No.204507

バカとテストと召喚獣 僕と木下姉弟とベストフレンド決定戦 その6

本作品の設定の一部はnao様の作品の設定をお借りしています。
http://www.tinami.com/view/178913 (バカと優等生と最初の一歩 第一問)
本作品はバカコメが主体ですので重点が変わった優子さんになっていますが。

完結しましたので他の話とあわせてご覧ください

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2011-03-02 12:17:44 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:7349   閲覧ユーザー数:6934

 

総文字数約18400字 原稿用紙表記64枚

 

 

バカテスト 音楽

 

【第六問】

 

問 以下の質問に答えなさい

『あなたが歌う際に注意しているポイントを自由に述べてください』

 

 

姫路瑞希の答え

『大きな声で気持ちを篭めて歌うこと』

 

教師のコメント

 声量を大きくすることと感情表現を豊かにして声に強弱を付けることは歌う際に最も基本にして最も重要なことです。姫路さんは大切なことがわかっていますね

 

 

土屋康太の答え

『ムーンウォーク』

 

教師のコメント

 先生もマイケルは好きです

 

 

吉井明久の答え

『僕の美声で世の女性たちをメロメロにさせすぎないこと』

 

教師のコメント

 吉井くんの音楽の点数を0点にします

 

 

木下優子の答え

『失神者を出さないこと』

 

教師のコメント

 えーと、解答の意味が先生にはちょっとわかりませんが?

 

木下秀吉の答え

『姉上を絶対に歌わせないこと』

 

教師のコメント

 ああ、木下優子さんの解答の意味が何となくわかりました

 

 

 

バカとテストと召喚獣 二次創作

僕と木下姉弟とベストフレンド決定戦 その6

 

 

『愛しいお姉さまは今いづこです? 美春はこんなにもお姉さまのことを捜し求めて止みませんのに』

『あっ、いたいた。清水美春さ~ん♪』

『むむっ、美春を呼ぶその声は……文月学園最強のエロトーク使いにして比類なきAAAカップの持ち主である2年A組工藤愛子さんですね? 美春にご用ですか?』

『これでもボクはAAカップのグラマラスボディーの持ち主なんだよ。失礼しちゃうなあ』

『AAカップをグラマラスボディーと称するのは工藤さんぐらいだと思います。それよりも工藤さんは自身の体型の価値を知るべきだと美春は思います。貧乳はステータスと』

『ボクが言うのも何だけど、それもどうかと思うよ。男の子は何だかんだ言って大きい胸が好きだから。ムッツリーニくんも前のプールの時、エロトークで注意惹かないと瑞希ちゃんや代表の方ばっかり見て鼻血流すんだもん。ちょっと傷付いちゃうよ』

『へー、工藤さんってそうでしたのか。まあ、美春は男なんてこの地上から全て消えてなくなれば良いと思っていますからどうでも良いですけど』

『なっ、何か激しく誤解してないっ!?』

『いえ、別に何も。それよりも美春に何か話があったんじゃ?』

『そうそう。清水さんに今日のベストフレンド決定戦の審査員をやって欲しいんだぁ。くじ引きを引いたら清水さんに当たってね』

『ベストフレンド決定戦? ああ、あの豚野郎の友達を決めるとかいう宇宙規模で無価値な大会のことですね』

『宇宙規模で無価値って……大会を準備した身から言えばちょっと傷付いちゃうなぁ』

『とにかく美春はお姉さまを探さないといけないので、あの豚野郎絡みのイベントに付き合っている暇はありません……と言いたい所ですが、チラッ』

『ど、どうして清水さんはボクの胸を凝視しているのかな?』

『ですが工藤さんの態度次第では美春も態度を変えるかもしれません』

『ボクはエッチな話を振るのは得意だけど、女の子にエッチな目で見られるのはちょっと……。ほらっ、ボク、一応ノーマルだから男の子が好きなんだよねえ……』

『そんな今更カマトトぶらないで、ペッタンコなお姉さまよりも更に小さい文月学園一の貧乳、もといステータスを美春に差し出すのです。巨乳なんて飾りです。偉い人にはそれがわからないのですっ!』

『ちょっ、ちょっ……嫌ぁああああぁ。ムッツリーニく~~んっ!』

『……はぁ~。興が冷めました』

『えっ? えっ?』

『お姉さまの悩殺写真10枚で手を打ちます。土屋康太と繋がりを持つ工藤さんなら入手も簡単でしょう?』

『それはそうだけど……まあ、いっか。それで手を打つよ。美波ちゃんもどうせ参加してくるだろうから関係者みたいなものだし』

『今、お姉さまがどうとかおっしゃいませんでした?』

『気のせい気のせい』

『まあ良いです。交渉は成立です。美春は審査員を務めます』

『これで第3種目も開催できるよ。良かった良かった』

『ところで、審査員って美春1人ですか?』

『ううん、もう1人いるよ』

『どんな方ですか? 男は勘弁願いたいです』

『可愛い女の子だよ。えっと、その人の特徴はね……』

 

 

 

 ベストフレンド決定戦第1回戦、第3種目。

 

 ヘル・サブミッションズ

  木下優子 & 木下秀吉

   VS

 モア・デンジャラス・コンビ

  姫路瑞希 & 島口美波

 

