No.436490

俺妹 あやせたん エイプリルフーる 前編

京介は死ぬしかない。
そんな物語です

とある科学の超電磁砲
エージェント佐天さん とある少女の恋煩い連続黒コゲ事件

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2012-06-13 00:53:53 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:2466   閲覧ユーザー数:2284

あやせたん エイプリルフーる 前編

 

 

「あやせ、大事な話があるんだ」

 高校進学を控えた春休み中のある日のこと。

 わたしはお兄さんにいつもの公園に呼び出されました。

 お兄さんのご指名であれば行かない訳にはいきません。

 高校の授業用の予習をやめて急ぎ公園にやって来ました。

「あの、それで大事な話とは一体何でしょうか?」

 お兄さんには大事な話があるので会って話したいと言われただけです。具体的な内容は聞かされていません。一体、どんな話なのでしょうか?

「あやせは一体、俺が何の用で呼び出したと思うんだ?」

 お兄さんは意地悪な問い掛けを投げ掛けて来ました。

「質問に質問で返すのはずるいですよ」

 唇を尖らせながら考えます。

 お兄さんがわたしを呼び出した。

 年頃の男性が年頃の少女を呼び出した。

 年頃の男性が年頃の少女を休みの日の公園に呼び出した。

 この事象が意味するものと言えば……。

「愛の告白、でしょうか?」

 ドラマや漫画だとお決まりのパターンですよね。

「でも、お兄さんのことですから、もっと捻った無茶苦茶な話をしてくるのでしょうね」

 お兄さんはセクハラ大好きですし真面目な顔をして無茶苦茶なことばかり述べる人です。

 真面目な話を期待すると呆れさせられることになるでしょう。

「さすがはあやせだな。俺のことをよくわかっている」

 お兄さんは楽しそうに笑っています。

「お兄さんの意地悪ぶりはよく知っていますから。それで、お話とは何ですか? また、いつもみたいにプロポーズですか?」

 大きな溜め息が出てしまいます。わざわざ勉強を中断させて出てきたというのに。

「ほんと、あやせは何でもお見通しだな」

「えっ?」

 お兄さんは懐から小さな四角い箱を取り出してわたしに向かって見せました。

 そして、わたしを呼び出した用件を告げてきたのです。

 

「俺と、結婚して欲しい」

 

 それは今までお兄さんの口から何度も聞かされてきた言葉。

 でも、今回に限ってその言葉の持つ意味は、ううん、重みがまるで違っていました。

 だって、お兄さんが持っている箱の中には燦然と輝く宝石をあしらった指輪が入っていたのですから。

 

「あやせ、俺と結婚して欲しいんだ」

 お兄さんは繰り返して言いました。

 その口調はいつもの冗談めかしたものとは違いました。

「いつもの、セクハラですか?」

 でもわたしは今自分に起きていることが信じられなくて日常に回帰しようと試みました。

 口の中がカラカラに渇いてしまいましたが、とにかく日常に復帰したいと思いました。

「セクハラはもうしないって半年ほど前に告げたと思うんだが?」

「セクハラじゃなかったら何だって言うんですか?」

 お兄さんを強い瞳で睨みます。

 だって、セクハラじゃなかったとしたら……わたし、困ります。

 本気でプロポーズしてくるなんて。わたし、困るんです。どう返事したら良いんですか?

 そして意地悪なお兄さんは更にわたしを混乱させる言葉を述べたのです。

「俺は本気だ。本気であやせと結婚したい。大好きだから。愛しているから」

 お兄さんのその一言を聞いてわたしは目を合わせていられなくなりました。

 お兄さんの声はいつもより真剣で、冗談で言っているとは思えません。だから、困るんです。

「わたしまだ、中学生ですよ。結婚なんてまだ早過ぎます……」

「中学ならもう卒業しただろ?」

「そうですけど。でもわたし、まだ高校生にもなっていないんですよ。お兄さんだってこれから大学生。まだ4年間は学生じゃないですか」

 お兄さんの言葉に押されて無意識的に後ずさっていきます。

 自分の退路がどんどん断たれている。それを感じて怖くなってきます。

「別に学生だからって結婚しちゃいけないってことはないだろ? あやせだって今年中に16歳になるんだしさ」

「でも、そうだとしてもおかしいですよっ!」

 大声で叫びます。

「何が?」

「だって、わたしとお兄さんは付き合ってもいないんですよ。それなのにいきなり結婚だなんてっ!」

 気が付くとわたしはジャングルジムを背にしてもう引く所がなくなっていました。

 大声を上げていたのにも関わらずわたしの体は後ずさり続けていたのです。

 

