No.463620

彼女を水着に着替えさせたら 桐乃編

夏なので俺妹も水着回シリーズに

とある科学の超電磁砲
エージェント佐天さん とある少女の恋煩い連続黒コゲ事件
http://www.tinami.com/view/433258  その1

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2012-08-02 00:08:23 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:4522   閲覧ユーザー数:4394

彼女を水着に着替えさせたら 桐乃編

 

 

『おめでとうございます。3等の全天候型レジャープール招待券ペアチケットが大当たりです』

『はあ……ありがとうございます』

 

 何の気もなしに商店街で福引をしたら何とも厄介な商品を引き当ててしまった。

 プールのペアチケット。

 プールという存在は受験生にとってはあまり嬉しいものではない。時間は食うし、全身運動の疲れで勉強計画が長期に渡って狂ってしまう可能性がある。

 しかもペアってことは誰かと一緒に行かないといけない。

 1人で行くと惨めな奴になるし、誰か誘うのはおっくうだ。受験生の夏休みは誰かを誘ってどこかに出掛けるには不向きなように作られている。

「俺に彼女でもいれば一緒に行くように誘えるのだが……そんな存在はいないしなあ」

 残念ながら俺には一緒に出掛けてくれるような超親密な女の子が存在しない。

 少し悲しいが、赤城の奴でも誘って都合がつく時に出掛けるとするか……。

「うん? あれは……」

 とその時、俺の目の前によく見知った少女の姿を発見した。

 あの子に声を掛ければ男と2人でプールという悲しい事態に陥らずに済むんじゃないか。

 希望の光が突如俺へと差し込んで来たのだった。

 

「……って、相手は妹だけどな」

 正面から歩いて近付いて来るのは桐乃だった。

 妹ではあるが女の子であることは変わりがない。しかも、こうして遠目から見ている分には見てくれだけは凄く良い。何たって読者モデルやっているぐらいだからな。

 桐乃を誘ってプールに行けば赤城と一緒に行くよりはマシに違いない。少なくとも事情を知らない奴らには桐乃を連れてプールに行けば鼻高々に接することが出来る。

 よしっ!

「お~い、桐乃~~っ!」

 部活帰りらしいスポーツバッグを肩から提げた制服姿の妹に向かって手を大きく振る。

 如何にもギャルしてますって感じの垢抜けた妹様は道を歩いているだけでもよく目立っていた。

「………………っ」

 そして妹様は俺の存在を空気か何かのように完璧に無視して横を通り抜けていった。

「……って、無視するなぁっ!!」

 桐乃はいつもの様に完全無視をかましてくれた。慌てて振り返って妹の肩を掴む。

「ハァっ?」

 桐乃は俺の手を勢い良く振り解きながら振り返ると、ものすっごいキツい視線を浴びせ掛けてくれた。

「アンタと知り合いだと誤解されるような行為は止めてよねっ!」

「知り合いも誤解も俺達は兄妹だろうがぁっ!」

 本気で怒っている妹に大声で抗議する。

 まったく、毎度のことながら妹様は俺を恥部扱いして存在を平然と掻き消してくれる。兄を兄とも思わないその傲慢不遜な態度はどうにかならんもんかね?

「で、何の用? つまらないことで声を掛けたのなら……アンタのこと、殺すからね」

 桐乃はヤンキーも真っ青なヤバく尖った瞳で俺を睨んでくれた。100%マジの瞳。

「お前、そんなに俺が関係者だと思われるのが嫌か?」

「うん。嫌。あやせがアタシがオタクと知って軽蔑した時の反応ぐらいに拒絶したい」

「そこまで嫌なのかよっ!」

 妹は最上級形で語らなければならない程に俺と無縁でいたいらしい。分かってはいるのだけど予想通り過ぎるこの反応……。

「桐乃と一緒にプールに行こうかと思ったけど……こりゃあ無理だな」

 仕方ない。他を当たろう。

 そう見切りを付けた瞬間だった。

 桐乃はやたら強い力で俺の肩を掴んで来た。

 

「何? アンタ……このアタシをプールに誘おうっての?」

 桐乃の瞳は大きく開かれ血走っていた。

 やべぇ。本気で怒っていらっしゃる。

「まあ、そんなことを考えていた季節もありましたが…若気の至りってやつでした」

さあ、帰ろう。回れ右してさっさと帰ろう。

 声を掛けただけでも俺の存在を完全否定する妹様にプールなんて誘ったらどれだけのお怒りに触れることになるのか分からない。

「………………で、いつなの?」

「はあ……?」

 俯いた桐乃の声は小さ過ぎてよく聞き取れなかった。

「だからっ! いつプールに行くつもりなのかって聞いてるのよっ!」

 妹が大きく口を開いて威嚇してきた。

「いや……特に決めてないんだが」

 首を横に振りながら答える。そもそも桐乃を誘ったのだって、偶然見かけたから声を掛けただけのこと。計画性なんてありはしない。

 だが、妹様はそんな俺の態度が大層気に入らなかったらしい。

「ハァッ!? 女をプールに誘うってのに具体的な計画もないってのはどういうことなのよぉっ!?」

「女って……お前は妹だろうが」

 桐乃は一体何をそんなに怒っているんだ?

「いいっ! 女には水着になるのに色々準備ってものがあるのよっ! そこんとこ分かってるの? ほんとっ、複雑繊細な女心が微塵も分かっていないバカ京介なんだからっ!」

「へいへい。無作法な兄ですみませんでしたね。他を当たるからもうこの話は止めようぜ」

 怒られてばかりの妹とこれ以上話をしても俺のストレスが溜まるだけだ。

 さあ、帰ろう。

 

「ちょっと待ちなさいよっ! 他を当たるって誰を誘う気なのよ? どの女の子を連れて行くつもりなのよっ!」

 桐乃様は今日最上級に怒りに満ちた瞳で俺を睨んでくれている。

「そりゃあ……あ」

 空を見上げながら考える。そんな候補が俺にいるかどうか……いねえんじゃねえ?

