No.344284

俺妹 来栖加奈子の日常

俺妹はpixivより全部転載ですね
加奈子さん 

僕は友達が少ない
http://www.tinami.com/view/336533  肉はロリ分が少ない 起

続きを表示

2011-12-07 00:21:44 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:19391   閲覧ユーザー数:7022

来栖加奈子の日常

 

 

 何かがおかしい。

 何がおかしいのかよくわからねえけれど、とにかく何かがおかしい。

 アタシは前にこれと同じ世界を経験した。

 経験って何だ?

 アタシは何を言ってやがるんだ?

 けど、その世界でアタシは理不尽にして救いようのない最期を遂げた。

 だから一体、アタシは何を言ってるんだ?

 ワケわかんねえよ。

 でも、あの時のアタシには選択肢なんか存在してなかったはず。

 じゃあ、未来は変えられねえってのか?

 アタシはまた悲惨なエンディングを迎えるしかねえのか?

 いや、そんなことはねえはずだ。

 アタシがハッピーエンドを迎えられる道が必ずどこかにあるはず。

 アタシはそれに辿り着いてみせる。

 って、さっきからアタシは何を意味不明なことを考えてるんだ。

 桐乃の二次元電波が移っちまったのか?

 この来栖加奈子さまともあろう者がやきが回ったもんだ。

 

 

 

 アタシ、来栖加奈子は今日もまた社会的生命と生物学的生命の危機を同時に迎えていた。

「ねぇねぇ? ハァハァ。昨日の秋葉でのメルルイベントで言っていたことだけど、ハァハァ、来栖加奈子というのは仮の名で、その正体は三次元リアルメルルだって本当?」

 その昔外面完璧優等生で通っていた元友人、現性犯罪者の高坂桐乃は教室の中でアタシに息を荒げながら迫って来ていた。

「桐乃、おめぇ、頭大丈夫か? あんなリップサービス信じるなんて二次元と三次元がごっちゃになってんじゃねえのか?」

 アタシは既に教室後方の壁際に追い詰められている。この野獣からの退路はない。

「アタシは黒いのとは違うから現実と妄想をごっちゃにしたりしないわ!」

 桐乃が凛々しい表情に戻ってアタシの言葉を否定する。

 この野獣にもまだ少しは理性とプライドが残っていたみたいだ。

 けど、黒いのって誰のことだよ?

「アタシが望むもの。それが現実なのっ! 故にアタシがあんたを三次元メルルとみなしたんだから、加奈子はこれから一生をメルルとして過ごしなさいっ! 嫌なら死よ!」

「最悪だ。この二次元廃人がぁっ!」

 ……信じられないかもしれねえけど、こんな奴がつい最近までうちの学校始まって以来の最優秀の生徒って称えられてたんだぜ。

 我が校の誇りだって校長が全校集会の時に褒め称えたんだぜ。

「ハァハァ。三次元メルルちゃ~ん。まだ来栖加奈子の記憶がバグとして残っているみたいね~。だからこのアタシが鈍器で叩いてバグを綺麗に消し去ってあげるからねぇ~♪」

 桐乃が花瓶を掲げながらアタシに迫って来る。

 その瞳は純粋に狂気に澄んでいる。要するにヤンデレの目だ。

 まじやべえって、この重度の廃人オタクっ!

 

