No.196927

そらのおとしもの 私のちょっと変わったお友達(スイカ・マニア) 前編

そらのおとしものfの二次創作作品です。
 『ヤンデレ・クイーン降臨』『逆襲のアストレア』とは平行世界のお正月用作品です。

 この作品は所謂小説というよりも見月そはらの、テレビアニメーションの第一期シリーズに対する回想が中心を占めています(その分、展開的な動きは少ないです)。
 第一期シリーズをちょっと思い出しつつ、またはこんな感じだったと参考にしてください。

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2011-01-20 21:09:31 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:3788   閲覧ユーザー数:3504

総文字数12,700字 原稿用紙表記42枚

 

そらのおとしもの二次創作

私のちょっと変わったお友達(スイカ・マニア) 前編

 

 

「イカロスさん、自分の家だと思ってくつろいでね」

「……お邪魔、します」

 イカロスさんの手を引きながら自室へと案内します。

 イカロスさんの身になれば今はとても大変な時ですが、彼女と一緒に生活できるということが私にはとても楽しみだったりします。とても不謹慎なのは重々わかっていますが。

「とにかく、あの意地っ張りのお子様がきちんと謝って来るまではイカロスさんの方から折れちゃダメよ。本人の為にならないから」

「……はい」

 前代未聞のイカロスさんの家出。

 その責は明らかにイカロスさんのマスターである彼の方にあります。

 元々自制心に乏しく我侭な人なので、今回の件では大いに反省してもらおうというのが私の考えです。

 それは今まで散々言いようにいいなりにされて来たイカロスさんの為であり、今まで多くの迷惑を掛けられて来た私や他の女の子の為でもあります。

 だから今回は断固たる処置を採りたいと思います。

「……マスター、大丈夫、でしょうか?」

「いきなり心配していたんじゃ家出の意味がなくなっちゃうよ……」

 予想通りの反応を示すイカロスさんに軽く溜息が吐き出されます。

 ちょっと微笑ましくも難儀な現状に私は空を仰ぐのでした。

 

 

 

 

 

 私の名前は見月そはらと言います。

 福岡県の空美町という名前通りに空の綺麗な自然豊かな田舎町に住んでいる空美学園の2年生の女の子です。

 瓦なら50枚は軽く割る殺人チョップが得意だったりしますが、それ以外はごく普通の女の子だと思ってます。

 胸の大きさをみんなから羨ましがられたりしますが、私としてはお腹のお肉の方が気になります。テニス部に所属しているのも半分はダイエットが目的だったりします。

 勉強は英語が、特に発音がちょっと苦手ですが、他の教科はそこそこです。

 そんな私には少し変わったクラスメイトのお友達がいます。

 その娘の名前はイカロスさん。

 背中に大きな白い翼が生えていて飛ぶことができる綺麗でスタイルも良いとても可愛いらしい女の子です。

 イカロスさんは普段は口数が少なくぼぉ~としていて、でも、とても純真で優しくて素直で不思議な雰囲気を漂わせています。

 そのイカロスさんはここ空美町の上空に秘密裏に浮かんでいるシナプスという所で作られたエンジェロイドだそうです。

 エンジェロイドというのが何なのかは私にはよくわかりませんが、人間そっくりなロボットといった所でしょうか?

 でも、イカロスさんたちエンジェロイドはご飯も食べますし、お風呂にも入りますし、肌はプニプニしてますし、痛みも感じますし、血も流れていますし、心も持っています。

 だから、限りなく人間に近くて、人間以上の能力を持っている存在。それがエンジェロイドなのだと思います。

 もっとも、人間らしく振舞いたいと思っているイカロスさんは自分を人間より劣った存在だと思っている節があるようですが……。

 そんなイカロスさんは私の大切なお友達です。

 でも、最近はお友達という他にもう一つの名称を付けて説明する必要ができました。

 それは、イカロスさんが私と同じ男の子を好きになった恋のライバルでもあるというものです。

 

 

 

