No.476868

俺妹 和菓2

氷菓って最初は1話で2つぐらいの事件を解いていく凄くテンポの速い作品なのかと思っていました。

とある科学の超電磁砲
エージェント佐天さん とある少女の恋煩い連続黒コゲ事件
http://www.tinami.com/view/433258  その1

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2012-08-29 00:30:37 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:2961   閲覧ユーザー数:2863

和菓

 

 

Episode2

 

 

 何の不運かカレー部に入ることになってしまった俺。

 麻奈実も赤城も加わったことで抜け出せない状態になってしまった。

 とはいえ、カレー部自体は俺達3人しか部員がおらず、普段から熱心にカレーを作っている訳でもない。

 放課後に静かに勉強できるプライベートなスペースが出来た。そういう感じで俺は捉えている。

 そして今日、俺は放課後の教室で居残りをしていた。

 

「昨日の放課後のことだ。1年生の女子が特別棟の4階に行った。その時音楽室からリズミカルな聞いたことがない楽しい旋律が聞こえて来た」

 赤城は俺の反応を無視して話をしている。

 一方の俺はと言えば、手を止めることが許されない状況。話に聞き入るなど断じて許されない。

「校舎を染める真っ赤な夕日。その心躍る麗しい音色は……」

「異議あり」

 話を黙って聞いていられなくてつい口を挟んでしまう。

「昨日は雨で夕日は見えなかった」

「そう……じっとりと降り続く雨」

 赤城は何事もなかったかのように仕切り直した。コイツ…強いな。

「そして迫る夕闇。肌に絡みつく不快感とノイズの様な雨音」

「いい加減すぎるだろ」

 つまりなんだ。外の景色はこの話の中核とは関係がないということか。

「音色に誘われ音楽室に入ると途端に音は鳴り止んだ。タンバリンは置きっ放しなのに奏者はいない。カーテンは締め切られて部屋は暗い。そして彼女は見たっ!」

 赤城が小さく机を叩いた。

「長い乱れ髪で顔を隠し、全身はぐったりとして力なく、目は爛々と血走った女生徒が傍らからジッと彼女を見つめているのをっ!!」

 赤城の鼻息がやたらと荒い。

「この高校にはかつて全国大会を目前にしながら不運の事故死を遂げたタンバリン奏者がっ!!」

 赤城は大きく両手を広げた。

「いたのか?」

 俺は冷静にツッコミを入れて返した。

「さあ?」

 赤城は外国人風に分かりませ~んと手を広げながら目を閉じた。

「いたかも知れないけれど…俺は知らないな」

 何とも投げやりな回答。

「だと思った」

 手を動かし続けながらゲンナリ答える。

「それにしても意外だな。高坂が宿題を忘れて居残りだなんて」

 ムッとしながら赤城を見る。

「書いたさ、昨日。…持って来るのを忘れたんだ。おかげでこうして同じ作文を書きながら与太話を聞かされている」

 宿題はオリジナル小説を書いてこいという無茶なもの。アイディアがないんで、理想の妹様との生活を描いた『俺の妹がこんなに可愛いのは当たり前』という作品を書いた。

 兄に優しく、兄の言うことを何でも聞いて、兄を敬い、兄の為にいつも一生懸命に動き、兄のことが大好きな妹と、省エネで生きる兄の物語だ。

 昨日書いた時より妹が更に良い子になっているのは俺のストレスの大きさを反映してのものだろう。癒されてえっての。

「なるほどな」

 ようやく3分の2地点まで来た。ていうか、学校の宿題で原稿用紙30枚以上っておかしいだろう。書くのにどれだけ時間掛かるってんだよ。

 

「ちなみに乱れ髪のお化けは本当にいたそうだぞ」

 赤城が要らない情報を付け足してくる。

「今日の昼休みに1年生の間では話題になっていたみたいだし」

 赤城の言いたいことが読めてしまいムカつく。

「後はこの噂がどう広がっていくのか。それが重要なんだよ」

 ああっ、やっぱり。赤城が最終的に言いたいことが分かってしまう。

「この高校にもあった七不思議。その2だな」

 赤城はニヤッと笑った。

「差し当たっては3年生の教室にまで到達するのに何日掛かるか、だ」

 赤城の言いたいことは飲み込めた。

 麻奈実だ。アイツがこの件を知れば首を突っ込みたがるに決まっている。

 そうなれば俺の省エネ生活と安寧は崩れ去ってしまいかねない。

 赤城はそれを理解した上で俺がどう行動に出るのか反応を楽しんでいるのだ。

 本気で意地が悪い。

 だが、1つ気になることがある。

「ちょっと待て。お前はさっきの話をいつどこで誰から地球が何べん回った時に聞いたんだ?」

「さっき。部室で。田村さんから」

 赤城はニヤッと最大級に得意気に笑ってみせた。

 チッ! 嵌められたっ!