「待って、桐乃っ!」

 桐乃がアタシの頭に花瓶を振り下ろそうとした瞬間だった。

 横から助けの声が入ってきた。

 やっぱりアタシは普段の行いが良いのでピンチの時には誰かが助けに来てくれる。

「邪魔しないでよ、あやせ。アタシは加奈子の記憶を完全にデリートして、メルルちゃんの意識を覚醒させるのに忙しいの!」

 裁判での精神鑑定に余裕で引っ掛かりそうなヤバげなことを平然とほざく桐乃。

 それに対して新垣あやせは──

「独り占めは良くないよ、桐乃。わたしも加奈子を滅茶苦茶に殺……壊すから半分こしましょう♪」

 もう1人死神が増えただけだった。

「ちょっと待て、あやせっ!? おめぇはアタシを助けに来たんじゃねえのかよ?」

「ううん。違うよ」

 ごく真顔でアタシの救助を否定するあやせ。

「おめえとアタシは親友じゃなかったのかよ!?」

「加奈子と組んだ覚えはないわよ♪」

 あやせはニッコリと笑った。

 流石は人気ナンバーワンと言われる読者モデルだけのことはある洗練された笑み。

 うん。ビジネススマイルだよな、これ。

 だって普通だったらぜってえ笑う場面じゃねえもん、ここ……。

「畜生っ! 二次元と三次元の区別が付かない桐乃はともかく、何であやせまでアタシを狙うんだっ!?」

「クススス。わたしが何で加奈子を狙うかだっけ? 面白いことを聞くのね。クススス」

 あやせは再び笑った。

 けれどそれは先ほどと違ったトロンとした瞳で如何にも楽しそうな心の底からの笑い。

 あやせの真骨頂ヤンデレスマイル。

 桐乃よりも更にヤバい笑み。

 けど、何でここでアタシに向かってそれを発する?

 心当たりがねえぞ!

「心当たりがないみたいな表情して。加奈子ってば、本当に人が悪いんだから♪」

 あやせの笑みが止まらない。止まらないほどにアタシは死を意識せざるを得ねえ。

 まじ怖いっての。

「加奈子、昨日のメルルイベント。お兄さんをマネージャーとして勝手に使ったよね?」

「うっ。いや、それは……まあ、他に急に来てくれる知り合いもいなかったし……いや、そもそも頼んだのはブリ公だし」

 しまったぁ! その件かぁ!

 あやせは桐乃の兄貴に執着している。

 というか、粘着型で性質の悪いヤンデレストーカーと化している。

「お兄さんは受験勉強で忙しいの。ハァハァ。だからわたしへの断りもなくお兄さんを勝手に使うことは許されないの。ハァハァ」

「何で桐乃の兄貴のことであやせに許可取らねえとなんねんだよ?」

 あやせに必死に反撃を試みる。攻めきらねえとその瞬間に殺される。

「そうよ。アイツはアタシのなんだから加奈子もあやせも勝手にして良い筈がないのよ!」

 桐乃がアタシとあやせを交互に睨みつける。

 桐乃が近親相姦の過ちを犯しそうなぐらいの重度のブラコンでもあったことを思い出す。

 こいつら2人、ほんと、マジうぜぇ。

「ち、違うのよ、桐乃。お兄さんはほら、公衆の面前で妹のことを愛してるって大声で叫ぶような変態だからむやみに近づいちゃいけないって思って……」

「だからって、あやせが許可出すことじゃないわよね? 妹のこのアタシを差し置いて。他人の癖に。京介と何の関係もない他人の癖に。超他人の癖に」

「…………チッ。将来の義妹だと思って優しくしていれば図に乗って」

 静かに、だけど激しい火花を散らす2人。

 桐乃とあやせって確か親友同士だったような?

 いつからこうなったんだ?

 アタシの平和で華麗だった世界はいつ終わりを遂げたんだ?

 どこに世界の分岐があったんだよ?

 

 

 

「とにかくわたしは、変態お兄さん菌に感染した疑いがある加奈子を滅菌したいの。汚物は消毒したいの。つべこべ言わずに死んで頂戴♪」

「アタシは加奈子を殴り倒して持っている記憶を全部消し去りたいの。メルルちゃん覚醒の為に♪」

 そして2人は一斉に向き直ってアタシに狂気に澄み切ったヤンデレの瞳を向ける。

 チッ、こいつら。

 読者モデルじゃなくてホラー映画にお化け役として出てろってんだ。

 アタシは考える。

 どうすればこの状況から生き延びることができるかを。

 和平交渉?

 無駄だ。

 コイツらは笑って使者を斬首に処する。そういう奴らだ。

 武力抗争?

