No.199405

バカとテストと召喚獣 僕と木下姉弟とベストフレンド決定戦 その3


本作品の設定の一部はnao様の作品の設定をお借りしています。
http://www.tinami.com/view/178913 (バカと優等生と最初の一歩 第一問)
本作品はバカコメが主体ですので重点が変わった優子さんになっていますが。

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2011-02-03 03:30:40 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:10031   閲覧ユーザー数:9452

総文字数約16000字 原稿用紙表記枚52枚

 

 

バカテスト 歴史

 

【第三問】

 

問 以下の空欄を埋めなさい

『1575年、(1)・徳川家康の連合軍が長篠の合戦で武田勝頼軍に勝利した。その合戦で織田軍は当時最新鋭の兵器であった(2)を大量に投入したと言われている』

 

 

坂本雄二の答え

『(1)織田信長』

『(2)鉄砲』

 

教師のコメント

 正解です。坂本くんは最近勉強をよく頑張っていますね。この調子で成績を伸ばして欲しいものです。

 

 

吉井明久の答え

『(1)織田信忠』

 

教師のコメント

 信忠は信長の嫡男として長篠の合戦にも参加していますが、織田軍の総大将は信長ですので不正解とします。しかし吉井くんが歴史のマニアックな解答を答えられるようになって先生は嬉しいです。

 

 

吉井明久の答え

『(2)島田美波』

 

教師のコメント

 島田さんは複数いません

 

 

島田美波の答え

『(1)島田正造(ウチの亡くなったおじいさん)』

『(2)本気の拳』

 

教師のコメント

 島田さんのお祖父さんも武闘派だったのでしょうか?

 

 

 

バカとテストと召喚獣 二次創作

僕と木下姉弟とベストフレンド決定戦 その3

 

 

『美波ちゃん、遂に決定戦当日になってしまいましたけど、私たちはどうしましょうかぁ?』

『出場すれば一生ただのお友達宣言。出なければ他の誰かがアキと親しくなるのを指をくわえて見ていることになるわね』

『どっちも嫌ですぅ~っ!』

『……坂本が優勝した場合、2人の理性のタガが外れて狂ったように愛し合い、アキたちは学校に来なくなることが100%決まりね』

『そういうことはもっと大人になってからじゃないといけないと思います~っ!』

『木下や久保が優勝しても結果は同じね』

『明久くんは総受けすぎますぅ~っ!』

『木下さんも優勝させちゃダメ。彼女は絶対アキのことを狙ってるわ』

『まずはお友達から始めましょう~って、既にお友達の私たちにはできない芸当です~っ。木下さん、ずるいですぅ~っ!』

『となると、土屋辺りに優勝してもらうのが無難な選択肢なのかもしれないけれど……』

『そうですね。土屋くんが優勝してくれれば私たちもアキちゃんの写真を沢山入手できますし良いことですよね』

『でも、ダメ』

『どうしてですか?』

『土屋の女装姿、香美は可愛いから。アキが本気になる可能性が否定できないわ』

『そう言えば、明久くんは海で香美ちゃんをナンパして喜んでいましたもんね。うふふふふふ~。明久くんったら、可愛い子なら誰でもO.K.しちゃいますから心配ですよね~』

『同様の理由で霧島さんも却下』

『翔子ちゃんはとても美人ですから、明久くんが夢中になってしまう可能性は無視できないですよね』

『つまり、大会に参加を表明している誰が優勝してもウチらにとってはよろしくないのよ』

『じゃあ、どうしたら良いのでしょうか?』

『ウチらが刺客を放って優勝をかっさらわせるしかないわね』

『刺客、ですか?』

『そうよ。刺客を決定戦に出場させて優勝させる。そしてウチらに有利なお願い事をアキに承諾させてからドロンと姿を消す。これでベストフレンドは不在のままウチらはアキに好きなことをお願いできるわ』

『美波ちゃん凄いですっ! 策士ですっ! B組の根本くん並の卑怯っぷりですぅ~っ!』

『そんなに褒めないでよ、瑞希。って、根本と同類に扱われるのはちょっと嫌なんだけど』

『だけど美波ちゃん、刺客はどうやって雇うんですか? 私、その、人を雇い入れるようなお金は、ちょっと……』

『心配要らないわよ、瑞希。ただで、しかも意のままに動いてくれる刺客ならちゃんといるじゃない。2人も』

『ああぁっ、なるほど~っ!』

『アキは坂本たちには渡さないわよ、瑞希っ!』

『はいっ。頑張りましょう、美波ちゃんっ!』

 

 

 

 新しい朝が来た。

 絶望の朝が。

「何でこんな日に限って、朝早く目が覚めてしまうんだろう……」

 時計を見ればまだ午前6時。

 これが午後9時で、もうすっかり夜も更けているとかだったらどんなに良かったことか。

「今日のベストフレンド決定戦……僕は絶対に酷い目に遭わされる」

 それは予感というよりも確信。

 僕はもう二度とこのベッドで寝ることはないかもしれない。家の敷居を跨ぐこともないかもしれない。それぐらい酷い目に遭うに違いない。

「もう2度と遊んであげられないかもしれないけれど、ごめんよ。みんなぁ~っ!」

 僕の宝であるゲームのパッケージを抱きしめながら泣く。刑の執行を告げられた死刑囚の心境が今の僕に最も近いと思う。

 