 麻奈実に情報が回らないように頭の片隅で作戦を練っていたのに、その張本人が事件のソースだったとは。

 まんまと諮られた。

 息を整えながら話題をずらしに掛かる。

 コイツ相手に醜態を晒したままには出来ない。

「七不思議その2ってことは、その1もあるんだよな? 聞かせてくれないか?」

 突破口は七不思議。

 赤城は驚きの顔を見せた。

 いや、これもアイツの思惑通りの展開な気はするんだが。

 そして俺は赤城からこの学校の七不思議その1を聞き出した。

 

 

 

「きょうちゃ~ん、赤城く~ん」

 外では小雨が降りしきる教室に麻奈実が入って来た。

 この度めでたくカレー部の部長に就任した麻奈実は部の再出発に関して色々と手続きに奔走している。

「ごめんな~田村さん。部の面倒ごとを押し付けちゃって」

「別に良いんだよ~。だってわたし部長さんだもん」

 麻奈実は楽しそうに笑っている。

 本来なら俺が部長を引き受けるべきだったのだろうと思うとちょっと、いやだいぶ心苦しい。

 そして、これから訪れる展開を考えると手をこまねいて見ている訳にはいかなかった。

 実際、麻奈実は俺を見ながらとてもうずうずしている。手なんか上下に揺らして好奇心爆発の予兆だった。

 なら、俺から手を打たない訳にはいかなかった。

 この場を出来る限りの低カロリーで切り抜ける為に。

「きょうちゃんっ」

「いい所に来たな」

 麻奈実の話を遮って話の主導権を握る。

「へっ?」

「今赤城から妙な噂を聞いたんだ」

 麻奈実がパッと顔を輝かせた。本当に分かり易い奴だ。

「そのことなんだよ~。昼休みに……」

「秘密クラブの勧誘メモの話なんだが、知ってたのか?」

 麻奈実はほえっと口を開いて驚きの表情を見せた。

「秘密クラブ?」

 首を捻る。麻奈実はこちらの話題は知らないようだった。よし、第一段階成功。

「赤城、話してやってくれ」

「あっ、ああ」

 赤城は首を縦に頷いてみせた。

「じゃあ、聞いてもらおうかな。秘密クラブにまつわる話を」

 赤城がもったいぶりながら喋り出す。

「うん」

 麻奈実も顔を赤城へと向け直した。

「サッカー部で聞いた話なんだけど。この学校には部活が多い。強いのはほとんどないけどな。でも、部活の数は多いので当然勧誘ポスターの数も多い。学校中の掲示板がポスターで埋め尽くされる」

 数ヶ月前のことを思い出す。

 俺は今年3年生になって初めて部活の勧誘というものを体験した。勿論瑠璃の部活決めの為だった。

 あの時に瑠璃と共に入ったゲーム研究会を通じて俺達は……いや、済んだことを蒸し返しても仕方ない。

 とにかく1年の頃は部活に全然興味がなくてスルーしっ放しで気が付かなかったけれど、あれは確かに激しい勧誘合戦だった。ある種文化祭より盛り上がっていた。どの部も次世代の部員確保に必死だったから。

 2学期に入り、大半の運動部は新入部員の募集を中止している。けれど弱小部や文科系サークルは年がら年中部員を募集している。そんな部活のポスターが今も掲示板に貼られている訳なのだが、それだけでも相当な量になっているのだ。

「風紀委員会は無許可なメモやポスターを見つけ次第剥がしているんだ。ところが!」

 赤城は指を立てて強調のサインを出した。

「毎年たった1枚、どこの部活かも分からない勧誘メモが出るらしい。去年はノートの切れ端みたいな紙に集合場所と日時が書いてあったそうなんだ」

 麻奈実は感心しながら赤城を見ている。こいつの話術の上手さには舌を巻く。

「どうやら風紀委員会も生徒会も把握していない秘密クラブがあって、ひっそりと募集を掛けているらしいんだ」

 麻奈実の反応を見ながら宿題を進める。

 物語はいよいよクライマックス。俺の考えた理想の妹が大好きなお兄ちゃんの為に不器用な手つきで必死にカレーを作る場面だ。……何書いてんだ、俺?

