No.391233

そらのおとしものショートストーリー4th ホワイトデー

水曜定期更新。
ホワイトデーなので暴力。

2012お正月特集
http://www.tinami.com/view/357447  そらおと 新春スペシャル 智樹のお年玉

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2012-03-14 00:14:17 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:2126   閲覧ユーザー数:1953

そらのおとしものショートストーリー4th ホワイトデー

 

 3月14日午前10時。

「暴力しかないわよね」

 桜井家の居間で座布団に据わってお茶を飲みながら私はそっと提案した。

「……うん」

 湯飲みを置きながらアルファがそっと同意する。落ち着いているそぶりを見せてはいるけれど、瞳は紅く翼は全開。いつでも私たちを殺る気と見て間違いない。

「そうだよね。暴力しかないよね」

 軽く溜め息を吐きながらそはらが同意する。溜め息を吐くだけで胸が揺れるこの子はやはり危険極まりない。そして右手の聖剣に人間には発しえる筈がない高エネルギーが充填されているのが観測できる。そはらも本気だ。

「まったく。すぐに野蛮な手段に訴えようとするなんて、これだから庶民は。ですが、この鳳凰院月乃、売られた喧嘩は買いますわ」

 何故かうちに来ている月乃も話に同意した。月乃自体は大した戦力ではない。けれど、許可もなく庭で踊っているその兄の鳳凰院・キング・義経は危険。あの変態の介入により戦局が予期せぬ方向に変化する可能性は十分にある。

「わぁ~い。お姉さまたちといっぱい遊べるんだね~。暴力、暴力~♪」

 第二世代型エンジェロイドで超強力な戦闘力を持つカオスも無邪気に同意した。もう説明するまでもなく凶悪な力を秘めたちびっ子。決して侮れない。

「コンブの提案というのがムカつきますが、言っていること自体は妥当ですね」

 根性のひん曲がった量産型医療用エンジェロイド・オレガノが拳銃に弾を篭めながら頷いた。私にとってアルファ以上に警戒すべき相手はこの子だ。悪知恵に特化したこの子は、私の電子頭脳の隙をついて来ることに長けている。

