No.203765

そらのおとしものf 桜井智樹(モテないマイスター)バレンタイン聖戦(後編)

バレンタイン聖戦の完結編です。
ここまで読んで来られた方は最後までお付き合い下さい。
きっと後悔しますけど。
ガンダムOOから最後は微妙にコードギアスっぽく……もないですな。

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2011-02-26 02:51:13 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:4460   閲覧ユーザー数:4167

 

そらのおとしものf 二次創作

桜井智樹(モテないマイスター)バレンタイン聖戦(後編)

 

 

フラレテルビーイング隊歌

 

Notモテ男冬景色

作詞・作曲 桜井智樹

 

ねぇ 女子のお手手は

どうやって繋ぐのぉ?

 

ねぇ ラブレターって

どこで売ってるのぉ?

 

誰かぁ 誰かぁ

どうか教えてくださ~い~

 

何故 

俺たちはモテ~な~い~

 

どうして 

俺たちはモテ~な~い~

 

 

 

 空美神社の本殿前ではフラレテルビーイング・モテないマイスター桜井智樹とモテ男・鳳凰院・キング・義経の最後の戦いが始まろうとしていた。

「女の子たちの心を弄び、モテを政争の道具として世界に荒廃をもたらす世界の歪みの元凶めっ! 今こそ成敗してくれるッ!」

 智樹は義経に世界の歪みの元凶を見ている。

「フッ。それを君に言われたくはないな」

 一方の義経は自らを選ばれた者とみなし、智樹の存在を軽んじている。

 両者とも既に部下を全て失い組織は壊滅してしまっている。勝利した所で覇権を握れる訳でもない。第三者から見れば全く無価値な戦い。

 しかしそれでも2人は戦いをやめなかった。己の信じる理想世界の実現の為に。己の信を通す為に。

 

