No.523898

中二病でも恋がしたい! デコモリ虫と最期の1週間と修羅場

中二病でも恋がしたい! 大放出第三弾。
デコ物語。デコ中編と後編は次回の更新の時にするぜ。

コラボ作品
http://www.tinami.com/view/515430   

続きを表示

2012-12-27 18:35:49 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:1833   閲覧ユーザー数:1776

中二病でも恋がしたい! デコモリ虫と最期の1週間と修羅場

 

 

「デコデコ モリモリ デコモリ デ~ス おまえのデ~コはどこにある~ デ~ス」

 5月下旬の放課後。凸守早苗(でこもり さなえ)は今日も元気に校内を探索中。

 不可視境界線はどこに存在するか分からない。日常のちょっとした歪みの中にも存在するかも知れない。

 だから凸守は日常を注意深く観察しながら生きることを心掛けている。それが彼女の流儀だった。

 

「やや、あれはデコモリ虫なのデ~ス。凸守の存在を真似る闇の著作権違法の許し難い奴なのデ~ス」

 凸守は植え込みの紫陽花にカタツムリが張り付いているのを発見した。

 クルクルと回転しながらカタツムリに接近する。

「デコモリ虫。コイツは凸守そっくりなラブリーな外見の癖にとても恐ろしい奴なのデ~ス」

 カタツムリを興味深く、決して触らないように間近から見る。

 そのカタツムリは2本の触覚をムニュッと伸ばしながらゆっくりと幹を登っている。

 カタツムリが見せる2本の触覚。凸守はこれを自身のツインテールのパクリとして親近感と共に腹立たしさを覚えている。

 そして何よりカタツムリに関する危険な極秘情報を闇のチャンネルを通じて入手してしまった。

 それにより凸守にとってカタツムリは尊敬と畏怖を抱かせるとても愛着深い対象になっていた。

 

「お前に触れると脳を乗っ取られて死ぬという極秘情報は既に入手済みなのデ~ス。だから凸守はお前には触れないのデ~ス」

 凸守はインターネットで得た、カタツムリに寄生するロイコクロリディウムと広東住血線虫という2種類の寄生虫に関する情報を中二病らしく曲解して拡大解釈していた。

 ロイコクロリディウムに関しては次の宿主である鳥に移る為にカタツムリが餌として発見されやすいように触角の動きをわざと目立たせたり高い所を目指すなど行動を操る点を。

広東住血線虫に関しては人間の体内に侵入すると最悪の場合髄膜脳炎に掛かり死んでしまう点を。

 その2つの異なる寄生虫の情報を中二病らしくミックスさせて恐ろしい情報へと組み替えていた。

「お前は人間に触れることでそいつの脳を乗っ取り、死への衝動へと駆り立てて破滅させる恐ろしい奴なのデ~ス」

 これが凸守のカタツムリに対する認識だった。

 

「ラブリーな外見と反して触れた人間を悉く闇へと葬り去る。お前は凸守と同じなのデ~ス」

 重度の中二病患者である彼女にとってカタツムリは親近感を沸かせる存在だった。

「でも、凸守には闇の世界の頂点に君臨するという使命があるのデス。だからお前に触るのはノーサンキューなのデ~ス」

 凸守は名残惜しかったがカタツムリの元を去ることにした。

 Uターンしてクールに去ろうとする。

 けれど、その時だった。

 凸守の身長よりも長いツインテールの房が体を反転させた際の遠心力で高く跳ね上がる。

 そしてその房の一部が移動中だったカタツムリに触れた。

 

「あっ……」

 それはわずかな接触に過ぎなかった。けれど凸守は振り返る際に自分の髪がカタツムリに触れてしまった瞬間を確かに見てしまった。

 その瞬間、凸守の全身の力が抜け落ちた。

「デコモリ虫に触れてしまった場合の発症率は99.999%。そして発症した場合の死亡率は……100%なのデス……」

 尻餅をついて呆然とする。

「凸守のこの現世での仮初めの肉体の寿命は後1週間……なのデス」

 全身が震えて止まらなくなる。

「こ、こんな仮初めの肉体を失った所で、で、でで、凸守は何も怖くなんかないのデ~ス」

 怖くないと言いながら止まらない震え。

 

「で、でも、大丈夫なのデス。凸守にはデコモリ虫の脳の乗っ取りを防ぐ闇の力が……あっ!」

 言いかけて何かに気付いてハッと息を呑む。

「デコモリ虫はその名の通りに凸守に近い存在。凸守の闇の力はコイツには効かないのデシタ」

 身体の震えが先程よりも大きくなる。

 

「やはり凸守に待っているのは……死」

 凸守の双眸から涙が毀れ始める。

 14歳の少女は自分に課せられた過酷すぎる運命に屈してしまいそうになった。

 中二病だから余計に自分設定に忠実に恐怖を抱いてしまう。

 けれど、中二病患者だからこそ活路もまたそこに存在した。

 

「否っ! 凸守は死なないのデスっ!」

 雄々しく立ち上がる。その小さな背を精一杯に伸ばす。

「凸守の今の力がデコモリ虫に通じないと言うのなら……パワーアップすれば良いだけのことなのデス!」

 中二病患者ゆえに中二病的解決策を思い付いたのだった。

「マスターっ! 凸守にパワーアップの方法を教えて欲しいのデ~スっ!」

 残された命は1週間。

 その短い間にカタツムリの侵食を食い止めるだけの闇の力を手に入れなければならない。

 中二心を掻き立てられる絶体絶命設定に凸守の心は燃えていた。

 

 

 