「活動目的も部員も不明だけど、奴らは実在する。その名前とは……っ」

「その名前とは?」

 麻奈実が鸚鵡返しに聞き返す。

 赤城が目を閉じて貯めに入った。

 コイツ、本当に詐欺師になれる話術を持っていやがるな。

 そして赤城はもったいぶって最大限に効果を高めた上でその部活の正体を打ち明けた。

 

「リアルホモゲ部の会」

 

 聞いた瞬間に頭が痛くなるサークル名。

「りあるほもげ部の会……」

 麻奈実は赤城の話に夢中になっている。

「生徒会は回収したメモを頼りにリアルホモゲ部の会に接触しようとしたらしい。だけど上手くいかなかった。結局名前だけの悪戯メモだって結論したらしい」

 赤城は軽く域を吐き出した。

「ところが……」

「ところが?」

 麻奈実はすっかり話に夢中。

そして俺は小説のラストを執筆に掛かる。一生懸命作った妹のカレーは美味しくはなかった。けれどそれを美味しいと言って笑顔を見せながら食べる兄に妹が『お兄ちゃん大好~き』と言いながら抱きつく。そして兄は『俺の妹がこんなに可愛いのは当たり前さ』と爽やかに返してみせる感動のラストだ。……いや、だから、何書いてんだ、俺は?

「卒業式の日、ある先輩が生徒会長に言ったんだ。私がリアルホモゲ部の会長だったんですって。次期会長にもよろしく言ってください。もしその人がそいつを見つけ出せたらの話ですがって」

「ああ……っ」

 麻奈実は小さく息を呑んだ。メガネがピカピカ光り始めている。

 そして俺の小説執筆はちょうど終わりを告げた。

 そろそろか。

「今年もきっとまだどこかに募集が出ているんじゃないかな? 今の所発見には至ってないらしいけれど」

 書き上げた小説をクリップで留めて一まとめにする。

 準備は、整った。

 

「1枚だけのメモ……リアルホモゲ部の会」

 麻奈実のメガネがもうやったらピカピカと光り輝き始めている。

 麻奈実が俺の方を向いた。

 

「わたし……………気になるんだよっ!」

 

 ピッカピッカに光り輝くメガネが俺を見ていた。

 それを見て俺は机の下でガッツポーズを取った。

 心の中で『よしっ!』と唱える。

「そう言うと思ってたぜ。だから良い所に来たと言ったんだ」

 机に手をついて椅子から立ち上がる。

「それってどういうこと?」

「勿論探すんだよ、そのメモを」

 俺の言葉を聞いて麻奈実はメガネを煌めかせた。

「うんっ」

 麻奈実はとても嬉しそうな表情で応えた。

 そんな麻奈実の表情を見て俺は微かに良心の呵責に悩まされたのだった。

 

 

 