「姉さん、今日の朝食についてだけど……」

 顔を洗ってからリビングへ入る。

 いつもなら寝坊した僕の顔を見るなりお小言を始める姉さんの姿が見えない。

 まだ寝ているのかと思った。でも、違った。台所に入ると昨日寝る前に整理整頓した筈なのに誰かが使った形跡があった。

 姉さんが料理をしていたに違いない。そして姉さんはその料理を持って既に出掛けた。

 ただそれだけのことなのに僕は酷い絶望感を覚えた。

 姉さんの行動は今日の僕の不幸に直結している。何故か僕にはそれが凄く自然に読み取れた。

 

 朝食はしっかり採ったのに気分が悪い。こんな朝は久しぶりだ。

 まだ誰も歩いていない通学路をゆっくりと進む。

 着くな着くなと念じていたのに、こんな日に限って誰も妨害に入らない。あっという間に文月学園に到着してしまった。

 そして僕は校門で更なる絶望に遭遇することになった。

「何だよ、これは……?」

 校門には、ピンクと白の造花で彩られた立て看板が掛けられていた。

 その看板にはありがたくないこんな文字が添えられていた。

 

『  吉井明久  ベストフレンド決定戦

   本日午前10時より体育館にて開催

           飛び入り参加歓迎

  

 主催 ベストフレンド決定戦実行委員会

    共催 文月学園2学年教職員有志』

 

「大会は放課後からじゃなかったの? 何で先生方まで積極参加しているのさ?」

 今の僕は凄くナーバスになっているのかもしれない。全ての物事を悪意的に解釈してしまう。

 だけど雄二が最初に提案した時より明らかに大会の規模が大きくなっている。

 雄二は、工藤さんが責任者になれば学園の支援を取り付けて派手な大会ができるから運営を押し付けたんじゃないかとさえ思う。全ては僕を困らせる為に。おのれ、雄二めッ!

「吉井くん、こんな所で何をしているの?」

 背後から声を掛けられてハッと振り返る。そこに立っていたのは秀吉と瓜二つの女の子、木下優子さんだった。

「ああ、お姉さん。おはよう」

「おはよう、吉井くん。               ……って、よく考えてみたら吉井くんと朝の挨拶を交わすのもこれが初めてじゃない」

 お姉さんが急にモジモジし始めた。

「お姉さん、どうかしたの?」

「べっ、別にアタシは何でもないわよ。それより吉井くんこそ、何を見ていたの?」

「いや、あの看板だけど?」

 お姉さんにベストフレンド決定戦の開催を知らせる迷惑な看板を指差す。

「うわぁ。愛子ったら頑張りすぎちゃったのね。吉井くんもこれじゃあいい迷惑よね」

 げんなりした顔を見せるお姉さん。人の不幸を事の外喜ぶ悪魔共が集うF組の連中には決して見られない普通の反応だ。

 僕はお姉さんのその普通の反応を見てとても嬉しくなった。

「僕の気持ちをわかってくれるのはお姉さんだけだよっ!」

 お姉さんの手をしっかりと握りながら喜びと感謝を表現する。

「ちょっ、ちょっ、ちょっと吉井くん!? 手、手っ、手ぇ~っ!」

「お姉さんが優勝してくれると僕も嬉しいよ~」

 常識人でしっかり者のお姉さんなら優勝しても無茶は言って来ないだろう。

「えっ? 吉井くんはアタシに優勝して欲しいの?」

「うん。僕は君に優勝して欲しいんだ、お姉さんっ!」

 お姉さんが優勝してくれない限り、誰が勝っても僕の命とガラスのハートと社会的生命は粉々にされてしまうに違いない。

「よっ、吉井くんがこんなにもアタシに期待していたなんて……。      もしかして、アタシたちって既に相思相愛なのかしら?」

「お姉さんが優勝してくれれば、僕は人間として生きていけるんだっ!」

「……ちょっと高望みしすぎたわね」

 お姉さんは少しガッカリしたように溜息を吐いた。何でだろ?

「まあでも吉井くんがアタシに優勝を望むなら、アタシはその願いを叶えてあげるわよ」

「おぉおおぉ。お姉さん、格好良い~っ。素敵ぃ~っ!」

 やっぱりお姉さんには格好良い、秀吉には可愛いという形容詞がよく似合うと思う。

「何か今、吉井くんに心の中でバカにされた気がするのだけど?」

「僕は心の中でもお姉さんのことをいつもベタ褒めだよ!」

 親指をグッと立てながら白い歯をニカッと見せる。

「そのベタ褒めというのが、アタシの尊厳を傷付けているような気がしてならないのだけど。……アタシ、女の子なのに」

 お姉さんは僕の顔を見ながら力なく溜息を吐いた。

 この反応、秀吉の時とそっくりだ。流石は双子の姉妹。

 それにしても女の子の心というのはよくわからない。

 僕とお付き合いしてくれるような殊勝な心がけの子がいてくれれば、女心にももっと敏感になれるのだろうけどなあ……。

 いや、ありもしない夢想に浸るのはやめよう。虚しいだけだ。

「何かまた、女の子に凄く失礼な想像を抱いているんじゃないの?」

「僕はただリアリストなだけだよ」

 朝の冷気がちょっとだけ身に染みた。

 

 

 