「だったら付き合おうぜ。俺たちが結婚する為にさ」

 お兄さんがいつもよりもワイルドかつニヒルな感じで囁き掛けてきます。

 こんな時だけ普段より格好良いなんてずるいです。

「そんなの順番がおかしいですよ。交際の後に結婚話が出るものです」

 首を背けます。お兄さんを見ているとどうにかなってしまいそうです。

「見合い結婚なんてそんなもんじゃないのか? 結婚が前提にある付き合いだろ、あれ」

 お兄さんの右手がわたしの肩に触れます。そして左手はわたしの顎に添えてきました。顔を正面に向けられてしまいます。

 お兄さんが近い。近いです。

「だけど、でも……。お兄さんとわたしじゃ今の話とは前提が違うじゃないですか。わたしは、別にお兄さんのことなんて……」

「俺のことなんて好きじゃないってか?」

 わたしの顎を押さえる手の力が強くなりました。

 強制的に顔を上に向けられてしまいます。

 今にもキスさせられてしまいそうな姿勢です。

 目を瞑ったらきっとキスされる。そう直感しました。

だから、必死に目を開けながら耐えます。

「そ、それは……」

 答えに困ります。

 いつもの軽い冗談なら大嫌いですと答えれば済むことです。

 でも、今は違います。

 指輪まで用意したお兄さんにそれを言って良いのか?

 わたしの勘はそれを絶対に言ってはダメと繰り返しています。

 それを言っては全てが終わってしまう。

 お兄さんとの関係が永遠に壊れてしまう。

 それはわたしにとって何よりも避けたいことでした。

「でも、だけど……」

 それじゃあ、お兄さんのことを好きですって述べろと言うのでしょうか?

 ずっとずっと大切に温めてきた想いをこんな形で述べるって言うのですか?

 こんな形じゃなくて、わたしはもっと相応しい状況でそれを言いたいのに。

 でも、状況はわたしに即断のみを求めていたのです。

 

「あやせ、答えを聞かせてくれ。俺のプロポーズを受けてくれるのか?」

 お兄さんはわたしに答えを催促してきます。

 もう、どこにも逃げ場はありません。

「わっ、わたしは……」

「私は?」

 お兄さんの顔が更に近付いてきます。近い。近すぎます。本当に今すぐにもキスされてしまいそうです。

 そんなお兄さんのプレッシャーに耐え切れず、遂にわたしは言ってしまったのです。

「わたしは、お兄さんのことが……好き……です」

 1年間、ずっと温めてきた想いを口にしてしまいました。

 もっと、ロマンチックな雰囲気の中で言いたかった言葉なのに。

 何だかとても悔しい気分で一杯です。

 でも、お兄さんはわたしのそんな乙女心を更に意地悪く弄んできたのです。

「よく聞こえなかったなあ。悪いけれど、もう1度聞こえるように大きな声で言ってくれないか?」

 お兄さんはわたしにもう1度告白しろと言ってきたのです。

 わたしは恥ずかしさで泣いてしまいそうでした。

 でも、意地悪な顔を見る限りお兄さんがわたしの告白を聞いていたのは確かです。

 つまり、わたしの想いはもう知られてしまっているのです。だからわたしの想いを隠そうとすることは何の意味もないことなのでした。

「わたしは……お兄さんのことが好きです。1年前からずっと好きでした」

 諦めて素直に自分の想いを告げます。

 想いを告げるというのは素晴らしいことの筈なのに何か負けた気分です。全然釈然としません。

「そうかそうかそうかぁ~。あやせは俺のことが好きなんだな。うんうん。わかったわかった」

 意地悪い瞳でいやらしい笑みを浮かべるお兄さん。

 こんな酷い人を好きになってしまったなんて本当に不覚です。

 そして、お兄さんは更に最低ぶりを見せ付けてきたのでした。

 

「これで俺たちは両想い、カップル成立だな」

「えっ?」

 一瞬、何をされたのか理解できませんでした。

 突然、お兄さんの顔がわたしの視界一杯に広がったのです。

 そして口に感じた圧力と熱とネバっぽい水分と柔らかくて少しかさついた感触。

 キスされたのだと気付いたのは10秒以上口を押し当てられてからのことでした。

「なっ、なっ、何てことをしてくれるんですかぁっ!」

 30秒以上たっぷりと口付けされて固まっていたわたしはお兄さんが離れたことでようやく意識を覚醒させました。

「何って、恋人同士なんだからキスぐらい当たり前だろ?」

 お兄さんはさも当然とばかりに答えます。

「当たり前じゃありませんっ! わたしはまだ恋人同士になったことを認めた覚えはありませんよ」

 唇を拭おうとした右手を直前で止めながら大声で文句を述べます。

「でも、あやせって俺のことが好きなんだろ? 俺もあやせが好き。なら、2人は恋人同士じゃないか」

「それは、その……確かにわたしたちは両想いなのかもしれません」

 両想いになるってもっと気分が良いものの筈。何でこんな悲しい気持ちでわたしは満たされているのでしょうか?

