No.335265

そらのおとしものショートストーリー3rd ロマンス

水曜定期更新。
気が付くと午前零時前後に寝ていたとさ。
今回からしばらくテーマは『創作活動』です。

Fate/Zero

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2011-11-16 12:25:18 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:3031   閲覧ユーザー数:2265

ロマンス

 

 

『へっへっへ。イカロスぅ~~♪ さあ、無駄な抵抗は止めて観念しやがれっ!』

『……ダメです。いけません、マスターっ!』

 イカロスは伸びてくる下劣な欲望に染まりきった腕を必死で跳ね除けようとした。

 けれど、智樹の荒々しい手に逆に両腕を掴まれて押し倒されてしまう。

『くっくっく。マスターであり、男である俺に力で敵うと本気で思っているのか?』

 智樹のギラギラと欲望に満ちたいやらしい目がイカロスの全身を舐めまわす。

『……愛玩用エンジェロイドでしかない私にマスターに抗うだけの力はありません。グスン』

 イカロスの目から涙が零れ落ちる。

 如何に智樹が小柄であるとはいえ、男。

 非力な少女に過ぎないイカロスに智樹を跳ね除けるだけの力はない。

『へっへっへ。それじゃあ、愛玩用エンジェロイドとしての本分を果たしてもらうとするかな。げっへっへっへ』

 智樹は意地の悪い笑みを浮かべると、唇を尖らせながらイカロスへと顔を近づけてきた。

『……ああっ、お母さん……』

 イカロスの頬に二筋の涙の川が形成される。

 だが、ごく普通の非力な少女に過ぎないイカロスに襲い掛かる過酷な運命はまだこれからだった……。

 

 

 

「……全然ダメです」

 イカロスは次回作の構想を記したノートに走らせるペンをテーブルに置きながら溜め息を漏らした。

「……もう、締切まで余裕がありません」

 壁に掛けてあるカレンダーを見れば、入稿までにもう時間がない。

 締切までの日数を考えた場合、普段であれば下書きはおろかペン入れさえも終わっていてもおかしくない。

 なのに、今回はまだストーリーさえ練れていない。

 創作でこのような難産を経験しているのはイカロスにとって初めてのことだった。

「……筆が進まないのは、やはりジャンルを変えたからでしょうか?」

 個人サークル・シナプスのイカ☆ロスと言えば、BL界、そして百合界では九州地方を中心に人気急上昇中の注目株だった。

 イカロスはBLと百合を消費から生産する側へと立場を変えていた。

 同人創作、それはイカロスにとって新しい人生の糧となっていた。

 BL、百合創作は笑わない珍獣に大きな喜びとなって感情のうねりを大いに与えていた。

 そのイカロスは更なるフロンティアを開拓しようとNC(ノーマルカップリング)に手を出そうとしていた。

 しかしこれがとんだ曲者だった。

 BLや百合と違い、どう描けば良いのかまるでわからない。

 智樹との妄想は得意なのに、年がら年中妄想しているのに、それを紙におこそうとすると途端に味気ないものに思えてならない。

 イカロスは今、創作活動を開始して以来初めてスランプに陥っていた。

「……これが産みの苦しみというやつなのですね」

 イカロスの体は小刻みに震えていた。

 締切とのプレッシャーと戦っていた。

 プレッシャーに負けないように、ペンを持ち直して必死になって手を動かす。

 目を半分瞑りながら絵コンテを書き込んでいく。

 しばらくの格闘の末、絵コンテは一応完成する。

 けれど……。

「……何かが、全然ダメなんです」

 その絵コンテは何かが決定的に欠けていると思った。

 守形×智樹を描いている時のような高揚感も満足感もまるで得られない。

 その不満足ぶりは作品にも投影されてしまっている。

 読んでいて楽しくない。

「……私は、自分の作品に何が足りないのか確かめる旅に出ないといけません」

 イカロスは立ち上がる。

 そして、翼を全開にして窓から外へと旅立っていった。

 

 

