No.294790

葉月と日本と知らない言葉

”にっ”より派生作品。
今回から聖帝(メインヒロイン)美波(サウザー)編となります。

8話見て、昔初めて海外留学した時のことを思い出しました。
日本でちょっと勉強して行っても、ネイティブの喋り方の速度とリズムの前だと本気で

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2011-09-07 00:06:20 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:4119   閲覧ユーザー数:2290

葉月と日本と知らない言葉

 

 あぅ。強化合宿が終わってから1週間が過ぎたのです。

 その間に文月学園は大きく変わってしまったのです。

「貴様ら全員聖帝(メインヒロイン)さまの為に死ぬまで働くのだぁっ! 」

「将来聖帝(メインヒロイン)さまが眠られる、聖帝腕十字陵はNC(ノーマルカップリング)の魂を持つ健全な文月学園生徒の手によってのみ作られねばならぬっ!」

 FFF団のお兄ちゃんたちが全身真っ黒い装束を着て、人よりも大きな石を運んでいる男子生徒たちに鞭を振り下ろしています。

 女子生徒たちも洗濯や食事の準備に駆り出されています。

 みんなみんな、働かされています。

 そう。文月学園は聖帝(メインヒロイン)、即ちお姉ちゃんに支配されてしまったのです。

 

 これまで文月学園を支配してきたのは拳王のお姉ちゃんの拳でした。

 暴力による恐怖が文月学園の治安の正体だったのです。恐怖統治だったのです。

 ですが、その拳王のお姉ちゃんが葉月との戦いで右腕を負傷、学校を長期に休むようになりました。

 その途端、拳王のお姉ちゃんの武力によって抑えられていた生徒たちは統制を失った獣と化したのです。

 廊下を走ったり、教室の扉に黒板消しを挟んだり、机の中に賞味期限切れのパンを蓄えたりとやりたい放題でした。

 でもその無秩序状態を瞬く間に収束させたのが、腕十字の旗印を掲げ、聖帝(メインヒロイン)を名乗るようになったお姉ちゃんだったのです。

 お姉ちゃんは文月学園の新しい支配者となりました。

 

「聖帝(メインヒロイン)と言えば、主人公と永遠に結ばれるのが王道。ウチはアキと結婚してゆくゆくは同じお墓に入るの。その為にはウチらが一緒に入れるお墓、聖帝腕十字陵が必要なのよっ!」

 

 お姉ちゃんは校庭の中央に自分とバカなお兄ちゃんが一緒に入れる大きなお墓、巨大なピラミッドの建設を始めました。

 文月学園の生徒たちは始業前、そして放課後にピラミッド建設の為に働かされているのです。

 そしてお姉ちゃんはピラミッドの建設に当たって生徒の識別と排除を大々的に行ったのです。

 

「文月学園は穢れた同性愛が溢れ過ぎているわっ! ウチとアキのお墓を作る人間は、NC(ノーマルカップリング)を信奉する清く正しい恋愛観を持つ人間だけに限るのよ。薔薇や百合を推奨する者はこの学園に要らないのよっ!」

 

 お姉ちゃんはバカなお兄ちゃんとの男女交際の意義を強調するべく、他の恋愛観を持つ人を学校から追放したのです。授業時間以外。

 こうして文月学園は完全にお姉ちゃんの手に完全に落ちたのです。

 

「ウチはアキとキスだって済ませた。もう、ウチ以外に“にっ”のヒロインを張れる女はいない。だからウチはこのまま最終回までアキとラブラブで行くのよっ!」

 

 お姉ちゃんの語りは自分に言い聞かせているようでもありました。

 それはお姉ちゃんが驚き役を捨てて聖帝(メインヒロイン)の座に必死に固執しようとしている意地のようにも見えます。

 そして、ヒロインは自分だと言い聞かせていないと足元から崩れ落ちてしまいそうな脆さを同時に感じさせるのです。

 お姉ちゃんの強気な言動とは別に葉月はお姉ちゃんから弱さと脆さを感じるのです。

 そして、お姉ちゃんもその脆さを自覚しているからこそ、人前で尚更横柄な態度を取っているんじゃないか。

 そんなことを考えてしまうのです。

 そして葉月はお姉ちゃんに対してどういう態度を取れば良いのかわからないのです。

 お姉ちゃんの好きにもさせてあげたいです。

 でも、お姉ちゃんの横暴をこのまま見過ごすこともできないのです。

 葉月はお姉ちゃんに大きな借りと恩があります。

 だから、お姉ちゃんに対してどう対処すれば良いのかよくわからないのです。

 