 私とイカロスさんは桜井智樹くんという同じ男の子を好きになりました。

 智ちゃんは隣家に住む同い年の男の子で、性格は一言で言えば……人の痛みを感じ取れて優しい心を持っているけれど、ちょっと、ううん、凄くエッチです。

 暇さえあれば窓越しに私の着替えや入浴を覗こうとして来ます。

 でも私はそんな智ちゃんが大好きなんです。毎晩2人が結婚生活を送っている夢を見ちゃうぐらいに大好きなんです。

 気持ちを直接伝えたことはありませんけど、私は智ちゃんが大好きです。

 

 そんな智ちゃんとの出会いはもう10年も前のことになります。

 幼い頃の私は体が弱くて幼稚園や学校にろくに通えず、療養も兼ねてこの空美町へと引っ越して来ました。

 ですが環境が変わっても急に体が良くなる訳でもなく、私は毎日毎日部屋の中で寝ているだけの憂鬱な生活を過ごしていました。

 そんな生活を送っていたので私には友達と呼べる子が全然いませんでした。

 そんな中で智ちゃんだけがよく私に会いに来てくれました。

 会いに来てくれたというよりは、家が隣なので単にうちを遊び場にしていただけのことなのかもしれません。

 でも、とにかく智ちゃんだけが私にとって唯一の遊び相手でありお友達でした。

 だけど私は幼い頃智ちゃんのことがあまり好きではありませんでした。

 智ちゃんは自分勝手で、しかも悪戯好きだったので私はよく泣かされていたからです。

 私が殺人チョップを編み出したのも、元はといえば智ちゃんの空手ゴッコに無理矢理つき合わされたのが始まりです。

 乱暴な智ちゃんではなく、もっと優しい人が遊びに来てくれれば良いのにっていつも思っていました。

 

 そんな私がいつの頃から智ちゃんを異性として意識し始めたのかは自分でもよくわかりません。

 漫画やドラマのような特別な事件が起きて……ということもなく、気が付けば、私の心の中に智ちゃんが占める割合はどんどんと大きくなっていました。

 自分でも気付かない間に、という表現が私の智ちゃんへの想いを表すのにぴったりなのだと思います。

 いつの間にか私の目は智ちゃんだけを追い掛けるようになっていました。

 智ちゃんの見るものを私も見ていました。大半がエッチなものだったので殺人チョップで応えることがほとんどでしたが、私は智ちゃんと同じ場所にいたかったのです。

 それに私と智ちゃんは実際一緒にいることが多かったです。今でも一緒に登校していますし、クラスもいつも一緒でした。

 そんな感じでいつも一緒にいたので空美学園に入学した頃には周囲の子たちから私たちの関係をからかわれるようになっていました。

 私は顔を真っ赤にして否定していましたが、内心はちょっとだけ嬉しかったりしました。みんなから私たちがお似合いだと思われていることは心を浮き上がらせてくれました。

 

 でも、智ちゃんは私をエッチな目で見る以上には特別に何かある訳でもなく、私から告白ということもありませんでした。

 私たちは仲の良い幼馴染という関係のままでした。

 それでも私はその居心地の良い関係に満足していました。

 エッチな智ちゃんは女子生徒から人気が全くなく、恋のライバルと呼ぶ人がいなかったからです。

 だから彼女じゃなくても私は自分が智ちゃんの一番近しい女の子なのだと安心していました。

 そんな私の安心、ううん、慢心が根元から突き崩れたのが、イカロスさんの登場によってでした。

 

 

 

 私が初めてイカロスさんを見たのは智ちゃんの部屋でした。

 いつものように智ちゃんを起こしに行ったら、イカロスさんは布団の上に押し倒されていました。

 その光景を見た瞬間、私の胸に湧き上がった感情は3つありました。

 一つ目は智ちゃんに対する怒りの気持ちです。嫉妬といった方が早いかもしれません。

 私以外の女の子を部屋に入れて、しかもいかがわしいことをするかのような体勢でいたことが許せませんでした。

 だから私は即座に智ちゃんに殺人チョップを繰り出しました。

 多分智ちゃんは、私が破廉恥行為に怒ったのだとしか考えていないと思います。私が抱いたもう2つの気持ちに気付かずに。

 二つ目は滅茶苦茶という枕詞を付けてしまうほどに可愛いイカロスさんを見た瞬間に覚えた焦りとも絶望とも言える衝撃です。

 女の子としての魅力で私はこの子に敵わない。そう瞬時に認識しました。こんな可愛い子が智ちゃんを巡るライバルになったらと思うと背筋が凍りつきそうでした。

 そして三つ目は、智ちゃんに近寄る女の子はいないと慢心して何の行動も起こさないでいた自分に対する怒りの気持ちでした。

 こんな光景を見る羽目になった責任の半分は私にある。そう思ったのです。智ちゃんに対して以上に自分自身に対する怒りが私の中で渦巻いていたのでした。

 