「脱衣(トランザム)も使えないお前に勝ち目があると本気で思っているのか?」

 余裕の笑みを浮かべる智樹。

 学校での決戦から時間が経ち、智樹は再び脱衣(トランザム)を使えるほどには体力が回復していた。

 だが、そんな智樹を義経は同じように笑みをもって返した。

「フフフッ。脱衣(トランザム)を使えるのが君だけだと思うなっ!」

「何だとっ!」

 義経は自分の白ランに手を掛け──

「脱衣(トランザム)ッ!!」

 掛け声と共に服と下着が一瞬にして消し飛んだ。

 赤いオーラを発しながら鍛え上げられた裸身を見せ付けるように立つ義経。

「これでわかってもらえたかな? 僕の力を」

「バカなっ! モテないマイスター以外に脱衣(トランザム)が使える人間がいるなんて……いや。どうせ見かけだけなんだろ。脱衣(トランザム)ッ!!」

 智樹も腰に巻かれていたタオルを取って露出狂(イノベイダー)としての本領を発揮する。黄金のオーラに包まれる智樹。

「殲滅する、世界の歪みの元凶がぁああああぁっ!」

 エンジェロイドの飛行速度さえも超える超高速で義経の元へと一気に駆け寄る。しかし──

「その程度の移動、僕にもできるさ」

 義経もまた智樹と同等の高速移動を行い智樹のパンチをかわす。

「何故モテないマイスターでもないお前に脱衣(トランザム)が使えるんだッ!?」

 智樹のパンチは何度打っても義経の攻撃を捕らえない。

「Mr.桜井。君は大きな思い違いをしている」

「何ぃっ?」

「脱衣(トランザム)はそもそもフラレテルマイスターの力とは関連性がない」

 智樹は攻撃を続けながらも体をビクッと振るわせた。

「君の力の源はレディーたちに裸身を見られることへの快感だろ?」

 ちなみに4人の少女たちは智樹の下半身のとある1点をガン見したまま視線を逸らさない。義経には寸分たりとも興味を向けていない。

「お前だってそうだろうが!」

「確かにそうさ。だが、君と僕とでは根本的に異なる点がある」

「根本的に異なる点だと?」

 智樹はハイキックを放ちながら首を僅かに傾げる。

「そうさ。君はレディーたちに裸身を見せ付けることで嫌がる反応を楽しんでいる。いわば小学生男子の悪戯と同じ」

「だからそれがどうした!」

 4人の少女たちはまばたきも忘れて智樹のとある箇所を見入っている。

「だが、僕は違う。僕は世界で最も美しい。それはつまり、僕の裸身は世界で最も美しいことの証明でもある。だから僕は曝け出す。この世の美を全世界に広める為にっ!」

「ただのナルシストじゃねえか!」

「フッ。違うな。客観的評価だよ」

 智樹は更に速度を上げて拳を繰り出すものの義経にはかわされてしまう。

「そして、君の異性への嫌がらせよりも、僕の美へのこだわりの方が露出狂(イノベイダー)としての適性が上のようだね」

「何!?」

 瞬間、智樹の視界から義経の姿が消える。智樹が次に義経の姿を捉えたのは、右頬を殴られて宙を舞っている時のことだった。

「グハァッ!?」

「ほらほらMr.桜井。僕は力をまだまだ出せるのだからあまり簡単にダウンしないでくれよ」

 言葉通りに更に速度を上げた義経の攻撃が智樹を襲い、なす術もなくサンドバック状態に陥ってしまう。

「ちっ、畜生~っ!」

「ハッハッハッハ。これが生まれながらにして全てを持つ者と持たざる者の違いだよ。君には最初からこの僕に勝てる筈なんかなかったのさ」

 義経の猛攻。智樹の口から血の塊が吐き出される。

「さあ、どうするMr.桜井。そこにいるレディーたちによく見えるように土下座して惨めに謝るのなら命だけは救ってあげても良いさ。僕は寛大だからね」

「本当に……ふざけんなよ。この外道がぁあああぁっ!」

 怒りの表情の智樹が大きく拳を振りかぶる。

「だからそんな攻撃は当たらな……うん?」

 義経は智樹の攻撃を避けながら首を捻る。智樹のパンチは義経の顔とはまるで見当違いの方向に飛んでいく。そして智樹の拳の先には大きな杉の木があった。

「俺が狙ったのは、お前じゃねえっ! この杉の木だぁあああああぁっ!」

 智樹の拳が幹に炸裂し、枝葉の上に積もっていた雪を根こそぎ地上へと振り落とす。

「フンッ。今の僕にとって雪が何だと言うのだい? それとも、雪に紛れて僕を攻撃するつもりかな?」

 降雪に怯むことなく迎撃体勢に入る義経。

 雪により一時的に視界を奪われるが耳を澄まして智樹の攻撃に備える。

 しかし、予測された攻撃は来なかった。

「どこへ消えた、Mr.桜井?」

 視界が効く様になり周囲を見回してみたが、智樹の姿はどこにも見えない。

 智樹はどこかに消えてしまっていた。

 

 

 

「隠れたのかい?」

 義経は警戒を強めながら周囲の様子を窺う。しかし、智樹の姿は発見できない。

「それとも、逃げたのかい?」

 義経は挑発的な声を出しながら智樹を誘い出す。しかし智樹はどこからも現れない。それどころか智樹の気配が全く感じられない。

「……どうやら本当に逃げてしまったようだね」

 腑に落ちなかったが、義経は智樹が見当たらないのでそう判断した。

 代わりに義経はイカロスの元へと向かってゆっくりと歩を進めていく。全裸のままで。

「イカロスさん。今の勝負を見ていてくださいましたか?」

 イカロスの前へと辿り着くと髪を掻き揚げながら爽やか男をキメる。

「僕はMr.桜井に勝ちました。というわけで僕と交際してください」

 イカロスに向かって恭しく一礼する義経。全裸のままで。

「……あなたの申し出は、受けられません」

 イカロスは義経の顔を向けてしっかりとした口調で返答した。

「何故ですか?」

「……マスターは、まだ負けていませんから」

「……それは、僕がMr.桜井を倒せば交際をお受けして頂けると受け取ってよろしいのでしょうか?」

「……構いません」

 イカロスの返答を聞いて驚いたのはニンフたちの方だった。

「ちょっと、アルファ? そんな約束して良いの?」

「……構わない。マスタがー、負ける筈が、ないから」

 イカロスはそう断言した。

「それではイカロスさん。僕はMr.桜井を葬って来ますので、戻ったら挙式しましょう」

「交際どころかもっと進んでるじゃないのよ!」

「はいは~い。挙式ってなんですか?」

 騒ぐニンフとアストレアの声をBGMに義経がゆっくりと遠ざかっていく。

 

