年オヤジだけにしろよなあっ!』

『お父さまは地位を楯に女の子に言い寄ったりしないわ。私が欲望に忠実に動いているだけのことよ』

『少しは父親を見習え~~~~っ!!』

 そうツッコミを入れている間にあたしは壁とアナスタシアに挟まれてしまった。

 

『さあ、来栖加奈子さん。お姉さんの子供を産んでちょうだい』

 アナスタシアはあたしの肩を掴みながら狂気を述べている。

『女同士で子供ができるかっての!』

『世界的大企業でネジ1本から宇宙船まで作る那須原重工の科学力を甘く見ないでちょうだい』

『そんな個人的な欲望の為に人類の歴史を根本から変えるような真似をすんなぁっ!!』

 メルルのツインテール髪を利用してビンタをかます。あたしの髪は見事にアナスタシアの頬を打ち据えた。ビシッといういい音が鳴り響く。

『フッ。我々の業界ではご褒美ね』

 右手で頬を押さえながら恍惚とした表情を浮かべている。

『コイツもあやせや桐乃並にやばい~~っ!!』

 あたしは自分の周囲に変態を引き込む能力でも有しているというのか?

『さあ、来栖加奈子さん。私に更なるご褒美をっ!!』

 更に息を荒くしながら顔を近寄らせてくるアナスタシア。

『きょっ、きょっ、京介ぇ~~~~っ!!』

 あたしは恐怖に駆られて無意識に好きな男の名を叫んでいた。

 

『京介? 一体それは誰なの?』

 アナスタシアがムッとした表情をしながらあたしから距離を取った。

『あっ!』

 これはチャンスだと直感した。京介を前面に押し出せばきっとこの苦境を乗り切れると。

『京介ってのは……あたしの彼氏だよ。3つ年上の大学受験生だ』

 胸を張りながら答えてみせた。実際には嘘なのだがこう答えるより他にない。

 それに、京介さえ首を縦に振ってくれればあたしはいつでも付き合うつもりでいる。

 全く可能性がない話でもなかった。

『来栖加奈子さんはその京介って男性とラブラブなの?』

 アナスタシアは全身をプルプルと震わしている。

 怒っているのは間違いない。でも、これはチャンスだった。怒っているということはあたしの話を真に受けているという証拠でもあるのだから。

『ああっ。ラブラブだね。デートなんかしょっちゅうしてるし、キスだって人前でするのも全然平気だしな』

 こうだったら良いなという願望をペラペラと口に出して語ってみる。

『見た目小学生の来栖加奈子さんとチュッチュチュッチュな生活だなんて……うっ、羨ましい。妬ましいっ!』

 アナスタシアの瞳に嫉妬の炎が灯った。よしっ。信じてる!

『にゃんにゃんは? にゃんにゃんでく~んでわんわんでらめぇ~~なこともしているの!?』

 アナスタシアがあたしの両肩を掴んで激しく前後に振ってきた。

『ちょっ!? 壁っ! 頭が壁にぶつかってるっての! 痛いって!』

『で、その京介って男とは爛れた関係になって、あなたは既に清純な体を失っているのっ!?』

 すごい剣幕だった。でも、逆から見ればこの質問さえ乗り切ればコイツはあたしから興味を失うに違いなかった。

『まっ、まあ。あたしと京介は恋人同士だからな。恋人の求めには快く応じるのが男女の愛ってもんだろ』

 ぼかしながら、けれど指摘通りであることを臭わせて答える。

 否定したらアナスタシアに襲われかねない。強く肯定すると今度は詳細を尋ねられかねない。

あたしは男性経験どころかキスだってしたことないからな。リアリティーある話なんかできるかっての!

『このペッタンコロリボディーを思うがままに陵辱し尽くす18歳男。許すまじ……』

 アナスタシアの怒りは京介へと向いたようだった。京介には悪いと思ったが、おかげで助かった。

 アイツには後で加奈子さま特製弁当でも差し入れしてお詫びとしておこう。

 ていうか、陵辱って何だよ? 

 恋人同士だって言ってんのに。

 

『まっ、まあそういうわけであたしはもう売約済みだから諦めてくれよな』

『…………っ』

 アナスタシアは俯いたまま黙っていた。

 遂に勝った。そうあたしは確信を抱いた。

『あんたも美少女なんだし、男なんて幾らでも選び放題だろ? そん中からいい奴みつけて幸せになれば良いって』

 アフターフォローも忘れずに。コイツには女同士ではない幸せをみつけてもらおう。

『フッ。それは無理ね』

 アナスタシアは澄まし顔で鼻息を飛ばしてみせた。

『何でだよ?』

『それは私が、姫小路秋人(ひめのこうじ あきと)の穴要員として老朽化した学生寮で飼われながら暮らしているからよ。普通の幸せなんてもう諦めたわ』

 アナスタシアは淡々とした口調でまたとんでもないことを言ってくれた。

『あ、穴要員って……』

 あまりにも過激すぎる言葉に全力で引く。こっちは見栄張ってるだけでキスもしたことないってのに何だそのエロすぎる単語は。

『穴要員というのは、姫小路秋人の性処理道具である私のことよ。秋人は性的欲求が高まる度に私をいつでもどこでも性処理道具として使用するわ。校内でも自宅でもどこでも』

 無表情のまま恐ろしいことを口にし続けるアナスタシア。

『秋人は女を穴呼ばわりしてはばからない。私は秋人に陵辱される為だけに存在しているかのよう』

『まず警察に行った方が良いんじゃねえか、それは……』

 その秋人って奴は、20年以上は出てこられない重犯罪人だと思う。

『秋人は世界的大企業である那須原重工の社長令嬢の私を築70年の学生寮に移り住ませ、性奴隷にして酷使する男よ。警察など無意味だわ。逆に那須原重工が潰されかねない』

 アナスタシアは何故か自信満々に鼻息荒く語った。

『じゃ、じゃあ、他の恋人を作ってその秋人に諦めるように仕向けたらどうだ?』

 アナスタシアは再びアタシにグッと顔を寄せてきた。

『だからその為の来栖加奈子さんでしょ』

『何でだよ?』

『鬼畜王秋人に対抗する為にはゆゆゆゆるゆりな世界を形成するしかないの。だから、13歳以上の合法ロリなあなたが必要なのよ』

『あたしまでその秋人って奴の慰み者にされるだろうがっ!』

 首を必死に横に振って拒絶する。

『大丈夫。あなたを欲望のままに陵辱するのは私だから』

『全然大丈夫じゃねえっ!!』

『大丈夫。最初の3日間ぐらい本気で死にたくなるだけで、後はきっと快楽に変わっていくわ。エロゲーを参考にして答えると』

『全然大丈夫じゃねえよ!』

 コイツと秋人ってのは、単に変態趣味仲間なんじゃねえかと思う。

 何とかしねえと、あたしの貞操が危ない。

 

