No.352988

あやせたんクリスマスる

さあ、クリスマスだ。
心を込めて祝おうじゃないか。愛で地球が満たされますように。
第五段 俺の妹がこんなに可愛いわけがない その2

フラレテル・ビーイング本拠地の空美町のお話と最大の激戦地のひとつである冬木市の物語はもうちょっと時間が掛かります。

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2011-12-26 01:28:53 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:6651   閲覧ユーザー数:2763

 

 

「あやせ。人生初めてのアルコールの味はどうだ?」

 高層ホテルのスカイラウンジの一角、グレーのスーツ姿の京介さんがわたしにお酒の味を尋ねてきました。

「とても甘くて美味しいです。でも、中学生を酔わせてどうするつもりなんですか?」

 京介さんにクスッと微笑んで返します。

 わたしは人生初体験中のこの甘いアルコールカクテルに酔ってしまっています。

 ううん。甘いのはお酒だけじゃありません。わたしはこのフロア、そして目の前の京介さんが醸し出す甘い雰囲気にも酔っているのだと思います。

 わたしの視界は微かに回って見えます。でも、それがとても心地よいのです。これが、大人のお酒というものなのでしょうか。きっとそうなのだと思います。

「実は今日、このホテルに部屋を取っている。酔いはその部屋でゆっくりと醒ましてくれれば良いさ」

 京介さんのその言葉を聞いてわたしの心臓は一瞬破裂しそうになるほどに大きく高鳴りました。全身が真っ赤に熱を持っていきます。

「そう、ですか。あ、ありがとうございます」

 京介さんの言葉の意味がわからないほどにわたしは子供ではありませんでした。

 ううん。京介さんにスカイラウンジに誘われた時からこの展開は予測していました。

 いいえ。それも正確ではありません。わたしは、今日、12月24日に京介さんに誘われた時点でもう覚悟を決めていたのです。

 そう。今日はわたしの人生の中でも最も特別な日になることは既に決まっていたのです。

 

「部屋まで、連れていって下さいますか?」

 覚悟を決めて立ち上がり京介さんの腕を取って組み、頭を彼に預けます。

 生まれて初めて男性と腕を組みました。

京介さんとわたしが釣り合っているように見えているのかとても心配です。わたしはまだ中学生の子供だから。

 なので今日は背伸びして胸元の大きく開いた赤いドレスを着てみました。けれどこのドレスも京介さんが本当に気に入ってくれているのか心配です。

「レディーのエスコートは紳士の役目だからな。任は果たさせてもらうさ」

 京介さんにレディーと言って頂けてホッとしました。

 そして京介さんは酔いが回っているわたしが転ばないように慎重に、けれど優雅にわたしをエスコートして下さいました。

 今日の京介さんは本当に素敵です。いつもですけど。

 

