No.222757

私の義妹の親友がこんなに可愛いわけがない ガールズトーク(後編)

いつの間にか最終話の配信が終わっている今日この頃。
ガールズトークの後編となります。
黒猫VSあやせたんです。


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2011-06-15 00:07:07 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:3437   閲覧ユーザー数:3050

私の義妹の親友がこんなに可愛いわけがない ガールズトーク(後編)

 

 

 スイーツ2号新垣あやせの攻撃を受けて京介さんは(社会的に)還らぬ人となった。

 幼未亡人となった私は夫の仇を討つべくあやせとのガールズトーク弔い合戦へと馳せ参じることになった。

 

「さっきからずっと気になっていたのだけど、どうして私の京介さんが桐乃以外の女と付き合うと裏切りになるわけよ」

 『私の京介さん』の部分を最大限に強調しながらあやせに尋ねる。

「そんなの、おにいさんが以前桐乃のことを大好きだと私に語ったからです」

 あやせは先ほどと同じ答えを返してきた。

 その返答は先輩には有効なのかもしれない。けれど、私には通じない。というか意味がわからない。

「それは何? 貴方はリアル近親相姦肯定派だとでも言いたいわけ? 京介さんに桐乃を襲って欲しいとでも言うの?」

「そんなわけがないじゃないですか。おにいさんが桐乃にいかがわしいことをしたら本気でブチ殺してますよ」

「じゃあ貴方は京介さんに何を望んでいるのよ?」

 先ほどからあやせの言葉にはどうも矛盾が多い。彼女が何を望んでいるのかがいまいち読み取れない。

「だ、だから、それは、ですね。えっと……」

 あやせは途端に歯切れが悪くなった。

「京介さんに一生女と付き合うなと言いたいの?」

「そっ、そうですよ。おにいさんは自分の言葉に対する責任を取らないといけないんです」

 あやせの瞳からは先ほどまでの狂気の色が消え、代わりに挙動不審な揺れ動く瞳が現れた。

「確かに責任は重要かもしれない。けれど、そんな刑務所よりも窮屈な生き方を押し付ける権利なんて貴方にはないわ」

 大きく息を吐いてみせる。

 やはりこの女、何かを色々と隠している。

「けれど、おにいさんはやっぱり裏切り者なんです」

「だからどうしてよ?」

 何故あやせはそんなにも裏切り者という言葉にこだわるのだろう?

 この娘は先輩と桐乃が近親相姦関係になることを望んではいない。なのに何故先輩の言葉にそんなにこだわるのか?

「……だって、おにいさんは桐乃と付き合わないにしても、わた…おねえさんと付き合うべきだったからですよっ!」

 あやせは一瞬逡巡してから大声で叫んだ。

「お姉さんって誰よ?」

「田村麻奈実先輩です」

 その名前を聞いて私はようやくこのあやせという娘の中に1歩踏み込めたことを確信した。

 

「つまり貴方は京介さんの交際相手が田村先輩ではなく私なのが気に入らない。だから別れろと。そう言いたいわけね」

「べっ、別にそこまでは……」

 あやせは口では私の推理を肯定していない。けれど、その不満そうな瞳が私の推理の正しさを雄弁に証明してくれている。

「私よりも田村先輩の方が京介さんの彼女にお似合いだと思うのかしら?」

「はい、そう思います」

 あやせの返答に一切の躊躇はない。

「なかなかはっきり言ってくれるわね」

「だって、事実ですから」

 あやせは自分が正しいと思ったことを口にすることに躊躇がないタイプらしい。

 歯に衣着せないというか、大人になったら苦労しそうというか。まあ私も全然他人のことは言えないのだけど。

「まあ確かに私も自分より田村先輩の方が京介さんにお似合いだって今でもしょっちゅう考えることはあるわよ」

 今日もそれを考えたぐらいだし。

「だったらっ!」

「でもね、京介さんの彼女は現実には私なの。私は京介さんと別れるつもりはないわ」

 あやせの目を正面から見据える。

「だけどそれじゃあおねえさんが可哀想すぎるじゃないですかっ!」

 あやせが負けじと私を見据え返しながら吼えた。

「貴方の見ている世界では私は完全に悪役なのでしょうね。私の見ている世界でも私は決して善い女ではないのだけれど」

 ふと先輩に告白する直前に私が抱いていた葛藤を思い出す。

 その葛藤の中には先輩に対する想いだけではなく、私の告白が周囲の人間に及ぼす影響も含まれていた。

 それは先輩への想いに対するものと同等に重いものだった。

 人間関係形成が下手な私にとって、ようやく築いた大切な縁を壊してしまうことは何よりも怖いことだった。

「月並みな言葉かもしれないけれど、恋愛って決して奇麗事だけじゃ済まないのよ。テレビ版エヴァの最終話みたいにみんなからおめでとうって拍手されるわけじゃないの」

 あやせから視線は外さない。

「私は田村先輩から憎まれることも覚悟した上で京介さんに告白したのよ」

 先輩に告白した前後に私の脳裏に何度も浮かび上がって来たもの。それは田村先輩と桐乃の泣き顔と怒り顔、そして私を無視する冷徹な眼差しだった。

 その程度の反応を受けるぐらいのことをしている自覚はあった。

 特に田村先輩には高校入学以来、学校に馴染めない私の為に何度何度も骨を折ってもらった。

 そして田村先輩がどれほど京介さんを大事に想っているかもこの目でずっと見てきた。

 にも関わらず私はその田村先輩を差し置いて京介さんに告白し、結ばれた。

 何という恩を仇で返す行為。

 何という裏切り行為。

 なるほど。

 裏切り者という単語は田村先輩が私に使う分には実にピッタリかもしれない。

 

