No.411558

私の妹達がこんなに可愛いわけがない とある嫁の誕生日

4月20日は黒猫誕生日

これはゾンビですか?
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2012-04-20 22:32:21 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:2540   閲覧ユーザー数:2390

私の妹達がこんなに可愛いわけがない とある嫁の誕生日

 

201×年4月20日週末

 

 東京新宿……から電車に乗って幾つか駅を通過した住宅街の一画。築10年の6階建ての賃貸マンションの一室が私たちの現在の住居となっている。少し手狭だけど2DKの私たちのお城。

 私たちというのは、私こと高坂瑠璃と夫である高坂京介を指す。私は先月末に京介と結婚して苗字を変えた。

 今年の春、私は高校を出て京介の通う大学の近くにある服飾の専門学校に通うことになった。

 それを機に私は京介と同棲したいというかねてからの計画を両親に打ち明けた。

 そうしたら父に思い切り反対された。

『同棲なんて破廉恥な真似は絶対に許さんっ!』

 普段あまり怒らない父が激しく怒った。

 そこで私は父に述べた。

『破廉恥でなければ良いのね?』

 そこで私は水面下で高坂家を巻き込んで練り上げていたもう一つの計画、電撃結婚作戦を実行した。

『正式な夫婦なら破廉恥な関係ではないわよね?』

『なぁっ!?』

 学生結婚ということで色々と面倒はあった。だけど、正式な夫婦が一緒に住む分には何の問題もなかった。文句を言わせなかった。

 既婚者は京介も私も学費が50%免除になるのはラッキーだった。

 そんなこんなで力技を駆使しながら京介と幸せを掴み取った。

 掴み取った筈なのだけど……。

「ねえねえ、黒いの黒いのっ! 訊きたいことがあるの」

 私と京介の愛の巣には変なのが早速住み着いていた。

 その変なのは義理の妹とも高坂桐乃とも呼ばれる生物だった。

 

『新婚初夜はわざわざ訪ねないであげたんだから感謝しなさいよね』

 引越し2日目に突然現れたこの失礼な生物は手に枕を持って業者に布団を運び込ませながら偉そうにのたまった。

『来てなんて頼んだ覚えはないわよ』

『大丈夫。黒いのと京介が慣れない新生活でアタシに助けを心の中で求めているのはアタシが一番よく分かっているから』

 義理の妹は私が一度も思ったことのない心の声を読み取ってやって来たのだった。

『で、いつ帰るの? 来て早々帰ってくれて全然構わないわよ』

 私は笑顔でお邪魔虫に帰宅を勧めた。

『何言ってるの? 私はこれからここに住むのよ』

 小姑は穢れなき澄んだ瞳でそう言い切った。

『貴方は一体何をほざいているのかしら?』

『だってアタシ、高校3年生で受験生だし、東京の予備校行くからここに住んでいる方が通学楽だし』

『千葉市にも予備校なら幾らでもあるでしょうが』

 私の真っ当な反論などこの小姑と呼ばれる生物には何の意味も成さなかった。

『心配しなくても予備校のない日はちゃんと千葉に実家に帰るってば』

『予備校はいつあるの?』

『月火木金。日曜日には模擬試験がある時もあるわね』

『それって……いつ帰るの?』

『水曜日は学校終わったら実家に帰るわよ。後は土……月曜日の朝に満員電車に揺られて学校に通うのは精神的に凹むから日曜日の夜は実家に帰るわよ』

『要するにほとんどの時間をこの家で住むのと同じじゃない』

『そういうことになるかしらね。てへっ♪』

 義理の妹は舌を出して可愛らしく笑って見せた。

 ぶん殴って追い出そう。そう心に固く誓った。

『あっ……そうそう。結婚したのに京介の授業料やここの家賃をお父さんが援助しているのは、私の面倒を見る分の費用も含まれているんだからね』

『チッ! さすがに準備は周到ね』

 頭の回る義理の妹が憎かった。振り上げた手を下ろすことが出来なかった。

『そういう訳でこれからよろしくね、お義姉ちゃ~~ん』

 義理の妹がわざったらしく私をお姉ちゃんと語尾を延ばしながら呼んだ。

 本気で張っ倒したかった。

 でも、お義父様からの援助がストップしたら新生高坂家の家計は大変なことになってしまう。だから拳をグッと握り締めるだけにした。

 そんなこんなでこの義妹と呼ばれる生物は新生活早々に私たちの家に住み着いたのだった。

 

