No.529962

姫神秋沙 クリスマス奉仕活動とあわてんぼうのサンタクロース

クリスマスに姫神さん。
フラレテルビーイング書けなかったなあ。

コラボ作品
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2013-01-09 23:07:15 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:2142   閲覧ユーザー数:2069

姫神秋沙 クリスマス奉仕活動とあわてんぼうのサンタクロース

 

 

「という訳で、クリスマスの勤労奉仕活動への参加者は上条ちゃんと姫神ちゃんに決まりましたのです。はい、拍手~♪」

 小萌先生はパチパチと手を叩きながら大変な厄介事を笑顔で申し述べてくれた。

「あの……それは……」

 私はその決定に困惑するしかない。拒否したいけど、なんと言えば良いのか分からない。

「何の事前説明もなく、俺と姫神が奉仕活動参加が決定したってどういうことだよ!?」

 上条くんも勢い良く椅子から立ち上がりながら小萌先生の決定に対して不満を述べる。

 まあ、それも当然だろう。

 私も彼も何故自分が選ばれたのかまるで理解していないのだから。

 ……上条くんと一緒だというのはちょっと……結構、嬉しいのだけど。

「第7学区教育委員会の決定で各高校の1年生の各クラスから男女1人ずつ、クリスマスに奉仕活動参加者を募ることになったのです。それでこのクラスからは上条ちゃんと姫神ちゃんが選ばれたのです」

「小萌先生が教育委員会の尖兵なのは分かった。で、何で俺と姫神なんだ?」

 上条くんは不服そうな瞳で小萌先生を睨んでいる。

 彼はそんなに私と一緒に活動に参加するのが嫌なのだろうか?

 ……まあ、そうだよね。こんな無愛想な根暗女と一緒に大切な日を過ごしたいはずがない。なんだかとても落ち込んでしまう。小萌先生の笑顔がとても羨ましいのに辛い。

 

 そんな風に私をハートブレイクさせる上条くんに対して小萌先生は素敵な笑顔を向けて答えた。

「上条ちゃんの場合は、期末試験で男子で一番成績が悪かったからなのです。馬鹿に人権は適用されないというのが、教育委員会の方針なのです♪」

「グハッ!? 上条さんは人間扱いさえもされないってのか!?」

「はいっ♪」

 小萌先生とてもいい笑顔。思わず見惚れてしまいそう。

 なるほど。上条くんは馬鹿だからボランティアに選ばれた。うん、納得。

 でも、それだと……。

「私はどうして?」

 自慢できるような成績じゃないけど、最下位ということはなかったはず。

 私が選ばれた理由は何だろう?

 

「姫神ちゃんは、先生の推薦によるものです。教師特権なのです♪」

 小萌先生は再び素敵な笑顔を見せた。

「どうして?」

「姫神ちゃんは、もっとたくさん色々なことを経験するのが良いと先生は思ったからです」

「それは……そうかも知れないけど」

 先生の言うことはよく分かるような分からないようなで判断が難しい。

 特殊な環境にずっといた私が社会慣れしていないのは事実。奉仕活動も体験した方が良いのも事実かも知れない。

でも、クリスマスは誰でも割と簡単に特殊な体験をできるのではないだろうか?

「それに、上条ちゃんが一緒なら姫神ちゃんはやる気を出せるんじゃないかと思って。にっひっひっひです」

「なっ!?」

 顔が急激に熱を持っていく。

「それは……誤解を生む表現……」

 言葉に詰まってそれ以上言えない。

「う~ん。姫神ちゃんの真っ赤な顔。青春してますね~♪」

 小萌先生は私の表情の変化を見て楽しんでいる。

「でも、上条ちゃんは大人の魅力満載の先生のモノなのです。姫神ちゃんには、クリスマスに群がってくるに違いない有象無象をバッタバッタとなぎ払って欲しいのです♪」

「…………おいっ」

 つい、ツッコミを入れてしまった。私は上条くんの虫除けだとでも言いたいのだろうか?

 

「小萌先生と姫神が何を言っているのかよく理解できないのだが?」

 大きく首を捻る上条くん。本気で私たちの会話を理解していないっぽい。

「姫神ちゃん。上条ちゃんはこんな男の子なのですよ。それでも良いのですか~?」

 面白半分に顔をニヤけさせる小萌先生。

「別に……私は……上条くんがどうだろうと……何も変わらないもの」

 イエスともノーとも捉えられる答えを返す。

「素直になれない乙女心。青春してますね~♪」

 ニヤニヤが止まらない小萌先生。

「生徒をからかって……楽しい?」

「はい♪ 恋バナの嫌いな女の子はいませんよ♪」

 皮肉を述べたつもりなのに、あっさりと返されてしまった。見た目ロリでもやはり大人ということか。ていうか、いい年して自分で女の子と言われるとキツい。

「姫神ちゃんにはいっぱい青春してもらって、ついでに先生の為につゆ払いをお願いしますです♪」

「軒を貸して母屋を取られるということわざがある。その言葉の意味を先生はよく知るべき」

「その心意気やヨシなのです」

 小萌先生への静かな宣戦布告。先生はそれを満面の笑みで受け止めてみせた。

「一体全体2人は何を言ってるんだ? それはともかく、クリスマスまで拘束されなきゃいけないなんて……不幸だ」

 上条くんは私たちの争いを理解せずに不幸に浸っていた。

 こうして私の今年のクリスマスの予定は決まったのだった。

 

 

「私にサンタをやって欲しいとは……小萌先生も無茶を言う」

 浴室の中で鏡を見ながらため息を漏らす。

 小萌先生が私と上条くんに頼んだ奉仕活動。それは、サンタとトナカイのコスプレをして冬休みの諸注意ビラやお菓子を配るというものだった。

 言い換えれば、冬休みに入ってハメを外しがちな学生たちをクリスマスに乗じてさり気なく牽制する。如何にも教育委員会が考えそうなことだった。

「この愛想のない顔のサンタを見て誰が喜ぶというの?」

 鏡に映る自分の顔を見て虚しい気分に陥る。あまりにも愛想のない表情をしている自分がいた。笑ってみせようとしてもまゆ一つ動かせない。どこまでも仏頂面な私。

 これじゃあ、何かを配ろうとしても子供の方が逃げてしまう。そんな予感がヒシヒシとする。

 小萌先生のような笑顔が浮かべられたらいい。それができなくてとても悔しい。

「それに、女の子の方がサンタのコスプレをするって何かちょっとセクハラっぽい」

 考えるほどに不満は募る。

 サンタかトナカイか選べと言われれば大半の女の子はサンタを選ぶだろう。最近のサンタ娘のコスチュームは可愛くデザインされているものが多いし。

 けれど、私はトナカイが良かった。サンタの影に隠れてこっそりと過ごしたかった。

 それに笑顔が素敵な上条くんならみんなに喜ばれるサンタになれるはず。笑顔の素敵な上条くんなら…………。

 

「って……私は何を考えているの?」

 鏡に映る私の顔は真っ赤に染まり上がっている。

「彼はただのクラスメイト。上条くんは……私のことをそれ以上の特別な目で見てくれていない。そんなこと……分かってるでしょ」

 冷水を頭からかぶって文字通り頭を冷やす。冷たい水以上に、私と上条くんの今の関係を考えると身体が冷える。

「こんな根暗で愛想のない女が上条くんに相手にされるって……本気で思ってるの?」

 彼の周りにはいつも素敵な女の子で溢れている。制理をはじめとするクラスメイト女子。銀髪シスターインデックスや常盤台中学の電撃お嬢さま。他に沢山のシスターや武闘派女性とも仲が良いと銀髪シスターから聞いた。しかもみんな美女、美少女だという。

 そんな無自覚ハーレム王な彼が、私を本気で恋愛対象として見るとは思えなかった。私も彼にそれっぽい態度を見せたことはないし。

 よって、上条くんが私を選ぶルートなど存在しようがない。

 

『姫神ちゃんは、もっとたくさん色々なことを経験するのが良いと先生は思ったからです』

『う~ん。姫神ちゃんの真っ赤な顔。青春してますね~♪』

 

 諦めよう。平常運転になろう。そう心に決めた時に昼間の小萌先生の言葉が脳裏に過ぎった。

「……すぐ諦めようとするのは私の悪い癖」

 考えをちょっとだけ改める。

「こんなことじゃ……命を懸けて私を救ってくれた上条くんに申し訳が立たない」

 コクっと頷く。彼は私を命懸けで救ってくれた。そして、生きる希望まで与えてくれた。

 なのに、私が何でもすぐに諦めてしまったので彼の命懸けを無駄にしてしまうことに繋がる。

「やっぱり……頑張らないと」

 鏡の自分をジッと見る。

 どうしても笑顔の自分を見ることができない。

 でも、今度は諦めない。上条くんの為に頑張ってみる。

 