「黒猫さんは何でそうやって、周囲の大切な人々の気持ちを滅茶苦茶に踏み躙りながら告白できたんですかっ?」

 あやせはとても悔しそうに声を絞り出した。

「それはね、私にとってあの告白が本気の告白だったからよ」

「本気の告白?」

 あやせは首を傾げた。

「世界はね、自分独りや、自分と好きな人の2人だけで構成されているわけじゃないの。人を好きになって特別な関係になるということは、私とパートナーの人間関係の様々な変化も背負っていくということなのよ」

 中学生の時の私からは想像もできない言葉。

 あの時の私は、一生涯誰とも関らずに1人で生きていくのだと半ば本気で考えていた。

 だからこれは、あやせの為に発している言葉じゃなく、過去の自分に向けて述べている言葉なのかもしれない。

「だから、勇気と覚悟と責任と希望を持っていなければ本気の告白なんてできないのよ」

 私が先輩に告白した際、これらの要素をどこまで意識していたかは実はよくわからない。

 けれど、桐乃と田村先輩のことは終始頭から離れなかった。だから少なくとも先輩への告白は2人だけの問題で済むとは最初から考えていなかった。

「だから、黒猫さんはおねえさんが傷付くのを知っていながら敢えて告白した、と?」

「そうよ。悪女なのよ、私は」

 堕天聖から悪女へ。

 中々スパイスの効いた良いジョブチェンジじゃないかしらと自分では思う。

「でもね、そんな悪女な私に対して田村先輩は京介さんのことを任せてくれたのよ」

 私が悪女で田村先輩が善女であることはこの私が認める。

 あの人は、優し過ぎる。

「だから、田村先輩ならともかく貴方に文句を言われる筋合いはないわ」

「クッ」

 あやせはこの件でこれ以上もう言い返して来なかった。

 けれど、私に対する不満そうな目は続いている。

 そして多分私も同じ瞳であやせを見ている。

 私とあやせは今日初めて知り合った仲。

 けれど、言いたいことは互いに山ほど溜まっている。

 私たちは互いが互いに羨ましくて仕方がなかったのだ。

 

 

 

 私とあやせのキャッキャウフフなガールズトークは続いていた。

「桐乃は最近学校では落ち込んでいることが多いんです」

「その話はさっきもう聞いたわ」

 私とあやせにとって桐乃は共に特別な存在だった。

 だからあの娘を話題にガールズトークに華を咲かせない訳にはいかなかった。例えそれが血の華を咲かせることになったとしても。

「以前の桐乃は明るくてハキハキしてて誰からも好かれてて……なのに、最近は話し掛けるのさえ躊躇うほどに陰気な気を纏って机に突っ伏しているのですよ」

「外面完璧人間のあの娘がねぇ。それは驚きだわ」

 私の通っていた中学校と桐乃が通っている学校は異なる。だから私は学校でのあの娘の姿を正確には知らない。けれど、表と裏の態度のギャップから想像は容易につく。

「桐乃が変わってしまったのは黒猫さん、貴方がおにいさんと付き合ったからなんですよ」

「そうでしょうね。あの娘、とんでもないブラコンなのだから」

 桐乃が近親相姦ドンと来いクラスのブラコン変態女であることは別にあやせに言われなくてもわかっている。

「どうして黒猫さんは桐乃が苦しんでいるのにそんな平然としていられるのですか?」

「だって私は桐乃に先輩との仲を報告してから毎日の様に嫌がらせを受けているもの。平気ではないけれど、もう慣れたわ。それとも貴方は私の境遇がまだ生ぬるいと言いたいのかしら?」

 私の将来の義理の妹は基本的に私たちの仲を祝福してくれていない。

 血縁エンドだろうが非血縁エンドだろうが自分が先輩と結ばれるエンディングをいまだに夢見て放棄していない。

 その不屈の魂は嫌いじゃない。けれど狙われているのが私と先輩の絆なので疲れる。

 そう言えば最近、桐乃とオタトークを交わした記憶がない。

 出会った当初はまさか、先輩が私たちの話題の中心になるなんて考えもしなかった。ホント、大きく変わったものだ。

 

「桐乃が嫌がらせ?」

 あやせは目を丸くしながら私の言葉を聞き返した。

「そうよ。京介さんや私に互いの悪口を吹き込んで来るのは勿論のこと、私が如何に先輩の彼女に相応しくないか長々と説いたり、好感度ダウンな悪戯を仕掛けたり、京介さんに無駄に色仕掛けしたり、駄々っ子みたいに泣いてみたりと毎日よくやるわよ」

 それでいて先輩の前ではちっとも素直な態度を見せない所が高坂桐乃の最大の特徴。お兄ちゃん好き好きオーラを前面に出していれば違う結末もあったかもしれないのに。

「そんなの、変ですよ。だってわたしは桐乃とすごい喧嘩をしていた時でさえ嫌がらせどころか悪口一つ言われたことがないんですよ? なのに、桐乃がそんな態度取るなんて」

 あやせの体は小刻みに震えている。

「私は桐乃と初めて会った日から罵詈雑言の応酬だったわよ。お店の中で京介さんと他のお客がどん引きになるぐらいに」

 我ながら初対面の相手とあれだけ激しく罵り合ったのは前にも後にも例がない。

「そんなの、嘘ですよ。だってそんなの、わたしが知る桐乃じゃありませんよ……」

「そうなの? 私の知る桐乃はいつもそんな感じよ」

 私とあやせの桐乃像はまるで一致を見ない。怖いほどかけ離れている。

「だって桐乃は眉目秀麗。スタイル、センス共に抜群。スポーツ万能で学業優秀。友達がいっぱいで全校生徒の憧れの的で教師からは受けが良くて部活でも大活躍。校外ではモデル活動もやって、みんなから頼られて誰からも好かれてて、そんな超完璧で超格好よくて超可愛くて超美人なんですよ」

