No.215633

私の義妹がこんなに可愛いわけがない とある嫁の誕生日

8巻が発売されると発表しづらい気がする【俺妹】第二弾
pixivで黒猫誕生日(4月20日)に発表したやつです。

俺の妹がこんなに可愛いわけがない
http://www.tinami.com/view/215127 (私の義妹がこんなに可愛いわけがない とある嫁と小姑のいつもの会話)

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2011-05-08 03:53:39 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:4360   閲覧ユーザー数:3913

私の義妹がこんなに可愛いわけがない とある嫁の誕生日

 

 

 4月20日。今日は先輩の彼女になって迎える初めての誕生日。

 先輩がお祝いしてくれるということでお家にお呼ばれしてこうしてお部屋にお邪魔している。

 誕生日に彼の部屋というシチュエーションが嬉しくもあり楽しくもあり、ちょっとだけ緊張してもいる。

 まっ、まあ、色々と準備はして来たので何が起きてもきっと問題はないはず。身だしなみや髪型は勿論のこと、心の準備も、外見的には見えない部分まで色々とそつなくしてみた。だから先輩をガッカリさせるようなことはないはず。多分……。

 でも先輩は唐変木で女の子の危機には聡い割にその他の心の機微には疎い。だからきっと今日も何事もなく平穏無事に1日が終わるような気もする。

 それはそれで良い思い出となるので構わない。だけど、もうちょっと何かを期待してしまうのはやはり今日が誕生日だから。年齢が1つ上がる今日は私に大人を意識させる日。もしかすると本当に大人になってしまうのかもしれないけれど。って、私ったら何を言っているのかしらッ!

 

 その先輩は私の為に準備してくれたというケーキを受け取りに行って今は不在。先輩の顔が早く見たかったからとはいえ開店前に来てしまったのは幾ら何でも早すぎたかしら。冷静でいられない私がいる。

 そんなことを考えながらベッドの上で枕を抱きしめながら先輩を待っている。

 先輩の匂いのするこの枕は抱きしめているととても気持ちが良い。思わずくんかくんかして芳醇な香りを存分に堪能してしまう……って、私は変態じゃない。大体、私はもう先輩の彼女なのだから枕に頼らなくても先輩本人を直接くんかくんかすれば良い……って、それも違う。このベッド全体から染み渡る先輩の匂い、つまり布団をくんかくんかするのも結構乙なものかしら……って、それも違うわよ!

 清い交際を続けている私にとってこの部屋は一人で待つには魅惑的なものが多すぎて困る。例えばベッドの他だとタンス。あの中に先輩の洋服や下着が入っているかと思うと魂を引かれてしまって止まない。

 男性は年頃の女性の部屋に入るとまずタンスを漁り、パンツを頭にかぶってブラを眼帯代わりにするという。その気持ち、今ならよくわかる。私も先輩のシャツで顔を拭いてパンツをかぶってみたい。後、パンツをお持ち帰りしてハンカチ代わりにして使いたい。

 でも、そんなことを実際にしたら私は泥棒になってしまう。でもだったら代わりに私のパンツを置いていけば等価交換になるのではないかしら? 我ながら良いアイディアだと思う。早速試してみようかしら?

……って、少し自重しなさいよ、私。幾ら誕生日だからって自分の欲望に忠実になり過ぎよ。私はあのブラコン女とは違うのだから。

 先輩と付き合いだしてから本当に私は変わってしまった。ゲーム製作時に先輩の家にお邪魔していた時はこんな邪なことを考えずに済んだ。あの時と比べると雲泥の差。

 まああの時は、ベッドに無防備に座りながら作業する私のパンツを何気ないフリをして覗き見ていた先輩に「早く襲い掛かってきなさいよ、このヘタレ」と内心激しい憤りを覚えつつも、赤城瀬菜の手前何としてでもゲームを完成させようと躍起になっていたのだけれども。

 ……誕生日で浮かれているせいか思考が妙な方向に進んでしまう。

 漫画でも読んで心を落ち着かせようと先輩の本棚を見る。『僕は妹に恋をする』が全巻揃っていて今後の自分の人生と少女漫画業界のエロ容認姿勢に若干の不安を覚える。でもこの本はきっとあのスイーツ女が仕込んだ罠に違いないと必死に自分を思い込ませつつベッドに座り直す。

 今の私にできることは布団を頭から被り枕を抱きしめてくんかくんかしながら心穏やかに先輩の帰りを待つことだけだった。

 

 

