No.529943 そらのおとしもの 馬鹿と(・3・)と阿頼耶識2013-01-09 22:42:14 投稿 / 全1ページ 総閲覧数:1593 閲覧ユーザー数:1524 |
そらのおとしもの 馬鹿と(・3・)と阿頼耶識
「イカロスお姉さま。大晦日とお正月ってなあに?」
大晦日の午後7時の桜井家の居間。
アストレアがコタツに入ってぼんやりとみかんを食べている(伏線)横でカオスがイカロスに尋ねる。
テレビのニュースを見ながら疑問に思ったようだった。
「……エロい人たちに聞いてみてはどうですか?」
コミケ帰りで戦利品の仕分けに忙しいイカロスは部屋の隅で談笑しているニンフとそはらを見る。
「でも……っ」
カオスの表情が曇る。
幼女エンジェロイドが乗り気になれない理由はアストレアにも分かった。
2人が通常運転でエロいから。年中無休でエロいから。幼女が聞くべきではない話をしてくる可能性がとても高かった。
「……大丈夫です」
イカロスは買ってきたBL本を右手で抱きしめながら左手でカオスの肩に手を乗せた。
「……人は変わるものです。エロいことしか考えない破廉恥な人生を脱却した可能性もあります」
冬コミで手に入れた『明久総受け悶絶地獄』を愛おしい瞳で眺めながらイカロスが人の可能性を口にする。
アストレアは口の中にみかんがいっぱいに詰まっていて喋ることができない。口を開けば笑いながらイカロスを指差しかねなかったので調度良かった。
「う~…分かった」
不満を残しつつカオスがニンフたちの元へと近づいていく。
アストレアは口の中にみかんがたくさん詰まっていて良かったと思った。
でなければ、カオスを指差しながらぷすすって笑い出してしまうに違いなかった。
エロい人たちがイベント満載の年末年始に自分を改めるとはとても思えない。従ってカオスの行動が実を結ぶとは思えなかった。
「ねえねえニンフお姉さま、そはらお姉さま」
修道服姿のカオスがちょっと気が早く振袖姿にチェンジしているニンフとそはらに話しかける。
「うん? どうしたの?」
ピンク色の着物を身にまとったニンフがカオスへと振り返った。
頭の中の色と同じなんだなあとアストレアは納得する。
「カオスさんも着物を着てみない?」
ニコニコしながらカオスに自分の身にまとっている薄桃色の着物を見せるそはら。ニンフと微妙に色彩こそ異なるもののどちらもピンクで間違いなかった。
「別に、いい」
本能的に何か危険を感じ取ったらしいカオスは首を何度も横に振って提案を断る。同類に思われることを避けたようだった。
「それより聞きたいことがあるの」
俯いてちょっと躊躇いの表情を見せるカオス。けれど、素直が売りの彼女はイカロスの言葉に従って聞いてみることにした。
「ねえ、大晦日とお正月ってなあに?」
カオスの質問を聞いた瞬間、ニンフとそはらの顔が瞬時に真っ赤に染まりあがった。
2人の表情の変化を見てアストレアはニンフたちに何の進歩もないことを見て取った。
興味を失いテレビ画面へと目を向ける。
幼い少女が大人たちの汚れた現実を見せ付けられて傷つく瞬間は見たくなかった。
『本日は○○県鹿骨市雛見沢を訪れています。日本の伝統家屋を今に残す合掌造り。雪化粧してすばらしい眺めですよね』
若い女性リポーターが立派な合掌造りの邸宅を背にして笑顔でリポートを行っている。
と、そこにセーラー服姿の(・3・)な顔をした長身でスタイルの良いポニーテール少女がカメラの前に出てきた。
(#・3・)『2012年07th expansion公式人気投票でも1位取ったおじさんは世界で一番の美少女であることをまたも証明してしまったんだよ!』
(・3・)が(・3・)な表情をしながら(・3・)なことをほざいている。