「それが貴方のイメージする桐乃なのね?」

「そうですよ」

 あやせは嘘を言っているわけではなさそうだった。この娘にとって桐乃は実際にそういう存在なのだろう。

「でも、私の見ている桐乃はちょっと違うわね。私の知る桐乃は、唯我独尊で自分の才能や容姿を鼻に掛けて私や京介さんをいつもバカにしてくれる。でもオフ会でははぶられるし、新しいオタ友に会っても自分からは挨拶一つできない人見知り。おまけに重度のブラコンだし、よく泣くし怒るし、欲望に忠実だし。要するに二次元的な“妹”キャラなのよ」

 あやせの桐乃像とはほぼ正反対なのが私の桐乃像。

「でも、そんなのおかしいじゃないですか。それじゃあまるで桐乃が二重人格みたい…」

「二重人格ではなくて、見せたい面を使い分けているだけでしょ。貴方には表、私には裏の面を見せている。ただそれだけのことよ」

 桐乃の使い分けは常人では考えられないほどに徹底している。桐乃のオタク趣味は家族である先輩や両親も全く気付かなかったというのだから舌を巻いてしまう。

 勿論それを可能にしたのは、桐乃の優等生というステータスとモデル業での豊富な収入があってこそのこと。

 桐乃は表が光り輝いているからこそ裏の面を密かに育むことができた。けれど、表の面が光り輝き過ぎているからこそ裏の面を決して明らかにすることができなくなった。

 おそらく桐乃は校内のオタ趣味を持つ者たちを無碍に扱ってきただろうし、今もそうに違いない。

 だからこそ表の面に惹かれた多くの友人に囲まれることができた。でも、どこか孤独に苛まされて、私のような人間との交友をこっそりと結ぶに至った。

 そんな高坂桐乃のライフストーリーがあやせと話しているとよく見えて来る。

「表と裏だなんて……それじゃあ、普段桐乃は私を騙してるってことになるじゃないですか!」

「裏の顔がその人間の唯一の本性だとでも言いたいの? 漫画やアニメによほど毒されているのかしらね、一般人さん? 人間なんて元々が多用で複合的で複雑な存在よ」

 私は桐乃を表と裏で評した。けれど、2面だけでなく桐乃はその人間性においてもっと立体的なのだと思う。

 私は単に桐乃という人物を評し易いように2つの面に分けて考えているだけ。

 あやせは裏表があるのは悪い人間という社会規範を基にして、桐乃という人格を一つに統合したがっている。

 私とあやせの人格に対する見解の違いが桐乃に対する評価の差になっている。

「そうだとしても、黒猫さんはずるいです。桐乃が私には見せてくれない奥の奥まで知ってるじゃないですか! だから、そんな上からの言葉が吐けるんですよ」

 あやせのその言葉を聞いてカチンと来た。

「大人しく聞いていれば何がずるいのよっ! 貴方は私には決して見せようとしない日常生活を営む桐乃をみんな知っているじゃないの。もう99%を持っておきながら、残りの1%を取り上げないと気が済まないとでも言いたいの?」

 あやせに負けじと私も声を張り上げる。

 私もあやせも互いが羨ましいのだ。

 互いに知らない桐乃像に接してみたくて仕方がないのだ。

 

 

「そうです。黒猫さんの言う通りです。わたしは桐乃の100%を知りたいんですよ!」

「強欲ね、貴方は」

「それが、親友だとわたしは思っていますから」

 私とあやせの視線が交錯して火花が散る。

 譲れない想いのぶつかり合い。

「けれど、桐乃の100%を知りたいということは、あの娘のオタ趣味も理解していかないといけないというわけよ。潔癖症に見える貴方にそれができるのかしら?」

「うっ……それは……」

 桐乃の表と裏の使い分けは彼女の持つ友人の二分化においても徹底している。

 私があやせや他のスイーツとの集まりに呼ばれたことはないし、その存在さえまともに知らされたことはない。

 また、私たちオタ友の集まりにあやせたちが招かれたこともない。

 私とあやせは共に自身を桐乃の親友だと思っていながら、互いに紹介されたことさえない。それが高坂桐乃と付き合う難しさでもあり、彼女を理解することの難しさでもある。

「でも、ですけど、私だって大喧嘩した後は桐乃の趣味を理解しようと頑張ってるんです」

「だけどあの娘は妹が兄と結ばれる近親相姦妹モノのエロゲーが大好きな根っからの変態よ。如何にも真面目そうな貴方に理解できるとはとても思えないのだけど?」

「それは、わたしだってわかってます。わたしのああいう趣味への理解度と共感は低過ぎて話にならないって、黒猫さんを例に出しながら私はよく叱られてますから」

「へぇ。あの娘が私を例にね……」

 桐乃が私のことをあやせに肯定的に話しているのは意外と言えば意外。どうせ悪口しか言ってないのだと思っていた。誉められているなんて意外だった。

「クイーン・オブ・邪気眼厨二病女の黒猫さんを見習えとよく言われますよ。ところで邪気眼厨二病って何のことでしょうか?」

「あのアマ、後でぶっ飛ばしてあげないとダメみたいね」

 所詮あの悪魔スイーツとは相容れない存在なのだと改めて思い出す。

 

「だけど、わたしがああいう趣味について桐乃と話すようになってから、私は何度も何度も黒猫さんの名前を聞きました。その度に桐乃はとても楽しそうなんです」

「そりゃあ人をバカにして優越感に浸るのは楽しいことなんじゃないの。最低に悪趣味だとは思うけど」

 桐乃が私の前で笑うのは大きく分けて2タイプがある。

 1つは二次元に浸っている時。メルルやエロゲー、その他の二次元で桐乃は締まりのない笑みを零す。そして時に野獣と化す。

 もう1つは私や先輩をバカにする時。自分を誇らしく語りながら一方で清々しく私たちを貶めてくれる時に発せられる笑い。

 どちらにせよろくなものでないのは言うまでもない。

「……違いますよ。桐乃は黒猫さんの話を出す時、自分とすごくそっくりな人間として楽しそうに話すんです」

「貴方の方がよほど桐乃に似ているじゃないの。クラスメイトだし、美人だし、モデルだし、洋服だのバッグだの化粧だのあの娘の好きな話ができるじゃないの。そして何より貴方、桐乃と2人きりで1時間以上いて喧嘩しないで済むのでしょ? それ、私には無理よ」