 種目未定のタッグマッチに際してアタシは自らの不利を悟らずにいられなかった。

 パートナーである秀吉が試合前に寝てしまうという大失態を演じてくれたおかげで当面1対2で戦わなくてはならなくなった。

 しかも相手は姫路さんと島田さんの超強力コンビ。吉井くんを巡る戦いの天王山と言っても過言ではないだろう。島田さんは会場から逃げ出そうとしているけれど。

 吉井くんのことが大好きな島田さんが、逃げ出そうとしている理由。それは──

「それでは美春が種目を発表いたします。はぁ~面倒くさい」

 審査員が島田さんのことを大好きな清水さんだから。性別の垣根を取り払って愛してくれてしまう清水さんのことを島田さんは苦手だったりする。

 ちなみにアタシも百合は苦手だったりする。女の子同士の恋愛話は読んでいると自分で喉を掻き毟って死んでしまいたくなるようなむず痒さに駆られてしまう。

 BLで感じる魂の高揚をアタシはGL(ガールズラブ)から得られない。それどころかイヤンと顔を背けてしまう。

 BLを愛するアタシがNoと言ってしまう世界。それが百合。

 要するに島田さん、ご愁傷様ということだ。

「えーと、対戦方法は…………美春への接待です。美春をより楽しませてくれた方に高得点を差し上げます」

 今決めたことが丸わかりのやる気なさ。

「接待……勝負っ!? ウチ、この勝負棄権するからっ!」

 対戦内容を知った島田さんの行動は早かった。

「今から決戦なのにどこに行こうというのですか、美波ちゃん?」

 姫路さんは島田さんの首根っこを掴んで引き上げている。島田さんの足は宙に浮いており逃げることは叶わない。

 たまにだけど姫路さんは物凄い握力を発揮することがあるのだ。今みたいに。

 島田さんは力尽くで逃げることができないと思ったのか、今度は姫路さんに向き直って泣きながら懇願した。

「ウチには家にお腹を空かせた妹が、ウチの帰りを今か今かと待っているの。だから、行かせてよ、瑞希ぃっ!」

「……お姉ちゃん、葉月はここにいますよ?」

 島田さんを止めた方がいいかしら?

 今確実に妹さんの島田さんに対する好感度が下がった。妹さんはあんなに遠い目で人を見るような子じゃなかったのに……。

「えっと、じゃあ……お母さんと葉月に存在が知られていない隠し子の妹がお腹を空かせてウチを待っているの。ご飯作りに行かなきゃ!」

「……それが本当なら島田家は家庭崩壊の大ピンチなのです」

 やめて、島田さん。

 それ以上、妹さんに大人の階段を急に登らせないであげて。あんなドライな瞳をする子じゃない筈よ!

「ウッウッ。美波ちゃんにはそんな深い事情があったのですね。わかりましたぁ。早く、隠し子の妹さんに温かい食事を作ってあげてくださいね」

 そして涙ながらに島田さんの話を信じている女が1人。

「隠し子の妹さんによろしくです」

「……綺麗なお姉ちゃんまで……。もう葉月にはバカなお兄ちゃんとの愛にしか希望を見出せないのです」

 妹さんはアタシが息を呑んでしまうほどに憂いを帯びた大人びた表情を浮かべていた。

 アタシは少女が大人になる歴史的な瞬間を目撃してしまった。

「じゃあ、後は頼んだわよぉ~っ!」

 そして姫路さんの手を放された島田さんは脱兎のごとく体育館を抜け出てしまった。

 よほど清水さんに接待するのが嫌らしい。確かに清水さんだったら接待と称していかがわしいサービスを島田さんに要求して来る可能性は高い。逃げだすのもわかる。

「下手な三文芝居して急に逃げ出しましたが、一体何者なんです、あのマスク女は?」

 そしてそしてビューティフルヴィーアブ仮面の正体に気付いていない女が1人。

「美春はこんなにもお姉さまを求めて止まないのに一体どこに行ってしまわれたのですか、お姉さまぁ~っ!」

 ……やっぱりこの学園って変な人が多い。今更だけどね。

 

 

 

 愚弟が眠ってしまい、島田さんが棄権した為にこの勝負は事実上アタシと姫路さんの一騎打ちとなった。

「木下さん、明久くんをあなたには譲れません。勝負ですっ!」

 普段温厚な姫路さんが闘志をむき出しにしながらアタシを見ている。

「負けないわよ、姫路さん」

「私はプリンセスロードですっ!」

 アタシも負けじと闘志をむき出しにする。アタシは相手が燃えているほど自分も燃えてくる。

 愚弟は負けん気が強くて女らしくないとアタシをバカにするけれど、それの何が悪い。負けん気はアタシの活力の源。アタシを木下優子たらしめるもの。

 確かにアタシも姫路さんも吉井くん争奪戦で決して良いポジションにつけてはいない。

 坂本くんと愚弟を王玉とすれば、久保くんと土屋くんは飛車角、アタシや姫路さんは歩に過ぎないだろう。

 だけど、歩だって王将を討ち取ることはできる。まっすぐ突き進めば道は必ず開ける。そう信じてアタシは突き進むっ!

 

「おふたりで盛り上がるのは結構なのですが、早く美春を接待してくれませんか? しないのなら早く帰りたいのですが」

「「あっ」」

 清水さんの声でふと我に返る。

 接待勝負なのに接待主のことをいきなり忘れてしまっていた。

 アタシとしたことがとんだミスを。

 このミスは早速挽回しないといけない。でも、だ……。

「接待って、一体何をすれば良いのかしら?」

 アタシの今までの16年と数ヶ月の人生の中で接待と呼ばれるものはしたことがない。やり方なんてまるでわからない。

 困った。

「あのぉ、木下さんは接待ってどうやったら良いかご存知ですか?」

 小声で姫路さんが尋ねてくる。対戦相手に聞いて来るとは相当切羽詰っているらしい。

 そしてそんな姫路さんの質問に対するアタシの答えなど決まっていた。

「勿論知っているに決まっているじゃない!」

 胸を張って答える。

 ……また、見栄を張ってしまった。

 完璧であるアタシの唯一の弱点といえば、この見栄っ張りな所かもしれない。他人にできないことがあるって思われたくなくて、ついビッグマウスになってしまう。

 だけど、一度口を開いてしまった以上何としてでも接待を成功させないといけない。

 幸いにして実体験はなくても接待に関する知識なら昨今のメディア媒体に豊富にある。それらの情報を駆使してアタシは接待を成し遂げてみせる!

「アタシの接待技術、みせてあげるわよ」

 アタシは力強く清水さんの元へと近付き、そして口を開いた。

「えっとぉ、お酒でも注ごうか?」

「学校内でそんなことをしたら美春もあなたも停学になるだけですよ」

 漫画や小説の知識をフル動員した提案は一言の元に拒否されてしまった。

「……もうアタシには何も残されていないわ」

 アイディアは全て尽きた。真っ白な灰。

 姫路さんも黙したまま全く動かない。どうやら彼女にも打つ手がないらしい。

 

「まったく、接待一つできないんですか? 幾ら勉強できたって、実生活で必要なことが何もできないなんてこれだからゆとり最前線だった世代は……」

 アタシと同世代の清水さんのボヤきが耳に痛い。

「仕方ありませんね。実家の喫茶店で日々接客術を学んでいる美春が接待の何たるかをご教授して差し上げます」

 総合科目の点数がアタシの半分もない清水さんに偉そうに先生面されるのは正直ムカつく。けれど、アタシに接待スキルがないのは確かなのだし逆らうわけにもいかない。

「接待の基本にして極意は如何に相手の気分を良くさせるかです。相手を有頂天に昇らせて搾り取るだけ搾り取ったらポイッと捨てる。それが接待というものです」

 どうしよう? ツッコミを入れた方が良いのかしら?