 しかし私が望んだ平穏は1人の小うるさい女の登場によって破られた。

「ねえねえ、黒いの黒いのっ! 訊きたいことがあるの」

 まるでコピペのように以前聞いた言葉を発しながらスイーツ星の使者がバタバタと駆け込んできた。

 先輩が出掛け不在の隙を突いてわざわざ入って来るタイミング。よほど2人きりで話したいということなのだろう。

「何よ?」

 あまり良い予感はしないけど、とりあえず話を聞くことにする。まるでコピペの様に以前同じやり取りがあったことを思い出す。

「っていうかさ、アンタ、何してんの?」

 スイーツが布団を頭からかぶっている私をジト目で見る。一見純度100%の蔑んだ瞳。汚物を見る視線。でも、この女との付き合いが結構長い私にはこの視線の真の意味がわかる。

 即ち『アタシの布団で勝手にくんかくんかしてんじゃないわよ』という所有権の主張。それこそがこの女の視線の意味。

 やはりこの女、私に隠れて先輩の匂いを堪能してやがるのね。それは非常に腹立たしいのだけれども世間的には私の方が立場が悪い。何か良い弁明を考えなくては。そうだわっ!

「この枕を媒介に魔王を降臨させてこの部屋を混沌の泥に変える為の準備をしていた所よ」

「迷惑だから自分の家でやりなさいよ」

 ……より一層蔑まれてしまった。私としたことが何たる不覚。

 

「で、何の用なのよ?」

 恥ずかしくなってぶっきらぼうに話題を転換する。今のやり取りは黒歴史と化すだろうけれど、私の脳内からは至急的かつ速やかに忘れ葬り去ることにする。

「黒いのって今日誕生日なんでしょ?」

 スイーツの質問は意外と普通だった。

「ええっ、そうよ」

 ちなみに私はこの女に自分の誕生日を教えたことはない。自分の誕生日をわざわざ口で言うなんて、祝ってくれと言っているみたいで恥ずかしい。先輩や沙織には以前生徒手帳を見せて何気なく自分の生年月日を知らせたことがあるので今日のお祝いとなった。このスイーツは多分沙織にでも聞いたのだと思う。

「それで黒いのって今日で何歳になったの?」

「何をわかりきったことを訊いているの? 私は貴方の1歳上なのだから今日で16歳になったに決まってでしょ。……って、えっ?」

 言っていて自分でおかしいことに気付く。

 私が先輩の彼女になったのは16歳になった高1の夏の終わり。そしてそれから初めての誕生日を迎えたのに何で私は16歳の誕生日を迎えているのだろう?

「フッフッフ~。黒いのは今こう思っている筈よね? 何で私は16歳の誕生日を2度迎えているのかってね」

 スイーツは自信満々に胸をそらしている。ちょっとばかり私よりスタイルが良いからって図に乗っている。憎い。憎らしい。でも、その指摘は悔しいけれど当たっている。

「貴方にはこの不条理が説明できるというの?」

「当然でしょ!」

 スイーツは更に胸をそらして私より推定2カップ大きな胸を見せ付けてくる。やはりこの女とはいずれ雌雄を決する必要がありそうだ。

「それでどんな事情があるというの?」

「そんなの決まってるじゃない。アンタが17歳になっちゃったらあたしが高校生になっちゃうからよっ!」

「はぁっ?」

 スイーツはあまりにも意味不明なことをのたまってくれた。この女、やっぱり頭がどこかぶっ飛んでいる。

「何で貴方が高校生になってはダメなのよ?」

「ふっふっふ。そんなこともわからないからアンタは邪気眼厨二病のイタい女なのよ」

「……最近私の思考回路は貴方ほど現世から離れていないのだとよく感じるわ」

 闇の眷属の世界はこの女の脳内世界よりはこの現し世に近い。先輩と付き合うようになってから私って意外と常識人じゃないかと思うことが増えた。

「い~い? 世の中には需要ってもんがあるのよ。ニーズよニーズ。わかる?」

「どんなニーズよ?」

 スイーツはニヤリと不敵に笑った。

「世の中にはねえ、あたしが中学生じゃないと我慢できない人が沢山いるのよ。若いピチピチしたあたしが好きな人たちは、あたしが高校生になることを決して許さないの!」

「言っていることが全くわからないのだけど?」

 スイーツは毒電波を受信してどこか遠い世界と交信を始めてしまったらしい。

「世の中にはU-18、U-15、U-12の境界線に異常なまでに執着する人たちがいるのよ。彼らにとっては愛する女の子キャラが小学生か中学生か高校生なのかが絶対的境界線なのよっ! ランドセルキャラがセーラー服を着て通学することを決して許さないのよ!」

「何なのよ、その気持ち悪い境界線幻想は? まずはそのふざけた幻想を私の右手でぶっ殺してやりたいのだけど?」

 仮に私がラノベのキャラクターだとしたら、きっと私は作中で中学生から高校生にジョブチェンジしてしまっている気がする。そういう境界線を跨いでいる人間はどうすれば良いというのよ?