 基本的に私と桐乃は間に沙織か先輩がいないと5分以内に喧嘩し始めるプログラムが作動してしまう。先輩や沙織は喧嘩するほど仲が良いとはいうけれど、実際喧嘩している当人同士がそんな第三者的な見方を抱くわけがない。仲が良いならそもそも喧嘩しない。

「黒猫さんは、わたしの話を桐乃からどこまで聞いていますか?」

「どこまでと言われても、桐乃が自分の自慢をする時に、貴方の綺麗さを例えに出すわよ」

「他は?」

「……特に聞いていないわ」

 私はあやせという名前さえつい最近まで知らなかった。

「やっぱり、黒猫さんの方が桐乃と親しいから……わたしのことなんか話題にも上げないんですよ」

「そんなの桐乃が私との会話は貴方とじゃできないディープなものと決めているからでしょ。親しい親しくないの問題ではないわ」

 桐乃が話題になると議論は平行線を辿る。全ては桐乃がいやらしい形で二股を掛けてくれているからなのだけど。

 

「大体さっきから聞いていれば何なのよ? 貴方は桐乃の親友。そして私は桐乃の親……腐れ縁。それで何か問題があるの?」

 この娘はやっぱりまだ何かを隠している。それもすごく大事な何かを。

「それは……やっぱりわたしが桐乃の一番の親友になりたいから……」

「一番の親友なんて称号欲しければ幾らでも貴方が持っていけば良いわよ」

 溜め息を吐く。桐乃といつでもベタベタしている自分なんて想像するだけでおぞましい。

「それは、わたしが黒猫さんより桐乃の親友だって胸を張って言えるようになってからでないと名乗れません」

「面倒くさい性格してるわね」

 再び溜め息を吐く。

 あやせは桐乃に劣らないほどに意地っ張りでもありその中を覗くのは相当に難しい。

 まあ、今日を過ぎればもう会うこともないのだし、これ以上わざわざ深入りする必要もない。しかし彼女は私を逃がしてはくれない。あやせは私に強い執着を示している。

「桐乃がアメリカから帰って来た時、黒猫さんは空港まで迎えに来たと聞きました。やっぱり、黒猫さんの方が仲が良いんだと思います……」

「あれは……京介さんにアメリカまで迎えに行くように背中を押したのが私だったから……せ、責任を取ったに過ぎないわよ」

 プイッとあやせから顔を背ける。

 何故あの日、空港まで直接迎えに行ったのか……その理由は実は自分でもよくわかっていない。

 桐乃の顔が一刻も早く見たかったなんておセンチな理由……じゃないとは思いたい。

 きっとあの日は英語の課題を当てられるのが嫌で学校を休んで偶々暇になったから空港に行った。そういうことに違いない。

 こんな私を悩ませるだけの話題はさっさと打ち切るに限る。

「とにかく貴方が桐乃の親友なのはわかったわ。そして、親友なのだったら、あの娘が学校で落ち込んでいるのをどうにかしてくれないかしら? 励ますのが親友でしょ?」

「それは……そうなのですけど……」

 あやせは下を向いた。

「でも、元気付けるには……黒猫さんとおにいさんが別れてくれないとダメだと思います」

 あやせは顔を上げて私の顔をジッと見た。

 言いたいことがあるのに言えない不完全燃焼な瞳が私を見つめている。

 恨みがましさと羨ましさが同居した瞳。

 それを見てやっとわかった。

 たったソレだけのことを理解するのにどれほど時間を掛けてしまったことか。

 でも、ようやくこれであやせの言動の全てに納得がいった。

「それは桐乃の話? それとも貴方の話なのかしら?」

 

 まったく、私としたことがどうかしていた。

 新垣あやせという娘が何故こんなにもしつこく先輩と私に絡んで来るのか。

 その根本的な要因を私はすっかり見落としていた。

 あやせは桐乃の親友。だから私や先輩は間接的な関係しか持っていない。そう図式化してきた。

 けれどそれが大きな間違いだった。

 この娘は桐乃の親友であり、そして同時に──

「新垣あやせさん、貴方、私のことが嫌いでしょ? 憎いでしょ? 妬ましいでしょ? そして、羨ましいのよね?」

 いまだ気絶したままの先輩を見ながら、私はあやせにそう尋ねた。

 

 

 

 

「何故、私がそんなに黒猫さんを嫌っていると思うんですか……?」

 あやせは私から目を逸らし顔を伏せながら反論してきた。

「そんなの簡単よ。貴方が先輩……京介さんのことを好きだから。そして私がその京介さんの彼女だからよ」

 ビシッと指を突き刺し、私たちのガールズトークの根本の原因を指摘する。

「……どうして、そう思うんですか?」

 あやせは顔を伏せたままそう聞き返してきた。

「まあ、貴方の言動の中に色々ヒントは隠されていた訳だけど……強いて言うなら女の勘ってヤツね」

 あやせが私と先輩の交際を知って泣き出した時も、怒り出した時もその原因をもっとよく考えておくべきだった。

 そしてあやせがスタンガンに引っ掛かっていた先輩のズボンとパンツを鞄に閉まった意味をもっとよく吟味するべきだった。

 私と桐乃の間では常識となっていた動作だから深く考えないでスルーしてしまった。けれど、あやせがそれをする意味を考えれば答えなど一つしかなかった。

「……おにいさんには気付かれてなかったのになあ」

 あやせは諦めたように息を吐きながら空を見上げた。

「わたしと桐乃って、好きな男の人のタイプが似てるんですよ。年上で優しそうで頼りがいがある人って。だから桐乃と同じで学校の男子には興味持てなくって……」

 あやせの容姿なら校内で男子からモテモテなことは想像に難くない。にも関わらず誰とも付き合う素振りを見せなければ勘違いする男子や、お高く止まっていると勘違いする女子が増えて面倒なのだろうなとは推測する。