「何よ?」

 妹の質問に反応を返す。

 あまり良い予感はしないけど、とりあえず話を聞くことにする。

「今日の夕飯は何?」

 毎日必ず1回は受ける質問だった。そのワンパターンな質問に呆れ返る。

「食べてばかりでなくて、偶には貴方が作ったらどうなの?」

 食うだけしか能のない義妹に問う。

「アタシが作ったら、アンタも京介も病院に運び入れてやる自信があるわ。高校生になってパワーアップした高坂殺人料理伝承者を舐めないでよね」

 馬鹿妹は高校生になって更にすくすく育った胸を逸らしながら偉そうに語った。

「貴方は食うだけでなく、壊すことにも特化した存在だったわね」

 役に立たないカテゴリーで括った方がこの妹の属性は説明し易い。

「で、夕食は何? 肉は? 肉はあるの?」

 桐乃が八重歯を犬のように剥き出しながら尋ねる。

「もやしとお豆腐が中心ね。お肉はないわ」

 私の回答を聞いて妹が顔をわななかせる。

「そんなぁ~っ! 今日でもう1週間以上お肉なしの生活だよぉ~っ。アタシは菜食主義者じゃないっての! お肉食べたいっ! お肉食べたいっ! お肉お肉~っ! 偶にはお肉食べたい~~っ!」

 もう高校3年生だというのに桐乃は子供のようにフローリングの床に寝転がって駄々をこねる。

「そんな余裕がうちにある訳ないでしょ」

 京介は授業の合間を縫ってバイトを熱心にしている。けれど、それだけで2人分、いや、実質3人分の生活費を十分にまかなえる筈がない。

 私も専門学校が忙しくて家事との両立で精一杯。合間を縫ってネットオークションで私が作った服や小物を売ったりしているけれど、毎日の生活を安定させるような収入にはとても届かない。

 そんなこんなで高坂家には余裕というものがまるでない。まあ、そういう生活に私は長年慣れているのでどうということはない。でも、お金で苦労したことがない中産階級お嬢様の桐乃は不満をよく漏らす。

「美味しいご飯が食べたいのなら、実家に戻ったら?」

「やだっ!」

 妹は頬を膨らませた。

「それじゃあ貴方のお金で外で食べれば良いじゃない」

 桐乃からは生活費の類を納めてもらっていない。本人は払うことに抵抗を感じていないようだけど、私達が固辞している。

 お義父さまの援助の問題でもあり、私たちの意地の問題でもある。

 桐乃は今現在受験生ということでモデル業をお休みしている。けれど、中学、高校と稼いだ金額は京介のアルバイトの年収だと何年分になるか分からない程に多い。

 だから桐乃は私の作る夕飯が気に入らなければ外で食べてくれば良いだけの話なのだ。

「それもやだっ!」

 桐乃は大声で私の提案を拒否した。

「何でよ? 貴方はお肉が食べたいのでしょう?」

「だって……一緒に住んでいる家族なのに、アタシ1人だけ違うものを食べるのって何かおかしいじゃん」

 桐乃は唇を尖らせた。

「貴方を家族と認めた覚えはないのだけど?」

「ムゥッ」

 桐乃の頬が膨れる。

「まあ、貴方がそういう認識だというのなら、私もその認識を受け入れてあげても良いわ」

 義妹をほんの少しだけ普段よりも愛しく思う。

 この子は偶に可愛いから困る。

「じゃ、じゃあ、可愛い家族の為に今夜はお肉でっ!」

「そんなにお肉が良いなら、夕飯にお肉が出る家の子になりなさい」

「ぶ~」

 桐乃は頬をプクッと膨らませた。

 結婚してまだ1ヶ月も経たないというのにこんなにも大きな子供が出来てしまった。

 まったく困った新生活だった。

 

 

 

