No.351580

バカとテストと召喚獣 康太と愛子とクリスマス

さあ、クリスマスだ。
心を込めて祝おうじゃないか。愛で地球が満たされますように。
第二段 バカとテストと召喚獣

クリスマス特集

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2011-12-24 00:24:23 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:21925   閲覧ユーザー数:21270

康太と愛子とクリスマス

 

 

 

「明久くんはクリスマスを誰と一緒に過ごす予定なんですかっ!?」

「どの女の子と過ごすつもりなのかさっさと教えなさいよっ!」

 クリスマス・イヴを明後日に控えた今日、姫路さんと美波はいつものように元気だった。

 僕のテーブルに身を乗り出しながら、2人とも凄く血走った表情でクリスマスの予定を尋ねてきた。

 2人とも1年を通じて元気なので本当に好ましいと思う。女の子は元気が一番だ。

 でも、何でそんなに僕の予定が気になるのか欠片もわからない。けれど、尋ねられた以上はちゃんと答えなくちゃね。

「え~と、特に決めていないけれど男友達同士でワイワイ過ごすんじゃないかな?」

 僕の答えは半分本当で半分嘘だ。

 僕の手元にはモテ男撲滅の為の武力介入組織『フラレテル・ビーイング』からクリスマス・イヴ決起への参加要請文が届いている。

 須川くんや横溝くんは本気でクリスマスを潰す気だ。

 クリスマスとバレンタイン。FFF団はより大きな組織であるフラレテル・ビーイングに参加して全国一斉蜂起に参加する。

 この街の他にも空美町、冬木市、千葉市、秩父市、雛見沢村、遠夜市、見滝原市などでも蜂起が囁かれている。

 クリスマスが1年で一番きな臭い日であることは説明を待たない。

 でも、僕はそんな武力蜂起に関わりたいとは思わない。FFF団の幹部を務める僕だけど、クリスマスはカップルだけの行事じゃない。子供からお年寄りまでみんなが笑顔になれる日だ。

 そんな日に不特定多数の人たちを狙う武力蜂起なんて手伝う気にはなれない。

 だから……

「雄二やムッツリーニ、秀吉と自宅でパーティーでもしようかなと思うんだけど」

 仲の良い男友達と楽しく過ごしてフラレテル・ビーイングとは無縁に過ごしたいと思う。

「そんなのダメです!」

「ダメに決まっているじゃないのよ!」

 だけど姫路さんたちにダメ出しをされてしまった。

「えっ? 何で?」

 何で2人に否定されるのかまるでわからない。

「…雄二は1週間前から私の家に監禁中。クリスマスは私と一緒に2人きりで過ごす」

 いつの間にか現れていた霧島さんが手を挙げながら反対を唱えた。

「雄二の姿を最近見ないと思ったら、霧島さんの家で同棲していたんだね」

「…照れる」

 霧島さんは頬をポッと染めた。

「それじゃあ、雄二と一緒に過ごすのは無理だね」

 雄二の奴、こんな美人と2人でクリスマスを過ごせるなんてなんて羨ましい奴なんだ。雄二こそ、フラレテル・ビーイングの天誅を受けるに値するリア充だ。

 

「じゃあ、ムッツリーニと秀吉と楽しく凄そうかな」

 1人欠けるのは寂しいけれど仕方ない。

「それもダメです!」

「ナンセンスの極みよ!」

 また2人にダメ出しされてしまった。一体、何故?

「土屋くんはクリスマスまで無事ではいられないからです!」

「そうよ! 土屋は鬼隠しに遭っちゃうんだから!」

「……何故俺が!?」

 隣のテーブルで寝ていたムッツリーニが飛び起きた。

「いや、幾ら何でもそれはないでしょ。ムッツリーニはこんなにも健康体なのだから」

 鬼隠しが何なのかよく知らない。けれど、危機管理能力に優れたムッツリーニに限って何か起きることなどあり得ないと思う。

 と、その時突然視界が真っ暗に塞がった。

「明久くん。誰~~だ?」

 女の子らしい柔らかい手の感触と共に、聞き慣れた少女の声が聞こえてきた。

「えっと……優子さん、だよね?」

 秀吉の双子のお姉さん、木下優子さん。

「当ったり~~~~♪」

 優子さんから楽しげな声が返ってきた。

「えっと、急に目を塞いでどうしたの? 何も見えないのだけど」

「ああっ、それはねえ……」

 訪れる静寂。そして…

「ダメぇえええええええええええええぇっ!」

 女の子の悲鳴が僕の耳に届いてきた。

「ど、どうしたのっ!?」

 あの悲鳴、ただごとじゃなかった。

「チッ! しとめ損なったわね」

 優子さんは手を離した。

 視界が開ける。

 僕の隣には悔しそうな表情を浮かべる優子さんの姿があった。

 そして、隣のテーブルでは工藤愛子さんがムッツリーニを抱き締めながら身を呈して護っていた。

「ムッツリーニくんを殺さないでぇ~~っ!」

 工藤さんは必死だった。

 何故こんな状況になっているのか僕には少しも理解できない。一体、この短時間に何が起きたと言うのだろう?