「なるほどぉ。参考になるますぅ」

 どうしよう? ツッコミを入れた方が良いのかしら?

 それともこれは姫路さんの高度なボケ返しと見るべきなの?

「という訳でまずは美春の足を舐めてみてください」

 どうしよう? ボケのレベルが高すぎる。

「はっ、はい。わかりましたぁ」

「って、それはわかっちゃダメでしょうがっ!」

 そしてアタシは清水さんに舌を伸ばす姫路さんの後頭部にツッコミを入れてしまった。

「いっ、痛いですぅううううぅっ」

 涙目でアタシを不満そうに見る姫路さん。でも、泣きたいのはアタシの方だった。

「何で2人とも天然なのよ……」

 ツッコんだら負けと固く心に誓って来たのに、アタシは自分に負けてしまった。この喪失感を誰がわかってくれるだろう……。

「舐めませんですの? まあ、美春は胸の大きい女性には興味ありませんから別に構いませんけど」

 貧乳専門のレズビアンって、清水さん。あんたはどんだけ業が深いのよ?

 

 

 

「仕方ありません。あれも嫌これも嫌の嫌々世代のあなた方には美春に歌でも聞かせてください。もうそれで良いです。はぁ~」

 アタシたちと同い年の清水さんも嫌々世代じゃないの?

 大声で叫びそうになる所を必死で思い止まる。

「歌……ね……」

 にしても、歌はまずい。歌だけはまずい。料理と並んで激しくまずい。

 簡単に言ってしまえばアタシはとても音痴だ。

 学校のプロモーションビデオ撮影で校歌を歌うことになった時には弟に入れ替わりを頼んだぐらいに下手。

 そしてアタシは自分が音痴であることを絶対に他人に知られたくない。何でも完璧な優等生のアタシの看板に傷が付いてしまう。

 どうしたものかと思って愚弟の顔を見る。

「……明久よ。朝食の味噌汁は赤味噌と白味噌のどちらが良いのじゃ? ……何、味噌よりもワシが欲しいじゃと? そのようなことを言われてもワシらはまだ正式な……」

 愚弟は幸せいっぱいな表情で寝ている。往復ビンタをかましてみても起きやしない。肘を砕いてみても気付いてくれない。秀吉に歌わせるという選択肢は取れないらしい。

 

 どうしようかと思案していると姫路さんが恥ずかしげに手を挙げた。

「私、歌います」

 だけどその瞳と声には強い決意が篭っている。

 姫路さん、本気のようね。

「曲は……晴れときどき笑顔、です!」

「その曲って!」

 その忌まわしい曲名を聞いてアタシは鳥肌が立つのを抑えられなかった。

「初めてのキスはやっぱり~いちごミルク味~自転車押しながら帰る~夕暮れ時~」

 愛子が要らない気を利かせて流した音楽に合わせて一生懸命に歌う姫路さん。

 その歌声は綺麗、上手いというよりも可愛らしい。

「妄想シュミレーション夢心地~どっち?~7回転んで8転び~ワハハハ~」

 みんなが姫路さんの可愛らしい歌声に魅了されている。

 だけどアタシはこの曲を聞いていると全身が悲しみで張り裂けてしまいそうになる。

 心臓がバクバクと音を立てて鳴り響き、悪寒が全身を駆け巡って立っていられない。

「あんな~こんな~日々の~毎日が記念日~繋げて行こう~あの空まで~」

 もう……限界だった。

「将来有望い~つか~大物になれる予感~明日もきっと~晴れときどき~」

 アタシの代わりに秀吉が入っている4人組ユニットで歌われているこの曲をこれ以上聴くのはもう無理だった。

 この曲を聴く度にアタシは屈辱感でいっぱいになる。

 だって、美少女4人組みという売り込みの曲でアタシの代わりに弟が入っているのだ。美人双子ユニットとかならまだ許せるけれど、アタシが落選で弟が入選。

 一体、何を考えているのよ、この曲のプロデューサーはっ!

「え~が~お~になる~」

 そしてアタシが葛藤に身を焼き焦がれそうになっている中で歌が終わった。

 体育館に起きる拍手の嵐。

 

「沢山の応援ありがとうございます。一生懸命に歌いましたぁ」

 頭を深々と下げる姫路さん。その顔にはやり遂げた充実感が満ちていた。

 ……これはアタシも覚悟を決めないとダメなようね。

「だけどアタシに敗北はあり得ないッ!」

 16年間、アタシという人間を支えてきた負けん気を体外に向かって放出しながら一方で心を静める。

 姫路さんは強い。彼女のような娘をおそらくは正統派ヒロインと呼ぶのだろう。

 それに比べてアタシは口煩いし暴力的だしプライドが高すぎる生意気女。

 汚名は被る。中傷も受ける。

 けれど、吉井くんを賭けたこの勝負にだけは絶対に負けないっ!

