No.191418

そらのおとしものf かしこい子未確認生物超激闘(らぶらぶあたっく)編 逆襲の馬鹿(アストレア) 中編

 そらのおとしものfの二次創作作品です。
 『ヤンデレ・クイーン降臨』の続編に当たる話の中編です。
 前作をお読み頂いた上で読んで頂くと細かい部分の理解度が上がります。

 また、原作を知らなくても楽しんでいただける様に努力しております。ですが、キャラクターの基本的な説明は前作で行っている為にこの作品では省いています。原作を知らない方は特に『ヤンデレ・クイーン降臨』を読んでからご観覧されることを望みます。

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2010-12-24 11:58:06 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:3996   閲覧ユーザー数:3604

総文字数24,400文字 原稿用紙表記80枚

 

そらのおとしものフォルテ 二次創作

 

かしこい子未確認生物超激闘(らぶらぶあたっく)編 逆襲の馬鹿(アストレア) 中編

 

 

 

 日曜日正午、今日の昼食は3人とも終始無言のまま終わりを告げた。

 洗い物をしに台所へと入る。スポンジに洗剤をたっぷり付けてから食器を丁寧に洗い始める。

「私が変わったのって、結局これぐらいなのかな?」

 先月の一件以来、私は桜井家の炊事・家事を積極的に手伝うようになった。

 まずアルファに智樹の精神的妻の座を独占されているのは気分が良くない。それに人妻モードで洗い物の最中に智樹から後ろからギュッと抱きしめられるのを想像するのは結構楽しい。アルファの気持ちがよくわかった。

 更に私は智樹と同棲しているのだから、将来のことを考えれば家の仕事は全部一通りできた方が良いに決まっている。結婚した時に智樹が困ることがないように。

 そして何より、今のアルファに1人で桜井家の炊事・家事を任せることは不可能。

 昨日そはらは急に倒れたアルファを見て驚いていた。けれど、それは私や智樹にとってはもはや見慣れた日常の光景だった。だから智樹は昨日あまり騒がなかった。

 アルファはヤンデレ・クイーンと化してから心身の過負荷を延々と繰り返している。具体的にはウラヌス・システムの常時運用がアルファの体と精神を蝕んでいる。

 智樹には心配させるだけだから知らせていないけど、アルファは既に限界を越えている。

 簡単に言えばいつ死んでもおかしくない。そんな状態だから威嚇射撃をちょっと行ったぐらいで自分の方が倒れてしまう。

 治す方法は、ウラヌス・システムの運用をやめること。つまり、ヤンデレ・クイーンをやめさせることなのだけど、私にはその方法がわからない。

 詳しく調べようにも24時間アルファに命を狙われている私には調べる術がない。

 そしてアルファは智樹の前では緑色の瞳をして一応まともなフリを続けている。私に対しても積極的な攻撃は仕掛けて来ない。

 勿論智樹もアルファの異常には気付いている。でも、元々私たちはおかしな行動を取る存在という思い込みがあるのであまり深く追求しない。聞いて来ないことが智樹の優しさなのだけど、今はそれが悪い方に出てしまっている。

 そんなこんなの最近1ヶ月だったけれど、今までは何とか平穏が保たれてきた。だけどその平穏も昨日遂に破られてしまった。

 

『交渉成立~。それじゃあニンフちゃん。イカロスちゃんとそはらちゃんに明日1時ごろに学校の校庭に来るように行っておいて~。遅刻は厳禁よ~』

 

 悪の女帝美香子が自分勝手な逆襲の為にヤンデレ・クイーンを使い騒動を起こそうと画策している。今のアルファは美香子の手におえない危険な存在と化しているというのに。

 そしてその美香子の陰謀に嵌められた私は、アルファとそはら他1名と智樹を賭けて戦うことになった。

「ここで悩んでいても仕方ないわね。昨日の内にやれるだけの手はもう打ったのだし」

 洗い物を終えて居間へ戻る。

 そこにはアルファとそはらが無言のまま正座して待っていた。

「まだ、時間的には余裕があるけれど、そろそろ出掛けるわよ」

 2人が押し殺そうとしている闘志に気付かないフリをしながら出発を促す。

「そうしようか」

 制服姿のそはらがまず立ち上がる。

 その顔はいつものように優しい。でも、その顔から受ける気配がいつもとは全く違う。隠そうとしても溢れる闘志、そして若干の不安を感じる。

「…………わかった」

 続いて同じく制服姿のアルファが立ち上がる。

 アルファは基本的に無表情なので感情が読み取りにくい。でも、これだけはわかる。今のアルファはまともじゃない。その証拠に右色の瞳が紅、左色の瞳が緑色になっている。

「じゃあ、出掛けましょう」

 2人には最小限の声だけ掛けてから私は玄関に向かって先に歩き出す。

 

 私は今回の事態に関してアルファにもそはらにもあまり詳しい情報を提供していない。

 昨日、具合が悪くなったアルファと付き添っていたそはらの2人の所に戻って来た私は

『美香子の提案で、明日午後1時に学校で智樹争奪戦を行うことになったから2人とも必ず来て』

 とだけ述べた。

 智樹が人質に取られたことは言わなかった。そはらを心配させるだけだし、アルファを暴走させる危険性もあった。

 でも2人は私が独りで戻って来たこと、美香子の不自然な提案をわざわざ呑んだことから事態を察しているようだった。

 後、デルタが生きていたことも知らせなかった。別にどうでも良い小さなことだから。

「こんな形で、というのはちょっと気に掛かるけど……私、今日だけは負けないから」

 背中でそはらが小さく呟いた。

 そはらが私たちに対して智樹への想いを素直に示すのはとても珍しいことだった。

 それだけに、その言葉は重い。

「…………私も、負けません」

 背中でアルファの翼がはためく音が聞こえた。普段は小さく収納している翼を本来の大きさに戻したらしい。それは即ちアルファが戦闘モードに入ったということ。

「相手にとって不足なし。ということね」

 翼もマスターもいないポンコツエンジェロイドの私。だけど、智樹への想いなら2人にも負けない。そして、美香子の思い通りにもさせない。智樹と世界の平和は私が守る。

 体に闘志を漲らせながらゆっくりと学校に向けて歩く。

 決戦の時はすぐそこに迫っていた。

 

 

 

「それでは~空美学園生徒会プレゼンツ~桜井智樹争奪~第2回かしこい子選手権を~開催するわよ~」

 美香子の開会宣言と同時に校庭に訪れている生徒、村人たちから一斉に大歓声が巻き起こる。生徒だけでも50人以上、村人を合わせると100人以上が私たちを注目していた。

 予想外の明るいノリに私は、ううん、アルファもそはらも面を喰らっていた。

「美香子、何なのよ、これは?」

 裁判官の法衣コスプレをしてマイクを握る美香子が振り返る。

「何って~説明した通り~桜井くん争奪~第2回かしこい子選手権の開催よ~」

 美香子は一見朗らかな、でもよく見れば巨悪のみが可能な偽善者スマイルを浮かべている。

やはり、これはただのクイズ大会じゃない。美香子は確実に何か企んでいる。

「ニンフ先輩ったら、もしかしてもう恐れをなしちゃったんですかぁ? まあ、インテリメガネ少女となった私に勝てないと感じるのは仕方がないですけど。ぷすすっ」

 私の隣には、いかにも三流小物な笑い方をするバカがいるけど無視する。

 アルファもそはらも美香子に視線を向けたままデルタには一切関心を払わない。

「それじゃあ~みんな納得してくれたことで~ルール説明と行くわよ~」

 緊張の一瞬。

「ルールは簡単~。会長が出す問題に~早く解答した人に1ポイントあげるわ~。2ポイント先取で優勝よ~」

 ルールはごく普通のクイズ大会みたい。でも、何か裏がある筈。

「それから~前回かしこい子王に輝いたニンフちゃんには~ハンデとして3ポイント獲得で優勝~。それで良いかしら~?」

 美香子は意地の悪そうな笑みを浮かべながら私の目を見つめ込む。

「別に、それぐらい構わないけれど」

 一瞬躊躇したけど、美香子の提案を呑む。

 智樹を賭けた絶対に負けられない戦いであることを考えれば、自らハンデを背負うのは賢くない選択。

 でも敢えて私は美香子の提案を呑んだ。

 勿論これは、私がプライドを刺激されたからとかそんなつまらない話じゃない。

 何故ならこの後にもっと無理難題を要求された場合、2度連続で断れば私の立場は危うくなりかねないから。

 なのでこの程度のハンデなら呑んだ方が無難。今後の交渉も楽になる。そういう話。

 というか、根本的な疑問として美香子のこの提案は私へのハンデになるとは思えない。

 自慢じゃないけれど私は前回のかしこい子選手権を圧倒的強さで優勝した。

 そはらやデルタは私の敵じゃない。

 アルファの電算能力は厄介だけど、あの子には人間界の常識や知識が著しく欠けている。

 だから1ポイント優勝条件が厳しくなった所でどうということもない。

 それは美香子もわかっている筈。

 それじゃあ美香子は何の意味もないハンデを私に呑ませたと言うの? 

