そらのおとしものショートストーリー2nd 海 Another Route
智樹が発作を起こしながら『水にプカプカ浮かぶ美女のおっぱいが見たい』と騒ぎ出した。
智樹はその女の子と『今すぐ結婚したい』とのた打ち回る。
それで智樹のお嫁さんの座を賭けて私たちの間で熾烈な競争が始まった。
『……兵器としてではなく愛に生きる。それが、人間だと思うから』
アルファは智樹の愛を得る為に世界最強の翼を自分で引き抜いてしまった。
『そっ、そうでしたぁ~っ! 空を飛べなきゃ私は確実に飢え死にしちゃいますよぉ~!』
デルタはバカだから自分で翼を切り取って死亡フラグを立てた。
そはらも新しい水着を買って智樹にアピールしようとしている。
ライバルたちはそれぞれに真剣に智樹の愛を勝ち得ようとしている。
勿論私も負けていない。
智樹への想いなら誰にも負けるつもりはない。
けれど、私には幾つかの問題があった。
1つ目は、私が泳げないという点。
泳げなければ水にプカプカ浮かぶ胸は実現できない。
2つ目は、私は胸が小さいという点。
たとえ泳げた所で残念ながら私には水に受けるほど胸の容量が存在しない。
泳げないのは私たち4人とも共通しているけれど、胸がないのは私だけ。
智樹の願望を満たすには私だけが圧倒的に不利だった。
そして問題はそれだけではなかった。
『……カオスも現れるでしょうか?』
『あの子は普段、海底に沈んで住んでいるから海に行けば現れるでしょうね』
参加者の問題があった。
カオスは智樹を狙うライバルとしては怖くない。
けれど、普段海に沈んでいる為にいつ、どのタイミングで出現するかわからない。
カオスの出現は戦局を予想不可能に変えてしまう可能性が高い。
更にカオスは演出として登場時に暴風雨を引き連れて来ることがある。
海で暴風雨に見舞われたら全てが文字通り水に流れてしまう。
故にカオスの登場は可能な限り避けたかった。
「カオスの出現を回避する為には……南国の海まで行かないとダメね」
カオスは基本的に日本近海の底に沈んでいる。
だから、カオスに会いたくなければ日本を遠く離れるしかない。
「美香子に頼んで海外に行きましょう。守形を連れ出せば引き受けてくれるわよ」
美香子は守形一筋だから私たちの敵にはならない。
策謀家なので私たちの手に余る部分もある。けれど、私たちは智樹を、美香子は守形を攻略する機会を得るのだから利益は一致する筈。
「……そうね。カオスがいては私たちの決戦が台無しになる。会長の力が必要」
「はいは~い。私が師匠に飛行機を出してくれるように頼んでおきま~す」
これで問題は一つ減った。
けれど、問題はまだあった。
『日和ちゃんにも連絡しないとダメ、だよね? でも……』
それはストーリーブレーカー(出オチ担当)風音日和の存在。
あの子は登場するだけで智樹と結ばれてしまうというジョーカーにも等しい圧倒的な存在力を誇っている。
日和が登場すれば私たちは負けてしまうのだ。
私たちはそれを認めなければいけない。
私たちは弱い存在なのだ……。
「日和に連絡するのはよしましょ」
「えっ?」
そはらから驚きの声が上がる。
けれど、私の考えは変わらない。変えられない。今回だけは。
「私は誰にどんなに恨まれようと智樹と結ばれたいのよ!」
この際、矜持だのプライドだのそんな言葉は犬に食わせてやることにする。
私は、日和に智樹を譲るつもりはない!