 さて、これでここにいる全員が私の提案に参加したことになる。

 後は……。

「デルタは?」

 ここにいないデルタの出方を窺うのみ。

「……生きるのって難しいね」

 アルファは大空を見上げた。

 大空のキャンパスにお馬鹿な少女が笑顔でキメているのが見えた。

「……邪魔になりそうだから昨日の内に対処しておいた」

「そうね。今更ホワイトデーって何ですかって質問されても答えるのが面倒くさいものね」

 溜め息を吐きながらアルファに同意する。

 けれど、デルタのロング・グッバイは私にとっては痛手だった。

 貴重な盾兼攻撃役を失ってしまった。

 デルタをアルファにぶつけて相討ちにさせるつもりだったのに計画が大きく狂ってしまった。

 そのアルファを見ると艶々した皮膚の張りでドヤ顔をして見せている。どうやら私の希望的観測は既に読まれていたらしい。

 でもまあ良い。その程度の妨害は最初から想定済み。

 今日の戦いは絶対に負けられない。それだけは確定事項。

 どうやって勝つかなんて副次的な問題に過ぎない。

 そう。勝利さえすれば良いのだ。

 勝利さえすれば……。

「智樹。待っていてね。こいつらみんな倒して、あなたの元に駆けつけるから」

 自分の決意と願望を口にする。

 そう。今日はホワイトデー。

 バレンタインデーにチョコをあげた男の子からお返しが来る日。

 私たちは全員がバレンタインデーにチョコを贈った。つまり、全員がお返しを貰う権利がある。

 けれど、智樹は1人。

 1人しかいない。

 つまり智樹のたった1人の女の子になれるのも私たちの中で1人しかいないということ。

 智樹に選ばれた1人以外はみんな敗者になるしかないのだ。それは死ぬのと何も変わりがない。

「……何を言っているの? マスターに一生涯お仕えするのはこの私。ツンデレロリツインテールの出番はないの」

 アルファが小さな声で呟く。

「やっぱり、同じ人間同士で結婚した方が智ちゃんも幸せだと思うな。それに智ちゃん、大きな胸好きだし」

 そはらが自分の胸に手を当てた。

「一生経済的に苦労させない自信が私にはありますわ」

 月乃は庭で踊り続ける全裸となった変態兄へと目を向けた。

「お兄ちゃんのお嫁さ~ん♪ お嫁さ~ん♪」

 カオスが翼を全開にしながら笑っている。

「今こそ私は脇役から主人公に脱皮する時なのですね」

 オレガノは拳銃をひと舐めしてみせた。

 誰も戦いから降りるつもりはない。互いに殺る気に満ち満ちている。

みんな同じ人を好きになって良かったねなんて青春劇場を送る余裕は私たちにはない。

 これは智樹のお嫁さんの座を賭けた命懸けの戦いなのだ。敗者には死しかない。

「なら……智樹のたった1人を決める死合いを始めましょうか」

 全員が頷いてから一斉に立ち上がる。

 その誰もが顔に笑みを浮かべていた。

「さあ、思う存分殺り合いましょう。愛する男を賭けて全身全霊を篭めてっ!」

 そして私たちの全面戦争が始まった。

 

 

 

 

 風音日和は緊張した面持ちで映画館横のコーヒーショップの軒先に立っていた。

「やっぱりこの服装……変じゃないかな?」

 自分の服装をチェックしながら意気消沈する。水色のカーディガンにストライプのシャツ。下はブラウンのプリーツスカート。

 友達とちょっと遊びに行くのならこれで構わないかもしれない。けれど、人生初のデートだと思うと色気がない。可愛げも不足している。

 街を歩く他の少女たちは自分よりよほどお洒落に見える。

 農作業にばかり熱中してお洒落に気を使って来なかった自分を恨めしくさえ思える。

 とはいえ、もう約束の時間は迫っており着替え直しに帰る暇はない。それに家に帰った所でこれ以上のコーディネートが出来る訳でもない。

 ほんの少しだけ憂鬱な気分が日和を支配する。そんな時だった。

「よぉ、風音」

 日和が待ち侘びていた少年が姿を現した。

「桜井くんっ」

 表情にパッと花を咲かせる。

 意中の少年、桜井智樹の登場は日和の心を瞬時に明るくさせた。

「風音は今日も可愛いな。その服装、よく似合ってるぞ」

 智樹はニコニコしながら日和を褒めた。

「あっ、ありがとう」

 日和の顔が瞬時に真っ赤に染まり上がっていく。顔から湯気が出そうだった。

「それじゃあ、時間に遅れないように早速だけど映画館に入ろうぜ」

 智樹が左手を差し出して来た。

「う、うん」

 顔を真っ赤にしたまま智樹の手を握る。

日和の体は緊張して小刻みに震えていた。

「そんなに緊張するなよ。俺の方が恥ずかしくなる」

 智樹は右手で鼻の頭を掻いた。

「そ、そうだよね」

 日和は困った顔をしながら僅かに俯いて地面を見た。

「でも、桜井くんにデートに誘われるなんて……私だけこんな幸せで良いのかなって思って」

 日和の脳裏にイカロスたちライバルの顔が思い浮かんだ。

「風音にはバレンタインデーにチョコを貰ったからな。ちゃんとお返しするのは男として当然の義務だ」

 智樹は笑ってみせた。

「でも、私の他にもイカロスさんたちもチョコを贈ったのに……」

 日和の気に掛かっていること。

 それは多くの少女がチョコを贈ったのにデートに誘われたのが自分だけということ。

 優越感と同時に申し訳ない気持ちにもなってくる。

「いや、俺がチョコを貰ったのは風音だけだぞ」

「えっ? そんな?」

 イカロスたちがバレンタインデーに向けて色々動いていたことは日和も知っていた。

 だから智樹の言葉がすぐには信じられなかった。

「正確には、俺の下駄箱も机も部屋もバレンタインデーに爆発して綺麗に吹き飛んでしまってな。他の女の子からのチョコがあっても確かめられない状況になっていたんだ。だから、通学途中で渡してくれた風音のチョコだけが今年貰ったチョコの全てだ」

「そう、だったんですか」

 風音は考える。

 恐らくライバルたちは自分以外のチョコが智樹の手に渡らないように様々な場所に爆弾を仕掛けたのだろうと。

「だから俺がお礼をするのは風音だけなのさ」

「えっと……色々反応に困る箇所もありますが、桜井くんに誘って貰えてとても嬉しいです」

 イカロスたちに起きたギャグのような惨劇を聞いて緊張がだいぶ和らいだ。

「納得してくれたようで何より。じゃあ、行こうぜ」

「はい」

 日和たちは映画館の中へと足を踏み入れていった。

 

 

 