「イカロスさん。あの人のことを攻撃しなかったね」

「……きっと、マスターは、それを、お望みだと思うので。それに、私も、マスターに、自分の力で、勝って頂きたいです」

「それがイカロスさんの意志、なんだ」

「……はい。私の、わがままです」

「そっか」

 そはらは天を仰いだ。

「けれど、そんな悠長なことを言っている場合ではないのよ」

 アストレアとの漫才をやめたニンフの冷徹な一言。

「智樹は今日だけで2度の脱衣(トランザム)を使った。普通の人間なら筋肉が引きちぎれて手足がバラバラになっていてもおかしくない疲労なのよ」

 ニンフの言葉を聞いて3人の少女は唇を噛み締める。

「これ以上少しでも負荷が掛かれば智樹の体はどうなってしまうかわからない。そんな状態なのにあのロン毛と決着をつけようとしているのよ、智樹は……」

 ニンフの言葉は暗に智樹が義経と戦えば死ぬと言っているようだった。

「でも、止められないわよね」

 ニンフは大きな溜息を吐いた。頷く3人の少女たち。

「智樹のバレンタイン潰しを潰しに来た筈なのに……何をやっているのかしらね、私たちは?」

 ニンフはマントの中に隠していた青い紙で包装された四角い小さな箱を抱きしめながら空を見上げた。

 イカロス、アストレア、そはらもそれぞれ綺麗にラッピングされた箱を抱きしめながら空を見上げる。

 いつの間にか雪は止み、雲の切れ間から青空が覗き始めていた。

 

 

 

 

「君が大桜の方面に逃げたのはわかっているのだよ、Mr.桜井」

 義経は空美町の観光名所として名高い樹齢4百年の大桜の周辺を捜索していた。

 義経はほんの数十秒前まで智樹の行方を完全に見失っていた。しかし、義経はこの大桜方面で巨大な力の流れを感知した。

 義経はその力の主を智樹と断定し、脱衣(トランザム)の力で大桜に急接近した。しかし義経の予想に反して智樹はみつからない。

「なるほど。Mr.桜井は僕の脱衣(トランザム)能力が切れるのを待っているわけだね。だけど、君と違って僕の露出狂(イノベイダー)に時間制限などないのだよ!」

 世界そのものに裸身を見せ付けることで快感を得る義経の脱衣(トランザム)に時間制限はない。その意味で露出狂(イノベイダー)としての覚醒は智樹よりも義経の方が進んでいた。

「さあ、わかったら無駄な抵抗をやめて出てきたまえ。君を討ち滅ぼして僕はイカロスさんと結ばれるのさ」

 しかし智樹は義経の前に出て来ない。

 

「さて、出てこない狸をどうやって炙り出そうかな?」

 義経が次なる手を思案していると、樹木の陰から1人の少女が義経の前へと現れた。

「た、助けてくださいっ!」

 前髪を髪留めで止めたショートカットの少女は泣きながら義経の元へと駆け寄る。しかもその少女は一糸まとわぬ全裸だった。

 そはらやアストレアに比べれば小さいが、女性であることを十分に証明する膨らみが義経の前で揺れていた。

「何があったのか知らないけれど、もう安心だよプリティーガール。この鳳凰院・キング・義経が命に替えても君を守ろう」

「本当ですか?」

「本当だとも」

「嬉しいっ」

 義経は両手を広げ裸の少女を迎え入れる。少女は義経の胸へと飛び込み、両腕を回して抱きしめた。

「やれやれ。積極的なお嬢さんだな」

 口では困った風に言いながら義経もまた両腕を背中に回して少女を抱きしめる。鳳凰院・キング・義経、根っからのスケベ野郎だった。

「……さっき言ったこと、本当ですか?」

「何が、だい?」

「命に替えても私のことを守ってくれるって?」

「ああ、本当だとも」

 義経の淀みない言葉を聞いて少女は俯いた。

「フッ。恥ずかしがっているのだね。本当に可愛い子猫ちゃんだね、君は」

 義経は少女が照れているのだと受け取った。しかし──

「……だったら、ここで死んでくださいっ!」

 少女の叫び声と共に、少女の後ろ髪の中に隠れていた10cmほどの何かが飛び出す。

「鳳凰院・キング・義経っ! 覚悟ぉおおおおぉっ!」

「君は、Mr.桜井? 何でそんなに小さくっ!?」

 義経が見たもの。それは腹に『トモ棒』と書かれたとても小さな智樹だった。

「何だかわからないが迎撃しなければ。クッ、体が動かない!?」

 義経の体は少女に抱きしめられている為に身動きが取れない。義経自身も少女を抱きしめている手をそのままにしている。鳳凰院・キング・義経、根っからのスケベ野郎だった。

「これで最後だぁっ! 脱衣(トランザム)っ!」

 小さな智樹が黄金のオーラを発しながら義経の左胸へ向かって特攻を仕掛ける。

 そして──

「グハァッ!」

 義経の血で雪の地面に赤い花が咲いた。

 