『よしっ。こうしよう』

 手を大きく叩いて話の流れを強引に断ち切る。主導権を握らないと本気であたしの純潔が危ねえ。

『明日、あたしと京介、あんたと秋人って奴の4人でダブルデートしようじゃねえか』

 特に深い考えがないままとりあえず提案してみる。

『……………………何で?』

 アナスタシアは長い時間考えた後でジト目を向けてきた。

『そりゃあ、アレだ』

 一瞬天井を見上げながら理由を考えてみる。第一目標はコイツの牽制だ。

『あたしと京介がラブラブなのを見てもらって、あんたには新しい恋をみつけてもらうと』

 そしてこれだけだとアナスタシアは不満だろうからフォローを入れるのが第二目標。

『で、あたし達の仲の良さを見てもらうことで、その秋人って奴にも変化を促すと。女を自分勝手に辱めるんじゃなくて、ラブラブになることの素晴らしさを学んでもらおうぜ』

『……………………秋人とラブラブ』

 アナスタシアは思案顔になった。

 実際にはあたしが京介とデートしたいという第三の理由が存在するのだがそれは言わない。

『分かったわ。あなたたちのラブラブぶりを私達に見せてちょうだい』

 アナスタシアはようやくあたしの話を呑んでくれた。

 心の内でガッツポーズを取る。

『ああ、分かった。あんたたちの恋愛観をあたしたちが変えてやるっての』

 こうしてあたしはアナスタシアとダブルデートすることになったのだった。

 

『………………京介、あたしとデートしてくれっかな?』

『………………秋人、私とデートしてくれるかしら?』

 

 

「よし。今日1日執筆すれば締め切りには何とか間に合うな」

 姫小路秋人はテーブルに広げたスケジュール帳を見ながら安堵の息を吐き出した。

 昨日の土曜日は夜遅くまで執筆活動を行った。その甲斐あってスケジュールに何とか計算がつくことになった。

 両親と死に別れ、6年ぶりに一緒に住むことになった双子の妹の秋子。その妹との生活費を稼ぐ為に秋人は高校生でありながらプロ小説家として活躍している。

 けれど、秋人は自身が小説家であることを学生寮の誰にも打ち明けていない。

 その理由は様々ある。けれど、実の兄と妹の恋愛を扱った作品を手がけていることにその一旦は垣間見える。

 しかし理由はともかく秋人が秘密にしていることは、意図せぬ創作活動の妨害を受けてしまうことも意味していた。

 

「姫小路秋人。無駄な抵抗はやめてこの扉を開けなさい」

 抑揚のない、しかし高圧的な内容の少女の声が扉越しに聞こえてきた。

「鍵なら開いてるよ」

 面倒臭い。そう思いながら秋人は返事した。

「無駄な抵抗はやめてこの扉を開けなさい」

 もう一度同じ言葉が返ってきた。

「だから鍵は掛かってないってば」

「………………っ」

 扉の向こう側の少女から反応はない。

 けれど、立ち去ってもいない。加えて扉を開けようとする様子もない。

「はぁ~。仕方ないなあ」

 大きくため息を吐きながら扉を開ける。

「那須原さん。日曜日の朝から一体何の用?」

 扉の向こう側に立っていた予想通りの少女に疲れた瞳で尋ねた。

「私のことはアナと呼びなさいと何度言ったら分かるの?」

 扉を開けてあげたのにアナスタシアは秋人に向かって普段通りに不平不満を述べている。

 そして100回以上の経験から、お約束のやり取りを交わさない限りアナスタシアが会話を進める気がないことも分かっていた。

 心の中で2度面倒臭いと唱えてからお約束に入る。

「じゃあ、アナさん」

「フッ。女を穴呼ばわりなんてあなたも相当なスケベね」

 無表情の中にドヤ顔を混ぜながらアナスタシアはお約束を返した。

「楽しい? このやり取り……」

「1日に1度はやらないと肩こりと胃もたれが起きるわ」

 アナスタシアは肩をグルグルと回してみせた。

「僕はこのやり取りをする度に頭痛に悩まされるけどね」

 秋人は頭を抑えた。

 

「それで、一体何の用?」

 横目でノートパソコンをちら見しながら来訪少女に用件を尋ねる。さっさと仕事に取り掛かりたかった。

「秋人は週末が訪れる度に私を穴要員として1日中陵辱し尽くしているでしょう? だから……」

「那須原さんの世迷言に付き合っていられるほど今の僕は暇じゃないんだよ」

 スマイルを浮かべたままアナスタシアとの会話を断ち切ろうと試みる。けれど、それは叶わない。

「秋人は週末になると私を1日中陵辱し尽くしているでしょう?」

 アナスタシアが強い力で秋人の肩を握ってきた。

「陵辱もしてないし、1日中拘束してもいないよね?」

 ここで引いたら厄介ごとに付き合わされる。その予感から徹底抗戦をスマイルのまま訴え掛ける。

「秋人は私を1日中拘束して自由に連れ回すわ。私が貴方の所有物であることを万人に見せ付ける為に」

「あのさあ……僕、今日忙しいって言ったと思うんだけど?」

 いつまで経っても本題に入らない。けれど、出て行きもしないアナスタシアに痺れが切れた。

 アナスタシアに背を向けて畳に座り、ノートパソコンの電源に指を添える。

 

「秋人がこれから一緒に来てくれないと困るの」

 悲しい響きを乗せた小さな声が秋人の背中から聞こえた。

「…………その事情をもっと詳しく説明して欲しい」

 脳内で組み上げたスケジュールが崩れ落ちていくのを感じながら尋ね返す。

「私に従って付いて来てくれるのなら、私を1日中陵辱するご褒美を与えるわ」

「じゃあ僕は仕事に掛かるから」

 スケジュールを再度組み上げながらキーボードに指を置く。

「待って!」

 切羽詰った大声が聞こえた。それと共に再び右肩を強く掴まれた。

「僕は忙しい」

 秋人の拒絶の声。けれど、アナスタシアが手に篭める力は一層強まった。

「秋人が今日私とダブルデートしてくれないと、那須原重工が深刻な危機を迎えることになるわ」

「はっ?」

 秋人はパソコンを操ろうとする手を止めて振り返らざるを得なかった。

「ダブルデートと那須原重工の危機ってのが僕の中で全く結びつかないのだけど?」

 高校生らしいイベントとグローバルレベルの経済危機がどう結びつくのか。秋人の中では全くの謎だった。

「女同士で子供を産むテクノロジーを開発して実証してしまえば、その手の研究をタブー視する西洋市場で那須原重工は大変なことになる。会社は倒産ね」

「ますますもって訳が分からない説明をどうもありがとう」

 アナスタシアは秋人を正面向かせて両肩を掴んだ。

「那須原重工の数万人の社員。そしてその家族。及び関連会社も合わせて数百万人の人々の生活は秋人とのダブルデートに掛かっているの」

 普段の能面喋りより若干声のトーンが高い。それ即ち話がただのデタラメではないことを物語っている。

 