「ただいま~ルリ姉~、ビッチさん」

「ただいまです~姉さま、ビッチ姉さま」

 義妹と無駄話しているとチャイムも鳴らさずに扉が開く。

 合鍵を使い堂々とただいまと言いながら室内に入って来たのは実妹の日向と珠希だった。

 日向は今年中学2年生となり、珠希は小学4年生になった。

 2人共私の妹だけあって美しく成長している。

「いらっしゃい。アタシの可愛い義妹達~~っ!」

 桐乃が涎を垂らしながら日向たちを出迎える。両手を広げて今にも抱きつこうという体勢。勿論抱き付けないように実妹たちは積極的自衛活動で拳を構えている。撃ち抜くのに何の躊躇も見せない澄んだ構えだ。

 もう人として終わっている妹萌え生物はこの際放っておく。

「貴方たちもまた来たの?」

 わざわざ松戸から東京へと足を運んだ妹へと警戒感を含んだ瞳で尋ねる。

「週末だもん。姉夫婦の所に遊びに来てもおかしくないでしょ」

 日向はサラッと答えた。

 こう返されると一見何の含みもなく姉である私に会いに来ただけのように聞こえる。

 でも、騙されてはいけない。

「どうして週末ここに来るのにわざわざ制服で来るのよ?」

 日向はセーラー服を着ている。

 今日中学校は週末で休みなのに、だ。

「だって、高坂くんってセーラー服が大好きでしょ?」

 日向は悪びれる様子もなくそう言った。

「このセーラー服姿で高坂くんと2人きりになれば……押し倒されて一気に大人の階段を駆け上るって展開もあるかも。いえ、そんな展開を希望をあたしは希望するよっ!」

「そんな展開がある訳ないでしょ。中2の小娘の分際で」

 19歳を迎え大人の色気を得た新妻の私の目の前でこの妹は何をほざくのだろう。

 まったく、桐乃の悪い影響を受けすぎよ。

「ルリ姉、あたしより背も胸も小さいじゃん」

「…………ムカつく妹だわね」

 思わず舌打ちが出る。不機嫌が体の内部で抑えられなかった。

 私の身長は中3を境に伸びるのを止めてしまった。

 胸の方も……揉まれれば大きくなるというのは単なる俗説であることを私は身をもって証明した。

 京介は私を可愛い可愛いと連呼してくれるので自分の体に特に不満はない。けれど、5歳も下の妹に身長も胸の大きさも負けるのは癪だった。

 日向はまるで初めて会った時の丸顔ビッチのように中2にして魅惑的なボディーを持つに至っている。五更家の女なのに……。

「アタシの指導を受けたひなちゃんが美しいのは当たり前」

 日向の師匠を自認する桐乃が偉そうに踏ん反り返る。

「この間の雑誌も良い表情してたわよ」

 桐乃は日向に向かって親指を立てた。

「ビッチさんにアドバイスされたことを意識したからだと思うよ。ありがとう」

 日向もニッと笑って返した。

 驚くべきことだけど、現在の日向は桐乃と同じく読者モデルの仕事をしている。

 ビッチが妹をモデルに推薦したのだ。

 私のお下がりばかりで地味な格好ばかりしていた日向がモデルなんて……。そんな風に心配していたけれど結構評判は良いらしい。

 私としては、日向がビッチの真似をしたメイクを堂々と始めるのではないかと気が気でないのだけど。

「ひなちゃんは出会った時よりも更に綺麗になった。ひなちゃんの顔を思い浮かべるだけで1日中ハァハァして悶えきったぐらい。でもね……京介を誘惑するなんて間違っている」

 桐乃は表情を引き締めた。

「そうよ。京介は妻帯者。私の夫なのよ」

 たまには義妹も良いことを言うらしい。

「ひなちゃんのセーラー服姿に一番欲情しているのはこのアタシなんだからっ!」

 義妹が良いことを言うだなんて、私はなんて思い違いをしてしまったのだろう。自分という人間が恥ずかしくて仕方がない。

「確かに京介は当時中2だった実妹のアタシとホテルに入ってケダモノになろうとしたシスコンだもの。同じ学年になったひなちゃんのことも襲いかかる可能性は高いわっ! いや、むしろ襲うわねっ!」