 イカロスは大空を舞いながら自分に足りないものを必死に探していた。

 けれど、それがみつからない。

 それが何なのかわからないのでみつけようがなかった。

 途方に暮れながら飛行を続けていると、公園の砂場で修道服を着た幼い少女が1人で遊んでいる姿を発見した。

「……あれは、カオス」

 イカロスはカオスの元へと降り立っていく。

「こんにちは、イカロスお姉さま」

 カオスはイカロスに駆け寄りながら声を掛けた。

「こんにちは、カオス」

 イカロスはカオスの頭を撫でながら返事し返す。そして、胸の谷間にしまっていた絵コンテを取り出してカオスへとみせる。

「お願い、カオス編集長。今回の作品で何をどう変えれば良いのかわからないの。力を貸して頂戴」

「うん。わかった♪」

 カオスは絵コンテを受け取ってジッと見る。

 真剣な表情でページを捲りながら考え込む。

 そして──

「愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛~~っ!」

 評価を下した。

「……やはり、この作品には愛が欠けているのですね」

 納得すると共にうなだれる。

 愛の求道者カオスに愛不足を指摘されてしまった。

 これはもう、動かしがたい事実に違いなかった。

「……精進して出直してきます」

「頑張ってね、イカロスお姉さま~♪」

 カオスに頭を下げてから大空へと飛び立つイカロス。

 既に予想していたこととはいえ、厳しい評価をくだされてしまった。

 イカロスは泣いている姿を見られないように高く高く飛んでいった。

 

 

「……愛って、一体何でしょうか?」

 空を高く高く舞いながらイカロスは悩んでいた。

 BLならわかる。百合ならわかる。愛とは何なのか。

 そこにはロマンスを感じられるから。

 けれど、NCは違う。

 失血死をしかねないほどの鼻血を出す興奮と欲望はあってもロマンスを感じられない。

 智樹を狙うダウナーどもをみんな駆逐したい衝動に駆られる独占欲はあるのにロマンスを感じられない。

「……やはり私が愛玩用エンジェロイドだから、愛されることはあっても愛することはでいないのでしょうか?」

 大きな溜め息がまた漏れ出た。

 NCの愛の難しさを肌で感じる。

「他のNC創作家の方たちもこんなプレッシャーと日々戦っているのでしょうね」

 NC描きの作家が大きな存在に思える。

 反対に、漫画1作描けない自分が無様に思えて仕方がない。

 そんなことを考えながら落ち込んでいる内に気が付くとイカロスはシナプスに到着していた。

 

「イカロス先生っ! 原稿はどうなってるんですかぁ?」

「そろそろペン入れ始まってないとやばい時期なんじゃ?」

「……パピ子、パピ美」

 石版に『シナプスのマスター参上 夜露死苦』と落書きしているとハーピーの2人組がイカロスの元へと駆け寄ってきた。

「いつでもアシに入れる準備は出来てますよ」

「良い作品を描いて今回もドッカンドッカン売り上げましょうよ」

 パピ子とパピ美は手に手にペンとインク壺と定規を持っている。

 2人はイカロスの専属アシスタントとして同人活動に参加している。

「……ありがとう。でも、今の私はスランプ中で、まだ話さえまともに出来てないの」

 イカロスは自分の非力が悲しかった。

「えっ? でも、それじゃあ……」

「マスターは締切を延ばしてはくれませんよ……」

 パピ子とパピ美は困ったように顔を見合わせた。

「……締切。そう、だから困ってる」

 イカロスが毎回印刷をお願いしている印刷所。それは──

「クックック。同人作家としてまだ駆け出しの癖にいっちょ前にスランプ気取りとは良いご身分だな、ウラヌス・クイーンよ」

 印刷所『しなぷす』の経営者兼唯一の従業員でもあるシナプスのマスターがイカロスの前に現れた。

 頭にはバンダナを巻き、前掛けエプロンをした作業姿で。

 その男の姿を見た瞬間、イカロスは体が震えた。

「……締切を待っていただく訳にはいかないでしょうか?」

「ダメに決まっておろう。締切を破る作家などこの世で最も価値のない存在だ」

 男の返答には何の躊躇も慈悲もない。

「……作者取材中、または作者急病につきという理由では……」

「週刊誌ではあるまいし、締切を守らねば本は出さん。それだけの話だ」

 男の態度はハッキリしている。

 締切までに入構しなければ本は落ちると。

「そんな意地悪を言わないで良いじゃないですか。ちょっと締切を延ばしてもその分、ちょちょいと印刷しちゃえば」

「そうですよ。本が出版されることが一番大事じゃないですか」

「貴様らっ! 印刷を甘くみるなっ!」

 今時珍しいほどの職人気質。

 データ入稿さえ認めないほどのローテク。けれど、その分校正・出版に関してはどんな精密機械よりも精密に取り組んでいる。

 その為にどうしても印刷までに時間が掛かってしまう。

 イカロスはそんな職人気質を持った暇人が運営する印刷所が大好きだった。

 だが、その印刷所のあり方が締切と言う名の圧迫を彼女に課している。

 そしてまた、印刷所自体も大きな問題を抱えていた。

「ですがマスター。イカロス先生の本を刷らないと、あの印刷所はもう潰れちゃうんじゃ?」

「超大手ダイダロス出版の超速度、超破格価格攻勢の前にお客はもうイカロス先生しかいないんですから」

「うるさい! たとえ印刷所が潰れようとも俺は自分のスタイルを変えるつもりはない!」

 パピ子たちのやりとりにハッとする。

 印刷所『しなぷす』の命運はもう風前の灯であることを思い出して。

 