(・3・)『敗北を知らないおじさんの美貌を撮りにお前たちはここまでやってきたんだね。まったく、おじさんは美人過ぎて困るねえ。ぶっひゃっひゃっひゃ』
『いえ、私たちはこのお屋敷と綺麗な風景を取材しに来たので……』
(・3・)『馬鹿なだけが取り得の不肖の妹や鉈を振り回すしかない馬鹿な貧乳娘ではなくおじさんを撮りに来た眼力は良いよ。さすがだよ。だが、断る』
『あの、ですから。私どもはあなたを撮影しに来たわけではなく……って、カメラの前に立たないでください。これ、生放送なんですから!』
(#・3・)『まったく! アポもなしでおじさんを撮影しようだなんて! 全世界の芸能事務所がおじさんとの契約を結ぼうと何の魅力もないこのド田舎までやってきて大騒ぎになっちゃうじゃないか! おじさんリサイタルの準備を徹夜で始めないといけないよ!』
『意外とノリノリなんですねっ!? って、ですから私たちは、あなたの後ろにあるお屋敷を撮影しに来たんです。雛見沢の良い所を映しにやって来たんです!』
(・3・)『圭ちゃん。嫁にするなら不人気な小娘の沙都子じゃなくておじさんにしておきな! 金ならあるよ!』
『訳分からないことを言っていないで、さっさとカメラから離れてください! そんなアップで覗き込んでないで!』
(#・3・)『おじさんは宇宙一心が広いから、口ばっかりで何も取り得がない、ビッグになりたい中二病に掛かった屑でゴミで生きる価値ない圭ちゃんでもお嫁に行ってあげるさ!』
『良いからさっさとカメラから離れろ!』
カメラにドアップで(・3・)な顔を晒し続ける(・3・)。
そんな(・3・)を画面越しに見ながらアストレアは愕然としてしまった。
「何なの……あの、空気の読めない(・3・)女は?」
アストレアは自分で馬鹿であることを認め、自分の空気嫁な発言が周囲の人物たちをよく怒らせてしまうことを自覚している。
けれど今テレビにドアップで映っているそはらと同世代の少女は自分とは比較にならないほど空気が読めない女だった。
「あんな空気嫁で生き抜いていくことが可能なの?」
アストレアは(・3・)を見ながら恐怖した。
あんな空気嫁ぶりをこの空美町で発揮すれば自分は虫けらを踏み潰すか如くして殺されてしまうに違いない。
イカロスとニンフは自分を葬ることに何の躊躇いも持っていない。
そはらやカオスは場合によっては笑顔で自分を殺す。
美香子は愉悦するだけ愉悦してから残酷に殺す。
日和は直接命を狙うことはないが、彼女が登場すると物語の都合上理不尽な最期を迎える。
そんな空美町において自分から敵を作る真似は自殺行為以外の何物でもなかった。
空気を読んでも殺されてしまう可能性は常に排除できない。
なら、空気嫁ともなれば自らの死など呼吸と同様にごく自然に起きるものに違いなかった。
そんな自分と重ね合わせながら(・3・)の行く末を見守る。
テレビ画面では尚も1分近くに渡り、カメラに張り付いて離れない(・3・)と引き剥がそうとするレポーターの熾烈な争いが続いた。
そして──
『死になさい……お姉っ!!』
(・3・)そっくりな少女の声と共にブンッという何かが切り裂く音がスピーカーを通じてアストレアの耳に入った。そして、次の瞬間カメラは真っ赤に染まった。
(#・3・)『おじさんの美貌と人気を妬む馬鹿な妹がぁ~~~~っ!!』
(・3・)が金きり声を上げ、テレビカメラから離れた。より正確には崩れ落ちて雪の地面に突っ伏した。
(・3・)の周りが真っ赤に染まりあがっていく。血溜りが彼女を包み込んでいく。その血は額から流れ出ていた。(・3・)の額には肉厚のナイフが深々と突き刺さっていた。
「本当に、しっ、しっ、死んじゃったぁ~~~~っ!!」
テレビを見ながらアストレアは大声を上げて驚いてしまった。