「やったぁ~~っ!」

「貴方たち2人とも後で殴るから。拳が悲鳴を上げるまで殴るから」

 ついでに、京介も変な気を起こさないように……朝まで寝かさないで絞り尽くしてやろうかしら。

「でもっ! ひなちゃんが生むのは京介の娘じゃない。アタシの娘を産むのよっ!」

 ビッチはガルルゥと野獣の雄叫びを上げた。

「ひなちゃんとアタシは義理の姉妹。つまり、ひなちゃんはアタシの血の繋がらない義理の妹っ! 血の繋がらない可愛い妹に手を出さないなんて失礼なことをアタシにはどうしても出来ないっ! だから手を出すのは必然なのよっ!」

「貴方は本当に千葉県でトップの学力をいまだに保持しているの?」

 もしかすると義理の妹は変な薬でもやっているのではないかと不安になる。

「フッ。愚かだね、ビッチさん」

 指を突き刺す桐乃に対して日向は鼻で笑ってみせた。

「義理の妹に手を出して良いのはお兄ちゃんだけ。ううん、義理の兄は妹に絶対に手を出すべきなの。だけどビッチさんはあたしのお兄ちゃんじゃない。お姉ちゃんじゃないのっ!」

「しっ、しまったぁ~~~~っ!」

 絶叫する桐乃。したり顔を見せる日向。

 この2人、どっか行ってくれないかしら? 例えばあの世とか。

「よって、あたしに赤ちゃんを産ませて良いのは高坂くんしかいないのよっ!」

「クッ! 反論する余地がどこにもない完璧な理論だわ……」

 ガックリと膝をつく桐乃とふんぞり返る日向。

 もう、このお馬鹿コンビは放っておこう。

 

「珠希はどう? 家事は大変じゃない?」

 馬鹿2人は放っておいてもう1人の可愛い妹の方を見る。

「はい。お母さんも、時々日向お姉ちゃんもお料理手伝ってくれますから平気です」

「そう。まだ小さいのに珠希には苦労掛けるわね」

 下の方の妹の頭を撫でる。

「えへへ。です」

 珠希は気持ち良さそうだ。昔と同じ表情で微笑むまだ幼い少女。

 でもこの幼い子に現在の五更家は大きく依存しているのだ。

 私が嫁いで出ていった五更家では珠希がメインで家事を担当してくれている。

 珠希はまだ小学生ながら私譲りの家事の才能を発揮していた。

 私が高校卒業と同時に家を出ていくことを決心できたのは珠希がいるからで間違いなかった。

 珠希は何というか私に似た面がある。

 内向的で日向と違ってあまり友達は多くないように見える。代わりに家族に対する愛情は深く、家事も進んでこなし、それを苦痛に思うこともない。

 後は私同様にオタクとして覚醒してくれれば最高なのだけど、日向はそれを全力で阻止しようとしている。

 でも、オタクは勝手になってしまうものだし、日向の努力は身を結ばないだろう。現に日向は私がオタクとして覚醒してその深みに嵌っていくのを阻止できなかった訳だし。

 そんな訳で、日向がどんどん桐乃の影響を濃くしているのに比べると珠希は私の後継者と呼べる人材と言える。

 私の後継者ということは、やっぱりこの子も京介に恋焦がれそうで不安はあるのだけど。

「姉さま」

 珠希は目を輝かせている。

「何?」

 妹の瞳を見つめ込む。

「まったく、小学生は最高だぜ。なんです」

 妹はニコッと笑った。

 ……やはりこの子も五更家の女。京介の魔力にやられてしまっているのだ。

「珠希はもっと大人になってから素敵な男性を見つけなさい。私の京介以外に」

 優しく優しく微笑む。

 これは譲れないという強い意思を示しながら。

「………………自分の生き方は自分で決めますぅ」

 珠希は大人な決意表明をしてみせた。

 つまり、京介を諦める気はないと。

「どうして私の妹達は、結婚してもまだ京介を諦めないのよぉ~~っ!」

 3人の妹達はいずれも頭が痛い存在だった。

 

 

 