「あやせなのっ!? それとも黒いのなのっ!? まさか加奈子じゃないでしょうね!?」

 赤城と答えようとした俺の声は桐乃の怒声に掻き消された。

「アンタっ! アタシの友達を妊娠させるつもりなのねっ! そうに決まってるわ。この鬼畜っ!」

「………………何でそうなる?」

 JC美少女モデル様の思考回路は謎過ぎる。

 俺は別に桐乃の友達をプールに誘うつもりもないし、ましてプールに誘うと何故妊娠させることになるのか少しも因果関係が分からない。

「だって……アレでしょ? 男が女をプールに誘うってのはそういうことなんでしょ?」

「そういうことだけじゃまるで分からないんだが?」

 桐乃は表情を一転させ、ポッと頬を赤らめた。

「腕なんか組ませてプールに行ってさ、他のお客達に散々俺の女扱いして見せびらかすんでしょ。それで、プールから出たらさ、全身が疲れたからちょっと休もうぜとか言って強引にホテルに連れ込むに決まっているのよ。それで、何もしないからとか言って部屋に入った瞬間に野獣に変貌して襲い掛かるのよ。それで嫌がる女を力尽くでモノにしてしかも何度も貪りながら悦に浸るつもりなんでしょっ! そしてその時の映像をネタに何度も呼び出して孕むまで弄ぶつもりなんでしょ。この鬼畜めがぁっ!」

「………………そのあからさまに偏った知識はどんなエロゲーから身に付けたんだ?」

 冷や汗が流れ出て止まらない。

 俺は今、とても後悔している。親父が桐乃のエロゲーを捨てようとした時にそれを止めさせたことを。あやせがエロゲー愛好者と犯罪者を結びつけて考えた時にそれを全力で否定してしまったことに。

 桐乃のエロゲーを認めるべきじゃなかった……。

「とにかくっ! アンタがアタシの友達を妊娠させるなんて絶対にさせないんだからねっ!」

「そんな怖い話を大声で叫ぶな。俺が犯罪者だと誤解されるだろうが……」

 もしこの会話がご近所の誰かに聞かれていたら、また俺の評判はガタ落ちするんだろう。それを考えると泣きたくなってくる。

「もう分かったからこの話は止めよう。なっ」

 妹を宥めて話を打ち切りに掛かる。もうプールは赤城か御鏡と一緒に行くことにしよう。

 けれど、妹様はまた俺の思惑とは違うことをのたまってくれた。

「明後日っ! 明後日に出掛けるわよっ!」

 桐乃が俺に向かって指を突きつけた。

「明後日に誰が誰とどこに行くってんだ?」

「アンタがっ、アタシとっ、プールに行くに決まってるでしょうがっ!」

「…………へっ?」

 妹様は一体何をおっしゃっているのだろう?

「お前、今まで俺とプールに行くのを散々嫌がって来ただろうが……」

「このアタシとプールに行くからにはそれ相応の水着を準備しなくちゃ許さないからねっ! という訳で明日は一緒に水着を買いに行くわよ」

 妹様は勝手に予定を決めてくれやがりました。ていうか、何で俺と桐乃がプールに行く流れになっているのかまるで訳が分かりません。

「あの……」

「何? 一緒にプールに行く相手がアタシじゃ不満だっての? そんなにあやせや加奈子を妊娠させたいの? 鬼畜兄を極めたいの?」

 桐乃の視線には有無を言わさない迫力に満ちていた。瞳の中に“殺”の字が見える。

「いえ……桐乃とプールに行けてとっても嬉しいなあ」

 とっても棒読みで感謝の言葉を表す。とても逆らえる雰囲気じゃない。

「まったく、どうしようもないアンタにはこの菩薩のように優しいアタシが付いていてあげないとダメよねえ~♪」

 桐乃は急に顔をデレデレと締りのないものに変えた。

 こうして俺は訳が分からないが桐乃とプールに行くことになった。

 ていうか……すっげぇ疲れた。

 

 

 

「京介~♪ 待ったぁ~?」

 桐乃が息を少しだけ切らせながら公園へと駆け込んで来た。アメリカ留学まで果たした綺麗な疾走フォームではなく、可愛らしい女の子走りで。

「いや、今来た所だぜ……ハニィ」

 俺は爽やかな笑顔で昨日猛特訓を受けたやり取りをこなす。

「…………笑顔が固い。言い方がぎこちない。60点」

 妹は俺の渾身の演技に対してあっさりとダメ出ししてくれた。軽蔑の眼差しで。

「あのなあっ! この炎天下に外で1時間も待たされればやる気なくなるのも仕方ないだろうがっ!」

 照り付ける太陽の方を見上げながら猛抗議する。

 今日、俺と桐乃の水着を買いに出掛ける手筈となったのだが……近所の公園で炎天下の中に1時間も待たされることになった。

 マジ暑いっての。死ぬっての。なのに、訳の分からない演技を上手に出来なかったからってキレるなっての!

「女が出掛けの支度に時間が掛かるのは当然のことでしょ? 1時間ぐらい我慢しなさいってのよっ!」

「時間を守るのは現代人のマナーだろうがっ! それに携帯持っているんだから、どれぐらい遅れるのか前もって連絡入れろっての!」

 俺からのメールは悉く無視されたのは言うまでもない。

「大体、同じ家に住んでいるんだから一緒に出れば良いだけの話だろうがっ!」

「アタシ達が同棲しているみたいな言い方するなぁっ!」

「家族相手に同棲とか言うなっ! 気持ち悪いわぁっ!」

 どうしてこうコイツは俺の言葉を悪意的に解釈したがるのだか?

「とにかく、今日のアタシ達は一緒に水着を買いに行く仲の男と女って関係だからね。そこんとこ、忘れるんじゃないわよっ!」

「兄と妹で買い物ってことだな」

「フザケンナっ」

 桐乃は俺の返答を聞いてまた表情をムッとさせた。

 

「で、せっかくお洒落してアンタの前に現れたアタシに対して何か言うことはないの?」

 桐乃は厳しい視線のままふんぞり返った。

 まあ、これは何を言おうとしているのか俺にも分かった。

 ようするに服装を誉めろと遠回しに言っているのだ。しかし……。

「何で長袖シャツの上に短い袖のシャツを重ね着してるんだ? 普通逆だろ?」

 濃緑の袖の長いシャツの上に白い短い袖のシャツを着ているのはとてもきっかいに見えてならない。その着方じゃ保温効果もないだろうに。

「これは長袖じゃなくて七分丈シャツ。この着方は色のコントラストを演出するお洒落に決まっているでしょうが」

 桐乃は思い切り馬鹿にする表情で俺を睨んだ。

「それからその短パンでも長ズボンでもない中途半端な丈の股引みたいな青いズボンは一体何なんだ?」

 強いて言うならオヤジのステテコが一番近く見える謎の青いズボンは一体何だ?