「そう、だよね。日和ちゃんに遠慮してたら智ちゃんと結ばれるなんて出来ないよね」
「……愛憎渦巻く息苦しい空間の中でも必死に愛に生きる。それが人間だと思う」
「はいは~い。愛憎って何ですかぁ?」
結局、日和には連絡しないことにした。バカは放っておく。
「ヒロインの矜持を捨てた以上、私は智樹を絶対に得てみせるわ!」
「私だって負けないよ」
「……勝つのは私です」
「ぷすすぅ。最後に勝つのは私なんですよぉ」
3人+バカの間に激しい火花が散る。
「うぉおおおおぉっ!? 水に浮かぶ美女のおっぱいを一刻も早く見なければ俺の身体は宇宙へと解き離れてしまうぅううううううぅっ!?」
発作を起こしてビクンビクンと跳ね上がる智樹の体が大気圏を突破しようとしていた。
「到着したわね。私たちの決戦の地……」
翌日、私たちは日本を遠く離れた五月田根家所有の南国の島の浜辺に到着していた。
「私は南国の地にいるのに、どうして英くんは空の上に行ってしまったの……?」
そして私たちをこの南国へと連れて来た張本人は砂浜に“の”の字を書きながらいじけていた。
守形を出汁にして美香子に自家用機を飛ばせた所までは良かった。
ところが飛行中、突然次元の扉を開いてダイダロスが機内に現れた。
ダイダロスは、暇潰しに作っていた第三世代型エンジェロイドが暴走、使徒と識別された為に守形に救援を求めて来た。
新大陸=シナプス命の守形は詳しい話も聞かないままダイダロスと共にシナプスへと旅立ってしまった。
右足にしがみついた智子を連れたまま。
反応が1歩遅れた美香子は飛行機の中に置いていかれてしまった。
「今すぐ地球……滅びないかしら?」
ダークサイドに陥りつつある美香子はこの際放って置く。
美香子は美香子で戦って欲しい。
というか、決戦を前にして欝を移されては堪らない。
「うぉおおおおおぉっ!? 水着の美女はどこにいるぅううううぅっ!?」
ここは五月田根家所有の島だから私たち以外はいないともう100回ぐらい説明したのに聞いていない智樹が水着美女を探してのたうち回っている。
「それじゃあみんな、戦闘開始よ。誰が勝っても恨みっこなしだからね」
私の言葉に真剣な表情で頷いてみせるアルファ、デルタ、そはら。
そして──
「「「「脱衣(トランザム)ッ!!」」」」
私たちは一斉に戦闘モードに入った。
私たちは女なので脱衣(トランザム)は使えない。大人の事情なので仕方がない。
だから掛け声を掛けるだけで後は自分で服を脱ぐ。
桜井家から着てきた戦闘服(=水着)にみな30秒ほどで着替え終わる。
互いが互いにどんな戦闘服を選んだのか無言のまま横目でチェックする。
「王道こそが真の王者なんだから」
ちなみに私の水着は白のワンピース。
スレンダーキャラの定番の水着なのでオリジナリティーには欠ける。
けれど、王道である分、私の華奢さを魅力に変えるには一番適した水着だと思う。
智樹には守ってあげたくなるような保護欲をそそる女の子である私を見て欲しい。
一方、私とは正反対の方針を選んだのがアルファ。
アルファの水着は布の面積が少ないセクシーな三角黒ビキニ。
「……夏は女を雌豹に変えるんです」
アルファは初めて自らのグラマラスボディーを積極活用して勝負を挑んできた。
智樹は元々大人っぽい女性が好きなのでアルファのこの選択は脅威かもしれない。
デルタは学校指定のスクール水着。胸には『会長』と書いてある。美香子のもので間違いない。
考えてみればデルタはお金を全然持っていないので当然といえば当然の結果だった。
「ぷすすぅ。師匠からお借りしたこのセクシー水着で勝利は確定なんですよぉ」
智樹は別にスク水マニアではないのであまり脅威にはならないと思う。
まあバカだから放っておく。
そしてそはらは
「やっぱりニンフさんはスレンダー体型を最大限に活かし、イカロスさんは大人っぽさを演出して来たね。私の予想は間違ってなかった」
白いフリルが沢山付いたピンク色のビキニだった。
私たちの中で最もアダルトな身体をしているそはらが敢えて子供っぽさを感じさせる水着を選んできた。
大人と子供というギャップにそはらは勝負を賭けて来たのだ。
「やるわね。アルファもそはらも」
「……勝利を尽くす為に全力を尽くす。当然のこと」
「今日の勝負だけは絶対に誰にも負けられないんだから!」
「お腹が減りましたぁ。食べ物がどこかにありませんかね?」
互いの戦闘力の高さを認め合う3人+バカ。
さて、肝心の智樹の評価は?