「よく分からないのだけど、デートしないとダメなの?」

 秋人は眉間に皺を寄せながら聞き直す。

「ダメ。那須原重工最大の危機」

「…………あっそ」

 面倒臭そうに立ち上がる。

「那須原さんとデートしなきゃいけない義理はないんだけどね」

 大きくため息が出る。

「でも、間接的とはいえ僕が関与して大量の失業者が出るのは勘弁して欲しいから」

 秋人はアナスタシアを見ながら小さく笑みを浮かべた。

「それじゃあ……」

 アナスタシアの期待が篭められた瞳が秋人に向けられていた。

「うん。今日は那須原さんは付き合うよ」

 秋人ははっきりと首を縦に頷いてみせた。

 高校生でありながら自分の稼ぎで苦労しながら生活している秋人。その彼にとって失業者が大量に生じるかも知れないという事態は他人事ではいられなかった。

 そして、アナスタシアへの対応にばかり気を取られていた秋人は気が付かなかった。扉の外側から室内の様子を覗き見していた2つの瞳があることを。

 

「おっ、お兄ちゃんと那須原さんがデートぉっ!? ぐぬぬぬぬぬっ!」

 

 その2つの瞳の持ち主が激しく憤っていることに気付かなかった。

 

 

幕間劇

 

 凸守の名前は凸守早苗と言うのデ~ス。

 邪王真眼の使い手、小鳥遊六花の第一のサーヴァントでセカンドチルドレンと同い年の14歳。

 でも、今日から飛び級して高校生になったのデス。

 中学3年生が12月に飛び級して高校1年生になることにどんな意味があるのかは凸守にもよく分からないのデス。

 でも、学年一の天才である頭脳が評価されたのは確かなので凸守も嬉しいのデス。

「学年が1つ上がれば毎日マスターと一緒に過ごせる時間が増えるのデ~ス」

 それにお慕いするマスターとより親密になる機会が多く得られるのデ~ス。

 親密になれば──

 

『凸守。私の娘を産んで欲しい』

『だっ、ダメなのデス、マスター。幾らお慕いするマスターでも、凸守とマスターは女同士。人の道から外れた恋になってしまうのデス』

『構うものか。私は邪王真眼。そして凸守は私のサーヴァント。人間の道理に従う必要など存在しない』

『確かに恋は障害が多いほど燃え上がるものなのデス。でも……』

『私は凸守のことが大好きだ。愛しているっ!!』

『だっ、ダメなのデス。凸守のことをこんなにも熱く固く抱擁してはダメなのデス!』

『強引な手段を通してでも私はお前を手に入れる。凸守早苗の全ては私のものだ!』

『マスター…………ポっ。凸守は初めてなので優しくして欲しいのデス』

『邪王真眼はいつだって全力攻撃がモットーだ。凸守との子供も全力で作る』

『マスターのケダモノ~~♪ なのデ~~~~ス♪』

 

「ゲッフッフッフッフッフ。マスターと相思相愛の恋人同士になる道も開かれるのデ~ス」

 ビバッ! 高校生活なのデ~ス。

「って、妄想に浸っていたら学校に遅刻しそうなのデ~ス!」

 マスターとのあるべき世界を思い描いていたら時間を食ってしまいました。飛び級初日から遅刻はシャレにならないのデス。

 凸守は学校に向かって一生懸命走り始めたのデス。

 

「遅刻遅刻遅刻~~っ! 遅刻してしまうのデ~ス!」

 凸守は優秀な脚力を活かしてガンガン学校に向かって進んでいきますデス。

 健康管理を重視する凸守は朝食を採ることも怠りません。寝坊して家で食べることができなかったクロワッサンを口にくわえながら走るデス。

 凸守はこの長いツインテールと親近感を持つクロワッサンが大好きなのデス♪

 ベルが鳴るまで後5分。学校まで全力で走れば後3分。

 どうやらギリギリ間に合いそうなのデス。そう思って一安心しながら十字路を曲がった時なのでした。

 

「「へっ?」」

 

 凸守の視界が突如大きく黒い物体で覆われたのデス。凸守と同じく全力疾走している同じ学校の制服を着た男が突如角を曲がって目の前に現れたのでした。

 凸守も男も急に止まることも迂回ルートに変えることもできませんでした。凸守はブレーキを利かせきれずにその男に盛大にぶつかってしまったのデス。

「うわぁああああああああぁっ!?!?」

「きゃぁああああああああぁっ!?!?」

 吹き飛ばされる凸守の体。視界が暗転して訳が分からない状態に陥りました。一瞬気絶していたのかも知れないデス。

 そしてお尻に伝わってくる強い衝撃で再び意識が覚醒したのデス。

「痛たたたたたぁ。なのデ~ス」

 お尻を摩りながら痛みに耐えますデス。背中や頭を打たずに済んだのは幸いでした。でも、凸守はお尻ではない所から大きな違和感を覚えました。

「股?」

 凸守は股の部分に凄い重みが加わっていることに気づいたのデス。しかも生暖かくてネットリとした感触が。

 何が起きたのかドキドキしながら確かめてみます。すると──

「なっ、ななっ!? 何で凸守のスカートの中から男子高校生が生えているのデスかぁっ!?」

 凸守のスカートから男子高校生の首から下が生えていました。

 いえ、そんなまどろっこしい言い方をしていては話にならないのデス。

「こ、この男……凸守のスカートの中に頭を突っ込んでいるのデ~スっ!?」

 凸守はパンツに顔を突っ込まれるという辱しめを受けていました。

 そしてその辱めが凸守に意味していること。それは──

「凸守家では初めてパンツに顔を突っ込んだ男の元に嫁に行かなければならないという掟があると言うのに……あんまりなのデ~スっ!!」

 凸守がこの顔さえも見ていない男の元に嫁がなければいけないなんて……。

 セカンドチルドレンと同じ年齢の凸守にはあまりにも過酷すぎる展開でした。

 

「痛たたたたたぁ。何だ? この、水色と白の縞模様は? 何で俺、フードかぶってんだ?」

 よく見知った男の声が凸守のスカートの中から聞こえてきたのデス。

「ま、まさかお前は……」

 嫌な予感がヒシヒシしたのデス。

 絶対にいてはならない男が凸守のパンツに顔を突っ込んでいるんじゃないか。そんな悪寒が全身を駆け巡りました。そしてそいつは顔を上げたのデス。

「プハァ~っ! 苦しかったぁ~。えっ? 凸守? えっ!? 縞パンツっ!?」

 神はやはり闇の存在である凸守には残酷な存在だったのデス。

 そこにあった顔は──

「マスターを狙う腐れ偽一般人富樫勇太ぁっ!!」

 凸守のマスターを篭絡しようとするダークフレイムマスターこと富樫勇太だったのデス。

 