「でもわたしは、お兄さんに交際して欲しいと言われたわけではありません」

「言ったじゃないか。“だったら付き合おうぜ。俺たちが結婚する為にさ”ってさ」

「そんなの、本気の申し出と思う人はいませんよ」

 ちゃんと言ってくれたならわたしは……。

 本当に意地悪で馬鹿な人なんです。わたしの好きになってしまった男性は。

「まあとにかく、俺は交際宣言したし、キスも済ませた」

「両方ともわたしの承諾を得ずにしたものじゃないですか。……ファーストキスだったのに酷いですよ」

 唇を尖らしながら俯きます。

 わたしは自分の初めてのキスの相手がお兄さんになることをずっと望んでいました。でも、こんな形で強引にされるなんて思ってもみませんでした。

 なのに、お兄さんはそんなわたしの繊細な乙女心を汲み取ってくれません。

 ……けれど、お兄さんの言うとおり、わたしはもうお兄さんの彼女なのでしょうか?

 両想いであることを認め合いました。キスもしました。意地悪な告白もされました。

 世間一般の彼氏彼女の要件は満たしています。

 わたしはお兄さんの彼女を名乗って良いのでしょうか?

 頭がごちゃごちゃします。最悪な気分です。彼氏彼女になるってこんなに気分悪いものなのですか?

 

「とにかく手順はちゃんと踏んだ。だから、俺と結婚してくれ」

 そしてまた無茶苦茶な頼み方でお兄さんがプロポーズして来ました。

「わたしは、その、もうお兄さんの彼女なのかもしれません。でも、だからといってプロポーズを受けなければならない理由はないと思います。早すぎますよ」

 こんな頼み方で結婚まで決められてたまるものですか。

「なら、真面目に頼めばあやせは俺を受け入れてくれるのか?」

「えっ?」

 心臓がビクンッと飛び跳ねる思いがしました。

 急に緊張してきました。心臓が締め付けられる感じがします。

 そしてお兄さんはわたしに対して最大級の意地悪を放ったのです。

「改めて言うぞ」

「…………はいっ」

 お兄さんに真剣な表情を向けられてこれ以上軽口を叩けなくなりました。

 先生に怒られている生徒みたいに萎縮してしまいます。

 お兄さんはそんな風に縮こまったわたしを見ながら再び指輪を見せてきたのです。

 純白の輝きを放つそのダイヤの指輪にわたしは魅了されました。そしてその指輪を持つお兄さんに。

「あやせ」

「はい」

「俺と結婚して欲しい。俺は、本気だ」

 お兄さんに求婚されてわたしは俯きました。

 とても戸惑ったからです。自分が思うよりも激しく戸惑ったからです。

 嬉しくて、とても嬉しくて。

 お兄さんにプロポーズされて喜んでいる自分に戸惑いました。

「わたしは、お兄さんのことを信じて良いのですか? 一生を任せて良いのですか?」

 顔を上げてお兄さんの顔を覗き込みます。

 わたしの瞳には真摯な表情をしたお兄さんが映っていました。

「信じてくれ。あやせを幸せにすると約束する」

 お兄さんが抱きしめてきました。とても熱い抱擁。

「ずるいです。お兄さんは本当にずるいです……」

 わたしはその抱擁から抜け出すことが出来ません。ううん、わたしは自分でお兄さんの腰に手を回していました。

「お兄さんに……京介さんにそんな風に真剣にプロポーズされたらわたしが断れるわけがないじゃないですか」

「じゃあ」

「京介さんのプロポーズをお受けいたします。わたしを幸せにしてくださいね。ううん、2人で幸せになりましょう」

 再び重なる2人の唇。

 こうしてわたしは京介さんとの結婚を受け入れたのでした。

 

 

 