 あやせが同じ様な境遇にいる桐乃と親しくなった訳も何となく見えた気がする。

「それで、去年の夏ごろに桐乃の家に遊びに行った時におにいさんを初めて見て……わたし、おにいさんに一目惚れしちゃったんですよ」

 あやせは少しだけ苦笑して見せた。

 

「初恋って意外と近くに転がっているんだなって自分でも驚いちゃいました。自分から男の人の携帯番号を聞いてゲットしたのもあの日が初めてのことでした」

「い、意外と積極的じゃないの」

 私が先輩の電話番号をゲットしたのは、初めて会ったオフ会で沙織や桐乃を含めた4人の番号を交換しようという流れの中でのこと。

 当時の私は先輩のことを桐乃の保護者としか考えていなかったので番号交換にも深い意味はなかった。

「だけどその後、桐乃と大喧嘩して、仲直りする過程でわたしはおにいさんと疎遠になりました。一方的に距離を置きました。それ以来、まともに接したことはありません」

 あやせは少し寂しそうな表情を浮かべていた。

「貴方と桐乃の喧嘩を収める過程で先輩が何をどう考えて言ったのか、後で確かめてみないとダメみたいね……」

 気絶している先輩を見る。

 このお人よしのことだから自分を悪者にすることで2人の仲を取り持ったのだろう。けれど、彼女としてはやっぱり先輩の口から事情を説明して欲しい。

「でもやっぱり、わたしは初恋の人を忘れることができなくて……何かと用事を付けてはおにいさんと再会するようになりました」

「なかなか、乙女なのね……」

 私はずっと先輩にかまわれている立場にいたので、自分からアクションを起こしたことは2回しかない。

 1度目は桐乃をアメリカまで迎えに行くように“呪い”の儀式を掛けた時。

 そして2度目は先輩に愛の告白をした時。

 ……私も、十分に乙女だった。

 

「それでおにいさんに会ったら、あれだけ酷いことを言って縁を切ったのにもかかわらずとても優しく親切に相談に乗ってくれました」

「京介さんはそういう人よ。ホント、お人よしっていうか、妹バカっていうか」

 思えば私も先輩には随分酷いことを言ってきた。

 けれども、先輩はいつだって私にお節介を焼いて、私の危機を救ってきてくれた。

 ホント、どうしようもないほど年下の女に甘い人。

「それで、私のことを好きだって擦り寄って来て、プロポーズもされました」

「この女タラシには後で折檻が必要なようね。生まれて来たことを後悔させてやるわ」

 私だってまだプロポーズされたことはないって言うのに。

「わたしは別にプロポーズを本気で言っていると考えた訳ではなかったのですが、おにいさんはわたしのことが好きなんだってずっと思ってたんです。おにいさんはおねえさんじゃなくて本当はわたしのことが好きなんだって……」

 天狗になっていましたとあやせは小さく呟いた。

「だからわたしは逆に安心してしまい、自分がおにいさんをどう想っているのか、どうなりたいのかを真剣に考えないまま月日を過ごしていました。本当にバカですよね、私は…」

 あやせは目を伏せた。

「それで今日、おにいさんから黒猫さんと付き合っていると聞かされて……わたしはやっぱり今でもおにいさんのことが大好きなんだって理解すると同時に失恋してしまいました。それで後は怒りを向ける矛先を探して……桐乃の名前を悪く利用しちゃいましたね……」

 私って悪い娘ですねとあやせは溜め息を吐いた。

「だから、黒猫さんの言う通りです。わたしはあなたが羨ましくて妬ましくて嫌いです。おにいさんをわたしから取り上げてしまったのですから」

 あやせはようやく胸の内を吐いた。何とも気まずい表情を浮かべながら。

 

 

「貴方の事情はわかったわ。よく話してくれたわね」

「は、はあ……」

 深呼吸しながらあやせを見る。戸惑った顔が私を見ている。

 でも、そんな微妙な表情を浮かべていられるのはここまでよ。

 ここからは私のターン。

「そうね、でも安心して。私も貴方のことが妬ましくて大嫌いだから。似た者同士ね、私たち」

 桐乃に向けるぶしつけで冷ややかな瞳をあやせにぶつけるみせる。

「な……っ!」

 あやせは驚いた表情をみせた。

「人に悪意をぶつけられるのは初めてかしら? 貴方のような良い子で“正しい”ことをして来た人間には憎悪を直接ぶつけられるなんてことはそうないでしょうね」

 反対に私の場合は悪意のぶつけ合いの中で生きて来たといっても過言ではない。勿論それは半分以上私の邪気眼厨二癖が悪い。今となってはそれも認める。

 けれどとにかく私は人間の憎悪を浴びることには慣れてる。そして浴びせることにも。

 温室育ちのお嬢様には未経験かもしれないけれど。

「私の彼氏を一方的な言い掛かりでこんなにしてくれて、しかもその彼氏は貴方に色目を使ってる。更に桐乃のことではよくわからない難癖を付けられる。私のどこに貴方を好きになれる要素があると思うの?」

 おまけに私が先輩の未知と遭遇するのも邪魔してくれた。それだけは絶対に許せない。

「そっ、それはそうかもしれませんけれど……」

 あやせは気落ちしたような気まずい表情を見せている。やはりこの娘、悪意を悪意として直接ぶつけられることに慣れていない。

「でも、黒猫さんはわたしからおにいさんと桐乃を奪ったんです。ずるいって思ったって良いじゃないですか」

 あやせの必死の反撃。

 けれど、そんな健気な意見、桐乃との罵り合いで互いを全否定することに慣れている私には通じない。

「何がずるいのよ? 大体、京介さんには貴方の方が私より受けが良かったんでしょ? つまらない意地を張ってないでさっさと捕まえておけば良かったのに。貴方が失恋したのは単にのろまでしかも驕っていたからでしょ?」