「あの、私、映画館に来るの久しぶりなんです」

 シアター内の暗がりは日和をほんの少しだけ興奮させていた。

 大好きな少年と2人きりでいるという事実が日和のテンションを普段より上げていた。

「日和はいつも農作業を頑張っているからな」

「まあ、そうなんですけど……」

 日和のテンションが急に下がる。

 農作業の話を出されてしまうと、自分の田舎臭さを自覚してしまって反応に困る。

 智樹は褒め言葉のつもりで言っているだけに対処に困る。

 日和が映画館を訪れなかったのは忙しかったこともある。けれど普段はあまり映画そのものに興味を抱かないからだった。

「あの、今日見る作品はどういうものなんですか?」

 ちょっとだけ話題を変えてみる。

「ああ。『ガンダムAGE劇場版 強いられイワークの逆襲』っていう作品でさ。イカロスが急に最新版のガンダムに嵌ってさ。で、イカロスファンの会長のおやじさんから映画のチケットが大量に贈られてきたんだ」

「へぇ。イカロスさんがガンダムにですか?」

 頷いてみせる日和。

 けれど、映画を選んだ理由で他の少女の名前が出たことが少し心に引っ掛かっている。

 そんな自分の心のわだかまりを吹き飛ばそうといつもより明るく振舞ってみせた。

「何でもヒロインのユリンって娘の声がお気に入りらしい。アイツが声優にこだわるって何だか珍しいなと思ったよ」

「そうなんですか」

 返答しながら日和はこの質問では智樹の心がイカロスの方に傾いてしまうとトスの上げ方の失敗を自覚した。

 自覚すると共にまた心が重くなっていく。

「あの、そんなにイカロスさんが好きな作品の映画なのに……私なんかと一緒に来て良かったんですか?」

「俺は風音と映画を見たかったんだから良いんだよ」

 智樹はカラッとした表情で曇りのない瞳で言った。

「桜井くんは……ずるいです」

 日和は唇を尖らせて拗ねた表情を見せた。

「ええっ? 何でっ?」

 智樹が驚きの声を上げる。

「女の子の気持ちを……無自覚に掴み過ぎるからです」

 日和は顔が熱を持ってたまらない。

「そういう調子の良いこと……複数の女の子に言っちゃ駄目ですよ」

「じゃあ、風音だけに言うことにするよ」

 智樹は間髪いれずに答えた。

「ほんと、桜井くんは女の子を勘違いさせちゃう悪人です……」

 日和の顔は茹で上がっていた。

 

 

 映画が始まった。

 久しぶりの映画ということもあり、普段は馴染まないアニメジャンルでも日和は内容に引き込まれていった。

 

 

 宇宙コロニー・ファンデーン。

 このコロニーでは50年前に対戦が終わった後でもコロニー内の主権を巡って2つの派閥が対立を続けていた。

 特権階級同士のその対立はモビルスーツを動員して街を破壊することも度々あり、その被害は常に庶民が蒙る形となっていた。

 金持ち同士の争いのしわ寄せで貧しい生活を強いられていたイワーク・ブライア(38歳:筋骨隆々、くどい顔)は上流階級に対して工作用モビルスーツ・デスペラードで怒りを爆発させた。

『俺たちはそのしわ寄せでこんな生活を強いられているんだっ!』

 イワークの怒りに庶民が同調し反乱は拡大。遂にコロニーはイワークの手により解放された。

『俺は全世界の全ての人間を解放することを強いられているんだ!』

 更にイワークは宇宙中にいる虐げられている者たちを解放すべく戦線を宇宙へと拡大。またたく間に宇宙コロニーのほぼ全てを手中に収めることに成功した。人々はイワークを英雄と称えた。

 だがここでイワークは誰もが考えていなかった行動に打って出た。

『誰もが強いられない生活を送る為には、誰もが強いられる苦しみを一度は味わわなくてはならないっ! みんな、強いられることがなくなるように強いられるんだっ!』

 イワークは全スペースコロニーの住民に対して貧しい生活を送ることを強いたのだった。

 イワークの強いた命令は経済と社会と政治の乱れを生じさせ、全宇宙及び地球とベイガンを大混乱に陥れた。

 長年に渡って敵対していた地球連邦政府と火星棄民秘密国家ベイガンは和平協定を結び、イワーク討伐の為に手を組んだ。

 天才発明少年でありガンダムAGE1のパイロットであるフリット・アスノと不思議な力を持つ戦争孤児少女ユリン・ミシェルもまたかつての命の恩人でもあるイワーク討伐の軍に加わった。

 