「I ‘m the ruler of the world!!」

 とても目覚めの良い朝でした。

 何でこんな目覚めが良いのかわからないぐらいとても気分の良い朝です。

 何の夢を見ていたのかはよく思い出せません。

 でも、とても素晴らしいものだったということだけはよく覚えています。

「今日はとても良いことが起こりそうですね♪」

 時計を見れば 『201×年 3月31日 06:49』 と表示されています。

 春休みに入って約1週間。生活リズムは学期中と同じを保っています。

「わたしも後1週間も高校生。JKになればお兄さんもわたしのことを一人前の女の子として見てくれますよね?」

 鏡に向かって睨めっこしてみます。昨日までと特に変化のない顔。

 でも、先週までのわたしは中学生。来週からのわたしは高校生です。

 高校生になれば、今まで結局は子ども扱いしていたわたしのことも1人の女の子としてちゃんと見てくれるんじゃないか。そんな淡い期待を抱いてしまいます。

「なんて、あの朴念仁がそんな風に機微を感じ取ってくれるわけがないですよね」

 鏡の中の自分は大きな溜め息を吐きました。

「お兄さんが大学生になったら……周囲には大学生のお姉さんが一杯になるわけで。大学生のお姉さんと言えば文字通り大人な存在で……」

 鏡の中のわたしはしかめっ面に変わっていきます。

 わたしはよく大人っぽいと人から称されます。それは15歳という年齢よりは大人びた雰囲気を身に纏っているということです。

 でも、それは逆に言えばわたしが大人ではないことを示しています。

 それに対して、これからお兄さんが出会うことになる女子大生達はみんな大人です。中には子供っぽい女性もいるかもしれません。でも、大人であることには変わりありません。

「でも、お兄さんが好きなのは年下の妹のように思える女の子ですよね」

 自分にそう何度も言い聞かせながら心を落ち着かせようと試みます。

 お兄さんはロリコンではありませんが、重度のシスコンです。趣味は年下好みです。

 でも、それは今までの環境がそうさせていただけかもしれません。桐乃に構い続けて来たという環境が。

 大学に入って大人の色気の威力を知ってしまえば、年下に全く興味を示さなくなる可能性は十分に考えられるのです。

 そして、大学デビューとは人生の価値観を大きく変えてしまう可能性を含んだ危険な行事なのです。

「お兄さんにはこれまで通りに年下の女の子好きでいてもらわないといけませんよね」

 鏡の中のわたしが力強く頷きました。

「積極的に動かないといけない季節のようですね」

 鏡に映ったわたしは静かに燃えていました。

 

 

 

 

 あやせたんエイプリルフーる 前編

 

 

 

 高校を卒業し、後は大学入学を待つだけとなった気楽な春休み。

 ついつい怠惰に過ごしてしまっていた俺は寝ぼけ眼で新しく買ったばかりのスマートフォンの液晶画面を見た。

 

『201×年 4月1日 09:55』

 

「もう10時かよ……」

 昨日は新型の携帯の操作方法について格闘している内に半徹してしまった。今までの携帯とは勝手が違うんでわからないことが多い。だが、何とか電話帳だけは全部登録することに成功した。

「さて、起きるとするか」

 もう1度時刻を確かめながら起き上がる。と、気が付いた。日付が4月1日になっていることに。

「4月1日……今日はエイプリルフールか」

 天井を見ながらふと考えてみる。

「大学入学前の景気付けに盛大に嘘を吐きまくってみるのも楽しいかもしれないな」

 高校は卒業してしまったし大学入学はまだ先。

 緊張感のない日々に退屈を感じていた俺はこの嘘吐きイベントに楽しみを覚えていた。

「よっしゃ。今日は沢山嘘を吐きまくってやるぜ」

 久しぶりにみんなの顔を見たいという思いも重なって俺はエイプリルフールイベントに乗ってみることにした。

 

「さて、どんな嘘を吐こうかな?」

 品行方正を地にに生きている俺にはなかなか良い嘘が思い付かない。

 リビングに腰掛けながらどんな嘘を吐こうか考える。考える。考える。

「よしっ、テレビからヒントを得よう」

 1人で悩むよりもテレビからの情報の方が得られるものは多いだろうと電源を入れる。

 ちょうど画面に映ってきたのは昼ドラだった。

 

 

 

『アキ、どういうこと? 何でウチだけじゃなくて瑞希にもプロポーズしているのよ? ウチのこと世界で一番愛してくれているんじゃなかったの?』

『明久くん。これは一体どういうことですか? 何で、私だけじゃなくて美波ちゃんにもプロポーズしているんですか? 私、明久くんにプロポーズされて本当に嬉しかったのに』

『えっと、あの、その2人とも。落ち着いて。ねっ、まずは落ち着こうよ』

 

 

 エイプリルフールに友達の女の子にプロポーズしては反応を楽しんでいる少年の物語だった。

「なるほど。プロポーズして回るか」

 これは面白いかもしれない。そう思った。

 俺の知り合いは大半が女の子だ。みんな青春真っ盛りの美少女達ばかり。

 そんな女の子達が突然俺にプロポーズされればどうなるか? 

 面白い反応が見られそうだった。

「よっしゃ。早速実行に移すとするかっ!」

 大きな声を上げながら立ち上がる。

 久々に面白い1日を過ごせそうだと思った。

 

「何を大声で騒いでいるのよ?」

「えっ? 黒猫?」

 元恋人である黒猫が俺のすぐ後ろに立っていた。

 何で?

「今日は貴方の妹と沙織と3人で秋葉原に出掛けるつもりなのだけど、その前に借りていたDVDを返しにこっちに寄ったのよ」

「そっ、そうなんだ」

 元彼女にして現友達の黒猫とは別れた後もしょっちゅう会っている。

 でも、2人きりというのはなかなかなかったりする。

 何か気まずい。

 黒猫も困った表情を見せながら僅かに視線を俺から逸らしている。

 付き合っている時は2人でいることがあんなに楽しかったのに。

 実に困った。

 何か話題は…………あっ!

「実は黒猫にどうしても伝えたい大事な話があるんだ」

 先ほどの計画を早速実行に移すことにする。

 黒猫と2人でエイプリルフールを笑えばきっとこの重苦しい雰囲気もなくなるに違いない。

「何よ急に改まって?」

 警戒した視線が俺に突き刺さってくる。

 改めて浴びてみると結構キツいなこの視線。

 けれど、俺は負けない。

 俺はこの重い空気を粉々に砕いてやるっ!