 その後、智ちゃんがイカロスさんを押し倒しているのは偶然が重なった事故だったことがわかりました。

 それで少しホッとしました。智ちゃんとイカロスさんがそういう仲じゃないことがわかったからです。

 でも、空から落ちて来て行く所がないイカロスさんが、一人暮らしをしている智ちゃんの家で暮らすことになって私は大いに焦りました。

 しかもイカロスさんは智ちゃんの言うことなら何でも聞いて一生懸命に尽くす、男の子にとってとても都合の良いタイプの女の子です。

 こんな可愛い子と一緒に住んでいたら、智ちゃんは絶対にイカロスさんに夢中になる。私は智ちゃんの一番じゃいられなくなる。

 それを考えるだけで、私は不安で押し潰されてしまいそうでした。それで智ちゃんの部屋の様子が今まで以上に気になるようになりました。

 そして不安は更に困った方向で的中することになったのです。

 

 

 

 私にとって予想外だったこと。それはイカロスさんがとても良い娘だったことです。

 イカロスさんはとても純真で素直で優しくて、嫌うことなんかできませんでした。

 記憶をなくし地上での生活に不慣れなイカロスさんを気が付けばいつも手助けしていました。

 イカロスさんが地上での生活に馴染めば馴染むほど、智ちゃんに気に入られれば入られるほど私の恋が成就する可能性が低くなっていくことを知りながらです。

 私は恋敵に塩を送る行為を率先してやっていました。

 でも、それをせずにいられない程にイカロスさんはとても良い娘で、気付けば私は自分からイカロスさんの友達になっていました。

 智ちゃんと仲よさそうに一緒にいるイカロスさんを見ると切なさが全身を締め付けるのに、1人でいる彼女の姿を見ると助けずにはいられない。

 彼女の力になりたい。彼女に幸せになって欲しい。

 私はイカロスさんに対してそんな相反する感情を抱きながら接するようになりました。

 自分の中に偽善と虚無を感じながら、イカロスさんの友達をやめることも、智ちゃんへの恋心を捨てることもできませんでした。

 

 そんな私の状況が更に変わったのは、ニンフさんが智ちゃんの家にやって来たことによります。

 ニンフさんは、イカロスさんと同じシナプスから来たエンジェロイドで、妖精の名の通りに小さくて可愛らしい女の子です。

 甘いものと昼ドラが大好きで、ほとんど無表情なイカロスさんと違い情緒豊かな子です。

 でも時々少し怖い部分もあって、守形先輩は何か裏があって地上に降りて来ているのだろうと言っていました。

 

 ニンフさんが現れてからイカロスさんも変わりました。

 前より聡明になったというか、忘れていた記憶を思い出したというか、とにかく言動が変わりました。

 出会った頃は字を書くことがほとんどできませんでしたが、ニンフさんが来てからは先生並みに頭が良くなりました。

 そして、何かによく思い悩むようになりました。

 何に悩んでいたのか当時はわかりませんでしたが、イカロスさんは深刻な表情を智ちゃんを見ながら浮かべるようになりました。智ちゃんは気付いていなかったようですが。

 

 ニンフさんの登場は私にも大きな変化をもたらしました。

 ニンフさんが来たことで桜井家に住む女の子は2人になりました。

 それは私にとって頭の痛い問題でもありましたが、同時に安心感を得られる材料でもありました。

 智ちゃんとイカロスさんの2人きりの生活が終わりを告げたからです。

 智ちゃんはイカロスさんとニンフさんをまとめて未確認生物と呼び、平穏を脅かされたと我が身の不幸を一層嘆くようになりました。

 ニンフさんが来てからは智ちゃんとイカロスさんが良い雰囲気になるのも減りました。

 つまり、ニンフさんの登場は私の恋模様にとっては小康状態をもたらしたのです。

 それは私にとって喜ばしいことでした。

 でも、その小康状態はいつまでも続くものではなかったのです……。

 