「着いたぞ、あやせ」

 京介さんがホテルの24階にある一室の扉を開けました。

 この部屋で、わたしは……。

 それを考えると酔った頬に更に赤みが刺すのを感じました。

「あの……っ」

「何だ?」

 部屋の中へと1歩足を踏み入れた京介さんに声を掛けます。

「その……恥ずかしいので、電灯は付けないで頂けますか」

 今だって本当は恥ずかしさで死んでしまいそうなぐらいなんです。

 もしここで京介さんの顔を光を浴びながらまともに見てしまったら。京介さんの裸をはっきりと見てしまったら。わたしの裸を京介さんにマジマジと見られてしまったら。

 わたしは恥ずかしさと酔いからきっと気を失ってしまうに違いありません。

 そうしたらその、大切なしょ、しょ、初体験が台無しになってしまうかもしれません。それどころか京介さんに呆れられて捨てられてしまうなんて事態にもなりかねません。

 そんな最悪な事態だけは避けたいと思います。

「それからその……暗くて足元がよく見えないので……京介さんがわたしをベッドまで運んで頂けますか」

 ほとんど視力の利かない空間でも、大きなダブルベッドが部屋の中央に鎮座しているのは目に映っていました。

 あそこでこれからわたしは京介さんに……。

 それを考えるとわたしの体は恥ずかしさから硬直して動かなくなっていました。

「お姫さまに室内で怪我される訳にはいかないもんな」

 京介さんの手がわたしの膝の裏へと回りました。

 そして一瞬遅れてわたしの体は宙に浮きました。

 京介さんがわたしをお姫さま抱っこしたのです。

 生まれて初めてのそれはすごく恥ずかしいものでした。ですが、京介さんのお姫さまなのだと思うと凄く誇らしくて嬉しい気分になりました。

 振り落とされない為と自分に理由を付けながら京介さんの首に固く抱きつきます。

 間近で京介さんの吐息を感じられてわたしはとても幸せです。

 そしてこの幸せ電車の終点はすぐにやって来ました。

 わたしは優しくベッドの上に横たえられたのです。

 それが意味することを考えてわたしの頬はまた熱を持ちました。

 

 京介さんが自分の衣服を脱いでいく衣ずれの音がベッドの端から聞こえてきます。

 一方でわたしは酔いと緊張のせいで体が全く動きません。ベッドの上でマグロ状態です。

 でも、仕方ないじゃないですか。

 こんなこと、生まれて初めての体験なのですから。

 だけどこのままマグロになってもいられません。

 京介さんに服を脱がされるのは恥ずかし過ぎるので自分で脱がないといけません。

 でも、やっぱりそれよりその、エッチなことをする前にシャワーを浴びておきたいです。

 もし、京介さんに『あやせって体臭キツいな』なんて冗談ででも言われたらもう舌を噛んで死ぬしかありません。

 ですが体も動かないのにシャワーを主張するのも場の雰囲気を白けさせちゃいます。場合によってはわたしが京介さんを遠巻きに拒もうとしていると誤解されかねません。

 苦労して苦労してやっと掴んだ彼女の座。その、やはりここは京介さんに全てを委ねたいと思います。

 京介さんの服を脱ぐ音が止まりました。

 えっと、これは……。

 わたしの頬がまた熱を持ちました。京介さんの裸を見てしまわないように固く目を瞑ります。

 

 目を瞑ったことで耳の感覚がより鋭敏になります。京介さんがわたしの耳元までやって来たのがわかりました。

 そしてベッドに置かれた京介さんの右手と左手。えっと、今の音から察すると片側の手はわたしの耳のすぐ側の右側に、もう片方の手は左側に置かれています。

 えっと、これって、もしかして今わたしは京介さんに覆い被さられている状態ということでしょうか?

 えっ!? えっ!? ええ~~っ!?

 と、ということは、わたし、京介さんとエッチしちゃう直前だということでしょうか?

 京介さんに女にされちゃう直前だなんて……ど、どうしよう。

「あやせっ」

 京介さんの声が耳元から聞こえてきました。

「やっ、やっ、優しくしてください~っ! わたし、初めてなんです~~っ!」

 急に怖くなってきました。これから自分の身に何が起きるのかまるで予想が付かない恐怖です。

 こんなことなら、桐乃にエッチなDVDやゲームを借りて研究しておくべきでした。後悔先に立たずです。

「いや、そうじゃなくてさ……」

 京介さんの声は沈んだものになっていました。

「あやせがその、そんな無理をしているようなら、俺は、別に……」

「無理なんかしていませんっ!」

 目を開けてパッと上半身を起こそうとします。

 でも、ここで予想外のことが起きました。

 京介さんの顔が思っていたよりも間近にあったのです。そして真正面にあったのでした。

 その結果、頭を起こしたわたしの唇は京介さんの唇にぶつかってしまったのです。

 それはキスというよりも事故と呼ばれるものでした。

 でも、わたしのファーストキスには違いありませんでした。相手はわたしの愛する京介さんでしたし。

 そして、唇同士が重なったことにより、わたしの中の何かに火が付いたのです。

 