「うぉおおおおおぉっ!? ただ海岸に水着の美少女がいただけじゃ俺の発作は治まらねえよっ! 水に浮かぶおっぱいっ! プカプカおっぱいが必要なんだぁっ! お前らまるで男のロマンがわかってねぇええええぇっ!」
まだ激しく痙攣を続けていた。
発作を起こしている時の智樹は決まって極めて我がまま。
自分の欲望を叶え切るまで足ることを知らない。
ということは、私たちは智樹のお嫁さんになる為には海に入ってみせる必要があった。
「で、誰から海に入るの?」
目の前に広がるエメラルドブルーの海面。
透き通るような透明度のおかげで海の底までよく見える。
ちなみに到着前の美香子の説明によると、この辺の海の深さは入ってすぐに3mほどになってしまうらしい。
つまり、足が立たない。
溺れかねないという現実を前にして私たちは尻込みしていた。
「アルファ、あんた自分で翼まで引き抜いて泳げる条件を整えたんだから先に行ったら?」
「……泳げたいやきくんは無謀にも海に飛び出したので結果凄惨な最期を遂げました」
アルファは無表情のまま海に入ることを拒否した。
まあ、翼がなくなってもエンジェロイドは元々泳げるようには設計されていないので無理はない。
「そはらは?」
「水深3mっていうのがちょっと……」
人間は水に入って呼吸ができないとすぐに死んでしまう。泳げないそはらが水を怖がるのも無理はなかった。
「じゃあ、デルタは? あそこに美味しそうな大きな海老が泳いでいるわよ」
「はいはいは~いっ! 私が1番手で行っきま~すっ!」
いもしない海老を指差すフリをしながらバカをけしかける。
そしてバカは勢いよく海の中へとダイブした。
「うっきゃぁああああぁっ!? お、お、溺れてしまいますぅうううううぅっ!」
デルタは当然の如くして溺れていた。泳ぎ方を知らないのだから。
けれどここでデルタは思ってもみない反応を見せた。
「……アストレアが、泳いでいる」
そう。デルタは何度も溺れそうになりながらも必死に泳ぎ始めていた。
「見てくださいっ! 私、泳げてますよぉおおおおぉっ!」
エンジェロイド史上初の水泳に成功したデルタはドヤ顔を私たちに向けている。
誰に教わった訳でもないのに、動物的本能を総動員して泳ぎを体得してしまったのは確かに凄い。
でも、素直に賞賛できない部分が私たちにはある。
それは──
「あれって、犬掻きだよね?」
「まごう事なき犬掻きよね」
デルタの泳法が犬掻きだということ。
元々犬っぽい子だとは思っていたけれど、犬としての本能を発揮して絶体絶命の危機を脱するとは。
「ぷすすぅっ。このメンバーの中で泳げるのは私だけで~す。これで桜井智樹は私のものですね。ぷすすぅ~♪」
再びドヤ顔で笑ってみせるデルタ。
デルタにはここで永遠に海の底に沈んでもらおうと思ったのに計算が狂ってしまった。
さて、どうしようかしらね?
「ぷすすぅっ♪ 後は私が胸をプカプカさせながら泳いでいる姿を発作で飛び跳ねている智樹に見てもらえば私の勝利は確定です♪」
パラダイス・ソングの準備をする。
横目で見ると、アルファはアポロンを構え、そはらは殺人チョップを構えている。
考えていることは同じらしい。
智樹がデルタの姿を見る前にあの子がいなくなってしまえば何の問題もないのだ。
デルタなんて最初からいなかった。
それだけで済む問題なのだ。
「ぷすすぅっ♪ はいは~い。智樹~♪ ここにおっぱいがプカプカ浮いている美少女がいるわよ~♪」
申し合わせたように3人で同時にデルタを攻撃しようとするまさにその瞬間だった。
「ほらほ~ら、桜井智樹~♪ ここにとっておきの胸プカ美少女が……って、きゃぁあああああぁっ!?」
デルタは偶々周辺を回遊していた大きなシロナガスクジラにプランクトンと一緒に飲み込まれてしまった。
クジラにしてみればプランクトンと一緒に大きな異物が口の中に偶々入って来てしまっただけなのだから悪気はない。
自然界は熾烈な生存競争の世界でもあるし、昨今はクジラ保護の声が目覚しい。