 まあ中学生の時の私はサブキャラで、高校生の私はキラ・ヤマト並にメインを奪ってしまったヒロインという地位の差ぐらいはありそうだけど。

「あたしはずっと中学生のままがいいっ! きっと今も推定13人の読者がモニターの前で手を上げながらあたしの意見に賛同している筈よ」

「読者って誰よ? モニターって、先輩の部屋はもしかして監視でもされているの?」

 スイーツの脳には何か良くない菌で満たされているに違いない。早く何とかしないと。

「中学生のあたしを愛するその人たちの熱い思いが、あたしをいつまでも中学生に留めているのよっ!」

「……つまり、私たちは漫画的時間の流れに突入してしまったという訳ね」

 時間も経ち経験も蓄積していくのに学年はいつまで経っても変わらず年齢も変わらない。そんな漫画的時間の流れに私は入ってしまったらしい。そういえばこのスイーツ、去年の私の誕生日には確かアメリカに行っていたはず。

 実にふざけた現象だと思う。でも、物は考えようかもしれない。

 私が17歳になっていたら、つまり高校2年生だったら先輩は既に高校を卒業してしまっている。そうなると毎日学校で会うことはできなくなるのでそれは寂しい。それを考えると年を取らないのも悪くない。勿論大学生の大人になった先輩に優しくエスコートされるのも魅力的ではあるけれども。

 

 

「それで結局貴方は何を言いに入って来たの?」

 まさかこのスイーツもわざわざ時の流れがおかしいということを指摘する為だけにやって来たということはないと思う。

「うん。アンタさあ……今日アイツとエッチするつもりなんでしょ?」

「…………ブッ!?」

 はしたなくも噴き出してしまった。だけど何てことを聞いてくるのだろうか、この色ボケスイーツ女は。

「あ、貴方、よくも、は、恥じらいもなくそんな言葉が口に出せるわね」

 尋ね直す私の方がよっぽど恥ずかしいというのに。

「はぁ? アンタ、バカぁ? エッチなんて単語を聞いたぐらいで何をそんなに赤くなってるのよ。どこまで純情なら気が済むのよ、まったく」

 赤くなる私を非難するスイーツ。ちなみにこの女は偉そうに語っているが先輩の気を惹こうとする時以外には一切男に触れようとしない。

 お店で支払いをする時にも男性店員に手を触れさせないように気にする徹底ぶり。私以上の潔癖ぶりを誇っている。先輩への強固な貞操観念という方がより妥当か。

 それなのに中学生の援助交際を題材にした乱れた性模様を描く小説を書いたり、初心な人間を心底バカにするこの二面性。本当にこの女内部の自分擁護の世界と他者攻撃の世界の完全なる二分化は呆れもするし感心もする。

「大体ねえ、私の入念な既存文献研究の結果、誕生日なんてのはエッチを正当化する為のイベントでしかないのよ! りんこちゃんもみやびちゃんも誕生日を迎えてもう大人になったって主張しながらすっごく喜んでお兄ちゃんに抱かれたのよっ!」

「貴方の既存文献研究って、妹モノのエロゲープレイのことなの?」

 そうなのだろうなと思う。この女の脳の構造から言えば。学力は千葉県でトップ5らしいけれど、ワースト5に入るぐらいにとても可哀想な思考回路をしている。

「ふっふっふ~。そんな風に澄ました顔しているけれど、アンタ、本当は密かに期待しているんでしょ?」

「何をバカなことをっ!」

 スイーツの戯言を大声で否定する。しかしスイーツは話も聞かずに俊敏な動きで私の後ろに回り込み、いきなり布団を剥いでスカートを捲り上げた。

ブワッと大きな音を立てながら翻るスカートの裾。スイーツの位置からは私のお尻が丸見えに違いなかった。

「……黒じゃん。しかもレースのスケスケTバック。こんなエロい下着付けた人間を初めて見たわ。さすが高校生は中学生とは違うわね。うんうん。期待満々ね、エロ猫」

 スイーツは私のスカートの中をまじまじと覗き込みながらそう称した。そのあまりの手際の良さに私は対応できず硬直していた。全身はガタガタ音を立てて震えていたけれども。

「ちなみに参考までに述べておくと、アイツは重度のシスコンやってるぐらいだからすっごい少女趣味入ってんのよ。清純なものに憧れてるっていうかさ。エロ本と現実の女の趣味は違うの。だからあんまり大人っぽく決めようとすると却って引かれるわよ」