「そ、それはそうなんですけど……」

 あやせがグッと唇を噛み締める。

「それに桐乃のことだって、貴方がオタ趣味に対して狭量すぎるから、桐乃は私に癒しを求めて走ったのよ。それもみんな貴方が悪いんじゃないの」

「そんな言い方って……」

 あやせはほとんど泣きそうな表情をしている。

 先輩を(社会的に)葬り去った時が嘘みたいだ。

 この娘は基本的な立ち居振る舞いもお嬢様っぽいし、親に叱られたこともほとんどないような気がする。

 フフフ、調教のし甲斐がありそうね。

「つまり京介さんの件も桐乃の件も全部あなたのせい。貴方がしっかりさえしていれば、私は2人に介入する余地さえなかったのよ」

 桐乃が校内で趣味をオープンにできる環境にいれば、オタクっ娘集まれのオフ会に参加することもなかった。そうなれば私と桐乃、私と先輩が出会うこともなかった。

 つまり私と高坂兄妹の間を取り持ってくれたのは、間接的にはあやせの狭量さに拠る。

「そんな、そんなことって……酷い……あんまりですよぉ……うえええぇん」

 ……しまった。あやせは泣き出してしまった。

 つい、桐乃基準で口撃をしてやり過ぎてしまった。

 桐乃ならここで10倍以上の反撃を仕掛けて来る所だけど、ピュアお嬢様にはきつ過ぎたみたい。

 女子中学生を泣かせてしまうのは寝覚めが悪い。

 どうにかしないと……。

 

「まったく面倒くさい女ね、貴方は」

 大げさに溜め息を吐いてあやせの注意を私に見ている。

 あやせの潤んだ瞳が私を捉える。こういう泣かれ方にはとにかく弱い。

「桐乃だったらこんな時に絶対に泣き寝入りなんてしないわよ」

 まあ実際にはあの娘は結構泣き寝入りして先輩に助けてオーラを出している訳だけどそれは敢えて言わない。

「桐乃、だったら……?」

 あやせが泣き止んだ。

「桐乃だったらこんな逆境をどう切り抜けるのか。一番の親友を名乗りたいのだったら考えて実行してみなさいよ」

「桐乃だったらどう切り抜けるのか……考えて実行……アっ!」

 あやせが表情を引き締め瞳に生気が戻る。

「桐乃だったら、諦めずにおにいさんを取り戻す為に動くに決まってます!」

 あやせは私にビシッと指を突き付けながら断言した。

「よく、わかっているじゃないの……」

 言いながらあやせを元気付けてしまったことを後悔し始めた。

 もし、あやせが桐乃と同じ思考に辿り着くなら私にとっては少しも嬉しくない展開が待っている。

 

「まず、これからは毎日のようにおにいさんのお家に遊びに行って、黒猫さんとお兄さんの仲を邪魔します」

「さすがは桐乃の親友を名乗るだけはあるわね」

 邪魔の仕方が桐乃そっくりだ。

「いえ、正確には私は桐乃の所に遊びに行くだけです。でも、同じ家の中、しかも部屋は隣同士。私が黒猫さんたちに出会ってしまうのは未必の故意に過ぎません」

「貴方、桐乃と仲直りしなければもっとマシな人生送れたわよ」

 友達は選びなさいって親に言われなかったのかしら?

「でも、それだけじゃ生ぬるいですね。おにいさんと黒猫さんに刺客を送ろうと思います」

「貴方、今すぐ桐乃と別れなさい。その方が今後の為よ」

 この娘は悪い友人に悪い影響を受けている典型例だと思う。

「最初の刺客はやっぱり桐乃ですね。桐乃は治療不可能なぐらいに重度なブラコンですし、おにいさんもまた妹の為に全てを投げ打つシスコンです。桐乃を投入すれば黒猫さんとおにいさんの仲をズタボロに引き裂くことも可能です。その隙にわたしが漁夫の利です」

 あやせの鼻息は荒い。

「……なかなかに素敵な作戦だとは思うのだけど、それだと今度は貴方があのブラコンに狙われるわよ」

 頬がピクピクと引き攣る。

「大丈夫です」

「何が大丈夫なのかしら?」

 何でこの娘はこんなに力強く断言するのだろう?

「私とおにいさんが付き合うようになった翌日から桐乃はモデルの仕事で南極に飛びます。次に会えるのは私が高坂あやせになる結婚式の日です」

「貴方は桐乃の親友じゃなかったの?」

「女同士の友情と男女の愛を比較してはいけませんよ♪」

 ああ、この娘は間違いなく桐乃の親友だ。

 

「でも、桐乃は頑固な娘ですから思った様に動いてはくれないかもしれません。他の手を考える必要がありそうです」

「他の手?」

 凄く嫌な予感がする。

「いかがわしい本の力を借りて、おにいさんを見境なく男だけを襲う腐獣に変えたいと思います。おにいさんが男にしか興味なくなったら黒猫さんなんてあっという間に捨てられますよ」

 やっぱりそう来たか。どこまで桐乃をシンクロしてくるのだ、この娘は。

「貴方も先輩に全く見向きもされなくなるでしょうね」

 あやせは急に動かなくなった。そして……

「……黒猫さんがそんなに泣いて頼むなら腐獣計画はやめにします」

 あやせは面白くなさそうな表情でそっぽを向いた。もう少しよく考えてから喋る癖を付けて欲しい。

 

「こうなったら加奈子を刺客に送り込みましょうか? でも加奈子じゃ黙ったまま爆弾持たせて黒猫さんに飛び込ませるぐらいしか使い道なさそうだし」

「そんなにその加奈子って娘は使い捨てにされるのが似合うの?」

 以前に桐乃が同じことを言っていた気がするし。

「はいっ、とっても♪」

 あやせの返事に躊躇は見られなかった。

 

「ならば、ラスボスおねえさんを投入するしかありませんね!」

「その話はもうさっきしたでしょ?」

「くぅうううぅ。所詮は黒猫さんにおにいさんを寝取られたおねえさん。役に立たないです。もうダメです。全然ダメです」

「貴方、桐乃とネタ合わせでも事前にしてるの?」

 ここまで桐乃の考え方をシンクロできる存在を初めて見た。

 ということはやっぱり次は……。

 

「こうなったらもう仕方がありません。わたしがおにいさんを寝取るしかありません! 嫌で嫌でどうしようもありませんけれど、もうそれしか方法が残されてません!」

「貴方、最高に嬉しそうな表情を浮かべているわよ」

 口から涎を出さない分だけ桐乃より理性があると判断して良いのだろうか?