 凸守が己の余命を残り1週間と悟った日と同じ時刻。

 校内の片隅の人気のない一角に置かれたベンチに座っている小鳥遊六花(たかなし りっか)は大きな悩みを抱えていた。

「最近の私は何かがおかしい。まさか、敵対する闇の勢力に一服盛られでもしたと言うのか? それとも天界の干渉か?」

 胸が凄く苦しくなる瞬間が増えた。

 締め付けられて締め付けられてどうしようもなく苦しい瞬間。

 しかも自分の心の中にとても黒い感情が渦巻く瞬間が。

 そしてその瞬間はある一定の法則をもって発現することに六花は気付いていた。

 

「勇太が……他の女の子と仲良くしている場面を見ると……この呪いは発動する」

 入念な自己観察の結果、同じマンションの住人でありクラスメイトでもある富樫勇太(とがし ゆうた)と関連してこの症状が出ることを突き止めた。

 勇太が同好会仲間である丹生谷森夏(にぶたに しんか)や五月七日(つゆり)くみん、凸守早苗と親しげに会話している時に限ってこの症状は起きる。

 胸が苦しくなるタイミングの測定はほぼ完璧に究明した。けれど何故このような現象が発生するのかその原因はよく分からないでいた。

 

「勇太と2人きりでいる時は……もっと違うのに」

 勇太と2人きりでいる時も六花は時々胸が締め付けられたりする。

 けれどもその際は心がほんわりと温かくなって嫌な感じは全くしない。

 特に勇太に優しくされると心地良い気持ちでいっぱいになる。

 重度の中二病の為に親にさえ敬遠されて姉の元に引っ越してこざるを得なかった六花。その彼女にとってその気持ちはいまだよく分からないものだった。

 

「邪王真眼の使い手である私がダークフレイムマスターである勇太と魂が共鳴し合うのは当然の話。でも、それだけじゃあ説明がつかない」

 勇太と一緒にいると嬉しい。

 なのにその勇太が他の少女と仲良くしているのを見ると心が痛む。

 その相反する現象をどう説明するか。

 重度の中二病で設定に関してうるさい六花としては納得のいく説明を付けたかった。

 けれど彼女には、脳内の闇の世界の住民達を除いてはこの件を相談する相手がいなかった。

 この件は勇太や同好会メンバーに関する敏感な内容。なので当事者である勇太達に相談することは出来ない。

 けれど勇太達を除くと六花には声を掛けられる知人さえ校内にいなかった。

 仕方なく六花は書物や動画から学ぶしかなかった。

 

「千葉(せんよう)の堕天聖クイーン・オブ・ナイトメア・黒猫こと五更瑠璃。貴方の事例を参考にさせてもらう」

 六花は闇ルートを通じて極秘裏に入手したR-18と刻まれた薄い本を手に持ち開くことにする。

 重度の中二病少女で黒猫と名乗る高校1年生少女五更瑠璃を扱った二次創作作品を手に取って調査することにしたのだった。

 

 

 

 瑠璃は想いを密かに寄せる先輩である高坂京介に告白しようと校舎裏に呼び出した。

 けれどやって来た京介は妹であり瑠璃にとっても親友である桐乃がスポーツ留学先のアメリカから突然送ってきたメールに酷く動揺していた。

『この世の終わりでも見て来たかのようよ』

 瑠璃は京介の狼狽ぶりを見て告白を諦めて代わりに叱咤激励に切り替える。

『魔界に帰ったわけでも地獄に落ちたワケでもなし。いる場所がわかっていて、行く方法があって、心配する気持ちも自覚していて、後は何が足りないの?』

 瑠璃が強い口調で訴えがおかげで京介は覚悟を決めた。

『桐乃に、会ってくるよ』

 京介がアメリカまで妹を迎えに行くことは瑠璃にとっても嬉しいことだった。

 けれど、幾ら妹とはいえ、想い人が自分以外の女を優先することは寂しくもあった。

『ちょっと待って!』

 瑠璃は背中を去ろうとする京介を大きな声で呼び止めていた。

 それと共に瑠璃は背を起こし背伸びしながら京介の頬に向かって自分の顔を近付けていた。

 京介の頬にキスしよう。

 気持ちの全部は伝えられなくても一部は伝えたい。

それを行動で示したいと思った。

 だがその時京介の身に予期せぬ災難が訪れる。

 

『うぉっ!? バナナがぁっ!?』

 京介はバナナの皮を踏ん付けて体勢を崩したのだった。

 体勢を崩した京介は瑠璃と正面から向き合うように体位を変えていた。

 そして、瑠璃のキスは意図とは違う箇所に行われることになった。

『『うぷっ!?』』

 瑠璃は京介の唇にキスしていた。それは瑠璃にとってのファーストキスとなった。

『な、な、な、なぁ~っ!?』

 取り乱す京介に対して瑠璃は

『祝い……もとい呪いよ』

 自身の行動をそう評した。瑠璃は初めてのキスという体験に完全にテンパっていた。

『私の願いを果たすまで解除することはできない。これが呪いの契約書よ』

 瑠璃は自分が何を言っているのか分からないまま1枚の紙を取り出して京介に手渡す。

『わかったら、早くこの呪いの契約書にサインして、実印を押すのよ』

『お、おぅ』

 混乱状態にある京介も何の書類かも分からないまま全ての欄を記入して判子を押してしまった。

 そして全ての記入が済んでから瑠璃は気が付いた。自分が記入させた書類が『婚姻届』であったことに。京介との未来を想像して役所から半分冗談で取り寄せて記入を済ませてしまっている書類であることを。