 お姉さんと別れてF組の教室に入る。するとそこにはFFF団の黒装束を着たクラスメイトたちが鎌を構えて僕を待ち構えていた。

「「「異端審問会は吉井明久の幸せを許さないッ!」」」

「何で普段は遅刻ぎりぎりにしか学校に来ないみんながもう教室に勢ぞろいしてるんだッ!?」

 叫びながら僕は既に退避行動に移っている。このまま教室に居続けることは死を意味するだけ。入って来たばかりの扉に向かって再び一目散に駆け出していく。

「吉井明久、貴様のベストフレンド決定戦とやらに霧島翔子、木下優子、木下秀吉というこの学年を代表する美人が出場するらしいじゃないか。しかも、プロモーターは工藤愛子とか。貴様が異端審問会の血の盟約に背いたことは明白。よって処刑を執行する!」

 須川くんらしき人物の声と共に黒尽くめの男たちが一斉に襲い掛かって来る。

「僕を不幸にしか落とさない大会で何を羨ましがることがあるって言うんだ!」

 ドアに駆け寄る。しかし既に追っ手は扉を塞ぎ、鎌を構えて斬り掛かろうとしている。突破は不可能と悟り瞬時に反転する。

「女子が貴様の為に動こうとすること自体が処刑するのに十分な罪なんじゃいッ!」

「他人を妬むことしかしない人生の浪費者、いや、漏電者どもがぁッ!」

「貴様もそのFFF団の最高幹部だということを忘れるなッ!」

 振り下ろされる鎌を避けながら窓枠に向かってダッシュする。こんなこともあろうかと、いや、十二分に予測していた襲撃から身を守る手段ぐらい事前に用意していなければこのF組で生きていくことはできない。

 窓を開けると躊躇なく飛び降りる。

「吉井、貴様正気かっ!? ここは3階だぞ!」

 須川くんの当惑した声を尻目に自由落下しながら事前に垂らしておいたロープを掴む。そしてそのロープを伝い、これまた事前に鍵を開けておいた真下の2階空き教室へと入り込む。

「追撃隊に雄二がいたらロープのことなんか簡単に見破ったのだろうけど……爪が甘いよ」

 悪知恵という点に関してなら雄二は他者を圧倒している。作戦が半端なムッツリーニや正直者の秀吉とは次元が異なる。そんなアイツがこの決定戦で優勝するのは僕にとって危険すぎる。あんな奴に好き勝手に命令されたら僕は死んでしまうに違いない。

「やっぱり、お姉さんに頑張ってもらわないと」

 霧島さんは雄二相手では本気を出せないだろう。久保くんは雄二の危険性に対する認識が薄い気がする。となるとやはりお姉さんに頼るしかない。

「だけど今はとりあえずA組に亡命だぁああぁっ!」

 追っ手を逃れるべく僕はA組へと走った。スムーズに匿ってもらえる様に『雄二の1日自由使用権』を手土産に持参しながら。

 

 

 

「ああ~っ、吉井くんが僕を頼ってA組にやって来るなんて夢のようだよ」

「急に押しかけちゃってごめんね、久保くん」

 Fクラスからの逃走劇の5分後。僕はA組に亡命を果たしていた。

「ごめんだなんてとんでもない。吉井くんはいつまでもA組に居てくれて良いんだよ。いっそのこと、A組の生徒にならないかい?」

「……Aクラスは吉井の滞在を歓迎する」

 雄二の自由使用権を両手で抱きしめながら満面の笑みを浮かべる霧島さん。久保くんは何も言わずとも歓待して僕を自分のスペースに招きいれてくれた。

「…………っ」

 こういう時、普段ならお姉さんがNOを唱えるのだけど今日は黙ったまま何も言わない。両腕を組んだまま何事かをジッと考えている。

 こうしてA組のリーダー格である霧島さん、久保くん、お姉さんが反対を表明しないので僕の亡命は認められた。

「それにしても亡命って、大会開始前から吉井くんはもう面白いことになっているねぇ」

 工藤さんはお腹を抱えながらゲラゲラと笑っている。

「笑い事じゃないよ、工藤さん。大会が大規模になったせいで危うく僕はFFF団に殺される所だったんだから」

「ごめんごめん。いやぁ、まさかボクも高橋先生があんなに乗り気になるとは思わなかったんだよ」

「高橋先生が?」

 あの、どこかピントがずれているけれど真面目一筋の高橋先生が決定戦に乗り気と聞いてどうにも合点がいかない。

 高橋先生とお祭りとか、高橋先生と熱血とかどうにも似合わない気がするのだけど……。

 

「皆さん、席について下さい」

 件の高橋先生がA組に入って来た。

 僕は慌てて頭を引っ込めて姿を隠す。Aクラスの教室はFクラスの10倍ぐらいの広さがあり、各自に割り当てられているスペースも10倍ぐらい大きい。だから僕は簡単に身を隠すことができる。

「ああっ、吉井くんが僕の足元に身を潜めているなんて夢のようだよっ!」

 久保くんは何故か興奮しているけれど、それでも高橋先生にみつかることはないだろう。

「さて皆さん、既にご存知とは思いますが一応正式にお知らせしておきます。本日は授業を中止してF組の吉井明久くんのベストフレンド決定戦を開催したいと思います」

 高橋先生がメガネを光らせた。

「えっ? 今日は授業をやらないんですか?」

「1日分進度が遅れたら取り戻すのに3日掛かるって言われてるのに困っちゃうよぉ」

 流石はAクラス。授業がないことに対して多くの生徒たちが戸惑いを示している。自ら進んで勉強をしたがるのだから優等生は偉い。

 これがFクラスだったら、今頃総出でフィーバー状態に突入し、鉄人に鉄拳制裁を受けている所だろう。

「確かに先生も学業は重要だと思います。学業は人生を渡っていく上で大きな武器になります。自分からその武器を捨てるような真似は感心できません」

 高橋先生は鉄人と似たようなことを言っている。もしかすると文月学園教師の共通の考え方なのかもしれない。

「ですが、学力偏重主義もこれから皆さんが長い人生を過ごす上で否定的な影響を及ぼしかねないことも事実なのです。試験の成績を特に重視するこの文月学園では却って人間性の教育こそがより重視されなければならないと先生は思うのです」