「私たちがデルタの為にできることは何もないわね」
私たちは大自然の掟と人間の作った複雑なルールに対してあまりにも無力だった。
「イカロス先~輩っ! ニンフ先~輩っ! た、た、助けてくださ~い。このままじゃ私、クジラのお腹で消化されちゃいますよぉ~っ!」
私たちがデルタの為にできることは何もなかった。
そして、自然界は私たちに更なる神秘を見せてくれた。
「……あっ、ゴマフアザラシのゴマちゃんです」
「すくすく育っているわね。もう全長100mぐらいに育っているんじゃない?」
私たちの前には大きく育ったかつてのお茶の間のアイドルアザラシがいた。
「……シロナガスクジラを、もっきゅもっきゅと丸齧りにしています」
「アストレアさんを飲み込んだクジラを綺麗に食べちゃったね」
アストレアを取り込んだクジラはアザラシのお腹に綺麗に収まってしまった。
「自然界は弱肉強食がルール。私たちがデルタの為にできることは何もないわね」
私たちがデルタの為にできることは何もなかった。
空を見上げるとデルタが南国の青空に笑顔でキメていた。
これで、1人脱落。
「……アストレアはともかく、私たちも海に入らないとマスターの愛を勝ち取れません」
「そうなのよね。デルタはともかく、私たちもこうしていつまでも海を眺めてばかりではダメよね」
「アストレアさんはともかく、私たちが動かないといつまで経っても勝負が着かないよね」
海を眺めること30分。
展開に動きがないのもそろそろ限界になって来た。
「プカプカおっぱいはこの世に存在しないのかぁ~っ!?」
智樹の体もそろそろ限界だった。そろそろ宇宙へと旅立ってしまいそう。
「よしっ! 私、智ちゃんに泳ぎを教えてもらうね」
言うが早いか走り出すそはら。一気に勝負に出たのだ。
「……私もマスターに泳ぎを教えてもらいます」
続いてアルファも走り出す。
2人はほぼ同時に智樹の腕に左右からしがみついた。
「智ちゃん、私に泳ぎを教えて!」
「……マスター。私に泳ぎを教えてください」
アルファとそはらは自分に先に泳ぎを教えてもらおうと左右から激しく引っ張った。
「って、2人とも、手を離せっ! 痛えっての!」
痛がる智樹。
けれど、先に泳ぎを教えてもらった方が智樹のお嫁さんになれるという状況で手が離せる訳がない。
2人の智樹を引っ張る力は限界まで達し……
「オーっ! イッツァワンダフルワールドっ!?」
衣服が中央から引き裂かれ、全裸となった智樹がその勢いで空中へと飛んでいった(読者サービス)。
「待って智ちゃ~んっ!」
「……待ってください、マスター」
2人は見失わないように智樹の下半身を凝視しながら必死に追いかける。
そしてそのまま見えなくなってしまった。
私も本来なら追いかけるべきなのだと思う。
けれど、追う気になれなかった。
「智樹に泳ぎを教えてもらっても翼があるんじゃ泳げないもんね……」
ステルスモードにして普段は見えないようにしている翼に触ってみる。
以前は翼がないことがコンプレックスだった。
けれど今は翼があることが重荷になっている。
人生は本当にままならない。
智樹が飛んでいったのとは反対側の浜辺を歩きながら溜め息を吐く。
沖合ではゴマちゃんがゴジラと互角に戦っているのが見える。けれど、そんな南国ならではの光景も私の心を晴らしてはくれない。
智樹のお嫁さんを決める一大決戦だというのに準備が不十分すぎた。
智樹は近くにいるのに、智樹の隣に立つには私では遠すぎる。
「何やってんだろ、私?」
砂を手に握って海へと投げつける。
「お~い、ニンフぅ~っ!」
と、私の前方から少年の声が聞こえた。
「智樹? 何でこっちから?」
声の主は確かめるまでもなく智樹だった。
「あっ、そっか。ここは小さな島だからグルッと回れば戻ってくるのね」
智樹は全裸のまま私に向かって駆けて来る(読者サービス)。
智樹は私の前で止まると、大きく背を反らして股間を突き出しながら深呼吸した(読者サービス)。