「あ、あやせ……っ?」

 京介さんが呆然とわたしを見ているのが夜目にもわかります。

「京介さんにはわたしがどれほど貴方を愛しているのかを理解して頂きます」

 わたしはそう言ってまた京介さんと唇を重ねました。今度は自分の意志で。

 京介さんの首の後ろに手を回して京介さんと密着します。そして、より荒々しく京介さんの唇と自分の唇を接触させたのでした。

 キスを交わす音だけが暗い室内で響きます。

 激しいキスを繰り返している内に段々変な気分になってきました。

 わたしは口を開いて舌を出しました。わたしの舌は京介さんの口と歯を撫でていきます。

 数秒の時が過ぎて京介さんの口が開きました。そしてその奥から舌が出て来たのです。

 わたしは貪欲に自分の舌を京介さんの舌と絡めました。京介さんも同じでした。

 唇同士が激しく重なり、舌と舌が荒々しくも狂おしいほどに愛しく絡み合う。

 わたしにとってそれは生まれて初めての体験。舌を使ってキスをするなんてこれまでの人生で考えたこともありませんでした。

 でも、わたしは本能の求めに従って激しいキス、確かディープ・キスと言うんだったと思います、熱い恋人同士のキスをし続けました。

「あやせぇっ!」

 京介さんのその声と共に、わたしはもう1度ベッドに押し倒されました。

「俺はお前を抱くからな」

 京介さんの言葉は質問ではありませんでした。意思表明でした。

「不束者ですが……末永くよろしくお願いします」

我ながらとんちんかんな回答をしてしまいました。でも、もう京介さんの愛を恐れたりしません。

「俺っ、あやせのことを一生大事にするからっ!」

京介さんに先ほどまでの紳士的な態度はありません。荒々しい吐息を吐きながらわたしの体をまさぐってきます。

京介さんの手がわたしの両肩、ドレスを掴みました。それから間髪おかずに左右に手を開き、ドレスを腰の部分まで下ろしたのです。

「綺麗だよ、あやせ」

「わ、わたしは、は、恥ずかしいです」

再び目を瞑って視界を塞ぎます。

あのドレスは構造上ブラを付けることが出来ないものでした。そのことに気付いたのが出掛ける直前で、その、ニプレスも事前に準備するのを失念してしまいました。

 だから今、京介さんの目にはわたしの生まれたままの胸が見えてしまっているに違いありませんでした。

「あやせ……本当に綺麗だ」

 京介さんの声が胸のすぐ近くで聞こえました。凝視されてしまっているのかもしれません。今にも京介さんの吐息が胸の敏感な部分に掛かってしまいそうです。

「あ、ありがとうございます……」

言葉とは裏腹にわたしは恥ずかしさのせいで再び死んでしまいそうな状態です。

大人になるってこんな恥ずかしいことなんだって改めて思いました。

でも、京介さんから逃げる気も、彼の行動を妨害する気も少しも起きませんでした。

だって、わたしに触れているのは世界でただ1人、わたしが愛している男性なのですから……。

「愛していますよ。京介さん」

「俺もだよ、あやせ」

 再び重なる2人の唇。

 今度は先ほどみたいな荒々しい口づけではなく、互いを慈しむ優しいキスでした。

 こうしてわたしの一生忘れることができない、長い夜は始まりを告げたのでした──

 

 

 