「どこか……自分のことを好きになれる箇所を見つけて笑顔の元を探さないと」

 無愛想な顔以外で上条くんにアピールできそうな箇所を探す。

「胸……は……インデックスや超電磁砲よりは大きい」

 自分の胸に手を当てながらほんの少し気分が高揚するのを感じる。中学生には負けない。小萌先生にはもっと負けない。形も割と綺麗なんじゃないかと思う。上条くんも喜んでくれるとは思う。でも……。

「制理には勝てない」

 巨乳と呼んで差し支えないライバルがいることを思い出してガックリする。

 中学生には負けない。でも、高校生の中に混ざると目立てないのではあまり意味がない。

 

「腰……は結構細いと思う」

 胸で勝負するのはやめて今度は腰を触ってみる。腰の細さなら制理に負けない。

「でも……腰は超電磁砲やインデックスの方が細い……」

 スレンダー体型を極めている2人のプロポーションを思い返してまたまたガックリする。

「ならお尻は……」

 お尻に手を当ててみる。

「普通……。っていうか……上条くんの好みの基準が分からない」

 根本的な問題点に気付いてガックリする。

 上条くんが大きな胸、細い腰を好んでいるのは見ていればすぐ分かる。一般的な男性の好みとも一致しているのだし。

 でも、どんなお尻が好きなのかはよく分からない。

『上条くんは……私のお尻……好き?』

 こんな質問したら、私はただの痴女になってしまう。上条くんにも引かれてしまうに違いなかった。

 

「じゃあ……腕の太さ。足の細さ……普通」

 上条くんの周囲の女の子はみんな顔が可愛い、綺麗なだけでなくスタイルも良い。そんな中にあって私の体は特に秀でた特徴を持っているとは言えなかった。

「なら……髪。男の子が大好きな古式ゆかしい黒髪ロングヘア」

 手入れを欠かさない綺麗な髪を撫でてみる。これならいけるかも。そう思った。でも、改めて考え直してみると……。

「でも、制理もロングで同じぐらい髪綺麗。インデックスは思春期男の子を魅惑する銀髪のロング。上条くんの知り合いには金髪碧眼の美女もいるって言うし」

 男の子が大好きなヘアスタイルの女の子が上条くんの周りには多いことを思い出してまた落ち込む。まるでラノベの主人公のように多様な属性持ちの女の子をはべらせている。

 その後も私は自分の体のあちこちを触っては好きになろうとした。でも、その度にライバルたちの能力の高さを見せ付けられて結局自分を好きにはなれなかった。

 

「結局……私は上条くんのクラスメイト止まり……なのかな?」

 鏡の前で長時間にらめっこし続けた結果の一言。

 再び諦めの気持ちが湧き上がってくる。

「ダメ! また……諦めちゃいそうになっちゃ」

 首を横に振って弱気の虫を振り払う。

「でも、やるのがサンタだって言うのは…………やっぱり…………」

 私がどうしても頑張りを見せられない理由を口にする。

 私とサンタにはとても深い、そして悲しい因縁があった。

 

 

 

『ボクと契約して魔法少女になってよ』

 すごく幼い頃、私の隣には不思議な生物がいた。うさぎのような猫のような真っ白い猫型のフォルムに長い耳。その耳には黄金の輪っかがついている。

 そしてその謎の生き物は人間の言葉を喋っていた。更に、他の人間には見えないという摩訶不思議な力まで持っている。

 そして最大の恐ろしい点はまだ小学生だった私に恐ろしい契約を持ち掛けてくる点だった。

『魔法少女になって魔女と戦ってくれるのなら、どんな願いでも1つ叶えてあげるよ』

 その生き物は真っ赤なつぶらな瞳で私にすごい契約を持ち掛けてきた。

 

『魔法少女になるってどういうことなの?』

 幼い少女だった私は人並みに魔法に対する憧れがあった。けれど──

『君の魂をソウルジェムという宝石に変えて、極めて耐性と回復能力の体に作り変えるんだ。人間でいう所のゾンビに近い存在になるのかな』

『おいっ』

 キュゥべえを名乗るその生物は身も蓋もない説明を堂々としてくれた。当時感性豊かだった私は盛大にツッコミを入れた。

『じゃあ、魔法少女になったら何をしないといけないの?』

『死ぬまで魔女と戦ってもらうか、自分の願いに絶望して魔女化してもらうことだね。絶望して魔女化する際に発生する負の感情エネルギーを回収することがボクの使命なんだ』

『おいっ!!』

 キュゥべえは包み隠さずに悪事を暴露してくれた。嘘をつかないと以前から語っていたけれど、とんでもない情報を掘り当ててしまった。ツッコミが炸裂したのは言うまでもない。

『さあ、姫神秋沙。ボクと契約して魔法少女になってよ』

『どんなことでも願いを叶えてくれるというのは素晴らしいと思う』

『じゃあ』

『だが、断る』

 私はキュゥべえを家の外へと放り出した。全力投球だった。

『僕を追い出そうなんて不可能だからね♪』

『ゴキブリと同じ害虫』

 けれど、その後も私はキュゥべえにまとわり続けられた。

 

『ボクと契約して魔法少女になってよ。ポポポンって軽い気持ちで契約して自分の願いに絶望してさ♪』

『魔女と戦って死ぬのも魔女になるのも嫌』

 私はキュゥべえを必死に拒絶した。けれど、他の人間に姿が見えないキュゥべえは容易に侵入し私の前へと姿を現してきた。

『もう、私の前からいなくなってよ!』

『それはできないよ。君は魔法少女の素質が10年に1度の逸材なんだ。だから魔女になる際に発生する負のエネルギーは桁外れなんだよ』

『お前はもうちょっと取り繕うって技術を学べ!』

 思い余ってキュゥべえを手にかけたこともあった。

『勿体ないなあ。肉体のスペアは幾らでも作れるけど、体の構成は宇宙のエネルギーを浪費する行為なんだよ』

 けれど、この謎の宇宙生命体はすぐに復活を果たして私の前へと再び姿を現した。

『どうしたら、私の前から消えてくれるの?』

『君が契約してくれれば、ボクはこれ以上つきまわないで済むのだけどね』

『うううっ。できるわけがないでしょっ!』

 こうして、外見は可愛いくせに中身は性悪なキュゥべえに対して私は悪い感情を募らせていった。

 

 苛立ちを募らせた私はキュゥべえを倒せる力を欲するようになっていった。そんな折、クリスマスが近づいてきた。

『サンタさんお願いです。キュゥべえを抹殺できる力を私にください』

私はサンタさんに謎生物を倒せる力を与えてくれるように必死に願った。

 サンタさんはプレゼント、つまり無償で願いを叶えてくれる気前の良い存在のはずだったから。サギみたいな契約を持ちかけられることもない。

『がっはっはっはっは。ワシがお嬢ちゃんの願いによって降臨したMr.サタンだっ!』

 けれど、実際に幼い私の前に現れたのはサンタではなくサタンだった。慌てんぼうだったのはサンタではなく、サタンの方だったのだ。

 

『がっはっはっはっは。よし、ワシが小娘の願いを神龍で叶えてやろうではないかっ!』

 Mr.が頭に付くモサモサパーマのサタンは高笑いを奏でながら大きな龍を召喚してくれた。私の頭上に現れる巨大な龍。

サンタじゃなかったけど、力は本物だった。私はすぐにその龍に願い事を述べた。

『人を食い物にする謎生物を倒す力が欲しいのっ!!』

 神龍は私をジッと見た。

『よかろう。その願い、叶えてやろう』

 神龍が頷いたのを見て私は嬉しくなった。

『本当っ!?』

『ああ。本当だ。だが、世の中不景気なので等価交換だ』

『えっ?』

 巨大な龍の条件付に私の目が点になる。

『人を食い物にする謎生物を倒す力を与える代わりに、お前から愛想をもらおう』

『愛想をもらうって一体何?』

『お前は笑えない、感情をほとんど表に出せない人間となる』

 神龍の言葉に驚かされる。それがどういう意味なのかよく分からなかったけど、とても大変なものを失うことになるのは予想が付いた。

『そ、それは……』

『反対がないようなので、賛同を得られたものとする。では、望みを叶えよう』

『待って!』

 願いを叶えてもらうのを止めようと思った。でも、もう遅かった。

 激しい光が私の全身を包み込む。そして──

『願いは叶えたぞ』

 神龍は契約が果たされてしまったことを告げた。そしてそれは私の身に大きな変化が起きたことを意味したのだった。

 