 無駄だ。

 武力で勝てるなら最初から悩んだりしない。

 大体こんな生粋のプレデターどもを相手にしていたら人類はすぐに滅亡しちまう。

 なら選択肢は一つしかねえ。

 即ち逃亡だ。

 

 けど、問題なのはどこにどう逃げるかという話だ。

 一番隙だらけなのは窓。

 けれどここは3階。

 窓から飛び降りること自体がアウト。

 命は助かったとしても骨折、入院は避けられない。

 そうなったら身動きの取れない状態でコイツらに捕まることになる。

 そうなった後のことは考えたくねえ。

 いっそ殺してくれと叫び続ける未来だけは簡単に予想がつくが。

 なら、アタシに残された逃走路は教室の扉を突破して校内を逃げ回るしかねえ。

 だが、前門への道は桐乃が塞ぎ、後門への道はあやせが塞いでいる。

 強引に突破しようと思えば待っているのは無残な死のみ。

「どうしたの、加奈子? 逃げないんなら殺しちゃうよ?」

「ハァハァ。もうすぐリアルメルルちゃんが爆誕するんだぁ~♪」

 2人が包囲網を縮めて来た。

 ケリをつけるつもりらしい。

 けれど、2人まとめて近付いてきてくれたのはアタシにとってむしろ都合が良かった。

 アタシにはまだ一発逆転の秘策があった。

「これを見ろっ! これは桐乃の兄貴の昨日のマネージャー姿の写真だぁ~っ!」

 懐から1枚の写真を取り出して2匹の血走った野獣に向かって見せる。

 これは昨日、保険の為に撮っておいたもの。備えあれば売れ稲しというからな。

「お兄さんのスーツ姿の写真っ!」

「働くバカ兄貴っ!」

 案の定、獣たちは餌に食い付いた。牙を剥き出しにして写真を睨んでいる。

「そんなに欲しけりゃ、くれてやるよっ!」

 写真を窓の外に向かって放り投げる。

「それ、わたしのっ!」

「それ、アタシのっ!」

 そしてあやせと桐乃は何の躊躇もなく3階の窓枠を超えて大空へとダイヴした……。

 

 

「今の内に逃げねえと!」

 3階から落ちた2人がどうなったか確かめるようなバカな真似はしない。

 そんなのはただの時間の無駄でしかねえ。

 生き延びるには今この瞬間をフルに利用するしかない。

 教室の扉を開けて全速力で廊下を駆け出す。

 アイツらが3階に無傷で戻って来る前に安全圏に逃げておく必要があった。

「あっ! かなかなちゃん、廊下は走っちゃダメなんだよ!」

「おっ、ブリ公。調度良い所にいたなっ」

 あやせたちの暴走を止められる最強の助っ人を発見して安堵の息を漏らす。

「かなかなちゃん! 学校の中じゃブリ公じゃなくて、ブリジット先生って呼んでくれないとダメなんだよ!」

「おう。それは悪かったな、ブリ公」

「もうっ! かなかなちゃん全然わかってないっ! わたしはこの学校の先生なんだよ」

 頬を膨らませ両手をブンブンと振り回しながら怒るブリ公。その姿はガキそのもの。

「へいへい。わかってるよ、ブリ公先生」

 アタシはブリ公の頭を撫でて宥めに入る。

 イギリス人のブリ公は英語の講師としてアタシの学校に勤めている。

 10歳のガキが教師で良いのかという素朴な疑問はあるが、その辺はあれだ。

 ネギっぽいのも10歳で教師をしていたし、ここは私立だから良いらしい。

 とにかく今重要なことはアタシがこのブリ公と一緒にいる限りは命が保障されるということだった。

 あやせはブリ公の前では暴力行為を一切見せないし、桐乃はブリ公がいると捕獲の優先目標をこのガキに切り替えてくれる。

 まさにアタシにとって至れり尽くせりなブリ公だった。

「さあ、ブリ公先生。一緒に教室に行って授業しようぜ。アタシ、授業が楽しみで楽しみで堪らねえんだ」

「いつもは授業中寝てばかりのかなかなちゃんが授業がしたいだなんて雨が降らないかなぁ?」

「ブリ公先生が一緒なら雨は降らねえっての」

 ……血の雨はな。

 