「クリスマスに結ばれた2人の子供の誕生日は10月5日~~~~~~っ!!」

 今朝の目覚めはとても快適なものでした。

 どんな夢を見ていたのはよく覚えていません。

 クリスマスに初々しい純愛デートをお兄さんとしていたような覚えはおぼろげにあるのですが。

「お兄さんとクリスマスデート……そう言えば今日はもうクリスマス・イヴなんですよね」

 カレンダーの日付を見れば今日は確かに12月24日。世間はバリバリにクリスマスをしている日です。

 なのに、わたしは……。

「見事なまでに暇です。お仕事もお休みもらっているし、両親も揃って不在なのに……」

 下準備はしておきました。

 でも、肝心なお誘いがありません。

 お兄さんはわたしをデートに誘ってくれないんです。

 確かにわたしから声を掛けたことはありません。

 でも、女の子から、しかもまだ正式にお付き合いしていない男性をクリスマスにデートに誘うっておかしいじゃないですか。

 だけど、代わりにお兄さんがわたしをデートに誘い易いように努力は重ねたつもりです。

 特に必要もないのに、お兄さんの通う学校の前と、高坂家の前は頻繁に通り過ぎるようにしました。

 お兄さんともここ2週間ほどで何度も遭遇しています。

 けれど、お兄さんは一度もデートに誘ってくれませんでした。

 わたしもクリスマスにはまだ予定がないことを口頭で伝えたり、ポスターを貼ってみたり、街頭カーでそれとなく宣伝したりしたのですが効果ありませんでした。

 お兄さんはそわそわしていて、女の子をデートに誘おうとしているのは雰囲気的に丸分かりでした。

 なのに、わたしを誘ってくれない。

 お兄さんは女の子に対して奥手過ぎると思います。

 夏の終わりに彼女さんと別れてから、お兄さんはより一層女の子に奥手になってしまった気がします。

 そんなお兄さんに女の子に慣れる機会をと思って、せっかくデートに誘われる準備を万端にしてきたのに……。

 

 お兄さんの代わりにわたしに誘いを掛けて来たのは変な組織でした。

「何でわたしは『フラレテル・ビーイング』なんかに参加招待を受けているんですか?」

 机の上に置いてあるテロリスト組織から届いた1通の封筒を見ます。

 フラレテル・ビーイングはモテ男撲滅の為の武力介入組織です。

クリスマスやバレンタインに蜂起してモテ男やデートスポットにテロ行為を仕掛ける危険な人たちです。去年もクリスマスに日本全国で蜂起して多くの被害が出ました。

 その組織から、現役女子中学生であるわたしにテロ決起参加要請状が届くなんて……。

「もしかしてわたしがクリスマスに予定がないことを街頭カーで訴えていたからでしょうか?」

 原因はそれのような気がします。わたしがモテないぼっちな女の子だと勘違いされたと。

 肝心なお兄さんからのお誘いはないのに、こんな変なテロリストたちに目を付けられてしまうなんて大ショックです。

「クリスマスなのに、気分が憂鬱です……」

 去年のクリスマスは何の悩みもありませんでした。

 お兄さんへの気持ちにまだわたし自身が少しも気付いていませんでしたから。

 普通にお仕事して、休憩時間には友達に電話してお喋りして。それで過ごしていました。それで満たされていました。

 でも今年はそれじゃあダメなんです。満足できないんです。

 新垣あやせ15歳。恋を、知ってしまいましたから。

「どうして、わたしのことを誘ってくれないんですか?」

 携帯を見ながら物悲しい気分になります。

 もし、本当にサンタクロースがいるのなら、お兄さんからの電話を下さい。

 それが今のわたしにとっては最高のクリスマスプレゼントです。

 と、その時でした。

 携帯電話がタイミングを狙いすましたかのようにメロディーを叶え出したのです。

 そしてディスプレイに表示された発信者の名前。それは──

「ロマンスの神様。ありがとうございま~~~~~~す♪」

 『高坂家 固定電話』と記されていました。

 わたしは幸せ一杯な気分で携帯を手にしたのでした。

 

 

 

あやせたんクリスマスる

 

「あれっ? お兄さんはどこにいるの?」

 午前10時30分、電話で指定された秋葉原のイベントルームに到着すると、お兄さんの妹が1人で座っていました。

「あたしに挨拶もなしでアイツを探すの?」

 妹が不服そうな表情をわたしに向けました。

「だってその為にここまで来たんだもん♪」

 自宅から1時間半も掛けてここまで来たのはお兄さんと今日という日を過ごす為です。断じてその妹と過ごす為ではありません。

「アンタねえ……」

 妹が呆れた声を出します。でも、そんなことは関係ありません。

「で、お兄さんはどこ? どこに隠しているの?」

 わたしの運命の人は今どこに?