『ど、どうしたら良いの……?』

 目の前には全ての条件を満たした婚姻届。京介は18歳、瑠璃は16歳。結婚年齢要件も満たしてしまっている。

 これが役所で受理されれば瑠璃と京介は正式な夫婦となってしまう。それは将来的には望ましいが男女交際もしていない現状ではあってはならないことだった。

 だが、そんな瑠璃を更なる不幸が襲う。

『……こちらは……市役所……何でも即やる課……出張サービスです……ご利用……』

 役所職員が破り捨てようとした瑠璃たちの婚姻届を拾ってしまった。

『俺は1万m記録保持者の脚力を生かして全力で役所に戻ります。受け取った婚姻届はきちんと受理しておきますのでご安心ください。それではお幸せに。ダッシュっ!』

 そして婚姻届は受理されてしまった。もうなかったことにはできない。

『ふつつか者だけど、よろしくお願いするわね……あなた』

 こうして瑠璃はなし崩し的に京介の正式な妻となった。

 

 それからの数ページ分の描写を六花は見ることが出来なかった。

 新婚夫婦となった瑠璃と京介が夫婦の愛の営みを始めてしまったのだから。

 邪王真眼の力を全開にしても六花はそのページを読むことは出来なかった。初心な六花には刺激があまりにも強過ぎたから。

 そのページに目を向けると恥ずかしさで死んでしまいそうになった。

 そしてR-18本の中核とも言えるシーンは全て飛ばして最終ページへと進む。

『俺達ならきっと桐乃を説得して連れ帰られるさ。愛する瑠璃が俺に力を貸してくれるのだから』

『そうね。私も貴方からもらった力で全身が波動に満ち溢れている。必ず上手くいくわ』

 最終ページでは瑠璃が京介と共に義妹となった桐乃を尋ねに行く空港のシーンでラストが締められていた。2人が手を繋いで飛行機に乗り込むのが最後のコマとなっていた。

 

 

 

「なるほど。私と同属の者がキスをすると生涯の伴侶が得られてパワーアップも図れると。そういうことね……」

 六花は薄い本を読み終えた感想をそう述べた。顔をこれ以上ないぐらいに真っ赤に染めながら。

「結婚は私にはまだ早過ぎる。でも……」

 六花の脳裏に勇太の顔が思い浮かぶ。

 その瞬間、六花の頭は茹で上がるような熱を持った。

「ダークフレイムマスターとキスしたら……わっ、私は途方もないパワーアップを果たして何でも出来るようになる気がする」

 中二な言い訳を混ぜながら勇太とキスする光景を想像して頭をショートさせる。

 

『六花……愛しているよ』

 

 想像の中で勇太(美化300%バージョン)は六花を正面から抱き締め甘い言葉を囁くと、彼女の可憐な唇を少し強引に奪った。六花は勇太に請われるままに受け入れる。

六花にとってその光景はとても甘美なものに思えた。

「ゆ、勇太とキス……ぷしゅぅ~~」

 勇太とのキスを考えるほどに頭が身体全体が熱を持って止まらなくなる。

 何故勇太とのキスを想像だけでこんなにも取り乱してしまうのか自分でもよく分からない。

 でも、かつてない程の高揚感を得ているのは事実だった。とても幸せな想像だった。

 

 

「なるほど。さすがはマスターなのデス。ダークフレイムマスターとキスすれば、凸守はパワーアップを遂げて死なずに済むと。良い情報を入手したのデ~ス」

 正体不明の感情により熱に浮かされている六花は気付かなかった。

 茂みの奥からデコを光らせた少女が自分を見ていたことを。

 

 自分の想像が波乱を引き起こしてしまうことを六花はまだ知らないでいた。

 

 

 

 

 翌日の昼休み、凸守は高等部の校舎に向かって歩きながら昨日得た情報を整理していた。

「デコモリ虫の呪いを受けた以上、1週間以内にダークフレイムマスターとキスしてパワーアップする以外に凸守が生き長らえる方法はないのデ~ス」

 指を折って現在起きている問題とその解決策を口に出してみる。

 残された僅かな時間で困難なクエストを達成する。

 少年漫画によく登場する燃える展開は凸守も大好きだった。懸かっているのが自分の命だとしても。

 

 凸守は気持ちを高ぶらせながら2本目の指を折る。

「凸守がミッションを遂行する為に問題となるのは2点なのデ~ス」

 右手を見ながら3本目の指を折る。

「1つ目は如何にしてアイツとキスをするか、なのデス」

 指先をジッと見る。

「まあ、これは凸守の超世界クラスの美少女ぶりをもってすれば造作もないのデ~ス。実際にキスしたことはまだないデスが」

 鼻息荒く4本目の指を折りに掛かる。が、そこで歩みが止まった。

「2つ目の問題は如何にしてあの偽腐れ一般人をダークフレイムマスターとして再覚醒させるか、なのデ~ス」

 目を瞑って勇太が覚醒しないままキスしたシーンを想像する。

 

『凸守……好きだよ』

『別に凸守はお前のことなんか……あっ』

 凸守の話を遮って重ねられる唇。凸守は目を瞑って勇太の唇を受け入れた。

 

 凸守の頬が僅かに赤くなった。

「ちっ、違うのですっ! そうじゃなくて、アイツが腐れ偽一般人のままキスしても凸守のパワーアップはきっと望めないのデスっ! Death Death Death!!」

 目を開けて首を横に振りながら昨日の六花の言葉を思い出す。

 

『ダークフレイムマスターとキスしたら……わっ、私は途方もないパワーアップを果たして何でも出来るようになる気がする』

 

 六花は勇太ではなくダークフレイムマスターと呼んだ。それにはきっと深い意味があるはずだった。

 そしてダークフレイムマスターの持つ強大な闇の力を考えれば答えは明白だった。

 