 逞しくなってしまっている妹達の相手はとても疲れる。

 新婚生活ってもっと楽しいものの筈なのに……。

「ルリ姉、京介くんはどこに行ったの? せっかく京介くんに会いに来たのに」

「京介なら家庭教師のバイトに出ているわよ。それから、せめて上辺だけでも私に会いに来たと述べなさい」

 週末京介は派遣会社を通した家庭教師のバイトをしている。

 時給が高く拘束時間が短いのでバイトが終わった後に2人でデートに出掛けるのに適しているのだ。勿論、拘束時間が短い分トータルの収入は多くないのだけど。

「家庭教師って……生徒は女の子?」

 日向の目が鋭くなっている。

「そう言えば京介はその問いに答えなかったわね。中学3年生になって初めて家庭教師を付けた子らしいけど」

 日向の目が更に鋭くなった。

「100%女だね。高坂くんが手を出して良い女子中学生ならここにいるのに~~っ!」

「リアルで大人の課外レッスンする家庭教師とかマジ有り得ないんですけどぉ~っ!」

「中学生なんてもうBBAなのに……お兄ちゃん、ババ専なの?」

 酷いことを言われまくっている京介。

 でも、後で殴ってでも真実を確かめておこう。

 そう思った。

 

「っていうかさ、今日はルリ姉の誕生日じゃない。そんな日までバイトするの? ルリ姉はそれで良いの?」

 日向は不満そう。

「生活があるのだから仕方ないでしょ。所帯を持つとただの恋する少女ではいられないの」

 目を瞑って諭して返す。

 私だって不満がない訳ではない。けれど、仕方ない。家庭教師の収入もなければ本気で生活に行き詰まってしまう。何しろ私たちはもう夫婦なのだ。わがままは言っていられない。

「でもさ、やっぱり好きな人には全力で愛情を示してもらいたいじゃない。せっかくの誕生日なんだし」

「なら、アタシはひなちゃんを全身全霊を懸けて愛することを誓うわ。いえ、今すぐ全身で愛してあげる~~っ!」

「お断りだよ♪」

 両手を広げ涎を垂らしながら獣さながらに襲い掛かってきた桐乃に対する日向の答えは顔面パンチだった。

 良い角度で入った。

「でも、負けないっ!」

 右の頬を手で押さえながら桐乃が珠希へと振り返る。

「さあ、たまちゃん。お姉ちゃんが真実の大人の愛をその身体に教えてあげるからね~っ♪」

「BBAはお断りですよ♪」

「ぶほぇっ!?」

 言葉の弾丸が桐乃を貫いた。

 さすがは私の後継者だけはある。

 相手の心を砕くエグい方法をよく理解している。

 学校で孤立していないかちょっと不安になるけども。

「ひ、ひなちゃん。ハートブレイクしたアタシに何か癒しの言葉を~~っ!」

「確かにビッチさんの全盛期って中学生だったよね。あの時はアニメで2期ぐらいヒロインを張れそうな輝きがあったけど。高校生になったら…うん。もう大人なのにダメな人?」

 日向はベランダ付近に敷きっ放しにされている布団を白い目で見た。布団の周りには昨夜食べ散らかしたお菓子と読みっ放しの雑誌が置かれている。だらしない光景。

「ひっ、酷い~~っ! 例えそこに嘘が含まれていないにしても酷過ぎる~~っ!」

 桐乃は再び珠希へと振り返った。

「たまちゃん。アタシに愛を。今日からも人生という荒波を戦っていける為の愛を~~っ!」

「世の病的なお兄ちゃんたちには小学生が最高で、中学生がギリギリ、高校生、しかも18歳になったらもう見向きもしない人が沢山います。ビッチ姉さまは何歳ですか?」

「今年で18歳になる……」

「BBAは用済みな年齢ですね♪」

 珠希は桐乃を見ながら笑った。

「黒いのなんてもう19歳じゃんっ! 18歳超えてるじゃないっ!」

 桐乃が悲しみのぶつけどころを私に求めてきた。その大きな瞳に涙をボロボロ溜めながら。

「私はもう結婚しているのよ。謂わば人妻属性の保持者よ。貴方みたいに若さを売りにしてその若さがなくなったフェードアウトするしかないB級アイドルと一緒にしないで」

 珠希のパスはちゃんと受け取って返す。

「まっ、これからはあたしとたまちゃんがピチピチキャラとして売っていくから、ビッチさんは老師役としてありがたい助言をお願いね」

「お願いなのです。BBA老師さん♪」

 三姉妹の連携が見事に決まった。

「畜生~~っ! 中学生に戻りた~~いっ! アタシの輝かしい日よ。カムバ~~~ック!」

 義妹は近所迷惑も顧みずに絶叫した。

 