 ブリ公と一緒に教室に戻る。

「チッ。加奈子、命拾いしましたね」

「ハァハァ。リアル洋ロリ先生だぁ~~っ♪」

 アタシを見ながら忌々しげに舌打ちしてみせるあやせ。

 ブリ公を見ながら涎をひっきりなしに垂らす桐乃。

 校舎の壁をよじ登って3階へと入って来た2人を見て、アタシは自分の判断が間違っていなかったことを悟った。

 やっと生きてるって実感できた。

 生きてるって素晴らしいぜぇ。

 

 

 

「それじゃあ今日は、わたしが喋った英語をみんなに日本語に直してもらうからね~♪」

「おぉ~っ!」×多数

 ブリ公の授業が始まる。

 ブリ公は現在この学校で一番人気のある教師だ。

 相当数の男子と桐乃から絶大な支持を受けている。

 ……近未来にこの学校から大量の性犯罪者が出ないことを願うのみだ。

 それから可愛い小動物系の生き物ということで多くの女子生徒からも人気がある。

 ただ、一部の女子生徒からはチヤホヤされていることに対して妬みの声が上がっている。

 想い人がロリコンだったことを思い知らされて逆恨みに走っているヤツらもいるという。

 ……近未来にこの学校から大量の重犯罪者が出ないことを願うのみだ。

 アタシ的にはアイツはただのブリ公でただのガキなんだが。

 どうしてそうガキに変な付加価値を付けたがるのかさっぱりわからねえ。

「それじゃあ~行っくよぉ~♪」

「いえっさぁ~っ!」×多数

 桐乃や一部男子生徒がブリ公を取り囲みながら右手を突き上げる。

 つい最近まで普通の学校だった筈なのに、なんでアイドルのコンサート会場みたいになっちまったんだ?

「I am the bone of my sword.

 Steel is my body, and fire is my blood.

I have created over a thousand blades.

 Unknown to Death.

 Nor known to Life.

 Have withstood pain to create many weapons.

 Yet, those hands will never hold anything.

 So as I pray, unlimited blade works.      」

                          

 って、何だ今の英語は?

 文法無茶苦茶じゃねえのか? 意味も全くわかんねぇぞ?

「じゃあ、今日の英語は簡単だからバカなかなかなちゃんでもわかるんじゃないかな? ということでバカなかなかなちゃん、翻訳してね♪」

「バカバカ連発するなぁっ!」

 アタシの成績は確かに学年でダントツのビリだけど……アタシはまだ本気を出してないだけだっ!

「じゃあ現実も直視できないBAKAなかなかなちゃん、翻訳お願いなんだよ♪」

「チッ。しょうがねえなあ」

 教室でのブリ公は一応教師なので言うことを聞かない訳にもいかない。

 ブリ公の言葉をメモしておいたノートを見ながら立ち上がる。

「え~とぉ最初の部分は……I am the bone of my swordは……私を作っている材料は刀です。か?」

 多分これでそんな間違ってはいない筈だ。

「かなかなちゃん、それは本気で言っているの?」

 なのにブリ公に驚愕の表情で見られてしまった。

「加奈子、アンタ小学校からやり直した方が良いわよ」

 桐乃には軽蔑の眼差しを送られる。

 確かに日本語としては多少不自然かもしれねえが、そんなに悪くもねえと思うんだが?

 だったら、次こそ認めさせてやるっ!

「つ、次だ。Steel is my body, and fire is my blood.……え~と、鉄は私の体です。そして火は私の血です。I have created over a thousand blades.……私は千本を越える刀を作りました。Unknown to Death.……死に方をしりません。Nor known to Life.……生き方も知りません。Have withstood pain to create many weapons.……沢山の武器を作る為に痛みに耐えなさい。Yet, those hands will never hold anything.……まだ、彼らの手には何も掴んでいません。So as I pray, unlimited blade works.……だから私は祈ります。無限に剣が作用するように。これでどうだぁっ!」

 柄にもなく真剣に翻訳しちまった。

 これならブリ公も大満足だろう。

「……かなかなちゃん、来年はわたしと一緒に小学校に通おうよぉ。かなかなちゃんなら頭のレベルも体型も似ているからすぐに慣れるって。わたしより背もおっぱいも小さいから大丈夫だよ♪」

「アタシは来年高校生になるんだよっ!」

 どこがおかしいってんだ?