 でも、この流れだと次の展開は当然……

「わたしが偶然スケスケのネグリジェを着ておにいさんのベッドで寝ていると……」

「どんな偶然が重なると貴方がスケスケのネグリジェ姿で先輩の部屋で寝るのよ?」

 桐乃が言う以上にあり得ない仮定にツッコミを入れるのだけど、妄想に浸ったヤンデレには届かない。

「ノックもしないで入って来たおにいさんは、わたしを見て野獣の本性を現すんです」

「自室に入るのにノックするしないは重要な点なの?」

 私のツッコミは全く届かない。

「男の人は若い女の方が好きだって聞きます。もう高校生の黒猫さんより、現役中学生のわたしの方がおにいさんの情欲を掻き立ててしまうのは仕方がないことかと」

「千葉の条例は東京より厳しいのよ……」

 先輩が中学生って響きに弱いのはもしかするとこの娘のせいかもしれないのだけど。

「襲い掛かられたわたしは必死で抵抗しておにいさんに留まる様に説得します。ですが、野獣と化したおにいさんには言葉が通じません。そしてわたしは遂におにいさんに力づくで純潔を奪われてしまうのです。えへへへへへぇです♪」

「ねえ、何でそこで笑みが毀れるの? というか、貴方、さっき先輩を牙突で瞬殺したわよね? 貴方が先輩を退けられないとはどう考えても思えないのだけど?」

「わたしはその時、両手両足を縛って寝る癖を持っているはずなのでおにいさんのなすがままなんです♪」

「それは完璧に変態の領域よ」

 どこまで危険な願望抱えているのよ、この子は。

「そしてわたしは生まれて来たあや介を抱き締めながらこう話し掛けるんです。京介さんは妹の親友に手を出す鬼畜パパだけど、ママはあなたのことを全身全霊かけて愛してあげますよって」

「貴方の人生はそれで良いの?」

 この娘、そんな展開が家族に認められると本気で思っているのかしら?

「まったく、おにいさんってば鬼畜すぎますよ。わたしが幾らラヴリーエンジェルだからって♪」

「鬼畜なのは貴方の頭の中身の方よ」

 考えていることは桐乃と同じ。だけど、桐乃とは大きく異なる点が1つある。

 それは、あやせが今言った計画を実行に移した場合、先輩が堕ちる可能性は非常に高いという点。

 これだけ綺麗な娘が半裸で寝ていたら……早く何とかしないといけないわね。

 大きな溜め息が漏れる。

 

 

「まったく、手の掛かる義妹がもう1人増えたみたいだわ……」

 桐乃1人でも持て余しているのに、桐乃化したあやせが加わったのでは私の身が持たない。

「……く、黒猫さん。今、何て?」

 あやせの声が震えていた。ホワイ?

「手の掛かる義妹がもう1人増えたみたいって言っただけよ?」

 特におかしなことを言った覚えはないと思うのだけど?

「……つまり、黒猫さんはわたしのことを妹だとお考えで?」

「そうね。年下だし、女だし、しっかりしてそうだけど構ってオーラを凄く放ってるし。貴方は桐乃と同じなのかもしれないわね」

 日向や珠希とは異なるけれど、桐乃同様にこの娘も妹キャラなのかなって気もする。

「わたしが……妹っ!? クッ……わたしの、負けです」

 あやせはガックリと膝を折って地面に手を突いた。ホワイ?

「ちょっと、突然どうしたの?」

「わたしは、何故自分が黒猫さんに勝てないのかその原因を掴み損ねていました。でも、それがやっとわかったんです!」

 あやせがクワッと顔を上げる。

「それは、何故なのかしら?」

 あんまり聞きたくない気もするけれど聞いてみる。

「私が勝てない理由。それは……黒猫さんが姉属性だからなんですよっ!」

「ここは『何だって!?』って目を見開いて驚いた方が良いのかしら?」

 どう反応すべきか判断に困る。私が姉属性って何? 確かに私は姉だけど。

「桐乃は妹キャラなんです。だから親友で同級生で一人っ子のわたしでは、親友で年上でお姉さんの黒猫さんに勝てる筈がなかったんです」

「まあ、確かにごく稀にあの娘は『お義姉ちゃ~ん』と猫撫で声で甘えて擦り寄って来る時があるわね」

 99%の時間は対立している気がするけれど。

「やっぱり、桐乃の妹を引き出せる分、わたしの負けなんです」

「何が私の勝ちなのかまるで理解できないのだけど?」

 桐乃の一番なら幾らでも譲ると何度言ったらわかるのだろう?