「はぁ~傷付いた。この傷付いた心は今日京介とデートして癒してもらうしかないわね」

 懲りない馬鹿義妹がなんかほざいた。

「どこをどうしたらそんな結論に至るのよ?」

「だって、京介ってあれでしょ。18歳にならないと妹に手を出しちゃいけないって思ってる古風な人間でしょ」

「私はどこからツッコミを入れれば良いの?」

 とりあえず義妹を殴ることから始めようか。

 そういう衝動に駆られる。

「京介ももう20歳になっているんだし、さっさとアタシに手を出せば良いのに。せっかく一つ屋根の下に住んでいるんだし」

「貴方は高坂家で先月まで一緒に住んでいて手なんか出されたことはないでしょうが」

 呆れながら指摘する。

「そう言えばそうね。京介ったら、女に全然興味が無い人間だったのね。これは盲点だったわっ!」

 桐乃は目を大きく開けながら叫んだ。18年近く生きてようやく辿り着いた真実を述べるかのように。

「それじゃあ私の存在は何なの?」

「え~と……あやせは泥棒猫って言ってるよ」

 昔とても厄介に感じていた女の名前が出て来た。何ていうか情緒不安定を極めている女の名前が。

「昔の話でしょ。それ」

「ううん。昨日会った時の話。略奪愛してやるって息巻いてたよ」

「あのスイーツ。まだそんなことを考えているのね」

 隣の部屋との境になっている壁を睨む。

 

 私と京介が入居した同じ日にスイーツは隣室に引っ越して来た。

『わぁ。まさか隣同士になるなんて本当に奇遇ですねえ~』

 悪びれもせずにスイーツはそう隣に同じ日に越して来た感想を述べた。

 ヤンデレスイーツにストーカーの気があることは知っていた。が、まさか本当に引っ越して来るとは思わなかった。

『これからはお隣同士仲良くしましょうね。改めまして、京介の妻、高坂瑠璃よ』

 高坂の部分を声を大にして宣言したのは言うまでもない。

『まっ、わたしは相手の男性に1度ぐらい離婚暦があっても気にしない女ですから』

 テレビCMにも登場するプロモデルさんは爽やかに笑った。

 そして同じ台詞を、テレビ番組に出演して好みの男性のタイプはと聞かれた時に答えたのだった。

 