「えっえっ? じゃあ、俺が今まで顔を突っ込んでいたのは凸守のパンツだったってことかっ!?」

「言うな。この変態っ! 死ねなのDeathっ!!」

 顔全体に熱を帯びるのを感じながら富樫勇太を思い切り引っぱたきました。

「痛ってぇ~~っ!!」

 左頬をぶたれた富樫勇太が大声を上げます。

「ぶつかったのも、パンツに顔を突っ込んじゃったのも俺が悪いけど……いきなり引っぱたくことはないだろうが」

 頬を抑えながら富樫勇太が不満そうな表情を凸守に向けました。

 その富樫勇太は確かに言ったのです。凸守のパンツに顔を突っ込んだと。

 それが意味する所。それは──

「でっ、凸守は富樫勇太のお嫁さんになんかなってやらないのデスよっ! 凸守はマスターのお嫁さんになるのデ~スっ!!」

 凸守は立ち上がり、視界が涙でぼやけるのを認識しながら必死に駆け去ったのデス。

 凸守家の絶対の掟に従えば、凸守は富樫勇太の元に嫁がなければなりません。

でも、凸守はマスターとの仲を引き裂こうとするあの腐れ偽一般人の元にだけは嫁ぎたくありません。断固拒否なのデス。

 先程起きた出来事を何とか隠蔽して凸守家に知られないようにしよう。そうすれば結婚せずに済む。マスターへの想いを諦めなくて良い。

 凸守は駆けながら今後自分がなすべきことを心の中で確認し直したのでした。

 

 

 そして学校に到着。ナナちゃん先生に案内されて教室へ足を踏み入れたました。そしていよいよ自己紹介の時を迎えたのデス。

 自分の目の前にマスターがいるのを見てホッとします。マスターの存在に力を得て、凸守は自己紹介を始めました。

「凸守は凸守早苗と言いますデス。そこにおられる邪王真眼小鳥遊六花のサーヴァントなのデ~ス」

 でも、途中で気がついてしまったのデス。

 マスターと同じクラスということは、富樫勇太とも同じクラスであることに。後ろの方に憎き男の顔が見えてしまったのデス。

 このクラス、凸守にとってはとてつもない波乱を呼ぶものだったのデス。

「富樫勇太ぁ~~~~っ!!」

 挨拶が途中であったのにも関わらず凸守の怒りは爆発してしまいました。凸守を苦しめている男の元へと近寄っていきます。

「なっ、何だよ!? まだ今朝パンツに顔を突っ込んじゃったことを怒っているのかよ?」

「それを言うなあ~~~~っ!!」

 クラスメイトの前でとんでもない発言をする富樫勇太に向かってダッシュします。もし、誰かの口を通じて凸守パパ、ママに聞かれるようなことになったら……。

 その可能性は考えるだけで恐ろしいものなのでした。

 富樫勇太の口を塞ごうと駆け寄ったその時だったのデス。

「きゃあああああああああああぁっ!?」

 凸守は鞄に足を引っ掛けて盛大に転んでしまったです。

「またかぁあああああああああぁっ!!」

 しかも、富樫勇太を巻き込む形で。

 

「痛たたたたたたぁ。なのデ~ス」

 再びお尻に大きな衝撃が掛かります。しかも今度は生暖かい感触が丁度お尻の真下にあります。何かを下敷きにしてしまっているようなのデス。

「あ~~っ!! 富樫の奴っ! そのラッキースケベは羨まし過ぎるぞぉ~~っ!!」

 一色とかいう一般人が凸守を指さしながら大声で叫びました。

「ラッキースケベ?」

 その単語にとても嫌なものを覚えたのデス。それと同時にこの生暖かい感触に先程心当たりがあって嫌な汗が全身から吹き出し始めました。

 心臓をバクバクさせながら下を見ます。

「うぉっ!? また俺の視界を水色と白の縞模様が覆い塞いでいるぅっ!?」

 案の定、凸守のお尻の下には富樫勇太がいたのデス。勇太は尻餅をついて体育座りする凸守の丁度スカートの中に頭を入れて下敷きになっていたのデ~ス。

「富樫が14歳少女のパンツに顔を突っ込んでいる瞬間を携帯で激写っ! そして早速インターネット上にアップ。この間偶然知り合った凸守さんのお父さんにもこの画像を状況説明文付きで送っておこう」

 一色は凸守と下敷きになっている富樫勇太を激写すると携帯を弄り回したのデス。

「何でピンポイントでそんな恐ろしい真似をしやがるのデスか!?」

 凸守はハゲを止めようと手を伸ばします。でも……。

「いや。そうは言われても、もう送信しちゃったし。あっ、凸守さんのお父さんから返信が。『早苗よ。凸守家の掟を忘れたとは言わせないぞ。帰ってきたらじっくり話がしたい』だそうだ。どういうことかな?」

「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいぃっ!?!?」

 凸守の自由な人生の終了を告げる伝言に悲鳴が上がってしまいます。

 このままでは凸守は、凸守は……。

「このままでは凸守は富樫勇太と結婚しなければならなくなってしまうのデス~~~~っ!?!?」

 最悪な展開でした。

 

「凸守が……勇太と結婚?」

 前の席からキツい瞳でマスターが凸守を睨んできます。

 違うのデス。誤解なのデス。凸守が愛しているのはマスターなのデス。

 富樫勇太は卑怯な策略を駆使して凸守を陥れようとしているだけなのデス。

 でも、今の凸守にそれを訴えることはできません。まず凸守パパ、ママを説得しないといけませんから。

「あの、元中坊。富樫くんと結婚するですって? 私のものに手を出そうとはいい度胸じゃないの!」

 偽モリサマーも怒りの浸透の表情で凸守を見ています。

「お兄ちゃんに女難の相が出ているから心配で付いてきてみれば……あの泥棒猫絶対に許さないよっ!!」

 富樫勇太の妹の樟葉まで怒りの表情で凸守を見ているのです。

 まさに状況は四面楚歌なのデス。でも、だけど……。

「凸守はこんな展開をちっとも望んでいないのデ~~スっ!!」

 凸守の絶叫がクラスに響き渡りましたのデス。

 これからどうなってしまうのか。

 凸守は途方に暮れるしかなったのデス。

 

 

 

『あやせ。今日は風が強いから寒いだろ?』

 隣を歩くお兄さんが手をギュッと握りながら優しく尋ねてくれました。

『大丈夫です。それに、お兄さんが風除けの役目を果たしてくれていますから』

 お兄さんはわざわざ半身の姿勢を取りながらわたしの為に風上に立ってくれています。

 そのさり気ない優しさにわたしの胸はポカポカに温かくなっています。

『お兄さんの優しさがあるのでわたしは大丈……クチュンっ』

 くしゃみが出てしまいました。

 せっかく、ちょっと良い雰囲気になった所だったのに。

 自分の体が後数分間耐えてくれなかったことを恨めしく思います。

 今日はお兄さんに見てもらうことを重視して、服もコートも薄いのを選んだのは失敗でした。

『まったく。だからこっちに来る前に着替えて来いって言ったのに』

『すみませ……えっ?』

 突然肩への重みと共に、温かさとお兄さんの香りがわたしの全身を包み込みました。

 わたしの両肩にお兄さんの着ていたコートが掛けられていたのです。

『これで、寒くないだろ?』

『は、はいっ。ありがとう…ございます』

 お兄さんの優しさに身体が奥底から温まっていきます。

 これならもう、寒くありませんっ!