放送事故なんてレベルの出来事ではない。人が1人、生放送中に死んでしまったのだから。
驚いたのはアストレアだけではなかった。テレビリポーターも同様に混乱している。そんな中、鶯色の振袖を着た少女が近づいてカメラの中に入ってきた。
(・3・)と表情以外瓜二つな美少女はハンカチを取り出してテレビカメラのレンズを綺麗に拭くと丁寧にリポーターに向かって頭を下げた。
『わたしは園崎家頭首代理補佐見習いを努めています北条(予定)詩音と申します。以降お見知りおきをよろしくお願いします』
詩音と名乗った少女は両足で(・3・)の頭を踏みつけながら丁寧に自己紹介した。
『ご丁寧なご紹介をありがとうございます……って、そうじゃなくて! ひっ、人が死んだにょに、どっ、どうしてそんな落ち着いていられるんですか!?』
動揺して噛みながら訴えるリポーター。アストレアには何故まだ生放送が続いているのか分からない。
『人が死んだ? 人間がここで亡くなったという痛ましい話は聞いていないのですが?』
詩音は首を大きく捻っている。本気で心当たりがない風に見える。
『北条(予定)さんが今両足で踏んでいるその空気嫁な女性のことです! 突然ナイフが頭に突き刺さって……ひぃいいいいいいぃっ!!』
先ほどの恐怖を思い出したのかリポーターが蹲って震える。そんな彼女に詩音は優しく手を肩に置いた。
『今散ったのは(・3・)です。人間じゃありませんよ』
とても優しい笑みを湛えた表情。
『で、でも……』
『(・3・)は三人称で言う所のitです。死んだのではなく壊れたのです。殺人罪ではなく器物損壊。そういう類の話です』
『そ、そうなのでしょうか……』
『はい♪ だって……(・3・)は蛆虫以下の無機物以下の存在なのですから』
リポーターが詩音の言葉を聞いて立ち上がる。その表情には先ほどまでの怯えも動揺もない。
『それではレポートを再開したいと思います♪』
リポーターが詩音に向かって頷いて合図を送る。
『はいっ♪』
詩音がリポーターに頷き返す。
(・3・)の死をなかったことにして番組は再開されることとなった。
だが──
(#・3・)『おじさんの死に全おじさんが泣いたぁあああああああああぁっ!!』
上に乗っていた詩音を振り落としながら(・3・)が立ち上がった。その額にはナイフもなく、血も流れていない。
(・3・)は死の世界から完全復活を遂げていた。
「うっそぉ~~~~っ!? 生き返ったぁ~~~~っ!?!?」
アストレアはテレビの中で繰り広げられている光景を見ながら顎が外れそうになった。
「あの(・3・)は本当はエンジェロイドだとでも言うの?」
即死状態からの復活。
そんなことは普通の人間には到底できない。
いや、エンジェロイドであっても、ダメージが限界を超えれば活動が永久に停止してしまう。
即ち、死んでしまえばエンジェロイドといえども生き返ることはできない。なのにあの(・3・)は完全復活を遂げていた。
(#・3・)『世界一美人なおじさんじゃなくて、馬鹿で愚かでぶっさいくな妹がテレビに映るなんて世界最悪な放送事故だよっ!!』
(・3・)は自分が死んだことは全く気にせず、妹であるらしい詩音がカメラに映っていることに腹を立てている。
『チッ! もう生き返りましたか。復活が早まっている……6回は殺してやったのに』
(#・3・)『フンっ。おじさんは今回12機のライフを持っているんだよ。お前たちの胸がマンモス哀れなほど小さいって真実を指摘したらレナや梨花ちゃんにも殺されたけど、まだ4回残っているのさ』
『なら残りの4機のライフも私が刈り取って世界平和に貢献することにしますよ!』
(#・3・)『通信講座で筆ペン3級を取得したおじさんの格闘技術を舐めるんじゃないよ!』
詩音は胸元からやたらとごついスタンガンを取り出すと(・3・)に向かってストレートの動きで放つ。