「なら、ダークフレイムマスターを再覚醒させる手順を考えなければならないのデ~ス」

 考える。考える。

 凸守が知る限り、その方法は一つしかなかった。

「不可視境界線を越えて過去に戻り、かつての自分を見せ付けて再覚醒させるしかないのデ~ス」

 方法は分かった。けれどその方法を実践するのには問題があった。

「問題は、どこに不可視境界線があるのか現段階では断言が出来ないことデ~ス」

 五本目の小指を折りながら頭を捻る。

「こうなったら、偽腐れ一般人を色々な所に連れ回して不可視境界を見つけ次第突入させるしかないのデ~ス」

 再び力強く歩き出す。

「方針は定まったのです。なら、大願成就の為にまずは偽腐れ一般人の餌付けから始めるのデ~ス。ゲッフッフッフ」

 不気味な笑い声を発しながら凸守は勇太の教室へと急いだ。

 

 

 数分後凸守は勇太の在籍するクラスへと到着した。

 そして上級生の教室という空間に臆することなく足を踏み込んだ。

「ダークフレイムマスターっ! 凸守がお弁当を持って来てやったからありがたく食いやがれなのデ~ス!」

 討ち入りを連想させる大声に教室内の生徒たちが一斉に凸守へと振り返る。

 そんな中、呼ばれた本人であるダークフレイムマスターこと勇太は

「なっ、なっ、なああぁっ!?」

 思い出したくない過去の恥部名を大声で叫ばれ激しく痙攣していた。

 そんな勇太の姿を確認して凸守はズカズカと大またで近付いていく。

「さあ、ダークフレイムマスター。凸守の愛情たっぷり手作り弁当をさっさと食べるのデ~ス」

 凸守は勇太の分の昼食を準備していた。

 

「えっ、何? 富樫くんってこの中坊と付き合ってるの?」

 偽モリサマーこと丹生谷森夏が凸守と勇太を交互に見ている。

「ちっ、違うよっ! 違うからっ! 全然誤解だから~っ!」

 勇太が焦った声を出す。

「まあ、どうでも良いけどね」

 本当にどうでも良さそうな表情で森夏は食事に戻った。

「いや、それはちょっと関心なさ過ぎでしょ!? もうちょっと構って。お願いだから~~っ!」

 勇太がツッコミだかボケだか分からない叫び声を上げる。

 

 一方で凸守は偽モリサマーは無視してダークフレイムマスターの元へと急ぐ。

 幸いにして六花は教室内にいなかった。

 一直線に勇太の元へと辿り着くことが出来た。

「誰、この子?」

「部活の後輩」

 ギターを持った変な男が勇太に話しかけているがこれを軽く無視。

 六花がいない間に一気に本丸を落としてしまいたかった。凸守は電撃作戦を餌付けの最重要ポイントと認識していた。

 

「さあ、凸守の愛情たっぷり愛妻弁当をさっさと食いやがるが良いのデ~ス」

「いや、俺は弁当を持って来ているんだけど」

 勇太の言葉を無視して机の上に自分の持って来た包みをドンと置く。

「妹が作った場合を除いて、美少女が作った食事を何よりも優先して食べるのは世界の常識なのデ~ス」

「このお弁当を作ったのは妹なんだけど」

「二次元の妄想妹の話をしているのではないのデス」

「樟葉(くずは)は実在する妹だから。六花も何度も会っているし」

「とにかく、美少女が作ったお弁当は何にも優先されるべきものなのデ~ス!」

 凸守は妹の件はなかったことにしてもう1度自分の包みを勇太に強調してみせた。

 

「ゲッフッフッフ。ダークフレイムマスターの好みは既にリサーチ済なのデ~ス」

 凸守がドヤ顔を見せながら包みを開く。

「さあ、見るが良いのです。お前の好みに合わせた最高の手作り弁当をっ!」

 凸守が自信満々に見せたお弁当。

 それは──

「このパック……高カロリー流動食って書いてあるんだけど……りんご味とピーチ味とチョコレート味って」

 市販の普通の紙パックジュースが3本並んでいるように見えた。

 よく見れば『250kcal / 125ml』と表記されている。

 どう見ても高カロリー流動食だった。

 

「ダークフレイムマスター。お前が中学時代にチューチュー栄養ドリンクを昼食の代わりにしていたことは調べがついているのデス!」

「グハァアアアアアァッ!?」

 勇太は激しくダメージを受けているようだった。

 まるで克服できない心の古傷を容赦なく抉られたような悲痛な悲鳴だった。

「そして凸守は学年トップの頭脳を生かして更に発想を一歩勧めたのですっ!」

「ど、どう進めたって言うんだ……?」

 息も絶え絶えに勇太が尋ね直す。ツッコミとしての本能が次のボケを要求しているかのように。

「これは老人専用の栄養食品なのデス。流行りものに弱い偽一般人なお前の為に時代を50年以上先取りしてやったのデ~ス♪」

「要らないよっ! そんな俺の時間を半世紀以上も先取りする気遣いはっ!」

 大声でツッコミを入れる勇太。でもその顔はホクホクしていた。生粋のツッコミなので本懐を果たすと嬉しくて仕方がない。

 

「ていうか、さっき手作り弁当って言ったよな!? この市販品のどこが手作りなのさ!」

 勇太の追及が続く。ボケを引き出す為に無意識の誘導が。この勇太という男は、ツッコミに足ることを知らない貪欲すぎる男だった。

「この凸守がわざわざお前の為に3クリックも時間を費やしてやったのです。この大変な労力は手作りと同義なのデ~ス」

「実物を見てもいなかったのかよ~~っ!!」

 大絶叫する勇太。クラスメイト達に変な視線で見られている。

 でも思い切りツッコミを入れられたことに満足したとても満ち足りた表情を浮かべていた。

 