『それは良かっ……ぶわっくしょんっ!!』

 お兄さんは体を震わせながらくしゃみをしたのでした。

 

『やっ、やっぱり、どこか室内に入ってちょっと暖を取ろうぜ』

 お兄さんは寒さに降参して休憩を提案してきました。

『暖、ですか』

 公園の外を見回します。紫色で派手なビルが見えました。ラブホテルです。

『コーヒーショップでも入ろうぜ』

 お兄さんは繁華街にある某有名チェーン店の看板を指差しました。

『コーヒーは飲みたいです。でも……』

 お兄さんにピタッと寄り添って、顔を先ほどの紫色の派手なビルへと向けます。

『コーヒーショップではなく、あの建物の中で飲みませんか?』

 顔を俯かせて小声で提案します。

『それって……』

『女にこれ以上言わせないでくださいっ!』

 真っ赤になって恥ずかしがります。

『わっ、わたしだって、その、あの、今日の為に、色々と準備は……してきたのですから』

 何をわたしは恥ずかしいことを告白しているのでしょうか?

 頭を強く叩きつけて死んでしまいたい思いです。

『準備って一体何をだ?』

 お兄さんがやらしい笑みを浮かべながらニヤニヤと尋ねてきました。

『そっ、それはお兄さんが……直接自分で確かめてくれれば良いだけのことです』

 そしてまた恥ずかしいことをわたしは答えてしまいました。

 

『へえ。直接確かめる。ねえ……』

 お兄さんの視線がわたしのミニスカート部分に向いたのが分かりました。その予想は正しいです。今日はその、特別に……しょっ、勝負下着なるモノを身に着けています。

 生まれて初めての体験です。勿論そんなこと、お兄さんに言えるわけもないのですが。

『そんな風にエッチなお誘いを受けちゃうと……お兄さん的には本気になっちゃうぞ』

 お兄さんはわたしを背後から抱きしめてきました。

『お、お兄さん……っ』

とても熱い抱擁です。身も心も溶けてしまうぐらいに熱い。

『お兄さんが一生涯責任を取ってくださるのなら……わたしは、本気です』

 偽らざる素直な気持ちを小さく口にします。

『お兄さんが将来結婚してくださるのなら、わたしを……抱いてください』

 遂に、最後まで口にしてしまいました。本気で死んでしまいそうなほどに恥ずかしいです。でも、この鈍感な彼にはここまで言わないと通じない。そう思いました。

『じゃあ、俺は将来嫁さんが誰になるのか。もう迷わなくて良いわけだな』

 お兄さんのわたしを抱きしめる力が更に篭ります。

『愛してるぜ、あやせ』

 優しく囁きかけるようにお兄さんは愛を告白してくれました。この半年以上、ずっと聞きたかった言葉を。

『わたしも、愛しています』

 わたしも彼を抱きしめ返しながら告白に返事をします。

『じゃあ、俺達。もう恋人同士なんだよな?』

『はい。不束者ですが、末永くお願いします』

『なら、恋人になった証をしないとな』

 お兄さんの顔がわたしに向かって近付いてきました。その意味は明白でした。

『お兄……京介さん……っ』

『あやせ……っ』

 重なる唇と唇。

 その口付けはわたしとお兄さんの永遠の約束の第一歩となったのでした。

 

 

 ………

 ……

 …

 

「おっ、お兄さんっ! わたしは、初めてなんですよ!? なのに、いきなり外でなんて。はっ、恥ずかしいですよっ! えっ? 見られている方が燃えるってっ!? 全裸で四つん這いになって首輪をつけろだなんて……お兄さんのエッチぃ~~~~っ♪ ハッ!?」

 首を激しく横に振った所で我に返りました。

 お兄さんの家に向かう途中、歩きながら今日これから起きるであろう事態を想像していたらついつい熱が入ってしまいました。

 想像というか、数時間後の発生する確率が99%を超える近未来シミュレーションです。

「清純派筆頭のわたしが上下共に黒のスケスケを装備している。今日は不退転の覚悟ですよっ!」

 いつになく両手に力が篭もります。

 わたしにはもう帰る場所がありません。

 今日身につけている下着を通販で購入した所、中身がバレバレな表記で配送されました。そしてお母さんにその小包を思い切り見られてしまったのです。

 厳格な新垣家において、娘がエッチな下着を購入するなど許されません。だからわたしはもう今日から高坂家に嫁ぐしかありませんでした。

 

「高坂あやせになるしかわたしが生き延びる道はない。少年漫画並に分かり易くて良いですよね♪」

 障壁と目標を口にしながら拳を空に向かって突き上げます。

 桐乃のオタク趣味を理解する為に読み始めた漫画。自分でも意外だったのですが、わたしは熱血系漫画が意外と趣味なのでした。Dead or Aliveな世界にすごく共感を覚えます。

 特に、一方的に殺戮を果たしていく側に共感が♪

「お兄さんが今日、模擬試験も予備校の講習もないことは既に確認済みです。アポなしで訪れていきなりデート。そして……フッフッフッフ。ハッハッハッハッハ。アッハッハッハッハッハ!」

 気分爽快です。こんなにも楽しい気分になったのは生まれて初めてです。

「お子ちゃま加奈子には辿り着けないアダルティーワールドに辿り着いてやりますよ」

 目下、お兄さんを狙ういやらしいメス猫である加奈子に今日こそ引導を渡してやろうと思います。

「お兄さん争奪戦の勝者は加奈子ではない。この新垣あやせですっ!!」

 自分を指差しながら自信満々に宣言します。

 滾ってきました。滾ってきましたよぉ~~~~っ!!

 さあ、一気に高坂家を襲撃ですっ!!

 

「それで、今日のダブルデートは一体どこで行われるんだ?」

 

 あっ!

 噂をすれば何とやら。お兄さんの声が曲がり角の向こうから聞こえてきました。

 待ちきれなくなってわたしの方に会いに来たのでしょうかね。そうに違いありません。

 でも、何か今の言葉の中に不適切極まりない言葉が含まれていた気がします。

 ダブルデートとか……。

 まあ、気のせいですよね。気のせいに決まっています。

 わたしが誘ってもいないのに、お兄さんがデートだなんてあるわけがないのですから。

「ああっ。今日のダブルデートは上野で集まろうって話になってるんだ」

 ……えっ? 加奈子?

 今、お兄さんとダブルデートって言いませんでしたか?

 加奈子が、お兄さんとデートするってことですか?

 いや、まさか、そんな……。だって、ねえ?

 あの加奈子ですよ。Aカップまで絶対届いていなさそうなペッタンコですよ。そんなわけないですよね。

 ここにお兄さんのお嫁さんになるべきラブリー美少女がいるっていうのに。

「上野? 動物園にでも行くのか?」

「オメェも少しは教養のある素振りを見せろよな。高校生なんだから上野っていったら美術館って答えろよ」

「桐乃のせいですっかりアニメ絵に慣れてしまった俺は、どうも絵画ってのがピンとこない存在になったんだよ」

「まあ、あたしも美術館巡りよりも動物園で象でも見てる方が楽しいんだけどよぉ」

「俺たちには動物園の方がお似合いだよな」

 2人して顔を眺め合いながら笑うお兄さんと加奈子。

 なるほど……お兄さんは加奈子とデートするというわけですね。

 わたしが実家を捨ててお兄さんの元へ嫁ごうと覚悟を決めて家を出てきたのに。

 そして加奈子。わたしの男を奪うつもりなのですね。わたしの将来の旦那を奪うとっ!