 

 

 小康状態の終わり、それはニンフさんの変化によって生じました。

 私は自分の周囲の人々の中で最近一番変わったのはニンフさんだと思っています。

 

 ニンフさんはシナプスのマスターという悪い人の命令でイカロスさんを連れ戻しに地上に来ていました。

 その過程でイカロスさんは自分が兵器として開発されて過去に多くの人々を傷付けたエンジェロイドであることを思い出し、智ちゃんに嫌われるのではと悩んでいたのでした。

 一方でニンフさんは地上に来て智ちゃんの優しさに触れて性格が丸くなり、恋もして、もっともっと可愛らしい女の子になりました。

 そして雪の舞うあのクリスマスの日、ニンフさんはシナプスを裏切りました。

 追っ手との戦いでニンフさんはとても綺麗だった翼を失い、代わりに悪い人から解放されました。

 私も、智ちゃんや守形先輩、生徒会長と共にニンフさんを縛り付けていた鎖を断ち切るお手伝いをしました。

 それからイカロスさんが悪い人の追っ手を振り払う為に本気で戦う姿を初めて見ました。その圧倒的なまでの戦闘能力は本来ならとても怖いものなのだと思います。

 でも、ニンフさんを助ける為にその能力を解放したイカロスさんはとても格好良く見えました。 智ちゃんが昔好きだった正義のヒーローみたいでした。

 

 あのクリスマスを経て2人は大きく変わりました。

 智ちゃんはあまり気付いていないみたいだけど、2人の内面は大きく変わりました。

 ニンフさんはすごく可愛い恋する乙女になりました。どうして智ちゃんが気付かないのか不思議なぐらいに恋の熱視線を送っています。

 イカロスさんは全幅の信頼を智ちゃんに寄せるようになりました。やっぱりどうして智ちゃんが気付かないのかわからないぐらいに恋の熱視線を送っています。

 恋のライバルはパワーアップを遂げたのです。私が何も変わらないのと対照的でした。

 智ちゃんが2人の内のどちらかを恋人に選んでいないことが不思議でなりません。

 それはきっと智ちゃんが色恋沙汰に鈍いからなのだとは思います。ううん、それよりも自分は異性にはモテないと固く信じているからなのだと思います。そして、女の子の気持ちを正面から受け入れようとしないシャイ、というか意気地なしだからだと思います。

 ですが、ともかく智ちゃんの恋人の座が空席の以上、私にもまだチャンスはあります。

 夢の中で恋人になったり、結婚したり、赤ちゃんプレイしたり、婦警さんプレイしたり、あ~れ~お代官様プレイしたり、一緒にお風呂に入ったり、キッスをしたりするのではなく、現実の中で行動を起こさなくてはいけません。

 想像の中で2人きりで旅行に行ったり、お泊りするだけじゃ駄目なんです。

 それはわかっているんです。

 ライバルは強力で、智ちゃんの恋人の座にいつ収まってもおかしくありません。

 でも、行動に移れないんです。

 智ちゃんの顔を見ると素直になれないんです。

 気付くと智ちゃんを怒って殺人チョップしているんです。

 智ちゃんに私から「好きです」って言えないんです。

 だって、女の子ですから……。

 男の子から好きって言って欲しいんです。それが乙女心だと思います。

 でも、乙女心を貫いていると、この恋のバトルに破れてしまいそうなんです。

 だから、とても困るんです……。

 

 

 

 

 

 それからアストレアさんがシナプスからやって来て、何だかんだで智ちゃんに恋をしました。

 でもその件は些細なことなので話を省略したいと思います。

 アストレアさんだし、別に構わないですよね。

 

 

 

 