 高橋先生の語りは熱い。如何なる時でも冷静沈着な態度を崩さない美人で才能溢れる先生だと思っていたけれど、冷たい印象を与えるメガネの奥にはこんな熱い教育論を持っていたのだ。

「そして先生は工藤さんに相談を持ち掛けられた時に悟ったのです。このままだと留年しそうな酷い点数の持ち主なのにハーレム王を気取っているダメな吉井くんを皆さんが正しく教え導いてあげることこそが最高の人間教育になるのではないかと」

 そして高橋先生はやっぱりどこかずれている。

 このままだと留年しそうな点数なのは確かだけど、僕は女の子には全然人気がない。そんな僕にハーレム王などという称号が似合う筈がない。

「確かに吉井くんは坂本くん、土屋くんをはじめとして男子生徒から大人気だからね。ハーレム王なのは間違いないよ。               僕もメロメロだしね」

「女子の構成員が1人もいないのにハーレム王の名称を使うのはやめようよ!」

 男しかいないハーレムってどんだけ僕は業が深いの? 

 しかも大人気って、僕は今も命を狙われてFクラスに帰れない身だよ?

「そういう訳で本日は人間教育の一環としてベストフレンド決定戦を開催いたします。皆さんも全員が参加してくださいとは言いませんが、できる限り大会を見学して人間力を向上させて下さい。吉井くんの明るい未来は皆さんの応援次第に掛かっています」

「高橋先生の中で、僕はどれだけ救い難い生徒になっているの……」

 鉄人の鉄拳制裁の方がまだ優しいと思った。

 

 

 

 そして午前10時。僕はお姉さんや久保くんに守られながら決定戦の会場である体育館にやって来た。

 本当は会場入りなんかしたくない。だけど、逃げ回るのは不可能そうだし、思惑はともかく一生懸命に大会実行の為に尽力してくれている高橋先生や工藤さんに悪い。そんな訳で僕はこの死刑会場へと自らやって来たというわけだ。

「よくぞ逃げずに会場入りして来たな、明久」

 壇上から『出場者 坂本雄二』のネームプレートを付けた雄二が話し掛けてきた。

「僕はみんなが僕の為に一生懸命にやってくれているのに逃げ出すような恩知らずでも卑怯者でもないよ」

「それが自分の身の安全の為に俺を翔子に売り飛ばした人間の言うことかッ!」

 ちなみに雄二の首には首輪が嵌められており、その鎖の先は霧島さんに握られている。霧島さんはとても幸せそうだ。

「嫌だなぁ、雄二。僕はただ、雄二と霧島さんが幸せになれる様にちょっと背中を押しただけだよ。高校生なのにもうこんな可愛い奥さんがいるなんて、雄二のこの幸せ者めがっ」

「……吉井はとても良い人」

「明久ッ! テメェッ! 俺を不幸にして喜んでやがるなッ! 絶対優勝してお前も不幸に引きずり込んでやるからなッ!」

 妻帯者の語る不幸話など独り身の人間からすれば聞くに堪えない惚気話にすぎない。そんな自分自身も見えていない愚か者は叩き潰すに限る。

「雄二には絶対に負けないでね、お姉さん」

 最強の戦乙女(ヴァルキリー)に勝負の全てを託す。

「吉井くんたちの会話って、聞けば聞くほどやる気が出なくなるのよね……」

 『出場者 木下優子』のネームプレートを制服に刺したヴァルキリーは大きな溜息を吐いた。

 

「それじゃあそろそろ、大会出場のエントリーを締め切ろうと思うんだけど。まだ参加を申し込みたい人はいる~?」

 壇上の中央からちょっと間延びした声が聞こえて来る。

 『総合司会 工藤愛子』のプレートを付けた工藤さんがマイクを持って体育館に集まってきた生徒たちに呼び掛けている。

「え~とぉ、現在までに出場を表明しているのは6名。2年A組霧島翔子さん、同じくA組の久保利光くん、木下優子さん。それから2年F組の坂本雄二くん、土屋康太くん、木下秀吉さんだよ~」

 先週に聞いたのと同じ面子が参加している。逆に言えば姫路さんと美波の名前がない。やっぱりあの2人、出てくれないみたいだ。ちょっと寂しいなぁ……。

「フッ。ベストフレンド決定戦に俺も参加させてもらうよ」

 そして突然の参戦表明。あの自信たっぷりで嫌味もたっぷりな声は……。

「お~とっ、ここで卑怯、変態、女装趣味と三拍子揃った外道、2年B組根本恭二くんが参戦を表明だぁ~っ!」

 工藤さんがマイクを握り締めながら陽気に絶叫する。

 演壇の中央にはかつて試召戦争で卑怯な手を使って僕らを苦しめたB組代表の根本くんの姿があった。

 だけど、根本くんが一体何故この大会に参加を?

 嫌な予感がする。

「根本、貴様は何を考えている?」

 雄二が嫌悪感むき出しの表情で根本くんに問い詰める。やっぱり、いがみ合っていても親友の僕のことを心配してくれているんだね、雄二。

「吉井くんには随分と借りがあるからね。優勝すると1日好きにこき使えるんだろ? 復讐をさせてもらうまでさ」

「チッ。俺と同じ目的か」

 ダメだ。雄二も根本くんも性根の腐りきった敵だ。奴らにだけは優勝させられない。

「そういうことなら、俺も参加させてもらうぜ」

 続いて名乗りをあげたのは3年生の坊主先輩こと……えっと、本名何だったっけ?