「ならっ! わたしがお兄さんを寝取り返すまでですっ! 見てなさいよ、ふたりとも~~っ!!」

 ジェラスの炎に全身を焦がしながらわたしは新たに打ち立てた野望の成就を誓うのでした。

 

 

 俺は家まで迎えにきた加奈子と共に上野へと向かっていた。

 東京まで着いて山手線に乗り換える。上野はもうすぐだった。

「で、ダブルデートの相手についてそろそろ教えてくれないか?」

 集合前にどうしても確かめておきたいことを尋ねておく。加奈子は渋い表情をしてみせた。

「う~ん。まあ、あたしも昨日会ったばっかりの奴だからよくは分からないんだが……」

 加奈子は額に皺を寄せながら唸った。

「金髪碧眼ツインテールの変態美少女高校生社長令嬢ってとこだな」

「それは一体どこの深夜アニメのキャラクターだ?」

 その何とも現実を無視した設定を持つ少女の存在に呆れ返ってしまう。

 いや、俺の妹だっておかしいよ。成績学年トップで陸上は海外留学に行くぐらい優秀。美少女でモデルでオタクで妹ゲーマニアって、完璧なラノベキャラクタータイプの女だよ。

 でも、桐乃は15年間一緒にいたもんだからそういうもんだって納得することもできる。でも、加奈子の口から会ったこともない人物についてそう聞かされるとやっぱり変に思う。

「とにかくそういう奴が実在するんだ。名前は那須原アナスタシア。17歳の女子高生で那須原重工の社長令嬢だって話だよ」

 加奈子は疲れたように述べた。

「那須原重工? ああ、この車両から宇宙船まで作っているあの世界的大企業か。そこの社長令嬢ともなればハイスペックなのも納得、かな」

 うちみたいにどう考えても庶民から桐乃みたいな高性能が出るのは珍しいだろう。でも、世界的大企業社長という超上流階級ならありえそうだ。

「ていうか、どうしてそんな偉いさんと加奈子が知り合いなんだ?」

「昨日のメルルイベントのスポンサーが那須原重工だったんだよ。で、スポンサー代理としてその娘が現場視察に来たんだよ」

「で、お前はその那須原嬢に気に入られたってわけだな」

「まあ、そういうことだ」

 加奈子は頷いてみせた。コイツのメルルはヲタだけじゃなくて、万人を魅了する輝きを持っているからな。ハイソなお嬢さまも例外ではなかったのかも知れない。

 

「けど、お前。確か昨日は処…貞操の危機みたいなことを言ってなかったか?」

「だから変態女子高生だって言っただろう」

 加奈子が嫌そうな表情をしてみせた。

「あいつ、可愛い系の年下女に目がねえんだよ……」

「ああ。なるほどな」

 加奈子の体型は同年代女子に比べると遥かに子供っぽい。小学生と言っても誰も疑わないだろう。

 桐乃も妹系年下少女を見ると狂喜乱舞するし、それと似たような反応なのかも知れない。

「しかし、ダブルデートということは、その那須原嬢には彼氏がいるんだろう? なのに、お前を狙ってるのか?」

「話を聞く限りだと、彼氏は輪をかけてヤバいらしいからなあ。自分の彼女が他の女に手を出しても関係ねえんじゃねえかな」

 加奈子はとても渋い表情をしてみせた。加奈子のペッタンコボディーを狙っている女に輪をかけてヤバいらしい男。

「そんな奴らとダブルデートなんて大丈夫なのか?」

「アナスタシアにあたしらのラブラブぶりを見せつけて納得させないと……あたしは食われる。下手をすればアナスタシアだけじゃなくその男にまで」

 加奈子は俯いて沈痛な表情をみせた。

「分かったよ」

 加奈子の頭を撫でながら答える。

「今日はしっかり加奈子の彼氏役を果たしてやるさ」

「今日だけじゃなくて、ずっとずっと果たしてくれても良いんだぜ。なんなら一生な」

 加奈子は俺にそっと体重を預けてきた。以前は生意気としか思わなかった加奈子の重みがとても心地よく感じた。一生背負っても苦にならない重さ。そんな想いを抱いた。

 

「…………あの淫獣ツインテール……お兄さんから離れろっての!」

 

 隣の車両がやけに騒がしかった。しかしそんなことは無視して俺達は身を寄せ合いながら目的地に到着するのを待つのだった。

 

 

 電車は間もなく上野に到着して俺達は降りた。

 駅舎の大改装が済んでより大きくなった駅の中を歩いていく。入口を出て待ち合わせ場所である西郷さんの銅像へと向かう。

 時刻は10時25分。約束時間は10時半なので丁度到着できそうだった。

「しかし、西郷さんの銅像前で集合って、もう少しムードのある所にできなかったのか?」

 上野の西郷像と言えば、渋谷のポチ像と並んで有名な待ち合わせ場所に違いなかった。

 けれど、多くの人が集まってしまう分デートという雰囲気には似つかわしくないのもまた事実だった。

「いいんだよ。分かり易い場所の方が。昨日初めて会った奴なんだしさ」

 加奈子はあまり気にしていないようだった。さすがは繁華街で堂々と逆ナン張っていた過去を持つ女だ。黒猫がやたらメルヘンな集まりにこだわりを持っていたのとは違う。

 

「さあ、着いたぜ」

 加奈子の言葉と共に銅像前のちょっとした広場に到着。日曜日のお昼前ということもあってか、家族連れやお年寄りの姿がたくさん見えていた。

「那須原さんとその彼氏はもう来ているのか?」

 相手の2人を知らないので探索は加奈子に任せる。

「まだみてえだな。金髪碧眼ツインテールの外国人風女なんてそうはいないから、京介でもすぐに発見できるだろ」

 加奈子はあくびをしながら適当に探している。みつける気があまりないのか。それとも那須原さんというのはそれだけ特徴的なのか。

 そして彼女たちはほどなくして姿を現した。

 

「考えてみればリアルで金髪碧眼ツインテールなんて滅多にいるわけないもんな」

 こちらに近付いてくる那須原さんと思しき美少女を見ながら頭を2度縦に振って頷く。

 自分の頭が如何に桐乃の影響でゲーム脳化していたかをふと再認識する。

 エロゲーじゃあ金髪ツインテールはどんなゲームにも大体1人はいるからなあ。

「気を付けろ。あの女はどんなに見てくれが良かろうと……変態、だぞ」

 加奈子の声はいつになく緊張感に満ちている。

 そしてすぐに俺は那須原さんたちとのファーストコンタクトの瞬間を迎えた。

 