『既得権者どもが、己の特権を取り戻す為に軍を差し向けて来た。俺たちはこの戦いに勝利して、全宇宙を強いられから解放することを強いられているんだっ!』

 そして両軍は宇宙要塞アンバットにて最終決戦を迎えた。両陣営が激しい戦いを繰り広げる中、ユリンと共にガンダムに搭乗したフリットはイワークの搭乗するスーパーデスペラードと遭遇した。

『イワークさんは誰も強いられることのない世界を作りたかったんじゃないんですか? 何でこんなことを!』

 フリットは通信機を通じて己の嘆きをイワークに発する。

『上の連中は裕福な暮らしを続ける限り苦しい生活をしている者のことなんて考えはしないっ! だから全ての人間がしわ寄せっていう奴を知らなくてはならないんだ!』

 対するイワークもまた悲しみを少年へと発露する。

『だからって、イワークさんのやっていることはみんなに苦しみを押し付けているだけですよ。これじゃあ、誰も幸せになんかなれない!』

『恒久の平和の為に必要最低限の苦しみなんだよ、これはっ!』

 交錯する想いと想い。激突する刃と刃。戦いはイワーク優位に進んでいた。

『感じる……フリットっ! イワークさんの攻撃は上からよ!』

だが、ユリンが未来予知とも言うべきXラウンダーの能力を発揮し、一気に戦局は逆転する。

『そこだぁ~~っ!!』

 イワークの必殺の一撃を交わしてフリットのビームサーベルがイワークの機体に突き刺さった。

『イワークさんっ。早く脱出をっ!』

 爆発寸前の機体を前にしてフリットはイワークに向かって叫んだ。

『なあ、フリット、ユリン……』

『イワークさん。早く逃げてくださいっ!』

『こんな俺に脱出を勧めてくれるとはな。まったく……生きるのって難しいな』

 イワークはフリットとユリンに向かって微笑み掛けた。その直後スーパーデスペラードは爆発を起こし宇宙の塵と化した。

 イザークの死亡により両軍の戦闘は終結した。

『イワークさんは……強いられることからようやく解放されたのかな?』

『フリット。生きるのって難しいね』

 フリットとユリンはイワークの故郷ファンデーンに密かに彼の墓を立てて追憶に浸るのだった。

 

 了

 

 

 

 映画の上映が終わった後、日和は呆然としたまましばらくシートから動けなかった。

「あの、風音。このハンカチ使ってくれ。大丈夫。これは使っていない綺麗なやつだから」

 智樹が青いハンカチを差し出してきた。それで初めて日和は自分が泣いていることを知った。

「ありがとうございます」

 智樹から受け取ったハンカチで涙を拭う。

「え~とさ。あの、ちょっと外の風に当たりながら歩かないか?」

「そう、ですね」

 既に次の上映用の観客がシアター内に入り始めている。このままここにいると目立ってしまう。

 智樹が気を使ってくれているのがわかった。

「じゃあ、行こうぜ」

 智樹がまた左手を差し出して来た。

「はい」

 風音は両手で智樹の手を握りしめながら返答した。

 

 

 

 2人して川原沿いの道を歩く。

 映画館を出てから2人の間に会話はない。

 けれど少なくとも日和はそれを心地よく感じていた。

 繋がれた手が彼女を幸福へと導いてくれていた。

「風音、トラックに気を付けろ」

「はっ、はい」

 初めて声を掛けられると同時に体を引っ張られる。

 日和のすぐ背後を大型のトラックが通過していった。

「あの、ありがとうございます」

 智樹が手を引いてくれなかったら轢かれていたかもしれない。

 それが冗談に思えないほどにトラックは日和のすぐ近くを通り過ぎていった。

「デート中なんだから女の子のことを守るのは当然だろ?」

 智樹は本当に何でもないように言い切った。

「……そういう態度取られると私……本当に本気になっちゃいますよ」

 とても小さな声で聞こえないように呟く。

 代わりに智樹の手を握る右手の力が篭っていく。

「あのさ、高台の方に行ってみないか? ここ、結構車の量が多くて落ち着かないし」

「そう、ですね」

 日和は歩く方向を変えながらそっと智樹の肩に寄り添った。

 