 一体、何を考えているの、美香子?

「ぷすすっ。ニンフ先輩ったら、自分からハンデを背負うなんて本当におバカですね」

 そして、誰なの? あの空気も戦略も読めないおバカを会場に入れたのは?

 智樹と世界の平和を賭けた神聖な決闘の場に相応しくない部外者は放っておく。

 それよりも美香子の陰謀の一端でも掴んでおかないと。

 周囲をグルッと見渡す。するとクイズ大会にしては不自然な光景が広がっているのに気付く。

「何でクイズの解答席がないの?」

 前回のかしこい子選手権では、生徒会行事とは思えないほどに立派なセットが準備されていた。 具体的には問題に答える度にアップダウンする大仕掛けな解答席があった。

 でも、今回はそれがない。それが証拠に私たちは立ったまま美香子の話を聞いている。

「うふふふふ~。解答台なら~ちゃんとあるわよ~」

 美香子は私の質問を待っていましたとばかりに楽しそうに笑った。

 そして、校庭の中央を向いた。

「これが~今回のクイズ解答台よ~」

 美香子のマイクパフォーマンスと共に、黒服にサングラスの男たちが赤い幕の囲いを取り払う。

 すると中には確かに解答台があった。でも……

「何で1つだけしかないのよ?」

 解答台は1つだけしかなかった。私たちは3人+1匹だから4つの台が必要なのに。

 そして美香子は私の疑問を聞いて更に嬉しそうな顔を浮かべた。

「それは1番最初に解答席に辿り着いた人だけが~クイズに解答する権利を持つからよ~」

「1番最初だけ? ……そういうことねっ!」

 1番最初だけ。それを聞いて私は美香子に謀られたことに気付いた。

「じゃあ、最初にあの台に着く為には……」

「勿論~妨害も自由よ~。ちなみに問題の途中でフライングはなしだから~」

 思った通りだった。

 つまり美香子は、私たちを互いに戦わせることにより、私たち自身の手で真ヤンデレ・クイーンを降臨させるつもりなのだ。

 何てえげつない方法を考えるの、美香子。

 やり方がシナプスの元マスターと本当にそっくり。

 虐げられて泣き笑いしながら許しを請いていたあの時代を思い出して欝になる。

 本来なら美香子のこんな思惑に乗ってやる義理はない。けれど、智樹を賭けた勝負なのだし、智樹が人質に取られている以上……って、そう言えば、智樹はっ!?

「智樹はどこにいるのよ、美香子!」

 最悪の場合、智樹だけでも連れて逃げることも視野に入れておかないといけない。

「桜井くんなら~そこよ~」

 美香子が指を差す先には何もない。青く晴れた空が見えるだけ。

「どこよ?」

 疑問に思っていたら大型クレーン車がゆっくりと校内に入り、ちょうど美香子の指の延長線上に止まった。

「桜井くんは~大会の景品として~大切に保管しているわ~」

「まさかっ!」

 クレーンの先端を見る。すると、全裸にロープでグルグルに縛られた男の子が逆さまの状態で吊り下げられていた。

「智樹っ!」

 男の子は智樹で間違いなかった。あんなに野外全裸が似合う男は智樹しかいない。

そして地面から智樹までの高さは目測で約50m。……これじゃあ!

「この高さじゃ~翼のないニンフちゃんには桜井くんに手が届かないわね~」

 美香子は私の行動パターンを読んでいるようだった。飛ぶことのできない今の私には確かに上空の智樹を助けられない。

 だけど、私にはまだハッキングがある。クレーン車ごと乗っ取ってしまえば良いだけのこと。甘いわね、美香子っ!

「会長は~ナイフ投げも射撃も得意だから~100m先のロープも切り落とせるわ~」

「クッ!」

 つまり美香子は、私がクレーン車に何かしようとすれば智樹を即地面に叩き落すと暗に言っている。

 きっと美香子は実際にそうする。私の行動はまた美香子に先読みされていた。

「わぁ。ナイフ投げまで得意だなんて流石は師匠。何をやらせても天才ですね!」

 美香子の発言の裏の意図も知らずに賞賛するバカは放っておく。

 智樹を奪い返して逃げるのが難しいとすると、後は可能な限りアルファを刺激しないようにするしかない訳だけど……。

「ちなみにこのクイズ~、飛び入り参加もありだから~誰でも答える権利はあるわ~」

 美香子の声に反応して、黒服の男たちが一斉に銃器を取り出して構えた。

「師匠の家の従業員さんたちもやる気満々みたいですね。ですが、優勝はこの私、アストレアで決まりですよ。えっへん」

 少し、このバカが羨ましくなってきた。何で世の中をそんなに単純に見られるのよ?

 言うまでもないけれど、バカの分析は間違っている。

 男たちはクイズに参加しようとしているんじゃない。私たちが美香子の望むようなバトルを繰り広げない限り、あの男たちを乱入させてアルファを刺激する気に間違いない。

 徹底してやってくれるわね、美香子っ!

「どうかしら~? 会長の準備した舞台~気に入ってくれたかしら~ニンフちゃ~ん?」

「フンッ! 上等じゃないの。いいわ、あんたの挑戦受けてあげるわよ、美香子!」

 私にだってシナプス最高の電子戦用エンジェロイドとしての意地がある。美香子が私の3手、4手先を打ってくるなら私は5手、6手先を読むまで。

 これは人間とエンジェロイドのプライドを賭けた頭脳戦なのよ。

「ニンフ先輩が戦うのは師匠じゃありません。私ですぅ! 間違えないでください!」

 それに、私の直接的な対戦相手はこれだし。

「ええと、りんごの英語の正しい発音はあぽぉぉじゃなくて、あぱぁぁでもなくて……」

「…………スイカの、正しい投げ方は……左手は、添えるだけ」

 残りもこれだし。

 確かに美香子が私の優勝を阻止する為にテレビ番組のクイズ王みたいな人を飛び入りさせて来る可能性はある。でもそれは私にとっては却って好都合になる。

 いざとなれば、アルファを刺激しない内にそのクイズ王に優勝してもらえば良い。智樹と全く関係がない第三者が優勝する分には、アルファとそはらと私の恋の三角対立の構図には何の変化も生じないのだから。

「くしち63っ、くは72、くく88ッ!」

 勿論、予めデルタに問題の答えを教えているデキレースの可能性も考えられる。

 けれど、私が美香子ならそんな危険な真似はしない。あのおバカなデルタが問題の解答をきちんと覚えられるとは思えない。

 それに違う問題の解答を口にするような事態が生じれば非難を受けるのは美香子自身。あの悪の親玉がそんなハイリスク・ローリターンな賭けに出るとは思えない。

 そもそも美香子にとってデルタを優勝させることには何のメリットもないだろうし。

 つまり、総合すれば今の状況は私にとって逆境なのは間違いない。けれど、絶対に負けが決まっている訳でもない。希望の光はまだほんの少しだけど見えている。

 勿論、この微かな希望が美香子の手によりわざと作り出されている可能性はある。まだ何か隠しているのかもしれない。ううん、きっと、美香子は奥の手をまだ隠している。

 だけど、私はこの微かな希望を信じてこの状況を切り抜けるしかない。ううん、何が起ころうと切り抜けてみせるわよ、絶対にっ!