「京介は今日、ここには呼んでいないわよ」

「じゃあわたし、帰るね」

 妹に挨拶をしてから入ってきた扉のノブに手を掛けます。

 お兄さんがいない以上、ここにいても意味がありません。

 本当に無駄足でした。

「やって来た早々にいきなり帰るなぁ~~~~っ!」

 妹に肩を掴まれてしまいました。

「桐乃、手を離してよ。わたしはお兄さんに会いにいかないといけないの」

 桐乃の相手をしている暇は今のわたしにはないのです。

「さすがはあやせ。親友を目の前にして淀みない視野狭窄ぶりを発揮してくれるわね」

「クスス。そんなに褒めないでよ♪」

「褒めてないわよ……」

 おかしいですね?

 視野狭窄……わたしの記憶では一途の別名だったと思います。

 一途な女の子は男性に人気があるって、他ならぬ桐乃がアニメの解説中に言っていた気がするのですが。

「まあ、そういうことだからわたしは一途な女の子としてお兄さんを求めて行くね」

「だから待ちなさいって言っているのよ!」

 今度は桐乃に肩を掴まれてしまいました。

 この女、お兄さんの妹だからって調子に乗っているんじゃないでしょうか?

 将来の妹だからって、わたしが強く出られないと下に見ているんじゃないでしょうか。

「実は今日あやせを呼んだのは京介のことで話があるからなのよ」

「将来のお姉ちゃんには何でも包み隠さずに相談してねっ!」

 桐乃の、将来の妹の手を取って熱く訴えかけます。

「……ホント、分かり易いわね。誰がアンタなんかに京介を渡すもんですか」

 桐乃は何か小声でブツブツ言っていますが大したことではないですよね♪

 

「で、お兄さんで話したいことって何?」

 お兄さんの現在の居場所でしょうか?

 それとも、わたしとお兄さんの結婚式の日取りと会場についてでしょうか?

「ああ、その前に紹介したい人たちがいるのよ」

 桐乃は八重歯を出しながらニコッと笑いました。

「紹介したい人たち?」

 一体、誰のことでしょうか?

「そろそろ来る頃ね」

 と、タイミングを合わせたように扉が開きました。

「おはよう、桐乃ちゃん。あやせちゃん」

 入って来たのはわたしが頼りにしているお姉さん、田村麻奈実さんでした。

「お姉さん。おはようございます」

 最敬礼の挨拶を取ります。新垣家の娘たる者、礼儀は最も重要なのです。

「よく来たわね、地味子」

 一方桐乃はやたら大きな態度で腕を組みながらお姉さんを出迎えます。

「お招きありがとうだよ、桐乃ちゃん」

 お姉さんはそんな桐乃の不遜な態度を気にしている素振りはありません。

 わたしなら年下の女にこんな態度取られたら背中から蹴りを入れてやりたい所ですが。

「将来の妹のお茶目な態度ぐらい大目に見てあげないとダメだよ、あやせちゃん」

 ニッコリスマイルを浮かべるお姉さん。

 心を思い切り読まれてしまいました。

 そして改めてわかったこと。それはお姉さんはわたしにとって強力なライバルだということです。この人を超えない限りわたしはお兄さんに辿り着けないのです。

 

「紹介したい人ってお姉さんのことだったんだね」

「他にも来るよ」

 桐乃がそう言った瞬間にまた扉が音を立てて開きました。

「きりりん氏の招待に応じ、参じ仕ったでござるよ」

 とても背の大きな女性が入って来ました。お兄さんよりも身長が高いのではないかと思います。180cmぐらいあるのではないでしょうか?

 その女性は漫画のキャラクターかと思うぐらいに厚いレンズのメガネを掛けており、ジーパンに縦縞のシャツ、バンダナとわたしがイメージするオタクそのものの服装をしています。更に背中のリュックからはアニメのポスターらしきものが丸めて刺さっています。

 この如何にも私はオタクですと宣言している女性は一体?