 智ちゃんは全く自覚がありませんが、イカロスさん、ニンフさん、私、ついでにアストレアさんからモテモテです。

 地上の全てのモテ男を根絶しようとする武装集団フラレテルビーイングは智ちゃんに対して武力介入を決定したという話も聞きます。

 智ちゃんの身に危険が迫っているのかもしれません。

 だからこそ私は一刻も早く智ちゃんと恋仲にならなくてはなりません。

 私が智ちゃんをこの胸に抱きしめながら直接守るんです。

 そう決意したこのお正月です。

 そう。決意だけ、なんです……。

「今年も、私たちの関係は変わらないのかな……」

 今年も私と智ちゃんの仲は幼馴染のまま、なのかもしれません。

 それを考えると溜息が漏れてしまいます。

 イカロスさんたちは時間を経るごとに智ちゃんと親密になっていると言うのに。

「イカロスさん、今頃何をしてるんだろう?」

 気になったので私はお正月の挨拶がてら桜井家を訪れることにしました。

 

「それじゃあちょっと出掛けて来るね」

 玄関で靴を履きながら両親に声を掛けます。

 そして扉を開けた瞬間でした。

 『ボンッ』と大きな音がしました。

「何で私がお正月早々こんな目にぃいいいいいいぃ~っ!?」

 それからアストレアさんが爆風に巻き上げられて大空へと飛んで行くのが見えました。

 星になったアストレアさんは大空にシルエットになって笑顔でキメていました。

「いつも通りよね」

 新年になったからと言って何か特別なことが起きるとは限りません。

 去年の延長が今年。世の中、年があけてもそうそう変わるものではありません。

 気を取り直して智ちゃんの顔を見に行こうと思います。

「……シュン」

 と思ったら、うちの敷地の外にイカロスさんが落ち込んだ表情で立っていました。

 捨てられた子犬オーラを発しているイカロスさんは誰の目にもわかるほど沈んでいます。

「どうしたの、イカロスさん?」

 お正月早々にイカロスさんは一体どうしたのでしょうか?

「……マスターの、元に、いられなくなって、家出して、来ました」

「へぇ~。イカロスさんが家出なんて珍しい。って…………えぇえええぇっ!? イカロスさんが、家出ぇ~っ!?」

 イカロスさんの口からは思ってもみなかった言葉が飛び出しました。

 これが、新年の真の実力といった所なのでしょうか……。

 家の中のお母さん、新年は私が考える以上に恐ろしい所のようです。

 

 

 

「イカロスさんがぁ、家出ぇえええぇっ!?」

 智ちゃんに忠実でどんな命令でもこなして来たイカロスさんが家出なんて信じられません。

 でも、イカロスさんの背中には唐草模様の風呂敷が背負われており、どこからどう見ても古式ゆかしい家出スタイルです。

 イカロスさんの家出は本当なのかもしれません。

 でも、わかりません。

「どうしてイカロスさんが家出を……っ?」

 女子更衣室や女湯の覗きの手伝いをさせても嫌な顔一つ見せないイカロスさんが何故突然家出を?

 まっ、まさか……っ!

 

『イカロス、地上の年の越し方を教えてやる(スケベ顔全開、鼻息風速70m)』

『……はい、マスター(無防備かつ無表情)』

『地上では大晦日の晩に溜まりに溜まった108つの煩悩を全て満たして解消してしまうことで、来年に煩悩を持ち越さないようにするんだ。そういう訳で俺の煩悩充足に協力しろ。むっひょっひょっひょっひょ(クロス・アウッは0.005秒で全裸になれます)』

『……あ~れ~(無抵抗は裸王様には通じません)』

『やっぱり元旦の朝は目覚めのモーニングコーヒーで決まりだぜ。ゲップ(コーヒーは意外にブラック派です)』

『……マスターの、ケダモノ。グスン(Falling Downな穢れた私な心境)』

 

 なんていうことがあったんじゃっ!

「イカロスさんっ、体は大丈夫っ? お医者さんに一緒に行こうかっ? 私は、イカロスさんの味方だからね。会長に頼んで良い弁護士を紹介してもらうから、泣き寝入りはダメ!」

 まさか、まさか、私が初夢に見た内容がイカロスさんの身に起きてしまうなんて。なっ、何て破廉恥なっ!