「さあ、早く食べやがれなのデス」

 凸守はりんご味の紙パックを手にとって勇太の顔へと押し付ける。

「要らないよ。さっきも言ったけど弁当は持ってきてるし」

「これはジュースも同然なのデス。お腹が膨れることはないのでさっさと飲みやがれなのデス!」

 凸守は3本のパックにストローを突き刺し飲ませる体勢を整える。

「それ、3本飲んだら750kcalだよね!? 俺を豚のように肥えさせる気か!?」

「いいから飲みやがれなのデスっ!」

 紙パックを顔に押し付けようとする凸守。

 口を必死に閉じて飲むまいと抵抗する勇太。

 そんな2人の争いはクラスメイトたちの注目を浴びることになった。

 

「せっかくその中坊が富樫くんの為に持って来たんだから飲んでやったら?」

 森夏のどうでも良さげな声が2人の耳に入る。

「偽モリサマーにしては良いことを言いやがるのデス」

「丹生谷は僕がカロリー過剰摂取で太っても良いの!?」

 異なる反応を見せる2人。

「別に私、富樫くんが太ろうが今のままだろうが全然興味ないし」

「グハァアアァッ!? 同好会の唯一の男子部員にもっと関心を持とうよぉっ! フラグへの道を残そうよっ!!」

 勇太が大口を開けながらツッコミというか願望を口にする。

 その瞬間を凸守は逃さなかった。

「今なのデ~ス!!」

 3本のストローを勇太の口の中へと突っ込む。そして紙パックを思い切り押し潰して中身を一気に口の中に流し込んだ。

「うぉおおおおおおおおぉっ!! カロリー過剰摂取~~~っ!?!?」

 大絶叫する勇太。

クラスメイト達はそんな勇太と凸守の天然コントを呆れながら楽しんでいる。

 そんな最中だった。眼帯を付けた小柄な少女が教室に戻ってきたのは。

 

「えっ? 勇太? 凸守? 2人は……一体何をしてるの?」

 

 六花は騒ぎの中心点となっている地点を確認して呆然とした。

 

 

 

「うにゅぅ~~っ」

 小鳥遊六花は小テスト結果が悪くて数学教師から説教を受けてようやく解放された。

 疲れた体を引きずるようにして教室の前へと辿り着く。

 その教室は何やらいつも以上に騒がしかった。

 何だろうと疑問に思いながらこっそりと教室の中へと入っていく。

 教室の中で彼女が目にしたもの。

 それは──

 

『今なのデ~ス!!』

『うぉおおおおおおおおぉっ!! カロリー過剰摂取~~~っ!?!?』

 

 凸守が差し出した愛情弁当を嬉しそうに食べている勇太だった。やたらラヴラヴな雰囲気を醸し出していた。

 六花の中二病的補正EYESにはそう映っていた。

「えっ? 勇太? 凸守? 2人は……一体何をしてるの?」

 2人を見ながら呆然としてしてしまう。

 何故このような光景が繰り広げられているのかまるで分からない。

 六花の把握している限り勇太と凸守は特に親しい関係ではなかった。

 勇太は凸守を本物の中二病として敬遠している。凸守は勇太を偽腐れ一般人と呼んで不満を抱いている。

 2人の仲は良くない筈。

 なのに、なのに……。

『はいっ♪ ダークフレイムマスター。あ~んなのデ~ス♪』

 なのに、何故凸守が勇太に愛情手作り弁当を準備し、しかも食べさせてあげているのか。

『美味しいよ、凸守』

『そんなの、当然なのデス。だって凸守が最高の愛情を込めて勇太の為に作ったお弁当なのデスから♪』

 凸守は瞳を潤ませて頬を染め、勇太はだらしなく表情を緩ませているのか。

 六花にはまるで理解できない。

 そして、それは胸をとても苦しくさせる光景だった。

「やだ……こんなのは、やだ……」

 六花は呼吸困難に陥りながら心臓を両手で押さえていた。

 

「ゲッフフッフ。凸守の愛情たっぷり手作り弁当を食べやがったデスね、ダークフレイムマスター」

 凸守は恋する乙女の表情で恥ずかしがりながら勇太に語り掛けている。

 少なくとも六花にはそういう風に見えていた。

 六花以外の100人に問えば100人とも凸守は悪人面で不敵に笑っていると答えるだろうが。

「食べたんじゃなくてお前が無理やり流し込んだんだろうが」

 勇太も凸守に満面の笑顔で言葉を返している。

 六花以外の者にはどう見てもガンを飛ばしている表情で。

「過程などどうでも良いのデ~ス。お前が凸守の手作り弁当を食べてしまったという結果が重要なのデス。ダークフレイムマスターは凸守に大恩が生じたのデ~ス」

 六花も見たことがない満面の笑みを浮かべる凸守。他の者から見れば黒いという形容詞がつくが。

「何を要求するつもりだ?」

「話が早くて助かるのデ~ス」

 凸守が頬を紅潮させ瞳を潤ませながら勇太に告げる。

 他の者から見れば『この世全ての悪っ!』と思わず叫んでしまいたくなる邪悪な笑顔で。

「凸守が要求することはただ1つ」

「勿体ぶらずに早く言え」

「今週の土曜日、つべこべ言わずに1日凸守に付き合いやがれなのデ~ス」

「また面倒なことを……貴重な休みがこんな奴の為に潰されるなんて。はぁ~」

 露骨に嫌な顔を見せる勇太。

 一方で凸守の宣言に一番大きな衝撃を受けたのは六花だった。

 