 

「あまり調子に乗らないことね、島田さん。ううん、聖帝(メインヒロイン)美波さん(サウザー)ッ!」

 いつの間にか借りっ放しにされている葉月の黒王号に跨った拳王のお姉ちゃんが、建設途中の聖帝腕十字陵を険しい瞳で睨んでいます。

 右腕のギブスが痛々しいのです。

 でも、その瞳に宿る闘志は葉月の召喚獣と戦った時のように激しく燃え上がっています。

 拳王のお姉ちゃんは腕の傷が癒え次第、お姉ちゃんと雌雄を決するつもりに違いないのです。

「姉上、何故ワシまで姉上に付き合って学校を休まねばならんのじゃ?」

「アタシが休んでいるのにアンタだけ学校に行くのは我慢ならないのよ。それにアンタの存在自体がNCを冒涜してるみたいなもんだから、学校になんか行ったら美波さんに間違いなく殺されるわよ」

「世知辛い時代になったのぉ。ワシは明久や雄二の尻を眺めておればそれだけで幸せじゃったのじゃが」

「アンタが学校に行ったら絶対に美波さん(サウザー)に殺されるわよ」

 拳王のお姉ちゃん、淫キュベーダーのお姉ちゃんが動き出す前に葉月としてはお姉ちゃんの暴走を何とか止めたいのです。

 でも、葉月にはどうしたら良いのかわかりません。

 葉月のせいでずっと長い間辛い思いをしてきたお姉ちゃんに、どう対処したら良いのかわからないのです……。

 

 

 

 葉月はドイツで生まれました。

 日本に来たのは去年の春が初めてのことでした。

 だからそれまで葉月の知る日本はお父さん、お母さんから聞いた話。それから自分で調べた情報が全部でした。葉月は日本を知識でしか知らなかったのです。

 葉月がドイツで生まれたのは、葉月のお父さんとお母さんが“ねるふ”という研究機関のドイツ支部でお仕事をしていたからです。

 葉月もお父さんやお母さんに連れられてよく“ねるふ”に遊びに行きました。

 遊びに行っている内に葉月には“汎用人型決戦兵器”に乗る素質があると、キースという偉いおじちゃんに言われ、パイロット候補生になりました。

 それから葉月には“汎用人型決戦兵器”のパイロットになるべく“えーさい教育”が施されましたのです。

 同じパイロット候補のアスカちゃんと一緒にいっぱいいっぱいお勉強をしたのです。

 それで葉月は9歳で博士号をもらったのです。

 それからお勉強だけでなく、運動もたくさんしましたのです。

 その中で格闘技を教えてくれたのがお姉ちゃんでした。

 お姉ちゃんは島田の拳1800年の歴史の中でも1、2を争う使い手と言われ、5歳にしてその実力はお父さんを遥かに凌いでいました。

 お父さんには武の才能がまるでなく代わりに学問の道に走ったのとは対照的でした。

 だから葉月はお姉ちゃんに武を習ったのです。

 葉月にとってお姉ちゃんはお姉ちゃんであると同時に先生でもあったのです。

 そして、仕事で忙しくなかなか会えないお父さんやお母さんに代わるもう1人のお父さんでありお母さんでもあったのです。

 