「じゃあ桐乃ちゃん。かなかなちゃんの代わりに翻訳して欲しいんだよ」

「ラジャぁ~♪」

 ブリ公に指摘されて上機嫌な桐乃。

 重度の廃人のくせに県内トップ学力という漫画のような設定を持った女は余裕綽々な表情で翻訳を始めた。

「最初から行くと……体は剣で出来ている。血潮は鉄で、心は硝子。幾たびの戦場を越えて不敗。ただの一度も敗走はなく。ただの一度も理解されない。彼の者は常に独り、剣の丘で勝利に酔う。故に、生涯に意味はなく。その体はきっと剣で出来ていた。です♪」

「正解なんだよ♪ お利口な桐乃ちゃんには簡単過ぎたね♪」

「えっへっへっへ♪ もっと誉めてくださいね~リアル洋ロリ先生♪」

 ブリ公に誉められて有頂天の桐乃。

 けれど、アタシにはその結果が納得いかなかった。

「今の訳おかしくないか? だって、全然元の文章に全然出て来てない単語が幾つも出て来たぞっ!?」

「カナちゃん、そんな固い頭じゃこれからの厳しいグローバル時代の競争を生き抜いていくことはできないんだよ」

「何でアタシの訳はダメだしで、桐乃の変てこ訳はオーケーなんだよぉおおおおぉっ!?」

 誰か、アタシに愛をください。

 本気でそう思った。

 

 

 

 本日最後の授業が終わり放課後を迎える。

 このスタートダッシュの良し悪しこそがアタシの人生の分かれ目となる。

 文字通りDead or Alive はこの10秒ほどで決まる。

「さあ、加奈子。地獄に落ちる時間よ♪」

「ハァハァ。大丈夫。首輪はもう準備してあるから~♪」

 他人の人生を破壊することに対してご機嫌な2人を如何にして振り切るか。

 今日を如何にして生き残るか。

 それがアタシの今日の人生の課題だった。

「メルルインパクト(ピクチャー)エンドダッシュっ!」

 アタシは退却用に持っていたもう1枚の写真。桐乃の兄貴がくららに挨拶して談笑している写真を放り投げながら教室から全力で逃げ出していく。

 先ほど逃げ回った時と同じく振り返るような時間のロスはしねえ。

「あの売女……いつもニコニコして何を考えているのかわからないと思ったら、お兄さん狙いだったんですね。わかりました。お兄さんの未来の妻として受けて立ちましょう」

「この手でくららちゃんを葬らなければならないなんて何て不幸なのぉ~っ!」

 写真は予想以上の効果をもたらした。

 あやせと桐乃は写真に夢中で一時的にアタシへの興味を失っていた。

 その隙を見逃さずにアタシは校外へと逃げ出した。

 

 

 それから2時間、アタシは鬼たちに見つからないように必死に逃げ回った。

 大通りを駆けると人目に付くので、細い裏路地をクネクネと走り回った。

 あやせも桐乃も門限がうるさい。

 だから6時まで逃げ切ればアタシの勝利だった。

 そして時計を見れば後10分で6時。

 アタシはようやく自分の勝利を強く意識するようになってきた。

「後はこのラブホ街さえ抜ければ、アタシの家まで一直線だぜ」

 どいつもこいつも俯きながら歩く、何つーかちょっと息苦しいラブホ通り。

 でも今日だけはアタシに輝かしい未来をもたらす祝福の場所。

「ヨッシャ。ラストスパートッ!」

 掛け声を出しながら脚の速度を更に上げる。

 このラブホ街さえ抜ければアタシには自由が待っている。

 自由がアタシの心を高揚させる。

 そして、その高揚が油断を生じさせた……。

 