「そ、そんな……凸守が勇太をデートに誘うなんて……」

 週末に年頃の男女が2人きりで過ごすことをデートと呼ぶことぐらい六花も知っている。

 けれど、恋愛に全く興味がなさそうだった凸守が勇太をデートに誘っている。

「そんなことあってはならない。あっちゃ……いけない。あっちゃ、やだぁっ!」

 あって欲しくなかった。

 世界が揺らいでいく。

 本当にこの世界をバニッシュメントしてしまいそうだった。

 凸守の誘いに対して勇太がどう答えるのか。

 とても、気になった。

 

「断ったらどうなる?」

 勇太の問いに凸守は精一杯背伸びをして耳打ちしてみせた。

「お前の中学生時代の秘密を全てバラすのデ~ス」

 別に耳打ちする必要が全くない大きな声だった。

「…………オーケー分かった。1日ぐらいなら付き合ってやろう。チッ」

 勇太は尋常でないほどの量の汗を掻きながら凸守の申し出を受け入れた。

 

「うっ、嘘? 勇太、凸守とデート……しちゃうの? 本当に……?」

 

 六花の視界がぐにゃっと歪む。

 これ以上勇太と凸守を見ていることは出来なかった。

 六花は走って教室から出ていった。

 六花が走り去った後には水滴が何粒も何粒も床に残されていた。

 

 

 

 

『お前の中学生時代の秘密を全てバラすのデ~ス』

『…………オーケー分かった。1日ぐらいなら付き合ってやろう。チッ』

 

 凸守のおかげで大変な目に遭った。

 危うく過去の汚点が白日の下に晒される所だった。

 舌を噛んで死ぬしかない恥部がバレずに済んだことはホッとした。

 けれど、そんな恐ろしい交渉を持ちかけてきた凸守にどうしようもなく腹が立つ。

 それが富樫勇太の今の偽らざる気持ちだった。

「タクっ。凸守の奴、俺を連れ回して一体何を企んでいるんだ?」

 凸守は確実に何かを企んでいる。

 そうでなければ自分を連れ出そうとするわけがない。

 けれど、凸守の思考回路は六花以上に中二病気質で何を考えているのかまるで分からない。

 ダークフレイムマスターに戻れば凸守の考えに近付けるかも知れない。

 けれどそれは勇太の今後の高校生活の安泰を考えるとあまりにも危険な選択肢だった。

 だから勇太はもう1人の現役邪気眼系中二病患者に尋ねてみることにした。

 

「おお~い、六~花~っ」

 『極東魔術昼寝結社の夏』の部室の扉を開けながら部長である六花に声を掛ける。

「あれっ? いない?」

 部室内に六花の姿はなかった。

「むにゃむにゃ~。あれが月光蝶の光だよ~。世界の文明は全て砂に帰るんだよ~」

 部室には魔法陣の上にマイ枕を抱きかかえながら眠る五月七日くみんの姿があるだけだった。

「どんな過激な夢を見ているんですか、先輩?」

 くみんの寝言に呆れながら鞄を床に置く。

 六花に相談しようと思っていたのにあてが外れてしまった。

「そう言えば今日は六花を昼から見てないな」

 午後の授業には戻ってきたようだが、放課後になるとすぐにいなくなっていた。

 だから既に部室に来ていると考えていたわけなのだが……。

「まっ、今は凸守をどうするかだな」

 今は自分の高校生活を破滅させかねない危険極まる後輩への対処がより大事だった。

 

 

 鞄から英単語帳を取り出して暗記しながら何となく時間を過ごす。

 中二病患者2人がいない部室は普段とは異空間かと思うほどに静かだった。

「絶好調である~っ!」

 時々くみんが妙な寝言を口にする以外は。

 そんな静かで快適な部室。けれどその環境に勇太は何か違和感を覚えずにはいられなかった。

 

「あれっ? 富樫くん。1人なの?」

 チアリーディング部のユニフォーム姿で森夏が部室にやって来た。

 最近チアリーディングの部活に飽き始めている森夏は理由を付けてはこちらの部室にも活動中に顔を出している。

 言い換えればサボリの口実にこの同好会をよく利用していた。

「いや、1人じゃなくてくみん先輩がいるんだけ……って、丹生谷っ!? くみん先輩の顔踏んでる。踏んでるからっ!」

 森夏の右足はくみんの顔を踏みつけていた。

「ごめん。気付かなかったわ~」

 棒読みで答えて返す森夏。わざとなのは明らかだった。

 森夏は相手が先輩でも気に入らない行動を取れば容赦なく攻撃を加える。それが彼女のクラスメイトたちには見せないもう1つの顔だった。

「戦場でね~、恋人や女房の名前を呼ぶ時というのはね~、瀕死の兵隊が甘ったれて言うセリフなんだよ~」

 くみんは眠ったまま苦しそうに寝言を発している。

 けれど森夏は足を退かさない。

「まあ私にとっては休憩場所になる部室さえあれば、誰がいようが関係ないんだけどね。別に富樫くんがいようがいまいが」

「だからもっと唯一の男子部員との交流のひと時を青春しようよ~~っ!!」

 勇太は涙ながらに訴える。けれど森夏には何の効果もなかった。

「それじゃあ、筋トレの一番面倒な時間は過ぎ去った筈だから私はもう行くわね」

 20分ほど時間を潰して森夏は部室を去った。

「フハハハハ~、我が世の春がキターッ!!」

 20分ぶりに顔を解放されたくみんはちょっと嬉しそうな寝言をあげた。

 

 

 結局その日、六花も凸守も部室に現れなかった。

 次の日も六花には1日中避け続けられ、凸守は部室に現れなかった。

 その次の日もだ。

 そして迎えた金曜日。

 今日も部室には六花も凸守も現れなかった。

「アイツら……最近一体、どうしたってんだ?」

 いるとうるさい。

 けれどいないと何か寂しい。

 というか、くみんが昼寝し続ける横で勉強するのは本当に部活動と言えるのか?