「や~ね~。ウチが土屋を暴力でどうにかする訳がないじゃない」

 美波はメリケンサックをペッタンコな胸の中へとしまった。引っ掛かるものがなくてストンとお腹まで落ちた。

「そうですよ~。私たちが土屋くんをどうにかする訳がないじゃないですか?」

 姫路さんはハンマー投げで使う鉄球を豊かすぎる胸の中へとしまった。鉄球は胸の谷間に余裕で収まった。

「嘘だよ! 優子と瑞希ちゃん、美波ちゃんは共謀してムッツリーニくんを亡き者にしようとしているんだよ!」

 工藤さんは姫路さんたちの言葉を信じない。

 僕には何で姫路さんたちが友達である筈のムッツリーニを殺そうとするのかまるでわからない。

「こんな所にいたら本当に殺されちゃうよ~! ボクと一緒に逃げよう!」

「……いや、俺は女と一緒に逃げるわけには」

「そんなつまらないプライドで死ぬなんて間違ってるよ!」

 工藤さんは強引にムッツリーニの手を引いてFクラスから出て行ってしまった。

「何だったのだろ?」

 工藤さんの行動の意味はよくわからない。

 でも、ムッツリーニが工藤さんに連れられていなくなったことだけは確かだった。

「女の子とあんな風に手を繋げて羨ましいなあ」

 ムッツリーニの奴、FFF団の幹部の癖に大丈夫なのだろうか?

 

「これで、クリスマスを一緒に過ごせる相手は秀吉だけになっちゃったなあ」

 正座して次の舞台の脚本を熱心に読んでいる秀吉をみる。

 秀吉が僕の視線に気付いた。

「どうしたのじゃ?」

 秀吉の綺麗な顔が僕を覗き込む。

 やっぱり、秀吉がこの学校で一番の美人だと思う。

 こんな可愛い子と2人きりでクリスマスを過ごせるなんて。

 うん、2人きり?

 それって、それって……

「秀吉っ、僕とクリスマスデートをしようよっ!」

 そう。僕は秀吉と2人きりでクリスマスデートという理想的な過ごし方をできるんだ。

「で、デートなどと、な、何を恥ずかしいことを口走っているのじゃ~~っ!?」

 秀吉が顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。

 でも、否定はしていない。

 なら、ここは一気に押すべきだ!

「秀吉、僕とデートして幸せになろう!」

 秀吉の両手を握りながら熱を込めて語る。

「な、何を言っておるのじゃ!」

「僕が秀吉を愛しているってことさ!」

 秀吉は戸惑いながらも手を離さない。

 よし、行けるっ!

 今日こそ僕は、秀吉ルートに入るんだぁ~~~~っ!

「バカなお兄ちゃん。誰~~だなのです♪」

 と、また突然視界を塞がれてしまった。誰かが背中に飛び乗ってきた。

 今度の手は先程よりもだいぶ小さい。小さな女の子の手だ。

 そしてこの子供特有の高い声は…。

「えっと……葉月ちゃんだよね?」

「大当たりなのです~~~~っ♪」

 美波の妹、葉月ちゃんが明るい声で答えた。

「…………ウプゥっ!?」 

「え~と葉月ちゃん。今大事な話をしているから離して欲しいのだけど?」

「嫌なのです♪」

 葉月ちゃんは陽気に答えた。

「えっとね、今僕は秀吉と将来に関わる大事な話を……あれっ?」

 いつの間にか握っていた手が解けてしまっている。

 秀吉の声も聞こえない。

 一体、どうしたのだろう?

「ねえ、葉月ちゃん。そろそろ離して欲しいのだけど?」

「わかったのです♪」

 葉月ちゃんが背中から飛び降りた。

 視界が開ける。

「あれっ? 秀吉は?」

 僕の正面にいた筈の秀吉はいつの間にかいなくなっていた。

 右を見ても左を見ても僕の将来のお嫁さんの姿がない。

「木下は逝ってしまったわ。円環の理に導かれて」

 胸に沢山の詰め物をした美波が窓の外を見ながら寂しそうに呟いた。

「円環の理って何? 秀吉はどうなったの?」

「木下くんはいつまでも私たちの心の中で生きてますよ」

 姫路さんが瞳からポロポロと涙を零している。

「ねえ、秀吉はどこにいるの!?」

「明久くんは何を言っているの? ワケがワカらないわ」

 優子さんは感情を失った表情でそう言った。

 僕には3人が何を言いたいのかよくわからない。

 でも、これだけはわかった。

僕はもう、秀吉に会うことはできないのだと。

 文月学園は歴代最高の美人を失ってしまったのだと。

 

「あ~あ。これでクリスマスは1人で過ごすことになっちゃったなあ~」

 雄二もムッツリーニも秀吉もいなくなってしまった。

 フラレテル・ビーイングにも加わりたくないし、どうしたら良いかなあ?