 

 

 

「それでは~、第2回かしこい子選手権~いよいよ始まりよ~」

 美香子がクイズ大会の開催を両手を広げて宣言する。

 解答台を見据える私たちの並びの順番は左からアルファ、そはら、私、デルタ。

 解答台までの距離はおよそ20m。

 普通に考えると、空を飛べるアルファとデルタが有利に見えるこのレース。でも、実際はそうじゃない。

 幾ら音速を越える高速の翼であっても、飛び立って加速するまでにはどうしても時間が掛かる。なのでこの距離なら走った方が早く着く。

 だからアルファもデルタも駆けっこの構えを取っている。そして走るなら背中の大きな翼は邪魔にしかならない。

 そして地上でのエンジェロイドの運動能力は人間とほとんど変わらない。そはらが一番に辿り着く可能性も十分考えられる。

 勿論これは、お互いに妨害がなければという前提の話。実際のレースでは妨害が入るので勝利条件はより複雑になる。知力・体力・時の運。全てが備わっていないと勝てない。

「イカロスさん。今日だけは、力尽くでも勝ちに行くから」

「…………私もです。そはらさん」

 火花を散らすアルファとそはら。この2人が互いにライバル心をむき出しにするのを私は初めて見た。2人ともそれだけ本気だということだ。

 アルファとそはらが激突するということは、私の対決相手は……

「ぷすすっ。小さなニンフ先輩じゃ私の足の速さに敵う訳がありませんね。ぷすすっ」

 ……この娘、か。

 何か向こうはメインヒロイン対決で、こっちはサブキャラかお笑いキャラ対決をしているような情けない気分になって来る。

「ニンフちゃんが凹んでいるようだけど~最初の問題行くわよ~」

 気を引き締め直して問題に挑む。

 そして、運命のクイズバトルが始まった。

 

 

「第1問は~道徳の問題よ~」

 問題を読み上げる美香子の声に私たちの緊張感が一気に増す。

「道端にジュースの空き缶を捨てている人がいるわ~。さて、どうする~?」

 問題が告げられ終えた瞬間、アルファとそはらが動いた。

 解答台に向かってではなく、お互いに向けて。

「悪いけど、イカロスさんには解答させない」

「…………私もです」

 そはらは鋼鉄の柵をも容易く切り裂く殺人チョップをアルファに向けて構えている。

 対するアルファはアルテミスがそはらをロックしている。

 しかしこの勝負、戦闘に特化したエンジェロイドであるアルファの方が優位にある筈。

 なのにアルテミスを発射しないのは、幾らヤンデレ・クイーンと化しても流石に人間を、特に恩人であるそはらを攻撃するのには躊躇いがあるからなのだと思う。

 アルファにもやっぱりまだ、優しい心が残っているのね。

「…………そはらさんの、コスモが、ゴールドの領域にまで、上昇中。あの、殺人チョップ、いえ、聖剣は、私の、絶対防御圏イージスを、貫通する。下手に動けば、先に、殺されるのは、私」

 ……でもなかった。

 そはらはたまに人間とは思えない力を発揮するとは思っていた。けれど、まさかアルファと同じ高みに辿り着くなんて。人間、やればできないことはないのね……。

 まあ、とにかく、アルファとそはらはにらみ合いをしたまま1歩も動かない。おかげで私としては展開を楽に進めることができる。

「ぷすすっ。何をぼんやりしているのですか? 先に私が答えちゃいますよ~だ」

 デルタが私を笑いながら駆けていく。私はその後姿をぼんやりと見送る。

 デルタの後は追わない。美香子に1つ、確かめ忘れたことがあるから。

「一番乗りぃ~……って、ブヘっ!?」

 デルタは台の手前の何もない所で転んだ。ある意味とても器用。

 バカはしばらくその場で痛がっていたけど誰も追って来ないので結局一番に到着した。

「それではアストレアちゃん~解答をどうぞ~」

 さて、鬼が出るか蛇が出るか。

「はいは~い! 道端にジュースを捨てるのは悪いことなので捨てた人に注意しますっ!」

 デルタにしてはとてもまともな解答をしたので驚いた。

 あの子も成長しているのだなと思うと、ちょっとだけホロッと来た。

 隣を見ると、アルファもそはらもデルタを見ながら涙ぐんでいた。

 で、正解は……

「ぶっぶ~。大はずれ~」

 美香子は両手をクロスさせて×の字を作った。

「えええ~? 私の答えは間違っているのですか、師匠っ?」

 デルタが不服そうな声を上げる。

「正解は~皆殺し~でした~」

 いかにも美香子らしい答えだった。

 まだたった1問だけど、今後の問題の答え方の方針が大体わかった。

「不正解には~罰ゲームが~待ってるわよ~」

 来た。

 私が敢えて最初の問題の解答を敢えてデルタに譲った理由。

 それはどんな罰ゲームが待っているのかわからなかったから。

 デルタを生贄に美香子の腹を探る。

「ば、罰ゲームって、また酷いことをされるのですかっ!? ひぃいいいいぃ!!」

 第1回のかしこい子選手権で、誤答する度にうなぎの沢山入った水槽に落とされた嫌な思い出を持つデルタは怯えていた。

「ええ~、酷いことされるわよ~」

 怯えるデルタを見て満面の黒い笑みを浮かべる美香子。やっぱり美香子は真正のサド。

 一体、デルタは何をされるの?

「……桜井くんが~」

 えっ?

 一瞬、美香子の言葉の意味がわからなかった。

 でも、地面に向かって下ろされていく智樹と、金属バットやほうきや竹刀を持って待ち構えている空美学園の女子生徒たちを見て美香子の言いたいことがよくわかった。

「レッツ・虐殺・タイム~」

 それからの1分間の光景を私は直視することができなかった。ただ、押さえている両耳に聞こえて来る「ぎゃ~!?」とか「うぎゃあ~!?」などの悲鳴だけが智樹の身に何が起きているのか知らせてくれていた。

 女子更衣室覗きの常習犯である智樹は女子生徒から皆無と呼んでいいほど人気がない。だからこんな機会には容赦なく報復を受けてしまう。つまりは智樹の自業自得。

 だけど、それでも智樹が大好きな私には耐え難い光景だった。

「アストレアちゃんに安易に解答権を譲ると~またこうなるわよ~ニンフちゃん」

「やってくれるじゃない!」

 悪の女王を鋭い目で睨む。

 美香子は私が慎重を期して1問目は解答しないことを読んでいたのだ。

 そして、美香子がこの戦いにデルタを動員して来た理由もわかった。

 美香子はデルタが勝つことを期待しているんじゃない。誤答を連発させることを期待している。 要するに、美香子はデルタのバカさにこそ期待している。

 デルタに解答させない為には私たちはもっと必死に争って解答しなきゃいけない。

 そして必死に争えば争うほどアルファは真ヤンデレ・クイーンと化す確率が上がる。

 美香子に完全にしてやられた。

 クイズ開始前に罰ゲームの内容を確かめておかなかったのは私の失態。

 智樹をこれ以上傷つけない為にも、次の問題からはもっと積極的に行かなくちゃ。

 私は決意を新たにした。

 

 

 

「2問目は~数学からの出題よ~」

「数学は私の大得意な科目です。絶対に私が答えてみせます。えっへん!」

 デルタは答える気満々だ。なら、絶対に潰さないといけない。智樹の為にも。

「1+1は~なぁ~に~?」

 美香子が問題を告げ終わった瞬間、デルタは全力ダッシュを開始していた。

「こんな簡単な問題、バカでも解けますよぉ~」

 確かに解けると思う。あんた以外のバカなら。

「またまた私が一番の…………グヘッ!?」

 ゴールを直前にしてデルタの体が止まる。そして、一瞬遅れてバカの体はポーンと跳ね上がって私に向かって飛んで来た。

 私はデルタを華麗に避けてからゆっくりと解答台に向かって歩き出す。

 アルファとそはらは相変わらず睨み合いを続けてくれているので焦る必要はない。

「痛ったぁ! って、翼にロープぅ? いつの間にぃっ!?」

 わかりやすく結びつけておいたロープにも気付かないバカは放っておいて、解答台へ。

「解答者は~ニンフちゃん~」

 目を瞑って考える。これは数学、というか算数の問題じゃない。美香子の出した問題なのだと自分に言い聞かせる。

 すると、見えた。この問題の真実が!