 麻奈実と赤城を伴って荷物を持って教室から出ていく。

「掲示板は全部で30箇所あるぞ。他にも各クラスの掲示板を含めると無数にあるな」

「そんなに……全部探すの?」

 赤城が振った話題に麻奈美が反応して俺へと話を振り返してくる。

「まさか。一番ありそうな場所を考えた方が早いって」

 かったるい声を出しながら階段を降りていく。目指すは3階だ。

「どういう条件の場所だと思うか?」

「もしわたしだったら……出来るだけ目立たない校舎の隅の掲示板に張るんじゃないかなあ?」

 麻奈美が首を捻りながら答える。

「それは違うな」

「違うの?」

「もし勧誘メモが貼られているとするなら、それは……1年生の教室の掲示板だ」

「えっ? でも、教室の中じゃみんなに目立っちゃうんじゃないのかなあ?」

 麻奈実は驚きの声を上げた。

 まあ、そう思うのは普通だろう。

「まあまあ田村さん。高坂には何か考えがあるらしいよ」

 赤城が取りなしてくれたのでそれ以上は何も言わずに1年生の瑠璃の教室へと足を踏み入れる。

 鍵が掛かっていないのか、それとも瑠璃が邪気眼を掛けて開きっ放しにしているのかは知らないが鍵は掛かっていなかった。

 扉を開けて中に入る。

 幸いにして中には誰もいない。急に3年生が訪ねてきたら後輩もビックリするだろうから丁度良かった。

「いや~9月になってもまだこれだけの勧誘ポスターがあるんだからすげぇよなあ、この高校は」

 赤城がビッシリとポスターで埋まった掲示板を見ながら驚きの声を上げている。

 確かにこのポスターのほぼ全てが新入部員募集の紙であることを考えると凄いもんだ。そして多くの部活が部員不足に四苦八苦していることが読み取れてちょっと悲しくなる。

 そしてそしてそんな苦難の中で部活を続け、未来へと存続させようと更に頑張っているのだから……本当に大したカロリーを消費しているものだ。

 今の俺にはとてもそんな労力を何かに費やすつもりにはなれない。

「きょうちゃん、どうしたの?」

 麻奈美が振り返りながら尋ねてきた。

「いや……溢れ出る活力に圧倒されてな……」

「はっはっはっは。省エネの高坂には理解不能な世界だろうな」

「数か月前の俺なら理解していたさ……」

 俺は情熱が理解できないのではない。情熱を捨てたのだ。

「それにここは1年生の教室。新入生40名のほとんどが目を通してくれる。激戦区だな」

「激戦区。……ああ、なるほど」

 麻奈美がパッと顔を輝かせた。

「これだけ沢山の掲示物があるのなら、無許可のポスターがあっても分からないよね」

「確かにそれもある」

 麻奈実の言葉を繋ぐ。

「別の理由があるの?」

「まあな。とにかく探してみよう」

 麻奈実から目を逸らしながら提案する。

「うんっ」

 

 麻奈実は1枚1枚勧誘ポスターの内容を確かめていっている。

「ゆるゆり研究会、ガチゆり研究会、娯楽部、元茶道部……」

 指を差しながら確認しているがなかなか正解には至らない。

「りあるほもげ部の会のぽすたーはないみたいなんだよ」

「見ただけで分かるようになっているかは分からないね」

 赤城は上手く話を繋いでくれている。本当にコイツは人を話に引き込むのが上手い。

「えっ? どういうこと?」

 麻奈美が食い付いた。

「生徒会の目を盗むには何か工夫があるんじゃないかと思ってね」

 赤城が話を更に繋いでくれた。

 これで、話の下準備は全て整った。

 後はリアルホモゲ部の会のメモを見つけるのみ。

 俺は1枚のポスターに目を付けた。

 

『 メガネ真面目読書会   

   代表1‐×組 赤城瀬菜 』

 

 真っ白い紙にプリンターで印刷された無機質な文字が2行書かれているだけのごく簡単なポスター。

 具体的な活動内容も説明されていない不親切設計。

 けれど、このポスターこそが俺が探し求めていたものだった。

 

「あったぞ……」

 2人に向かって声を掛ける。

 麻奈実はパッと俺に顔を向けた。

「えっ?」

 凄く驚いた表情を見せている。

 俺は先ほど見つけた瀬菜が代表を務めるポスターの下を止めていた画鋲を外して紙をめくり、その下に貼られていたもう1枚の勧誘ポスターを見せた。

 

『 リアルホモゲ部 部員募集 ホモをこよなく愛する人なら誰でも入部O.K. 