「うん? どうしたのじゃ、姉上? 初めて自分の死を覚悟したような顔をして?」

 何も言わずに復活したばかりの秀吉の首を360度捻る。

 そしてフォークダンスを踊るように後ろから弟の体を支える。

「……ワシは秀吉じゃあ。今から校歌を歌うわよ……じゃなくて歌うのじゃ」

 そしてアタシは高校に入ってから初めて人前で自分の歌声を披露した。

 

 

 

「……ハッ!? 美春はいつの間に眠ってしまったのでしょうか?」

 アタシが歌を披露し終えてから10分後、清水さんはようやく目を覚ました。

「大丈夫?」

 地面に横たわる清水さんの上半身をゆっくりと抱き起こす。

「お手数をお掛けしてすみません」

「別に良いわよ」

 何でもないという風に笑ってみせる。

「でも、どうして美春は倒れてしまったのでしょうか?」

「……貧血じゃないかしら? ほらっ、体育館の中でスポットライトを浴びながら審査員をしていると心身ともに疲労しそうだし」

「よく覚えていませんけど、きっとそうなのですね。今朝はお姉さまを探すのにずっと歩きっ放しでしたし」

 本当のことを言える筈がなかった。

 まさかアタシの歌があのガキ大将を越えるレベルにパワーアップしてしまっているとは思わなかった。

 現在会場は死屍累々の大惨事となっている。

 アタシの歌声は遂に超音波兵器の域に達したのだ。

 アタシは自分の才能が怖い。…………悪い意味でだけど。

「歌で安眠効果をもたらすなんてやりますね、木下さん」

 唯一姫路さんだけはアタシの歌の力を好意的に解釈してくれている。だけど彼女に校歌を歌っているのがアタシだとバレてしまっているのが果てしなく痛い。

 アタシの心には大きな砂漠ができてしまった。とても大きな砂漠が……。

 

「さて、時間も過ぎてしまったようですし審査に入ります」

 清水さんは立ち上がって首をぐるりと回す。

「まずはプリンセスロードさんからです」

 姫路さんがギュッと表情を引き締める。

「大変素晴らしい歌声でしたわ。基準点1万点を差し上げます」

「本当ですかぁ? ありがとうございますぅ」

 姫路さんの顔がパァッと華やいだ。

やっぱり彼女は動作の一つ一つが女の子らしくてすごく可愛い。

「続いて木下秀吉さん」

「おぉ……なのじゃあ~」

 秀吉はまた眠ってしまっているので、後ろから操って起きているように見せる。

「美春が歌の最中に眠ってしまったせいで採点がよくできませんが、美春に安眠をもたらしたということで基準点5百点を差し上げます」

 秀吉の頭を下げて礼を述べているようにみせる。

「最後は木下優子さんですね」

 来たッ!

 秀吉の死体を放り投げて審判の時を待つ。

「歌が聴けなかったのは残念ですが、眠ってしまった美春を看護してくださいましたことを大変嬉しく思います。基準点千点を差し上げます」

「本当っ!? あ、ありがとう」

 この勝負、結局何も良い所を示せなかったから0点かと思っていたのに。

 こういうのを棚からぼた餅というのだろう。

「それでは基準点に3人各々のポテンシャルに基づいて倍率変換致します」

「ポテンシャルに基づいた倍率変換?」

 聞き慣れない単語が出てきた。

「まず、木下優子さんですが……B、いえ、Aカップということで倍率千倍。千×千で百万点を差し上げます」

 百万点って、いいの、それで? 第1、2種目は意味なしなの?

 でも、そんなことより遥に重要な無視できない問題がある。

「アタシはAカップじゃなくてBカップよっ!」

 心はね。

「美春の見立てではAカップなのですが、本人がそこまで言うのならBカップと認めますわ。従って倍率は百倍。千×百で10万点です」

「うっ」

 得点が10分の1になってしまうのは辛い。

「点が減ろうがアタシはBカップなのよ!」

 だけどアタシは人間としての尊厳を優先した。後悔はない!

「続いて木下秀吉さんですが……最近胸が育ち中という情報も考慮しましてAAカップと判定し、倍率は1万倍。従いまして5百×1万で5百万点を差し上げます」

 どうして秀吉は狙っていないのにいつも高得点なのだろう? 神に愛されてるの?

「最後にプリンセスロードさんですが……Fカップかそれ以上のものをお持ちのようなので倍率は0.0001倍です。従いまして1万×0.0001で1点を差し上げます」

「倍率の公式が決まっているのじゃ仕方ありませんよね。得点、ありがとうございます。うう。でも、少しだけ残念ですぅ」

「いや、そこは公式自体をおかしいと思わないと!」

 健気に落ち込んで見せる姫路さんに思わずツッコミを入れてしまう。

「美春の倍率公式は公明正大です。失礼な」

 清水さんがちょっとムッとしながら、倍率公式とやらを模造紙に書き記していく。

 張り出されてた紙の内容を見てみると……

 

 清水美春の倍率変換表

AAAカップ ×10万

AA カップ × 1万

A  カップ ×  千

B  カップ ×  百

C  カップ × 10

D  カップ ×  1

E  カップ ×0.1

Fカップ以上 ×0.0001 』

 

「どうですの? 公明正大でしょう」

 アタシとあまり変わらない薄い胸を張ってふんぞり返る清水さん。

「胸の大きさで倍率が変わるって点自体がよく理解できないのだけれど?」

「美春の公式の唯一の弱点を突いて来るとは、流石はA組の生徒ですね」

 清水さんは額から一筋の汗を垂らす。

「文月学園って、確か近隣で有名な進学校だったわよね?」

 ドッと疲れが押し寄せた。

 

 

 第1試合得点

 木下秀吉 5百万点

 木下優子 10万点

 マスク・ド・プリンセスロード 1点

 ビューティフル・ヴィーアブ仮面 棄権(0点)

 

 

 

 

