No.268360

そらのおとしものショートストーリー2nd 人妻モード

おかしい。春頃の予定では8月は少し時間的余裕ができている筈だったのに……。
まあそんな私生活はともかく、水曜更新です。
今回のテーマは……壊れてしまった日常でしょうかね。
毛色が違うので封印しておいたヤツなのですが、この際放出。

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2011-08-10 14:31:10 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:3357   閲覧ユーザー数:3093

そらのおとしものショートストーリー2nd 人妻モード

 

 

 イカロスは人妻モードに没入しすぎて智樹との破廉恥な妄想の果てに体内の血液の99%を鼻血として放出。自己修復プログラムを起動させて100万年の眠りに就いた。

 イカロスに後を託されたアストレアは桜井家の2代目人妻に就任した。

 しかし……

「完成っ、アルカリ洗剤と酸性洗剤を混ぜた良い香りのするお味噌汁ぅ~」

「そんなもの飲んだら本当に死ぬだろうがっ!」

 アストレアの家事技能は努力を重ねても如何ともし難いものがあった。

 料理を作れば、救急車を呼ばずに済めば良い方。掃除をすれば、前より汚くなるのは当たり前。洗濯をすれば着られる洋服の数は確実に3分の1以下になってしまう。

 アストレアが家事を任されるようになってから僅か1週間で桜井家は荒みに荒んだ。

 

 食べられるものが出て来ないので、智樹は外で食事を済ませることが多くなっていった。

 自然と帰宅する時間が遅くなる。

 遅くなるだけではなく、朝になるまで帰って来ないケースも出始めた。

 しかし智樹の朝帰りは人間に疎いアストレアから見ても不自然な行動だった。

「やっぱり、人妻モードアストレアとしては、智樹の生活を知っておくべきよね」

 アストレアは智樹を尾行することにした。

 

 智樹は学校が終わった後、家には寄らずに空美神社へと足を向けた。

 神社に何の用があるのかと思いながら後をこっそり尾けていると、智樹は拝殿を越えて更に奥の獣道へと足を踏み入れた。

 智樹はその後も躊躇することなく獣道を歩き続ける。

 そして自身の身長を遥かに超える大きな岩の前に辿り着いた。

 智樹はその岩にベタベタと手を当てて触り始めた。

「一体何をしているのかしら?」

 アストレアには理解できない。だが──

「おお、開いた開いた」

 岩が中央から割れて四角い扉状に穴が開いた。

 そして智樹はゆっくりと岩の中へと入っていった。

 

 アストレアは智樹に気付かれない様に岩に接近する。

 ギリギリまで近付いて岩の中を確認する。

 扉の奥は階段になっており、その奥にはワンルームのような部屋が見えた。

 ベッドにテーブル、キッチンなどが備え付けられたその部屋は智樹の別宅のようにも見えた。

 だが、その別宅にいたのは智樹1人ではなかった。

「ニンフ……先輩……」

 部屋の中にはエプロンを付けたニンフの姿があった。

 内容はよく聞こえないものの2人は楽しそうに談笑しながら笑っていた。

 その光景を見ながら、昨今ニンフもまた不在がちであることを思い出した。

 そしてアストレアは決定的な瞬間を目撃してしまった。

 

「キス……してる……嘘……」

 智樹とニンフは抱きしめ合ってキスしていた。何度も何度も唇を重ねていた。

 それは人妻モードをイカロスから受け継いだアストレアにとってあまりにも衝撃的過ぎる光景だった。

 アストレアはその後の光景を見ていられなかった。

 智樹とニンフが折り重なってベッドに倒れ込んだ様にも見えた。が、アストレアは何も考えない様にして空美神社を後にした。

 その日、智樹とニンフは帰って来なかった。

 

 