『今のは一体何の光だい? 姫神秋……うっぴゃぁ~~っ!?』

 表に出てきたキュゥべえが私に触れた途端に消え去った。跡形もなく消え去った。しかもいつもだったらすぐ現れるスペアが出て来ない。

『本当に、キュゥべえを倒しちゃった』

 自分の両手を見る。一見何も変わらない。でも、この体には確かに人を食い物にする謎生物を倒す力を手に入れた。だけど──

『あれ? キュゥべえが消えたのに笑えない? 本当に…愛想を取られた?』

 嬉しいのに笑えない。私は笑えない人間になってしまっていた。でも、それはこれから起こることを考えれば良かったのかも知れない。悪夢の中では笑えない方が辛くないのだから。

 

『サービスで人を食い物にする謎生物全般を触れただけで倒す力を付与してやったぞ。では、サラバだ』

 神龍は消え、上空では7つの玉が飛び散っていった。

 そして、神龍が施してくれたサービスは私に、ううん、私に関わる人たちに大いなる禍をもたらすことになった。

 私の力はキュゥべえだけでなく、吸血鬼という人間を食い物にする謎生物にも効くことが後に判明した。

 そして、そんな私の力に惹かれたり疎ましく思ったりで、多くの吸血鬼たちが私とその周囲を襲うようになった。

 

『俺は人間をやめるぞっ! 姫神秋沙ぁ~~っ!!』

『諸君 私は戦争が 好きだ 諸君 私は戦争が 好きだ 諸君 私は戦争が 大好きだ。殲滅戦が好きだ 電撃戦が好きだ 打撃戦が好きだ 防御戦が好きだ 包囲戦が好きだ 突破戦が好きだ 退却戦が好きだ 掃討戦が好きだ 撤退戦が好きだ。 平原で 街道で 凍土で 砂漠で 海上で 空中で 泥中で 湿原で この地上で行われる ありとあらゆる 戦争行動が 大好きだっ!』

『私を殺した責任、取ってもらうんだからね!』

『可愛いなぁ! 可愛いなぁ! もっと触らせろ! もっと抱きつかせろ! パンツ見ちゃうぞ! このこのこの~w』

 

 吸血鬼たちとの戦いは、私の周りの人々を死へと追いやり、私自身の心を摩耗させた。だから、私の愛想がなくなったのは悪いことでもなかったのかも知れない。

 こうしてサンタは間接的に私から幸せを奪っていった。ううん、全ては愚かなことを願った私のせい。キュゥべえの言う絶望とほとんど変わらない結果をもたらしてしまった。

 そんな風にして絶望の淵を彷徨っていた私を救ってくれたのは上条くんだった。

 そう。サンタは私にとって絶望の原点であり、私にとって生きる希望を与えてくれた上条くんと出会うきっかけをくれた希望の出発点でもあったのだった。

 そんな彼に……私は恋をしている。

 

 

「結局……小萌先生に断れないままクリスマスを迎えてしまった」

 12月24日午前10時。曇天模様の空の下、繁華街の真ん中で私は真っ赤で派手でちょっとミニなサンタコスに身を包みながら相方を待っていた。

「ミニスカに白いニーソックスサンタって……教育委員会は変な趣味入っている」

 お店のガラスに映った自分の姿を見ていると頬がちょっと赤くなる。これが仕事でなければ絶対に着ない際どい服装。下手にしゃがみ込んだり前かがみになったら見えてしまいそう。

「上条くん……どう思うだろう?」

 ちょっとエッチなサンタコスを彼は気に入ってくれるだろうか?

 真面目な所が意外と強い彼に変に思われないかちょっと不安。

 と、考えごとをしている内に遠くからでも目立つトナカイコスの少年が近付いてきた。

 

「お~いっ! 姫神~っ! 待たせたなっ!」

 大声で手を振りながら近付いてくるトナカイの着ぐるみ。ちょっと恥ずかしい。

 でも彼の登場にすごくホッとする。さて、彼は私を見て何と言ってくれるだろうか?

「いやあ。この格好に着替えてから子どもたちに群がられちゃって、遅れちま……」

 頭に手を当ててポリポリ掻きながら遅れた説明をしていた上条くんの言葉が止まった。

 私を眺めながら大きく目を見開いて固まっている。私のコスに何か思うところがあるのは明白だった。

 だから、だから……思い切って確かめてみることにした。

「上条くんは……私の今の服装をどう思ってる?」

 この鈍感男には持って回った言い方は通じない。ストレートに聞いてみる。

「えっと……」

 頬を僅かに赤くした上条くんの上半身が僅かに仰け反る。この男はいつも女の子に囲まれている割に、女の子に気の利いたことも想いを真面目に述べることもできない。

 でも、だからこそ思い切り踏み込むことが必要なのだ。強い瞳で彼をジッと見つめ込む。

「かっ、可愛いと、思うぞ」

「本当?」

 更に至近距離から顔を覗きこむ。顔の距離間5cmぐらいの付近から。そして、後ろ手に隠した左手である準備もしておく。

「本当に可愛いって……思ってる?」

「おっ、思ってるに決まってるだろ。えっと、上条さんは姫神をお嫁さんにしたいと本気で考えているぐらいですよ」

「ふ~ん。そうなんだ」

 上条くんのその言葉を聞いた瞬間に私は天にも昇る心地になった。

 だって、上条くんが私のことをお嫁さんにしたいって。嬉し過ぎて世界中の吸血鬼を刈り尽くしたくなる。

 私は今日、この日の為に生まれてきたんだって胸を張って言える♪

 ああ。辛い過去もすべてはこの日の為の伏線だったんだって。

「…………フッ。上条くんのエッチ」

 神龍との契約のせいでほとんど笑うことができない中で精一杯の笑顔を見せる。

 私の左手にある小型の機械。これさえあれば、私の人生は開けるのだから。

 

『上条さんは姫神をお嫁さんにしたいと本気で考えている』

 

 今の上条くんの一言はバッチリ録音させてもらった。

「あの、姫神さん? 今のやけにクリアな上条さんボイスは一体?」

「オンライン・ストレージに保管されている。このデバイスを破壊しても無意味」

 デバイスを必死に守りながら上条くんを牽制する。

「いや、そうではなくて。何故そんな音声を記録していらっしゃるのでしょうか?」

「今……上条くんの御両親に音声データを送信した。このデバイスを破壊してももう遅い」

 デバイス死守を心に誓いながら上条くんに破壊を諦めるように勧める。

「何で俺の両親に!?」

 両親の単語に上条くんの全身がビクッと震える。

「だから、何で音声を記録にして送信を!?」

「証拠。他に使い道はない」

「何の証拠か恐ろし過ぎるんですけど!?」

 上条くんは冷や汗を垂らして怖がっている。

 けれど、今日の私たちは奉仕活動に参加しに来たのだ。無駄話ばかりしている暇はない。

「上条くんは年末年始私と2人きりで一緒に過ごしてくれれば良い。とりあえずはそれだけ。私をご両親の元に連れて行きたいのならそれは可」

 交換条件を口にして話を打ち切る。

 男の子と2人で除夜の鐘をついたり、新年の初詣を一緒に行う。

 去年までは考えられなかった人並み、ううん、勝ち組な人生の過ごし方が待っている。

 フッ!

「お願いだから上条さんに分かるように説明してプリーズ」

「さあ。ビラとお菓子を配り始めましょう」

「あっ、ああ。何か納得できないが、仕事しようか……」

 こうして私と上条くんの奉仕活動は始まった。

 

 

 始まったのだけど……。

「やっぱり私……ビラ配りに向いてない」

 私が配るビラは誰も受け取ろうとしなかった。あまりにも無愛想過ぎたから。

 私のサンタコスは人目を惹くのか近くまでは結構来てくれる。

 でも、私の顔を近くで見た瞬間に引き返していく。特に幼い子どもの場合、泣きそうな顔をしたり、実際に泣き出して去っていく。地味に、というかかなり傷付く。

 そして、ビラをまともに渡せない私に比べて──

 

「お兄ちゃんのトナカイ姿可愛い♪」

「トナカイしゃん。あくしゅあくしゅ♪」

「おっかし♪ おっかし♪ お兄ちゃんありがとう♪」

 