 そんな葉月の生活が大きく変わることになったのは去年の1月のことだったのです。

 葉月のお父さんとお母さんが勤めていた“ねるふ”が閉鎖されることになったのでした。

 “セカンド・インパクト”が起きていない世界で“汎用人型決戦兵器”だけ作ろうとしたのが破産の原因らしいのですが、葉月には大人の政治や難しい話はよくわかりません。

「キースが牧場経営始めて、共同経営者になろうと持ち掛けて来た時から話がおかしいと思ったんだよ!」

 お父さんは“ねるふ”の閉鎖についてそう語りました。

 でも、とにかくお父さんたちの勤め先は閉鎖されることになったのです。

 そしてお父さんとお母さんは日本の“とある学園都市”の研究所に再就職することが決まったのです。

 それで島田家は10数年間住み慣れたドイツを離れ、日本に一家で移ることになったのです。

 だけどそこで大きな問題が生じたのです。

 

「ウチも……日本に行かないとダメ、なのかな?」

 

 お姉ちゃんは日本に行くことに消極的でした。

 お姉ちゃんは葉月と違い生まれたのは日本でした。でも、生まれてすぐにドイツに来ました。

 そしてドイツでずっと過ごして来ました。

 だからお姉ちゃんは今後もずっとドイツで暮らしていくのだと考えていたのです。

 お姉ちゃんにとって日本は生まれ故郷でしたが実感の沸かない外国でもあったのです。

 一方で葉月はまだ9歳だったのでお父さんとお母さんと一緒に引っ越すのは当たり前だと思っていました。

 でも、15歳になっていたお姉ちゃんにとってはドイツを離れることが遥かに重い問題となっていたのです。

 

 お父さんとお母さんはお姉ちゃんの言葉を聞いて凄く悩みました。

 お父さんはお姉ちゃんが1人でもドイツに残ることが出来るように色々と準備を始めました。

 でもそれは家族が離れ離れになる為の準備だったのです。

 葉月はそれが嫌でした。

 お姉ちゃんと離れ離れになるのが嫌でした。

 だから葉月はお姉ちゃんに言ったのです。

 

「お姉ちゃん……一緒に行かないの…………?」

 

 その言葉はお姉ちゃんの都合ではなく葉月の願いを口にしたものでした。

 言い換えれば、一緒にいたいという葉月の我がままをお姉ちゃんに押し付けたのです。

 そして、葉月の我がままに対してお姉ちゃんは──

 

「行くよ。私も葉月と一緒に行くよ」

 

 ドイツに残りたいという気持ちを押し込めて、笑って日本行きに賛成したのです。

 その笑顔が葉月を安心させる為のもので本物でないことは葉月にもわかっていました。

 でも、葉月はお姉ちゃんと一緒にいたかったのでその笑顔の裏側に気付かないフリをしました。

 それは葉月の大きな罪となりました。

 お姉ちゃんに長い間大きな不幸と寂しさと苦痛を呼び込むことになる葉月の大きな罪となったのです。

 葉月は自分の幸せの為にお姉ちゃんを不幸に追いやったのです。

 だから葉月はお姉ちゃんに大きな大きな借りと恩があるのです。

 

 

 

「島田葉月なのです。みなさん、よろしくお願いしますなのです」

 葉月が頭を下げると教室からはワァ~っという大きな声が上がりました。

 それに続いて大きな大きな拍手が起こったのです。

「葉月ちゃん、ドイツから戻ってきたばかりなんでしょ? 日本語上手だね~」

「ドイツでいっぱいいっぱい勉強したのです♪」

 葉月がニッコリ笑うとクラスのみんなもニッコリ笑ってくれたのです。

 

 葉月は日本の小学校という教育機関に入学しました。

 葉月はドイツで博士号を取っていたので、学校には行かなくても良いという偉い人の話でした。

 そして葉月にも研究所でお手伝いをして欲しいということでした。

 でも、お父さんとお母さんは日本の社会に慣れること、友達をたくさん作ることが重要だと言って葉月に小学校に行くように勧めたのです。

 だから葉月はお父さんたちの言葉を聞いて小学校に行くことを選びました。

 葉月は”ねるふ”の”えーさい教育”で外国語をたくさん習っていました。

 その中には日本語もありました。

 だから葉月は日本語の読み書きが日本に来る前から出来ていたのです。

 それで葉月は小学校にスムーズに入っていくことが出来ました。

 友達も初日からたくさんできました。

 葉月の日本体験はとても楽しいスタートを切ったのです。

 でも、それはあくまでも葉月の場合だったのです。

 