 

「見事だよ、Mr.桜井。僕が女性にこの上なく優しい紳士であること、男に触れられてしまうと気持ち悪くて死んでしまうこと。その2つの特性をついた見事な攻撃だった」

 雪を枕に横たわり息絶え絶えな義経はそう言って智樹を賞賛した。

「いや、前者はともかく、後者については知らなかったのだが?」

 少女の頭の上に乗った小さな智樹が返答に困り目を瞬かせている。

 智樹の攻撃は義経に対して致命傷になるほどの威力ではなかった。しかし義経の男嫌い属性と相まって必殺の一撃と化したのだった。

「イカロスさんの君を信じる目は正しかったわけだ」

 智樹は何も言えなかった。

「ところでMr.桜井。君が頭を借りているその裸の美少女は誰なんだい?」

「こいつは、その……」

 智樹は答えにくそうに口篭っている。少女の方も俯いたまま何も答えない。

「まあ、良いさ。その娘が誰であろうとも。この鳳凰院・キング・義経。死の直前まで裸の美少女と抱き合っていた。これ以上に素晴らしい人生はなかったさ」

 義経は小さく笑った。

「さて、Mr.桜井。時間が来たようだからほんの少しだけ早くあの世で待っているよ」

「ああ、俺もすぐに逝く、さ」

「普段の僕であれば男の同行などまっぴら御免だが、美少女を地獄へのお供にするわけにはいかないからね。待っているさ、Mr.桜井……」

 義経は智樹と少女の顔を見て微笑むと眠るように息を引き取った。

「ナイスなスケベっぷりだったぜ、鳳凰院。お前もまた、俺の良き強敵(とも)だった」

 義経の亡骸を見守る智樹の瞳から水の珠が何度も何度も落ちていった。

 

 

 

「智子。戦いに巻き込んで悪かったな」

「別に良いよ。死ぬ前にもう1度体を持てたのは嬉しかったし」

 智子と呼ばれた少女は雪景色の冷気を体いっぱいに吸い込みながら答えた。

「だけど量子変換で2人に分かれて攻撃なんてよく思いついたわよね」

 小さな智樹を掌に乗せて智子が覗き込む。

「鳳凰院のスケベは女だったら油断するって思ったんだ。だから智子を投入するのが一番だった。後はどうやって女になるかが問題だったが……」

「まさか、自分で大事な所を切って私を呼び出すとは思わなかったわよ」

 智樹は楽しげに笑ってみせた。

「俺は量子変換機を使って水だの、床だの、パンツだの他の存在に変わりすぎた。だから、存在の形態が不安定になっているって前にニンフに言われてな。それを逆手に取った」

「だから体の一部が切り取られたことで形態が不安定になって2人に分かれちゃったのね。切り取られた部分はあなたで、残った体部分は私」

 智樹は大きく頷いた。

「鳳凰院の奴は男の中の男な部分である俺に攻撃されたから堪らなかったのだろうな」

 智樹は自分の体を叩きながら大声で笑う。

「あの人も可哀想よね。すっごくハンサムな人だったのに♪」

「智子、お前っ!」

「冗談よ」

「俺とお前はもう別人格なんだから焦らせるなよな」

 智子は智樹の慌てぶりを見てもう1度笑った。

 

「さて、そろそろ疲れがどっと出て来たな。眠くて堪らないぜ」

 智樹はわざとらしく大きなあくびを掻いた。

「そうね。どこで休む?」

「そりゃあやっぱり、大桜だろう」

「私たちの始まりの場所、だもんね」

 智子は途中雪に何度も足を取られながらも大桜の根本へと到着する。

 智子は幹を背もたれに寄り掛かって座りながら空を見上げた。

 雪の傘と青空が視界いっぱいに広がっていた。

「ねえ、最後に1つ聞いていい?」

「何だ?」

 智樹は頭から降りて、智子の太ももの上へと乗る。そこが本来のあるべき場所であるかのように。

「どうして、モテない男であることを貫いたの?」

 智子は神社の境内がある方向を見ていた。イカロスたちがいる筈の方向を。

「みんな、あなたのことが大好きじゃない」

 智樹の目を通して見ていた智子は気付いていた。4人の少女が智樹へのチョコレートを用意していたことを。智樹にチョコを贈りたいからこそ、智樹のバレンタイン武力介入をやめさせようとしていたことを。