(・3・)も大きな口から吐き出される息を推進力にして詩音の攻撃を避ける。
テレビカメラは再び修羅場を映し出すことになった。
「あっ、あの(・3・)は回復能力がすごいってことなのかなあ?」
アストレアにはテレビの中の光景が、現地リポートではなく特撮ドラマの一部のように見えている。
というか、彼女の頭のキャパを遥かに超える事態がデジタル放送で流され続けていた。アストレアに限らず理解できる者などほとんどいないに違いなかったが。
「……いいえ。(・3・)が全快したのは回復能力が優れているからではありません」
イカロスが『悟史×圭一』と表紙に書かれたBL本を片手にアストレアへと近づいてきた。
「えっ? でも、あの(・3・)はあっという間に完全復活してしまいましたよ?」
「……あの(・3・)は傷ついた体を治す力が秀でているのではありません。一度死んで蘇る際に状態が完全回復するザオリク能力、エイト・センシズを操っているのです」
イカロスの語気は普段よりも荒い。興奮しているようだった。
「エイト・センシズ?」
けれど、アストレアは全く聞いたことがない単語に戸惑いを隠せない。
「……エイト・センシズ。別名を阿頼耶識。この世だけでなくあの世でも自由に行動できる究極の小宇宙(コスモ)をあの空気嫁は身につけています」
「究極の小宇宙……」
良くは分からないけれどすごそう。
アストレアは心臓がドキドキと高鳴るのを感じた。
「じゃ、じゃあ、私もそのエイト・センシズというのに目覚めれば、死の恐怖とは無縁の人生を歩めるのでしょうか?」
希望を込めながらイカロスに聞いてみる。
ふと想像してしまう。
ここではない他の世界の自分はいつも死んでいるような気がすることを。
イカロスやニンフがいるこの地上で生き延びることは難しい。
死んでも大空から智樹やイカロスたちを優しく見守る役目が与えられている気もするから悪い待遇でもないのかも知れない。
けれど、やっぱり死にたくない。
でも、死んでしまう可能性は高い。だから、この世とあの世を行き来できる術があれば、それはとても良いに違いなかった。
アストレアは(・3・)と違い、死ぬことには慣れ親しんでいても、生き返ることに関しては全くのアマチュアだった。
「……阿頼耶識といえども万能ではありません」
イカロスはアストレアの期待にはそぐわずに首を横に振った。
「……今テレビに映っているBL同人作家仲間の詩音さんのお話によると、(・3・)は複数の命を持っていて、ライフが0になる以前はあの世からこの世へと自由に戻って来られるそうです」
「複数の……命」
アストレアは自分の体をジッと見た。胸が邪魔でそれより下はよく見えない。
とはいえ、自分の体を眺めた所で複数の命があるかどうか確かめられない。
確かめる為に死んでみるのはあまりにも危険な行為だった。
「……原作でも最近は登場する度に死んでいるアストレアはエイト・センシズに最も近い存在なのだとは思います」
「それって……」
「……近いというだけでアストレアがエイト・センシズに目覚めているのか、どういう形で阿頼耶識を使えるのかは分かりません」
イカロスはアストレアに希望も絶望も与えてくれない。何とも中途半端な説明。
「……まあ、マスターを狙う淫乱蟲(ダウナー)は1匹でも少ない方が良いですから、自由に死んでくれて構いません。ていうか死んでくれると食費が浮いて助かります」
「ひっ、酷いですぅよぉ~~っ!!」
アストレアは涙目でイカロスに訴える。
「ダウナー如きが調子に乗らないでください。マスターの総受け天国を完成させるのに、女なんて存在はこの世界に全く要らないのですから」
ごく真顔で、心の底から思っているらしいことを口にするイカロス。そんな空腐女王に告げる次の言葉をアストレアは持たない。