「大事な大事な話があるんだ」

 言いながら黒猫の肩を掴む。

「だから一体何の話なのよ?」

 黒猫が戸惑いながら俺から視線を離した。強がっているものの顔が赤く染まっている。何ていうか、可愛い仕草だ。やっぱり可愛いよ、俺の元彼女は。

 よし、気分も乗って来た所で作戦を一気にゴーだっ!

「黒猫……いや、瑠璃」

「だから何なのよ?」

 俺から目を背ける黒猫の顎に手を添えて無理やり俺の方へと向かせる。

 そして、俺は言った。

 

「俺と、結婚してくれないか?」

 

 言った。言った。言ったぁ~~っ!

 クールでダンディーで、今の俺、すっげぇ~格好良くない?

 マジ、俳優レベルの格好良さじゃねえ? 

 アカデミー主演男優賞も夢じゃないってこれは。

 さあ、肝心の黒猫の反応は?

 

「…………京介は私と結婚したいの? 今すぐに?」

 とても冷めた瞳で俺に質問を投げ掛けて来ました。いや、これは絶対零度の方がまだ暖かいですってば。

「え~とですね。それは……」

 乙女らしい反応の全くなさに嘘を仕掛けた方としては戸惑ってしまいます。

「京介はこの春から大学生生活を始めるに当たって現役高校生である私と結婚したい。そういうことね?」

「今現在の俺たちの社会的地位を考えるとそういう話になりますね」

 冷や汗が出て来た。

「収入は? 新居はどうするつもりなの?」

 眉一つ動かさない表情で冷静に尋ねられるとキツい。キツ過ぎる。

「え~と、収入は俺がアルバイトで頑張って稼ぎます。新居は……さすがに2人分の食い扶持と居住費まで稼げる自信がないので、この家に同居してもらうという感じで」

 ただの冗談なのに。現実化に向けた話を向けられるととても息苦しくなる。

 やべえ。この雰囲気、プロポーズする前よりも苦しいよ。

「そう。それが京介の結婚後の計画なのね」 

 黒猫は無表情のまま天井を向いた。

「桐乃たちには先に秋葉原に行っているように伝えておいて。私はちょっと考えたいことがあるので後から行くわ」

 黒猫はとても冷ややかな瞳を俺に向けた。

「お、おう……」

 黒猫は明らかに怒っている。俺の目にはそう見えた。

 プロポーズで気分を害させてしまっただろうか。

 そう言えば、黒猫はこの手の冗談が大嫌いだったな。今頃内心で俺に対して呪い死ねと思っているのかもしれない。

 やばい。やば過ぎる。

「それじゃあ私はしばらく外を散歩してくるわ」

「いっ、行ってらっしゃい」

 1度も笑顔を見せなかった黒猫の背中を見送りながら俺はやっちまったと激しく後悔した。

 

 

 

「やっべぇっ! 黒猫を完全に怒らせてしまったぁ~っ!」

 黒猫の無表情な表情が俺の胸を打つ。絶対怒ってる。

 エイプリルフールの冗談だと説明する余裕さえもなかった。

 しかし後悔先に立たず。

「俺には癒しが、そして自信が必要なんだぁ」

 この心の憤りをなくすには、癒しが必要だった。そして、俺のプロポーズが女の子たちに通用するという自信が必要だった。

 その条件を満たしてくれる少女は1人しかいない。

 携帯を手にとって幼馴染の少女に電話を掛けた。

『どうしたの~きょうちゃん? こんな朝早くから電話なんて珍しいね~』

 さすがは麻奈実だ。

 もう11時近いというのに朝だと言い切ってくれる。

 こういう俺の生活リズムに合わせた受け答えをしてくれる女の子は世界広しといえども麻奈実だけだろう。

 幼馴染のおかげであっという間に癒されることに成功する。

 後は、黒猫には通用しなかったプロポーズを今度こそ成功させてみせるっ!

「なあ、麻奈実」

『な~に~?』

 今度こそ、確実に決めるっ!

 

「俺と、結婚してくれないか?」

 

 さあ、麻奈実。

 驚きの大声を受話器越しに響かせてくれ~~っ!

『うん。い~よ~』

 あっ。ダメだ。

 この間の抜けた声、全然本気に受け取られていません。

 これじゃあツンドラだった黒猫と何も変わる所がありません。

『後でお菓子持って~きょうちゃんの家にご挨拶に行くね~』

「ああ、わかった」

 シラけた気分になりながら通話を終える。

 黒猫に続いて麻奈実にも全く通じなかった。

「俺にはプロポーズの才能が全くないと言うのかよっ!」

 2連敗してとても悔しい感情が俺の心を占めた。

 このままじゃ終われない。

 俺のプロポーズを本気にして当惑する少女に巡り合うまでは終われない。

 そう思った。

 

 

「よしっ、次は沙織だ」

 再び携帯を手に取る。

 沙織は俺の話をよく聞いてくれる子だ。

 きっとプロポーズも真剣に受け取ってくれるに違いない。

 祈るような思いで受話器を見つめる。

「あっ、もしもし。京介だけど」

『おおっ。京介殿。拙者現在秋葉原に向けて移動中でござるよ。今日はきりりん氏と黒猫氏とマスケラ3期イベント見物の予定でござる』

 黒猫は遅れることになりそうだ。とは言えない。俺が原因だから言い難い。

 代わりに早速本題に入る。

「実は沙織にどうしても伝えておきたいことがあってな」

『何でござろう?』

 スピーカーから微かにエンジン音が聞こえる。沙織は車で移動中らしい。なら、好都合だ。

 今度こそ、俺がプロポーズ・マスターであることを見せ付けてやるっ!