「……ご忠告どうもありがとう。心の奥底まで痛み入るわ」

 しばらくの間を置いてからそう答えるのがやっとだった。自分を構成する何かが壊れてしまいそうだった。

「黒いのだったら、制服姿でベッドの上に座って枕でも抱きしめながら無防備なふりをして白パンツちら見せしてる方が効果的なんじゃないの?」

「………………もう、散々試したわよ」

 そして思ったような成果が得られなかったのよ。小さな声で思わず愚痴る。

「何か言った?」

「別に何も言ってないわ」

 だから死ぬほど恥ずかしい思いをしてこの下着を買ったというのに。でも何か起きる前から先輩の妹にダメだしされてしまった。私は一体、どうすれば良いというの?

 ……もう私にはメガネしか残されていないのかもしれない。でも、それだとメガネを外した瞬間に先輩の愛も冷めてしまいそうで怖い。

『……今日はメガネじゃないのか?』

『えっ、その……メガネはフレームやレンズが顔に当たって痛いから……』

『別れよう、俺たち。メガネじゃないお前にはもう何も魅力が感じられない』

『そんなぁっ!』

未来予想図がありありと浮かんでくる。やはりメガネは危険すぎる。

 

 そしてこんなにも苦しんでいるのにスイーツは私を見ながら笑っていた。

「まったく黒いのはエロの権化よね。1年中エロいことしか考えてないんじゃない?」

「冥界の炎に焼かれて死になさい。今すぐっ!」

 スイーツの一言は私を本気で怒らせた。スカートを捲くられた怒りも重なって私の心に堕天の力が宿り、その潜在能力を一気に開花させる。

「へっへ~ん。アンタなんかに捕まるもんですか。あっかんべ~」

 私をエロ扱いしてバカにする生意気な小娘を闇の力も借り受けながら追いかける。

 しかし、陸上部に所属しアメリカにまでスポーツ留学したことがあるスイーツを捕まえることはなかなかできない。

 それにしてもとんでもなく酷い誤解を受けている。

 私は別に先輩とそういう関係になることを積極的に望んでなどいない。ただ、万が一そういう雰囲気に流れていった事態にも大人の女として備えておくというだけのことに過ぎない。私は備えあれば憂いなしという格言を実行しているだけだというのに。

「どうせ黒いののことだから、『誕生日のお祝いに先輩の赤ちゃんをください』とか頬を染めてツンデレしながら瞳ウルウルでお願いする気なんでしょ。わかってんだから」

「だから私をエロゲーキャラと同一視しないで頂戴っ!」

 更にスピードを上げてスイーツを追って室内を駆け回る。

 しかしこの女、何故私が昨夜見た夢の内容を知っているの?

 まさか、私の部屋や服に盗聴器でも仕掛けられているんじゃ?

 もしかするとこのスイーツはエスパーなのかもしれない。そうよ、この女の正体はエスパー伊東に違いないわ。やはりこの女、一度きちんと再教育し直す必要があるようね。

 私は更にスピードを上げてスイーツストーカー女を追い掛け回した。

 

 

「でさ、そろそろ本題に入るわよ」

「はぁはぁ。今までのは……冗談だったというの? ハァハァ」

 荒く肩で息をしながらケロッとした表情のスイーツ女にツッコミを入れる。この女、陸上部だけあって体力が私とは桁違い。

 というか先輩のことで遊ばれていたなんて悔しい。昔みたいにメルルとマスケラで争っていられた時代が今思い返すと本当に懐かしい。

「アンタさぁ、本当にこれで良いわけ? せっかくの誕生日なのにあんな地味男と朝っぱらから部屋に篭っちゃってさ」

「どういう意味よ?」

 スイーツの言葉の意味がわからない。

「……誕生日なのに2人っきりでしんみりしているのって勿体無いと思わないの?」

 首を捻りながら尋ねてくる。からかっている訳ではないらしい。でも私にはその質問の意図がわからない

「誕生日って家族やごく近しい人としんみりとお祝いするものでないの?」

「へっ?」

 スイーツは首が折れてしまうのではないかと思うぐらいに大げさに首を大きく捻った。

「何を言ってんのよ? 誕生日って言ったらさ、友達沢山呼んで飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎをするもんじゃないの、普通?」