「空美町が一望できるここの眺めは最高だな」

「私もここからの眺めは大好きなんです」

 30分後。

 日和は智樹と共に空美神社付近にある高台へと来ていた。

 林の奥にある開かれた一角は智樹と日和だけが知っている隠れた名所だった。

「ここからだとうちも見えるしな」

 智樹が桜井家のある方角に向かって指を差す。

 と、次の瞬間、桜井家が吹き飛んで派手な轟音を奏でた。

「イカロスたちっ! 一体何をやってやがるんだ!?」

 智樹は地面をバンバン蹴りながら怒っている。

 何故、桜井家が突然吹き飛んだのか。

 日和にはその原因が何となくわかった。

「まあ待て。こんな時こそ落ち着け、俺っ!」

 智樹は足で地面に『忍』と書いて気を落ち着かせようとしている・。

「こういう時は他のものでも見て、注意を逸らそう。えっと、あっちの方角には守形先輩のテントがあったな」

 智樹は川原方面に向かって指を差した。

 と、次の瞬間、今度は大きな爆発が起きて守形のテントが上空に吹き飛んでいくのが見えた。

「先輩の所もかよっ!? 一体何なんだ、今日はよお!」

 智樹は頭を掻き毟り始めた。

 何故、守形のテントが吹き飛んだのか。

 日和にはその原因も何となくわかった。

「……やっぱり、みんな恋に命懸けているんだよね」

 小さく呟く。日和はその言葉を比喩として使ったに過ぎない。

 まさか本当に命を賭け事にした智樹と守形の争奪戦が起きているとは考えていない。

 けれど、イカロスたちの行動が日和に変化をもたらしたのは確かだった。

「私も頑張らないと駄目だよね」

 弱気で内気な少女は友人たちの頑張りに勇気を得て奮い立つ。

 

「あの、桜井くん……」

 日和は背後から苛立っている智樹に声を掛ける。

「何だ?」

 振り返った智樹は不機嫌を半分引きずったままの表情を見せている。

 日和が何故声を掛けたのかまるで気付いていない。

 けれど、それが桜井智樹という少年の自然体。

 基本的にこの少年が女の子の気持ちに鈍感なのは彼を長年見ていた日和がよく知っていた。

 だから、わかる。

 智樹にははっきりと言わないと気持ちが決して伝わらないことが。

 でも、それを伝えるのは躊躇われた。

 気分を落ち着けて集中しようと大きく深呼吸を二度、三度繰り返す。

 その間に何度も頭の中を過ぎる。

 別の話題を口に出して今の関係を続ける方が幸せなんじゃないかと。

 でも、そんな心の弱気を大きく息を吸い込みながら少女は否定する。

 もっと、幸せになりたい。今の関係のままじゃ満足できない。

 日和は今まで禁欲的に生きてきた。

 欲張らないように生きてきた。

 けれど、今初めて欲張りたいと思った。もっと幸せになりたい衝動が体の奥底から込み上げて来ている。

 そして、心の衝動に赴くままに少女は初めて我が侭に生きることにした。

 

「私、桜井くんのことが大好きです。本当に……好きです」

 日和は智樹に自分の思いの丈を素直にぶつけた。

「えっ……あっ……あっ……」

 智樹は最初何を言われたのかよくわからないというような素っ頓狂な表情を見せていた。

 それが時間が経つに従って顔に赤みが差して行く。段々と赤みが差す領域は広がっていき、遂には顔全体が朱に染まった。

 そして智樹は頭を垂れた。

「その、俺なんか好きで良いのか? 俺、学校で人気最下位だぞ」

 智樹は地面を向いたまま尋ねてきた。

「私はずっと前から桜井くんのことが大好きですから。だから私は自分の素直な気持ちに従います」

 日和は智樹の両手を上から握り締めた。

 今の日和には不思議と勇気が幾らでも湧き出て来ていた。

 いつもよりとても大胆になれた。

「そ、そのさ。俺も風音のこと、ずっと前から……」

 智樹がたどたどしく声を出しながら返答を始める。

「その、風音が新大陸発見部に入って来た時からずっと……お前のことが、す、す……」

 日和と智樹の2人だけの世界が出来上がっていく。

「俺は、風音のことが…………なんだっ!」

 桜井家で再び大きな爆発が起きた。

 そのせいで智樹の言葉は一部かき消されるような形になった。

 けれど、そんな周囲の雑音など2人には関係なかった。

「嬉しいよお……桜井くん」

「日和っ!」

 日和は強く強く智樹に抱きしめられた。

 それがとても幸せで今度こそ涙が止まらなくなった。

 その幸せの涙を智樹は拭わずに抱きしめ続けた。

 3度、4度と桜井家と川原から聞こえて来る爆音。

 その音が今の日和たちには自分たちの前途を祝福するファンファーレのように聞こえていた。

 

 

 了

 

 

 


 
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