 未来人と宇宙人と超能力者と破天荒な少女に囲まれて部室で無為に時間を過ごすラノベ主人公をふと思い出す。

 あの主人公との大きな違いは自分は女子部員に人気がないこと。

 それを改めて認識しながら勇太は今日も部活を終えた。

 

 部室を出て校舎の片隅を1人ゆっくりと歩いて通る。

 くみんはまだ眠たそうだったので置いてきた。

 そして紫陽花が茂った植え込みの横を通り過ぎようとした時だった。

 ガサッと小さな音が鳴った。

「そう言えばここ、昨日も一昨日もその前の日も通り過ぎる時に音が鳴ったような……」

 その意味を考えてみる。

 一般人的な思考としては猫かネズミか植え込みに潜んでいると予測する所。

 けれど、勇太は中二病達の巣窟である部活に所属している。

 邪気眼中二病分を大さじ一杯加えてこの事態を再度考え直してみると……。

「それで気配を隠したつもりか? もう隠れんぼには飽きた所だからそろそろ姿を現したらどうだ?」

 刺客の待ち伏せ襲撃。

 そういう結論に至った。

「ゲッフッフッフ。気配を完璧に消したのにも関わらず凸守の存在を感知するとは。さすがはダークフレイムマスターなのデ~ス」

 すると案の定、茂みの奥から少女の声が聞こえてきた。

 火曜日の昼休みに勇太の教室で大騒動を起こし、その後全く姿を現さなかった後輩の声。

「ごちゃごちゃ言わずに出てこい。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる。今すぐ出てきて正体を現せっ!」

 己の心の内の中二魂を再燃焼させながら茂みに向かって両目を大きく見開き手を振りかざしながら威圧的に命じる。

 

「それはお前じゃなくて、お前と声がそっくりな別存在のセリフなのデスっ!」

 凸守が茂みの中から出てきた。体に大量の紫陽花の葉っぱと花びらをくっつけながら。

「フッ。そう言いつつも貴様は俺の元に姿を現したではないか」

 威圧的に喋る。

 勇太は凸守と会話するには中二病っぽく喋った方が話が早いことを確信していた。

 幸いにして周囲には2人以外に誰もいない。だから、勇太は自分の中二喋りが誰かに聞かれてしまう可能性を考えずに安心して話せた。

「はっ!? しまったのデ~ス。もしや凸守はギアスに掛かってしまったというのデスか!?」

 思った通り、中二な語りをしている限り会話を優位に進められる。

 勇太は内心でガッツポーズを採った。

 

 

 

 

「凸守早苗よ。貴様は一体何を企んでいる? 洗いざらい全て吐け」

 高圧的な物言いに凸守の体が一歩退く。

「ギアスが同じ人物に効くのは1回までなのデ~ス。凸守にはもうお前の力は通じないのデ~ス」

「闇の盟主たるこの俺に回数制限などというつまらない制約があると本気で思っているのか? この愚か者めがっ!」

 中学時代に戻ったかのように凸守の反論を威圧的に潰していく。

 ……何か少し気分が良かった。

 こんな高揚感、高校に入ってから味わったことがない。

 体が芯からゾクゾクした。

「さあ、もう1度ギアスを掛けてやろうか? そうなれば本来なら喋らなくても良いお前の恥ずかしい秘密まで聞いてしまうことになるかも知れんがな。クックック」

 不敵に笑いながら凸守を威圧する。

「クゥっ! こうなったら……武力制圧あるのみなのデ~スっ!」

 凸守は自身のツインテールの房をブンブンと振り回し

「ミョルニル・ハンマ~~っ!!」

 勇太に向かって攻撃を仕掛けてきた。

 捨て身の攻撃だった。

 

「舌戦で負けた途端に攻撃に撃って出るとは野蛮な。そしてあまりにも愚かで単純すぎる。俺がその程度の行動を読んでいないとでも思ったのか?」

 勇太は鞄の中から折りたたみ傘を素早く取り出す。

「ヴァニッシュメント・ディス・ワールドッ!!」

 大声を上げながら凸守を勇太の展開するバトル・フィールドへと引きずり込む。

そして六花がよくやるように傘を振ってシャフトを伸ばした。

 伸びた傘の先端、石突の部分が凸守の硬いことで有名なオデコに向かって伸びていく。

「貴様とは次元の違う真の闇の波動を見せてやろう。その痛みと恐怖をその体に刻み込めっ! ダーク・モバイル・ブレイドォオオオオォッ!!」

 傘の先端が凸守のオデコに軽く触れた。

「ぐっぎゃぁああああああああああああああぁデ~スっ!?!?」

 凸守は大きな悲鳴を上げながら自分から後ろへと吹き飛んでいった。

 邪気眼系中二病患者はノリが良いので勝利はそう難しいことではなかった。

 