「こんにちは。来栖加奈子さんと彼女のペッタンコボディーを思うがままに陵辱している羨ましい、もとい羨ましい彼氏さん」

 那須原さんの眠たげにも見えるその無表情な顔から発せられた辛辣な挨拶。初対面の相手に対していきなりこうくるか。

 なるほど。加奈子から事前に情報を仕入れていなかったから俺は茫然自失と化していたかも知れない。

「ちょっ? 那須原さん!? 初対面の人になんてとんでもない失礼な挨拶してるの!?」

 彼氏である少年の方が顔を青ざめて逆に引いている。物腰やわらかそうなこの少年の方は加奈子の予想と違ってまだ一般人なのかも知れない。

 けれど、彼氏さんよ。心配ならご無用だ。非常識や失礼な美少女なら、俺ももう十分に耐性を有しているんでね。

「ああっ。加奈子は俺んだからな」

 加奈子を両腕で抱き寄せながら俺のもの宣言をしてみせる。

 この手の輩に常識で訴えても意味がない。パワーにはパワーで対抗するしかない。

「きょっ、京介ぇっ!?」

 俺の腕の中で加奈子が驚いて目を白黒させている。

 俺と加奈子は身長差が30cmほどある。なので胸までですっぽりと収まるコイツは何とも抱き心地が良かった。

「人前で抱きしめることで加奈子さんの羞恥心を煽って楽しむなんて。やるわね、貴方」

「なんたって、彼氏ですんで」

 那須原さんと視線の火花を散らし合う。ここでも引かない。代わりに加奈子の頬をそっと指で撫でてみたりする。

「うっ?! ひゃぁ~~っ!?」

 加奈子が我慢できずに声を上げた。

「なるほど。さすがは来栖加奈子さんの彼氏だけのことはあるわね。公開凌辱に躊躇いがないなんて」

 那須原さんは表情を少し崩して小さく笑う。そんな彼女に対して俺もニヤッと黒く笑ってみせた。

 

「改めて自己紹介するわ。私は那須原アナスタシア17歳。こっちの彼氏の姫小路秋人の穴要員を生業にしているわ。よろしくね」

「いやいやいや。僕、那須原さんを穴要員扱いしたことなんて一度もないよね!?」

 楽しそうに笑う那須原さんと青ざめた表情の彼氏のギャップが激しい。

「俺の名は高坂京介18歳。今俺の腕の中にいる来栖加奈子の彼氏だ」

「高坂さんも僕が那須原さんを穴要員扱いしている言動に対して疑問を抱かずに話を進めないでください」

 姫小路くんは盛んに首を横に振って自身の健全性をアピールしている。那須原さんの彼氏なのだし、一癖も二癖もある人物なのは確かだろう。本当にエロいのかは分からんが。

「あたしは来栖加奈子だ。まあ、見ての通り、京介の彼女、だ」

 加奈子がやたら頬を赤くしながら答えている。メルルを演じている時みたいに堂々と振舞ってくれれば良いのに。

「来栖加奈子さんもそっちの彼の穴要員として性春の日々を送っているのね。ハァハァ。彼が羨ましい。合法ロリボディーをわがままに堪能できるなんて」

 那須原さんは恍惚とした表情で俺たちを見ている。ピンク色の想像をしていることが丸分かりな表情で。

 この際、那須原さんが勘違いしていることは置いておく。変態少女と聞いているし。

 しかし、俺が加奈子にエロいことをする、かあ。ちょっと現実味に欠けるよなあ。

 小学生のようにも見える加奈子にエロいこと、ねえ……。

 

『あたし、京介の為ならなんでもするから……だから』

『まったく。見た目小学生は最高だぜっ!』

 

「京介っ。なんだ、その。急に固くなった物体が……背中に当たってんだが……」

 加奈子の顔が真っ赤に染まった。

「リヴァイアサ~ンっ!!」

 紳士オブザイヤーな俺の意思とは正反対に反応するリヴァイアサンに絶叫せずにはいられなかった。あらぶる神は俺には制御できないのか!?

「野外公開陵辱をお望みとはやるわね。秋人も負けずに私を陵辱しなさい。いつもの如く時と場所を選ばずに見せ付けるようにして何度も何度も」

 那須原さんが俺達のように姫小路くんの腕の中に納まる。そして頬を赤くしながら何度も何度も背中をスリスリした。

「何気なく僕を絶倫変態にしないで。僕はただ普通の男子高校生なのに~~っ!!」

 姫小路くんも絶叫する。今この瞬間、警察に踏み込まれたら俺と彼は間違いなく捕まるに違いなかった。

 何でダブルデートをするだけで逮捕される危険に曝されないといけないんだ?

「あっ、あたしで興奮してくれるのは嬉しいけど……とっ、時と場合を選んでくれよな」

「すっ、スマン……っ」

 いや、この状況を役得と考えるべきなのか。

 プロのモデルでもある美少女に、しかも俺に好意を抱いてくれる子に抱きつける機会なんて人生でもうないのかも知れないしなあ。

「きょっ、京介次第であたしのことをこうやって毎日抱きしめて良いんだからな……」

「考えておくよ……っ」

 受験が終わるまでは恋をしない。その決意が揺らぎそうだった。

「那須原さん。その……とっても良い匂いがするね」

「秋人の為に毎日体を磨き上げているのだから当然よ。私は秋人が大好きなのだから」

「そう……だったよね」

 姫小路くんも大人しくなった。

 俺たちは今、ちょっとした分岐点にいるのかも知れなかった。人生という名の、または将来という名の大きな分岐点に。

 

「……お兄さん、加奈子っ! 浮気許すマジ、ですよっ!」

「……お兄ちゃん、那須原さんっ! 浮気許すまじ~~~~っ!!」

 

 後ろの茂みの中から怒りの絶叫が聞こえたようなそんな気がした。

 

 

 ダブルデートは自己紹介の段階で妙な空気になっていた。

 いや、妙な空気と言ってもギスギスしているわけじゃない。何ていうのか、ちょっと体が火照って気恥ずかしい雰囲気というか。

 雰囲気が悪くないのに4人とも急に口数少なくなってしまった。そんな感じ。

 俺たちは求めていた。

 この空気を変えてくれる存在を。そんな天使が現れてくれることを。

 そして天使はご都合主義的に俺たちの元に舞い降りてくれたのだった。

 

「バカなお兄ちゃん♪ 早く早くこっちなのです~。有名な西郷隆盛の銅像があるです~」

 天使は10歳ぐらいの幼い少女だった。ツインテール髪で天真爛漫な笑顔を浮かべた可愛い女の子が俺たちの元へと走ってくる。

「待ってよ、葉月ちゃ~ん。あんまり走ると危ないよ」

 少女の後ろからお兄さんらしい賢そうには見えない高校生ぐらいの少年が付いてくる。

「へぇ~。これが大化の改新を起こした西郷隆盛の像なんだねぇ。初めて見たよ」

 ……見た目通りに賢くないらしい。だが、休日に妹を連れて上野巡りとはなかなか良い兄であることは間違いなかった。俺が桐乃にそういう行為をしたことはなかったからな。

「せっかくバカなお兄ちゃんとこうしてデートしているのです。たくさんたくさん回って楽しまないと罰が当たるのです♪」

 えっ?

 今、あの少女、デートって単語を使ったような?

 小学生と高校生がデート!?