「1+1は~?」

 目を見開いて大声で答えを叫ぶ。

「答えは、37564(みなごろし)よっ!」

 会場に沈黙が走る。

 みんなは、私が出した答えに驚いているようだった。

「ぷすすっ。1+1の答えが3なのは幼稚園児でも知ってますよ~だ」

「幼稚園児以下は少し黙ってなさい!」

 バカを黙らせて美香子の目をジッと覗き込む。

すると、美香子はフッと笑った。

「ニンフちゃん、大正解~。流石は第1回かしこい子王。1ポイント獲得よ~」

 軽く息を吐き出す。

 やっぱりこのクイズはこれで合っていた。

 優勝まで、後、2ポイント。

 

 

「3問目は~英語の問題よ~」

「英語の問題は私が解かなきゃ!」

 そはらが大声で気勢を上げる。

 英語の点数が酷いそはらは英語に強いコンプレックスを抱いている。でも、だからこそムキになって問題を解こうとする。

 そはらのコスモが際限なく高まっていくのを感じる。

「青森県の特産と言えば~Appleですが~、Appleの正しい日本語訳の発音はな~に~?」

 ……それは、英語の問題なの?

 と、私が脳内で疑問を抱いている最中にそはらが解答台に向けてダッシュを開始した。

「この問題だけは、絶対に私が解く!」

 アルファにわき目も振らずに一直線に台に向かって。って、ちょっと!?

「…………アルテミス。マスターを、狙う、悪い蟲、ダウナー、3匹を、片付けて」

 アルテミスが私、そはら、他1名をロックしたというアラームが脳内に響く。

 このままだと、私たちは3人とも塵と化してしまう。こうなったら!

「デルタっ! お願いっ!」

 デルタの首根っこを掴んでアルファに向かって思い切り放り投げる。

「へっ?」

 デルタは間抜けな声を上げながらアルファに向かって飛んでいく。

「…………迎撃モードに、移行。目標を、襲来するバカに、集中。全弾、発射」

 そしてアルファの数十のミサイルが一斉にデルタへと狙いを定め……

「をきゃぁああああああああぁっ!?」

 命中して一斉に爆発した。

「デルタ。私、今日ほどあなたがいてくれて良かったと思ったことはないわ。グスッ」

 涙を流しながら親友の死を悼む。

 見上げれば、空美町の青空に爽やかな表情をしたデルタが笑顔で……

「……ニ、ニンフ先輩もイカロス先輩も、酷い……グヘっ」

「あら、あんたまだ生きていたの? 意外としぶといのね」

 大空のデルタはあんなに優しくて凛々しい顔立ちなのに、本物はこれだから。はぁ。

「はい、そはらちゃんの解答~」

「えっぽぉおおおぉ~」

 そはら、あんたも相当テンパッているのね。

「ぶっぶ~。正解は~全殺しりんごでした~」

 そして美香子、その全殺しの部分にはどんな意味があるの?

「それでは~桜井くんのお仕置きタイムを始めるわよ~」

 喜々とした表情を浮かべる美香子に鞭で打ち付けられる智樹を見て、そはらに英語の問題を答えさせるのは止めないといけないと思った。

 

 

「続いて4問目は~芸術の問題よ~」

 智樹を散々に打ち付けてご満悦な美香子が次の問題を発表する。

「会長に~最高の笑顔を~見せてちょうだ~い」

「へっ? 笑顔?」

 突拍子もない問題に驚かされる。笑顔を見せるなんてそんな簡単な問題が?

「…………最高の…………笑顔ッ!」

 アルファが翼を広げ、全速力で解答席に向かって突っ込んでいく。カオスにウラヌス・システムで体当たりを仕掛けた時のような勢いと真剣な表情で。

「って、アルファっ! あんた、笑えないっていつも嘆いたじゃない!」

 笑わない珍獣の別名を持つアルファにこの問題が解ける筈がない。また、智樹が……

「イカロスさん。戦いの最中に背中を向けるなんて、迂闊にもほどがあるよ!」

 って、そはらはそはらでアルファに向かって殺人チョップを放とうとしているし。

「さようなら、イカロスさん。私、あなたのことが大好きだったよ!」

「デルタっ! またお願いっ!」

「へっ? ぴぎゃぁああああああぁ!?」

 そはらの殺人チョップにより生み出された衝撃波はデルタにぶつかり、幸いにもアルファには当たらなかった。

 アルファが手負いになれば真ヤンデレ・クイーンと化す確率がグッと高まってしまう。本当に危ない所だった。

「に、に、ニンフ先輩っ! わ、私の翼が、根本から真っ二つに切れちゃってるぅ~っ!」

「あんたは翼もバカだから、ご飯つぶでもくっ付けておけば元通りになるわよ」

「あっ! 本当だ。ご飯つぶで翼が元通りにくっ付きましたぁ。わ~い。ありがとうございますぅ」

 ……なくなったままの私の翼は少し繊細すぎるのかもしれない。デルタが少し、ううん、とても羨ましかった。

「さあ、イカロスちゃん~。笑ってみせて~」

「………………………………………………………できません」

「笑顔っていうのはこうやるのよ~。うふふふふ~。さあ、みんな~桜井くんを血祭りにあげるのよ~」

 黒い笑顔を全開にした美香子と、女子生徒や村の女性たちに石を投げつけられる智樹を見て、全ての問題に私が答えるようにしなきゃと思った。

 

「続いて第5問。再び道徳の問題よ~」

 周囲を一望する。

 もう、アルファにもそはらにもデルタにも解答を任せられない。3人に答えさせるときっとまた智樹が酷い目に遭う。だったら、私が答えるしかない。

「目の前に~女子更衣室を覗こうとしている少年がいるわ~。どうする~?」

 スタートの合図と共に全力で走り出す。

「駆けっこなら負けませんよ、ニンフ先輩」

 隣を走るバカに対してキャンディーを一つ放って投げる。

「えっ? くれるんですか? わ~い」

 立ち止まって包みを開けだすバカは放っておいてゴールを目指す。

 アルファとそはらはこう着状態に陥ったままなので妨害を受けずに解答台に辿り着いた。

「ニンフちゃん、解答をどうぞ~」

「全殺し」

「ニンフちゃん正解~。2ポイント目獲得よ~」

 よしっ、これでリーチ。智樹救出まで後1問。

 智樹を奪還し、恋のライバル達にも打ち勝ち、美香子の野望を挫く道筋が見えて来たわ。

 だけど美香子は私を見ながら

「うふふふふふふ~」

 と真っ黒く笑っているのが気になった。

 

 

 

「5問目が終わって~ニンフちゃんが2ポイントでリーチよ~」

 美香子のアナウンスを聞きながら現状を整理してみる。

 得点は私が2ポイントで他は0。そして私は後1問正解すれば優勝となる。状況を考えれば私が絶対的に有利。

 そして、私たちは互いにバトルを繰り広げながら解答しているけれど、美香子が望む真ヤンデレ・クイーンはまだ降臨していない。デルタ(バカ)・バリアのおかげで怪我人も智樹を除いては1人も出ていない。

 つまり現在まで美香子が望んでいるブラッディー・フェスティバルは開催されていない。

 でも、と、なると美香子はそろそろ次の手を打って来るに違いない。それも、とびきりの策を。 私の動力炉は嫌な予感に締め付けられていた。

 

「次の問題は~おおっとぉ~ボーナス問題よ~」

 美香子は私の顔を見ながら大げさに驚いてみせた。やはり来た。次の手が。

「次の問題は得点が2倍~。そして正解者が出るまで~何人でも答えられるわ~」

 やはり、そう来たわね。

「得点が2倍。2ポイント。つまり、次の問題に正解すれば私が優勝できるという訳ね」

「…………頑張ります」

 アルファとそはらの戦意が高揚していくのがわかる。体から闘志が溢れ出ている。

 優勝条件を2ポイント先取に設定していたのはこういうことだったのね。

 現状に関係なく次の問題に答えた者を優勝者とする為の仕掛け。誰にでも最後までチャンスを与える装置。

 ベタなバラエティー番組みたいな展開だけど、アルファたちを煽るのは十分すぎるほど成功している。

「え~とぉ、いんいちが1、いんにが……何でしたっけぇ~っ?」

 事態が把握できていないバカは放っておく。

 美香子のアナウンスは、これまで私が苦労して勝ち取ったアドバンテージを全て消し去るもの。 それは確かに私にとってはかなり悔しいこと。でも、逆に言えばそれだけ。

 今までの経過を考えれば、次の問題も私が正解する確率は高い。だったらこのアナウンスは私にそれほど打撃を与えるものじゃない。それは美香子も重々承知な筈。

 だとすればやっぱり美香子はまだ何か奥の手を隠しているに違いない。

 一体何を企んでいるの、美香子?