 

「沙織……俺と結婚して欲しい」

 

 3度目の正直。

 今回こそ、頼んだぞっ!

『なるほど。京介殿は拙者と今すぐ結婚したい訳でござるな?』

「まあ、そういうことになるな」

 何ていうかまた俺の期待したのと違う反応が来た。

 沙織も麻奈実同様にあまりにも普段の態度過ぎる。

『実は槇島グループも新部門を開設いたしましてな。その新部門の担当者がなかなかみつからず難儀していた所なのです。京介殿が拙者の婿として、担当者になって下さればグループの悩みはなくなります。いやぁ、めでたしめでたしですなあ』

「いい加減過ぎるだろう。その決め方は」

 あ~ダメだ。頼みの綱だった沙織もまるでまともに取り合うつもりがないと来た。

 3連敗決定。

『京介殿にちょっと伝言よろしいですかな?』

「何だ?」

『拙者、ちょっと野暮用が出来た故に、集合時間に遅れることになりそうだときりりん氏に伝えておいて頂けませんか』

「急用か? わかった」

 沙織との通話を終えて携帯を置く。

「俺のプロポーズってそんなにダメなのかよ……」

 悲しくなった。

 今にも泣いてしまいそうだった。

 

 

 

 

「ねえ、ちょっと。黒いのがどこに行っちゃったか知らない?」

 大きな足音を立てながら桐乃が降りて来た。

 両親が出掛けているからとはいえ、うるせえなあ俺の妹様はよぉ。

 こっちは、プロポーズ3連続失敗で落ち込んでいるってのに。

「黒猫なら用があるから先に秋葉原に行っててくれって俺に伝言を頼んだぞ」

 その原因が俺のプロポーズにあるとは言えない。

「ハァ~? 何でわざわざうちまで来たのに別行動なんて面倒なことをしなきゃいけないのよぉっ」

 桐乃は八重歯を剥き出しながら怒っている。

 まあ、桐乃の気持ちもわからなくはない。でも、黒猫の気分を害させたのは俺なのでこの件にはこれ以上触れない。

 代わりに沙織に頼まれた伝言を伝えることにする。

「さっき沙織と連絡とっていたんだが、沙織の奴も急な用が出来たとかで、秋葉原に到着するのは遅れるとのことだ」

 話を聞いた妹はそりゃあ分かり易くご立腹なされた。

「なっ、何なのよそれぇ~。今日はイベント参加なのよ。3人一緒じゃなきゃ会場にも入れないじゃないの。あああっ、もぉっ、ムカつく~~っ!」

 桐乃は地団駄踏んで苛立っている。

 桐乃のこういう所、もう高校生になるっていうのに以前と全然変わらない。

「苛立ちが抑えきれない~~っ!」

 そして桐乃をこのまま放っておくと、確実に俺が被害を受けることになりそうだった。

 うん、何とかしないといけないな。

 さて、どうしたもんかな?

 ……あっ、そうだ。この際だからエイプリルフールイベントを桐乃にも仕掛けてみよう。

 どうせこのままいれば俺は妹に殴られる。なら、3連敗の雪辱を晴らす為に燃える方が建設的っていうもんだ。

 

「なあ、桐乃」

「何よ?」

 すっげぇ~キツイ視線が俺を睨んできます。まだちょっと話し掛けただけなのに。

 でも、俺は負けません。

 今度こそ、プロポーズで驚かせてやるんです。

「大事な話があるんだ」

「何よ、改まっちゃって。キモッ」

 唾を吐き出さんばかりの勢いで口を半開く桐乃。

 この妹様は兄に対する礼儀をどこに忘れてきてしまったのだろう?

 だが、こんな生意気な妹だからこそ華麗に嘘を吐いて驚かせてやる。

「大事な話なんだっ!」

 桐乃の両肩を掴む。

「気安く触んなぁっ!」

 桐乃が暴れる。だが、肩は離さない。

 桐乃の暴れ方はこれまでで散々学習した。あやせと違っていきなり蹴りが飛んで来ることがないので御し易い。

「はっ、離しなさいよっ!」

 それでも暴れる桐乃。

「駄目だ。話が終わるまでは離さない」

 俺は妹の抵抗を抑え続けながらその顔を覗き込む。

「ちっ、近いわよっ!」

 桐乃は焦った声を出しながら目をそらした。でも、俺はそのまま顔を近づけて耳元でそっと囁く。

「俺はどうしてもお前に伝えなきゃいけないことがあるんだよ」

「わっ、わかったから、早く用件を言いなさいよぉ」

 桐乃はようやく大人しくなった。

 さて、本番だ。

 

「桐乃……俺と結婚してくれ」

 

 実の妹に結婚を申し込む。

 何という背徳的なシチュエーション。

 ……いや、っていうか、リアリティーに欠け過ぎか、これは?