「あの、明久くん…」

「アキっ!」

「明久くん!」

「バカなお兄ちゃん!」

 4人の女の子が僕に詰め寄ってきた。

「えっと、何?」

「「「「クリスマスは私(ウチ)(アタシ)(葉月)と一緒に過ごしましょう(なのです)っ!」」」」

 4人の女の子に一斉に誘われてしまった。

「じゃあ、クリスマスはみんなで遊ぼうか?」

「「「「へっ?」」」」

 こうして僕のクリスマスの予定は決まった。 

 

 

 

「ねえ、早く逃げないと瑞希ちゃんたちに捕まっちゃうよ!」

 土屋康太は工藤愛子に手を引っ張られながら廊下を駆けていく。

「……今頃はバランス・オブ・パワーで均衡状態になっている筈だからもう大丈夫だ」

 屋上に辿りついた所で康太は足を止めた。

「ハァハァ。命を狙われているのにムッツリーニくんは余裕だね」

「……切羽詰まればそれだけ危機を抜けられなくなる」

 康太は愛子と繋がれている手をジッと見た。

「……FFF団に狙われる。離せ」

 康太は左右を見回した。今の所、F組や他クラスの男子生徒の襲撃はない。

 けれど、手を繋がれたままの状態でいることに康太は恥ずかしさを感じていた。

「ヤダっ!」

 対する愛子の返答は簡潔だった。

「……何故?」

「ボクが繋いでいたいから」

 愛子はとても楽しそうに笑った。

「……俺は恥ずかしい」

「ボクは楽しいよ♪」

 無垢な笑顔を見せられて康太はこれ以上反対できない。

「……勝手にしろ」

 顔を横に背けるだけが康太の精一杯だった。

 

 手を繋いだまま何をするでもなくただ12月の冬空を見上げる。

 空気はとても澄んでいる。外気はとても寒い。

 けれど康太は体の内側から熱が上がっていくのを感じていた。

「ねえ、ムッツリーニくん」

「……何だ?」

 空を見上げたまま上の空で答える。

「クリスマス・イヴの日にさ……・ボクとデートしようよ♪」

 愛子は再び心の底から楽しそうに笑った。

「……何故、そうなる?」

 突然の話に康太はひっくり返りそうになった。余裕がどこにも作れない。

「より有意義で楽しい時間の過ごし方の提案♪」

 愛子は康太の制服の内ポケットに該当する部分をジッと見た。

 康太の懐に何が隠れているのか知っているかのように。

「……俺は、友を裏切らないかもしれないぞ」

 制服越しにフラレテル・ビーイングの決起要請文を握り締める。

「それはないよ。だってフラレテル・ビーイングを結び付けているのは嫉妬とか妬みとかそういう負の感情。友情じゃないよ」

 愛子の瞳はいつもより鋭く、そして澄んで見えた。

「……だが、どんなに動機が不純であろうと、共に戦場を駆け巡ればそれにより絆が産まれることもある」

「じゃあ、そんな体験をしなければ絆が産まれることもないのでしょう?」

 愛子は康太の意見に軽く反論を立ててみせた。

「……しかし、女子と2人で出掛ければ俺は間違いなくフラレテル・ビーイングに狙われる」

「だったら、ボクが最後までムッツリーニくんを守るよ」

 そう言い切った愛子は凛々しかった。

「……女に助けられるなんて恥ずかしい」

 康太は愛子から顔を反らした。

「はぁ~~っ」

 愛子はとても大きな溜め息を吐いた。 

「ボクも年齢=彼氏いない暦だから、せめてクリスマスぐらい男の子とデートを体験してみたかったんだけどなあ」

 愛子はさもつまらなそうな声を出す。

「もうこうなったら誰でも良いから男の子捕まえてデートしちゃおうかな~」

 愛子の言葉に康太の体がビクッと揺れる。

「瑞希ちゃんや美波ちゃんには及ばないけれど、ボクだって本気を出せば男の子の1人ぐらいは捕まえられるんじゃないかな~」

 愛子はチラチラと康太の顔を眺める。

 康太の体がひっきりなしにビクビク揺れる。

「デートしたらやっぱりお礼にキスぐらいすることになるよね~。あっ、でも、クリスマスデートだからそれ以上のことも求められちゃったりして。きゃあ~」

「フザケるなぁああああああぁああああああああぁっ!!」

 康太は知らぬ間に怒鳴っていた。

「そんないい加減な気持ちでデートしたりキスしたりするなっ!」

「じゃあ、康太くんが私のことをずっと捕まえていてよ」

「……………………仕方ない」

 こうして康太のクリスマスの予定は決まった。

 

 

 

 そしてデート当日クリスマス・イヴの午前8時。

「……流されている」

 康太は自分の今日の予定の決まり方をそう評した。主体性のないまま愛子とデートすることになったのは自分でもよく認める。

「……でも、悪い気分はしない」

 デートの成立自体は無理矢理だった。だが、今日という日を愛子と過ごすことには不満が生じなかった。

「……さて、行くか」

 デート体験のない康太は大学生の兄に借りた白いジャケットを羽織り、制服のポケットから財布その他を取り出すとジャケットのポケットに突っ込み直した。

 鏡で見た自分の顔はいつになく緊張していた。

 