「アルファとそはらはどうしたの?」
智樹は今頃2人のどちらかに泳ぎを教え、間近で見た胸の浮かぶ女の子にプロポーズしている筈なのに……。
「アイツら、先に教えろ教えろうるさいもんだから、だったら2人で互いに教え合えって言ってほっといてきた」
智樹は首を左右に振りながら溜め息を吐いた。
「いいの、それで? 2人のどちらかに教えれば智樹の望む水にプカプカ浮かぶ美少女の胸が見られるじゃないの」
智樹はそれが見たくて大気圏を飛び出しそうなほどの激しい発作を起こしていた筈。
「あんな獣みたいに血走った目の女のおっぱいを見ても男のロマンは満たせないっての」
「アンタ、どこまで我がままなら気が済むの?」
智樹のこういう自己中心的な部分を見せつけられると何で好きになったのかわからなくなる。
恋とか愛って理屈じゃないとは思うけれど。
「じゃあ、今日お嫁さんを決める気はないの?」
「何で今日俺の嫁さんが決まるんだ?」
脱力する瞬間。
この男はほんと、フリーダム過ぎる。まるで無敵のキラさまみたい。
「それじゃあ、アルファとそはらを回収してさっさと帰りましょう」
智樹のお嫁さんが決まらないのでは私たちがこれ以上この島にいる意味はない。
「って、アルファもそはらも溺れてるじゃないの!」
アルファたちは海流に乗ってしまったのか陸地から30mほど離れた地点で両手を動かしながら必死にもがいている。
「智樹、お願いっ!」
「わかってるさっ!」
智樹が2人の救助に海に入ろうとする。
しかし──
「うぉおおおおおおぉっ!? ま、ま、また発作がぁああああああぁっ!?」
智樹は海に入る直前に再び発作を起こして波打ち際をのたうち回り始めた。
ほんと、スーパーフリーダムすぎる男だった。
「仕方ないわね。私が空から2人を助けに行くわ」
翼のステルスモードを解除して空へと飛び立つ。
「……ニンフ」
「た、助けてニンフさんっ!」
飛行して数秒で2人の元へと到達する。
「待ってて。今、空に引っ張りあげるから!」
私も泳げない。
故に助ける方法は羽が濡れないように2人を空へと引っ張り上げて運ぶしかない。
慎重に海面へと近寄り2人に手を伸ばした瞬間だった。
沖合でドーンッという大きな音がした。
音の方角に首を向けると、ゴマちゃんが張り手でゴジラを殴り倒し、海中に沈む怪獣によって大波が発生した所だった。
「嘘……?」
大波は低空飛行している私の遥か上を行く高さだった。
そして大波は対抗策を練る時間を与えないまま私を飲み込んでいった。
「ニンフっ! ニンフッ! おいっ、しっかりしろっ!」
遠くで声が聞こえる。
「ニンフっ! ニンフっ!」
誰かに体を揺さぶられながら声が近付いてくる。
ううん、近付いてきているんじゃなくて、段々はっきり聞こえるようになってきた。
「クソっ! やっぱり酸素が体に回ってないのか? こうなったら、仕方ねえ……」
声はそれきり聞こえなくなった。
代わりに熱い吐息と、唇にとても温かい感触を覚えた……。
「あれっ? 私、どうしたんだっけ?」
段々と視界がハッキリしてくる。
目の前に大きく智樹の顔が見えた。
「ようやく気づいたか」
智樹は顔を近づけたまま大きく息を吐き出した。
「えっと、何が起きたんだっけ?」
機能が停止する直前のことを覚えていない。
「ニンフは溺れかけたイカロスとそはらを空から助けようとしたんだよ。そしたら急に大波が発生してお前はそれに巻き込まれた。で、島の周りを流されていたお前を俺がここまで引っ張ってきたって訳だ」
「そうだったんだ。智樹、ありがとうね」
そんなことが起きたなんて知らなかった。
「別に礼なんて要らねえよ。俺も良い思いさせてもらったし」
「良い思い?」
「な、何でもねえよ!」
智樹の顔が急に真っ赤になった。
「私が溺れていたってことは、アルファとそはらはどうなったの?」
そうだ。私は2人を助けようとしていた。
ということは2人はまだ海の中にいるんじゃ?