 トナカイ上条は大人気だった。特に幼い女の子たちに幾重にも囲まれている。

「上条くん……女の子たちに随分おモテになってるね」

 その光景を見ていると微笑ましいを通り越して……何だかムカッとする。

 小学生やそれ以下の女の子相手に何を言っているのかって思うかも知れない。

 でもやっぱり、幼いなりに女として彼に惹かれているんだろう子もいるだろうことを思うと心穏やかではいられない。

 自分の狭量ぶりにガッカリしながらもやきもちを焼かずにはいられなかった。

「いやぁ~、上条さんの人生始まって以来の初モテ期到来ってヤツだなあ。はっはっはっは」

 上条くんは少女たちに囲まれて上機嫌だ。

「上条くんは……まったく小学生は最高だぜ! なの? ロリコン」

「いやいやいやっ! ジェントル上条さんに限って小学生をそんな疚しい目で見るなんてことはありませんからね!?」

 必死に首を横に振って疑惑を否定する上条くん。でも──

「トナカイしゃんはあたしのこときらいなの?」

「いやいやいや。上条トナカイさんはここにいるみんなのことが心から大好きだからな~~~っ!」

「あたしもお兄ちゃんのこと大好き♪」

「はっはっはっは。俺もだよ」

 女の子に泣きそうな顔をされて保身に走る優柔不断な彼がいた。

「やっぱり……上条くんって小学生が好きなんだ。ふ~ん」

「俺はただ子どもに好かれているだけなのに。ペド野郎と誤解されるなんて……ふっ、不幸だぁ~~っ!!」

 天に向かって不幸を嘆くトナカイ。

「上条くんの……バカ」

 私は女の子たちに嫉妬しつつ上条くんをジト目で睨んだのだった。

 

 

 

 時刻は正午を過ぎてお昼ご飯の時間になっていた。

「上条くん。そろそろ休憩にしよう」

「ああ。そうだな」

 大量のビラとお菓子を配り終えたトナカイは路地裏に入って頭を脱いで汗を拭いている。

「お疲れさま」

 スポーツドリンクを彼に渡す。

「おおっ。サンキュー」

 上条くんは缶を受け取るとパッと口を付けてグビグビと飲み干してしまった。

「疲れた体にはスポーツドリンクが効くなあ」

 一息吐きながら上条くんがリラックスした表情を見せる。けれど私はそんな彼の表情を見ていると申し訳ない気分になった。

「ごめん。私が役に立ってないから……上条くんに2人分仕事させちゃって」

 言葉の通りだった。結局、午前中の私はただの役立たず。私が担当した分はほとんど掃けなかった。

「姫神のサンタコスに釣られてやって来た連中が俺のビラを持っていってくれたんだから共同作業だよ」

「上条くんは……優しいね」

 彼の態度を見れば、本心からそう言ってくれていることが分かる。それは上条くんの生来の美徳というもの。でも、それに甘えちゃいけない。

「午後は……私も渡せるように頑張るから」

 決意を彼に伝える。

「そっか。じゃあ、頑張れよ」

 上条くんは私の頭を優しく撫でてくれた。

「うん」

 大きく頷いてみせる。午後は何だかやれそうな気分になった。

 

「じゃあ……お昼ご飯だけど」

「その辺のファーストフードでも入るか? ちょっと目立ちそうだが」

 上条くんは自分のトナカイルックを見ながら嫌そうな表情をしてみせた。この格好で2人でお店に入れば、まあ、悪目立ちしかしないだろう。

 でも、そんな心配はご無用。

「私……上条くんの分もお弁当持って来た」

「マジですか!?」

「…………マジ」

 コクンと頷いて彼に返事する。

「ありがてえ。上条さんは今月も大赤字で外食は避けたいって思ってたんだ」

 パッと顔を輝かせる上条くん。

 彼の家にはよく食べる居候がいるので家計はいつも火の車。お弁当を彼の分まで作ってきたのは我ながら先見の銘だと思う。

 

「じゃあ……食べよう」

 鞄からお弁当箱を2つ取り出して片方を上条くんに渡す。大きい方のお弁当箱を。

「おうっ。サンキュー」

 笑顔で受け取る上条くん。その反応は間違っていない。間違っていないのだけど……。

「……男性用の大きいお弁当箱を私が持っていることにもっと気を配るべき」

 私がその大きなお弁当箱を誰の為に買ったのか気付いて欲しい。

「あれ? この弁当男物だな」

 鈍感男が狙ったようなタイミングでお弁当箱の違いに気付いてしまった。

「もしかして……姫神。お前、彼氏いるの?」

「…………お弁当没収」

 上条くんの手からお弁当箱を強い力で取り戻す。この馬鹿は言っちゃいけないことを平気で言ってくれる。

「何故だぁあああああああああぁっ!?!?」

 頭を抱えて嘆く上条くん。この鈍感男にはやっぱりはっきりと言わないとダメらしい。

「私は……上条くん以外の男子にお弁当を作ったりしない!」

 強い口調で言い切る。

「えっと、それはどういう意味なのでしょうか?」

「上条くんはこのお弁当に篭められた意味をもっとよく考えなさい」

 キッとしたキツい瞳で上条くんに怒る。

「はっ、はあ……えっと、すみません……」

 お弁当箱を再び上条くんの手へと戻す。

「その、ありがとうございます」

「私は料理好きな家庭的な女。上条くんはよく覚えておくべき」

「えっと、あっ。はい。記憶しておきます……」

 上条くんは頭を盛んに掻いていた。

「じゃあ……食べて良いから」

「おっ、おう。ありがとうな」

「うん」

 上条くんにお弁当を食べてもらうという目標は達成されることになった。随分遠回りした気もするけれど。とにかく……良かった♪

 

 

「すげぇ美味かったぞ。姫神、また腕を上げたな」

「当然。私は日々進化を続けている。いつでもお嫁に行けるように」

 味の方は好評だった昼食が終わった。

 誇らしい気分を追い風にしながら午後の仕事にかかる。

「午後は……頑張る」

 午前のような失態はしない。それを心に誓う。

「じゃあ、笑顔をよろしくな」

「上条くんは酷なことを要求する……」

 小さなため息が出た。

 神龍との契約で愛想がなくなった私に笑えるかは未知数。でも、やるしかなかった。

 それに、あの契約がいつまで続くのか分からない。言い換えれば、今日にも切れるかもしれないのだから。

 

 

「ビラとお菓子……っ」

 できるだけ笑顔を心がけながらビラとお菓子を同時に配る。

「あ、ありがとう」

 小学校低学年ぐらいの少年は顔を引き攣らせながらも受け取ってくれた。

 配り方を替えたことにより逃げ出されることはなくなった。上条くんとは比べ物にならないけれど、そこそこ数は掃けるようになった。

 けれどずっと同じ場所で地道に活動を続けた結果、厄介な事態を招くことになってしまった。

 

「とうまっ! クリスマスは喰らい尽くさなきゃいけない大事な時なのに、こんな所で姫神秋沙と何をしているんだよ!」

「あっ、アンタぁっ! 女子高生にエッチなサンタコスさせて何をしているのよっ!」

 インデックスと超電磁砲が私たちの前に現れた。小萌先生が危惧した通りの展開だった。

「俺は今日、学校の命令で奉仕活動をすると説明しただろうが」

 上条くんが必死の説明を試みる。けれどジェラスに燃える少女たちの怒りは収まらない。

 まあ、私が反対の立場なら上条くんの説明に納得できないだろうし。

「秋沙と2人で活動するなんて聞いてないんだよ!」

「そうよ。スケベなアンタのことだから、仕事にかこつけていやらしいことをしようと企んでいるんでしょう! 分かってるんだからね!」

 インデックスと超電磁砲の上条くんへの攻撃は続く。けれど、その実態としては私との引き離しを狙っていると見て間違いない。

 上条くんを守らなきゃいけない。さて、どうしたものか?

「あのなあ、俺は仕事でここにいるの。途中でサボったら上条さん、最悪留年になりますよ」

「別にここで2人一緒に配る必要はないんだよ」

「そうよ。2箇所に別れて配った方が効率的よ。私が手伝ってあげるからそのビラ寄こしなさいっての!」

 超電磁砲が上条くんを私から奪おうとする。私から見えない場所に連れて行こうとする。

 阻止しようにも超電磁砲の戦闘力は絶大。私では足元にも及ばない。ど、どうしたら良いの?