「これは七分丈のレギンスだっての。お父さんの下着と一緒にするなっ!」

 妹様にまた怒られた。

「アンタ……女の子の服装を褒める気があるの?」

「そんなことを言われてもなあ……」

 あやせみたいにお嬢様然としたシックな服装だったら誉めやすい。

 加奈子のロリっぽさを引き出す服装、ゴーイングマイウェイな黒猫の服装もコンセプトは分かり易いので誉め易い。実際に良いか悪いかは別としてもだ。

 でも、桐乃はファッションに疎い男である俺には全く理解できないセンスを披露してくれるので困る。

 まあ、コイツのことだろうから、きっと様々なハイセンスを駆使した服装なのだろう。けれど、俺に言わせると奇妙の一言で終わる。

 でも、流石にこのままでは妹様もご立腹だろう。何か俺でも素直に誉められる点を見つけないと。

「あっ……その頭の上に乗っているサングラス。昔のロボットアニメに出てくる少年パイロットみたいで格好良いぞ」

 昔のアニメの少年パイロットと言えば、額にゴーグルを掛けているのがお洒落ポイントだったからなあ。俺も昔はよく真似したもんだ。うんうん。

「例えがいちいちムカつくってのっ! 誰が少年だっ!」

「ぶべらっ!?」

 妹からいいパンチを頬に頂きました。

 

「じゃあ、これからデパートに出掛けるわよ」

「へ~い」

 出発を前にして俺のやる気は限りなく0に近付いていた。

「ほらっ、もっとやる気出せっての」

 桐乃は俺の隣に寄り添うと自分の右腕を俺の左腕に絡めて来た。

「へっ?」

 妹様は何をしているのでしょうか?

「一緒にショッピングに出掛けるんだから今日の京介はアタシの彼氏役に決まっているでしょうが」

「まるで理解が追いつきません。21世紀初頭の人間に分かる言葉で喋って下さい」

「アンタねえ。アタシに15歳にもなってお兄ちゃんとお買い物に出掛けなさいっての。そんなの恥ずかしいから彼氏とラブラブショッピングってことにするんでしょうが! そんなの全世界の常識よ」

 桐乃は馬鹿にしきった瞳で俺を見た。

「そんな常識は世界に存在しねえし、お前の愛する妹ゲーじゃ妹は何歳になっても兄と一緒に行動するのがデフォルトだろうが」

「さあ、時間が惜しいからさっさと出発するわよ」

 桐乃に腕を引っ張られる形で歩き始める俺。

 兄って、とても無力な生き物だと改めて痛感しました。

 

 

「さあ、デパートに着いたわ。それで京介はアタシに何をプレゼントしてくれるの? バッグ? ブーツ? 香水? それとも洋服? ネックレス? 額を地面に擦り付けて泣いて頼むなら特別に指輪を贈る権利をあげても良いわよ」

 デパートの入り口を潜った後の妹様の最初の台詞がこれでした。

「ここに来た主旨が変わってんだろうが。そして、読者モデルやってる大金持ちのお前に奢れるような余裕などない」

 嫌そうな表情を浮かべながら桐乃に返す。

 財産額を比べれば1対100以上の格差があるのは間違いないだろう。

 そして、桐乃の金遣いの荒さは半端じゃない。服やバッグの値段はよく知らん。が、アニメをBD全巻セットとか何の躊躇もなく買ってしまうコイツは5桁の金額を何とも思っていない。

 そんな奴に迂闊にプレゼントするなんて言えるかっての。まして妹にプレゼントを買い与えなければならない義理はない。

「京介にはデートに掛ける意気込みとか、男の度量を示そうって気がないわけっ!?」

「デートじゃねえし、贅沢は敵が俺のモットーだ」

 ガンを付ける妹を平然と受け流す。

「チッ! アンタに甲斐性はないけれど、優しい女神様なアタシが特別にデートを続けてあげるわ」

 妹様は大きな舌打ちを奏でた後で偉そうに告げてくれた。

「デートじゃねえが、さっさと水着売り場に行くぞ」

 何でたかがデパートの入り口に入ったぐらいでこんなに疲れなくちゃならないんだか。

「………………絶対にアタシの魅力で落としてやるんだから。悩殺してやる」

 桐乃は荒く息を吐き出すと大股で歩き始めた。ほんと、傍若無人様はどこまでもマイペースでいらっしゃる。

 

 

 