「あいつらなら、大波に巻き込まれた際にアルテミスの爆発の反動を利用して島まで吹き飛んで助かった。あそこにいるぞ」
智樹が指を差した方向、約15m離れた浜辺に2人はいた。
「ただ、脱出した際にそはらが大量の水を飲んじまってな。イカロスが人工呼吸して助けたんだが……」
智樹は辛そうに顔を背けた。
「……ハァハァ。そはらさん。私は、そはらさんへの人工呼吸を通して新しい愛に目覚めてしまいました。ガルルル。ハァハァ」
「だ、ダメだよ、イカロスさん。私たち、女同士なんだよ……」
「……ハァハァ。そはらさん。私の中に眠る野獣を、もう抑えることができません。ハァハァ。そはらさんっ!」
「だ、ダメェっ! い、イカロスさん……あっ……せめて、優しく、して……」
私も2人から顔を背けた。
2人の新しい愛の門出を邪魔したり盗み見たりするような権利は私にはない。
「……ニンフも、誰かとあんな風に愛し合いたいと思うか?」
智樹がアルファたちから目を背けたまま尋ねる。
その顔は真っ赤。
「あ、相手によるわよ……」
智樹の顔を見ながら答える。
私の顔も真っ赤に違いなかった。
「相手って、誰なら良いんだ?」
智樹は期待に満ちた瞳で私を見ている。
えっ?
もしかして今、良い雰囲気だったりするの?
何故だかわからないけれど、智樹の関心は私にむいている。
私はこの機会を逃すわけにはいかなかった。
「そんなの決まってるじゃない。私が愛し合いたのは世界でたった1人だけ。それは……」
智樹と答えようとした瞬間だった。
「きゃぁあああああああああぁっ!?」
空から人が降ってきた。
もっと正確に言えば、空から白いTシャツ姿の風音日和がすぐ近くの海面に向かって落ちていった。
ドボーンっという大きな音と共に海中へと沈む日和。
「風音っ!」
智樹が駆け出しながら海へと飛び込んでいく。
「た、助けて桜井くんっ!」
日和は溺れかけている。
「何でお前、こんな南国の海にまで飛ばされてるんだよ?」
「そ、それが。わっぷ。シナプスで大規模な戦闘が起こったみたいで。うっぷ。その余波が空美町にも及んで。あっぷ。農作業をしていた私も吹き飛ばされてしまってここへ。わっぷ」
みんな忘れていそうな初期設定がここで持ち出されていた。
「とにかくっ、今助けるからなっ! って、風音ぇっ、む、む、胸がぁっ!」
「あっ、あっ、見ないでくださいっ! 今日、農作業するのに邪魔になるからブラしてなかったんです」
水面にプカプカ浮かぶ日和の胸。
水に濡れ肌に張り付いたTシャツは肌色に透けていた。
みんな忘れていそうな初期設定がここで持ち出されていた……。
「水面にプカプカ浮かぶ美女のおっぱいっ! オ~イエスっ!」
「桜井くんっ! 助けてぇっ!」
日和は懸命に智樹にしがみつく。
日和にそんなつもりはないのだろうけど、傍目には2人が抱き合っているように見える。
「水面にプカプカ浮かぶ美女に抱きつかれてしまっては全力でプロポーズするしかねえ!」
大声で叫ぶ智樹。
みんな忘れていそうな初期設定がここで持ち出されていた…………。
「風音、好きだ。俺と結婚してくれっ!」
日和を浜辺まで引っ張ってきた智樹が、キラキラした瞳で熱く求婚する。
「その、桜井くんは命の恩人だし、何でもしてあげたいけれど……お礼が私なんかで良いの?」
「君じゃなきゃダメなんだ。頼む、俺と結婚してくれ」
「わ、私でよろしければ……よろしくお願いします」
風音日和はそれまでの話の流れとは関係なく、登場した瞬間に智樹と結ばれてしまうストーリーブレーカー。
みんな忘れていそうな初期設定がここで持ち出されていた………………。
…………私は一体、どこで道を間違ってしまったのだろう?
気のせいか、どんな選択肢を選んでも結果が同じような気がする。
これ、日和だけがメインヒロインで私も含めた他の子はみんな攻略対象にならないサブキャラにされてしまっているそんな世界なんじゃ?
そんな気が強くしてならない。
「……そはらさん。ポッ」
「イカロスさん。ポッ」
アルファとそはらは新しい幸せをみつけて自分たちの世界に入ってしまっているので尋ねられない。
代わりに私は青い大空を見上げた。
「ねえ、デルタ。アンタはどう思う?」
大空に浮かび上がったデルタは何も言わずに優しく私に微笑み続けていた。
そらのおとしもの ひよりんといっしょ 完
(どのルートを選んでも日和エンドを迎えられる初心者安心仕様)
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前回に比べると読者サービスは控えめです。
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