  世界の全ての男がホモにしか見えない人はここに入るしか生きる道はない

代表 1‐×組 赤城・タンビスキー・瀬菜 』

 

 やたらと熱さを感じさせる手描きの小さなメモだった。

「ほぇえええええええぇ。本当にあったんだよ~~~」

 麻奈実はメモを覗き込みながら目を丸くしている。

「もっと人気のない場所に隠すかと思ったのに~~」

 麻奈実は何故ここにこれがあるのかまだ分かっていないようだった。

「リアルホモゲ部なんて部活動がもし本当に存在するのなら……それはどんな人間が活動しているのか考えれば答えはすぐに出る」

 メモの内容をジッと見る。

「このメモに書いてある通りに世界の全ての男がホモにしか見えない女しか活動しないだろう。そして俺が知る女の中でただ1人だけその条件にピッタリ過ぎる奴がいた」

 説明を切って代わりに溜め息を吐く。

「瀬菜ちゃんは、男女交際には興味がなくてお兄ちゃんとしてはホッとしてるよ」

 安堵の息を漏らす赤城。

 そう。リアルホモゲ部なんてものがあるのなら、コイツの妹、赤城瀬菜が絡んでいない筈がなかった。

 これはただ、それだけのこと。

 

「さて、俺は教員室に作文を提出して帰ることにするぜ」

 謎は解いたのでさっさと退散することにする。

「そうだな。瀬菜ちゃんの直筆を見て俺の心も和んだし帰るとするかな」

「分かったよ。じゃあここでさようならだね~。瀬菜ちゃんはこの世の男の人みんながほも~に見えるなんて素敵な色メガネだよね~」

「その意見には全力で反対させてもらう」

 こうして事件は解決した。

 麻奈実に少し悪いことをしたかなと思いながら。

 

 

 教員室に宿題を提出してから赤城と2人並んで帰る。

 外はまた昨日に引き続いて雨が降っていた。

「不思議をもって不思議を制すの計。お見事だったぜ」

 信号を渡りながら赤城が喋ってきた。こっちを見ないまま。

「世話になったな」

 俺もアイツを見ないまま返す。

「何だかアイツが来そうな予感がしたんだ」

「それで俺が種明かしした話をさも自分が謎を解いた様に振舞ったと。まっ、結果はドンピシャだったね」

 赤城の言う通りだった。

 メモの場所は俺が推理して解いたのではない。

 瀬菜の兄貴であるコイツが教えてくれたのだ。

 

 種明かしをするとこうなる。

 俺は麻奈実の興味を逸らす為にこの学校の七不思議のその1を聞き出した。

 その話はどう聞いても赤城瀬菜が絡んでいそうな話だった。

 で、それを確かめてみたら兄であるコイツはその事実をあっさりと認めた。

『瀬菜ちゃんが可愛いから遂に怪談にまでなって全校生徒にその威光が広まっちゃっているぜ~~♪』

 兄バカは放っておいて、俺はこの事件が麻奈実の興味を逸らすのに使えないか考えた。

 で、妹の半ストーカーである気持ち悪い兄であるコイツにメモの場を知らないか尋ねてみた。すると、真性のストーカーであるコイツはあっさりと答えてみせた。

『瀬菜ちゃんったら、奥ゆかしいから入学早々部長を任されたリアルホモゲ部の勧誘メモを、自分の教室の掲示板の偽装したもう1つの部活のポスターの下に密かに貼ってるんだぜ。ほんと、可愛過ぎて今すぐ抱き締めたいぜ~』

 妹を抱き締めたいと言った赤城は本当にキモい顔をしていた。

 