 

「あっ、痛てぇっ!?」

「うぉっ!?」

 アタシはラブホから出て来たカップルの男の方と正面からぶつかっちまった。

 その反動で大きく弾き飛ばされちまった。

「わ、悪い。大丈夫か?」

「アタシの方こそ前見てなかった」

 左手で鼻の頭を抑えながら、右手で差し出した男の手を取る。

 と、そこでぶつかってしまった男と目線が合う。

 目が合ったのはなんと──

「高坂京介っ!?」

「来栖加奈子っ!?」

 今、アタシの教室で最もホットな話題の人物、桐乃の兄貴だった。

 

 

「おめぇ、こんな所で何をして……って、聞くまでもないよな」

 ラブホから出て来た男女に何をしていたのか聞くのはあまりにも野暮だろう。

 京介と一緒に出て来た黒ゴスロリの女は横を向いて一度もアタシと視線を合わさない。

 まあ、アタシがこの黒いのの立場だったら同じ態度を取るに違いねえけど。

 うん。それぐらい気まずい。

 知り合いがラブホテルから出て来た場面に出くわすなんて、どうすりゃ良いってんだよ?

 教科書にはこんな時の対処法が書いてねえぞ。

 しかもアタシはまだJCなんだぞ。ラブホ入った経験もないっての。

 アタシが入った訳でもないのにすっげぇー恥ずかしい。

「で、加奈子は一体どうしてこんな所にいるんだ?」

 桐乃の兄貴は何とか場の雰囲気を明るくしようと笑顔を振りまきながら話し掛けて来る。

 この男が一番いたたまれないに違いない。

 彼女とアタシに挟まれてしまって。

「アタシは……アンタの妹とあやせに追われて逃げてたんだよ」

「そうかそうか。それは妹が迷惑を掛けたなぁ~。アッハッハッハ」

 無理やり笑うさまが痛々しい。

 というか、話し掛ければ掛けるほど、ここにいる3人はみな苦痛が増すだけだ。

 こうなった以上、アタシにできることは一つ。

「じゃあアタシはこれでっ!」

 右手をパッと挙げて別れの挨拶とする。

 これ以上ここにいると気まず過ぎて病んでしまいそうだった。

「か、加奈子っ!」

 桐乃の兄貴から切羽詰った声が聞こえる。

「何だよ?」

 嫌々振り返る。

 するとそこには両手を合わせてアタシを拝んでいる桐乃の兄貴の姿があった。

「頼むからこのことは内密にしておいてくれ。特に桐乃に知られたらエラいことになる」

「頼まれたって喋らねえよっ!」

 この一件を口にすることは火薬庫に火力全開のライターを持って進入するに等しい自殺行為だ。

 時間潰しの話のネタとかそんな次元の話じゃ決して収まらねえ。

 話を聴いた瞬間、桐乃とあやせは制御不能な魔獣と化すだろう。

 そうなっては被害がどこまで拡大するかわからない。

 アタシに関して言えば、髪の毛1本この世に残せれば御の字じゃないかと思う。

 つまりアタシと桐乃の兄貴は一蓮托生。同じ秘密を共有する者になっちまったワケだ。

 知られれば命がない秘密を、だ。

「そうか。黙ってくれるならそれで良いんだ。じゃ、じゃあな」

「お、おう。じゃあな」

 ぎこちなく手を振りながら桐乃の兄貴たちと別れる。

 アイツらの方はもう振り返らない。振り返ってたまるかっての。

 けど、見えなくても問題が全て解決した訳でもなかった。

 

「……先輩が時間ギリギリまでいようなんて言うからこんな恥ずかしい思いをしたのよ」

「……しょうがねえだろ。黒猫があんまりにも可愛かったんだから」

「……先輩がエッチ過ぎるからこんな目に遭うのよ。バカ……」

 

 ……そういう話はアタシが完全にいなくなってからして欲しいんだが。

 ていうか、他人様に聞こえるような音量でそんな恥ずいことを話すな!