 アタシのベストフレンド決定戦1回戦が終了した。

 料理に歌と辛い勝負が続いたけれど、現在の所2位は確保できている。準決勝進出はかなり見えているのではないかと思う。

 もっとも、得点の基準が滅茶苦茶なのでまだ確実に次のステージに行けると決まったわけでもない。曖昧な状況。

「私の分まで準決勝、決勝も頑張ってくださいね」

 姫路さんがアタシに激励の言葉を掛ける。

「ありがとう」

 素直に礼を述べる。

 まだアタシの準決勝進出は決まったわけじゃない。次の試合に、全員が-1億点とかなれば姫路さんが準決勝に進む可能性だってまだある。

 でも、その可能性は限りなく少ない。よほど変な人が審査員にならない限り。

「明久くんに私の本気をもう少しアピールしたかったのですが……」

 俯く姫路さん。その仕草に深い哀愁が見て取れた。

「……マスクを付けたままじゃ吉井くんに本気は伝わらないわよ」

 明るく振舞う。それが今の姫路さんにできるアタシの精一杯。

「それじゃあ木下さんにだけは教えますね。私の正体を」

「いや、教えなくて良いから」

 バタフライマスクを外そうとする姫路さんの手を取る。

 そんなアニメの最終回みたいなシチュエーションされても対応に困る。

「そうですよね。正体は最後まで秘した方が華ですもんね」

「もぉ、そういうことで良いわよ」

 あくまでも姫路さんは自分の正体が隠し通せていると思っているらしい。

 そんな彼女に言ってあげられること。

「ねえ、今度料理を教えてくれないかしら?」

「料理……ですか?」

 姫路さんはキョトンとした表情を見せ、次いで華やかせた。

「勿論ですよ♪」

「本当? ありがとう」

 料理マイスターに習えばアタシの料理の腕も少しは向上する筈だ。

「代わりに歌を教えてもらいませんか? 私もみんなに安らぎの声を届けてみたいです」

「アタシの歌で良ければ喜んで」

 今まで姫路さんとこんな風に親しく喋ったことがないので何か楽しい。

「……姫路の料理と姉上の歌が量産された暁には、地球など一捻りになってしまうのじゃ」

 失礼なことを言う弟を黙らせる。

「言うまでもないとは思いますが、坂本くんと木下くんの実力、明久くんへの愛情は他者を圧倒しています。木下さんも気を付けて」

「大丈夫。アタシは敵が強ければ強いほどに燃えるのよ」

 アタシのこれからの敵が吉井くんの大本命である坂本くんと秀吉になるのは間違いない。2人の強さもわかっている。

 だけどそれに屈する木下優子じゃない。

「優勝、目指してくださいね」

「うんっ」

 アタシは力強く頷いた。

 

 

 

「それじゃあ、第2試合を始めるよぉ」

 愛子のアナウンスを舞台の下から観客たちに混じって聞く。

 1歩退いた立場から見ると、如何にこの決定戦がお祭りイベントとして機能しているかよくわかる。

 見ている人たちにとっては盛り上がれれば誰が優勝しても構わないのだろうなと。参加者の本気は観客にとっては興奮を促すスパイスでしかないのかもしれないと。

 うんっ? 熱狂する会場の隅の方でコソコソやっているあの連中は一体?

「根本よ、俺たちは決定戦に正式エントリーを表明しながら突然乱入してきたあの2人組の女によって出場参加資格を奪われた……」

「夏川先輩……そしてそれぞれのクラスに戻った折にはクラスメイトより散々罵倒されましたよね。ヘタレだの、クラスの恥だのと……」

「そうだな、根本。ウグググ……」

 姫路さんと島田さんになす術なくやられた変態コンビだった。

 2人の話に不穏なものを感じたのでそっと近付いてみる。

「第2試合の審査員はこの人だよっ!」

 ヘアバンドを巻いたソフトボール部のユニフォームを着た少女が舞台に現れる。

 あの娘は確か……。

「2年E組代表、中林宏美ですっ!」

 そうだ。あの何とも威勢の良い挨拶を述べたのはE組代表でソフトボール部のエースでもある中林さんだ。

 髪まで筋肉、略して筋髪と坂本くんが言っていた子だ。

 彼女が審査員に出てきたとということは、第2試合は体力勝負になるのだろうか?

 坂本くん、代表、久保くん、土屋くんは互いに顔を見合わせている。

 力勝負なら坂本くん、瞬発力勝負なら土屋くんが有利な展開になりそうだ。

 第2試合の様子も気になる。でも、今は……。

「なあ、根本。この大会、面白くないと思わないか?」

「まったくですね、先輩」

 明らかに悪いことを企んだ顔で笑っている2人の方が気になる。

「俺たちには汚名を返上する機会が必要だと思わないか?」

「そうですね。汚名を返上し、その汚名を吉井に着せ替えてやることができれば、大手を振ってそれぞれのクラスに凱旋することができますね」

 吉井くんの件がなくても2人は元々変態認知だから無理だと思う。

「どうする、根本? 俺は偶々この手に、吉井のこれまでの悪行を記した手紙を持っているのだが? この手紙が学校側に渡れば大会どころではなくなるぞ?」

「偶然ですね、先輩。俺は偶々この手に、学年主任の高橋女史に直訴できるように弓矢を持っているのですが? 大会は中止で吉井は停学、もしくは退学なんてどうしましょう?」」

「どうする、根本?」

「どうしましょう、先輩?」

「「変態コンビの捲土重来の為っ!」」

 あいつらぁっ、何て姑息な真似をッ!

「それでは、中林さん。対戦方法を発表してねっ」

 会場の注目は愛子と中林さんに向けられており、変態コンビが企んでいる悪行には誰も気付いていない。

 

「アタシが止めなくちゃ!」

アレを掴んで2人の元へと駆け寄る。

「吉井明久ッ、これまでの数々の恨み、今ここで晴らさせてもらうぞッ!」

 変態根本くんは変態先輩の手紙を括りつけた矢を審査員席に向かって射てしまった。

 だからアタシはその矢の軌道線上に向かってアレを投げて対抗する。

「ラスボスバリアッ!」

「痛いのじゃぁああああぁっ!」

 矢は見事に秀吉の右尻に当たり、高橋先生の元には届かない。

「……あっ、明久よ。そ、そっちはもっとワシらが大人になってか……グヘッ?」

 落下する秀吉を踏み台にして更に跳躍。一気に変態コンビの元へと迫る。

「人間の腐りきったアンタたちにはキツイおしおきが必要みたいねっ! 食らいなさい、52の関節技をッ!」

「「ギャぁアアアアアアアアあぁッ!」」

 アタシは学園の秩序の守護者。蔓延る悪は許さない。

 

 

 

「さて、吉井くんの悪行って何かしら?」

 悪党2人を葬ってから秀吉の尻から矢を引き抜いて手紙の内容を確かめてみる。

 もしかすると吉井くんの不純異性交遊記録かもしれない。

 学園の秩序の守護者として吉井くんの女性関係は全て把握し清算。いえ、清純な交際となるように指導しないといけない。

 そう、吉井くんの女性関係を知るのは学園の守護者としての義務なのよ!