 と、私が途方にくれた時だった。

 

「おいたはそこまでにして上条ちゃんを離すのです、シスターちゃん。ビリビリちゃんっ!」

 近くの5階建ての低層ビルの屋上から幼女っぽい大きな声が鳴り響いた。

 上方を見上げる。すると、白とピンクのフリフリドレスがよく似合う幼女の姿が。ううん。よく見れば幼女じゃない。

 魔法のステッキらしきものを持った幼女そっくりな顔と体格をしたあの人は……。

「小萌っ! とうまは渡さないんだよっ!!」

「ロリババアは引っ込んでいなさいよっ!」

「フッ。小娘たちが先生に逆らおうなど笑止千万なのです」

 考えるまでもなく小萌先生だった。先生はカードキャプター的なコスに身を包んでドヤ顔を見せている。すごく似合っている。でも……。

「何で魔法少女?」

 先生は直接には答えない。ううん、その疑問に答えてもらう必要なんてなかった。

「クックックック。久しぶりだね、姫神秋沙」

 小萌先生に隣にメタリックな銀色に輝くキュゥべえが現れたのだから。

「キュゥべえ……生きていたの?」

 7年前に消失したはずの宇宙生物が復活を遂げて私の前に現れたのだった。

 

 

「クックックック。久しぶりだね姫神秋沙」

 かつて自分には感情がないと言っていた宇宙生物が私を見ながら哂っていた。クリクリッとした赤い瞳で。

「キュゥべえ……生きていたの?」

 大きく舌打ちを奏でる。全ての不幸と引き換えに消滅させた筈の大敵がまだ存在していた。最悪な気分。

「本来ボクは肉体を失っても魂を転移できるから幾らでも取替が効く。でも、姫神秋沙に触れて消滅した途端に肉体の交換ができなくなった。だからただの概念として7年間漂っていたよ」

「そのまま永遠に消えてくれれば良かったのに……」

 舌打ちを奏でる。

「けれど、体を失ってボクも初めて気づいたよ。身体が欲しいって。それで、色々考えたのだけど、この都市には便利な人材がいたからね。彼を利用しようと思ったんだ。レベル5第2位の未元物質(ダークマター)生成者をね」

「未元物質(ダークマター)?」

 聞いたことのない単語だった。

「とにかく学園都市レベル5第2位の垣根帝督の魂に干渉して、未元物質を生成したおかげでボクはまたこうして肉体を得ることができたというわけさ」

 学園都市のレベル5なんて目の前の超電磁砲しか知らないから垣根云々は分からない。でも、キュゥべえが復活している。しかもパワーアップしている。厄介に違いなかった。

 

「復活して何をするつもりなの?」

「ボクの仕事を果たすのさ。そして……ボクを消し去った君への復讐だね」

 キュゥべえが円な瞳のまま恐ろしい単語を使った。

「あなたには感情がなかったんじゃないの?」

「概念となって肉体から解き離れていた間にボクは邪悪を吸収したんだ。悪の波動で感情を会得したよ」

「肉体を失っても何も反省しなかったのね」

 善に目覚めてくれれば良かったものを。

「それにしてもこの身体はすごいね。地球の物理法則が通じないよ。これなら、ボク自身が魔女を狩ることも幾らでも可能だよ」

 キュゥべえはキラキラした瞳を見せている。

「それはあなたが少女たちを騙して魔法少女に仕立て絶望させて魔女にし易くなったってことでしょ」

「さすがは姫神秋沙。ボクの意図をよく把握しているね」

 キュゥべえの唇の端が歪にゆがんだ。

「最低」

 軽蔑の視線を送る。やはりあの邪悪な宇宙生物は存在しちゃいけない。

 何としても滅ぼさなきゃ。私のこの体に宿る力なら倒せる。でも……。

 

「なあ、あの猫かウサギか分からない謎の生物は何なんだ?」

 上条くんが肘でつつきながら小声で尋ねてきた。

「邪悪な宇宙生物。この世界に存在しちゃいけない」

「宇宙生物っ!?」

 身体を仰け反らせて驚く上条くん。魔術も科学もあるこの世界でも宇宙生物は特別過ぎる存在だった。

「宇宙生物も恐ろしいんだが、その隣にいる年齢を考えると本気で恐ろし過ぎる生物は何だ? よく似合っているけどさ」

 上条くんの質問を受けてハッとする。

 先生は魔法少女になっている。ということは、キュゥべえとの契約が成立してしまったということ。

「小萌先生はたった一つの願いと引き替えに死ぬまで魔女と戦うか絶望して自ら魔女になるか。どちらかの未来しか残っていない存在になったの」

 顔を横に背けながら答える。

「それはつまり、小萌先生は魔法少女になったことで人間ではなくなったということか」

「ザッツ・ライト」

 その通りだった。

 

「よく分からないけれど、小萌が魔法少女になったことは分かったんだよ。でも、小萌が少女ってのはどうしても納得できないんだよ」

 小萌を指差しながら大声で異議を唱えるインデックス。

「何故ならああ見えて小萌はとうまの倍以上の時間を生きて──うっ!?」

 幼いシスターは話の途中で光に包まれ呻き声を上げると同時に倒れた。パタリと倒れてピクリとも動かない。目を×にして気絶していた。

「「インデックスっ!?」」

 私と上条くんの声が揃う。首を上げると小萌先生の魔法のステッキが点滅を繰り返していた。

「シスターちゃん。キジも鳴かなければ撃たれずに済んだのに残念なのです」

 小萌先生はとても悲しそうな表情を見せた。犯人であることを否定しない。先生の年齢に触れることはタブーのようだった。

 だけど……あれ?

 上条くんの倍以上ということは、小萌先生は3……。

「余計なことを考えると姫神ちゃんにも天罰が下りますよ♪」

「くっ!」

 小萌先生の勘は鋭い。言えば殺される。そう実感した。

 

「よくも腹ペコシスターをやってくれたわねっ!」

 インデックスが開いたイカのように倒れている姿を見て怒りを表したのは超電磁砲。

「……まったく。強力なライバルが思わぬ形で減ってくれちゃったじゃない」

 小声で呟く超電磁砲の表情は気のせいかツヤツヤしているようにも見える。

「志半ばで逝ってしまった腹ペコシスターの為にもなんちゃって魔法少女っ! アンタはこの私が撃つっ!」

 やたら負けフラグっぽいことを述べながら小萌先生を指差す超電磁砲。

そう言えば、ドラマCDでもヒロイン役でない時はこの子やたらとかませ犬扱いされていたことを何となく思い出す。

「邪悪な宇宙生物も魔法少女もまとめて私がぶっ倒すっ!!」

 超電磁砲がコインをトスして超音速で発射する。

「メリー……クリスマスッ!!」

 言葉とは裏腹に凶悪極まる弾丸が小萌先生に向かって飛んでいく。

「上条くん……ここは危ないっ!」

 この後の展開を何となく予測した私は上条くんの手を取って場からの退避を始める。

「おい? 姫神っ!?」

「急いで逃げる!」

 疑問を抱いている上条くんの手を強引に引っ張る。上条くんと手を繋いで歩くのは初めて。だからもっと色っぽい場面が良かった。でも、それは命が続いたらまたすれば良い。

 何はともあれ今は逃げないとっ!

 

「さすがは姫神ちゃん。先生と暮らしていただけあって、先生のことをよく理解しているのですよ」

 超音速の弾丸が迫ってきているというのに小萌先生は慌てない。

 平然とステッキを弾丸に向かって構え

「ティロ・小萌・フィナーレっ♪」

 楽しげな声と共に光の弾を超電磁砲に向かって放った。

「うっ、嘘っ!? でしょ……」

 目の前の現実に呆然とする超電磁砲。小萌先生の光弾は超高速コインを簡単にかき消して超電磁砲とその隣で眠るインデックスの体を包み込んだ。

 

「インデックスっ! 御坂ぁ~~~~っ!!」

 眩しい閃光によって私たちの視界も塞がれる。圧倒的にまばゆい光。その数秒の後、視界が回復して見たもの。

 それは──

「ひっ…酷い。2人とも……黒焦げアフロヘア……」

 ヒロインからギャグ担当の汚れ役にジョブチェンジした2人の姿だった。

 インデックスたちはもう恋愛には絡めない。お笑いパート専門キャラになってしまった。それは、ヒロイン格としての人生の終焉、即ち死を意味していた。

「小萌先生……幾ら何でも酷すぎる」

「恋のバトルにルールは無用なのです。願いを叶え魔法少女の力を手に入れ最強となった先生が全てを制する。ただそれだけのことなのです」

「そんなの乱暴すぎるっ!」

「先に仕掛けてきたのはビリビリちゃんの方なのです」

「でも……それだけ強大な力があるのなら……手加減して撃つことも十分可能だったはず」

「ヒロインとは、最強にして最悪な存在の別名なのですよ。姫神ちゃん!」

 そう私に語りかけた先生は、私の知っている月詠小萌とは似て非なる人物だった。

 

「俺たち私たちの癒やし系アイドル小萌先生とお前が同一人物だって? そんなふざ……」

「私は……あなたが小萌先生だなんて断じて認めない!!」

 上条くんのセリフを遮って先生に怒りをぶつける。

「認めなければどうだと言うのですか? お尻ペンペンして先生を教育しますか?」

「それで先生が元に戻ってくれるというのなら……そうするまでです」

 両の拳にグっと力を込める。

「姫神ちゃんの最大にして最悪の敵となった先生をまだ気遣おうとは……」

 先生は大きく息を吸い込み

「だから姫神ちゃんはアホなのですっ!!」

 私を大声で罵倒した。

「自分の幸せを第一に追えないような愚か者を教え子に…弟子に持った覚えはないのですっ! 再教育を施してあげるのですよ!」

 小萌先生が私に向かってステッキを突きつける。

「望む所っ!!」

 先生を睨みながら拳を握り締める。

 