 

「それじゃあ、6問目。最後の問題行くわよ~」

 いよいよ、運命の瞬間がやって来た。

「道徳からの問題よ~」

 アルファもそはらも今まで見たことがないほど真剣な表情で美香子の言葉に耳を傾けている。アルファの瞳は両目とも紅に染まり、瞳孔は開ききっている。頭の上には輪っかまで現れている。完全な戦闘モード突入。

 2人ともやる気に満ち溢れている。でも、この2人はお互いに潰し合ってくれる筈。

「道徳の問題が多いですね、師匠」

 のん気に感想を述べているデルタは捨てておく。罠も仕掛けたしこの子はどうでも良い。

 なので後はいかなる問題であれ、美香子が望む解答を私が間違いなく導き出すこと。

 つまり、自分との戦い。

 弱くて情けなくて嘘つきな自分に決着を付ける時は今。

「目の前に~女子更衣室を覗こうとしている桜井智樹くんがいるわ~。どうする~?」

 問題が告げられ終えた瞬間、私は無言のまま全力で駆け出した。

「…………アルテミス。そはらさんに、向けて、全弾、発射ッ!」

「負けないっ! 殺人チョップ・エクスカリバーッ!」

 後方でそはらがチョップを振るう音と、アルテミスが大爆発する音が聞こえて来た。

「…………そんな。アルテミスが、全弾、打ち落とされる、なんて。ウッ、体が……」

「……う、腕が痺れて動かない」

 見えないので詳細はわからないけれど、アルファとそはらは引き分けたみたい。

 後は、デルタだけど……

「わ~い、お菓子がこんなに沢山落ちて……うきゃぁああぁっ!?」

 さっきアルファがアルテミスで開けた穴を私がカモフラージュしたものに落ちてくれた。

 後はゴールまで一気に駆け抜けるのみ!

 

「解答者は~ニンフちゃ~ん」

 肩で息をしながら美香子のアナウンスを聞く。

 どう、美香子?

 これで、私の勝ちよ!

 ちょっと呆気ない気もするけれど、私のすぐ目の前に智樹と世界平和が待っている。

「じゃあ~ニンフちゃ~ん。問題に答えてね~」

 長かった戦いに終止符を打つ時が来た。

 後は、美香子の考え方に従った答えだけ出せば……

「目の前に女子更衣室を覗こうとしている桜井くんがいるわ~。どうする~ニンフちゃ~ん?」

 えっ?

 美香子の考え方に従った答えって……

「そんなの、全ご…………」

 ちょっと、ちょっと、ちょっとぉっ!?

 私に全殺しと答えろと言うのっ!? 智樹を殺すと答えろと言うのっ!?

「どうしたのかしら~ニンフちゃん? 早く答えをお願いね~」

 美香子が悪人の笑み全開で私の顔を覗き込んで来る。

 最後の問題の割に仕掛けが少ないとは思っていた。

 そう思っていた私が甘かった。

 美香子は最後にして最悪な罠を仕掛けていたのだ。

「わ、わ、私は…………っ」

 私が智樹を全殺しにすると言えばこのクイズ大会に優勝できる。

 智樹争奪戦も私の勝利に終わる。

 けれど、全殺しと観衆の前で宣言する私が智樹の特別な人になって良いの?

 そんな女、智樹のそばにいるのに一番相応しくない。

 美香子だって私を嘲り笑うに違いない。

 智樹だってきっと嫌な顔をする。

「わ、わ、わわ、私!?」

「うふふふふ~ニンフちゃ~ん。ジレンマに苦しめられる~良い表情だわ~」

 でも、だけど、だったらわざと間違った答えを言えというの?

 そんなことをしたら、他の娘に優勝を取られちゃう。

 智樹を、他の娘に取られちゃう。

 それだけは、絶対にダメッ!

 智樹だけはっ、智樹だけは絶対に譲れないっ!

 ……そうよ、そう。

 これはクイズなんだもの。

 自分の本心とは違うことを言ったって何の問題もないのよ。

 そうよ。私は絶対に優勝しなくちゃいけないのよ!

 絶対にっ!

「答えはっ、全ごろ…………」

 腕を振り上げながら全殺しと叫ぼうとした。

 でも、振り上げたその手を誰かに掴まれて叫ぶのを遮られた。

 私の手を掴んでいるのは……

 額に『愛』という文字が刻まれた、天使の羽を生やしたちょっとだけ大人びた姿の2人の『私』だった。

 えっ? 私っ?

 

 『私』は私の手を握ったまま放さない。

 何も言わずにただジッと私の顔を見つめている。

 まるで私のことを責めているかのように。ううん、自重を求めるかのように。

 その瞳に見つめられると私は動くことができない。金縛りに遭ってしまったよう。

 こんな体験、生まれて初めてだった。

 でも『私』が私に求めているのはきっと……。

「ニンフ先輩、、もぐもぐ、どうして、もぐもぐ、動かないんですか?」

「ニンフさん。もしかして、戦っているの? 自分の中の女と……」

「…………ニンフ」

 みんなの、声が聞こえる。

「馬鹿な真似はやめてよ、ニンフさんっ! たかがクイズじゃない。それに私……ニンフさんだったら諦められるから。智ちゃんのことを任せられるからっ! だから、だから……正解を言ってよっ!」

「…………ニンフ。人間は、嘘をつく。だから、嘘でも、構わない……」

 アルファとそはらの気持ちが痛いほど伝わってくる。2人の愛を感じて私の心はスッと軽くなる。

「もぐもぐ。ニンフ先輩、もぐもぐ、もしかして、もぐもぐ、問題の答えを、もぐもぐ、忘れちゃったんじゃないですか? ぷすすっ」

 そしてデルタのおかげで踏ん切りがついた。

 ゆっくりと、だけど愛おしく胸の前で両手を合わせる。

 そして、私はようやく辿り着いた『真実の』答えを述べた。

「私は……桜井智樹を……愛しますっ!」

 『私』が、私の解答を聞いて微笑みながら天へと帰っていく。

 その様を見ながら私の心は今まで味わったことがないほどの充実感に包まれていた。

「……フゥ。私の負け。完敗よ。ニンフちゃん」

 美香子がガックリと膝をついて地面に座り込む。その瞳にはうっすらと涙が見えている。

「私は……ニンフちゃんが汚名を着せられながら、イカロスちゃんやそはらちゃんたちとギスギスした空気の中で桜井くんとドロドロの愛憎劇を演じてくれるのを期待していたの。でも、その目論見も完全に崩れたわ」

「そんな悪趣味なことを考えてたの?」

 確かに私は美香子との戦いには勝利したのかもしれない。自分との戦いにも勝った。だけど……

「でも……ぶっぶ~。答えは大はずれ~」

 美香子に不正解を告げられ、天を仰いだ。

「ごめんね、智樹。私、自分に嘘をつけなかったよ」

 智樹の顔が浮かび上がる。その智樹はとても朗らかな笑顔を浮かべていて……

「あれ? 私、泣いている?」

 自分の解答に後悔はしていない。

 でも、だけど、智樹争奪戦に勝利できなくなってしまったことを思うと、動力炉が痛い。

 智樹の一番になれなくなってしまったのだから。

「えっ? 涙じゃなくて、雨っ?」

 額や耳に幾つもの水滴が掛かり、それが涙ではなく雨だと知る。

 ほんの一瞬前まで雲ひとつない快晴だったのに、急に辺りが暗雲に覆われてしまった。智樹の顔が雨雲の中に隠れてしまう。

 これって一体?