「おお~い! 康太く~ん♪」

 待ち合わせの公園に到着する。約束時間にはまだ20分あるのに愛子は既に到着していた。

「……ああ」

 「待った?」「早いんだね」とかもうちょっと会話を繋げられることを言いたかった。しかし、口べたな康太には良い言葉が出て来なかった。 

 康太は愛子の格好をジッと見た。

 康太に女物の服のことはよくわからない。けれど、白いニットコートは初めて見るものだった。自分の為にお洒落していることは明白だった。

 服装を誉めなければと思った。けれど、何と言えば良いのかわからない。気の利いたことを言った経験は康太の人生で0だった。

「……康太くん?」

 代わりに出た言葉は全然違うことだった。康太は軽い自己嫌悪に陥った。

「今日はデートなんだから名前で呼んだ方がそれっぽいでしょ♪」

「……ああっ」

 康太と呼ばれることはちょっとむず痒かったが受け入れた。女子に名前で呼ばれることなど、小学生の時以来だった。心に微かな高揚を覚えていた。

「だから康太くんもボクのことを工藤愛子じゃなくて、愛子って呼んでね」

「…………わかった。愛子」

「うんっ♪」

 嬉しそうに返事する愛子。

 康太が少女を名前だけ呼び捨てで呼んだのも小学校以来のことだった。

 凄く、恥ずかしい。そして嬉しい。

「……どこへ行く?」

「ボクは康太くんと一緒ならどこでも楽しいよ♪」

 愛子の言葉に康太の頬が赤くなる。

「実はボク、ずっと見たかった映画があるんだ」

「……しかし、映画館は危険じゃないのか?」

 映画館の中は暗い。フラレテル・ビーイングから姿を隠すには絶好のスポットである。しかし、反対に映画館は密閉空間でもある。包囲されてしまえば逃げ場はどこにもない。

「だから朝早い内に行けばみつからないよ♪」

「……まあ、そうかもしれないな」

 須川から受け取った本日の蜂起は午後2時からになっていた。午前中は武器の調達及び手入れに当てられていた。

 大体に攻めるなら午前中に限る。

「……行くぞ」

「うん♪」

 康太の手は愛子の手に握られた。

 康太はもうその手を離そうとは思わず、愛子と共に歩き続けた。

 

「……何を見る?」

「今日見たいのは「機動戦士ドラダム完結編 逆襲のジャイアン」。ジャイアンとのび太の宿命の対決に終止符を打つ作品なんだよ♪」

「……そうか」 

 康太はドラダムを知らなかった。康太はよく誤解されるがアニメや漫画の類をほとんど見ない。趣味でないということもあるが、女性の裸絵が出てこようものなら大惨事になるからだった。

 康太の日常は惨事と隣合せなのである。

 そして女の子との初デートで見る映画がアニメで良いのかとも思ったが、愛子が良いと行っているのでまあ良いかと考えるのをやめた。

 だが康太が本当に驚くのはこれからだった。

「カップルシート1枚~♪」

「……カップルシート?」

 嫌な予感がした。けれど、口を挟む暇がなかった。

「特別料金2000円となります」

「ほら、康太くんも1000円出して」

 愛子が腕を組んで来た。

 愛子の皮膚の感触を感じながら康太は言われるままに1000円を出した。

「……カップルシートって何だ?」

 チケットを受け取ってから康太が尋ねる。

「う~ん、隣みたいなラブラブなカップルが座る中間に仕切りのない横並びの席かな?」

 愛子は隣に目を向けた。

「離せぇえええええええぇっ! 翔子~~~~っ! 俺はそんな恥ずかしい席に座ってアニメ見たくないっての~~っ!」

「…雄二は少年の心を失っていない。だからアニメがお似合い。そして、大人に背伸びしたい年頃でもあるから、カップルシートで私に夢中」

 縄でグルグルに縛られた状態で雄二が暴れる。勿論抜け出せるような柔な結び方はしていない。

「…他のお客さんに迷惑」

 翔子は雄二の首にスタンガンを押し当てると、躊躇なくスイッチを入れた。

 ビクッと震えた後に雄二が大人しくなる。

 そして翔子は気絶した雄二を引きずりながら劇場内へと入っていった。

「代表と坂本くんっていつも仲良し子良しだよね~♪」

「……文月学園の女の思考様式は絶対におかしい」

 瑞希も美波も雄二と翔子を相思相愛のカップルと呼ぶ。どうしてそう呼べるのか康太には謎で仕方がなかった。

 

 劇場内に入るとあからさまとも言える2人掛けのシートが目に入って来た。

「ほらほら、康太くん。ここだよ」

 手を振って自分たちの席の位置を知らせる愛子。

「……恥ずかしいことをしないでくれ」

 人々の注目を集めて康太は座る前に劇場から逃げたくなった。

「カップルシートだから、幾らでもボクにくっ付いてベタベタしても良いよ♪」

 席を前にして愛子は楽しそうだった。

「……そんなこと、しない」

 康太は愛子に触れないように出来るだけ隅に座った。

「もぉ。せっかくのカップルシートなのに」

 愛子は不満顔だったが、康太に触れないように座った。

 そして映画が始まった。

 

『ふざけるな! たかが金属の塊1つ。ドラダムで押し出してやる!』

『バカなことはやめるんだ!』

『やってみなければわからないさ』

『正気か?』

『貴様ほど急ぎすぎもしなければ、人類に絶望もしちゃいない』

 

『ハヤブサの落下は始まっているんだぞ!』

『ニュードラダムは伊達じゃないっ!』

 

 ジャイアンの人工衛星落下による練馬区寒冷化作戦はいよいよ実行の時を迎えていた。出木杉率いるロンドンベルがジャイアン率いるネオ・イソノと激しい戦闘を繰り広げてこれを阻止せんとする。