 ソフトモヒカン先輩と合わせて常夏コンビとしか覚えてないから名前が出て来ない。

「お~と、ここで初めての上級生からの参加者だぁっ! 3年A組夏川俊平先輩が参戦を表明しましたぁ~っ!」

 そうか。あの先輩の名前は夏川というのか。どうせ変態先輩としか覚えないからどうでも良いけれど。

「変態先輩の参加目的も明久への復讐で?」

「誰が変態先輩だっ。俺の名前は夏川だ! だが、まあ良いさ。坂本の言う通り、俺の目的は優勝して吉井を酷い目に遭わせてやることだぜ」

「冗談じゃない。明久を酷い目に遭わせるのはこの俺の役目だ!」

「吉井くんには試召戦争の時からたっぷりと恨みが溜まっているからね。俺が優勝してたっぷりといたぶってあげるよ」

 あの3人、今すぐ大型トラックに轢かれれば良いのに。もしくは宇宙人にさらわれて解剖されれば良いのに。

 

「え~と、それじゃあボクたち準備委員会が当初想定していた出場者枠8名も出揃ったことだし、そろそろ大会の方を……」

「ちょっと待って下さいッ!」

「ちょっと待ちなさいよッ!」

 エントリーを締め切ろうとする工藤さんの声を遮る大声が体育館の入り口から響く。

 振り返って見ると、2人の少女が威風堂々と立ちながら僕の顔をジッと眺めていた。

「私たちもベストフレンド決定戦に参加しますッ!」

「そうよッ! ウチらがありがたくも参加してやるんだからッ!」

 2人の少女の態度はF組に怒鳴り込んで来る時のお姉さんのように勇ましい。勇ましいんだけど、でも……。

「あの、君たちは一体誰なのっ?」

 顔に蝶々の形をしたマスクを付けて体育館にやって来る変な女の子たちなんて僕の知り合いにはいない筈だった。

「えっとぉ、私たちはですね、明久くん、じゃなくて吉井くん。あの、その、ですね……」

 体育祭の時に姫路さんが着ていたチアリーダーの衣装とそっくりな服を着た胸の大きな女の子が答えを言いあぐねている。だけどあの大きな胸、確かにどこかで見覚えがあるような、ないような?

「ウチらはね、可憐で優しく慎ましやかで想いをなかなか素直に伝えられない内気な美少女たちに頼まれてこの大会に優勝しに来た謎の美少女戦士なのよッ!」

 学園祭のクラスの出店で美波が着ていたチャイナ服とそっくりな服を着た胸のペッタンコな女の子が代わって答えた。だけどあの小さな胸、確かにどこかで見覚えがあるような、ないような?

「とっ、とにかく私、マスク・ド・プリンセスロードは吉井明久くんのベストフレンド決定戦に参戦します!」

 マスク・ド・プリンセスロードと名乗った胸の大きな少女は僕をビシッと指差した。

「ウチ、ビューティフルヴィーアブ(Beautiful wave)仮面も決定戦に参加するわよッ!」

 ビューティフルヴィーアブ仮面を名乗る胸の小さな少女も僕をビシッと指差した。

「一体、誰なんだこの2人はっ!?」

 全く知らない少女が2人も参戦して来るなんて。しかも自分で美少女戦士を名乗る変な子たちが参戦だなんて。一体、この大会はどうなってしまうんだ?

 

 

 

「明久くん……じゃなくて吉井くんっ! あなたのベストフレンドに坂本くんたちを選ばせるわけにはいきませんッ!」

「そうよそうよっ! 男同士の愛に溺れて不登校なんて絶対にさせないんだから!」

 まさかこの学校の生徒かもわからない謎の2人組が参戦して来るなんて思いもしなかった。しかも言っていることの意味がわからない。

 僕が男同士の愛に溺れて不登校になるなんて話がどこから沸いて出たのだろう?

 見た目通りに頭のおかしい子たちなのかもしれない。

 助けを求めるようにお姉さんの顔を見る。

『何をやっているのよ、あの2人は? Fクラスの中でもあの2人だけはまともだと思っていたのに……』

 お姉さんは仮面の少女2人組を見ながら頭を抱えていた。

「葉月には……お姉ちゃんなんかいませんです……」

 スポンサー席ではいつも天真爛漫な葉月ちゃんまでが2人を見ながら虚ろな瞳で呆然としていた。

 登場だけでこんなにも大きな衝撃をみんなに与えるなんて……。

本当に何者なんだ、マスク・ド・プリンセスロードとビューティフルヴィーアブ仮面?