「なあ、ここ……水着売り場じゃなくて下着売り場に見えるんだが?」

 エスカーターを何階か登って目的地に到着。

 けれどその目的地というのが何か変だった。俺の目の前に広がるその色鮮やかな空間をコーディネートしているのはどう見てもランジェリー。要するに女性用下着売り場だった。

「お前は下着で泳ぐのか?」

 確かに布面積は似たようなものかも知れないが……。

「下着で泳ぐわけがないでしょうが! バァ~~カ」

 舌を出して思い切り馬鹿にして下さる妹様。まあ、コイツはいつもこんな奴だ。

「じゃあ、何で下着売り場にいるんだよ」

 男子禁制の女の園に1人いる俺の身にもなれってんだ。誰も俺を注目していないが、みんなが無言で責めている様で怖い。

「そんなの、ここの下着売り場の方が水着売り場よりも近いからに決まっているでしょうが」

 桐乃はまた俺を馬鹿にする瞳で見た。

「ていうかランジェリーに囲まれて居心地悪くてどうしようもない俺の繊細な心を少しは理解しやがれっての」

「ハァ? 何を言ってるの? 今時彼氏が彼女の下着を選びに一緒にやって来ることぐらいは常識でしょうが」

「そんな常識俺とは無縁だっての……」

 大きな溜め息が漏れ出る。

「まっ、彼氏は彼女が自分好みに可愛い方が嬉しいし、彼女は変な下着選んで彼氏に引かれることがない。両者にとってすっごくお得じゃないの♪」

「そのバカップル以外のお客さんはすっげぇ迷惑ですよね。それ……」

 桐乃の話に引いてしまう俺なのであった。

「…………で、何で俺まで一緒にここに連れて来たんだ? 下着が欲しいなら俺をエスカレーター脇にでも待たせてゆっくり選んでいれば良いだろうが」

 とにかく俺はここにいることが恥ずかしくて堪らない。

「…………馬鹿っ」

 妹にまた馬鹿出しされました。もう訳が分かりません。

「京介だったらどんな下着が好みなの? さっさと答えなさいよ」

「んなことを言われてもなあ……」

 女の子の下着なんて基本的には二次元の中でしか見たことがない。目の前の偉そうで怒っている妹の下着なら洗濯物として畳まれているのを見掛けることはあるが。

 だがそれは妹の下着であって、女の子の下着とは違うのだ。

 要するに、下着姿のリアル女の子と言われてもよく分からない。

「ハア? ほんっと使えない男だわね」

「んなことを言われても見たことないんだから想像も出来ないんだよ」

 桐乃は馬鹿にするように溜め息を吐いた。

 

「じゃあそこの童貞は、あやせだったらどんな下着が似合うと思うの? どんな下着を身に着けていたら嬉しいの?」

 桐乃の質問が随分と具体的かつ失礼なものに変わった。だが、その分俺にも想像し易くなった。

「やっぱり、あやせは清純派のイメージが強いからなあ。下着も白いレースや淡い青やピンクとか似合いそうだよなあ。うんうん」

 グラビアモデルで水着姿を披露したこともあるあやせたんを下着互換仕様にするのは難しくない。まあ、俺のあやせたんへの愛なら下着姿で俺を誘惑する仕草まで脳内再現することが可能だ。

『お兄さん……わたしの下着姿、どうですか? 似合っていますか?』

 あやせは似合ってますかと尋ねながら恥ずかしがって両手で白いブラを押さえて隠している。この可愛い仕草が堪んないなあ。しかも両手を塞いでしまっているものだから清楚なパンツが丸見えだ。萌えだねぇ~。

「何エロい顔をしてニヤニヤしているのよ。この変態っ!」

「グホォッ!?」

 あやせたん妄想していたら桐乃に顔面パンチを食らいました。

「……あやせには京介が派手派手のケバケバなのを好きだって嘘情報流しておかないと」

 俺が頬を押さえて痛がっている横で桐乃はブツブツ呟いている。

「じゃあ、黒いのっ! 黒いのならどんな下着が似合うってのよ」

「黒猫ねえ……」

 高校の後輩少女のことを考えてみる。

 黒いセーラー服の制服が誰よりも似合う美少女であることは間違いない。そして私服と言えばあの黒いゴスロリ、そしてその正反対の白いワンピースの白猫モードが思い浮かぶ。

 そんな彼女に対して似合う下着と言えば……。

「うん。やっぱ黒だな。黒い下着姿、勿論ガーターベルト付きの黒猫にフフフと不敵な笑いを向けられたい」

「アンタ、変な趣味入っているんじゃないの?」

 夜の女王を自称する黒猫には下着も振舞いもそれっぽくしてもらえると京介先輩的にはドキドキで超良しだっ!

『母さんや。今日の夕飯は何だい?』

『お父さん。今日は子供達の好きな里芋の煮っ転がしよ』

 磯野家のような和室にエプロン姿の黒猫が入って来て今日の夕飯のおかずを告げた。

「って、下着姿通り越してもう夫婦になってんじゃん。しかも子供2人いるし。俺ってば先読みし過ぎだっての。テヘッ♪」

 黒猫に黒い下着姿でアダルトに迫られると責任を取って結婚しないといけない事態になると。なるほど。

「キモッ! マジでキモっ! どうしてアンタの想像は手を出すことが前提になってんのよっ!」

 桐乃から先程以上にキツい視線を頂きました。

 

「……黒いのには京介の趣味はクマとかパンダのバックプリントものだって伝えておかないと」

 桐乃はまた何かブツブツ言っている。まあ俺への呪詛で間違いないだろう。

 と、桐乃はまた俺を睨み上げた。

「じゃあ、アタシは? アタシにはどんな下着が似合うってのよっ!」

 桐乃は今にも噛み付いて来そうな獰猛さで尋ねて来た。

「いや……別に妹の下着とか興味ないし。何でも良いんじゃねえ?」

 首を横に振って答える。家族の下着を真剣に考える奴は人として終わっているだろう。

「妹とか言うなっ! 自分の彼女の下着を考えるつもりで真剣に選べってのっ!」

「相変わらず無茶苦茶だな、お前は」

 だが言うことを聞かないとコイツはまた怒り出すだろう。そしてここはランジェリー売り場。桐乃の騒ぎの起こし方によっては俺の社会的生命が絶たれかねない。

 仕方なく考える。

 桐乃は口は悪いし手癖も悪いし頭の中も美少女オタクだったり何とも残念な部分が多い。しかし、読者モデルとしては名のしれた存在であり、ミュートモードにしていれば美少女であることは間違いない。

 髪を茶に染めたギャル系美少女だ。従って似合いそうだなと思う下着も前の2人とは変わってくる。

 何ていうか……頭の色と同じちょっとカラフルで明るい系統がいいな。

 それを考えながら売り場の品々を視界の隅に捉えていく。

 すると、あった。桐乃に似合いそうな1品が。

「あっちのチェックの下着。あの赤と白のとか、茶の濃淡になっているのとか桐乃に似合いそうだ」

 指を差しながら力説する。ちゃんと選んだことをアピールしないとこっちの身がやばい。

「本当にそう思っているの?」

「ああっ、本気だ。俺を信じろ」

 桐乃の両手を上から握りながら熱く訴えかける。本当は割と適当なのだがここは熱さで誤魔化す。

「あっそ……」

 桐乃は唇を尖らせ僅かに目を潤ませながら俺から顔を横に背けた。この仕草を見せた時は桐乃が俺の言葉に同意した時のものだ。

 危機は去った。助かった。

 