 そして、智樹がそんな4人の真意に気付いていながら敢えてフラレテルビーイングのモテないマイスターとして行動し続けたことを。

「俺がモテない男であることを貫いた理由……か」

 智樹の目はトロンとしていた。

「その理由ならもうわかってる。答えは俺が……厨二だから、だよ」

 智樹の言葉にはあくびが何度も含まれるようになっていた。

「厨二って?」

「……俺はさ、目の前の一つの出来事にしか集中できないんだよ。イカロスがトラブルに巻き込まれれば他の全て投げ打ってでも問題解決に躍起になる。ニンフの時だってそうだ。アストレアもそはらも同じ。そして今回は全てを投げ打つ対象がモテない男だった。逆に言えば目の前の問題以外は見ようとすらしない。そのせいで誰が傷付こうともな。俺は1つの物事しか見えないバランス欠いた厨二なんだよ」

 智樹は自分の頬をグーで殴った。

「女の子は好きな男の子にいつだって自分の為に必死になって欲しいのに。酷い男ね、君は」

 言いながら智子は智樹の頭を優しく撫でている。

「……だから死んで詫びるんだよ」

「死んだらあの子たちが悲しむのがわかっている癖に。本当に、酷い男ね」

 智樹は智子の顔をスッと見上げる。

「俺からもお前に最期に話がある」

「何?」

 智子は両の掌に智樹を乗せて目線へと持ってくる。

「俺は鳳凰院の野郎が大嫌いだったけど、あいつは死ぬ前に一つだけ正しいことを言った」

「正しいこと?」

「美少女を地獄へのお供にするわけにはいかないってことだよ。……グッ!?」

 智樹が両手で体を抱きしめながら痛みに震える。

「ちょっ、智樹っ!」

「……元の体にあった疲労だの怪我だの、悪いものは分離する時に全部俺の方に集めておいた」

「えっ?」

「今のお前は分離の影響で体調がちょっと優れないだけだ」

「えっ? えっ?」

 智子には智樹が何を言わんとしているのかわからない。わかりたくない。

「……だから……お前には生きて欲しいんだ」

「そんな、ことって!」

 智樹に言われ、智子は自分が疲れは感じても痛みは感じていないことを自覚する。

「……後、できたら、俺の代わりにあいつらに謝っておいて欲しい」

 智樹は苦痛をおして微笑んだ。

「……じゃあ、言わなきゃいけないことも言ったから俺、もう逝くわ……」

「ちょっとぉ~っ!」

 智子は必死に智樹の体を揺さぶって目覚めさせようとする。

「へへへ…………俺が……俺たちが…………モテない男なんだ……」

しかし、智樹は最後に小さく呟くと目を閉じ、二度と開くことはなかった。

「……言いたいことばっかり言って、厄介ごとをみんな私に押し付けて、智樹は勝手すぎるよ。バカァ~ッ!」

 智子は智樹の亡骸を抱きしめながらいつまでも泣いていた。

 

 

 

「私を刺すのは桜井くんだと思っていたのに……その桜井くんが智子ちゃんに全てを託して自分だけ逝くなんて……大事な所で計算ミスしちゃったわね、私も」

 美香子は楽しげな笑みを浮かべながら雪原を独り歩いていた。

 学生服の腹部が真っ赤に染まっており、血のラインを引きながらゆっくりと進む。

「桜井くんと鳳凰院くん、地獄への同行に美少女は嫌みたいだけど悪女なら許してくれるかしら?」

 自らの腹部に手を当てる。

 流血が止まらない。

「それにしてもあの娘、鳳凰院くんが猫可愛がりしているただのお嬢様かと思っていたけれど、中々大した娘だったわね」

 美香子は自分を刺したブロンドの髪を持つ少女のことを思い出していた。

 

 