 戦闘自体はロンドンベルの優勢に傾いた。が、既にジャイアンはハヤブサを練馬区に向けて降下させ始めていた。

 のび太は己の命を賭けて衛星を地球の重力外へと弾き出そうとしていた。練馬区の命運を賭けたクライマックス。

 だが、康太の意識は別の所に向いていた。

「行けぇ~~っ! のび太っ! ジャイアンの野望なんて砕いちゃえ~~っ!」

 スクリーンを凝視しながら子供のように大声を出してはしゃいでいる愛子。

 康太はごく間近で見る少女の顔に見惚れていた。

「……綺麗、だ」

 喜怒哀楽を豊かに表現しながらスクリーンに見入る少女を康太は美人だと思った。

 今の康太は愛子が文月学園で、いや、もっと広い単位で一番可愛いと感じていた。

 

「ああ~っ、面白かったね~康太く~ん♪」

 愛子をずっと眺めているといつの間にか映画は終わっており、愛子が楽しそうに話し掛けてきた。

「……あ、ああ」

 見ていなかったとも正直に言うわけにもいかずに適当に相槌を打つ。

「じゃあ、これからお茶にでもしようか?」

「……そうだな」

 愛子の提案を承諾した所で気付く。複数の気配に囲まれていることに。

「……バカな。蜂起は午後からの筈なのに何故奴らがここにいる?」

 康太には訳がわからなかった。

 フラレテル・ビーイングの活動は午後からの筈。何故まだ午前中の段階で既に自分たちを包囲しているのか?

 その謎は相手方が解いてくれた。

「男同士でドラダムを見に来てみれば、まさか女連れ、しかもカップルシートで鑑賞とは、良いご身分だなムッツリーニ」

 男、須川亮は康太と愛子を交互に見ながらニヤリと笑った。その頬には2筋の涙が。どうやら映画を見て感動で泣いていたらしい。

「こ、康太くん……」

 愛子が康太の腕にしがみついて来る。いつもよりも危険な雰囲気を醸し出すFFF団改め、モテ男殲滅の為の秘密武装組織フラレテル・ビーイングに恐怖を抱いている。

「……大丈夫だ」

 康太は努めて冷静に周囲の状況の把握に務める。

 康太たちを遠巻きに囲んでいるのは7人。更に2つの出口の前には2人ずつが配備されている。

 試験の成績は悪い癖にこういう配置図だけはA組の秀才たちでは足元に及ばないぐらいに精密に練られている。

 康太は脱出にはワンクッションが必要であることを悟る。そして、そのクッションの存在には既に心当たりがあった。

「FFF団幹部の癖に女とクリスマスにデートするとはな。楽には殺さないぜ」

 ヘラヘラ笑う須川とその仲間たち。

「……お前ら如きにヤラレない」

 康太は横目で移動ポイントを確かめる。

 そして──

「行くぞ、愛子っ!」

「あっ、はいっ!」

 愛子の手を握って出口とは反対側へと向かって走り出した。

「バカめ! 自分から袋小路に追い詰められていくとは」

 思った通り、須川たちは康太たちを追い掛けてきた。それこそが康太の狙い。

 そして康太たちは目標地点まで駆けつけ、次いで一気に駆け抜けていった。

「ゲェ~っ!? お前たちは我らが怨敵坂本雄二と霧島さんっ!?」

「た、た、助けてくれ~~っ! 翔子の奴が、映画の最中に無理やり俺の唇を奪おうと野獣のように襲って来るんだぁ~~~っ!」

「…世界一のラブラブカップルである私と雄二はフラレテル・ビーイングにとっては許されざる存在。なら、私は、雄二と私と未来に生まれる筈の子供の為に全力で戦うっ!」

 翔子は縄で縛ったままの雄二を須川たちに投げ付けた。

「うわぁあああああぁっ! リア充爆弾だぁっ!」

 それを合図に翔子・雄二と須川たちの間で戦闘が始まった。

「全兵力を投入して怨敵坂本雄二を討てぇええええええぇっ!」

「俺を攻撃するんじゃなくて、翔子から解放しろってんだよっ、ぎゃぁああああぁっ!!」

 両陣営の激しい攻撃が雄二へと加えられていく。

 どちらが勝つのか余談を許さない一進一退の攻防。

 だが、その白熱した攻防戦により康太たちは誰にも邪魔されることもなく映画館を脱出できた。

「……雄二、お前の死は無駄にはしない」

 翔子の攻撃か、須川たちの制裁により死んでしまうに違いない友の冥福をそっと祈った。

 

 

 