「で、アンタはいつまでアタシの手を握ってんのよ?」

「へっ?」

 危機が去ったと思ったのは俺の勘違いだった。桐乃は再びキツい瞳で俺を睨んでいる。

 慌てて手を離す。だが、妹の追撃は続いた。

「で、アンタはいつまでこの男子禁制の女の園にいるつもりなのよ? この変態っ!」

「ちょっと待て? 俺をここに連れて来たのはお前だろうがっ!」

「いいからさっさとここから出て行けっ! アタシはそこで見つけた可愛いハンカチを買ってから行くから京介はエスカレーターの所で待ってなさいってのっ!」

 桐乃は反対側に広がるコーナーを指さした。そこには確かに色とりどりの女性用の小物が並んでいた。

「下着を見ていた癖に買うのはハンカチって……傍若無人にも程があるだろうが」

 溜め息を吐きながら抵抗を諦める。ここは女性用下着売り場。下手に抵抗して争えば真相はともかく俺の社会的人生は終わりかねない。

 すごすごと元来たエスカレーターの場所に向かって歩き始める。

「まったく……気が利かないんだから」

 妹のダメ押しを聞きながらランジェリー売り場を去る。いや、虚しさが込み上げますよ、これは……。

「うん……?」

 途中、鏡に映った桐乃が、先ほど俺が指さした下着の一角に向けて小走りで向かっているように見えた。まあ、俺の勘違いに決まってるけどな。

 

 

 

「さあ、本日のメインイベントである水着売り場へ到着よっ!」

 桐乃は目の前に広がる女性用の水着売り場を指差しながら息高らかに叫んだ。

「俺はもう1歩も歩きたくないぐらいに疲れたんだが……」

 プールに着くどころか水着売り場に到着するだけで1万字掛かったような気分だ。

「じゃあ、アタシはこれから水着に着替えるから、ちゃんと試着室の前で待っていなさいよ」

「確か予定では俺の水着を選ぶ筈だったんだが?」

 偉そうな妹に一言ツッコミを入れておく。

「男の水着なんてどれも似たり寄ったりでしょうがっ! アタシの水着を吟味する方が大事に決まっているでしょ」

「お前、何て言って昨日俺をデパートに誘ったのか覚えてないのか?」

 覚えてないんだろうなあと思いつつ結局妹の言いなりになる俺。

「京介。アンタはエロ猿だから、ワンピースよりもセパレート型、しかも露出が多い方が好きなんでしょ?」

「言い方に凄く語弊があるのだが……」

 妹の口の悪さはこの際諦める。

 代わりに桐乃にどんな水着が似合うのか考えてみる。

 桐乃、黒猫、あやせ、加奈子、麻奈実とみんな似合いそうな水着は違う。

 そして桐乃に似合いそうな一品と言えば……。

「思いっ切りギャルっぽいのを頼むっ」

 親指を立てて歯を光らせながら答える。

 桐乃に似合いそうな水着は、こう食い込みが激しいハイレグで、尚且つ布面積の少ない派手な水着。そんなのに限るね。

 もう、開き直る。それでいこう。

「妹の水着なのにエロいの薦めるなんて何を考えているのよ。変態」

「今の俺達は彼氏彼女なんだろう? なら、問題ない」

「…………バカ」

 桐乃の頬が赤くなった。

 そして桐乃は一際派手でセクシーな水着を何着か手に取ると試着室のカーテンを開けた。

「覗いたら……殺すかんね」

 妹はギロッとヤバい瞳で睨んできた。

「はっはっはっは。お前の裸なんて見飽きているから今更覗くかっての」

 コイツがまだガキで一緒にお風呂に入っていた頃の話を持ち出す。

「なっ、なっ、なぁ~~っ! アンタは人前で何てことほざき出すのよっ! この変態っ!!」

 桐乃は俺に良いビンタをくれてから全身を真っ赤にしてカーテンを閉めた。

 桐乃は自分の口からはエッチしまくりの今時のJCであるような語らいをすることがある。けれど、俺や他人から自分が性的な目で見られることを極端に嫌がる。そういう面倒臭い奴なのだ。

「だったら、エロっぽいフリをしなけりゃ良いのにな……」

 妹は思春期なので扱いに難しい。

 

 

「フッ。アタシのセクシーな水着姿を最初に拝むことが出来るのだから感謝しなさいよね」

 数分後、やたら偉そうな声を発しながら桐乃はカーテンを開けた。

「………………っ」

 桐乃が着ている水着はライトグリーンとオレンジの斜めストライプの三角ビキニ。下の方もかなり布面積の少ないキワどいやつだった。

 桐乃のギャルっぽい雰囲気と良くマッチしていて凄く、可愛く見えた。

 ……妹なのにちょっと興奮してしまう。

 いや、待て!

まだ15歳の女子中学生が着るにはこれはちょっと派手過ぎるんじゃねえ?

「ちょっと……何とか言ったらどうなのよ?」

 桐乃が唇を尖らせた。

「お父さんはそんな破廉恥な水着は許しませんよっ!!」

 俺は自分の正直な気持ちを叫んでいた。

「何故にお父さんっ!?」

「お父さんは若い娘がこんな男を誘惑するような煽情的な格好をするのを良いとは思いませんのことよだっての」

「…………つまり、京介はアタシのこの水着姿に興奮しているってことね。フッフ~ン」

 桐乃はニヤッと悪女笑いを浮かべながら鼻を鳴らした。

「ウグッ」

 痛い所を突かれて背筋が反り返ってしまう。

「じゃあ、これを基準にしてっと……」

 桐乃は急に水着をより分け出した。両手に何着かの水着を持って俺に渡す。

「へっ?」

「これ、元の場所に戻してきて」

「はっ?」

 妹様は一体何を言っておられるのでしょう?

「そっちはもう着ないから返して来てって言ってんの」

「だから何で俺が!?」

 こんな大量に女物のしかもキワどい水着を持っているだけでも俺の社会的生命は終わりそうだっての。妹様はそれを持って歩けとはどんな恥辱ゲームだ?