 

「初日から友達もたくさんできたよ」

 明るく笑いながら学校初日の感想を話すお姉ちゃん。

 その顔はとても楽しそうに見えました。

 だから葉月は逆に気付いてしまったのです。

 お姉ちゃんの笑顔が偽物だということに。

 お姉ちゃんの学校初日は少しも楽しいものではなかったということに。

 

 お姉ちゃんはほとんど日本語が話せませんでした。

ドイツの学校に通い、ドイツ人のお友達に囲まれていたお姉ちゃんにとって日本語での会話は疲れるものだったのです。

 お姉ちゃんの年齢が上がるにつれて家での日本語での会話の量は減っていきました。

 お父さんもお母さんもお姉ちゃんや葉月にとってネイティブな言語に当たるドイツ語で話したのです。

 それはお父さんたちの葉月たちへの優しさでした。

 でもその優しさが急に日本に行くことになった時に仇となったのです。

 出発直前になってお姉ちゃんは日本語の猛勉強を始めました。

 でも、日本に到着した時のお姉ちゃんの日本語能力はお世辞にも上手とは言えませんでした。

 片言の挨拶言葉を話すのがやっとでした。

 ごく簡単な会話で単語を幾つか聞き取るのがやっとでした。

 平仮名を読むのがやっとでした。

 自分の名前を漢字で書く為に一生懸命練習を繰り返していました。

 そんな状態のお姉ちゃんがインターナショナルスクールでもない日本の学校にいきなり入るのはとても大変なことなのでした。

 

「今日も学校、とっても楽しかったわよ」

 お姉ちゃんは登校2日目も、3日目も、それ以降もずっと同じ笑顔を見せていました。

 その作られた笑顔を見る度に葉月は辛くなりました。

 そして、葉月の我がままの為にお姉ちゃんを日本に連れてきてしまったことを後悔したのでした。

 

「葉月はどうしたらお姉ちゃんを元気づけられますか?」

 ぬいぐるみに問い掛けてみます。

 でも、答えは返ってきません。

 葉月は答えを出さなきゃいけないのに答えが出せないのです。

 ドイツで取った博士号もこの問題を解くヒントを与えてはくれませんでした。

 葉月はお姉ちゃんに何もしてあげられないまま時間だけが過ぎていきました。

 

「私はちゃんとやってるし、友達もたくさんいるんだから葉月は何も心配要らないわよ」

 学校が始まってから1ヶ月が過ぎました。

 お姉ちゃんは相変わらず同じ作り笑顔を浮かべていました。

 だから葉月はとても辛くなってお姉ちゃんに尋ねたのです。

 学校生活が上手く言ってないんじゃないかって。

 そうしたらお姉ちゃんは同じ笑顔を浮かべながら葉月の心配を否定しました。

 お姉ちゃんのその表情を見て葉月はもっと悲しくなったのです。

 そして、同時に頭がカァ~っとなったのです。

「だったら、教えて欲しいのです。お姉ちゃんのお友達の名前をっ!」

 気が付けばお姉ちゃんを鋭い瞳で睨んでいました。

 それはとても理不尽な怒りだと自分でも気付いていました。

 でも、葉月は止まれませんでした。

「えっと、名前、ね……」

「そうなのです。お姉ちゃんのお友達の名前を葉月に教えて欲しいのです!」

 お姉ちゃんは片目を瞑ってちょっとだけ辛そうな表情を見せました。

「えっと、ほらっ、あの、日本人の名前って耳慣れないから覚えにくいじゃない。だから……」

 お姉ちゃんの口からお友達の名前が出ることはありませんでした。

「でもほらっ、名前なんか覚えてなくても友達は友達だから。葉月は何の心配も要らないわよ。ねっ」

 そしてお姉ちゃんはまた同じ笑顔を浮かべたのでした。

「お姉ちゃん……」

 葉月はそれ以上何も言えませんでした。

 葉月はお姉ちゃんのその笑顔を見るのがとても辛くなりました。

 葉月の想いがお姉ちゃんに届いていないことを思い知らされるその笑顔が嫌いになりました。

 