「……大丈夫です。体は、何ともありません」

「体はっ!? って、ことは体じゃなくて心がっ!」

 それじゃあ、イカロスさんは智ちゃんに精神的に耐え難いことをされたんだ。

 きっと、こんな……

 

『イカロス、大晦日は全裸で過ごして服にまとわり付いた邪気を全部祓うのが地上の習わしだ。だからイカロス、お前も早く脱げ(紳士な野獣を気取るただの野獣)』

『……マスター、恥ずかしい、です(事務所のオーケーは肩見せまでです。水着はNG)』

『だったらせめて、俺の男の生き様を見ろぉおおおぉ。そ~れ、むっひょっひょっひょ(世紀末覇者裸王伝説)』

『……もう、お嫁に、いけません。グスン(映像を消去されないように厳重にプロテクトを掛けながら保存しました)』

 

 なんていうことがあったんじゃっ!

「イカロスさんっ、どんなに辛くてもセクハラに屈しちゃダメよ! 大丈夫。私が、仇を討ってあげるから!」

 まさか、まさか、私が寝直してから見た新年二度目の夢の内容がイカロスさんの身に起きてしまうなんて!

 なっ、何て破廉恥なっ!

「お痛が過ぎた智ちゃんにはおしおきが必要よねっ!」

 私じゃなくて、イカロスさんに破廉恥な真似をするなんて許せません。

 智ちゃんには殺人チョップを見舞ってやらないと気が済みません。

 これは断じて嫉妬などではありません。

 智ちゃんが私じゃなくてイカロスさんを選んだことへの報復でもありません。

 正義。

 そう、私がこれから行おうとしているのは正義の裁きなのです。テロじゃありません。

「……あの、そはらさん……」

「大丈夫。私に任せておいて。女の子を泣き寝入りさせるような社会には私がさせない」

 のっしのっしと大きな足音を立てながら隣家へと近付いていきます。

 破廉恥な行為をした智ちゃんには、おしおきが必要なんです!

 

 

 

「そはらじゃない? こんな朝早くからどうしたの?」

 玄関前に到着します。

 桜井家の玄関の壁に寄り掛かりながらキャンディーを舐めていたのはニンフさんでした。

「とりあえず、年始の挨拶かな? あけましておめでとう、ニンフさん」

「それはわざわざご丁寧に。あけましておめでとうよ、そはら」

 お互いに軽く頭を下げます。

 親しい仲にも礼儀ありと言いますし、やっぱりこういう礼節は大切にしたいと思います。

「で、後ろに家出した筈のアルファがいるということは別の用事で来たんでしょ?」

 ニンフさんは私の3歩後ろでどんよりと暗い影を落としながら佇むイカロスさんを見ています。

「うん。イカロスさんのことで智ちゃんをちょっと問い詰めようと思って」

 イカロスさんを家出させる程に追い詰めた智ちゃんを放置する訳にはいきません。

「う~ん。智樹をおしおきするのは一向に構わないのだけど、それはもうちょっと後からの方が良いわよ」

「えっ? それってどういう?」

 ニンフさんは謎の言葉を発したかと思うとキャンディーを舐めるのをやめて空を見上げました。

 私もつられて空を見上げます。すると……

「うっ、うっ、うわらばぁああああああああぁあああぁっ!」

 智ちゃんが種子島宇宙センターから発射されるロケットのごとく、凄い勢いで上空に向かって吹き上げられていくのが見えました。

「バカよね、智樹もデルタも。スイカ畑には手を出すなってあれほど言ったのに」

 ニンフさんは冷めた視線で飛んでいく智ちゃんを見上げています。

「……マ、マスター……っ」

 対照的にイカロスさんは太陽に向かって飛んでいく智ちゃんを見ながら狼狽しています。

「……助けに、行かなくちゃ」

 イカロスさんが普段は小さく収納している翼を本来の大きさに広げ直します。

「無駄よ。幾らアルファの飛行能力でも智樹に追いつくことはできないわよ」

「……でも」

「地球の重力が働いている圏内で失速して止まったら勝手に落ちて来るわよ」

 ニンフさんはあくまで冷静です。

 地球の重力圏を突破しちゃったらどうなるのだろう。地球に戻れずに生物と鉱物の中間体になって考えるのをやめちゃうのかな? そんなことも思いましたが、口を挟めません。

「人の大事なものを踏みにじったのだから良い薬よ。おしおきだから助けちゃダメよ」

「……シュン」

 ニンフさんの口調は、智ちゃんとアストレアさんがどうして大空に舞うことになったのか知っているものでした。

 そしてそれは、イカロスさんの元気がない原因と連動しているようです。

「ねえ、ニンフさん。何があったのか話してくれないかな?」

 私は、事情を知っていそうなニンフさんに、口下手なイカロスさんの代わりに尋ねてみることにしました。

 

 

 

 一体、お正月の桜井家で何が起きたのでしょうか?