「今度こそお姉さまたちに私が愛をいっぱいいっぱい教えてあげる。愛ってね、いっぱいいっぱいいっぱいいっぱい痛いんだよぉ」

 雨雲の中心から降りてきたのはボロボロの修道服を着た女性。背中には鎌の形をした歪な羽が生えている。あれって……

「カオスっ!? あんた、生きてたの!?」

 忘れることができない私にとっての悪夢。彼女はカオスで間違いなかった。

 

 

 

 

 

「何でカオスがここにいるのよっ!?」

「…………カオスっ!」

 あの夏の日、私を散々に苦しめ、アルファによって深海へと沈んだ筈のあの子が何で?

 しかも何で成長している訳?

 最初に会った時は私より小さかったのに。何なの、あの胸はっ!?

 これでまた、エンジェロイドで一番胸が小さいのは私になっちゃったじゃないの!

 そんな残酷なことってあるの!? 

って、私、何か混乱してるっ!?

「あ~そう言えば、もぐもぐ、この間イカロス先輩に追い回された時に、もぐもぐ、あの子を見かけましたよ。もぐもぐ」

「そういう大事な情報は、きちんと知らせなさいよっ!」

 こんな大事な時にカオスまで乱入してくるなんて。そのカオスは以前に見た時と同じ病んだ表情でゆっくりと私の目の前に降りて来る。

「ニンフお姉さまは愛に一番詳しいのでしょ? 私にいっぱいいっぱい愛を教えてよぉ」

 まずい。ここでカオスと戦いとなれば見物客たちを巻き込みかねない。

 気絶した智樹だっていまだにクレーンから吊り下げられたままだし。

「2番目の解答者は~え~とぉ、カオスちゃん?に決まりね~」

 一方、立ち上がった美香子はカオスが解答権を得たことを宣言する。

 この状況に至ってもクイズ大会を続けるの、美香子?

 美香子はカオスのことをよく知らないのだから無理もないのだけれど。

「私に何か用ぉ? 綺麗なお姉さまぁ」

「あらあら~とても良い子ね~カオスちゃん。クイズのお時間よ~」

 カオスの恐ろしさを知らない美香子はごく自然に彼女の頭を撫でている。そのカオスは瞳をトロンと潤ませて気持ち良さそうにしている。ちょっと意外な光景。

「クイズぅ?」

 カオスは身なりはアルファと同じぐらい大きくなったのに、子供の様な純真な瞳で美香子を見つめている。

「そう。楽しいクイズよ~。目の前に女子更衣室を覗こうとしている桜井智樹くんがいるわ~。どうする~って問題なの~」

「桜井智樹ってお兄ちゃんのことぉ?」

「う~ん。多分そうだと思うわ~」

 美香子の返事を聞いてカオスが目をドロリと病んでみせた。

「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんっ。私がいっぱいいっぱい愛を教えてあげるね。愛ってとってもとってもとっても痛いんだよぉ。だから愛して……」

「それじゃあカオスちゃん、正解をどうぞ~」

 カオスがあれだけ病んでいるのに全く動じないなんて流石、美香子。

 類は友を呼ぶと言うべきなのかな?

 もしかすると美香子から見たらカオスの病み方はまだ生ぬるいのかもしれない。

 何かそれが一番正しい解釈な気がする。

「殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺してあげるよ、お兄ちゃ~ん♪」

 会場に沈黙が再び舞い降りる。

 見物客たちはカオスの異常な物言いにドン引きしているみたいだった。

 私だって、もし今日初めてカオスに会っていたなら同じような反応をしていたに違いない。

 でも、美香子だけは違った。カオスの解答を聞いて満面の笑みを浮かべていた。

「……カオスちゃん、大正~解。桜井くんを10回も殺す所が~大いに気に入ったわ~。会長大満足の解答よ~」

 えっ? それって……

「という訳で~第2回かしこい子選手権の優勝者は~カオスちゃんに決まりよ~」

 美香子の優勝アナウンスを聞いて大歓声を送る見物客たち。

「優勝おめでとう~カオスちゃん」

「何だかわからないけど、わ~い」

 両手を挙げて喜ぶカオス。でも、その一方で、俯いて暗いオーラを発する女が3人。ううん、私も含めれば4人。

「桜井くんはあなたのものよ~カオスちゃ~ん」

「わ~い。お兄ちゃんは私のものぉ。お兄ちゃんにいっぱいいっぱいいっぱいいっぱい私の愛を教えてあげるんだぁ」

 上空の雨雲以上に私たち4人のオーラが暗く、いえ、黒くなった。

 

 

「それじゃあ~優勝商品の贈呈よ~。えい~♪」

 美香子がナイフを投げて智樹を吊り上げているロープを切る。

「って、ちょっと! 智樹は地上50mの高さにいるのよ!?」

 無情にもビル10階の高さから自由落下を始める智樹。

「おぎゃぁあああああぁっ!?」

 目を覚ましたらしい智樹の悲鳴が聞こえて来る。幾ら智樹が人間離れした変態だからってこの高さから落ちたらっ!

「智樹っ! ……って、ああ、もうっ!」

 智樹を助けに飛ぼうとする。でも、そこで気付く。私には翼がないことに。

 飛べない私は智樹を助けにいけない。

「…………マス、ター……っ!?」

 アルファが助けに入ろうとする。でも、ふらついてまともに動くこともできない。

 エネルギー浪費による慢性体力不足のツケがこんな時に出てしまっている。

 このままじゃ、智樹が……っ!

 翼、翼さえあれば……

「そうよっ! お願いっ、私の望み通りの展開になってっ!」

 隠し持っていた『おっちゃんイカ』の袋を智樹に向かって放り投げる。

「味がなくなるまでっ、噛むんだからぁ~っ!」

 それは大きな魚が水中から空中に向けて大ジャンプしてみせるが如く、見る者を感嘆させる圧巻の飛行だった。

 手を使わずに『おっちゃんイカ』の袋を口でダイビング・キャッチするデルタ。そして、そのデルタの頭に落ちて来る智樹。

「めきゃぁああああああぁっ!?」

「おわぁあああぁっ!?」

 智樹はデルタがクッションになってくれたおかげで特に怪我もせずに地面に落ちた。

 そのデルタは頭から落ちて地面に大穴を開けている。

「デルタ、私、あなたがこんなにも活躍するなんて、想像もしてなかったわよ……グスッ」

 デルタの予想外の勇士を見て涙腺が緩くなる。

 デルタは今日、アルファのアルテミスを止め、そはらの殺人チョップを防ぎ、そして今、智樹の命を救った。しかも全部自分の身を投げ打っての行動。

 デルタの献身的な姿勢に普段はバカにしている私だってもらい泣きしてしまう。

「に、に、ニンフ先輩の、鬼、鬼ぃ……」

 デルタに対する認識も改めないといけない。

 おバカな娘からおバカで便利な娘に。

 

「痛ててて。何なんだよ、一体?」

「智樹、大丈夫?」

 頭を押さえて痛がる智樹に近寄ろう……

「ストップよ~ニンフちゃん」

 とした所で美香子に遮られる。

「邪魔しないでよ、美香子っ!」

「桜井くんは~カオスちゃんのものになったのだから~許可なく近寄っちゃダメよ~」

 美香子が何もわかってなさそうなカオスに目をやる。

「ううっ!」

 身を震わせながら立ち止まる。

 悔しいけれど、それが今回のクイズ大会の優勝商品に関するルールだった。

 智樹争奪とは、智樹を巡る抽象的な争いのことじゃない。智樹の彼女を名乗る権利と他の女を近寄らせない権利。この2つの権利が優勝者に与えられる決まりだった。

 勿論それは智樹のことを好きな女の子同士の協定に過ぎない。だけど、色恋沙汰に鈍感な智樹だからこそ、この協定は大きな意味を持つ。

 智樹は女の子が大好きなくせに、エッチな目的以外では自分から近付くことはしない。だからいつも智樹に絡んでいくのは私たちの方。

 そんな状態なので、こちらから近付かなければ智樹は私たちの存在をどんどんフェード・アウトしていくに違いない。そんな恐ろしい協定なのだ。

「イカロスちゃんたちも~近寄っちゃ~ダメよ~」

 美香子のドス黒い、だけど鋭い眼光がアルファたちの足を封じる。

「許可無く5m以内に近寄ったら~死ぬわよ~桜井くんが~」

 黒服の男たちが一斉に拳銃を智樹に向けて構えている。

 美香子と私の勝負は私の勝ちで決着がついた。

 だけど、美香子の遊びはまだ終わっていない。

 美香子にとって私との勝負なんて余興の一つに過ぎなかったのかもしれない。

 そんなことさえ考えてしまうほどに美香子は黒く微笑んでいた。

 