 スイーツの言葉を聞いて驚いた。スイーツのイメージする誕生日像は私が経験してきたそれとはまるでかけ離れたものだった。

「……友達なんか誕生日に呼んだことないわよ」

 そもそも以前の私には誕生日を祝ってくれるような友達はいなかった。

 半分強がりではあったけれど、友達なんて要らないと本気で思っていた。だから私にとって誕生日というのは家族と一緒に過ごす日を指していた。なのにこのスイーツは私とは正反対の答えを提示してみせた。

「あっ、そういえば瑠璃ちゃんはあたしと知り合う前は友達いなかったんだもんね。呼べるわけないよね~」

「…………そうよ」

 中3の夏前の私だったら別に痛くも痒くもなかっただろう指摘。でも、今の私にとってはすごく心が痛い。思わず胸に両手を当ててしまうほどに。

「ちょっ、ちょっと!? 何をマジに受け取っちゃってんのよ? ここはあたしをバカにし返す所でしょうが!」

 図星を突いたスイーツの方が焦った声を出している。

「大体あたしの誕生日だってホントはちょっとだけ毎年微妙だったのよ。表の友達ばっかり呼んでるから趣味の話はできないし、趣味のプレゼントはもらえないしでさ。祝ってもらえるのは嬉しいけれど、ちょっと満足しきれない部分があるっていうかさ」

 言いながらスイーツはすっかりしょげた顔を見せていた。

 そういえばこのスイーツは外面完璧人間。なので今でも基本的に自分の趣味をひた隠しにし続けている。それは、厨二癖を全開にして嫌われている私よりも社会生活を営む上では有利。けれど、ひた隠しにしているからこそ自分を抑圧しているという思いがストレスを生んでしまう。

 スイーツの場合、初めて自分の趣味の話を打ち明けたのが先輩だったという。そして先輩はスイーツを受け入れてその趣味を反対する父親からあの子を身を犠牲にしてまで弁護した。

 それがスイーツが激しくブラコンへと傾いた根本的な要因だと私は睨んでいる。所謂『ありのままの自分』を初めて受け入れてくれた先輩を大好きになったのだと思う。

「それにさ、誕生日パーティーやっている間アイツいっつも家にいなかった。だから一度もまともにお祝いしてもらったことないんだ。もっとも、パーティーしている間は家に近づくなっていつも強引に追い出していたのはあたしなんだけどね。……あははは」

 スイーツは笑ってみせた。けれど、その笑みはいつもの自信過剰な笑いと違って本当に弱々しいものだった。

 結局この子の誕生日は本当に祝って欲しい人には祝ってもらえず、好きなことも喋れない。派手さとは反比例して内心はちょっとだけ寂しい日だったらしい。

「貴方も不器用ね」

「黒いのほどじゃないわよ」

 私たちは顔を見合わせてちょっとだけ笑った。

 

 

 ちょっとだけ気分が落ち着いた所でスイーツがポツリと話を切り出した。

「あのさ。黒いのの去年までの誕生日は静かなものだったかもしれないケドさ、今年はあた……アイツがいるじゃないのよ」

 唇を尖らせてちょっとだけ面白くなさそう。何かを言いかけてやめた。そんな感じ。

 でも、言いたいことはわかる。

「そうね。去年とは違う誕生日を過ごせそうだわ」

 妹たちにはちょっと寂しい思いをさせてしまうかもしれない。けれど、今日の私はきっといつもの誕生日より幸せになれると思う。

「で、エッチしまくる予定なんでしょ? ここ壁薄いんだから大きな声は出さないでよね」

 スイーツは急に表情を変えてニヤッと笑うととんでもない暴言をのたまってくれた。

「教育的指導っ!」

 色ボケスイーツにすっごく痛いデコぴんをお見舞いする。なんて破廉恥なことを堂々と口にするのかしらこの子は?