「まあ、結局全部智樹とデルタが悪いっていう話なんだけどね」

 ニンフさんは軽く溜息を吐き出しました。

 星になった2人を見ればそんな気がしますが、とにかく話を聞いてみたいと思います。

「アルファがスイカに強い執着を抱いているスイカ・マニアなのは知っているわよね?」

 ニンフさんの話の切り口はちょっと変わったものでした。

「うん。勿論知っているよ。イカロスさんがスイカを大好きになったのは、守形先輩たちとキャンプして初めてのおつかいを頼んだ時からだもん」

 イカロスさんがスイカを大好きになったのは、彼女が地上にやって来てからまだ間もない頃のこと。それはまだニンフさんが地上に降りて来る前のことでした。

 あの時智ちゃんは隠し持っていたパンツが大爆発を起こして家を失い、イカロスさんと共に放浪の旅に出ていました。

 その途中で川原でテントを張って寝泊りしている守形先輩の所にいき、みんなでキャンプという流れになりました。

 それでカレーを作ることになりイカロスさんが買い物を担当することになりました。

 イカロスさんの初めてのおつかいが気になった私たちは悪いと思いながらこっそり尾けました。

 そして私たちが目にしたのは、八百屋さんで、カレーとは無縁のスイカに強い執着を示したイカロスさんの姿でした。

 イカロスさんは結局スイカを購入し、大事そうに抱えて私たちの元へと帰って来ました。

イカロスさんはその後もスイカを大事に扱い続け、智ちゃんがデザートに食べようとしても決して離そうとしませんでした。

 それは私が知る限り、イカロスさんが初めて智ちゃんに逆らった瞬間でした。スイカはそれぐらいイカロスさんにとって重要なものなのです。

 でも、どうしてスイカなのかは私にもよくわかりません。イカロスさんがスイカについて直接的に何か語ったことはありません。

 守形先輩はスイカと新大陸、つまりシナプスが関係しているからだと睨んでいますが信憑性には乏しい気がします。

 ニンフさんもアストレアさんもスイカに特に思い入れがないからです。甘い食べ物の一つぐらいにしか考えていません。

 とにかく私にわかるのは、イカロスさんにとってスイカは絶対服従の筈の智ちゃんにまで逆らいうる特別なものだということです。

 

「で、アルファはスイカを決して食べないのよ。そしてアルファはスイカの中身がダメになっても決して捨てない。だから物置には、中がスカスカで皮だけになったスイカの残骸が山のように並んでたのよ」

「それは、壮絶な光景かも……」

 臭いも大変なんじゃないかと思います。でも、我が家にスイカの腐った臭いが流れ込んで来たことはないのでその辺はイカロスさんがきちんと処理しているのだと思います。

「それでね、今日はお正月ってことで、智樹とデルタが空美町一のバカの座を掛けてゲーム合戦をしていたのよ」

「智ちゃんとアストレアさん、遊ぶ時は息がぴったり合っているもんね」

 智ちゃんとアストレアさんは友達という表現がぴったりの仲です。気の合う悪戯っこが2人。

でも、そこは男女の仲ですし、アストレアさんは智ちゃんのことが大好きですから気を抜くわけにもいきません。アストレアさんはダークホースです。もうお空のお星様になってしまいましたが。

「最初はカルタとか羽根突きとかTVゲームとか普通の対決だったんだけど、段々ヒートアップしていってね。家中使って暴れ回るようになっていったのよ」

「あはははは。何か、光景が目に浮かぶよ」

 物を投げ合いながら鬼ごっこをしている2人の姿が目に浮かびます。

「それで、止まらなくなった2人は物置に入ってアルファのスイカ・コレクションに手を出したの。今物置と庭は、投げつけられて飛び散ったスイカの残骸で見るも無残な血染め地獄と化しているわよ」