 

『吉井は坂本と爛れた関係だよ』

 

「そんなことっ、もうとっくにみんな知っているわよぉおおおおおぉッ!」

 手紙の文面を見ながら絶叫する。

 所詮変態コンビ如きが吉井くんのトップシークレットを知っているわけがなかった。

 せめて『吉井は木下優子と爛れた関係だよ』と書いてあれば、アタシは退学覚悟で矢を射直して手紙を高橋先生の元に届けたのかもしれないのに。

 根も葉もない中傷で学校を退学させられたアタシたちは傷を舐め合うように激しく結ばれて幸せな家庭を築くというルートもあったかもしれないのに。それがアタシたちのTrueルートかもしれなかったのに……チッ。

 

 それにしてもこの変態共は本当に使えないわね。

 苛立ち紛れに気絶している2人の骨を更に丁寧に折りながら第2試合の行方に注目する。

 さて、どんな競技で争われるやら。

「第2試合は…………久保くんの勝利ッ!」

 ……試合は始まる前に終わってしまった。

「ちょっと待てっ! それは流石に納得できんぞ!」

 坂本くんが抗議の声を上げる。

「じゃあ、メガネ勝負。メガネ指数が高い方が勝ちということで、メガネを掛けている久保くんに百万点。他の3人はメガネがないから0点ッ!」

 中林さんは清水さん以上の無茶ぶりを発揮している。

「点がもらえるのは嬉しいけれど……困ったな」

 ひいきされている筈の久保くんも困った表情を浮かべている。これだけあからさまなエコひいきをされれば周囲の目が痛くて却って嫌だろう。

「……中林が久保にそんなに入れ込むのは何故?」

 それまで沈黙を守ってきた代表が口を開く。

 中林さんは代表の質問を聞いて顔を真っ赤にしながら背を仰け反らせる。そして──

「それは……私が…………久保くんのことを好きだからッ! 愛しているからぁ~ッ!」

 大声で愛を絶叫した。

 えっ? えーっ!? ええーっ!?

 こんな人前で愛を告白するなんて、やるわね、中林さん。

その潔さ、武士(もののふ)みたいよ。

「……愛しているなら仕方ない」

「…………以下同文」

 中林さんの告白に心打たれた代表と土屋くんがそっとステージを去っていく。

「タクッ。俺だって、明久以外の恋路を邪魔するつもりはねえよ。それに今のままなら俺の準決勝行きは決まりだしよ」

 頭を掻きながら舞台を降りていく坂本くん。

 これでステージに残っているのは久保くんと中林さんの2人だけ(+審査員+FFF団)。

「私は、久保くんの知的な顔も紳士らしい言動も四角いメガネもみんな好きっ! 私と付き合ってくださいッ!」

 中林さんが久保くんに迫っていく。積極的な子だ。

 久保くんは頭よし、顔よし、性格よしなので、ちょっと堅物な所はあるけれど女子の間でかなり人気がある。特に真面目な子の間で人気が高いという。

 さて、そんな久保くんの答えは如何に?

「……ごめん」

 久保くんの答えはNoだった。

 久保くんの返答に何人もの女子が大きく息を吐いて胸を撫で下ろした。

 久保くんの返答に何人もの男子が大きく息を吐いて鎌を撫で下ろした。

「僕にはもう、心に決めた人がいるんだ。だから中林さんの想いには答えられない」

 女子生徒の何人かが自分のことを言っているのだと思い、頬に手を当てて恥ずかしがり始めた。

 でも、それはない。

 久保くんの瞳は審査員席で首を垂れて沈黙している吉井くんに向けられているから。

「うっ、うっ、うわぁあああああああぁんっ!」

 泣きながら去っていく中林さん。

 あんなに一生懸命に愛を訴えたのに可哀想に思える。

 でも、久保くんは中林さんを引き止めない。ジッと吉井くんの顔を見続けている。

「久保くん。あなたも強敵(とも)なのね」

 坂本くんと秀吉だけじゃない。彼もまた大きな壁だった。

 

 

ベストフレンド決定戦 1回戦 第3種目終了 得点表

1位 木下秀吉 5百1万5千点

2位 久保利光 百万5千7百点

3位 木下優子 10万2千10点

4位 坂本雄二 3千1点

5位 霧島翔子 2千5百点

6位 土屋康太 千5点

7位 ビューティフルヴィーアブ仮面 7百3点

8位 マスク・ド・プリンセスロード -9万9千9百99点

 

 

 

「それじゃあベストフレンド決定戦第1回戦の結果発表だよぉ」

 会場に大きな歓声が沸き起こる。

「1回戦突破の4名は……木下秀吉さん、久保利光くん、木下優子さん、坂本雄二くんだよ。おめでとうっ!」

 会場は更に大きな歓声に包まれる。

「……雄二、おめでとう」

 代表がそっと坂本くんに近付き、背伸びをして頭を撫でた。

「ここは素直に祝辞を受け取ろう。しかし、お前はこれで良かったのか?」

 坂本くんが代表の目を覗き込む。

「……いいの。妻は夫を応援するものだから」

「恥ずかしいことをよく人前で堂々と言いやがる」

 そう言いながらも坂本くんの頬は赤かった。

 改めてみるとあの2人、よくお似合いだと思う。

 坂本くんに吉井くんという爛れた関係の恋人がいなければ、きっと2人は誰もが羨むラブラブカップルになっていただろうに。

 でも、負けないで頑張ってね、代表。

 アタシが吉井くんと結ばれれば坂本くんは必然的に独り者になる。そうなった時がチャンスだからね。

 

「それじゃあ、準決勝に関してだけど……」

「それについては先生の方から説明致します」

 高橋先生が立ち上がった。

「このベストフレンド決定戦は学校の公式行事でもあります。従いまして文月学園の特色とも言うべき、試召戦争バトルを準決勝では行ってもらおうと思います」

 高橋先生の言葉は熱かった。

「試召戦争バトルって、クラス対抗戦でもやろうってのか?」

 坂本くんがいつになく真剣な表情をしている。

「いいえ、違います。勝負はこちらが指定した1教科による1対1でのバトルとなり、勝った方が決勝進出となります」

「サシで勝負の1教科限定模擬試召戦争バトル。しかも相手は木下優子と久保か……」

 坂本くんは目を瞑り何かを考え、そして──

「ヨッシャぁッ! 面白れぇッ。願ったり叶ったりじゃねえか!」

 坂本くんが顔を綻ばせる。実に楽しそうな……不遜な笑い。

「何を余裕かましているのかしら?」

 坂本くんの態度に何か嫌な予感と、それ以上に苛立ちを感じて彼の前に立つ。

 彼を止めないといけないと直感した。そうしないと厄介なことになるって。

「久保くんは学年主席だし、アタシだってトップ5に入っている。坂本くんが勝てる相手なんて弟しかいないんじゃないの?」

 確かに坂本くんの成績は急浮上している。総合点数は既にA組の平均点を上回っている。小学生時代に神童と呼ばれた彼なら学年末試験ぐらいの時期にはアタシの成績に追い付いて来るかもしれない。

 けど、現時点ならアタシはどの科目だって負けない。そしてアタシよりも成績が良い久保くんに勝てる筈もない。

 試召戦争バトルとなれば坂本くんは圧倒的に不利なはず。なのに何を笑っているの?