 黒猫にプロポーズした時みたいな高揚感に欠けるぞ。

 これじゃあ、桐乃には尚更通用しないだろうな。

 失敗したなと思いながら妹を見る。

「えっ?」

 桐乃はやたら沈痛な表情で俯いていた。

「アンタさあ、本気で言ってんの?」

 妹は俯いたまま声を絞り出した。

 この声、この態度。もしかして、間に受けている?

 4人目にして初の快挙か?

 よっしゃぁ~~っ!

 なら、この流れに乗るしかないじゃないかっ!

「ああ、勿論俺は本気だぜ。本気で桐乃と結婚したいと思ってる」

 フッ。決まったな、俺。

 

「そっか。アンタ……知っちゃってたんだ」

 桐乃が同じ姿勢のままポツリと呟いた。

「知っていたって何を?」

 果て、何の話だろう?

「だから、アタシとアンタが本当は血が繋がっていない義理の兄妹だってこと」

「へっ?」

 桐乃は一体何を言っているのだろう?

「だから、アンタがアタシにプロポーズしたのは、アタシと血の繋がりがないことを知っているからでしょ」

「えっと……」

 桐乃は何を血迷っているのだろう?

 俺にこんな嘘を吐いてどうしようって言うんだ?

 いや、待て。考えるんだ、高坂京介。

 何故、桐乃はこんな嘘を吐く?

 答えは簡単だ。俺を騙す為だ。

 今日はエイプリルフール。嘘吐きが全地球規模で公認される日。

 つまり、こういうことになる。

 俺は桐乃を騙そうとして嘘のプロポーズをした。

 それに対して桐乃は騙されたフリをしながら俺たちが本当の兄妹でないという嘘を重ねてきたのだ。

 つまり、エイプリルフールを利用して仕掛けて来たのは俺ではなく妹の方だった。

 やってくれるじゃないか、桐乃の奴。

 だが、俺は負けない。

 なら、桐乃の嘘を更に俺の嘘で塗り重ねてやるっ!

 

「ああっ。勿論知っていたさ。俺たちが本当の兄妹じゃないってことはさ」

 桐乃の肩を更に強く握り締める。

 どちらが嘘を最後まで突き通せるか。

 勝負だ、桐乃。

「5年前にその事実を知らされた時にさ、アタシすっごいショックでアンタには絶対に告げないでって、お父さんとお母さんに泣いてたのんだんだ」

「へぇ。お前が泣いてねえ」

 演技上手じゃねえか、桐乃よ。迫真の演技だな、こりゃ。

 なら、俺も負けられない。

「だってさ、本当の兄妹じゃないって知られたらアタシはアンタに捨てられちゃうんじゃないかと思って怖くなっちゃって……」

「確かに、当時の俺は今から比べてもまだガキだったからなあ」

 仮に当時の俺が桐乃と血の繋がりがないと聞かされればどうなっていただろうか考える。

 きっと妹とどう接すれば良いのかよくわからなくなって距離を置いたんじゃないかと思う。…………あっ、そうか!

「それで結局、アンタには血の繋がりがない事実を隠したのにさ、アタシの方が一方的にそれを意識しちゃって。それで、アンタとどう接すれば良いのかわかんなくなってずっと長い間避け続けたんだ」

「なるほどな」

 桐乃の嘘はよく出来ている。

 桐乃の言う通りなら、俺たちが急に4年間の冷戦状態に入った理由もよく説明できる。

 さすがは千葉県で最高学力を持つ少女なだけはある。説得力のある話を作り出すのが上手い。

 だが、俺も高坂家の長兄。

 妹にやられっ放しでなるものかっ!

 

「でも俺は桐乃と血が繋がっていないことに感謝しているんだぜ」

「えっ?」

 桐乃の瞳を覗き込む。

「だって、血の繋がりがないからこそ俺はお前にプロポーズすることが出来るんだ」

 肩を握っている手の力を更に強めて桐乃を俺へと引き寄せる。

 さあ、桐乃。

 参ったと言え。もう耐えられないと言うんだ。

「アンタ……本気なんだ」

 桐乃はそう言って頭を俺の胸に預けて来た。

へっ?

 コイツ、まだ続けるのか?