 という訳で最初から俺は真相を知っていたのである。

「でも、あそこまで手の込んだ真似をして音楽室の謎から話を逸らしたかったのは何故だ?」

 そう。俺は麻奈実の関心を音楽室の怪談から逸らしたかった。

 その理由は──

「まさかそっちには歯が立たないから。なんてことはないよな?」

「音楽室が遠いからだ」

 俺は麻奈実の関心を逸らした真の理由を述べた。

「それだけか?」

「それだけだ。音楽室は別の建物だぞ。行き来にどれだけカロリーを消費すると思っている?」

「なるほど。分かった」

 赤城は半分呆れるように息を吐き出した。

「ほんと、高坂だな」

「やらなければならないことは手短に、だ」

 俺は信念を述べて頭の中に突如湧き出たキラキラメガネの麻奈実を打ち消した。

「それは良くないぜ、高坂」

 赤城が立ち止まった。

「モットーを披露するならもっと胸を張って堂々と言うべきだ。今の高坂は単に言い訳をしたようにしか聞こえない」

 赤城の言葉が痛くて無言のまま歩き出す。

 赤城は走って追い付いてきた。

「不思議を不思議で迎え撃つ。うん、俺好みだな」

 うるさいとは思うが赤城は構わずに喋り続ける。

「でもそれは高坂の好みじゃないだろう」

 赤城に目だけ向ける。何を言っているのだろうか、コイツは……。

「田村さんが来た時に、どうして単に知らんと言わなかったんだ?」

 今のコイツは本当に痛い所を突いて来る。俺にもよく分からない心の理不尽さを。

「そこが今日の高坂の根本的な間違いなんだよ。新学期に入ってからのお前はずっと無気力主義だったのにさ」

「そうかもな……」

 そう。先程の俺の行動は今の俺らしくはなかった。

「お前はまだ、田村さんのキラキラに慣れていない。だからあんな回りくどいことをしてしまうんだよ」

 何でコイツはこんなに俺の感情をかき乱す言葉を次から次へと並べる?

 カレー部に入ってからの俺は麻奈実のあのキラキラした瞳に凄く戸惑っている。

 何故だろうか?

 何で10年以上も一緒にいる麻奈実に今更戸惑うことなんてあるんだ?

「高坂は今日、田村さんを拒絶したつもりかも知れない。だがな……」

「拒絶したんじゃないっ!」

 気付けば大声を出していた。

「勿論そうだろうな」

 あっさりと同意してみせる赤城。まったくコイツは……。

「あれは現状に対するただの保留だろうな」

「………………保留?」

 赤城の言葉はよく分からない。けれど俺の胸に確かに引っ掛かった。

「そうか。保留か」

 何故かは分からない。でも、今判断を下さないということが公にされたみたいで何となくホッとした。何に対する判断かも分からない現状で。

 本当に今日の俺は自分が自分でよく分からない。

 

「ところで音楽室の件は一体どういうことなんだと思うんだ?」

 再び歩き出した所で赤城がまた尋ねてきた。

 少し気分も軽くなったので、俺なりの回答を示してみることにする。

「そのお化けとやらは髪が乱れて血走っていたんだろ? 寝起きの瑠璃が邪気眼を発したように……」

「あっ、そうか」

 赤城は俺の顔を見ながら頷いてみせた。

「瑠璃は1人でオタソングを聴きながらタンバリンを叩いてはっちゃけていた。でも、眠くなったのでカーテンを閉めて寝た。そして、完全下校時刻になる前に目が覚めるようにプレーヤーにオタソングをアラームにしてタイマーをセットしていた。聞いたことがない曲だったのは音楽室を訪れたのが一般人だったから。そんな所だろ」

「なるほどな。確かに音楽室に行けば確かめられる。プレーヤー設定が残っているだろうしな」

「音楽室は遠いからな。それに……」

 空を見上げる。

「瑠璃は寝相が悪くて寝起きも酷いんだよ。すぐに蹴っ飛ばして来るし布団ははぐし、寝起きに邪気眼発動されたら何をさせられてしまうか分からない」

 瑠璃が寝ているかも知れない音楽室に行くのは勘弁だ。いろんな意味で行きたくはない。

「あれれ~? 何で高坂が五更さんの寝相を知っているのかな~?」

「そっ、それはだなあ……」

 答えに詰まる。……思い切り余計なことを喋ってしまった。

「高坂が無気力省エネ主義になった原因、今の田村さんを見て凄く焦る原因が何となく分かったかもな」

「うっ、うるせ~~~~っ!」

 大声で怒鳴り散らす。高坂京介一生の不覚だ。

 

「まあ、今の俺が言えることは……音楽室に行っていた方がゆくゆくは省エネに繋がっていたかも知れないぞ」

 赤城の言葉に上手く反論できない。

 俺自身、今日の決断が正しかったのか自信はない。

「今日の屈託は意外と高く付くかもしれないぜ」

 赤城は横断歩道へと振り返る。青い信号が点滅していた。

「おっと、急がねえと」

 赤城は1人横断歩道を渡って遠ざかっていく。

 そして渡りきった所で奴は振り返っていった。

「高坂。俺は今日のことを貸しにする気はないぜ。じゃあな」

 一方的に言いたいことだけを述べてくれると赤城は背中を見せて去っていった。

「保留……か」

 雨は激しく降り続いていた。

 そんな灰色のキャンバスに思い浮かんだ2人の少女の顔を打ち消しながら俺は帰宅の途へとついたのだった。

 

 

 了

 

 

 


 
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