「フッ。俺の対戦相手が秀吉じゃ意味がない。俺にとっても秀吉にとってもな」

 秀吉にとっても?

 坂本くんは何か大きなことを企んでいるに違いない。

 だけど、一体何を考えているの?

 アタシには坂本くんの考えていることがまるでわからない。

 

「それでは対戦相手の組み合わせですが、1回戦の1位通過者に指名権を与えますので自由に対戦相手を選んでください」

 みんなが一斉に秀吉を振り返る。

「……あっ、明久よ。何故この部屋には布団が1枚と枕が2つしかないのじゃ? ど、同衾なぞ、ワシは困るぞ……」

 でも、その秀吉はまだ眠っていた。気持ち良さそうに幸せそうな顔で逝っていた。

「木下くんの復活にはまだ時間が掛かりそうなので、2位通過者に指名権を移します」

 愚弟の首を折っているアタシを見ながら、高橋先生が視線を久保くんに向けた。

 久保くんは天井を見上げながらしばらくの間考え込み、そして──

「3名の総合成績、及び得意・不得意科目を考慮した結果、僕は対戦相手に木下秀吉くんを選ばせてもらうよ」

 秀吉を対戦相手に指名した。

 至極妥当な判断だと思う。

 久保くんは総合点数は高いけれど、ばりばりの文系。理系科目は飛びぬけているわけじゃない。現に物理や化学ではアタシの方が点数が高い。

 坂本くんの得意科目はわからない。けれど、総合点数は2千5百点を上回っているらしいので、一部の科目では久保くんに肉薄しているかもしれない。

 その点、うちの弟はどうしようもない程にバカだ。最近微妙に点数が伸びて来ているらしいけど、そうは言っても総合得点は千点+α程度。この間の全国模試ではほとんどの科目が30点前後だった。

 つまり、久保くんが弟を対戦相手に指名したのは至極当然なことなのだ。

「フッ。予想通りに秀吉を指名したな、久保」

 久保くんに坂本くんが近付いていく。

「勝率が最も高い相手を選んだまでだよ」

「それがお前の命取りになるぞ。2年A組学年次席の久保利光よ」

 坂本くんは過ぎ去り際に、何かを企んでいる時のあの嫌な笑いを発した。試召戦争でA組を追い詰めた、あの時の不適な笑いを。

「久保くんっ!」

 何か嫌な予感に駆られて久保くんの元へと寄ってみる。

「坂本くんにはよほどの秘策があると見るべきだろうね」

 久保くんは意外にも落ち着いていた。

「しかし、木下くんと僕では総合点数でも各々の科目点数でも3倍かそれ以上の開きがある。坂本くんがどんな入れ知恵しようと早々その差はひっくり返りはしない」

 久保くんは冷静に戦力比を分析していた。流石は学年次席。

「そして僕より木下さんの方が気を付けて欲しい。坂本くんの対戦相手は君なのだから」

「うん。わかってる」

 久保くんの言葉に首を縦に振る。

 久保くんの対戦相手が愚弟ということは必然的にアタシの対戦相手は坂本くんになる。

「君が実力で坂本くんに劣るとは思わない。だけど彼は実力差を補う+αを常に考え、実行してくるからね」

「それもわかってる。F組生徒だなんて油断しないで全力を尽くすわよ」

 そうでなくてもアタシがこの決定戦に参加した理由の一つは打倒坂本雄二。

 坂本くんとの直接対決は絶対に負けられない。

 例えどんなに厳しい戦いになろうとも。

 

 

 

 坂本くんからの宣戦布告によってアタシも久保くんもかなりの緊張感を強いられている。

 けれど、坂本くんの言動で動揺したのはアタシたちだけじゃなかった。

「……オロオロ。オロオロオロ」

 代表は坂本くんを目で追いながら、時々アタシたちを振り返っては当惑した瞳を向けている。

 表情をほとんど変えない代表があからさまに動揺しているのはかなり珍しいことだった。

「どうしたの、代表?」

 代表の元に2人で近付いて尋ねる。

「……妻は夫を応援するもの。だけど私はA組の代表でもある」

「何なの、それ?」

 代表の言いたいことがよくわからない。

「つまり代表は、愛する坂本くんと、クラスメイトである僕たちの間で板ばさみになっているのだね?」

 代表はコクンと頷いてみせた。

「そこまで深く考えなくても良いんじゃないの? この大会はお祭りなんだし」

 吉井くんを巡っての本気バトルではあるけれど、あくまでもプライベートな領域の争い。だから代表が誰を応援しようがそれを責めたりはしない。

「代表が坂本くんを差し置いてアタシを応援したら却って変な気持ちになっちゃうわよ。だから気にしないで」

 代表の肩を軽く叩く。

 だけど代表は首を横に振った。

「……でも、雄二は言っていた。決定戦に参加した真の理由は、試召戦争でA組に勝つ布石を張る為だって。多分、この準決勝でその秘策を見せてくる筈」

 代表は申し訳なさそうにしょんぼりした表情を見せている。

 2人きりの秘密話の内容をアタシたちに喋ったことを坂本くんに悪いと思っているのか、その逆に試召戦争に関する重要な話を今までアタシたちに話さなかったことを悪いと思っているのか。