 

 

「あぅっ。葉月にはどうすればお姉ちゃんを元気づけられるのかわからないのです」

 翌日、葉月は学校でお友達のシンジくんとレイちゃんに相談してみました。

 葉月一人では答えが出せそうにありませんでした。

「笑えば良いと思うよ」

 シンジくんは答えました。

「あぅ。その笑っているのが問題なのです」

 今重要なのはお姉ちゃんの作り笑いを止めさせることなのです。

 葉月が笑っていたらお姉ちゃんはますます作り笑いを続けてしまうのです。

「バアさんは用済み」

「あぅっ。お姉ちゃんはおばあさんじゃないのです」

「貴方は死なないわ。だって私が守るから」

「別に葉月は命を狙われてはいないのですよ?」

 レイちゃんはちょっと不思議な女の子なのです。

 とても良い子なのですが、会話のキャッチボールがとても難しいのです。

「あぅ。葉月はお姉ちゃんを元気づける方法を訊いているのですよ」

「お姉さんと一緒にスイカに水を撒くのはどうかな? どんな非常時でも一緒に水を撒き続ければ、自然と強い絆が生まれるんじゃないかな?」

「あぅぅ。葉月のお家にはスイカの苗がないのですよ」

 でも、お姉ちゃんと一緒に何かするというのは良いアイディアだと思いました。

 最近お姉ちゃんは部屋に閉じ篭ってばかりで葉月ともあまり顔を合わせません。

 お姉ちゃんの孤独はそれで強まっている気もするのです。

「レイちゃんは何か良いアイディアはないですか?」

「……ごめんなさい。知らないの。きっと私は3人目だから」

「あぅ。今日もレイちゃんは絶好調なのです」

 レイちゃんのこういうマイペースな所、葉月は大好きなのです。

「大丈夫。貴方ならきっとお姉さんの心の壁、A.T.フィールドをきっと溶かせられるから」

「心の壁を、ですか?」

 そしてレイちゃんは時々とても難しいことを言います。

「人は孤独。でも、独りでは生きていけない。だから、お姉さんには貴方が必要」

「あぅ。お姉ちゃんには葉月が必要だってことはわかったのです」

「そう。なら良かった」

 お友達に相談した結果、葉月はお姉ちゃんと一緒に何かをすることが必要だと悟ったのです。

 そして、お姉ちゃんには葉月が必要だってことを。

 でも、具体的に何をどうすれば良いのかはまだわかりませんでした。

 

 

 放課後、葉月は一人家の近くの公園でブランコを漕いでいました。

 このブランコ、今は葉月が漕いでいますが普段はお姉ちゃんが漕いでいるものでした。

 お姉ちゃんは毎日の様に暗い表情でこのブランコを長い時間漕いでいます。

 そして家に戻るとケロッと明るい表情を葉月に向けるのです。

 だからこれはお姉ちゃんの悲しみをたくさん吸っている特別なブランコなのです。

 葉月の代わりにお姉ちゃんの悲しみを受け入れている特別なブランコなのです。

「葉月がお姉ちゃんの為にしてあげられることは何なのでしょうか?」

 葉月はお姉ちゃんの為に何がしてあげられるのかわかりませんでした。

 ドイツにいた時のお姉ちゃんは明るくて格好良くて自信に溢れていて、何でもできるお姉ちゃんでした。

 葉月の自慢のお姉ちゃんで、葉月はいつもお姉ちゃんに守られて、お姉ちゃんにたくさんのことを教わって来ました。

 そんな凄いお姉ちゃんに葉月が何をしてあげられるのか。

 葉月にはわからなかったのです。

 