 

 

「お兄ちゃ~ん、私とお人形遊び、しよ?」

 カオスがニコッと智樹に微笑む。

「お兄ちゃんはもう大人だからお人形遊びはなあ……って、お前、この前公園で出会った時より随分でかくなってないか?」

 智樹はやっとカオスが成長したことに気付いたらしい。この鈍さがいかにも智樹らしい。

「じゃあ、お兄ちゃんの好きな遊び、しよ♪」

「俺の好きな遊びって言われてもなあ……ふむ。頭はあれだし背中には変な羽生えているが、体は立派な大人。そしておっぱいも結構大きい。となれば! むっひょっひょっひょ」

 智樹が急に顔全体の筋肉を緩めた。

 要するに、智樹はカオス相手にエッチなことを考えている。

 ……フゥ。仕方ない。

「ねえ、美香子?」

「何、ニンフちゃん?」

 美香子は珍しく私の質問を予期できていないみたい。まあ、それも無理ないかも。

 美香子は智樹に恋心を抱いてはいない。だから私たちの行動パターンが読めなくても。

「カオスの優勝はもう決定したの?」

 私の質問を聞いて美香子の表情がハッと引き締まった。それから、悪いことを企んでいるあのいつもの表情を浮かべた。

「そ~ね~。クイズ大会は終わったけれど、表彰式はまだよね~。それに表彰式前に優勝者が優勝を辞退~なんて事態は割とよく起こるわよねえ~」

 それだけ聞けば十分だった。

 カオスに向けてゆっくりと歩き出す。

 アルファもそはらもデルタもカオスに向かって歩き出す。みんな俯いて表情は見えないけれど、考えていることは同じようだ。

「よし、カオスっ! お医者さんごっこをするぞ」

「お医者さんごっこってな~にぃ? お兄ちゃん」

「それを今から教えてやるからまず服を全部脱ぐんだ。うひょひょひょひょ」

「わかったよ、お兄ちゃ~ん。うんしょ、うんしょ」

 カオスが躊躇いもなく服を脱いでいく。

 その脱ぎっぷりの良さは、体は大きくなっても心は幼女のままだからなのかも。

 世間一般的な感覚では、目の前の光景は、(心は)幼女が悪い男に騙されて破廉恥な行為をさせられている。

 そう見えると思う。

 でも、私の主観から見えるこの出来事は違う意味を持っている。

 突然降って沸いた泥棒猫が自分の旦那を恥知らずにも誘惑している。

 そう見える。

 そう見えればもう十分だった。後はもう、何も要らない。知る必要もない。

 

 夏休みのあの日、初めてカオスが現れた時、彼女は私たちにとって恐怖の対象だった。

 でも、今は違う。

 成長してパワーアップしているのだろうけど、そんな些細なことはどうでも良かった。

 だって、今のカオスは泥棒猫。

 猫を怖がる必要なんて私にはない。

 ううん、私たちにはない。

「あどけない表情にナイスバディーというのがまた堪りませんな。むひょひょひょひょ」

 智樹のスケベ顔を見ながらお互いに頷きあう。

「私ね、お兄ちゃんのこと大好きぃ。愛してる」

 全身がピクッと震えて私たちの歩みが止まる。

 協定は破らないように、智樹の5m以内には近付かない。

 でも、そんな距離、私たちにはあってないが如き。

 だって大量破壊兵器でもある私たちに5mぐらいの距離が何だと言うの?

「いくら未確認生物とはいえ、女の子から愛の告白されたのは初めてだ。すげえ嬉しいぞ」

 体の震えが止まらなくなる。

 4人の女の子がこんなにもわかり易く愛情を示しているのに「愛の告白をされたのは初めてだ」って何?

 そしてカオス、あんた……

「わ~い。本当? だったらお兄ちゃ~ん、私と結婚してぇ♪」

 プロポーズまで……

「そうだな~。カオスがもっと大人になったら考えてやるぞ」

「本当? わ~いわ~い。お兄ちゃんと結婚。愛をいっぱいいっぱいっぱいいっぱい教えてもらうんだぁ♪」

 カオス。愛ってね、とってもとっても痛いものなのよ……

 そんなに教えて欲しいなら、教えてあげるわよ……

 愛が何なのか、ね……

「俺の魅力でお前をめろめろに殺してやるぜ。フフフフフッ。遂にモテ期、襲来だぜ」

「お兄ちゃん、私をいっぱいいっぱいいっぱいいっぱい愛してくれるんだね。嬉しいぃ♪」

 もう、限界だった。

「みんな、準備は良い?」

 何が、と聞く必要はなかった。

 私の隣に立つ3人の乙女は黙って頷くと、それぞれの必殺の武器を構え……

「…………アポロン、発射ッ!」

「殺人チョップ・エクスカリバーッ!」

「超振動光子剣クリサオルッ!」

「パラダイス・ソングッ!」

 泥棒猫と鈍感浮気男に向かって全力で放った。

 

 

 それは、ただ虐殺と呼ぶには余りにも残酷すぎる光景だった。

 唯一つ言えるのは、私たちは失ってしまったということ。

 何を? 

 決まってるわ。

 それは最高の戦士と幼女。

 ありがとう智樹&カオス。

 私たちに夢をくれて。

 ありがとう智樹&カオス。

 私たちに希望をくれて。

 ありがとう。

 本当に

 ありがとう……。

 

 

 

「カオスちゃんが~表彰式前に亡く……いなくなってしまったので~第2回かしこい子選手権の優勝者は~な~し~よ~」

 美香子がクイズ大会の結果を告げる。

 大空を見上げると、雨雲の切れ間からカオスの面影が無邪気な笑顔で私たちを見守ってくれていた。

 この役目を担うのは絶対にデルタだと思っていたのでちょっと予想外の展開になっている。でもまあ、被害が1人で済んだのだから良しということにしよう。

 それからアルファも心行くまでカオスを攻撃したことですっきりした顔をしている。瞳の色も緑色に戻っている。

 カオス相手にハッスルしていたけれども、他の人には被害が出ていないので良しということにしよう。

 エネルギーの使い過ぎで体はフラフラ、まともに立っていることもできない状態だけど。

 そして智樹は私たち4人の必殺攻撃を下半身に受けて……星となって飛んでいってしまった。

 方角と飛行角度から計算すると、今頃は東北の沖合いにでも浮いているのだと思う。

 私たちの乙女心を踏み躙った智樹には良い薬。

 しばらくは流される人生を送ってもらおうと思う。

 智樹は私たちと違って泳ぎも上手だし、助けてなんかあげないんだから。

 

 でもこれで、美香子の悪しき逆襲はようやく終わりを告げることになった。

 クイズ大会も終了となったのだし、美香子も流石にもう諦めることだろう。

 智樹争奪戦には勝利できなかったけど、真ヤンデレ・クイーンの降臨を阻止できただけでも良しとしようと思う。

 これで、世界の平和は守られたのだから……

「それでは~これより桜井智樹争奪~再試合を始めるわよ~」

「えっ?」

 私は自分の耳を疑った。何か今、もの凄い危険な言葉が耳に届いたような……?

「会長っ! 再試合ってどういうことですか? そんなの、聞いてませんよ!」

「師匠っ、お腹が減ってこれ以上動けませんよぉ」

 そはらとデルタの耳にも同じ内容が届いていたようだった。

 アルファは何も言わないものの戸惑った瞳で美香子を見ている。

「会長は~かしこい子選手権の優勝者はなしと言っただけよ~。桜井くん争奪戦が終わったとは一言も言ってないわよ~」

「そんなの、屁理屈じゃないの!」

 涼しい顔をしてしゃーしゃーと語る美香子をキッと鋭い視線で睨む。

 もう私たちに闘う意志はない。それに、智樹ももう人質でなくなったのだし美香子の言うことを聞く義理はない。

「そぉ~ね~。会長がいくらお願いしても~みんな聞いてくれないでしょうね~」

「わかってるなら、さっさとその嫌な提案を引っ込めなさいよ」

 状況は私たちに有利に傾いている。幾ら美香子といえども、デルタでさえ乗り気でない現状で私たちを競わせるのは不可能な筈。

 でも、美香子は笑っていた。

 今日一番の黒い笑みを浮かべていた。

 何故?