「えっと……瑞希ちゃんと美波ちゃん?」

「愛子ちゃん。私は瑞希ちゃんじゃありません。マスク・ド・プリンセスロードです!」

「そうよ。ウチは島田美波さんとは全く無関係のビューティフルヴィーアブ仮面よ!」

 2人の少女はマイクを持った工藤さんの問い掛けを即座に否定した。

 確かに2人が姫路さんと美波の筈がない。2人はこの大会への参加に消極的だったのだし、常識を持ち合わせている彼女たちがあんな恥ずかしい格好で人前に出て来る筈がない。

 もし彼女たちが姫路さんたちだと言うのなら、僕は今後2人に対する認識を改めなければならないだろう。

「……じゃあ、プリンセスロードちゃんとビューティフルヴィーアブちゃん。参戦表明は大歓迎なんだけど、一応こっちで準備した参加人数の上限は8人なんだよね」

「えぇええええぇっ!? それじゃあ私たち、決定戦に参加できないんですかぁ~っ?」

「何を言っているのよ瑞……じゃなくて、プリンセスロード。参加者が2人減れば良いだけのことよ」

 ビューティフルヴィーアブさんはプリンセスロードさんの手を引っ張りながら壇上へと駆け上がっていく。

 そして2人は根本くんと変態先輩の前に立った。

「こうなったら、実力行使よ!」

 ビューティフルヴィーアブさんが腕をバキバキと鳴らしながら2人を見て唇の端を曲げる。

「アキと関係が薄い、しかも不人気の変態さんたちには大会参加をご遠慮願いましょうか。ねえ、根本に変態先輩?」

「何ぃっ!」

「先輩に対して不人気だの、変態だの女だからって容赦しないぞ! その言葉取り消せ!」

 ビューティフルヴィーアブさんの挑発を受けて顔を真っ赤にしながら怒る根本くんと変態先輩。

「落ち着け、2人とも。女相手にこんな所で暴れて何になる?」

 『解説 高橋洋子』のプレートを付けて工藤さんの隣に座る高橋先生の目を気にしてか、雄二がらしくもなく宥めに入る。

「離せ坂本ッ! これは俺たちの変態としての名誉の問題だ!」

「へー、あんたたちに名誉なんてものがあったの?」

 だが、雄二の行動は却って根本くんたちを激昂させてしまった。更にビューティフルヴィーアブさんが意地の悪い顔で微笑んで2人を更を煽る。

「許さんッ!」

「バカにするのも大概にしろっ!」

 そして2人はビューティフルヴィーアブさんに向かって飛び蹴りを放った。あいつら、女の子に向かって何て真似をっ!

「ぬるい蹴りね」

 だけど、ビューティフルヴィーアブさんは少しも動じることなく、2人の飛び蹴りを足首を掴んで封じてしまった。

「片手ずつで飛び蹴りを封じるなんて……美波クラスの戦闘力を持つ女子がまだ他にもこの学園にいたなんて驚きだよ!」

 この文月学園には僕が知らないつわものがまだまだ沢山いるのかもしれない。できればそんな人たちと係わり合いになりたくないけれど。

「プリンセスロード、このバカ共にとどめを刺すわよ」

「はいっ!」

 ビューティフルヴィーアブさんがプリンセスロードさんに向かい変態先輩を放り投げる。

「ぎぃやぁあああああああああああぁっ!」

 プリンセスロードさんに頭を掴まれた変態先輩が悲鳴を上げる。あの力、僕をお仕置きする時に発揮される姫路さんの握力並の強さだ。やはりこの学園にはまだまだ僕の知らない未知の強豪が溢れている。

 ビューティフルヴィーアブさんはジャイアントスイングの要領で根本くんの足を持って振り回す。一方プリンセスロードさんはソフトボールのピッチャーの要領で変態先輩の頭を持って腕をグルグルと振り回し始めた。

「やっ、やめてくれぇ~っ!」

「は、吐きそうだぁ~っ!」

 プライドも見栄もなく必死に助命を懇願する2人。しかし──

「「正義のコンビネーションッ!」」

 2人の少女は掛け声と共に根本くんと変態先輩を空中へと放り投げた。

「「ぎゃぁああああああああぁっ!!」」

 そして空中で激突する2人。2人の顔が正面から激突しあい、唇が重なり合ってもつれ合うようにして地面へと落ちていく。

 男同士の、しかも外見も性格も歪んだ者同士のキス。最悪の光景だった。

 

 気絶して崩れ落ちている2人に近付く者は誰もいない。心配して声を掛ける者さえいない。一切のフォローなし。2人の人徳のなさと気持ち悪さを象徴している光景だった。

「これで大会の最中に姦計を張り巡らせて来そうな邪魔者が両方消えたな。フッ」

 ただ1人、雄二だけが気絶した2人を見ながら哂っていた。あの野郎、最初から2人をリタイアさせるつもりで宥めに入るフリをしていたな。

「さあ、出場者が2人減ったわよ。これでウチらの参戦は問題ないわよね?」

 ビューティフルヴィーアブさんが工藤さんを見る。自分の暴力行為に対して何とも思っていないらしい。そんな所が美波にそっくりだ。

「えっとぉ~、どうかなあ~?」

 工藤さんが困った表情で高橋先生を見る。目の前で暴力沙汰を起こした人間を大会に出場させて良いものか判断に困っているらしい。

「先生は、若い皆さんが体と体でぶつかり合いながらより良い未来を築こうとする姿勢は人間性を豊かにする上でとても大切なことだと思います。皆さんにはもっともっと正面からぶつかって欲しいですね」

 ……やっぱり高橋先生はどこかずれている。

「それじゃあ高橋先生の承諾も得られたということで瑞希ちゃんと美波ちゃん、じゃなくてビューティフルヴィーアブちゃんとプリンセスロードちゃんの参加を認めるよ~」

 こうしてベストフレンド決定戦の出場選手8名が出揃った。

「始まる前から何なのよ、この大会は。頭が痛くてしょうがないじゃない……」

 いみじくも、僕の気持ちはお姉さんが代弁してくれていた……。

 

 

 