「なんだ。黒いのは誕生日なのにエッチするのがそんなに嫌なのね」

「そういう話をしているんじゃないでしょうが!」

 何でこの子とはこんなに会話が噛み合わないのだろう。というか、この子も普段は表社会で暮らしているのだから、その時に見せている反応をもう少し私や先輩に向けてくれても良いのに。

「そんなに黒いのがエッチを嫌がるなら仕方がないわねぇ。だったらここはあたしが一肌脱ぐしかないじゃないの。ふっふー」

 スイーツは腕を組みながら荒く鼻息を吐き出した。

 どうせロクでもないことを考えているのは間違いない。

「……何が仕方ないから貴方が一肌脱ぐと言うの?」

 聞きたくはない。けれど、私の知らない所で行動にだけ移られても困る。それはきっと私に大きな害を及ぼす。だから聞きたくないけれど聞いてみる。

「ふっふっふ~。だからアンタの代わりにあたしがアイツにエッチされてやるって言ってんのよ。嫌で嫌でどうしようもないけれど、もうそれしか方法が残されてないわねぇ~♪」

「どうして嫌で嫌でどうしようもないと言っている割に、貴方はまたそんな今まで見たこともないような幸せそうな表情で涎まで垂らしているのよ……」

 以前もこんなやり取りがあったような気がする。だけど、どうしてこのブラコンスイーツは破滅的な近親相姦願望が強いのだろう。誰得なの、その願望は?

「先輩の彼女は私よ。貴方を抱くわけがないでしょうが」

 倫理的なことを語ってもどうせ無駄なので利権に関する話をしてみる。先輩は排他的に私が有しているのでこのスイーツには譲れない。そういう話。

「だから当然、あたしがアンタに変装するに決まっているでしょ」

 スイーツの思考法は私には考えも及ばないほどいつも奇抜。そして今回もまた変なことを言い出した。

「変装? どうやって?」

 私とスイーツは外見的には全然似ていない。幾ら上手に変装したとしても彼氏であり兄である先輩を騙せるとは到底思えない。

「そんなの簡単よ。ネコ耳と尻尾を付けて赤いカラーコンタクトを嵌めて黒いゴスロリを着れば誰でも簡単にアンタになれるわ」

「ねえ? 私ってそんなに安っぽい存在なの?」

 急に自分の存在感が希薄になった気がした。

「後は語尾に『にょ』を付けて喋ればパーフェクト黒いのの完成だわ」

「私、語尾に『にょ』なんて付けて喋ったこと1回もないわよね?」

 私の肖像権が不当に犯されている気がしてならない。

「その変装でこの間地味子を完璧に騙せたから問題はないはずよ」

「むしろ田村先輩の中の私のイメージが心配なのだけど」

 田村先輩にとって私がどういう存在なのか非常に気になる。

「そういう訳でエッチ大嫌いな黒いのに代わって、あたしがアンタの変装をしてスケスケのネグリジェ姿でアイツのベッドに寝ていると……」

「私の変装にはゴスロリが必要なんじゃなかったの?」

 そのあり得ない仮定にツッコミを入れるのだけど、妄想に浸ったブラコンには届かない。

「誕生日でエロいことを期待しているアイツはアンタの格好をしたあたしの姿を見て野獣の本性を現すの……」

「明らかに偽者とわかる私もどきがベッドにいたら気分も萎えるわよね」

 私のツッコミは全く届かない。

「ほらっ、あたしってスタイル良いし超美人だから。たとえアイツがちょっと違和感を覚えてもあたしの方がアイツの欲情を掻き立てるのは当然のことなのよね」

「そういう意味のない美しさを誇っていると、テコ入れに貴方よりも可愛くて妹妹しい新キャラが登場して人気を奪われる展開を迎えることになるのよ」

 私が恐れている点は先輩がやたら妹って響きに弱い点。今後先輩の周囲にそんな女が増えていかないように注意しないといけない。

 おそらく今後私の最大のライバルになるのは実妹である珠希と日向で間違いない。何しろ2人とも世界で類い稀なる愛らしさを誇っているのだし、先輩にとっては将来義理の妹になる存在。先輩のシスコンが刺激されない筈はない。最強の敵は意外と近くに存在する。

「襲い掛かられたあたしは必死で抵抗するのだけど、野獣と化したアイツには言葉が通じない。そしてあたしは遂にアイツに力づくで純潔を奪われちゃうのよぉ。えへへへへへへぇ」

「ねえ、何でそこでまた笑みが毀れるの? それと前にも似たような会話をしたわよね!?」

 どこまで危険な願望抱えているのよ、この子は。

「そしてあたしは生まれて来た桐介(きりすけ)を抱きしめながらこう話し掛けるの。京介は妹に手を出す鬼畜パパだけど、ママはあなたのことを全身全霊かけて愛してあげるって」