「さっきの康太くん、とっても格好良かったよ♪」

「……そうか?」

 康太は映画館から徒歩で15分ほどの地点にあるファーストフード店で昼食を取っていた。

「ボクの手を引いて颯爽と走っていく様子なんて王子さまみたいだったよ♪」

「……追われる王子なんて格好よくない」

「もぉ~。康太くんはロマンがないなあ」

 プクッと頬を膨らませて唇を尖らせる愛子。

 2人がいる店は映画館からも1kmほどしか離れておらず、安全な場所とは言えない。

 しかし、映画館の一件で康太は愛子と一緒にいることが大きく知れ渡ってしまった。

 もはやこそこそ逃げ隠れしていても意味がない。ならば、フラレテル・ビーイングが武力介入を行えない、堂々と人目につく場所にいる方が安全というのが康太の作戦だった。

「でももうこれで、康太くんは完全にフラレテル・ビーイングの敵だよね♪」

 愛子は嬉しそう。

「……そんなこともない」

 対して康太は気まずそう。

「どうして? ボクとデートしているのに?」

「……そ、それは」

「康太くんはまだ無理やりデートさせられているって思っているの?」

「……そ、そんなことは!」

 声が高まる。けれど、その続きが出ない。

 康太は自分のことをつくづくガキだと思わずにはいられなかった。

「私は、待ってるから」

 愛子が優しく、けれど寂しそうな笑みを浮かべた。

 愛子が“ボク”ではなく“私”という度に調子が狂う。

 そして、その度に康太は自己嫌悪に陥る。

 

「フラレテル・ビーイングであるっ! 討ち入りであるっ!」

 康太が自分のあり方について考えていると、突然雷鳴の如く大声が店内に響き渡った。

 店の出入口を見ると、文月学園ではない他校の制服を着た高校生らしい男たちが4名立っていた。

「我ら、義によって今日この街の全てのカップルを抹殺することを誓った正義の執行者であるっ!」

「……正気か、アイツらは?」

 このような人通りの多い場所で天誅を下そうとする彼らが理解できない。

「そこのカップル! 天誅を下す!」

 男たちが康太と愛子の元へと歩いてくる。

 康太は中腰になって逃げる体勢を整えるが愛子は呆気に取られており咄嗟に動けない。

「死ねっ! 腐れカップル共っ!」

 男の1人が拳を振り上げ、振り下ろした。

 愛子に向かって。

「へっ?」

 愛子は自分に向かって拳が飛んで来るとは思っていなかったので反応できない。

 拳は愛子の頬に向かってみるみる吸い込まれていき

「貴様ぁっ!」

 頬に当たる直前で康太の拳により上腕ごと弾かれた。

「こ、康太くん。あ、ありがとう……」

「女に手を上げるとは何事だぁっ!! 愛子に手を上げるとは何事だぁっ!!」

 康太は怒りに満ち満ちた声で吼えた。

 FFF団には鉄の盟約がある。それは一般人やカップルの内の女性には一切手を出さないというもの。

 FFF団はカップルの男にだけ罰を与えることを至上命題としていた。にも関わらず、この男たちは愛子を攻撃しようとした。

 

「フッ。貴様らFFF団のやり方は常々生ぬるいと思っていた所だ」

「バカップルどもを見て、イラッとするのは女の方も同じこと」

「ならば、この街の清く美しい秩序は我らが守られねばなるまい。この拳で男女平等に」

「それが我ら、フラレテル・ビーイング・トリニティーの使命っ!」

 男たちは愛子を攻撃したことを少しも悪びれてはいない。

 それどころかそれを誇らしく語っている。

「……フラレテル・ビーイング・トリニティーだと?」

 康太はその名前にとても不快な響きを感じ取った。

「我らこそ、生ぬるいFFF団中心のこの街のフラレテル・ビーイングに代わり真の正義をなす者」

 男たちの態度はやたらと偉そうだった。そんな男たちの態度が康太には我慢ならない。

「貴様らが、フラレテル・ビーイングであるものかぁっ!」

 康太の怒りの声が店内に響き渡る。

 こんな男たちがフラレテル・ビーイングを名乗ることを康太は許せなかった。

「俺は、フラレテル・ビーイング・トリニティーに対して武力介入を開始するっ!」

 康太は男たちに向かって人差し指を突きつけながら宣戦布告を行った。

「こ、康太くんっ?」

 愛子が驚きの声を上げるも康太は無視した。

「4対1の状況で、しかも女を守りながら貴様に俺たちが倒せるとは思えないのだが?」

「黙れっ!」

 康太は頭の中でシミュレートする。4人の脇や頭を攻撃して沈黙させる最短ルートを。

敏捷性なら負けないので、一撃離脱を繰り返せばこんな油断しきった相手を倒すのはそう難しいことではない。

 だが、シミュレートを続けていくと、相手は途中で愛子を標的にして攻撃を加えてくるという結果になってしまう。相手は女を殴ることに躊躇を示さない連中。

 愛子を守りながらの戦闘は、なるほど不利に違いなかった。

 