 新しい朝が来た。

 希望の朝が。

「今日だけは早く起きられたわね」

 時計を見ればまだ午前6時。

 朝に弱くていつも弟に起こしてもらっているアタシとしては快挙と呼べる時間だった。

「今日のベストフレンド決定戦……アタシが絶対に優勝しなきゃ」

 決意を口にしながら本棚の一角、吉井くんのBL本が沢山詰まったダンボール箱を見る。

 今日の大会で優勝して吉井くんとの関係が劇的に変わればアタシはもう二度と『雄二×明久』本を買わなくなるかもしれない。『アキちゃん総受け本』も読まなくなるかもしれない。アタシのBLライフから吉井明久の文字が消えるかもしれない。

「もう2度と読んであげられないかもしれないけれど、ごめんね。みんなぁ~っ!」

 アタシの宝であるBL同人誌の入った箱を抱きしめながら泣く。BLな吉井くんではなく、リアルな吉井くんの為に戦うと決めたアタシに泣く資格なんかない。でも、涙が出た。

 

「秀吉、今日の大会についてだけど……」

 いつもなら寝坊したアタシの顔を見るなりお小言を始める弟の姿が見えない。

 日課のランニングの最中なのかと思った。でも、違った。台所に入ると焼き鮭にお味噌汁、そしてご飯という純和風の朝食が準備されており、『先に行く』と一言だけ書かれたメモ用紙が置いてあった。

 弟が料理をしていたに違いない。そして弟は早々に食事を済ませて既に出掛けた。

 ただそれだけのことなのにアタシは武者震いを覚えた。

 秀吉は本気だ。本気で今日の大会に勝ちに来ている。何故かアタシにはそれが凄く自然に読み取れた。

 