「こんな所に呼び出して何の用かしら、デルタ?」

 きつい香水の匂いをプンプンに漂わせながらニンフが尋ねる。真っ赤なルージュと緑色のアイシャドーが普段とは違う雰囲気を醸し出している。

「ニンフ先輩が桜井智樹に不倫している件についてお聞きしたいことがあってです」

 アストレアは夕日が眩しい川原にニンフを呼び出していた。

「不倫って何のことかしら? 別に智樹はデルタの旦那さんってワケではないでしょう?」

 髪型をストレートに下ろしているニンフはいつになく妖艶な雰囲気を醸し出している。

「でも私は、イカロス先輩に桜井家のことを任された人妻モードエンジェロイドなんですよ。その私に黙って桜井智樹とラブラブになるなんて……」

「私はね、昼ドラが大好きなのよ。そして私は昼ドラの展開をちょっと真似しただけよ。略奪愛って素敵だと思わない?」

 ニンフは強気な態度を崩さない。略奪愛というアダルティースメルで身を固めている。

「今だって急に念話で呼び出してくるものだから、髪を結わえ直している暇だってなかったのよ」

 よく見ればニンフの衣服は乱れており、シャツのボタンも掛け違っていた。

「桜井智樹と今まで……何をしていたのですか?」

「ふふふ。お子ちゃまなデルタは知らなくて良いことよ」

 意味ありげに妖艶な笑みを浮かべるニンフ。

 そんなニンフの態度にアストレアは急激に頭に血が昇った。

「こっ、こっ、このぉっ、泥棒猫がぁああああああぁっ!」

 最高の盾イージスLを鈍器に変えてニンフへと殴りかかるアストレア。

「ああ~。その言葉が聞きたかったのよ。まさに昼ドラと同じような展開よね」

 対するニンフは略奪愛ドラマにおける最強の武器、ビンタで迎撃体勢に入る。

「うぉおおおおおおおぉっ! 覚悟してください、ニンフ先輩っ!」

 風の如く加速してニンフへと駆け寄っていくアストレア。

「フッ。男を寝取られた間抜け女が言ってくれるんじゃないの、デルタっ!」

 山の様に不動の体勢でアストレアを待ち受けるニンフ。

 そして、2人のエンジェロイドに惨劇が訪れた。

「うっ、うっ、うわぁあああああああああああああぁっ!?」

 アストレアはスイカの皮に足を滑らせて前のめりに体勢を崩した。

 そのスイカはかつてアストレアとニンフがイカロスの畑から黙って取って食べたスイカの成れの果てだった。

「ちょっとぉっ!? 何で頭から突っ込んで来るのよぉっ!?」

 鈍器の動きに警戒を払っていたニンフはアストレア本体が突っ込んで来るとは思わず、対応が遅れた。

 そして──

「「プリティードッキングっ!?」」

 大いなる悲劇を生んだ。

 重なり合う若い肢体と肢体。

 絡み合う若い身体と身体。

 しかし、そんなことよりも──

「電子頭脳に深刻な損傷を受けてしまったわ……」

「私もです……」

 2人のエンジェロイドの衝突で受けたダメージは深刻だった。

「自己修復モードが働いて……次に目覚める時は100万年後ね……」

「私も、同じみたいです……」

「私、智樹の赤ちゃん欲しかったよぉ……せっかく、やっと愛し合えたのに……」

「私は、桜井智樹に1度で良いから良い奥さんだって言って欲しかったです……」

 2人の乙女の瞳から止め処もなく涙が毀れる。

「略奪愛なんて考えたから……罰が当たったのかしらね……」

「私だって、実力もないのに桜井家の人妻だって……調子に乗っていました……」

 2人は想いを寄せる少年の顔を思い浮かべながら

「ごめんね、智樹」

「さよなら、智樹」

 ゆっくりと目を閉じた。

 

「まったく、ニンフのヤツは急にどこに行ったんだよ?」

 ニンフを追い掛けて出て来た桜井智樹が動かなくなった2人を発見するのはそれから間もなくのことだった。

 

 

「智ちゃん、最近変わったよね」

「そうか?」

 放課後、智樹が帰ろうとしていた所に見月そはらが話し掛けて来た。

「最近、真面目になった気がするよ」

「今までと変わらないと思うがな」

 智樹の返事はどこか気がない元気を感じさせないものだった。

「やっぱりそれって、イカロスさんたちがシナプスに帰っちゃったから?」

 そはらはとても悲しそうな、今にも泣き出しそうな表情で智樹を見ていた。

「関係……ねえよ……」

 智樹はそはらの曇った表情を見ていられず顔を逸らした。

 智樹はそはらたちにはイカロスたちがシナプスに帰ったと述べている。

 守形にだけは真実を喋った。そして長い眠りについたエンジェロイドたちを隠れ家へと運び込むのを手伝ってもらった。

「ねえ、智ちゃん?」

 そはらの声色が変わったことに気付き智樹は慌てて顔を彼女へと向け直した。

 そこには泣きそうな瞳をしながら表情を引き締めた幼馴染の顔があった。

「私じゃ、智ちゃんを元気付けることはできないかな?」

 そはらは前屈みになり胸を強調させるような体勢で智樹の顔を覗き込んできた。

 学生とは思えない豊かな胸の膨らみが智樹の目に入り込んでくる。それはニンフにはなかったもの。

「……別に、俺は元気だよ」

 智樹はそはらから視線を逸らす。しかしそはらは智樹の手を握りながら更に回り込んできた。

「私は、イカロスさんやアストレアさんみたいにお料理上手じゃないけれど……でも、一生懸命家事やるよ」

 真摯な瞳が智樹を捉える。

「…………っ!」

 イカロスとアストレアの名前が出たことで智樹は心を締め付けられる想いがした。

「それに……智ちゃんがニンフさんにしていたこと……私にしても良いよ……」

「お前っ、知ってたのか!?」

 智樹が目を大きく見開きながらそはらを凝視する。

「うん。だから……私が智ちゃんを元気付けてあげるのはダメ、かな?」

 そはらは顔中真っ赤に染め上げていた。

 けれど、その瞳は真剣そのものだった。

 本気で言っている。

 そはらは何をされても全てを受け入れる気でいる。

 智樹はそう直感した。

 だからこそ智樹はこう応えるしかなかった。

「悪い。夕飯の支度があるから、俺もう帰るわ」

 言い終わるなり智樹は駆け足で教室を抜け出していく。

「私じゃ……ダメなの……?」

「悪い。そはらが良いとか悪いじゃなくて、今の俺には時間が必要なんだぁ!」

「私を……見てよ……智ちゃん……」

 そはらのすすり泣く声が聞こえた。

 それでも智樹は止まらなかった。

「今振り返ったら、俺は本当に最低男になっちまうじゃないかよ……」

 智樹もまた涙を滲ませながら走り去っていった。

 