 ダイダロスがシナプスのマスターへの嫌がらせで経営している印刷会社『ダイダロス出版』。

 シナプスの超科学力を惜しみなく用いて運営されているこの印刷会社では、全ての手続きがオンライン上で行うことができる。

 そして、シナプスの超科学力で印刷されて搬送される為に、入稿して5秒で1万部の製本が届く。

 しかも1冊当たりの単価が『しなぷす』の3分の1に設定されており、全世界から顧客を集めていた。

 印刷の度に何度もシナプスまで足を運ばないといけない『しなぷす』から客は遠ざかり、楽で安くて早い『ダイダロス出版』へと客は全て流れてしまった。

 今現在『しなぷす』を利用しているのは全世界でイカロスただ1人だった。

 

「たとえこの印刷所が潰れようとも、自分も納得させられないような妥協した本を作るなよ、ウラヌス・クイーン。それが同人で世界を獲ると俺に誓った貴様の義務だ」

 シナプスのマスターは哀愁を漂わせながら、しかしさっそうと背を向けて去っていった。

「……自分を納得させられる本。妥協しない本」

 イカロスは目を瞑りながら考える。

 自分にとって創作とは何なのか?

 愛とは何なのか?

 ロマンスとは何なのか?

 

 答えは、結局1つしかなかった。

 

「……パピ子、パピ美。これから早速原稿に取り掛かります。準備は良いですか?」

「「はいっ!」」

 イカロスは胸の谷間からテーブルを取り出して早速執筆に取り掛かり始めた。

 

 

 

 

『へっへっへ。智樹ぃ~~♪ さあ、無駄な抵抗は止めて観念しやがれっ!』

『……ダメだ。やめろ、シナプスのマスターっ!』

 智樹は伸びてくる下劣な欲望に染まりきった腕を必死で跳ね除けようとした。

 けれど、シナプスのマスターの荒々しい手に逆に両腕を掴まれて押し倒されてしまう。

『くっくっく。マスターであり、有翼人である俺に力で敵うと本気で思っているのか?』

 マスターのギラギラと欲望に満ちたいやらしい目が智樹の全身を舐めまわす。

『……人間である俺にマスターに抗うだけの力はないぜ。グスン』

 智樹の目から涙が零れ落ちる。

 如何にマスターが口ばかりのウザイ性格とはいえ、シナプスの民。

 非力な人間に過ぎない智樹にマスターを跳ね除けるだけの力はない。

『へっへっへ。それじゃあ、愛玩用男としての本分を果たしてもらうとするかな。げっへっへっへ』

 マスターは意地の悪い笑みを浮かべると、唇を尖らせながら智樹へと顔を近づけてきた。

『……ああっ、母ちゃん……』

 智樹の頬に二筋の涙の川が形成される。

 だが、ごく普通の非力な少年に過ぎない智樹に襲い掛かる過酷な運命はまだこれからだった……。

 

 

「イカ☆ロス先生。今回の新刊もすっごく面白いです」

「……ありがとうございます」

 イカロスは新刊を手に取った少女を見ながら頭を下げた。

「売れ行き好調ですね、イカロス先生」

「これならお昼頃には完売になりますよ」

「……あなたたちが一生懸命手伝ってくれたおかげ」

 イカロスは続いてパピ子とパピ美に向かって頭を下げた。

 同人誌即売会当日、イカロスが売りに出した新刊は、シナプスのマスター×智樹のBL本だった。

 NCではなく結局BL本だった。

 NC本を出すと思っていたお客たちに何度もその理由を尋ねられた。

「……私はまだ男女の愛が何たるかを知りません。いずれ納得できる答えを得たら本にしたいと思います」

 イカロスはその度に理由をそう吐露した。

「……やっぱり、人間の愛って私にはまだ難しいです」

 他のサークルから購入したりもらったりしたBL本と百合本を抱きしめながらイカロスは小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 


 
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