No.382033

そらのおとしものショートストーリー4th 殺るべきはただ1人

水曜じゃなくなりつつある定期更新。
連載に疲れたので今回から新シリーズ。
テコ入れで今回より彼女が参戦です。


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2012-02-23 02:15:47 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:2123   閲覧ユーザー数:1899

そらのおとしものショートストーリー4th 殺るべきはただ1人

 

 空美学園の校庭の一角、枯れ果てた広葉樹の下でテーブルとティーセットを準備して五月田根美香子は優雅にお茶を味わっていた。

「2ヶ月、ね……」

 美香子は小さく呟いた。

 その呟きと共に美香子の顔が険しいものへと変わっていく。

 5秒後、美香子は悪鬼羅刹を思わせる怒りの表情を浮かべていた。

「丸2ヶ月も…………会長出番なかったわ!!」

 美香子の背中から怒りが炎となって噴き出していく。

「どういうことかしら? みんな2ヶ月ラブやらバトルやらお涙やら大活躍して……会長だけ2ヶ月全く出番なし?」

 美香子は“そらのわすれもの”に全く出て来なかった。守形の言葉により存在が確認されていただけ。直接の出番も台詞も一行たりともなかった。

 バレンタイン蜂起では準主役とでもいうべき役割を担っていたことを考えると、その出番の減り方は全米が泣くだけでは済まなかった。

 美香子の周囲の大地が怒りのオーラで引き裂かれていく。

「この怒りをどこにぶつけたらいいの? バカ作者? 原作者?」

 美香子は鼻を鳴らした。

「いいえ。会長わかってる」

 美香子は笑みを浮かべた。己の目標を見定めたことに安心して。

「殺るべきは……ただ1人」

 自分に2ヶ月もの間出番を与えなかった小柄な少年の顔が思い浮かんだ。

 

 

 

 五月田根家の広大な敷地の中庭で、美香子は1人の着物姿の少女を前にして話を切り出した。

「という訳でオレガノちゃんに桜井くんの暗殺をお願いしたいの~♪」

 美香子はシナプスから守形に付いて地上に来てしまった新たなエンジェロイドに手を合わせた。

 その少女は名を、医療用エンジェロイド・オレガノ(Oregano)といった。オレガノは量産型エンジェロイドでシナプス住民たちの生活保守を担当している。

 容姿はイカロスにそっくり。智樹はミニイカロスと彼女のことをよく呼んでいる。

元々は感情制御も希薄で言語能力も積んでいない文字通り大人しいエンジェロイドだった。だが、美香子が言語能力を搭載し、五月田根家で預かってその作法を覚え込ませている内にとても感情豊かになった。もっと言えばとても腹黒い性格に仕上がった。

 圧倒的な力を持つイカロスに服従を誓い、智樹に近寄ろうとするニンフを徹底的に攻撃する素敵な性格になっていた。

 そんなオレガノは桜井智樹を愛していた。

 智樹自身はオレガノに何もしていないが、イカロスの思想の影響を受けたオレガノは智樹をとても気に入っていた。

 元々は守形の袖を握ってついて来たという気になる1点を除けば、それが彼女の現在のポジションだった。

 そんなオレガノは桜井智樹暗殺命令に対して──

「美香子お嬢様。智樹様よりもコンブを殺るのは如何でしょうか?」

 さり気なく目標の修正を図った。

 ちなみにコンブとはオレガノが使うニンフの蔑称だった。オレガノは拳銃や爆弾や戦車など人間の作り出した兵器で奇襲してニンフに相次いで勝利を収めている。

 美香子の下で仕えているオレガノはえげつない戦法を取るのが得意だった。

「駄目よ。殺るのはただ1人と決めたの~」

 美香子は首を横に振った。

「ご一緒にアストレア様の首もいかがですか?」

 オレガノはファーストフードの感覚でニンフとアストレア暗殺を提案した。

「却下~♪」

 だが、復讐に燃える美香子はニンフ殺害を棄却する。

「さあさあオレガノちゃ~ん♪ 桜井くんをサクッと殺してくれるかしら~?」

 この世全ての悪がオレガノに決断を迫って来る。

 オレガノも地上に降りてから随分悪について学び習得して来た。極悪を名乗れるほどの腹黒思考を身に付けた。

 だが、それは所詮この世全ての悪の表面をなぞっただけのまだまだ底の浅いものでしかなかった。

 オレガノはにこやかな笑顔を見せながら顔を近づけて来る美香子にどうしようもない恐怖を抱いていた。

 悪意を感じさせない分、まだイカロスに睨まれている方がマシだった。

 断れば殺される。それを強く感じた。

 だが、幾ら命が惜しいからといって智樹を殺す命令など聞ける筈もなかった。

 その為にオレガノは第三の道をみつけなければならなかった。

 そしてそれは瞬時に出さなければならないものだった。

 