 こちとらまだキスもしたことない意外と純情なJCなんだぞ!

 心臓がまた、バクバクし始めやがった。

 恥ずかしさを動力源にアタシはラブホ街の出口を目指して走り始めた。

 

 

 

 

 ラブホ街を突き抜けた所でようやく足を止めて息をつく。

 走った距離はそんなに大したことがない筈なのに異常に心臓が高鳴っていた。

 ラブホテルで知り合いと出くわすなんて体験生まれて初めてだったから仕方ねえけどよぉ。

「たくよぉっ。高坂兄妹は本当に心臓に悪いことばかりしてくれるぜ」

 息を整えながら時計を再度確かめる。

 時計を見れば6時ちょうど。

 桐乃とあやせの門限は6時だったはず。

 つまり、アタシは逃げ切りに成功したことになる。

「やったぁ~~っ!」

 両手を挙げてガッツポーズを取る。

 アタシは今日という日を生き延びることに成功したのだっ!

 

「何がそんなに嬉しいのかなぁ~? 三次元メルルちゃ~ん♪」

 

 ……あり得ない声が聞こえた。

 そいつはもう家に帰っているはずなのに、何故かアタシのすぐ目の前から声が聞こえた。

「桐乃、おめぇ、一体どうして?」

 ここにいないはずの女、高坂桐乃がアタシの前に立っていた。

 指をワキワキとエロそうに動かしながら。

「モデルの仕事だって言えば、門限は1時間遅くできるのよ♪」

「そんな単純な手に引っ掛かっちまったのか…アタシはよぉっ!」

 6時という時刻にばかり固執した自分が恨めしかった。

「さあ、三次元メルル覚醒のお時間でちゅよぉ~♪」

 桐乃がメルルの魔法ステッキを振り上げる。

 だがあれはガキ用のおもちゃじゃねえ。

 魔法のステッキに似せた金属バットだ、あれは。

 秋の夕暮れ空に桐乃の掲げる魔法のステッキという名の凶器が鈍く光る。

「さあ、三次元メルルに覚醒する前に何か言い残しておくことはありますかぁ~?」

 桐乃はニコニコ楽しそうだ。

 思えば1年前のアイツは、周りに愛想笑いばかり浮かべてみんなに囲まれていても寂しそうな表情を浮かべていた。

 でも、今は違う。

 オタクとしての本性を発揮したアイツの取り巻きは極端に減った。

 でもアイツは逆に本当に楽しそうに毎日を生きている。

 どっちが良いんだろうな、これは。

 って、アタシから見れば前の方が良かったに決まっている。

 少なくとも以前の外面優等生桐乃に命を狙われたことなどなかったのだから。

 

「なあ、アタシを殴るのはなしにするってのはどうだ? これがアタシの切実な願いだ」

「却下♪」

 桐乃はアタシの望みを笑顔で棄却した。

 まあ、わかってはいたけれど、なら聞くなって感じだ。

「じゃあ、アタシの方から三次元メルルの器ちゃんに質問ね~♪」

「アタシの名前は加奈子だってのっ!」

 桐乃にとってもうアタシは名前を呼ぶ価値すら見出せないってか。

 まあ、そうなんだろうな。

 

 二次元 > 三次元

 

 の不等式は間違いなさそうだし。

 

「さっき、アタシのバカ兄貴のことを口にしていたみたいだけど、もしかして今しがた加奈子と何かあったのかなぁ~?」

 

 チッ!

 アタシとしたことが桐乃という女を見誤っていた。

 

 桐乃の兄貴 ≧ 二次元 > 三次元

 

 の不等式だったのだ。

 兄貴絡みの時だけ、以前のツンデレと知性を取り戻すんだ、コイツは。

「ねえ、アイツと何かあったの? まさか、今まで一緒にいたんじゃないでしょうね?」

 バットを振り上げたままゆっくりと近付いて来る桐乃。

 桐乃の兄貴とラブホテルの前で会話しているのが知られたら間違いなく殺されるっ!