「…………ブランコ漕いでいる幼女発見」

 その時でした。

 葉月の目の前に突然カメラを構えた文月学園の制服を着たお兄ちゃんが現れたのです。

「あぅ。こんにちはなのです」

 葉月はその小柄なお兄ちゃんに見覚えがありませんでしたが、ご挨拶しました。

 挨拶をしっかりしておかないとお姉ちゃんに怒られてしまうからです。

「…………こんにちは」

 お兄ちゃんは葉月に軽く頭を下げるとカメラを向けて来たのです。

「…………ブランコ漕いでいる幼女を激写」

 そしてお兄ちゃんは葉月の写真を撮り始めたのです。

「あぅ。何で葉月の写真を撮るのですか?」

 その不思議な行為に葉月はちょっと怖くなりました。

「…………ハァハァ。ツインテール幼女は需要が多い」

 お兄ちゃんは葉月の話を聞いてくれません。

 熱心に写真を撮り続けるお兄ちゃんがどんどん怖く思えてきました。

「あぅ。写真を撮るのをやめて欲しいのです。何だか怖いのです」

「…………幼女幼女幼女。俺のストライクゾーンは小学生から」

 葉月にはお兄ちゃんの言葉の意味はよくわかりませんでした。

 でも、とても怖くて、身の危険を感じました。

「あぅ。お願いだから写真を撮るのをやめて欲しいのですぅ」

 葉月はこの得体の知れないお兄ちゃんへの恐怖心が限界に達しようとしていました。

「…………もう少しでブランコを漕いでいる幼女のスカートの中身が見えっ!」

 葉月が怖さで泣き出してしまいそうなその時でした。

 

「無断撮影はご法度ですわよ、豚野郎っ! 食らいなさい縦ロール白鷺拳っ!」

 突如文月学園の制服を着た知らないお姉ちゃんが空中を跳躍しながら葉月の前に降り立ったのです。

そして髪の両脇に結われた縦ロールを使ってお兄ちゃんのカメラを真っ二つに引き裂いたのです。

「…………な、何をするっ?」

「黙りなさいっ! その写真を下劣な豚野郎どもの下種な欲望を満たす道具なんかには使わせませんわ!」

 縦ロールのお姉ちゃんは葉月を背に庇うように立ってお兄ちゃんを睨みつけます。

「…………ムッツリ商会は狙った獲物は逃さない。この幼女は必ず撮るっ!」

 お兄ちゃんは背中からカメラを引き抜いて再び葉月に構えたのです。

「やはり男はみんなお父さんのように口で言ってもわからない豚野郎ばかりなのですね。二度と撮影などできないように成敗してくれますわっ!」

 縦ロールのお姉ちゃんはスカートが翻るのも気にせずにお兄ちゃんに向かって突撃していきました。

「…………はっ! もう少しで女子高生のスカートの中身が見れ!」

「縦ロール白鷺拳っ!」

「…………グハァッ!?」

 お姉ちゃんのスカートを目で追い続けたお兄ちゃんは縦ロールの一撃を受けて、大空へと吹き飛びお星様になったのです。

「危ない所でしたわね、お嬢ちゃん」

 縦ロールのお姉ちゃんは葉月に向かってニッコリと微笑み掛けたのでした。

 

 

「ありがとうなのです。縦ロールのお姉ちゃん」

 葉月は縦ロールのお姉ちゃんの所まで走っていってお礼を言いました。

「お嬢ちゃんが無事で何よりです。まったく、こんな小さい子まで欲望の対象にするなんて豚野郎どもは本当に油断も隙もありません」

 縦ロールのお姉ちゃんは葉月を見ながら軽く息を吐き出しました。

「それからお嬢ちゃんもあんな変態の言いなりになってはいけませんわ。もう少しであなたの社会的生命が死んでしまう所でしたわよ」

「あぅ。葉月、もう少しで死んでしまう所だったのですか?」

「ええ。あんな下種どもの欲望のはけ口とされたらもう社会的に生きてはいられませんわ」

 知らなかったのです。

 葉月がそんな怖い境遇にいたなんて。

「あぅ。縦ロールのお姉ちゃんは葉月の命の恩人なのです。本当にありがとうなのです」

 葉月は命の恩人のお姉ちゃんにもう一度深々と頭を下げたのです。

「少女、特に胸がペッタンコな子を守るのは人として当然のことです」

 縦ロールのお姉ちゃんは微笑みながら首を横に振りました。

 