 まあ、そのどちらだって関係ない。

「よく話してくれたわね、代表」

 アタシは代表の頭を優しく撫でた。

「……優……子?」

 代表はポケッとした表情でアタシを見ている。怒られると思っていたらしい。

「本気で秘匿にしておきたいなら坂本くんは代表にだって喋らない。そういう人よ、彼は。だから代表がアタシたちに話をしても何も悪くないわ」

「そうだね。それに実際の試召戦争になる前に相手の手の内が見られるのはラッキーなことだと思わないと」

 久保くんと顔を見合わせながら頷く。

「……ありがとう、2人とも」

 代表は瞳を滲ませながら笑った。

 やっぱり代表には笑顔がよく似合う。

 坂本くんも早く代表を幸せにしてあげれば良いのに。

 

「だけど、A組打倒の為の秘策って何かしら?」

 軽い足取りで坂本くんの元へと向かう代表を見ながら久保くんと考える。

「僕は試召戦争当日ではなく、今日秘策を披露しようとしている点が気になるかな」

「確かに手の内を明かしちゃったら本番の時に効果が半減するのが普通だものね」

 B組戦で見せた壁をぶち破る、窓を突き破る奇襲は前もって相手に知られていたら意味がない。戦力で劣るF組だからこそ誰にも作戦を悟られないことが重要な筈なのに?

「つまり、坂本くんの秘策とは手の内を明かした後の方が効果を発揮する類のものなのだろうね」

「手の内を明かした後の方が効果的な策……ねえ」

 腕を組んで考えてみるが、思い当たるものがない。

「もしかすると、坂本くんの秘策とは試召戦争自体の欠陥を突いて来るものなのかもしれない」

「試召戦争の欠陥?」

 その言葉を聞いてアタシは驚いた。そんなこと、考えたこともなかった。

「召喚獣の制御が不安定な点とか?」

 召喚獣システムは科学だけでなくオカルトの力も使っているという。だから不安定要素は多い。現に以前、召喚獣が制御できなくなり校内がお化け屋敷と化したことがある。

「そういうことじゃないよ」

 久保くんは首を横に振った。

「試召戦争制度はシステム構造的に様々な欠陥を抱えている。教育理念レベルの話から、個々の戦闘時における諸々の制約に至るまで。多分、坂本くんはシステム構造の根幹の欠陥を突いて来る気なんだと思う」

「点数至上主義がいけないと叫ぶとか?」

 文月学園が文部科学省やその他から叩かれる時の常套句。アタシも偶にどうかと思う教育方針。A組で豪勢な生活を送っているアタシが言える義理じゃないけれど、A組とF組の待遇差は批難されても仕方がないと思う。

「……以前の彼はずっとそれを身をもって示していた。けれど、今の坂本くんは違う。あくまでも試召戦争制度のルールに則った上で、僕たちを倒そうとしている」

「じゃあ、他にどんな欠陥が?」

 久保くんはアタシから視線を外して上を向いた。

「漠然としたものならあるのだけど、まだ他の人に話せるほどまとまっていない。それに……」

「それに?」

「多分、試召戦争の欠陥を暴くことは僕たちA組の人間にとっては得がないと思う」

「それってどういう意味?」

「いや、何でもないさ。忘れてくれたまえ」

 難解な問い掛けだけして久保くんは口を噤んでしまった。

 これ以上聞き出すのは無理のようだ。

「まあ、要するにアタシたちは全力で坂本くんと秀吉を倒すしかないってことでしょ?」

「そういうことになるね」

 思考停止は好きじゃない。けれど、これ以上考えても答えが出ないのでは仕方がない。

 目の前の敵を叩くことに集中する。

「抽選により対戦科目が決まりましたので、出場者はこちらに集まってください」

 高橋先生の声に従って審査員席の前に集まる。

「こちらが、準決勝の対戦科目です」

 張り出された模造紙を確かめる。

 

 第1試合

  木下優子    V S    坂本雄二

          化 学

 

 第2試合

  久保利光    V S    木下秀吉

          数 学

 

                     』

 

 化学はアタシの得意な科目だ。350点ぐらいは狙える。

 坂本くんの成績が如何に伸びていようとまだこの域には達していない筈。

「数学、か」

 久保くんはちょっと苦い顔を見ながら模造紙を見ている。

 文系である久保くんにとって数学は得意分野ではない。でも、T大受験を視野に勉強している彼は数学対策も怠ってはいない。300点ぐらいの点数は毎回取っている。

 それに比べてアタシの愚弟は……

「数学はこの間の試験で34点、全国模試では30点だったのじゃ」

 家族として恥ずかしい点数を取ってくれている。

これから試験でなければ首の1本も折ってやるものを。

「久保はこの間の全国模試で数学は何点だったんだ?」

 弟に代わって坂本くんが探りを入れに来る。

「この間の全国模試は山が当たって出来が良かったから、90点だったよ」

 90点ということは理系であるアタシより得点が高かったことになる。流石は学年次席。

 秀吉との得点差は3倍。これはもう、勝負が見えた。

「フッ、90対30か」

 でも、坂本くんは笑っていた。全国でもトップクラスの成績を誇る久保くんを見て笑っていた。

「全国模試で90点を取った人間が、30点しか取れなかった人間に負ける瞬間をこの会場内にいる奴らに見せてやるぜ」

「なっ、何を言っているのじゃ、坂本っ!? ワシの成績では久保にはとても太刀打ちできんぞ」

 勝利を宣言された弟の方が狼狽している。

 久保くんは安易に挑発には乗らず、瞳を少しだけ細めてジッと2人を見ている。

「大丈夫だ、俺に策がある」

「策とは一体?」

 坂本くんは顔を近づけて弟に耳打ちした。

「…………という風にやれ」

「そんな簡単なことで良いのか?」

「ああ、それだけで学力最低クラスのお前でも学年次席に点数で勝てる」

 坂本くんの作戦は随分単純なもののようだった。策を授けられた弟の方が目を丸くして驚くぐらいに。一体、何を吹き込んだのだろう?

「試召戦争システムの落とし穴を突かせてもらうぜ。学年次席の久保利光、トップ5の木下優子ッ!」

 坂本くんからの宣戦布告。

 久保くんが危惧した通りの展開。

「何なのよ、その自信は……」

 アタシはこの準決勝に一抹の不安を抱かずにいられなかった。

「姉上……憂さ晴らしにワシの腰を折るでな……っ」

 でも、坂本くんには絶対に負けられない!

 アタシは、貴方に勝ってこの大会を絶対に優勝してやるんだからっ!

 

 続く

 

 


 
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