 

 

「ねえ、桐乃。わたし、そこでお兄さんがラブホテル街を通り抜けていくのを見掛けたよ」

 

 そして、アタシの人生を終わらせるもう1人の悪魔が背後から声を掛けて来た。

 

「よ、よぉ。あやせじゃねえか。こんな所で奇遇だな」

 片手を挙げながら首だけ振り返る。

 あやせはアタシの5m後方に立っている。

「ほんと、奇遇だよね」

 奇遇と言いながらあやせは少しも嬉しそうでない。

 いつでも動けるように足を肩幅に開いて道の中央に立っている。

 その右手にはスタンガン。左手にもスタンガン。

 バチバチと音を立てて放電するその様はどう見ても合法品じゃねえ。

 前門の桐乃、後門のあやせ。

 うん、虎とか竜の方がまだ可愛いっての。

「あやせはラブホ街を去っていくバカ兄貴を見たんだ」

「うん。わたしの知らないシャンプーと石鹸の匂いをさせながら歩いていたよ」

 あやせは確信してやがる。

 桐乃の兄貴がラブホテルから出て来たことを。

 にしても、匂いまでチェックしているのかよ。

 さすが、重度のヤンデレは審査項目が半端じゃねえな。

「ふ~ん。アタシはね、バカ兄貴と加奈子が一緒にいたって情報を掴んだんだよ」

 額から冷や汗が垂れる。

「そう言えば、加奈子が学校から逃げ出してから2時間、だよね」

 2時間を強調するあやせ。

 あやせの背後のラブホテルでは『2時間 ご休憩』がやたらと大きな文字で強調されている。

 ヤバいんじゃねえか、この状況?

 

「バカ兄貴はラブホテル街から立ち去った。知らないシャンプーの匂いをさせて。加奈子はバカ兄貴と会っていた。2時間の空白。これらのワードから導かれる答えは何、かな?」

 何かなと尋ねながら桐乃のバットを握る力が明らかに強くなっている。

「ほんと、何だろうね? わたしたちまだ中学生だから全然想像つかないね」

 想像つかないと言いながらスタンガンの出力を上げるあやせ。

 桐乃の瞳とあやせの瞳はそれぞれ青と黒一色に染まっている。

 ヤンデレ通り越して、超ヤンデレの域に達してやがるぞ、コイツら。

 逃げようにも2人に見事に前後を塞がれてどうしようもねえ。

 助けを求めようにもこの周辺に人っこ一人いねえ。

 終わったな。アタシの人生。

 だったら、最期に言いたいことを思いっ切り述べてコイツらにも不幸をおすそ分けしてやるぜ。

「けどよ。アタシを亡き者にした所で桐乃の兄貴はオメェのもんにはならないぜ。何たってアイツは他の女とラブホテルに入ってたんだからよぉ!」

 空を見上げる。

 北斗七星とその脇の蒼い星だけがとても輝いて見えた。

「お兄さんとラブホテルに入っただけでは飽き足らず、お兄さんには他に付き合っている女性がいるかの如き悪評まで広めようとするなんて許せませんっ!」

「バカ兄貴が手を出すのは妹のアタシに決まってるってのっ!」

 桐乃の兄貴の黒いのの交際を認めたくない2人の修羅が跳び掛かって来る。

 2人はそれぞれアタシの首と心臓を狙っている。

 気力が尽きたアタシはその一撃を避けるだけの力がもうない。

 あやせたちの攻撃が迫り来る中、アタシはこれまでの人生が急に頭の中に蘇り始めた。

 走馬灯ってヤツだな。

 そしてアタシの走馬灯の中心にいたのは桐乃の兄貴だった。

 チッ。初めて気付いた。アタシはアイツに惚れていたってことに。

 逃げる気が起きねえのは、失恋のショックで気力を根こそぎ失っているからか。

 

 アタシ一体、どこで選択肢を間違えちまったんだろ?

 

 

 BAD END

 

 

 

 カナカナ道場を見ますか?

 

 はい

⇒いいえ

 

 

 


 
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