 まだ、何か隠していると言うの?

「お願いが~無理なら~………………命令するしか~ないわね~」

「「「「命令っ?」」」」

 命令という言葉を聞いて、私の動力炉がギュッと締め付けられた。

 私たちエンジェロイドはマスターの命令を遂行する為に作られている。だから、命令という言葉に凄く弱い。

 だけど……

「美香子は私のマスターじゃないでしょ!」

 私の心のマスターは智樹に決まっている。

 他の人間の命令なんて聞くものか!

「確かに会長は~イカロスちゃん、ニンフちゃん、アストレアちゃんのマスターではないわ~」

「だったらっ!」

 語気鋭く詰め寄る私を美香子はフッと笑った。

「だけど会長は生徒会長~この学校の支配者~。つまり桜井くんのマスターなのよ~」

「詭弁よっ! そんなの!」

 美香子の言っていることは無茶苦茶だ。だけど……

「…………マスターの、マスター」

 アルファが美香子の話を真に受けてしまっている。これだから、疑うことを知らない天然娘は困る。

「なるほどぉ。流石は師匠。人類の頂点に君臨している訳ですね」

 疑うという漢字さえ知らない、そもそも騙す価値のないバカは放っておく。

「つまり~私の声は~桜井くんの声~。私の命令は~桜井くんの命令~っ。わかった~イカロスちゃん?」

「…………はいっ、マスターのマスター」

 アルファの瞳が再び紅に染まる。

 まずいっ! 

 アルファは美香子をマスターと認めてしまっている。

 美香子がアルファのマスターだなんて最悪の選択肢だわ。どんな無茶な命令が出るかわかったものじゃない。

「じゃあ~最初の命令よ~。暗い~暗いわ~。桜井くんは~暗いのが嫌いよ~。イカロスちゃん、何とかしてね~」

「…………はいっ、マスターのマスター」

 アルファはアポロンを構え、雨雲が立ち込める空に向かって発射した。

 大轟音と共に消し去る周囲一帯の雨雲。空美町に再び青空が戻る。

 美香子はそれを満足げな表情で見守っていた。

「あっ、アルファっ!」

 だけどアポロンを撃った反動でアルファは片膝をついて地面に倒れた。アルファの体力はもうとっくに限界を越えている。

 これ以上無茶を続ければ体がやられるか心がやられるか。それしか待ってない。

「美香子っ! あんたって人はぁっ!」

「うふふふふふ~。ニンフちゃ~ん」

 美香子が底意地の悪い笑顔を私に向ける。

「な、何よ……」

「ニンフちゃんは一つ思い違いをしていたようだから教えてあげるわ~。ヤンデレ・クイーンを降臨させるのにクイズ大会なんて実は全然必要なかったっていうことを~」

「だったら何であんな持って回ったイベントを……ま、まさかっ!」

 思い浮かぶ1つの可能性。

「うふふふふ~。人間は~ぬか喜びさせた後で~どん底に叩き込む方が~より深い絶望に陥るのよ~。エンジェロイドも~同じじゃないかしら~?」

「………………っ!」

 思い出すのは、私と元マスターとの縁が切れたクリスマスの日のこと。

 ほんの少しマスターに優しさを見せられたと思った私はほんの一瞬だったけど泣くほど嬉しかった。

 そしてその後に待っていたのは深海よりも深く暗い絶望だった。

 私はハーピーに羽を千切られ、絶望の中で廃棄処分にされそうになった。

 それを救ってくれたのはアルファと智樹たちだった。

 智樹たちは私の命と心を救ってくれた。

 智樹たちがいなかったら私は今頃この世にいなかっただろうし、仮にいたとしても心は完全に死んでしまっていたと思う。

 それと同じことを美香子はしようとしている。

 そんなの、そんなの……っ!

「今日の師匠、何かいつもと違っておかしいですよ」

「えっ? デルタ?」

 美香子に異議を唱えたのは意外にもデルタだった。真っ直ぐな瞳が美香子を捉えている。

「一体、私の何がおかしいの、アストレアちゃん?」

 美香子もデルタを見ながら目を丸くしている。それに口調が素の状態に戻っている。

「今日の師匠、いつもよりも悪人って言うか、余裕がないって言うか。いつも以上に笑っているのに本当は全然楽しんでないって言うか。とにかく今日、ううん、ここ2、3日の師匠は絶対おかしいです」

 私から見るとまともなことを言っているデルタの方もおかしい。

 でも、確かにデルタの言う通りかもしれなかった。今日の美香子はいつも以上にやり過ぎ。それに言動が黒い人というより嫌な人になっている。美香子らしくない。

「なるほど。アストレアちゃんは私のことをよく見ているのね」

「私は師匠の弟子ですから。当たり前のことです」

 美香子はアストレアの顔を見た。正確にはアストレアが掛けているメガネを。

 あっ……

「私はもっと自分が悪の女王様なのだと思っていたわ。けれど、ちょっと違ったみたい」

 美香子はアストレアのメガネに愛しそうに触った。

「私の行動に反応を示してくれるあの人がいないと、世界がこんなにも面白くなくなるなんて。そんなこともわからないなんて、私って本当にバカよね。ね、英くん……」

 美香子は僅かに俯いた。

「だったらもう、ヤンデレ・クイーン降臨なんてバカな真似はやめれば良いじゃない!」

 美香子の行動は矛盾している。

 守形がいなくて何も楽しめないのなら、アルファを狂わす意味なんて何もない筈。

 だけど美香子はゆっくりと首を横に振った。

「英くんがいないからこそ、やめる訳にはいかないのよ。英くんをなくしてまで成し遂げようと思ったこの逆襲っ、今更やめる訳にはいかないのよっ!」

 美香子が感情を高ぶらせて声を荒げたのを聞いたのは初めてのことだった。

「うふふふふふ~。会長より~再試合の内容の伝達よ~」

 そしてすぐ美香子はいつもの悪人スマイルを浮かべた。

「再試合は~恋のお邪魔虫排除バトルよ~」

 焦点の定まっていない病みきった、でも私にはとても哀しげに見える瞳をする美香子。そして美香子の宣言は、考えられる中で最悪な選択に違いなかった。

「さぁ~イカロスちゃ~ん。桜井くんの命令よ~。桜井くんとイカロスちゃんの恋路を邪魔するお邪魔蟲ダウナーどもを~1匹残らず踏み潰してやってちょうだい~」

 そして美香子は最悪な命令をアルファに告げた。

「ア、アルファッ!」

 慌ててアルファを振り返る。

「…………イエスッ、マイ・マスターッ!」

 でも、私が振り返った時にはもう遅過ぎた。

 天使の輪を頭上に出現させ、真紅の勇ましい瞳をしたアルファが大きな翼をはためかせながら大空へと舞い上がって行く。

「…………可変ウイングシステム、セーフティー解除」

「ダメよ、アルファっ! そんなことしたら、地上もあなたも滅んじゃうわよ!」

 全てのリミッターが解除され、アルファの翼が光りだす。最強のエンジェロイドであるアルファの真の力が引き出されていく。

「やめてっ! やめてよっ! アルファっ!」

「…………モード、ウラヌス・クイーン、オン」

 そして、恐れていた事態がとうとう起きてしまった。

 ヤンデレ・クイーン降臨という最悪の事態が。

 私が今日、最も避けたいと思っていた事態が。

「…………コネクト」

 それまでステルス・モードで浮いていたウラヌス・システムが空美町の上空に姿を現す。

 見物客たちは突如出現した巨大飛行物体に驚いている。

 私だってセンサーではなく肉眼であの巨大兵器が間近に浮かんでいるのを確認して驚いてしまう。

 アルファは私たちの驚きを他所に巨大空中戦艦の中へとゆっくりと吸い込まれていく。

「…………戦略用エンジェロイド・タイプ・アルファ・イカロス、出撃しますッ!」

 コクピッドの中からアルファの声が私の脳に伝わってきた。

 決意に満ちた小さな合図。

 でもそれは私たちに、ううん、空美町に、ううん、この世全てに災厄をもたらす始まりの鐘に違いなかった。

 

 

(後編に続く)

 

 


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