 朝食をしっかり採ったので気分が良い。こんな朝は久しぶり。

 まだ誰も歩いていない通学路をゆっくりと進む。

 今日の大会について頭の中でシミュレーションを働かせてみる。やはり最も強敵となるのは策士である坂本くんと、アタシのことを知り尽くしている秀吉に違いない。

 あの2人を抑えない限りアタシに勝利はない。そんなことを考えている内にあっという間に文月学園に到着してしまった。

 そしてアタシは校門で更なるサプライズと遭遇することになった。

「吉井くん、こんな所で何をしているの?」

 吉井くんだった。アタシの知る限り吉井くんは遅刻ぎりぎりにしか登校して来ない。だからとても珍しい光景だった。その吉井くんは呆然とした表情で校門を見つめていた。

「ああ、お姉さん。おはよう」

 アタシの存在に気付いた吉井くんが振り返って声を掛けて来る。だからアタシも吉井くんに倣った。

「おはよう、吉井くん。           ……って、よく考えてみたら吉井くんと朝の挨拶を交わすのもこれが初めてじゃない」

 文月学園に入学して1年半。吉井くんと朝の挨拶を交わしたのは今日が初めてのことだった。

 同人誌の中で坂本くんや土屋くん、他の男子のお尻を見ながら挨拶する吉井くんが今日はアタシに声を掛けてくれた。

 ちょっとだけ、ううん、凄く感動した。

 今日は朝から良いことがあった。

「お姉さん、どうかしたの?」

「べっ、別にアタシは何でもないわよ。それより吉井くんこそ、何を見ていたの?」

 吉井くんに挨拶されて感動していることを悟られたくなくて話題を変える。

「いや、あの看板だけど?」

 すると吉井くんは嫌そうな顔で校門横に掛けられている大きな立て看板を指差した。

 看板には本日開催されるベストフレンド決定戦開催についての知らせが大きく記されていた。

「うわぁ。愛子ったら頑張りすぎちゃったのね。吉井くんもこれじゃあいい迷惑よね」

 こんなに派手に宣伝されると、吉井くんも参加者であるアタシたちもいい晒し者だ。気が滅入ってしまう。

「僕の気持ちをわかってくれるのはお姉さんだけだよっ!」

 すると突然吉井くんに手を握られてしまった。

「ちょっ、ちょっ、ちょっと吉井くん!? 手、手っ、手ぇ~っ!」

 弟以外の男子に手を握られたのはこれが生まれて初めてのことだった。

 しかも、吉井くんが坂本くんや土屋くんではなく、アタシの手を握ってくるなんて。アタシは軽いパニック症状を引き起こしてしまっていた。

「お姉さんが優勝してくれると僕も嬉しいよ~」

 そんなアタシの精神状態を元に戻したのも吉井くんの一言だった。

「えっ? 吉井くんはアタシに優勝して欲しいの?」

「うん。僕は君に優勝して欲しいんだ、お姉さんっ!」

 それはとても意外な言葉だった。

 アタシと吉井くんには今までほとんど接点がない。それにも関わらず、吉井くんがアタシに優勝を期待しているということは──

「よっ、吉井くんがこんなにもアタシに期待していたなんて……。      もしかして、アタシたちって既に相思相愛なのかしら?」

 言いながら頬が熱を持っていくのを止めることができない。アタシは今、天にも昇る気持ちなのかもしれない。

「お姉さんが優勝してくれれば、僕は人間として生きていけるんだっ!」

「……ちょっと高望みしすぎたわね」

 所詮、吉井くんは吉井くんだった。鈍さに定評のある彼に高望みする方が間違っている。

 大きな溜息と共に自分を戒める。

「まあでも吉井くんがアタシに優勝を望むなら、アタシはその願いを叶えてあげるわよ」

 吉井くんは今の所アタシに恋愛感情を抱いていない。だけど信頼は寄せてくれている。ならば、アタシはその信頼に応えるのみ。それがアタシと吉井くんの絆の第一歩となる。

「おぉおおぉ。お姉さん、格好良い~っ。素敵ぃ~っ!」

 吉井くんが割れんばかりの大きな拍手を送ってくる。でもその様を見てアタシは素直に喜ぶ気にはなれなかった。

「何か今、吉井くんに心の中でバカにされた気がするのだけど?」

 女の子として見て欲しいのにその評価が秀吉よりも下。大喜びする吉井くんから何故かそんなことを感じ取った。

「僕は心の中でもお姉さんのことをいつもベタ褒めだよ!」

「そのベタ褒めというのが、アタシの尊厳を傷付けているような気がしてならないのだけど。……アタシ、女の子なのに」

 吉井くんは親指をグッと立てながら白い歯をニカッと見せて笑った。

 多分気のせいじゃなくてアタシは吉井くんに女の子としてあまり意識されていない。女の子じゃなくて正義のヒーロー、つまり男みたいに考えられている。

 そしてアタシの吉井くん脳内ランキングは秀吉よりも遥かに下。それが目に見えてわかってしまいどうにも凹む。思わず溜息が毀れてしまう。

 その吉井くんは吉井くんで「僕はどうせ女の子にはモテないんだ」みたいな黄昏た表情を浮かべている。こんなにもアタシを惑わしているというのにだ。

「何かまた、女の子に凄く失礼な想像を抱いているんじゃないの?」

「僕はただリアリストなだけだよ」

 フッと軽く息を吐く吉井くん。

 この吉井くんと恋をするには並大抵の気力と体力じゃ務まらないだろうなと再確認した朝だった。

 

 

 

 靴箱で吉井くんと別れ1人A組へと向かう。A組とF組では校舎が違うので教室の前まで一緒に行くというアクションが起こしにくい。こんな時、F組に所属している生徒がちょっとだけ羨ましくなる。

 新校舎の3階に到着する。でもアタシはA組にそのまま入る気分にはなれなかった。階段を下りて校舎を離れ、体育用具室へと向かう。

 体育用具室は完璧な優等生を演じるアタシが学校で唯一息抜きできる空間。独りきりで肩の力を抜ける憩いの空間。

「今日は朝から疲れちゃったなあ」

 大きく口を開けながら腕を伸ばす。決定戦を前にして少しだけでも骨休めをしておきたかった。

「校内にいる時にその様な隙だらけの表情を見せるのはどうかと思うのじゃが」

 用具室の奥から声が聞こえた。

「アタシの秘密を知られた以上、殺るしかないわね」

 指をパキパキと鳴らしながら声の主へと近付いていく。

「待つのじゃ姉上っ! ワシじゃ。秀吉じゃ!」

「なら、なお更殺るしかないわね」

「どういう理屈じゃぁっ!」

 体育用具室の隅では、サラシに学ランという何ともマニアックな格好をした弟が全身を激しく震わせながら腕を伸ばして命乞いをしていた。

「何なのよ、あんたのその格好は?」

「今日のワシは姉上にとってのラスボスじゃ。姉上の動揺を一番誘う服装をして来るのは当然のことじゃ」

「それで『伝説の木の下で貴様を待つ』のシンジと同じ服装をしているというわけね?」

「姉上が一番好きな乙女小説の登場人物じゃからな。この姿を見れば姉上も攻撃を躊躇せざるを得まい。我ながら完璧な作戦じゃ」

 自分の服装チョイスにどこか誇らしげな愚弟。

「あんたの服装のせいでアタシの乙女小説趣味がバレたらどうするつもりなのよッ!」

 アタシは愚弟に肘関節極めを以て返礼した。

「姉上ッ! 肘は後ろ側に曲がるようにはできておら……ぎゃぁあああああぁっ!」

 良い音が鳴った。

「じゃが、姉上が幾ら暴力を振るおうとワシは今日の決定戦で負けるつもりはない」

 秀吉が強い意志の篭った瞳でアタシを見る。

 その想いの強さはどこから来るのか?

 双子だからわかる。

 やっぱり秀吉も吉井くんのことが……。

 アタシは乙女小説を愛読しているだけあって、誰が誰を好きになろうがそこに抵抗はあまりない。年の差、性別、身分の差。そんなもので頭を悩ます輩に乙女小説は読めない。

 だから弟が誰を好きになろうがそれ自体は関係ない。

 代わりにアタシが気にするのは唯一つ。

「フン。姉より優れた弟なんて存在しないのよ。今日の決定戦ではそれを徹底的に教えてあげるわ」

 その恋がアタシにプラスとマイナスのどちらをもたらすのかということ。

 弟の恋がアタシの恋愛成就の邪魔になるなら叩き潰す。ただそれだけ。

「姉上のその余裕の表情を今日こそ崩してやるから覚悟するのじゃ」

「言ってくれるじゃないの」

 顔を見合わせてフッと笑いあう。

 ちょっと悔しいけれど、今の所アタシが素の自分を曝け出せるのはこの愚弟しかいない。

「でもやっぱり秀吉の服のチョイスがムカつくから、もう1本の腕もへし折らせてね♪」

「この間もそうじゃが、表情と言っていることが一致してな……やめっ、両腕をへし折られては大会参加が困難に……ギャアアァッ!!」

 何度聞いても心地よいラスボス秀吉の悲鳴を聞きながら、アタシは再度ベストフレンド決定戦の勝利を心に誓うのだった。

 

 

続く

 

 

 

 


 
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