「それにしてもあなた……葉月ちゃんはこんな遅くまで一人で公園にいるのは感心しませんわね。またあんな変態に出くわさないとも限りません」

「あぅ。葉月、ずっと悩んでいることがあるのです。それで、ちょっとだけお家に帰りたくなかったのです」

「悩み、ですか?」

 縦ロールのお姉ちゃんは葉月の顔をジッと覗き込んで来ました。

「実は、なのです……」

 葉月を心配する真剣な瞳。葉月は思い切って縦ロールのお姉ちゃんに全てを話してみることにしました。

 

「なるほど。そういう事情がありましたのね」

 話を聞き終わった縦ロールのお姉ちゃんは瞬きを数回繰り返しました。

「あぅ。だから葉月はお姉ちゃんを元気付けたいのですけれど、何をすれば良いのかわからないのですぅ」

 話せば話すほど葉月は何をしたら良いのかわからなくなるのです。

 そんな葉月の肩にお姉ちゃんは手を乗せました。

「葉月ちゃんの髪型は立派なツインテールですわね?」

「あぅ。この髪型は前にお姉ちゃんに結ってもらって、それからずっとこのままなのです」

 ツインテールはお姉ちゃんに結ってもらった葉月のお気に入りの髪型なのです。

「そう。じゃあ、葉月ちゃんはツインテール少女にとって最も大切なことは何だと思いますか?」

「ツインテールの女の子に最も大切なこと、ですか?」

 葉月は頭をいっぱいに捻って考えてみました。

「わからないのです」

 でも、答えは出ませんでした。

「ツインテールの少女に最も大切なこと、それは誰かを愛することですわ」

 お姉ちゃんは胸の前で腕を組みます。その頬は僅かに赤く染まっています。

「愛、なのですか?」

「そうです。ツンデレでも好き好きオーラ全開でも構いません。愛する人がいてこそツインテール少女はキャラとして輝くのです。愛がなければ本物のツインテール少女とは言えません。愛はツインテールの宿命なのです」

 お姉ちゃんは夕焼け空を見上げながらウットリとしています。

「宿命、なのですか?」

「そうです。キャラはみな髪型によって異なる星の宿命を背負っているのです。ポニーテールは活発な印。元気っ娘の宿命を背負っています。ボブカットは中性的、ボクっ娘の宿命です。黒髪ロングストレートはお嬢様の宿命を背負っているのです」

 ということは、ポニーテールのお姉ちゃんは元気っ娘の宿命を背負っているのですか?

 言われてみると、ドイツにいた時のお姉ちゃんは元気一杯で、精力的でいつもエネルギーに満ち溢れていました。今とは正反対だったのです。

「それじゃあ葉月の星の宿命は愛なのですか?」

「そうです。こんなに立派なツインテールは昨今見たことがありません。葉月ちゃんはきっと愛を体現したステキな少女になれます」

「でも、葉月は子供だから愛って何だかよくわからないのです」

 お姉ちゃんは葉月の頭を優しく撫でました。

「大切な人を深く想い、その人にとって何が必要なのか、何を求めているのか考え、それを実行する。それが愛というものだと思いますわ」

「深く想い、何を求めているか考えて実行する。それが愛……なのですね」

 今度は葉月の中に愛という言葉がストンと入り込んで来ました。

「葉月ちゃんのお姉さんは日本語がまだよくわからなくて苦しんでいるのでしょう? だったら、何をしてあげられるのか答えは出るんじゃありませんの?」

「でも、お姉ちゃんはいつだって葉月の先生なのです。そのお姉ちゃんに葉月が日本語を教えるのは……」

 縦ロールのお姉ちゃんは人差し指で葉月の口を優しく塞ぎました。

「教えるのではなく、共に学べば良いのですわ」

 縦ロールのお姉ちゃんはニッコリと笑ったのです。

 その笑顔で葉月は答えを得たのでした。

 

 