 美香子は智樹と義経の激闘を木の陰から最後まで見ていた。

「普段の僕であれば男の同行などまっぴら御免だが、美少女を地獄へのお供にするわけにはいかないからな。待っているさ、Mr.桜井……」

 義経の最期を見ても特に大きな感慨は沸かなかった。

 代わりにもはや虫の息となった智樹がどうしたら自分を殺してくれるのか。そればかりに頭を取られていた。

 だが戦いを覗いていたもう1人の少女にとって義経の死は冷静などではいられなかった。

「義経お兄さまぁあああああああぁっ!」

 義経の妹、月乃にとって崇拝する兄の死は到底受け入れられるものではなかった。

 狂ったようにして兄の名を叫んだ。そして護身用に持っていた短刀の鞘を抜いて智樹たちに襲い掛かろうとした。

「落ち着きなさい、月乃さん」

 美香子は月乃の前に立って彼女の行動を止めようとした。ところが──

「五月田根美香子っ! あんたがお兄さまを死に追いやった諸悪の根源でしょうがぁああああぁっ! 義経お兄様の仇ッ!」

 月乃は最初から美香子を狙っていたかのように加速し──

「死ねぇええええええええぇっ!」

 美香子のわき腹に深々と短刀を突き立てた。

「落ち着きなさいって言っているでしょ!」

 対して美香子は月乃の右頬に強烈なビンタをお見舞いする。

「きゃあああああぁ!?」

 握力4百kgを誇る美香子の強烈な張り手打ちにより吹き飛ぶ月乃。

 数m飛んで地面に叩きつけられた月乃は完全に気を失っていた。

「月乃さんも私がいなくなれば少しは落ち着くでしょうね」

 美香子は月乃を樹木の幹に寄り掛からせて寝かせ、自分の着ていたコートを脱いで上からかぶせるとゆっくりと歩き出した。自身の人生の終焉の場を求めて。

 

 美香子は腹部を手で押さえながら進む。5分ほど歩くと眼下に空美町の景色を見渡せる高台へと出た。

「ようやく、ゴールに辿り着いたわね」

 美香子は口から血を滴らせながらも楽しげに笑った。

 美香子の視界には実家、空美学園をはじめ縁の場所が数々映っている。しかし彼女の気を惹いたのは町中の風景ではなく川原だった。

「英くん……きちんと学校行ったかしら?」

 美香子の視界には守形が寝泊りしている黄色いテントは映っていない。けれども、守形の生活空間である川と川原が映っていればそれで十分だった。

 雪の地面に座り込みながら川を眺め続ける。

「英くん……ちゃんとご飯食べているかしら? 冬は食べ物が取れない時期だけど」

 頭に思い浮かぶのは守形のことばかり。

「英くん……私がこの世からいなくなったら、泣いて……くれるかしら?」

 美香子の視界が滲む。

「美香子……」

 そして美香子の耳が聞こえる筈のない声を捉える。

「英……くん……?」

 幻聴だと思いながらも期待に惹かれるようにして振り返る美香子。

「美香子……」

 そこにはメガネを掛けた鉄面皮な少年が立っていた。

 

 

 

「……どうして、ここに?」

 言いながら美香子は気付く。美香子が歩いて来た道のりには血によって赤いラインが延々と引かれていたことに。

「……英くんに会えるなんて……致命傷の出血もたまには便利ねぇ」

 美香子は守形を見ながら笑った。

「……美香子っ!」

 守形が表情を僅かに崩しながら美香子の元へと駆け寄ってくる。

「早く麓に降りて治療を」

 守形が美香子を抱きかかえる。

「……無理よ。この傷は完全に致命傷だもの。どうやっても助からないわよ」

 駆け出そうとしていた守形の動きが止まる。

「……でも、英くんにはもうしばらくこのままの体勢でいて欲しいわ。お姫様抱っこって女の子の憧れだから……」

 美香子は守形の胸に顔を埋めた。

「……私はお父さまをこの手に掛けた時から、こんな日が遠くない未来にやって来ることはわかっていた。ううん、待ち望んでいたの」

 美香子は独り言のように小さな声で呟く。

「美香子が五月田根家の当主を殺めたというのか?」

 それは守形も全く知らない情報だった。

「……そうよ。お父様は昨年のクリスマス決戦のあの日、私が殺したのよ」

「何故そんな真似を……?」

 守形の知る限り、五月田根家の親子仲は良かった筈だった。

「……理由は簡単よ。お父さまが私に結婚するように命じたから。知らない男の人との縁談を勝手に進めてしまったから」

 守形は美香子に対して何も言わない。言えない。

「……英くんは、桜井くん並に鈍い所があるからきちんと言っておくけど、私は英くん以外の人と結婚したくなかった。だからお父さまを、大好きだったお父さまを殺したの……」