「黒いのがさ、わざと大きな声を出したり、阿修羅すら凌駕する存在になって盗聴器と盗撮カメラを仕掛けているあやせに見せ付けているのにさ。あの子まるで堪えてないよ」

「なぁっ!?」

 桐乃の発言に全身が硬直する。

「ていうかさ、幾ら2間とはいえ、こんな壁の薄い仕切りなんだからアタシの所にも毎晩全部丸聞こえなんだけど」

「ななぁっ!?」

 考えてみると当たり前の事実を指摘されて心臓が止まりそうになる。

「まあ、アタシがベランダのそばにいる限り、嫉妬に狂ったあやせがこの部屋に侵入してくることはないんだけどね」

 私の知らない攻防戦がここに明かされた。

「アタシの存在が抑止力になっているんだから、感謝しなさいよね」

 桐乃は満面の笑みを見せた。

「私と京介は夫婦だと言うのに……どうして誰もそれを分かろうとしないの?」

 小さく呟くしか私に出来ることはない。

 頭が痛い。

 結婚すれば、誰にも邪魔されずに愛し合える生活が送れると思ったのにぃ。

「そりゃあアタシたちがネバーギブアップの精神で戦っている気概ある少女たちだからに決まっているじゃない」

「どんな逆境にもめげないあたし達って現代社会の若者の鑑だよねぇ」

「頑張り続けることは良いことなのです」

「頑張る方向を間違えているんだから無意味よ」

 人の亭主を狙うぐらいなら他に良い男をみつけなさいっての。

「じゃあ、黒いのが京介と別れてくれれば間違いはなくなると」

「貴方がルートを変えなさい」

「じゃあ、やっぱり略奪愛を成就させるしかないね。早速今日、高坂くんをお泊りデートに誘うおうかな」

「本気のグーで殴ってあげるからこっちに来なさい」

「珠希も日向お姉ちゃんやビッチ姉さまを見習って頑張りますぅ」

「あれはダメな見本よ」

 ツッコミに疲れる。

「わたしは諦めませんからっ!」

 窓を通じて女の声が聞こえて来た。

 スイーツのものに間違いなかった。

「なら、諦められるように……今夜こそ、覚悟しなさい」

 京介の愛する女が誰なのか。妻が誰なのか。朝までたっぷりと見せ付けてあげるわ。

 ……本当、疲れた。

 京介が大学を卒業する際には、ここじゃない地方に就職してもらおうかなあとも思う。

 その頃にはさすがに諦めてくれているとは思うのだけど……。

「「「「ネバーギブアップっ!!」」」」

 何故、不倫を公言する女に対する刑事罰が日本にはないのだろう?

 そんなことをふと思った。

 

 

 

「ただいま~」

 玄関の扉が開き、京介が帰って来た。

「おかえりなさい」

 愛する夫のご帰宅に玄関まで迎えに行く。といっても、すぐそこの話なのだけど。

「今日は瑠璃の誕生日だからな。奮発して色々食材を買ってみたぞ」

 京介はスーパーの袋を掲げてみせた。

「肉はっ? 肉はあるのっ?」

 肉に飢えている義妹は早速話に跳び付いた。

「フッ。バーゲンセールに乗り込んで、見事鶏肉様を手に入れることに成功したぜ」

 骨付きの鶏肉を誇らしげに掲げてみせる京介。

 値段をみると確かに安い。品質もなかなかに見える。

 結婚して3週間、食品の価格相場と選び方のスキルを夫に叩き込んで来た成果がようやく出始めたようだ。

「じゃあ今夜は唐揚げにでもしようかしらね」

「やったぁ~~っ! 今夜は久しぶりにお肉が食べられる~~っ! お肉っ! お肉っ!」

 高校生としてはあり得ないほどの金銭を持っている少女が夕飯のおかずが唐揚げになったことで飛び跳ねながら喜んでいる。

 かなりシュールな光景だ。

「待って下さいっ! お肉ならまだここにありますよっ!」

 京介の後ろに長い黒髪の美少女が現れた。

 スイーツことヤンデレストーカーだった。別名は新垣あやせとか言うらしい。

「実は今日、実家からお肉をお裾分けされまして。よろしければ一緒に食べませんか?」

 そう言ってスイーツが見せたもの。

「お裾分けされたって言う割にはスーパーのラベルが付いているじゃないの」

 京介が買ったのと同じスーパーの店名と価格が刻印されている松坂牛様だった。

 京介の後を尾けていたのは間違いないようだ。

「でも、松坂牛です」

「答えになってないわよ」

 会話は成立していない。

 だけど松坂牛様の放つ光は結婚しても貧乏人街道を突き進んでいる私には眩し過ぎた。

 刻印されている価格がおかしい。京介の鶏肉に比べて桁が2つ多い。そして、松坂牛様が放つ色彩の光沢が美し過ぎる。

「ま、松坂牛さま~~~~っ!?」

 桐乃はお預けを食らっている犬みたいにパックを見ながら目を輝かせている。

「お義姉ちゃん。これ、本物の松坂牛だよっ! 本物の松坂牛様だよっ!」

 桐乃は跪いて松坂牛様を拝みだした。

「貴方、この家に来る前は何度も食べてたでしょ? モデルやっていた頃は、仕事帰りに飽きるほど食べていたって私に自慢していたじゃない」

「そんな大昔のことは忘れたわっ!」

 桐乃は松坂牛様に向かって片膝を突いた。

「あやせ……いえ、松坂牛様の来訪を心より歓迎するわ」

 義妹は言い直して松坂牛様を親友よりも上位に据えた。

「プライドなくしたわね、貴方も」

 桐乃は頭の良い子なので、この貧乏生活にも順応するのが早いのかも知れない。

「プライドで松坂牛様が食えるかっての! 貧乏人を舐めるなよっ!」

「貴方は少しも貧乏人じゃないけどね」

 とにかく義妹が松坂牛の魅力に陥落してしまったのは確かだった。

 こうなっては仕方ない。

「貴方も一緒に夕飯を食べていく?」

「はい。ご相伴に預からせて頂きます」

 こくっと頷くスイーツ。

 