「おいっ、姫神」

 上条くんが肩を掴んで私を制止にかかった。心配そうな瞳が私を覗き込む。でも、その瞳にすがってはいられない。

「……上条くんはあっちの凶悪宇宙生物キュゥべえをお願い。科学の力で実体化しているようだから上条くんの右手の力で消滅させられるはず」

 上条くんを振り払うでも依存するでもなく、分業を提案する。私にも上条くんにもやるべきことはある。

「分かった。けど、今の小萌先生は強いぞ。御坂を一撃で倒すくらいに」

 覚悟を試す瞳が私に向けられている。

「それでも私は小萌先生と向かい合わないといけない」

 上条くんの顔に右手で触れる。私が最も触れていたい人の顔。見ていると心が安らいでくる。

「……あなたにもちゃんと向き合うから。ちゃんと想いを伝えるから」

 今は本人に聞かせられない想いを小さく呟く。それだけですごく力が湧いてきた。

「そして…戦いが終わったら上条くんにちゃんと伝えたいことがある」

「あの~姫神さん。決戦を前にしてそういう話し方をすると死亡フラグってヤツになるんじゃ?」

「死亡フラグは脇役の場合の話。主人公とヒロインなら……」

 上条くんにギュッと力強く抱きつく。

「生還フラグに変わるから」

 生まれて初めて男性を抱きしめる。安心できてとても落ち着けた。

「あの、姫神!?」

「勝とうね……絶対に」

「あっ、ああ……そうだな」

 上条くんが私の腰に両腕を回してくれた。

 それからひと時の間、私はこの上ない安心感に包まれて優しい時間を過ごした。

 

 

「愛しの上条ちゃんとのお別れは済ませたのですか?」

 5階から事も無げに飛び降りた小萌先生。ちびっこ先生は私の前に悠然と立ちながら覚悟を問い質した。勿論私の答えは決まっている。

「この戦いが終わったら上条くんには私の想いを聞いてもらわないといけない。だからお別れなんてできるわけがない」

 キュゥべえを倒すべく今頃ビルの階段を駆け上っているはずの上条くんに想いを寄せながら答える。

「笑顔ひとつ浮かべることができない姫神ちゃんにそれが可能なのですか?」

「たとえ愛想がなくても……想いは確かに存在するのだからっ!」

 馬鹿にした瞳を見せる先生に決然と意見を述べる。今の私にはもう迷いがない。上条くんに今日想いを伝えるって決めたから。

 

「少しは強くなったようですね。ですが……」

 小萌先生は邪悪な笑みを浮かべた。

「学園都市最強となった先生に姫神ちゃんが勝てる確率は230万に1つもありませんよ」

「そんなこと……やってみなければ分からない」

 大きく息を吸い込みながら最近通信教育で始めた空手の型を構える。

「その心意気やヨシ。そんな姫神ちゃんに先生からクリスマスプレゼントなのですよ」

「クリスマスプレゼント?」

 小萌先生は私の質問には直接答えずに指をパチンと鳴らしてみせた。

「サンタさん。おいでませなのですっ!」

「サンタ?」

 何か、デジャブのようなものを感じずにはいられなかった。しょうもない歴史が繰り返すんじゃないか。そんな予感がした。

 

「がっはっはっはっはっは。ワシが魔法少女なお嬢ちゃんの願いによって降臨したMr.サタンだっ!」

 ……予感は外れてくれなかった。私の目の前に現れた男はMr.サタンだった。7年前と比べて随分頭は薄くなっているけれど本人に間違いなかった。

「おおっ。数年ぶりではないか、小娘よ。このワシに生涯の内で2回も謁見できるとは運がいいぞ」

「運が良いのか悪いのか」

 まったくもって微妙すぎた。

「先生。これはサンタじゃなくてサタンです。まあ……神龍を呼び出せるので本物のサンタよりもある意味すごいんですが」

「そうだ。ワシの力、そして神龍の力はこの世界で最強なのだ。がっはっはっはっは」

 高笑いを止めないおっさん。この人の正体は一体何者なのだろう?

「さあ、娘よ。今回も神龍を呼び出してやるから望みを願うがいいさ」

 サタンは神龍召喚の準備に入る。

 一方で私は、なんちゃって魔法少女のことが気になって仕方なかった。

「何故私に神龍を使わせるの?」

「言ったはずなのです。今の状態では姫神ちゃんに勝ち目は230万分の1もないって。だからハンデをあげるのですよ」

 小萌先生の白い瞳が突き刺さる。

「その油断は命取りになる」

 そんな先生の視線を正面から受けて立つ。

「先生の半分も生きてない小娘がぬかしおるのです」

 先生との会話を打ち切り召喚された神龍の正面へと立つ。

 ハンデというのは癪だけど、神龍の力が必要なのは確かだった。

 

「おおっ。いつぞやの小娘か。今度は一体何を願う?」

 神龍もまた私のことを覚えていた。なら、話は早かった。

「7年前の契約を打ち消して欲しい。人を食い物にする謎生物を倒す力はもう要らない」

 私が願うべきことはそれしかなかった。

「それはつまり、前回の契約をキャンセルしたい。そういうことだな?」

「そうよ」

 力強く頷いてみせる。

「何の話かよく分かりませんが、姫神ちゃんはその願いを叶えることで弱体化するのではありませんか?」

 小萌先生が渋い顔で質問する。

「特殊能力がなくなるという意味ではそうね」

 先生に向かって頷いてみせる。

「それじゃあハンデをあげる意味がないのですよ」

「でも……私が小萌先生に……私の目指した小萌先生に追いついて追い抜くには必要なことなの」

「う~。姫神ちゃんの言っていることは難しくて先生にはよく分からないのです」

 先生は酸っぱい梅干を食べた直後のような表情になった。

「では、話がまとまったようなので、早速望みを叶えよう」

「お願い」

 巨大龍の身体が光り、次いで私の身体も激しい光に包まれた。

 

「望みは叶えたぞ。お前の中にあった特殊能力はなくなった」

「そう」

 両手をジッと見る。けれど、キュゥべえや吸血鬼相手にしか発動しないあの力が本当に失われたのかはパッと見では分からない。

「そして等価交換ということで預かっていた愛想はお前に返そう」

「…………ありがとう」

 コクっと頷いてみせる。愛想も自分の顔を見られない以上、本当に戻っているのかは分からない。

「愛想? 一体、何の話なのですか?」

 小萌先生は頭に?を幾つも浮かべている。

「この7年間……私が無くしてしまっていたもの」

 シンプルに返答する。愛想と引き換えに得た地獄。この7年間のことを思い出すと……。

「姫神ちゃん。その表情……」

 小萌先生が私の顔を見ながら目を大きく見開いた。

「どうかした?」

「なるほど。そういうことなのですね」

 先生は目を堅く閉じた。何かに納得したように。でも一体何に?

 

「では、7年前の契約は無効にしたぞ。もう会うことはないだろうが、達者でな。サラバだ」

 神龍は眩い光を放つと消えてしまった。7年前と同じように。

「うん。さよなら」

 でも、あの時と今とではあの龍が果たしてくれたことの意味はまるで違う。

「さあ。決着を付けよう。小萌先生」

 拳を構える。吸血鬼やキュゥべえを消失させる力を失った。けれど、これでもう吸血鬼が押し寄せて私の大切な人達を奪っていくこともなくなった。

 だから今私はようやく7年ぶりに自分の為に精一杯戦える。私が想いを寄せる上条くんの為に全力で戦える。この一戦に全てを賭けることができるっ!!

「…………分かったのです。受けてたつのですよ」

 小萌先生が短くコクッと頷いてみせた。

「がっはっはっはっは。お前たちの勝負は世界格闘技チャンピオンであるMr.サタンが見届けようぞ。存分に戦うが良いっ!」

 私と小萌先生の決戦が今始まる──

 

 

 

「勝負。小萌先生」

 通信教育仕込みの空手の型を構える。相手は学園都市最強と化したなんちゃって魔法少女。

 普通なら話にならない。勝てるわけがない。でも、戦う。そして勝利をもぎ取ってみせるっ!