「うわぁ。それは酷い……」

 ここ玄関前からは見えない庭の惨状を思うと額にしわが寄ってしまいます。

 そして、大切にしていたコレクションをそんな風に遊びの為に無残に台無しにされてしまったイカロスさんの心境を思うと胸が締め付けられます。

 イカロスさん、それで……

「でね、話はそれだけで終わらなかったのよ」

「というと?」

 智ちゃんとアストレアさんが犯人だという仮定を組み入れて想像すると……何だか、その先の展開が見えて来た気がします。

「お互いにね、罪の擦り合いを始めたのよ。それはもう盛大に」

「やっぱり……」

 2人とも子供っぽいから。

 

「大事なコレクションをダメにされて悲しんでいた所に、自分の責任を回避しようとする2人の大喧嘩を見せられて、流石のアルファも怒った訳よ」

「智ちゃんたち、同情の余地がないよ」

 こんな優しいイカロスさんを怒らせるなんてあの2人、どれだけ派手な喧嘩をしたのでしょうか?

「で、アルテミスの照準を向けられた所で2人は喧嘩をやめたのだけど、今度は謝りもせずに、自分たちのしでかしたことが何でもないかの様に振舞い始めたの」

「智ちゃんたち、どこまでデリカシーがないの?」

 やっぱり2人は……空美町を代表するバカで間違いないのかもしれません。

「それで、智樹たちは元通りにすれば良いんでしょみたいなことを言い出して、デルタがスイカの種を持ってアルファの管理しているスイカ畑に走っていったのよ」

「今、冬なのに種を植えたって」

 冬にスイカがなる筈がないのに。

「まあそれについては桜井家のスイカ畑は私が以前ジャミング・システムで栽培促進のプログラムを施したままだから、何かを植えると季節天候に関係なく生長が早いのは確かなのよ。でもね……」

「でも?」

「畑荒らし対策に要塞と化しているスイカ畑に、アルファ以外が足を踏み入れようとする行為自体が自殺行為なのよ」

「ああ、それで……」

 大きな爆発と星になった智ちゃん、アストレアさんたちが1本で繋がった気がしました。

「デルタがスイカ畑に足を踏み入れてまず星になって、そのデルタをバカにしながら進入した智樹が今しがた星になったという話よ」

 予想通りの結末です。

 その、あまりの情けなさに私はしばらく口を開くことができませんでした。

 

 

 

「それで、そはらにお願いなんだけど」

「うん。智ちゃんが今回の件をきちんと反省するまでイカロスさんはうちで預かるわ」

「よろしく頼むわね」

 イカロスさんの家出。その原因は完全に智ちゃんにあります。

 だから、智ちゃんがきちんと謝るまでイカロスさんは家に戻らない方が良いと思います。

 智ちゃんには真摯な反省が必要です。

「……でも、そはらさんに、ご迷惑では?」

 イカロスさんが申し訳なさそうな緑色の瞳で私を見ています。そんな彼女に私は首を横に振りながら答えました。

「迷惑なんてことは全然ないよ。むしろイカロスさんが私を頼ってくれたことが嬉しいよ」

 家出したイカロスさんが私の家の前にいた。それって、イカロスさんが私を頼ってくれているという証でもあります。家出という大変な事態ですが、それでもイカロスさんの私への信頼がわかって嬉しかったりもします。

「イカロスさん、いつまでもうちにいて良いからね」

「……ありがとうございます」

 頭を下げるイカロスさんの手を握って迎え入れます。

「アルファのことはよろしく頼むわね。私は智樹の方を何とかしてみるわ。頑固だから難航しそうな気がするけど」

「智ちゃんそういう所、頑固だもんねぇ」

 智ちゃんは頑固というか子供っぽい所があります。1度こうと決めると、なかなか折れません。今回の件も自分は悪くないと思っているようですから、反省させるのは難しいかもしれません。

「アルファがいないと家事が色々と困るから、私も頑張って智樹を説得するわ」

「智ちゃんのことはお願いね、ニンフさん」

 こうして智ちゃんが反省するまでの間、イカロスさんは私の家で暮らすことになったのでした。

 

 

後編に続く

 

 

 

 


 
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