「アタシはこれからこれに着替えるから」

 桐乃が手に持って見せたのは、今来ている水着よりも更に面積が少ない肩紐なしのビキニだった。……お父さんは、そんな裸と変わらない水着を若い娘が着ることは反対だぞ。多分。

「アンタは空いている時間を使って水着を元に戻して来なさい」

「………………分かったよ」

 なぜかは知らないが頷いてしまった。

 そして頷いてしまった以上、返さない訳にはいかなかった。

 俺はよりエロい水着に着替えようとする妹の頼みをつい聞き入れてしまった。

 

 

 

「どうかこの瞬間に知り合いにだけは遭遇しませんように」

 心の中で手を合わせながら、似たような種類が並んでいるコーナーへと水着を一つずつ返していく。

 今の俺は誰がどう見ても変態だ。

 若い女の子が試着したかも知れない水着を手にとって喜んでいる変態か、これを着ようとしている変態のどちらかだ。

 こんな瞬間を知り合いの女の子に、特にあやせなんかに見られたら俺は絶対に殺される。そんな死の恐怖と戦いながらいよいよ最後の水着を戻す手順となった。

「何をやっているんですか? この変態っ!」

 ……今、考えていた側からとてもヤバいよく知った声が聞こえて来たような?

 全身を激しく震わせながらゆっくりと振り返る。

「変態…………っ」

 そこには瞳の光彩をなくしたマイエンジェルあやせが加奈子と共に立っていた。一部の隙もなくヤンデレの瞳をしていらっしゃる。一瞬でも気を抜けばスクールデイズの血の惨劇エンドだ……。

「京介、オメェそんなに女物の水着を手に持って女装に目覚めたのか? ニヒヒヒヒ」

 加奈子は俺を馬鹿にしたように笑みを発している。だが、コイツの方がまだ俺の話を聞く気があるのは明白。

 よしっ。俺が加奈子を説得して、加奈子にあやせを説得してもらおう。加奈子へと顔を向ける。

 

「実は……と一緒にプールに行くことになってな。今はその水着選びをしている所なんだ」

 “桐乃”と一緒にプールと説明するのが何か嫌でその部分が小声になってしまう。

「…………そんなのは嘘です」

 だが、間髪入れずに否定の声を出したのはあやせだった。

「へっ? あの?」

「だって、わたし。お兄さんにプールに誘われていませんから」

 あやせたんはヤンデレの瞳そのままに俺を険しい表情で見ている。

「何で、俺があやせさんを誘っていないから嘘になるのでしょうか?」

 冷や汗が止まらない。何故かは分からないが絶対的な死の地点に立っている。

「お兄さんがわたし以外の女をプールに誘う訳がありませんから。だから他の女の子とプールなんて嘘に決まっています」

 マイエンジェルの言葉は訳が分からない。でも、怖い。怖過ぎる。

「何故、俺があやせ以外の女の子をプールに誘う訳がないと……?」

 ていうか俺はあやせを1度も自分からどこかに誘って出掛けたことがない。

「そっ、そんなの……決まっているじゃないですかあっ!」

 あやせたんは今度は急に顔を真っ赤にしてツンデレった。

「わたし、知っているんですからね!」

「何を?」

「男の人が、女の子をプールに誘う真の目的をですっ!」

 あやせたんは顔を真っ赤にしたまま吼えた。あれ、この流れ……どっかで見たような?

「腕を組ませてプールに行き、他のお客さん達に自分の女扱いして見せびらかすに決まっています。そしてプールから出たら、全身が疲れたので少し休もうとか言って強引にホテルに連れ込むに決まっているんです。そして、何もしないからと言いながら部屋に入った瞬間に野獣に変貌して襲い掛かるんです。そして嫌がる女の子を力尽くでモノにして、しかも何度もその体を貪りながら悦に浸るつもりに決まっています。更に更に、その時の映像をネタにして何度も呼び出して妊娠させるまで弄ぶつもりなんですよね? この変態っ! 犯罪者っ! 死んじゃえっ!」

「あやせの通う学校のJC達はプールに対してどんだけ偏見持ってんだ?」

 桐乃と全く同じことを言ってやがる。

「…………だからわたしはお兄さんにいつプールに誘われても良いように毎日お肌をピカピカに磨きあげているのに……他の女と一緒にプールだなんて……その泥棒猫を八つ裂きにしてお兄さんも微塵切りにしてあの部分だけはホルマリン漬けで保存して毎日抱いて寝るしか……」

 あやせたんは俯きながらまたブツブツと唱え出した。何を言っているのかよく聞こえないし、知るのは怖過ぎるが。やはり加奈子に説得して貰わねば。

 

「なあ……っ」

「何で、あたしじゃなくて他の女をプールに誘うんだよぉ~っ? デートに誘ってくれたtって良いじゃねえかよぉ」

 加奈子は目から涙を零していた。え~~? 何で~~?

「あたしじゃダメなのか? あたしじゃ京介の横に並んでプールを歩くのに相応しくないってのかよぉ~?」

 加奈子が涙目で俺に迫ってくる。

「いえ……そんなことは全然」

 冷や汗を掻きながら首を横に振る。

 加奈子と一緒にプールに行けば絵柄的には小学生少女を連れ回すヤバい高校生の男にしかならないだろう。当然俺は捕まってロリータ犯罪防止法の適用を受けて死刑だろう。そんなことを考えてごく自然に頭の中で選択肢から排除してしまったいた。

「あたしの背が低いからか? 胸がペッタンコだからか?」

 子犬のような瞳で俺を見て来る加奈子。

 そんな瞳で見られてはもう俺の掛ける言葉は一つしかなかった。

「えっと……今度、俺と一緒にプール行くか?」

「ほっ、本当か~~♪」

 加奈子は瞳を輝かせながらパッと笑った。

「…………泥棒猫をもう1匹始末しなくちゃ。考えられる限り最も残酷な方法で最も苦しませながら」

 あやせたんの呟きが耳に入って来たが聞こえなかったことにする。

「じゃああたしは、今からちょっとエステに行って肌を磨いてくらぁ~~♪ プールに行くのはいつでもオーケーだからな~♪」

 加奈子は走り去ってしまった。

 えっと……つまり、それって加奈子が俺のことを?

 いやあ、照れるなあ。

 ヤンデレと化しているあやせたんに心の中で限りない恐怖を覚えながらちょっと嬉しかったりする俺がいたのだった。

ごめん嘘。俺の心は限りない恐怖にうち震えていた。

 

 

 

「…………加奈子はいつでも処理できる。今重要なのは正体不明の泥棒猫の始末の方」

 あやせたんの声は聞こえないことにする。でないと怖すぎる。

 と、その時桐乃が入っている試着室のカーテンが開いた。

「じゃじゃ~ん。お待たせ~」

 真っ赤なビキニ水着に身を包んだ桐乃の姿が見えた。

 肩のラインが丸見えになるそれは先程のよりも俺の脳を蠱惑的に刺激した。胸のラインの強調。そしてほとんど遮られるものがなく見える脚のライン。

 俺の妹っていうか……桐乃、可愛くね? エロくね? 