「どうした? 掛かって来ないのか?」

 睨み合いから30秒。膠着状態に陥っていた。

 愛子に逃げろと言いたい所だが、その言葉自体が攻撃の矛先を彼女に向けかねない。そして、愛子の性格上、嫌と返してくる可能性も高かった。

 だから康太としては敵の連携の乱れを利用して攻めるしかなかった。

 そして、その機会は意外な形で訪れた。

「さあ、明久くんっ! お昼は私と同じメニューを頼みましょうっ!」

「何を言っているのよ! アキはウチと同じものを頼むのよ!」

「じゃあ、アタシは明久くんの食べるものを一口ずつ分けてもらうことにするわ。食べかけの部分を」

「葉月はメニューはどうでも良いのですが、バカなお兄ちゃんに食べさせてもらうのです」

「え~とじゃあ、みんなで同じメニューを頼もうか?」

 文月学園の誇るハーレム王が少女たちを引き連れて店内へと入って来たのだった。

「な、何なんだ、アイツは?」

「1人で4人の女を連れてやがる」

「許せねえっ!」

 3名が標的を明久たちに変えて襲い掛かっていく。

「「「天誅」」」

 そして──

「邪魔よ」

 3人は拳王優子の豪腕によりたった一撃で肉塊と成り果てた。

「ば、バカなっ!? 何なんだ、あの女たちは?」

 愛子に殴りかかろうとした男が狼狽していた。その隙を見逃す康太ではなかった。

「俺の愛子を攻撃しようとしたその罪、万死に値するっ!」

 男の意識が康太へと向いたその瞬間には、顔面と脇に強烈な一撃が決まっていた。

 康太は男が崩れ落ちるのを確認するよりも早く愛子の手を取った。

「行くぞ」

「う、うん」

 康太は振り返りもせずに店外へと向かって歩き始めた。

「あ、あの康太くん……」

「……何だ?」

 康太は愛子を振り返りもしないで聞き直す。

「今、俺の愛子って……」

「……あ、あれは、勢いで出た言葉だ。別に深い意味はない」

 康太の頬がボッと染まった。

「……意気地なし」

 愛子は不満そうに繋がれた右手を見ていた。

 

 

 

 昼食以降の康太と愛子の足取りはおよそデートらしくはないものだった。

 フラレテル・ビーイングからの逃走、及び戦闘がそのほとんどの時間を占めてしまっていた。

 この街にはモテない男たちしかいないのかと思うほどに多くのフラレテル・ビーイングが康太たちを襲撃してきた。

 警察も彼らを次々に検挙しているものの、男たちの行動が止むことはなかった。

 そうこうしている内に気づけば空は茜色に染まっていた。

 動き放しだった康太たちは休憩がてら公園内へと入っていく。

 数時間ぶりにベンチに腰掛けて、康太はようやく一息つくことができた。

「……フラレテル・ビーイングのバカどもがすまない」

 康太はフラレテル・ビーイングの蜂起をどうしても他人事として考えることが出来なかった。

「別に、康太くんが謝ることじゃないよ」

 愛子は首を横に振った。次いで視線を下に落とした。

「それに、追われっ放しのおかげで嬉しい想いもできたし」

 愛子の視線の先では、彼女の手と康太の手が硬く握られていた。

「……あっ」

 康太はとても恥ずかしくなった。けれど、手を離そうとまでは思わなかった。それどころか握られた手にとても暖かくて心地よいものを感じていた。

「……これからどうする?」

 繋がれた手を見ながら尋ねる。

 とはいえ、康太自身はこの質問に特に意味を見出してはいない。

 どこで何をしようとしても、結局フラレテル・ビーイングとの逃走劇になってしまうのだろうから。

「う~ん、そうだねえ……」

 愛子は空を見上げた。

「康太くんにうちに来てもらって両親に挨拶してもらうとか」

「……おい」

「ボクが康太くんの家に行ってご両親に挨拶するとか」

「……だから、おい」

「冗談、だよ」

 愛子はペロッと舌を出した。

「康太くんと一緒なら、どこにいても楽しいよ」

 愛子は康太の瞳を見詰め込んだ。

「……恥ずかしいことを言うな」

 康太は俯いて愛子から視線を外した。その頬は茜色の空に負けないほどに赤く染まっていた。

 

「姫路さんも美波も優子さんも一体どこに行っちゃったんだろう?」

 10mほど前方を、葉月を背負った明久が通り過ぎていく。

「………………計画通り、なのです」

 明久の背中に乗る葉月は天真爛漫な笑顔を浮かべている。

「大丈夫なのですよ、バカなお兄ちゃん」

「何が?」

「お姉ちゃんたちが見捨てても、葉月だけは一生バカなお兄ちゃんに付いて行くのです♪」

 葉月は天真爛漫な邪気が微塵も含まれない笑顔を浮かべている。

「ありがとう、葉月ちゃん。その気持ちが嬉しいよ」

「バカなお兄ちゃんにお似合いの女の子は……葉月だけなのです♪」

 葉月はどこまでも無邪気な笑みを浮かべていた。

 

「……さて、ここもそろそろ危ない。行くか」

「そうだね」

 2人してベンチから立ち上がる。

 ハーレム王明久には康太たち以上に執拗なマークが掛けられている。その為に、明久を見掛けたらその付近にはフラレテル・ビーイングがいると思って間違いない。それが、康太たちが今日の体験から学んだことだった。

 康太は愛子と共に警戒しながら公園を密かに抜けようとする。

 だが、目の前に展開されていたのは予想を遥かに超えた光景だった。

「……嘘、だろ」

 康太の目の前には100人を遥かに上回る数のフラレテル・ビーイングが公園の広場に集まっていた。

 そして、その中央には明久と葉月の姿もあった。

 