「美香子お嬢様」

 美香子の名を呼びながら頭を必死に動かす。

「な~に?」

 美香子が大げさに首を傾ける。

 回答まで残された猶予は後5秒。

 オレガノは必死に必死に電子頭脳をフル回転させる。

 そして、時間切れのタイミングと同時に大声で叫んだ。

「動力炉に異常が発生しました。自動メンテナンスに1週間ほど掛かりそうです。メンテナンス終了まで美香子お嬢様の用件を果たすことは出来ません」

 オレガノが出した答え。

 それは答えを引き伸ばすことだった。

「あら~そお~? 残念だわ~」

 全然残念そうに見えない顔で残念と唱える美香子。

「申し訳ありません」

 オレガノは俯いてみせた。

 だが、その唇の端はニヤリと曲がっていた。

 ごく短い時間の思考の末に出した回答だったが、オレガノにとってはかなり自信がある答えだった。

 何故なら美香子は飽き易い。ハイスペックの持ち主ではあるがその分長続きしない。

 1週間智樹暗殺を引き伸ばせば、その間に興味を失うに違いないと踏んでいた。

 だが、オレガノはまだ地上の恐ろしさを理解していなかった。

 自分が仕えている主がこの世全ての悪であることをまだ理解していなかった。

「じゃあ~会長~自分で桜井くんを殺っちゃいに行くわね~♪」

 美香子はニヤッと悪全開の笑顔をオレガノに向けた。

「美香子お嬢様、その両手に持っているそれは?」

 オレガノは美香子が手に持っている物体を見ながら尋ねた。

「バナナの皮と豆腐よ~。これで桜井くんを殺っちゃうわ~♪」

 美香子は本気の黒い笑みを見せた。バナナと豆腐で智樹を無慈悲に殺害する気だった。

 オレガノは美香子を止めなくてはと思った。

 だが、止められなかった。

 エンジェロイドにも生存本能はある。その本能が告げていた。今美香子を止めれば待っているのは無残で醜い自分の死のみだと。

「行ってらっしゃいませ」

 オレガノは頭を深々と下げた。

 智樹が生き延びてくれる僅かな期待を希望に昇華させながら美香子を見送った。

 

 

 

 

 1時間後……桜井智樹は死んだ。

 バナナの皮を踏んづけて転倒。転んだ拍子に頭に豆腐の角をぶつけて即死だった。

 

 

 

 

「はあ~♪ スッキリ~♪」

 美香子は仕事をやり遂げてとても生き生きとした表情を浮かべていた。

 死んだ人間が生き返るなんてそんな漫画みたいなことがこの世界で起きる訳がない。

 桜井智樹は永遠にこの世から離れたのだ。

「智樹様……」

 オレガノは美香子の横で人知れずそっと涙を流した。

 そして、気付かれぬように美香子の元を去っていった。

「さて~。桜井くんがいなくなって気分も晴れたところで~英くんの様子でも見に行ってみようかしら~?」

 美香子の表情がいつの間にか恋する乙女のそれになっていた。

 美香子は顔を赤らめながら川原へと向かった。

 

「守形お兄ちゃ~ん♪ カオスと遊ぼ~♪」

「きゃる~ん♪ 守形先輩っ! そんなオムツが似合いそうな小娘じゃなくて、この桜井智子と遊びましょう。ええ、大人の遊びをっ!」

「きゃる~ん♪ 智代で~す♪ 智樹が死んじゃったから、英くんと一緒に代わりの息子を作りたいな~」

「英くんは私と一緒にシナプスで第三世代型エンジェロイドの開発に取り組むの」

 川原で美香子が見たもの。

 それはいつもの面子が守形を巡って争っているいつもの光景だった。

 ちなみに守形は釣り糸を垂らして水面を覗き込んでおり争いには一切の興味を向けていない。それもいつも通りの光景だった。

 だが、今日は普段と少しだけ違った。

「あの雌豚ども……邪魔だな。英四郎様にまとわり付くなっての」

 オレガノが守形を巡って争う女性たちに怒りの視線を送っていた。

 オレガノは元々守形にくっ付いてこの地上へとやって来た。

 そして智樹がいなくなった以上、オレガノの行動など決まっていた。

「フッ! そういうことなのね。会長にとって桜井くんの死は新たなる戦いの序章に過ぎなかったということね!」

 美香子はオレガノを見ながら燃えていた。

 カオス、智子、智代、ダイダロス。そして……オレガノ。

 守形を巡るライバルは枚挙に暇がなかった。

「会長の本当の戦いはこれからよ~っ!」

 美香子は拳を振り上げた。

 

 空美町の青空に智樹が笑顔で決めていた。

 

 

 

 了

 

 

 

 


 
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