目を逸らすようにしてテレビ目を向けてみる。
(#・3・)『不人気で馬鹿で愚かな妹のせいでおじさんまで低能に見られたらどうするってんだい!』
『アンタの全てがわたしを不幸にして苛立たせてるっていい加減に気づきなさいよっ! 殺してやるぅ~~くっけけけけけけけけけ』
『くっ!? ど、どうして、世界の大豆製品シェア90%を誇る大企業豆腐カンパニーTomitaの若社長であるこの富田大樹が何度もスタンガンで感電させられないといけない……ぎゃぁああああああああああぁっ!?!?』
『ブヒ~ン。ハァハァ。詩音先輩、僕と富田くんの存在に気づかずに攻撃を……ブヒヒィ~~~~ン!!??』
スタンガンを(・3・)に向かって放電させたまま超高速で突き出し続ける詩音。しかしその攻撃は(・3・)の手前で見えない盾によって遮られてしまう。
壮絶にして、唾をペッと吐き出したくなる戦いがテレビの液晶モニターに映し出され続けている。
アストレアは居た堪れなくなって再びテレビから目を背けた。
アストレアの視線が移動した先にはカオスがいた。
すっかり忘れてしまっていたが、カオスはニンフとそはらに大晦日とお正月について尋ねていた。今はそはらがカオスに大晦日について説明している所のようだった。
「どうせ……エロい説明なんだろうなあ」
気力が萎えるのを感じながらもとりあえず話を聞いてみることにする。
『智ちゃん……それは鐘じゃなくてわたしのおっぱいだよぉ~』
『大晦日には1年間の煩悩を祓わないといけないんだろう? なら、煩悩を全て出し切ってやるさ。お前の体にたっぷりとなっ!』
『とっ、智ちゃんのケダモノォ~~~~っ♪』
チュンチュン チュンチュン
『去年1年間分のエロ煩悩は全てそはらに放出してやったからな。これで新鮮な気持ちで新しい1年を迎えられるぜ。てへっ☆☆』
『智ちゃんのエッチ。それから、智ちゃんからのお年玉……赤ちゃん。わたし、絶対に産むからね。2人でちゃんと育てようね』
『そうか。なら、気分一新ということで結婚するか。今日からそはらは桜井そはらだかんな』
『うん♪ わたし、いい奥さんでいいお母さんになるね』
「…………という風に、智ちゃんの煩悩を全てわたしに吐き出させて赤ちゃんを作って、智ちゃんと結婚するのが大晦日の流れ、かな」
そはらは照れながら、けれどドヤ顔で答えてみせた。
「智樹の赤ちゃんを身ごもってお嫁さんになるのはそはらじゃなくて私ってこと以外は大体合っているわね」
ニンフもうんうんと頷いて同意している。
「……やっぱりこの人たちはエロいことにしか結び付けない。どんな行事もエロくしか受け取らない」
知ってはいたものの認めたくない現実を突きつけられてとても悲しい気分になった。
そして、そんなアストレアよりも大きな落胆を抱いた少女がカオスだった。
「大人はみんな……汚いんだぁあああああああああああぁっ!!」
カオスの背中の翼が大きく開く。年長者であるニンフとそはらに絶望したカオスから急激にエネルギーが高まっていく。
「やっ、やばいってこれっ!?」
純粋な戦闘能力だけなら空女王も凌ぐカオスが発する力はあっという間にアストレアの限界を超してしまった。
「すっ、すごく……死の予感がするぅ~~~~っ!!」
カオスの悲しみと怒りのエネルギーが高まっていくのに連れてアストレアはヒシヒシと己の死を感じ取っていた。
それはただの予感を通り越して確信の領域に達していた。
他の世界の自分ならば、この後生じるカオスの攻撃によってたいした描写もないまま無慈悲にあっさりと殺される。
そして大空から空美町を見守る役目にジョブチェンジすることになる。
悲壮感と感動を演出するそれだけの為に。
「そっ、そんなのは嫌ぁああああああああああああぁっ!!」