「あたしたちも夕飯食べていくからね」

「お料理お手伝いしますぅ」

 日向と珠希も続いた。

「夕飯を食べていくと帰りが遅くなるんじゃないの?」

 私たちの新居は新宿から千葉とは反対方面にある。松戸に帰るまでには結構な時間が掛かる。

「今日は元々泊まりの予定で来ているから大丈夫だよ」

「お泊りの準備もばっちりですぅ」

 珠希は持ってきたリュックサックに目をやった。

「そういうことは事前に言いなさいよね」

 溜め息が漏れ出る。

「じゃあ珠希。お料理作るのを手伝って頂戴。今日は6人分だから沢山作るわよ」

「はいですぅ」

 元気良く返事する珠希。

 

「良かったな、瑠璃」

 夫が私を見ながら嬉しそうに笑った。

「何が?」

「皆瑠璃のことが大好きだからこうして集まってくれたんだよ」

「1人明らかに違う目的で来ているのがいると思うわよ」

 そうでなくても全員京介狙いだし。

「それは違いますよ」

 スイーツが私を見ながら首を横に振った。

「何がどう違うの?」

「わたしが狙っているのは京介さんだけじゃありませんよ、お姉さま」

 あやせが私を妖しい瞳で見つめた。やたら熱っぽく色っぽい瞳だった。

 その瞳を見た瞬間、私の全身を悪寒が駆け巡った。

「わたしは瑠璃お姉さまとも親しくなりたいと思っています。お姉さまにわたしの子供を産んで欲しいぐらいに」

「ひぃいいいいぃっ!?」

 悲鳴が漏れ出る。

 ヤンデレスイーツにかつてないほどの恐怖を感じた。

「わたしの夢は、お姉さまと京介さんとわたしの3人でタナトス、ですから♪」

 あやせは妖艶な瞳のまま舌を出して上唇を舐めた。

「さあ、わたしたち3人で身も心も解け合ってひとつになりましょう」

「わっ、私にはそういう趣味はないのよぉ~~っ!」

 心臓が麻痺してしまうぐらいに怖かった。

 いざとなったら自分の身を盾にしてでも京介を守ろうと思っていた。けれど、まさか、あやせの目標に私も含まれていたなんて。

「じゃあアタシも、お義姉ちゃんと京介とタナトスするぅ~~っ!」

「あたしもっ!」

「珠希もですぅ」

 一斉に話に食い付いてくる妹たち。

「貴方たちねえ……」

 大きな溜め息が出る。

 この困った妹たちに何と言ったら良いものやら……。

「だってわたしたちは」

「京介だけじゃなくて」

「ルリ姉のことも」

「大好きですからぁ」

 4人の妹たちのキラキラした瞳が私に向けられた。

 どうやらその言葉に嘘はないらしい。

 まあ、この子たちの態度を見ていればそれは分かるんだけど。

 

 ……この子たちは、私のことが好き、なのね。

 

「……私も、貴方たちのことは好きよ」

 小さな声で自分の気持ちを表現する。

 困らせられることが多いのも事実。だけどここにいる子たちのおかげで今の私がある。私という人間を包み込んでくれている大切な子たちに間違いなかった。

「お姉さまっ!」

「お義姉ちゃんっ!」

「ルリ姉っ!」

「姉さまっ!」

 妹たちが一斉に抱きついてきた。

「良かったな、瑠璃」

 京介がとても優しい表情で私を見ている。

「コイツらも、たまには可愛い所があるな」

 愛する夫に私は4人の妹を両手で抱きしめ返しながら述べた。

「私の妹たちなんだから……可愛いのは当たり前じゃない」

  私は京介にそう微笑んだ。

 

 

 

 

 


 
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