 守形は自分の制服が涙で濡れていくのを感じていた。

「……私がアロハーズを組織したのはお父さまへの反発もあったの。恋愛は自由であるべきってね。でも、それを推し進めたら、桜井くんたちだけでなく、英くんの心も離れて行っちゃったけどね」

 私ってバカよねと言いながら美香子は笑い、そして泣いた。

「スマン。美香子」

「……何故英くんが謝るの?」

 美香子は首を傾げながら守形を見る。

「美香子の事情を察していれば、もっと良い道を模索できたかもしれないのに……俺は、傍観者を決め込んでしまった」

 守形の声は苦渋に満ちていた。しかしそんな守形に美香子は小さく笑い掛ける。

「……私は悪女だから英くんが何をしても圧政を敷いて同じ結果を招いたわよ」

「しかし、俺がもっと美香子のことを気に掛けていれば、お前に父親殺しなんてさせずに済んだ」

「……英くんに事情を話しても結婚話を進められたら私はお父さまを手に掛けていたと思うわ」

「何も殺さなくても、俺と美香子で駆け落ちするという選択肢だってあっただろうが!」

 守形が声を荒げた。とても珍しいその声には多くの悲しみが含まれていた。

「……無理よ。英くんは私よりも新大陸に夢中なのだから。シナプスがこの空美町の上空にある限り、英くんがこの町を出て行くことはないわ」

 美香子はゆっくりと首を横に振る。この結末に至ったのは必然だといわんばかりに。

「だったら、俺が守形の家に戻って、美香子との婚約を正式に進めることだって!」

「……意志の固い英くんが守形の家に戻ることはないし、私との婚約の為に家に戻らせて欲しいと頼んでも守形の家がそれを許さないわよ」

「しかし、その為に美香子が……」

「……私、自分が思っていた以上に英くんに愛されていたのね。それがわかっただけでも……ありがとう、英くん」

 美香子の感謝の言葉を聞きながら守形は震えていた。

「……最期に、英くんに1つだけお願いがあるの」

「何だ?」

 守形の声も震えていた。

「……空美町を……お願いね」

「ああ……」

 守形は美香子を強く抱きしめる。

「……最期のお願いなんだから、キスしてとか、もっと凄いことしてとか女の子らしいことを頼めば良かったわね。本当に私は、バカな悪女、よね……でも……愛してるわ……英くん……」

 守形が感じる美香子の重みが急激に増した。

「美香子ぉ~~っ!」

 その日、表情を変えないことで有名な男が声を上げて泣いた。

 

 

 