「シスターちゃんもビリビリちゃんも倒した今、残る敵は姫神ちゃんだけなのです」

 圧倒的な戦力差を有し、自信たっぷりにナイ胸を張る小萌先生。

「そして姫神ちゃんを倒して上条ちゃんを手に入れた暁には先生は上下左右中央条スーパーティーチャー小萌を名乗るのです。ウェディングドレスを着る日が今か今かと待ち遠しいのです」

「上条を名乗るのは将来の私。小萌先生の出る幕はない」

 激しく闘士を燃やす私。

「威勢が良いのは結構ですが、最強の魔法少女たる先生にどう挑むつもりなのですか?」

「策なら……あるっ!」

 返答すると同時に小萌先生に向かって突撃を敢行する。先手必勝は勝つ為に重要なポイント。

「その若さ溢れるアグレッシブな行動は賞賛に値するのです。ですが、若さとは愚かさでもあるのです。ラミパスラミパス小萌ルル~」

 小萌先生が私に向けてステッキを構え、白い光を放った。

 次の瞬間──

「きゃぁあああああああああぁっ!!?」

 私の体は後方へと大きく吹き飛んだ。まるで風に舞う木の葉のように回転しながら大きく飛ばされた。

 

「うぐうううぅっ!?」

 ドサッという大きな音と共に背中から強い衝撃が走る。全身を強い痛みが襲う。大覇星祭以来の激痛。

「先ほどの威勢はどうしたのですか? もう、終わりなのですか?」

 小萌先生の挑発的な声が上から響いてくる。馬鹿にされて悔しい。けれどその声は私の闘志を掻き立ててくれる効果を持った。

「冗談」

 フラフラしながら立ち上がる。体は今の一撃でボロボロ。でも、闘志は先ほどよりも高まっている。痛いのなんて気にしてられない。

「私の本気はこれから」

「なら、早くその本気を出さないと姫神ちゃん、大怪我しちゃいますよ。えいっ♪」

 小萌先生が再びステッキを振るう。

「きゃぁあああああああぁっ!?」

 再び吹き飛ばされる私の体。けれど、必死に歯を食いしばってすぐに立ち上がる。

「まだ立ち上がるガッツはいいですね。でも……あっはっはっはっはっはっはなのです」

 小萌先生はボロボロの私を嘲笑する。

「そこまでですか? 姫神ちゃんの力などそこまでのものに過ぎないのですか?」

 私を馬鹿にする声が脳に響く。私が馬鹿にされるのはいい。でも、この勝負には上条くんがかかっている。何があろうと上条くんは譲れない。だから、負けられないっ!

 だけど……想いの力に反して、痛みが、体が悲鳴を上げている。固い決意とは裏腹に体は勝手に地面に倒れ込もうとしている。踏ん張って踏ん張って必死にその理不尽に逆らう。

「それでもディープブラットですかっ! 足を踏ん張り、腰を入れるのですっ! そんなことでは悪党の先生1人倒せませんよっ! この、おバカちゃんがぁあああああぁっ!」

 小萌先生がステッキを3度振るう。今度こそ耐え切ろうと思った。

「くっ……うっ!?!?」

でも、衝撃は私の許容範囲を超えていてまた膝をついてしまった。

「何をしているのですか! 自ら膝をつくなど、勝負を捨てた者のすることですよ! 立つんですっ! 立ってみせるのですっ!」

 小萌先生の声が頭に響く。とにかく頭に血が昇る。負けられない。上条くんは譲れない。ただその一心で体を動かす。

「うるさいっ! 私は…今日…小萌先生を越えてみせるっ!」

 立ち上がると同時に大きな衝撃がまた襲ってきた。

「舐めるなぁあああああああああぁっ!!」

どうしようもないほどの苦痛が体を駆け巡る。でも、今度は倒れない。倒れてなんかやらない。倒れてなんかやるもんかっ!

 

「ほぉ~。先生の魔法に耐えるとは姫神ちゃんも少しはデキる子になったようですね。でも、先生の魔法に耐えた所で姫神ちゃんに勝機は生じませんよ」

 先生の連続魔法攻撃に視界がぶれる。頭がクラクラする。でも、不思議と戦意は微塵も欠けてこない。負ける気は少しもしない。だって──

「…………そんなことはない」

「どう違うと言うのですか?」

「私の心が折れない限り…負けを認めない限り……勝機は必ず訪れる」

 息も絶え絶えの荒い呼吸で、でも内面は熱い闘志を燃やしながら可能性を述べる。

「ロマンチックな若者は先生も好きですが、現実も見てくれないと困りますよ。先生は学園都市最強の魔法少女。粘ったぐらいで勝ち目は生じませんよ。」

「先生が魔法少女のままだったらね」

「えっ?」

 小萌先生が小さく声を発した瞬間だった。

 

 

「てめえが少女たちの純粋な願いを利用して絶望に陥れようってんなら……それが全宇宙を救う為に必要な仕事だって言うんなら……まずはお前のそのフザけた幻想をぶち殺すっ!」

 先ほどの低層ビルの屋上から上条くんの大きな声が聞こえてきた。

 目を向けると、怒りの形相で右拳を握り締めている上条くん。そして6枚の翼を広げながら宙を浮いているキュゥべえの姿だった。

「君たち人間はいつもそうだ。宇宙全体の存続に比べてみれば、君たちの存在がいか程のものだと言うんだい? 事の軽重を推し量れずに不満ばかり述べるのは愚か者のすることだよ」

「てめえはそうやって上から人間を見下すしかできねえんだな。オマエみたいな存在が宇宙を救うだと!? 何も大切に思えない奴が、宇宙を救ってるなんて思い上がるんじゃねえ!」

「思い上がりなんて抱いていないさ。ボクはいつだってただ事実を述べるだけさ」

「その傲慢な自覚のなさが今までどれだけの少女を苦しめてきたと思ってるんだ! その許しがたい幻想を貴様の体と共にこの俺がぶち殺すっ!」

 上条くんはキュゥべえに向かって正面から突っ込んでいく。その必殺の右拳を振り上げながら。

「ヤレヤレ。今のボクは魔女を相手に幾らでも勝てると言わなかったかな? なのに正面から飛び込んでくるなんて。人間というのはどうしてこう度し難いのかな?」

 6枚の羽が赤く発光し、その内の2枚から赤い怪光線が発せられた。2筋の光は一直線に上条くんに向かって飛んでいく。おそらくあれは、地球の物理法則が通じないという光線に違いなかった。

「終わり、だよ」

 キュゥべえは勝利を確信している。でも、私には分かる。本当に終わりを迎えるのはどちらであるかを。

「幻想殺し(イマジン・ブレーカー)っ!!」

 上条くんの右腕が唸りを上げて怪光線をかき消す。

 キュゥべえは科学サイドの力に拠って復活した存在。なら、その体から発せられた光線も科学サイドのものには違いない。

 だったら、地球の物理法則が通じようが通じまいが上条くんの右手が通用しないわけがない。

「なっ!? 何でなんだぁああああああぁっ!?!?」

 悪を知った宇宙生物の表情が驚きに歪む。あり得ない事態に遭遇した驚愕の表情。

 キュゥべえは自分を倒せるのが私のディープブラットだけだと思っている。一方、私の能力は直接触れなければ通用しない。そして怪光線を放てば私を楽に倒せる。

 だからキュゥべえは自分を倒せる存在はこの世にいないと確信している。当然、上条くんも例外ではない。

 でも、上条くんの右手はキュゥべえのそんな思い込み、幻想を簡単に砕いてしまった。

「待てっ! ボクを消したら魔女を倒す為に必要な魔法少女が生み出せなくなるんだよ!? この世界は魔女に食われるかも知れないんだよっ!?」

「そんなのっ! 現存している魔女なら俺の右手でまとめてぶっ飛ばしてやるさっ! だから、安心して消えろっ!!」

「やっ、止めろぉおおぉおおおおおおおおおおおぉっ!?」

 目の前に迫った上条くんを見て恐怖に駆られたキュゥべえが怪光線を四方八方から放つ。

 だけど──

「そげぶ……パ~~ンチッ!!」

 上条くんの拳はそんな怪光線を粉砕しながらキュゥべえの顔面に命中。

「僕が少女たちの願い事を叶え続けてきたおかげでこの星の文明は猿からここまで上り詰められたというのに……おのれぇっ、姫神秋沙っ!! 僕に二度も消滅を味わわせるなんて……許せんっ!」

 キュゥべえの怨嗟の声が私の耳に届く。

「姫神は俺が守る。だからお前はお前はつまんねえことを考えないで……さっさと消えてろ」

「畜生ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉっ!!」

 邪悪だけを知ってしまった哀れな宇宙生物は断末魔と共に完全に消失した。

 そして──

 

 