生きたい。
アストレアはそれを強く願った。
そしてのその願いを叶える為の行動に瞬時に取り掛かる。
「ばいばいき~~~んっ!!」
即ち、逃走。
桜井家から遠ざかりカオスの攻撃を食らうことがなければ死ぬことはない。
アストレアは室内にも関わらず背中の真っ白な翼をはためかせ始める。
顔を上げて上を見ながら脱出ルートを確認する。
「天井をぶち破って逃げるしかないっ!」
それは普段であれば智樹やイカロスにこっぴどく怒られること確定の逃走ルート。
けれども、予想外のルートということで逃げ切れる可能性もまた一番高かった。
しかし、それでも運命はアストレアに残酷だった。
「みっ、みかんの皮が翼に張り付いて飛べない~~~~っ!!」
今日1日黙々とみかんを食べ続けたことが仇となってしまった(伏線回収)。
翼の根元にみかんの皮が詰まってしまい、羽を動かすことができない。
背中の中央部に異物が混入して手を伸ばしても届かない。取り除くことは不可能。
言い換えれば、みかんの皮が詰まったことにより飛行できなかった。
「ならっ! 走って逃げるっ!」
アストレアは飛翔して逃げることを諦めて全力疾走モードに移行する。
けれど、飛翔から2本の足での疾走に移るまでには何秒もの時間を費やしてしまっている。そして、それを見逃してくれるような甘いニンフとそはらではなかった。
「大人なんか……みんな消えちゃえ~~~~っ!!」
カオスの背中の漆黒の刺々しい翼から激しい閃光が発せられる。
その力の放流はエンジェロイドといえども消滅させるに十分なエネルギーを有していた。
けれど、ニンフたちは余裕の表情を崩さなかった。
その理由は──
「「アストレアバリア~~っ!!」」
アストレアの両腕を左右からガッチリと掴んで盾にしていたからだった。
「ひっ、酷いっ! 予想していたこととはいえ、これはあんまりにも酷すぎるぅ~~っ!」
泣きながら最後の希望を繋いでイカロスを見る。空女王ならカオスの一撃もどうにかしてくれるのではないかと。だが──
「……阿頼耶識。その言葉を忘れないでください」
イカロスは真剣な眼差しで呟いた。アストレアを助ける気はさらさらなかった。
「うわらばぁあああああああああああああああああああああぁっ!?」
アストレアの全身がカオスの放った光弾に包まれる。
次の瞬間、魂さえも残さずにアストレアという存在はこの世からロストしたのだった。
「……沙羅双樹の花が散りましたね、アストレア」
イカロスは窓の外の夜空を見上げながら呟く。
「……あなたがエイト・センシズに目覚められるかどうかはこれから次第ですよ」
イカロスの瞳がテレビへと向けられる。
『お姉の敗因はたった1つ。シンプルな理由です。アンタはわたしを怒らせたっ!』
(#・3・)『おじさんは必ずパワーアップして、お馬鹿で不細工で愚かな妹であるアンタを倒しにここに戻って来るってんだよ! 尻にネギさして待ってなさいってんだよ!』
(・3・)が詩音のスタンガンの一撃を受けて消失するそのタイミングだった。
(#・3・)『おじさんの人気投票1位おめでとうの声で掲示板を埋め尽くして良いんだからねっ! 勘違いしないでよ! おじさんはお祝いの声なんて全然要らないんだから!』
『訳の分からないツンデレかましてないでさっさと……散れぇ~~っ!!』
詩音の攻撃を受けてテレビ画面越しに完全に消失する(・3・)の肉体。
「……アストレア……のことはもうどうでも良いので買ってきたBL本を読みふけりながら年越しを迎えましょう」
イカロスは詩音からもらった冬コミの戦利品をギュッと抱きしめ直したのだった。
続く
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