「だから何で平然と出産までしてるのよ?」

 毎度毎度よくそんな親泣かせな展開を考えられるものだ。そして既に子供の名前がスラスラ出て来るところが怖い。

「まったく京介ったら鬼畜よねぇ~。あたしがチョ~超絶可愛いからってさ♪」

「鬼畜なのは貴方の頭の中身でしょうが」

 毎度毎度このスイーツはよく飽きないで危険な妄想に浸れるものだと思う。

 

 

 スイーツとの会話は毎度毎度私の精神をすり減らしてくれる。退屈はしないで済むのだけど、今日みたいな特別な日はこれ以上煩わされたくない。

「はぁ。今日1日で先輩との関係がどうなるのかはわからないけれど、貴方に心配されることはないわよ」

 遠回しにもう邪魔をしないでと退出を求める。

 するとスイーツはすごく寂しそうに瞳をしばたかせながら私を眺めた。

「……黒いのはさ、あたしがここにいると邪魔?」

「邪魔っていうことは別に……」

 邪魔なのは確か。

 でも、今の泣きそうなあの子を見ているととてもそれは口に出せない。一体、何がそんなに悲しいの?

「あのさ。黒いのはさ、あたしに誕生日をお祝いされるのは迷惑? あっ……」

 とても辛そうな口調。口にしてはいけないことをつい喋ってしまったような感じ。

「何で、そんなことを思うの?」

 スイーツから発せられたのは全然思ってもみなかった言葉だった。

「だって……黒いのってばあたしには誕生日のこと全然話してくれないんだもん。だからあたしには祝って欲しくないのかなって」

 それを聞いて私はとても驚いて口が開いたまま閉じなくなってしまった。

この子、桐乃の言葉は全くの予想外のものだった。

「ちっ、違うわよ。私はただ、自分の誕生日を宣伝するのは恥ずかしいと思っただけなの。他意はないわよ」

 焦りながら桐乃に慌てて弁明する。

「何で? あたしたちは友達なんだから誕生日をお祝いしてあげたいって思うのは当たり前のことじゃないのよ!」

 桐乃は声を張り上げる。でもその声は震えていた。

「……ごめんなさい。私にはその当たり前がよくわからないの」

 友達のいなかった私には普通の誕生日というものがよくわからない。だけどそのよくわからないが桐乃を傷つけてしまったのは確かだった。

「黒いのにとってあたしは友達じゃないの? ねえ、どうなのっ?」

 桐乃の目蓋には涙が溜まっていた。必死に泣くものかと我慢している様が見て取れた。

 それを見て私は如何に自分がつまらないことを気にして桐乃を悲しませてしまっていたのかを思い知った。

 そしてどんなにこの子が私のことを大切に想ってくれているかも。だから……

「私たちは友達に決まってるじゃない」

 正面から桐乃のことを抱きしめた。

「本当?」

 桐乃の涙が私の前髪を濡らす。

「ええ、本当よ。私たちはずっと友達よ」

 桐乃を更に強く抱きしめる。

「本当に本当?」

「ええっ。だって私たちは友達だし、貴方は私の義理の妹になる子でしょ? 貴方と私はもう一生離れられない運命……そういう呪いに掛かっているのよ」

 思えば桐乃とは不思議な縁で知り合った。

 オタクっ娘集まれのオフ会に参加して、はぶられた者同士を沙織が引き合わせてくれたのが始まり。

 その桐乃は先輩がオフ会に参加することを積極的に勧めてくれたらしい。

 先輩と沙織という優しい人たちがいて、オフ会に馴染めなかったという不器用な私たちがいて、そんな偶然から始まった私たちの関係。

 いつ消滅してもおかしくない筈だった私たちの関係。それが今では一番大切な友達となっているのだから本当に不思議。

「つまり……あたしのことが大好きなんだよね…………お義姉ちゃんは」

「ええ、そうよ。憎たらしいと思うこともあるけれど、そんな気持ちじゃかき消せないぐらいに貴方のことが大好きよ」

 普段の口喧嘩でよく忘れてしまうけれども、私は学校を休んで空港まで迎えに行ってしまうぐらいに桐乃のことが大好きだった。今も好き。ううん、あの頃より今の方が大好き。

 先輩が私に愛情という命の源をくれるなら、桐乃は私に友情というやっぱり命の源をくれる。ホント、高坂兄妹は私が生きていく上で欠かせない成分にいつのまにかなってしまっている。