 負けず嫌いも相当なもんだ。

「アタシが陸上を頑張っているのもモデル業をしているのも……結局はアンタに振り向いて欲しかったからなんだよね。アメリカに行っている間にさ、それをすっごく痛感した」

「そうだったのか? 俺、お前の陸上大会を見に行ったこともないし、お前の載っているファッション雑誌もほとんど見たことがない。……その、スマン」

 桐乃の嘘はいちいちリアリティーに富んでいてドキッとさせられてしまう。

 コイツ、本当に頭が良いんだな。

「まったくだわよ。アンタはアタシの輝いている表の活動はちっともチェックしてくれない。代わりに隠し通そうと思ってたオタク趣味は発見して自分自身が染まっちゃうし」

「俺はお前ほどオタクじゃないつもりなんだがなあ」

 桐乃は俺をどれだけオタクの鑑だと思っているのだろうか?

「オタク趣味が元で知り合った黒いのにアンタ盗られちゃった時期もあるんだから。アタシにとっては最悪だわよ」

 桐乃は俺の胸の中でブーブーと不平を述べた。

「でも、表の活動がアンタに認められなかったことも、オタ趣味がバレちゃったことももう良いの。だってアンタに……京介にプロポーズしてもらえたんだから」

 桐乃は顔を上げてニッコリと笑った。

 俺にはほとんど見せたことがない邪気のないその笑み。

「ウッ!」

 不覚にも実の妹に女を感じてしまった。

 前にも一緒にラブホテルに入った時とかにそういうことがあったが、これはヤバイ。

 このまま続けていると、とんでもない深みに嵌っていってしまいそうだった。

 だが、今更妹との真剣勝負を降りるわけにもいかない。

 俺にも兄としての意地があるっ!

 

「京介にはさ……地味子や黒いのや周りに可愛いくて性格の合う子が沢山いるじゃん。それでも、アタシと結婚したいの?」

 キモッと俺を罵っていた時とはまるで別人のように静かな声を出す桐乃。

 凄く、感情が篭っている。

 コイツの演技力は大したものであることを認めない訳にはいかない。

 でも、俺だって根性なら負けない。

「俺は今まで俺が兄でお前が妹だからお節介を焼いてきたと思ってた。でも、違ったんだ」

「違った?」

 桐乃が俺を上目遣いに見上げた。

「本当は俺が京介でお前が桐乃だから。俺はずっとお前のことを1人の女の子として見ていたんだっ!」

 桐乃を強く強く抱きしめる。

 これなら、どうだ。高坂京介一世一代の大演技だっ!

 さあ、実の兄に抱きしめられたのではさすがに桐乃も嘘を吐き続ける訳にもいくまい。

 負けを認めていつものようにキモッと罵るが良いさっ!

「京介がそんなに本気だとさ……アタシ、どうしたら良いのかわかんなくなっちゃうよ」

 桐乃は抵抗せずに、それどころか体重を俺に預けて小さく呟いた。

 コイツ、そこまでやるのかっ!?

「お父さんやお母さんは絶対アタシたちの仲を認めない。2人だけじゃない。アタシたちの知っている人はきっと誰もアタシたちのことを祝福してくれない」

「まあ、そうだろうな」

 ゲームの世界でも兄と妹の結婚は障害が多いものと描かれる。現実世界で受ける反対の嵐は想像を絶する辛さをもたらすだろう。

「2人で、アメリカ行こっか?」

「えっ?」

「日本で誰もアタシたちのことを認めてくれないならさ、誰もアタシたちの関係を知らない所に行って暮らすしかないじゃん。だから、アメリカで夫婦しよっか?」

 桐乃はエロゲー好きだけあって兄妹婚というものをよく考えている。

 アメリカで暮らすという選択肢も、3ヶ月向こうで暮らした経験を持つ桐乃が言うと凄くリアルに聞こえる。

 本当にコイツはリアリティー重視の嘘吐きの天才だ。

「なんてね。英語もろくに喋れない京介にいきなりアメリカで住もうは現実味が薄いよね」

「能力の低い兄でスマン」

 桐乃に比べて俺の能力は低い。英語だけでなく収入能力も。

 うん。桐乃の嘘に付き合えないのは俺が至らないから。

「別に京介のせいじゃないわよ。それに、隠して住まなきゃいけないんなら夫婦になる意味ってあまりない気がするし」

 桐乃は俯きながら俺から離れた。

「そういう訳で、プロポーズの返事は今保留させてもらうね」

 桐乃は泣きそうな顔で俺を見上げた。

「もし、アタシたちの仲がみんなに祝福されるような道があるのなら……その時は返事させてもらうね」

 桐乃の瞳から大粒の涙が溢れ始める。

「大好きだよ……京介」

 桐乃は俺に背中を向けると足早にリビングを出ていった。

「最後まで演じられ続けちゃったな…………」

 気が抜けた。

 とにかく、気が抜けた。

「何なんだ。この悲しい気分はよぉ…………っ」

 嘘ってのはもっと楽しく吐くべきなのに俺まで涙が出そうになった。

 エイプリルフールってこんなんだったっけ?

 

 

 

 後編に続く

 

 

 

 


 
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