「なるほど。姫神ちゃんの狙いはこれだったのですね」

 普段の服装に戻った小萌先生が私を見ながら頷いてみせた。

 キュゥべえが消失したことにより、先生との契約が強制解除された。先生はもう魔法少女ではなくなったのだ。

「これでもう、先生に勝ち目はなくなった」

 私の信じた通り上条くんはキュゥべえを撃破してくれた。もう、小萌先生は学園都市最強の存在じゃない。

「それがどうしたというのですか? さあ、決着をつけますよ」

 小萌先生はウルトラマンの光線技を発射する時のようなポーズを取った。その態度には全く動揺も恐怖も見られない。

「本気?」

「先生は一度志したことを曲げるような柔な生き方はしていません。そして、そんな生き方を生徒に説いたこともありません」

 先生の瞳に迷いはない。教育者月詠小萌の目だった。

「さあ……勝負です」

「分かった」

 小萌先生に向かって残された力を全て振り絞るつもりで拳を向ける。

 

 決着はすぐに着いた。

 

「それでこそ…姫神ちゃん……なのです」

 私の拳を受けた小萌先生はドサッという大きな音と共に地面に崩れ落ちた。

「先生っ!!」

 慌てて先生の元へと駆け寄って抱き起こす。

「どうやら勝負あったようだな」

 サタンもまた先生の元へと寄ってきた。

「先生も衰えたものです。拳の勝負でJKに勝てないのですから」

「いや、先生の手足の長さじゃ何歳でも勝てないと思う」

 身長130cm台の小萌先生と160cmぐらいの私ではリーチの長さが違うのは当然だった。

「まあ、そんな些細なことはどうでも良いのです。とにかく姫神ちゃんは先生に勝ったのだから……上条ちゃんにちゃんと想いを伝えて……仲良くやるのですよ」

 ボロボロの体でニコッと笑ってみせる小萌先生がとても眩しく見えた。眩しすぎて、涙が出てくる。

「うん。分かった」

 泣きながら頷いてみせる。

「勝者が泣いてしまってどうするのですか? 姫神ちゃんは誇らしくしていれば良いのですよ」

「う、うん」

「姫神ちゃん。神龍にお願いしてから随分表情豊かになりましたね。なるほど、姫神ちゃんは元々顔によく出るタイプだったのですね」

「えっ?」

 先生に言われて自分の顔をペタペタ触ってみる。自分の顔は見られないのでよく分からない。けれど小萌先生の顔を見ればその言葉が嘘でないことは分かる。

 私は本当に愛想を取り戻したのだ。もう、無表情キャラじゃない。

 それはとても嬉しい。でも……。

「なるほどなるほど」

 小萌先生は納得しながら笑っている。だけどその笑みはとても弱々しくて。そんな先生の姿を見ていたら私の涙は一向に止まらない。嬉しい気持ちは先生の顔を見ているとみんなどこかに飛んでいってしまう。

 

「これがお前の望みだったというわけだな」

 泣いてしまって声が出せない私に代わって先生に話しかけたのはサタンだった。

「えっ?」

 私にはサタンの言葉の意味が分からない。禿げかけたおじさんの顔をジッと見上げる。

「この女は、あのキュゥべえとかいうインチキ宇宙生物に願い事をしてワシを呼び出した。そしてワシに小娘の願いを叶えてやって欲しいと訴えたのだ」

「そっ、そうだったの……」

 小萌先生へと振り返る。先生は目を瞑りながら小さく呼吸を繰り返している。

「さっきも言ったのです。先生は姫神ちゃんにハンデを与えると。ただそれだけのことなのです。呼び出されたのはサンタではなくサタンでしたが」

 先生の声はとてもサバサバしていた。

「フッ。格好付けおって。その小娘のことがずっと心配で堪らなかった癖に」

「教師が生徒のことを心配するのは当たり前なのです。でも……」

 小萌先生は目を開いた。私の瞳を覗き込みながら頬にそっと手を伸ばしてきた。

 先生の手の感触はひんやりとしている。でも、それでもとても温かく、熱く感じた。

「一緒に暮らしたことがあるのは姫神ちゃんだけでしたから……ほんのちょっとだけ、他の生徒さんよりも愛情を深く注いでしまったのかも知れませんね」

「うん。私、先生がいてくれたから…今まで生きてこられた」

 先生の笑顔があまりにも切なくて苦しくて涙が止まらない。私の視界はもうグシャグシャだった。

「これからは今までの辛かった分まで……幸せに生きてくださいね。あなたの最も大切な人と共に……ね…………」

 私の頬を触っていた小萌先生の手の力が急に抜け落ちた。

 閉じられた瞳。

 その表情はとても穏やかで、まるで眠っているようだった。

「小萌先生ぇえええええええええええええええぇっ!!」

 私の絶叫が学園都市の雪が舞い始めた空に木霊した。

 

 

 

 

エピローグ

 

「上条…じゃなくて当麻くん。ちょっと落ち着かなさ過ぎ。電車の中なのだから、もっとマナーを守るべき」

 1月1日元旦。私は当麻くんと学園都市の外部を走る列車のボックス席に並んで座っている。

「えっと、繰り返しになりますが…俺たちは、上条さんの実家に2人で向かっているということでよろしいのでしょうか?」

「何度もそう言っている」

「えっと、それは何故なのでしょうかと質問してもよろしいでしょうか?」

「私は当麻くんの彼女だから。将来の嫁としてお義父さまとお義母さまにご挨拶にいく」

 彼女という所で頬が急激に熱を持っていくのを感じた。とても照れ臭い。でも、誇らしい気分。私は当麻くんのたった1人の特別な存在になったのだから。

「私たちが付き合うことになったあの日、そう確かに告げたはず」

 1週間前、クリスマスイヴのことを思い出す。

 

『上条くんは年末年始私と2人きりで一緒に過ごしてくれれば良い。とりあえずはそれだけ。私をご両親の元に連れて行きたいのならそれは可』

 

「確かあの時の話では、姫神…じゃなくて秋沙を俺の両親の元に連れて行くかどうかはオプションだったと記憶しているのですが……」

「男は細かいことを気にしなくて良い」

 当惑している当麻くんの顔をジッと見る。

「それとも、当麻くんにとって私はご両親に紹介したくないダメな子?」

「そんなことねえよ」

 当麻くんが私の手を力強く握ってきた。

「秋沙は俺にとって最高の女の子だよ。ずっと一緒にいて欲しい」

 キリッとした表情で熱の篭った声で言われてしまった。

 そんな風に言われたら、私は、私は……

「あっ、ありがとう。私も、当麻くんとずっと一緒にいたい」

 真っ赤になって俯くしかなかった。

 

『私は……上条くんのことが好き。大好きっ!!』

 

 1週間前の告白シーンを思い出して更に真っ赤になる。

 私は今幸福の真っ只中にいる。間違いない。

 この1週間、ずっとずっと幸せの中にいる。

 小萌先生のおかげで、私は幸せを掴み取ることができた。

 

「ぐぬぬぬぬぬぬ。上条ちゃんと姫神ちゃん。高校生の清く正しく美しい男女交際にあるまじきいちゃつきっぷりなのです!」

 

 だから聞こえない。全然聞こえない。

 気絶から目を覚ました先生が以前と全く同じように私と当麻くんの仲にちょっかい出して来るなんてあるはずがない。あっちゃいけなかった。

「小萌。まずは全ての駅弁を食らい尽くすんだよ。その後に秋沙を襲撃して、とうまの両親には私が代わりに嫁として挨拶するんだよ。それがトゥルーエンドなんだよ」

「何言ってんのよ。アンタみたいなちっちゃい子を連れて行ったらアイツがロリコンだって誤解されるでしょ。私が屈辱に耐えながら嫁として紹介されてあげるわよ」

「何を言っているのですか、小娘ども。上条ちゃんのお嫁さんには生活力十分の大人の女、この先生こそが相応しいのです」

 とても恐ろしくて図々しいことをほざいている声が後ろのボックス席から聞こえてくる。

 アイツら、学園都市から尾行してここまでついてきやがった。

「何かそっち側の後ろの席は随分賑やかだなあ。まあ、正月だもんな」

「気付けよ……ばか」

 自分の彼氏の鈍さ加減に呆れてしまう。

 でも、そんな当麻くんだからこそ、正面からちゃんと告白して恋仲になれたのは良かった。

 そうじゃなきゃきっと、何年経っても恋人になれなかったと思う。

 だからそのきっかけをくれた小萌先生には──

 

「メリークリスマス」

 

 そっと祝福の言葉をかける。

「もう、正月だぞ。今更何を言ってるんだ?」

 当麻くんは首を捻っている。まあ、不思議に思うのが当然だと思う。

 だけど──

「…………メリークリスマスなのですよ、姫神ちゃん」

 私がそれを伝えたかった人はちゃんと答えてくれた。

 

 新年の青空がとても澄んだ綺麗な色で私たちを包んでくれていた。

 

 

 了

 

 

 


 
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