「たかがサーヴァントの分際でこの俺に勝とうとは愚かすぎるぞ、凸守早苗っ!」

 地面に尻餅をついて倒れる凸守を余裕たっぷりな笑みを浮かべながら見下(みくだ)す。

 白と青の縞模様のパンツが見えていてラッキーなのだがそれは顔には出さない。

 闇の世界の住民たる者、ラッキースケベにうつつを抜かしてはならない。

 ハーレム系ライトノベルの主人公とは一線を画すことが何より重要なことだった。

「力及ばぬ以上……いっそ凸守を殺せば良いのデス。お前みたいなのに秘密を喋るぐらいならいっそひと思いに。さあ、早くっ!」

 凸守は敵に捕まったヒロインよろしく潔く死を求めている。

 そのような反応もまた中二病世界では常識だった。

 

「笑わせるなよ、小娘。貴様に俺に殺されるだけの価値があるなどと自惚れるな」

 勇太は背を屈めて凸守の顔を覗き込んだ。

「あ……っ」

 勇太の邪気眼に当てられた凸守の顔が一気に赤く染まり上がる。

「そ、そんな馬鹿な、デスっ!? こ、この凸守がコイツを見てこんな気持ちになるなんて……」

 凸守は腕まで真っ赤にしながら全身をバタバタと動かしている。

「で、でも、今のコイツはダークフレイムマスターなのデス。ダークフレイムマスターと言えばマスターと並ぶ実力者なわけで、つまり凸守にもお似合いということで……」

「貴様は先程から一体何を言っているんだ?」

 勇太は首を傾げた。

「だ、だけど、こんな偽一般人気取りのコイツが凸守の運命の共鳴者だなんてある筈がないのデス。そんな、そんなことがあるわけが……あああああぁ」

 凸守は口をパクパクさせながら瞬間湯沸かし器並に頭から湯気を発している。その顔はりんごのように赤く染まっていた。

「でも、でも、でもぉ~~っ! ああっ、凸守には分からないのデ~スっ!」

 凸守が頭を抱えながら絶叫した。

「まったくおかしな奴だな」

 勇太は瞳を細めた。

 

「サーヴァントでしかない貴様に求めても無駄かも知れんが、もっと論理的に喋れ」

 凸守に顔を更に近付けて説明を求める。

 その瞬間、凸守の顔がボンッと爆発した。

 そして──

「あっ! 校舎の隅に影法師が見えるのデ~ス。誰かが凸守達を覗いているのデス」

 凸守は気を逸らす絶好の材料をみつけた。

「何~~~~っ!?!?」

 勇太の大絶叫。

「いやぁ~やだなあ。今度愛好会で行う寸劇の練習に思わず力が入ってしまったよ~。やれやれ。あっはっはっはっは」

 勇太は大量の汗を流しながら瞬時に一般人モードに復帰を果たしたのだった。

 

「やはりまだ、ダークフレイムマスターへの再覚醒は完全ではないのデス。でも、だからこそ……そりゃぁ~~~~なのデ~~ス!」

 凸守はスカートのポケットの中に密かに忍ばせておいたソレを勇太へと思い切り投げ付けた。

 その物体は勇太の左肩へと付着した。

「うん? 何だこれ? カタツムリ?」

 投げ付けられたのが何故カタツムリなのか勇太には理解できない。

 けれど、勇太に張り付いたカタツムリを見て凸守は意気揚々と立ち上がった。

「ゲッフッフッフ。なのデ~ス!」

 薄い胸を張りながら踏ん反り返る。悪い笑みに戻っていた。

「これでお前もデコモリ虫の呪いに掛かったのデ~ス」

「デコモリ虫?」

 凸守はどうやらカタツムリをそう呼んでいるらしかった。

「ダークフレイムマスターとして真の覚醒を遂げない限り、お前の命も後1週間なのデ~ス」

「どんな設定だ、それは?」

 勇太には凸守の脳内設定が理解できない。

「死にたくなければ明日の凸守との……デートで……全開に覚醒しやがれなのデ~ス!」

 凸守の頬は再び赤く染まった。

「それでは明日午前10時。お前の家から一番近くの公園で待っているのデス。サラバなのデ~スっ!」

 一方的にまくし立てると凸守は勇太の前から立ち去っていった。

 

「結局、明日の集合時間を告げたかっただけなのか、アイツは?」

 カタツムリを紫陽花の葉っぱの上に戻しながら勇太は首を捻っていた。

 結局凸守が何をしたかったのかよく分からない。

 あの時、邪魔さえ入らなければ聞き出すこともできただろうに。

 そう、邪魔さえ入らなければ……。

「って、誰かに俺のダークフレイムマスター語りを聞かれたってことじゃないか~~っ!」

 舌を噛み切ってよく噛んで味わいたくなる衝動を必死に抑えつつ、覗いていた人物をまず捜すことにする。

「凸守は校舎の隅に影法師って言っていたから……影の出る方角はあっちか!」

 勇太は必死になって駆けていく。

 目撃した人物の誤解を何としてでも解かないといけない。

 自分は健全な一般人だと証明しないといけない。

 そんな想いだけが勇太を占めていた。

 そして目的の人物はすぐにみつかった。

 勇太達の話を聞いていた人物は校舎の外壁にもたれ掛かって呆然と立っていた。

 その人物の正体は。

 

「なんだ。六花だったのか。良かったぁ~~っ」

 心の底から安堵の息を漏らす。

 中二病会話を聞かれたのが中二病患者の六花で本当に良かったとその幸運に感謝する。

「全然……良くない……」

 ところが六花は勇太の言葉に反して首を横に振った。

 そしてその瞳には大粒の涙が溜まっていた。

「なっ、何で泣いて?」

 勇太には何故六花が悲しんでいるのか分からない。

 ただ、焦るばかりだった。

 そして六花から放たれた一言。

 

「勇太は……凸守と本当にデート……するの?」

 

 その一言は勇太と六花の関係に大きな危機をもたらす一言となったのだった。

 

 

 続く

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
0
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択