 自宅に辿り着く。

「この家ってこんなに大きかったっけ?」

 独りきりの自宅がとても広く感じる。

「さて、夕飯の支度でも……って、まだ4時前だな」

 夕飯の支度を始めるにはさすがに早すぎた。

「そうじの続きでも先にするか」

 アストレアが桜井家の家事を担当するようになってからの1週間で家内は人間が住める状態ではなくなってしまった。

智樹は要るものと要らないものを一つずつ丁寧に分けていく。

「数学の教科書……隅にしょうゆが毀れちゃってるな。これは要らないもの」

 智樹は要らないものと書かれた箱に教科書を投げ入れる。

「アストレアと一緒に遊んだボードゲーム……壊れちゃってるな、完全に……」

 智樹はそのボードゲームを要るものの箱に入れた。

「しっかしこれ、いつになったら整理が終わるんだ?」

 智樹は大きな溜め息を吐いた。

 今日も既に1時間以上、1週間合わせれば20時間以上のゴミ整理を行っている。しかし家の片付けはまだ当分終わりそうになかった。

 居間はまだ足の踏み場がないぐらいにもので溢れている。

 智樹は一旦場所を変えて、比較的綺麗なイカロスとニンフの部屋を先に整理することにした。

 イカロスたちの部屋はニンフが中の物を弄らせないようにアストレアに厳命していたので被害が少なかった。た。

「たくっ、アストレアは結局掃除1つまともにできなかったな」

 ゴミを拾いながら智樹は少しだけ楽しそうに笑った。

 床にしゃがんでゴミを集めていると、タンスの下のごく狭い隙間に何かカードのようなものが落ちていることに気がついた。

「何だありゃ?」

 カードの存在が気になった智樹は定規を使ってカードをタンスの下からかき出した。

 そして改めてカードを拝見する。

「これって、イカロスが最初に来ていた時に持っていたカードじゃねえか……」

 それはシナプスの科学の粋を集めて作られたカード。

 どんな願いさえも叶えられるという魔法の域に達したカード。

「でも確かこれはイカロスが1枚しかないって言っていたような?」

 もう存在しない筈のカードが智樹の手元にあった。

「もしかすると、イカロスかニンフがこのカードを再生させたのか?」

 智樹には真実はわからない。

 けれど、このカードが存在し、自分の手元にある。

 それが最も重要なことだった。

 智樹はカードを高く掲げながら述べた。

「俺の……望みは……」

 “夢”という単語が智樹の口からもれ出た。

 

 

「おうっ、アストレア。もうすぐ夕飯ができるから棚から食器出してくれないか?」

「わっ、わかったわよ」

 アストレアは智樹に言われた通りに食器を次々に取り出してテーブルの上へと並べていく。

 急に家事に積極的になった智樹にどう対応したら良いのか彼女にはわからない。

「……あの、マスター。やっぱり、料理は、私が」

「イカロスには掃除も洗濯もしてもらってんだ。料理ぐらいは俺に任せておけ」

「……でも、それだと人妻モードが。シュン」

 イカロスは台所に立つ機会が急激に減ってしまい少し落ち込んでいる。

「智樹~。このドラマ、主人公とヒロインが純愛過ぎてつまらないわよ~」

「ドロドロした人間関係だけでなく、たまにはピュアな恋愛も学びなさい!」

 居間でテレビを見ながら不満の声を上げるニンフを一刀両断する。

「だけど、桜井智樹は今まで料理に関心を示さなかったのに、何で急に毎日台所に立つようになったのよ?」

 アストレアがここ1週間ほど人が変わったように台所によく立つようになった智樹に疑問の声をぶつける。

「そうだな……」

 智樹は顔を上げて外を見上げた。

「やっぱり、俺には3人がいてくれないとダメみたいだから、かな?」

「はあ? 何よ、それ?」

 アストレアが呆れた声を出す。

「別にわかってもらおうとは思わねえよ。それよりアストレア、俺に料理を習ってみないか?」

「なっ、なんで私がアンタに料理を習わないといけないのよ!」

 焦るアストレア。

「……マスター。でしたら私に、手取り足取り、料理を教えてください」

「別に、俺がイカロスに教えられることはないだろう?」

「……マスターはいけず、です」

 落ち込んだ顔を見せるイカロス。

「ちょっとぉ~ご飯はまだなのぉ~?」

「もうできたよ」

 パンと胸を叩いて知らせる智樹。

 その胸のポケットには使用済みとなったカードが収められていた。

 

 

 

 

 


 
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