「お姉ちゃ~ん。一緒にテレビを見ましょうなのです♪」

 家に帰って葉月は早速部屋に篭っていたお姉ちゃんに話し掛けました。

「テレビ見ても言葉が聞き取れなくて内容がよくわからないから……って、日本語?」

「葉月、お姉ちゃんと一緒に見たいアニメがあるのです♪」

 葉月はお姉ちゃんの手を引っ張ってリビングへと連れて来ます。

「葉月、大好きなアニメの話をお姉ちゃんといっぱいいっぱいしたいのです♪」

「でも私、日本語がわからないから……葉月と日本語で話すのだって、その……」

「お姉ちゃんは好きな言葉で話してくれれば良いのですよ♪」

 お姉ちゃんに微笑んでみせます。

 

『……俺の、母ちゃんです』

『きゃる~ん♪ 智代で~す♪』

『智子だ』

『でっかい智子だ』

 

 お姉ちゃんの膝の上に乗りながら2人でテレビを見ます。

 お姉ちゃんの膝の上、本当に久しぶりのことでした。

「あぅ。葉月はツインテールのニンフちゃんがお気に入りなのです。ツンデレ愛に溢れてて可愛いのです♪」

「……私は……ポニーテールのそはら、かな? 何を喋ってるのか…ほとんどわからないけれど」

 お姉ちゃんは日本語でそう喋ったのです。

 たどたどしかったけど、それは確かに日本語だったのです。

「お姉ちゃんっ!」

 振り向いてお姉ちゃんの顔を見ます。

「妹が…こんなにも日本語上手なのに、お姉ちゃんの私が…負けてられないわよ」

 お姉ちゃんはニッコリと笑ってくれました。

 それは日本に来てからずっと見せていた作り笑いと違い、とても心の底から楽しそうなものでした。

「これからは…部屋にずっと…一人でいないで…日本語をもっと…たくさん覚えて…使うわ。葉月とも…日本語で…自由に話せるように」

「葉月ももっともっとお姉ちゃんと日本語でお話してみたいのですっ♪」

 それは葉月たち姉妹が久しぶりに心の底から笑い合った瞬間となったのでした。

 

 それから葉月はお姉ちゃんとできるだけ日本語で会話するようになりました。

 お姉ちゃんも積極的に日本語を使うようになりました。

 それから何日か経って、お姉ちゃんは自分のことを“ウチ”と呼ぶようになりました。

 そしてお姉ちゃんは学校のお友達の話を初めて話してくれるようになったのです。

 

 

 

「お姉ちゃんは何を望んでいるのですか? どうすれば葉月の愛がお姉ちゃんに伝わるのですか?」

 校門の外から大きな聖帝腕十字陵を眺めながら溜め息を吐きます。

 お姉ちゃんは一体何を望んでいるのか、どうしてあげるのがお姉ちゃんの為なのか、どうすれば葉月の愛をお姉ちゃんに伝えられるのか?

 葉月にはわからないことだらけなのです。

「葉月は、どうしたら良いのですか?」

 何をどうしたら良いのかわからない。

 1年前と変わらない状況。

 葉月はちっとも変われていないのです。

 大人になれていないのです。

 

「島田葉月ちゃん、ですね?」

 

 急に背後から女の子の声が聞こえて来ました。

 振り返るとそこにはフードを被り顔を隠した女の子。更にその後ろに大勢の文月学園の制服を着たお姉ちゃんたちが立っていました。

「あぅっ? お姉ちゃんたちは一体誰なのですか?」

 縦ロールがフードからはみ出しているお姉ちゃんの正体に葉月は全く心当たりがありません。

 一体、このお姉ちゃんは誰なのですか?

 

「あなたの実力を、確かめさせてもらいますわ」

 

 そしてフードのお姉ちゃんは葉月に向かって襲い掛かって来たのです!

 

 聖帝(メインヒロイン)の野望に燃えるお姉ちゃん。

 葉月に突如襲い掛かって来たフードのお姉ちゃん。

 葉月の前には問題が山積みだったのです!

 

 続く

 


 
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