「はっ、葉月ちゃん。こんな人通りの多い所でデートなんて単語を使っちゃダメだってば。僕が特殊な性癖の持ち主で、警察にご厄介になる人だと勘違いされちゃうじゃないか」

「誤解も何も、葉月はバカなお兄ちゃんと正真正銘のデートの最中なのです。大人のキスも済ませた葉月はお兄ちゃんの恋人なのですから♪」

 あのおバカそうな少年、もしかすると警察を呼ばないといけない類の男なのか?

 まったく、小学生は最高だぜなのか!?

 俺と魂を同じくする者だと言うのか?

 お友達になりたいっ! 

 じゃなくてぇ~~っ!

 

「葉月ちゃん。僕を社会的に抹殺する内容をポンポン口にしないでぇ~~」

「ならバカなお兄ちゃんは大人しく葉月とデートしてくれれば良いのです♪ そうすれば葉月はバカなお兄ちゃんの言いつけをちゃんと守るいい子にしているのです」

 少なくともあのおバカそうな少年が小学生少女に手玉に取られていることは分かった。

 あの少年、将来誰と結婚しても奥さんの尻に敷かれそうだな。

「お姉ちゃんが見たら、ハンカチを引きちぎるぐらいに羨ましがるような素敵なデートをするですよ」

「いやいやいや。美波に見られたら僕は確実に殺されるから。全身の骨を無残に砕かれて残酷に殺される未来だけが決まっているからっ!」

 俺の後ろの植え込みがガサゴソと音を立てた。目線をやってみると、植え込みの奥にはポニーテールの髪型をしたペッタンコ体型な少女がハンカチをガリガリと噛んでいた。

 

「葉月のヤツ~っ! ウチのアキをこっそりデートに誘うなんて絶対に許せな~~いっ! じゃなくて、アキのヤツ~っ! ウチの大事な妹とこっそりデートするなんて万死に値するわっ!」

 

 ポニーテール少女がハンカチを口で引き裂いている。

「アキ…………殺すっ!!」

 ポニーテール少女の瞳は真っ赤に染まり凶悪な光線を発していた。

 どうやらおバカ少年の予感は的中しそうだった。心の中でおバカ少年に向かって十字を切る。

 名前も知らない少年だが、人の死はやはり痛ましい。

 でも、人生の最期に美少女小学生とデートできたのだから悔いはないだろう。俺なら悔いはない。

「京介。おめえは何をニヤニヤしながらあのガキとバカそうな男を見てるんだ?」

 加奈子が白い目を俺に向けてきた。そう言えば、俺も傍目からは小学生とデート中に見えるわけか。腕まで組んでるし、俺の方がよりアウトな位置にいるのかも知れない。

「まあ、俺には嫉妬に狂って殺しに来るような女の子がいないけどな」

 致命的事態には陥りそうにない自分にホッとする。

 

「…………あんなにもラブラブに腕なんか組みやがってぇっ! 殺すっ! お兄さんとあの泥棒猫加奈子だけは絶対に殺しますっ! できる限り残酷な方法で殺すっ!」

 

 ポニーテール少女の右隣の植え込みもガサガサ鳴っている。猫でも鳴いているのだろう。まあ、気にすることもないよな。

 

「あの子も可愛い♪」

 一方でツインテ少女をうっとりとした表情で眺めているのは那須原さんだった。恍惚とした表情。妖しさ満点だった。年下の女の子が好きというのも十分に頷ける。

「そうだわ」

 ポンッと手を叩く那須原さん。

「その思い付きはどうせロクなことじゃないよね」

 彼氏である姫小路くんの辛らつな一言。加奈子の話通り、彼は彼女に対して容赦ないタイプのようだ。

「フッ」

 那須原さんは彼氏に向かって意味ありげに微笑むとつかつかと歩き始める。

 そして、おバカ高校生と天真爛漫小学生という歳の差カップルに話しかけたのだった。

「こんにちは、可愛いお嬢さん」

 那須原さんはとても良い顔で、けれども邪念を明らかに隠し持った表情で笑ってみせた。

「こんにちはです」

 ツインテ少女は丁寧に頭を下げた。とても素直な可愛らしい対応だった。

「可愛いお嬢さんはそちらの彼氏とデート中かしら?」

「はい、なのです♪ 葉月はバカなお兄ちゃんとラブラブ大人のデート中なのです♪」

「ちょっと葉月ちゃん。そんな人様に誤解を招くようなことを言っちゃダメだってば」

 少年の言葉を無視して那須原さんは目をピカッと光らせる。

「それは偶然ね。今、私も彼とデート中なのよ」

 那須原さんの視線が今度は姫小路くんへと向く。明らかに何かの前フリだった。

 

「お兄ちゃんとデートして良い女の子は全世界でただ1人、本妹である私だけなんです。ぐぬぬぬぬぬぬぬっ!」

 

 ポニーテール少女の左隣の植え込みもガサゴソと音を鳴らす。そして那須原さんは再びツインテ少女を見ると楽しげに提案したのだった。

「よろしければ、私たちと一緒にトリプルデートしましょう」

 満面の笑み。会ったばかりだが俺には分かる。那須原さんは、あの可愛い少女を自分の側に取り込もうとしていることが。

「トリプルデート、ですか?」

 ツインテ少女が首を捻った。話に興味を持ってしまったらしい。まずい傾向だった。

「ええ。私と彼は今、あちらの来栖加奈子さんとその彼氏さんと一緒にダブルデートの最中なのよ」

 那須原さんが爽やかな表情で俺達を見る。

「でっ、デート」

 デートという単語に照れたのか腕を組む加奈子の力が強まった。

「良かったら、可愛いお嬢さんたちも私たちと一緒にデートしないかしら? きっと、もっと楽しくなるわよ」

 ああいうのを悪の囁きって言うんだろうなあって思う。そして、天真爛漫な少女は悪の誘いに乗ってしまったのだった。

「はいっ。よろしくお願いしますなのです♪」

 コクッと頷くツインテ少女。騙されているとも知らずに胸が温かくなる笑みを浮かべている。

「はっ、葉月ちゃんっ?」

「みんなと一緒にデートすればもっと楽しいのです♪ …………他のカップルとリンケージしてしまえばもうバカなお兄ちゃんは逃げられないのです。一生葉月のものなのです」

「そっ、そうだね」

 それ以上何も言えなくなって黙り込むおバカ少年。ツインテ少女は天真爛漫な笑みはおバカそうな少年の不安も掻き消してしまったのだった。

 

「ぐぬぬぬぬぬ! お兄ちゃんと那須原さんが見せ付けるようにトリプルデートするなんて絶対にダメですっ!」

「アキと葉月のデートなんて、ファーストキスの相手として姉として絶対に許せないわっ!」

「世のヤンデレが何故恐れられているのかお兄さんと加奈子は身をもって知るしかないようですねっ!」

「「「このデート絶対に潰すっ!!」」」

 

 植え込みがやたらうるさくなっている。

 とにもかくにも俺達はこうしてトリプルデートを行うことになったのだった。

 俺と加奈子はこの後一体どうなるのだろう?

 

「まったく、凸守が富樫勇太とデートしなければならないなんて最悪なのデス」

「休日を潰して付き合わされているのは俺の方なんだぞ」

 

 

 

 次回 トリプルデート

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
2
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択