「じゃあさ、あたしもお誕生日祝いしていい?」

「ええ。貴方に祝ってもらえるなら嬉しいわ」

「お誕生日おめでとう……お義姉ちゃん」

 そう言って桐乃はやっと心からの笑顔を見せてくれた。

「ありがとう、桐乃」

 2人きりの誕生日というのもきっとロマンティックで素敵だと思う。

 だけど、2人より3人の方がきっともっと楽しい誕生日になる筈。

 2人きりの誕生日は私がもっと大人になってからでも構わないかなと思う。だって私はこれから何年経ったって先輩と一緒に誕生日を過ごすつもりなのだから。

 今日の為に準備したこの下着は活躍の場がなさそうでちょっと残念だけど。って、私ったら何を恥ずかしいことを考えているのかしら。

「じゃあさじゃあさ、沙織や地味子や瀬菜ちゃんも呼んでいい? みんな、お義姉ちゃんの誕生日をお祝いしたがっているよ」

「そうね。せっかくだから人生初めての賑やかな誕生日を過ごすのも楽しそうよね」

 賑やかな誕生日。それは私のこれまでの人生では全く無縁だったもの。そんな体験ができればきっと楽しいに違いない。

「後さ後さ、京介あたしにちょ~だい♪」

「それはだめ。先輩……京介さんは誰にも渡せないわ」

 桐乃のおでこを軽く指で突付く。幾ら義妹の頼みとはいえ聞けないことはある。

「チェッ。残念」

 桐乃も笑っているし、今は本気では言っていないみたいだけど。

「お~い、ケーキ買って来たぞ。って……」

 声を掛けながら先輩が部屋へと戻って来た。

 先輩の目には固く抱き合っている私と桐乃の姿が見えている筈。

「お前ら、ホントいつも仲良いよな。俺が買い物から帰って来る度に抱き合ってるし」

 買出しから帰ってきた先輩が呆れたような表情で私たちを見ている。

「あらっ、焼きもちかしら? 先輩もこうやって抱きしめて欲しい?」

 見せつけるように桐乃を強く抱きしめる。

「にへへへ~♪」

 桐乃は私に抱きしめられるがまま表情を崩している。そんな私たちに対して先輩は

「抱きしめて欲しいかと正面切って訊かれると返答しづらいのだが……」

 瞳を細めながら苦笑いを浮かべた。

「恋人同士なのに、抱きしめて欲しいって素直に言ってくれないのはちょっとガッカリだわ」

 寂しそうな表情を作って先輩から顔を背ける。代わりに見せ付けるように桐乃をより強く抱きしめる。桐乃はふにゃ~となっていて私にされるがままだ。

「いや、そうじゃなくてだなっ! 俺はいつだってお前を抱きしめたいという欲求を持っているが、妹の手前そんなことを言う訳にもいかなくてだなっ!」

「冗談よ。そんなに慌てなくて良いわよ」

 クスッと笑みが毀れる。先輩が動揺してくれたことがちょっとだけ嬉しい。

「先輩はさっき私と桐乃がいつも仲が良いと言ったけど、そうでもないわよ」

 桐乃の頭を触りながら先輩の言葉に首を横に振る。

「さっきだって、もう喋るのも嫌になるぐらい意見の食い違いが出たりしたもの」

「そうなのか?」

 先輩はよくわからないという風に首を傾げる。女心に鈍い先輩は、女同士の葛藤やしがらみの複雑さなど少しも理解できないのだと思う。でも、それでも伝えておきたいことは……

「でもね、私の義妹はそんな食い違いさえ気にならないほどに可愛かったりもするのよ」

 桐乃のおでこにキスしてみせる。

「私の義妹がこんなに可愛いわけがないって思うほどにね」

 先輩を見て微笑む。

 その先輩は私の顔を見ながら紅潮して呆け、それから繕ったように言葉を付け足した。

「……あっ、そうだそうだ。麻奈実と瀬菜と沙織がもうすぐここへ来るからさ。どうせならみんなでお祝いしようぜ」

 先輩の言葉を聞いて、やっぱりこの2人は兄妹なのだなって改めて確信する。2人とも、私のことを本当によく考えてくれている。

「って、もしかして2人きりの方が良かったか? 俺、その辺全然気が利かなくてさ……」

「いいえ。私と桐乃もちょうど同じことを考えていた所よ。今日はみんなで楽しく賑やかに過ごしましょ」

 先輩と桐乃に微笑んで返事してみせる。

 こうして私の人生で初めての賑やかな誕生日は始まりを告げたのだった。

 

 

 了

 

 

 


 
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