「フラレテル・ビーイングの集合ポイントに自ら足を踏み入れるとは愚かだな、明久。そしてムッツリーニよ」

 横溝がニヤニヤと不敵な笑みを浮かべながら康太と明久に話し掛ける。

 いつの間にか康太の後方も男たちに囲まれてしまっている。仕方なく康太と愛子は明久と葉月に合流する。

「ムッツリーニ……この囲みを突破できる自信は?」

「……無理だな」

 小声で囁きあって確認したのは危機的状況にあるということのみ。

「本来であれば、クリスマスに女子とデートする貴様らは問答無用で死刑だ」

 横溝の言葉に康太と明久の肩がビクッと震える。

「だが、会長である須川は怨敵坂本雄二と刺し違えて名誉の戦死。他の幹部たちも多くが戦死したり鹵獲されたりでフラレテル・ビーイングは幹部が足りないのが現状だ」

 横溝は悪い笑みを浮かべる。

「そこでどうだ? お前たちが今すぐそこの女と別れれば、貴様たちの罪を赦そうではないか。そして、フラレテル・ビーイングの幹部として厚く迎え入れようではないか」

 横溝の提案に康太たちの体が再び震える。

 命と引き換えの実に卑劣な提案だった。

「嫌だと言ったら?」

「貴様ら2人は武力介入の対象と認定し、死んでもらうまで」

 死という単語に敏感に反応したのは愛子だった。

「もう、良いよ。康太くんっ!」

 愛子の声は切羽詰っていた。

「康太くんが死んじゃうくらいなら……ボクは……私は……」

 愛子は今にも泣きそうな顔をしていた。

「だから、ね! こんな所で、死ぬ必要なんてないよ……今日、とても楽しかったから、だから…もう……」

 愛子は瞳を潤ませながら康太を見ている。その瞳には康太に対する想いが溢れているのが見て取れた。

 そんな愛子の表情を見て、康太の中で大きく心臓が爆ぜた。体が、熱くなった。

 それと共に、曇っていた頭の思考が一気に鮮明になった。

「……ようやく、わかった。いや、認める」

 康太は愛子と繋いでいる右手に加えて、左手も握った。強く、とても強く握った。

「こ、康太くん?」

 愛子は驚いて盛んに目を瞬かせている。

「好きな女とこんな形で別れるなんて冗談じゃない!」

「えっ? 好きな、女って……」

 愛子が呆然としながら康太を見る。

 

「俺は、愛子のことが好きなんだぁああああぁっ!!」

 

 康太は危機的状況になってようやく認めることができた自分の気持ちを高らかに叫んだ。

「えっ? 嘘? 康太くんが私のことを好きだなんて……」

 愛子は混乱している。目を大きく見開いて呆然と康太を見ている。

 そんな愛子を康太は正面から抱きしめた。

「貴様ら如きに、俺たちの絆を引き裂かれてたまるものかぁっ!」

 康太はフラレテル・ビーイングに対して宣戦布告を大声で告げた。

「そんなに死に急ぎたいとはなあ。ムッツリーニよ、残念だ」

 横溝たちの包囲網が徐々に狭まってくる。

「こ、康太くん……」

「俺は、愛子を絶対に離さない」

「うん」

 愛子は目を瞑って体の力を抜き、体重を康太に預けた。

「死ぬが良い。リア充どもよっ!」

 横溝たちが攻撃に移ろうとしたその時だった。

 

「バカなお兄ちゃんは、葉月のことを一生大事にしてくれますか? 好きでいてくれますか?」

 明久の背中で声を上げたのは葉月だった。

「ムッツリーニみたいに格好良くはいかないかもしれないけれど、僕は君を守り抜くよ」

 明久もまた、死を受け入れるようにして葉月を守ると誓った。

「大好きなのですよ、バカなお兄ちゃん♪」

「あっ」

 そう言って葉月は明久の頬にキスをした後、その背中から飛び降りた。

「知っていますか、モテないお兄ちゃんたち?」

 葉月は100人を上回る男たちに尋ねる。

「何を?」

 代表して横溝が聞き返した。

「人の恋路を邪魔すると、葉月に怒られて死んじゃうのですよ♪」

 葉月は天真爛漫な笑みを浮かべた。

「島田の拳の使い手は、お姉ちゃんだけではないのですよ♪」

「えっ?」

 そこから先にあった光景は一方的な虐殺であり、蹂躙だった。

 この日、文月学園の男子生徒を中心としたフラレテル・ビーイングはたった1人の少女の手により壊滅した。

 

 

 

 

「ねえ、さっきの言葉は本当?」

「……本当とは?」

 康太は首を捻る。

「俺は愛子のことが好きなんだって言葉のこと」

「……あ、あれは」

 康太の薄暗い電灯の下でもよくわかるほどに染まりあがる。

「勢いだけで言った言葉で、やっぱり取り消しなんてことはないよね?」

「そんなことは言わない」

「えへへ」

 愛子が康太の肩から抱きつく。

「ボクたちって相思相愛の恋人同士だよね♪」

「……まだ、ちゃんとは聞いてない」

「何を?」

 愛子は首を捻った。

「……愛子の気持ち、まだ言葉では聞いていない」

「ボクに恥ずかしい台詞を言わせたいんだね」

 康太は俯くが否定しない。

「……俺も、頑張った。だから、聞かせて欲しい」

「そんな風に言うなんてずるいなあ」

 愛子は康太の手を握った。

 そして大きく深呼吸してから彼女は述べた。

「ボクは……私は康太くんのことが世界で一番好きだよ」

 真っ赤に染まる愛子の顔。

「俺も大好きだ」

 康太はこの日から鼻血を出さない生活を始めたのだった。

 

 

 了

 

 


 
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