 俺、この子と本当に一緒にプールに行っちゃって良い訳?

 やべぇっ。すっげぇ~興奮して来た。この興奮、桐乃と一緒にラブホに入った時以来だ。

「えっ………………桐乃?」

 信じられないと言った抑揚の抜けた声を出すあやせ。

 俺の興奮は一瞬にして冷めた。

「えっ………………あやせ?」

 桐乃もまたあやせを見ながら驚きの声を出した。

 妹とプールに行くからその水着を一緒に買いに来た。ただそれだけの筈なのに何だかとても命の危機を感じる。そう、命に関わる修羅場の中にいるようなそんな錯覚を。

 相手は妹と俺を変態と罵り嫌う美少女のJCコンビなのに。

 

「桐乃……相手は実のお兄さんなんだよ。そこの所、分かっているの?」

 兄と妹でプールに行く。ただそれだけのことに対してあやせたんはそこに大変な道徳的な間違えがあるかのように語ってみせる。

 まるで去年の夏に桐乃のオタク趣味を糾弾していた時のように。

 何、この展開?

「フッ」

 桐乃は試着室から裸足のまま駆け出して来ると俺の腕を掴み、試着室へと引っ張り込んでいった。

 だから何、この展開?

「京介はアタシをプールに誘ったのよ。あやせじゃないのよ」

 桐乃は俺の腕を両腕でホールドしながらあやせにドヤ顔して見せた。

「桐乃とお兄さんは実の兄と妹。許されざる仲なんだよ」

「それが何? 京介はアタシを選んだ。そしてアタシも京介と一緒にプールに行くことを了承した。その事実の方が100倍重要だっての」

 売り言葉に買い言葉。

「兄妹でプールなんて不潔だよっ!」

 何が不潔なの?

「アタシは女で京介は男。若い男女がプールに行くことに何か問題でもあるっての?」

 だから、兄妹でプールに行くだけですよね?

 何でこの子達、争ってるんだ?

「京介はアタシを選んだ。アタシだけを見ることに決めたのよ」

 桐乃が腕を引っ張って俺の顔を引き寄せた。顔が、近い。ていうか、何なんだよ、これは?

「京介に選ばれなかった惨めな負け犬はさっさと逃げ去ったら?」

 そして必殺のドヤ顔を披露。

「わっ、わたしは別にお兄さんのことなんて……」

 あやせは悔しそうに俺たちから瞳を逸らした。よくは分からないがこの喧嘩、ここに至ってあやせの劣勢が決定的になったらしい。

「あやせは京介のことなんて何とも思ってないんでしょ? なら、アタシが京介とプールに行こうが、強引にホテルに連れ込まれて酷いことされようが、妊娠しようが、可愛い赤ちゃん産もうが、親子3人で仲良く幸せに暮らそうが関係ないってことでしょ?」

「ちょっと待てっ! その理屈は飛躍が過ぎるだろうが」

 何で兄と妹でプールに行くだけで親子3人で仲良く暮らす未来まで設定されにゃならんのだ?

「…………わたしはお兄さんのことなんて何とも思ってない。でも、実の兄妹で子供を作って育てるなんて今の時代には絶対に許されないんだからっ!」

 だから何故子供が言い争いの焦点になるんだ?

「真実の愛は血の壁も、世間の冷たい視線も乗り越えるものなのよっ!」

「そっ、そんなぁ……っ」

 よろめくあやせ。どうやら勝負あったらしい。何の勝負だか分かりたくもないが。

「高坂京介ぇっ!」

 あやせが再び殺人鬼みたいなおっそろしい瞳で俺を睨んで来た。

「はっ、はいっ。何でしょうか?」

 背筋を伸ばして姿勢を正しながら答える。

「妹以外の女には欲情できない。それどころか目にも入らない。道端に落ちている石と同じ。そんなに妹って言葉が好きかぁああああああああああぁっ!?」

「あの……事実に当て嵌る所が1箇所もないのですが」

「わたしもお兄さんの実の妹に生まれたかった。そうすればわたしが赤ちゃんを……馬鹿ぁああああぁあああああああぁっ!」

 あやせは何だか分からないことを叫び泣きながら駆け去っていった。

「フッ! 完全勝利だわね」

 鼻を鳴らす妹。

「お前ら一体何を争って……って、危ねえっ!?」

「へっ? ちょっとっ!?」

 妹の肩を掴んで強引に床へと倒れ込む。

 

「そっ、そういうことはホテルに入ってからにしなさいよっ! せっ、せめてカーテンを閉めてからにしなさいよ……」

「はぁ? 何を言ってるんだ、お前は?」

 言いながら自分の姿勢を確かめてみる。

 俺が上で桐乃が下。所謂押し倒す姿勢になっている。そして俺の左手は桐乃の胸を鷲掴みにしていた。

「わっ、悪ィっ」

 慌てて桐乃から離れる。

「TPOってものを弁えて盛りなさいよ。このバカ男……」

 女の子座り姿勢に変わった桐乃は全身真っ赤になっていた。

「TPOねえ……あれがあの時の答えだよ」

 俺も座り直しながら上を見上げてみる。

「あれって何よ……ゲッ。スタンガン!?」

 俺達の頭上、丁度先ほど立っていた2人の頭の位置付近に大型のスタンガンが鏡を突き破って刺さっていた。

「ああ。あやせが去る間際に投げたんだろうな。伏せてなきゃ今頃どうなっていたか……」

 さすがはマイエンジェル。逃亡する瞬間にも俺達を殺そうとするとは。ただでは負けない根性は凄い。方向性は明らかに間違っているが。

「まあ良いわ。水着選びを再開するわよっ!」

「強いな。お前……」

 呆れて溜め息が出る。

 あのあやせと喧嘩しながら和解を果たしてみせた妹様のタフさも伊達ではなかったのだった。

 

 