 空美町に春が訪れた。

 桜が咲き誇り、空美町の風景が最も映えるこの季節。

 イカロスたちは大桜の元へ花見に来ていた。

「会長~。こっちの方がお日様が当たって気持ちいいわよ~」

 智子が大きく両手を振りながら手招きする。

「ほらっ、そはら。智子が呼んでるわよ」

「あっ、会長って私のことか。その呼ばれ方、どうもまだしっくり来なくて」

「就任してもう1ヶ月以上経つのだから、そろそろしっかりしてよね」

 ニンフが軽く溜息を吐き、そんなニンフを見ながらそはらは手を合わせて許しを乞う。

「会計も副会長も早く来てよ~」

「……はい。マスター、今行きます」

「………………会計って私のことだっけ?」

「ニンフさんこそ、就任して1月以上経つのに自分の役職を覚えてないじゃない」

「やっぱり、役職は覚えにくいわよね」

 イカロスは弁当を持って足早に歩き出し、ニンフとそはらは軽口を叩きあいながらゆっくりと歩いていく。

「飼育委員会特別外部顧問も早く~」

「え~と、ここに残っているのは私だけだから……今行きます~」

 アストレアが駆け足で3人の少女を追う。

「天気が良くて、本当に良いお花見日和よね~」

 智子は眩しそうに桜と空を眺めている。

「……そうですね。マスター」

 イカロスはポットでお茶を注ぎながら智子に返事する。

「ここはね……智樹が私に、命をくれた場所なんだよ」

「……はい」

 2ヶ月前、今智子が座っているこの場所で智樹は命を落とした。しかし、それは智樹が智子に己の命と引き換えに生を託した場所でもあった。

「イカロスは私のことをどう思っている?」

 智子が顔を覗き込みながらイカロスに問う。

「……マスターは、私の敬愛するマスターです」

「それって私に恋しているってこと?」

「……いいえ、違います。私が、愛する方は、桜井智樹マスター、だけです」

 イカロスは晴れ晴れとした顔で智子を見た。

「ざ~んねん。イカロスに振られちゃった。だから早く新しい恋をみつけなくちゃ♪」

 少しも残念という表情を見せない智子。

 笑い声とともに和やかな雰囲気の花見。

 

「もうみんな揃っていたか」

 そんな宴席に現れた1人のメガネ男。

「きゃる~ん♪ 私の新しい恋発見。守形先~輩♪」

 智子が守形の元へと駆け寄っていく。

「守形が遅れるなんて珍しいけど、何かあったの?」

 ポテトチップスをかじりながらニンフが尋ねる。

「空美町の新ビジョンに関して調整で色々と揉めてな。話し合いの場を設けている内に遅れてしまった」

「大変ね、あんたも」

「美香子との約束だからな。別にどうということもない」

 守形は大空を眩しそうに見上げた。

「きゃる~ん♪ 守形先輩には私がいますから~いつだって何だって力になっちゃいますから~何でも言ってくださいね」

 智子がジャンプして守形の胸に飛び込む。守姿はそれを気にせずに空を見上げている。

「そうだな。お前は美香子が手を焼いた欲望策謀家桜井智樹の生まれ変わりみたいなもの。お前に手伝ってもらえば意外と作業も楽に進むかもしれない」

「ぶ~。前会長じゃなくて、私を中心に考えて欲しいのに」

 智子は頬をプクッと膨らませた。

 

「さて、花見ついでにここに来たもう一つの使命を果たすとするか」

「もう1つの使命?」

 守形はスーツの内ポケットから白い便箋を取り出した。

「この手紙は今年の2月14日、つまり智樹が死んだ日の早朝に俺が智樹から直接受け取ったものだ。春になったらイカロスたちに渡して欲しいと頼まれたものだ」

 守形の言葉に場にいた全員が静まり返る。

「早い話、智樹の遺書なわけだが、誰に渡せば良い?」

 互いに顔を見合わせるイカロスたち。

 そして、全員が一斉に頷いた。

「……その手紙、先輩が、もうしばらく、預かっていてくださいませんか?」

 代表してイカロスが喋る。

「それは構わないが何故だ?」

「みんな新しい生活に慣れるのに一生懸命だから、よ。智樹の追憶に浸って、優しさに涙するのはもっと先のことなのよ」

「私も智ちゃんがいない事実に泣いちゃう夜は多いんです。けど、今は空美学園の生徒会長として前会長に負けないように一生懸命やっています。だから、手紙を読むのはもっとのんびりできる時がいいかなって」

「私、手紙もらっても文字が読めませんから!」

 守形はイカロス、ニンフ、そはら、アストレアの顔を順に見て、最後に智子の顔を見た。

「女の子の気持ちに鈍感な、でもとっても優しくて格好良いハーレム王の手紙は今を真剣に一生懸命に前向きに生きている女の子たちにはまだ要らないってことですよ♪」

 智子は守形に笑ってみせた。

「智子たちは手紙の内容を知っているのか?」

 守形は首を捻る。

「……いえ、内容は、知りません」

「智樹のそんな手紙があったなんてこと自体今初めて知ったもの」

「ふっふっふ~。だけど、ですね」

「何となくわかっちゃうんですよ。智ちゃんなら何を書くのかなって」

「ハーレム王は死んだ後でも女の子の心を捕まえて離さないってね」

 5人の少女は顔を見合わせながら笑った。

「そうか。それではもうしばらく俺の方でこの手紙は預かっておこう」

 守形は手紙を懐へしまい直す。そして満開の桜を仰ぐ。

「……美香子、智樹。お前たちが望んだ自由、あいつらはあいつらなりに逞しく実践しているようだぞ」

 桜の花びらが2枚、守形の頭上へと舞い落ちていった。

 

 了

 

 

総文字数37,500字 原稿用紙表記126枚

 

 

 


 
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