「そしておにいさんにとって妹は守るべき対象で、たとえ欲情はしても本気で恋をする対象ではないのだと思います。わたしもおにいさんにとっては桐乃のお友達で妹の延長なんだと思います……」

 あやせは泣き笑いしていた。

「そちらは一理あるかもしれないわね。私は先輩と同じ高校に入学してゲーム研究会に入部して色々と一緒に活動して、ようやく“妹”を脱皮して“後輩”になれたのだし」

 先輩と恋人になれたのも“後輩”にクラスチェンジしたおかげ。

 先輩と同じ学校を選んで本当に良かった。

 ……私が先輩と一緒に高校に通いたくて志望校を直前に変えたのは内緒。恥ずかしいので墓場まで持っていかないといけないトップシークレット。

「くぅっ。さすが、おにいさんの為にわざわざ直前に志望校を変えたと桐乃が何度も大声で叫んでいた黒猫さんだけありますね」

 桐乃……後で折檻決定ね。

 高坂兄妹は私が直接厳しく躾けないとダメみたいね。

「とにかく、そういうわけでわたしでは黒猫さんに敵わなかったんです……うっうっ」

 再びハラハラと涙を零し始めるあやせ。

 ホント、桐乃並に喜怒哀楽の激しい子だ。

 

「貴方は美人で人を惹き付ける才能を持っているのだから、それで良いじゃないの」

 あやせの髪を優しく撫でる。

 桐乃はこうすると大概の場合大人しくなる。

「黒猫……さん……?」

 あやせも泣き止んでくれた。

 目を大きく開いて私のことを驚きの表情で見ている。

「貴方は桐乃の親友なのだし、京介さんは貴方といると幸せそうな表情を浮かべる。貴方は決して2人に嫌われているわけでも必要とされていないわけでもないのよ」 

 左手で髪を撫でながら右手であやせの頬についた涙をそっと拭う。

「それに貴方はこんなにも美人なのだから、これから素敵な出会いは幾らでもあるわよ」

 あやせを見ながら優しく笑ってみせる。

 ちょっと悔しいぐらいにこの娘が美人なのは事実。

 彼女の前にはこれから幾らでも素敵な男性が現れるだろう。

 あやせはその中から自分だけの漆黒を探し出せば良い。

「く、黒猫さん……」

 あやせの顔が真っ赤に染まった。

「あの、これから黒猫さんのこと……お姉さま、って呼んで良いですか?」

 猛烈に嫌な予感がした。背中を悪寒が通り抜ける。

「えっ?」

 聞き返す私にあやせが腰へと抱き着いてきた。

「程よく柔らかいこの最高の抱き心地。鼻腔をくすぐる甘い香り。桐乃がおねえさまにフニャニャにされる気持ちがよくわかりました」

 あやせは頭を私の脇に寄せてすりすりし始めている。

「新垣さん……その、気持ちは嬉しいのだけど、私、そういう趣味はないからお姉さまはちょっと……」

「新垣だなんて他人行儀ですよ、お姉さま。これからはあやせって呼んでください♪」

 満面の笑みを浮かべるあやせ。

 その笑顔はモデルの名に恥じない、美しさと可愛らしさを兼ね備えたものだった。

 ……お願いだから今すぐ起きて助けて、京介さん。

 

 そして私の願いは届いた。

「黒猫、お前は俺に関係ある女の子を囲ってハーレムでも作るつもりなのか?」

 先輩がようやく起き上がり私たちを不審な目で見ていた。あやせに抱き締められて地面に尻餅をついている私の姿を見ながら。

「私は私で貴方が寝てしまった後、ずっと大変だったのよ。……って、京介さんは私に何てものを見せてるのよぉっ!?」

 先輩はお尻に私のハンカチ(京介パンツ)を乗せていただけで下半身に何も身に着けていない。

 そんな状態で間近で立ち上がれば当然……

 私は未知との遭遇のファースト・コンタクトを果たしてしまった。

 ビッグバン並みの衝撃が頭の中を駆け巡る。

 自分で言うのも何だけど、私はこの手のものに滅法弱い。

 頭の中が完全にショートして思考回路のブレーカーが落ちる。

 何も、考えられない……。

 

「うぉおおおおぉっ!? 何故俺のリヴァイアサンが白日の下に晒されてるんだぁっ!?」

「嫌ぁああああああぁ!? お、おにいさん、そのポークビッツ、又はさやえんどうに似ている汚くて粗末過ぎるものを早く隠してくださいっ!」

「お、俺のリヴァイアサンが現役女子中学生にポークビッツ扱い……いや、リヴァイアサンは荒ぶった時にこそ、その真価を発揮する筈っ! 屋外で美少女2人に見られているこの興奮シチュエーションを生かせばきっと!」

「いいから早く隠せって言ってんですよ! このぉ、変態っ! 変態変態っ! 死ねっ!」

 バチバチバチバチィ。

「あ、あ、あやせ……?」

「うるさいっ。喋るな変態っ! やっぱりお前が諸悪の根源。二度とわたしのおねえさまに触るな! 汚らわしい! 気持ち悪い!」

「あ、あやせ……?」

「わたしが絶対守ります。だから、逃げましょ、おねえさま」

「フッ。これで2人は仲良し……計画通り、だ……ガクッ」

 私はあやせに手を引かれるまま呆然と公園を去っていった。

 

 先輩と買い物袋を公園に置いて来たままにしたのに気付いたのはそれから4時間後のことだった。

「おねえさま、これ、わたしが淹れたアッサム茶です。飲んでください♪」

 あやせに勧められるままに紅茶を飲む。

 最初はあんなに険悪な雰囲気での出会いだったのに、今ではベタベタと懐かれてしまっている。

 美人だけあって甘えてくる仕草はとてつもなく可愛い。

 私の義妹の親友がこんなに可愛いのは当然と思うほどに。

 あやせならこの世のほとんどの男を落とせるんじゃないかとさえ思う。この性格と暴力じゃ落とした後に続けて付き合ってくれる男もいなさそうな気もするけれど。

 それにしても、先輩は大丈夫かしら?

 私たちにアレを見せつけてスタンガン攻撃を受けて逝ってしまった先輩は。

 先輩の……アレ……

「今日の夕飯はポークビッツとさやえんどうの炒め物にしようかしらね」

「急にどうしたのですか、おねえさま?」

 特に深い意味はないのだけど今日の夕飯のメニューが決まった。

 

 

 

 


 
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