*****

 

「さ~買い物も済んだし、帰るわよ」

「結局1日中お前の買い物に付き合わされただけじゃねえか」

 大きく背伸びをしながら首を回す妹に抗議の声を上げる。

 結局デパートの中で1日を費やした。下着に始まり次は水着。ここまででもう摩耗したのだが、そっから先がまた長かった。

 服にバッグにアクセサリー、化粧品まで付き合わされた。

 そして肝心要の俺の水着選びは30秒だった。

『男の水着姿なんて誰も注目しないんだから、アホっぽいのじゃなきゃそれで良いわ』

 そう言って桐乃が渡したのは灰色の何か地味目のトランクスだった。

「何よアンタ。1日室内にいただけで何をそんなに疲れたの?」

「俺のデリケートの体は長時間の買い物に耐えられるように出来てないんだよ」

 女の買い物に付き合わされると、自分がしたくないことだからだろうが凄く疲れる。

「つまりアンタは……休んで行きたい訳ね。アタシを休憩に付き合わせたい訳ね」

 腕を組んで歩く桐乃の足が止まる。

「そうだな。喫茶店でちょっと小休止したい気分かもな」

「きっ、喫茶店なんかじゃなくてさ……」

 言い詰まる桐乃の視線の先を眺める。

 高校生が、ましてやJCが近寄ってはいけない如何わしい路地が見えた。その路地にはラブホテルも多く並んでいる。

「家、帰るぞ」

「えっ?」

「お前は俺の大事な妹だ。それで不満か?」

「…………バカ。何を言ってるのよ」

 Uターンして家へと向かって歩き出す。桐乃の顔は微かに赤らんでいる。

「……まっ、明日が本番なんだし。明日には妹から妹嫁にグレードアップしてやるんだから」

 妹は上機嫌に何かごにょごにょ言っている。

 俺は予定進路より遅れた勉強をどうしようかなあと思いつつ、妹が楽しそうにしていることに満足しながら家路についたのだった。

 ほんのたまにだが……桐乃は可愛かったりする。

 

 

「京介、桐乃。明日プールに行くぞっ!」

 家に帰ったら、玄関先に赤褌一丁で仁王立ちしていたオヤジはいきなりそんなことを告げてきた。

「「へっ?」」

 俺と桐乃は勿論訳が分からない。

 けれど半裸で荒ぶるオヤジは俺達の理解を無視したまま話を続ける。

「俺は1年に1度裸力(らりょく)を公衆の面前で開放しなければ、裸力が抑えきれなくなり裸王として完全に覚醒してしまう。裸王として覚醒した俺は服を着られなくなり、当然警察の制服も着られなくなる」

「それってつまり……明日プールに行かないと、警察をクビになるってこと?」

「そうだ」

 オヤジは仰々しく頷いた。

「偉そうに頷いてるんじゃねえっ!」

 裸でいたいから仕事クビってアホらしいにも程がある。そんなアホらしいことで高坂家はかつてない危機を迎えないといけないのか?

「そういう訳で明日プールに行くぞ。俺が服を着ていられるのも明日がタイムリミットだ」

「もう既に半裸じゃねえかっ!」

 褌姿は服を着ているとは言わない。

「京介は明日これを着てプールサイドに立て」

 そう言ってオヤジが手渡したもの。それは……。

「白褌じゃねえかっ! これを俺に身に付けろってか!?」

 白さが光るHUNDOSHIだった。

「ああ。身も心も引き締まる究極の1品だ」

 オヤジは誇らしげだった。

「そして桐乃はこれを着ていきなさい」

 オヤジが桐乃に手渡したもの。

「って、何? この囚人服みたいなの? こんなの今どき漫画の中でしか存在しないってばっ!」

 桐乃が広げてみせた水着。

 それは濃い青と薄い青の横縞のデザインで、長袖で足の方も踵まであるような何ていうか……桐乃じゃないが漫画の世界の囚人服そのものなデザイン。

「若い娘が人前で肌を晒すなど俺は許さん」

 オヤジは凄んでみせた。

 凄んでみせてはいるが、やっていることはただの親ばか、いやばか親だ。

「こんなの着るぐらいだったら……アタシ、プールに行きたくないんだけど」

 桐乃は当然の文句を口にした。だが、その程度の反論を読んでいないオヤジではなかった。

「もし、同行しない、またはこれ以外の水着を着た場合にはお前の部屋にあるエロゲーを全て処分する。妹ものの萌えDVDやBDも全てだ」

「ひぃいいいいいいいぃっ!?!?」

 オヤジは無茶苦茶な条件を出してきた。

 オヤジめ。桐乃のエロゲー趣味を全面的に認めたのかと思ったら、交渉カードとして温存していたって訳だな。えげつねえ。

「京介もだ。その白褌を装備してプールに来なければ貴様の部屋に隠されているメガネもののエロ本を全て焼き払う」

「アンタ本当に鬼だぁあああああぁっ!!」

 こうして俺達兄妹はオヤジと共に羞恥プレイをしにプールに行くことになった。

 

 

「筋肉がっ! 筋肉が火照るぞ、京介っ!! プールの客達の視線が俺の筋肉を火照らせるっ!」

 ボディービルダーさながらに次々にポージングを取るオヤジ。

「あっそ……それは良かったな」

 そんなオヤジを冷めた瞳で見る俺。

 褌が目立たないようにあぐらを掻いて頭の中は白けている。

「……お洒落で可愛いアタシが囚人服なんて嘘なのよ……今日こそは京介を悩殺して……するつもりだったのに……」

 俺の隣に体育座りで座る桐乃に至っては真っ白に燃え尽きている。まあ無理もない。桐乃にとってお洒落することは空気を吸うようなもの。その反対をすれば窒息するようなもの。

「ほぉおおおおおおおぉっ! 裸力を最大限に開放だぁあああああぁっ!」

 ドラゴンボールみたいに全身を燃え上がらせるオヤジ。

「アタシ……トラウマ抱えている。しばらくはプールに来られない」

「そうか。俺も、だ……」

 

 こうして俺達兄妹はオヤジの裸力開放によってプールに対する深刻なトラウマを植えつけられた。

 俺と桐乃が再びプールを訪れることはなかったのだった……。

 

 

 了

 

 

 

 


 
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