「お初にお目に掛かる方もいらっしゃいますな」

 女性はわたしとお姉さんに向けて背筋を伸ばしました。

「拙者、きりりん氏の友人でオタク仲間の沙織・バジーナと申します。高校1年生でござる。以降、お見知りおきをよろしくお願い申し上げまする」

 女性、沙織さんは丁寧に頭を下げました。

 言葉遣いは変ですけど、悪い人ではなさそうです。

 この身長と名前から言ってきっとハーフの方なのでしょう。

「わたしは田村麻奈実だよ~。よろしくね、沙織ちゃん」

 お姉さんは沙織さんに向けてニッコリ笑いました。

「わたしは桐乃の友人でモデル仲間の新垣あやせです。よろしくお願いします」

 頭を下げながらふと考えます。

 桐乃のオタク友達を正式に紹介されたのは初めてなことを。

「後は……加奈子ね」

「加奈子も呼んだの?」

 一体、どういう基準で桐乃はわたしたちを呼んだのでしょうか?

 お兄さんに関連した話があるそうですが。

 

「よぉ。遅くなったな」

 噂をすれば何とやら。加奈子が大股でズカズカと入って来ました。

 しかも加奈子は1人ではありませんでした。

「ブリ公がどうしても付いてきたいってダダを捏ねるもんだから、結局連れて来ちまった」

 加奈子の後ろにはわたしと同じ事務所に所属するブリジット・エヴァンスちゃんがいました。

「あの……どうしても今日はかなかなちゃんと一緒にいたくて……それで……」

 ブリジットちゃんは加奈子の後ろに隠れオドオドしながらわたしたちを見ています。

「これはこれはまた、可愛いサプライズゲストの登場ですな」

 沙織さんがブリジットちゃんに笑顔を作ってみせました。

「1人ぐらい増えたって構わないわよね、桐乃?」

 桐乃の方を見ます。

 可愛い女の子大好きな桐乃ならブリジットちゃんが増えても問題はないでしょう。

 って、桐乃を見たら偉いことになっていました。

「ハァハァ。リアル洋ロリのブリジットちゃんがクリスマスにアタシの前に降臨した。ハァハァ。これは、ブリジットちゃんを好きに手篭にして良いっていうサンタさんからアタシへのプレゼントなのね。ブリジットちゃ~~ん、お姉ちゃんとイチャイチャしましょうね~~~~っ♪」

 顔面を崩し涎を垂らしながら桐乃がブリジットちゃんに飛び掛りました。その動き、まさに野獣そのものでした。

 って、冷静に状況を見ている場合じゃありません。ブリジットちゃんの貞操の危機です。

 一刻も早くスタンガンであの変態を撃退しないと!

「桐乃ちゃん。お痛はダメだよ♪」

 でも、わたしが10億ボルトのスタンガンを発動する前に片はついていました。

「ぶへぇばぁああああぁっ!?」

 お姉さんの電光石火の肘の一撃が桐乃のお腹にヒットしていたのでした。

「わたしはね、田村麻奈実だよ。よろしくね、加奈子ちゃん、ブリジットちゃん♪」

 後方に派手に吹き飛んでいく桐乃には目もくれずにお姉さんは笑顔を見せました。

 さすがはお姉さん。

 わたしの人生の師である方です。

 こうして今日の面子が出揃ったのでした。

 

 

 

「それで桐乃。そろそろみんなを集めた訳を聞かせて欲しいのだけど?」

 縄でグルグルに縛り上げた桐乃に問います。

「その前に縄を解いて欲しいのだけど?」

「ダメよ。そうしたら桐乃またブリジットちゃんに襲い掛かるでしょ?」

「アタシはケダモノじゃないんだから、そんなに何度も襲い掛かるかっての!」

 自覚のない桐乃にはスタンガンの味を体で覚えてもらわないといけないみたいです。

「桐乃ちゃん。わがまま言っていないで早く話してくれないと……昔みたいに、メッ、しちゃうよ」

「わっ、わかったわよ! 今話すから、メッ、は、やめてぇ~~~~っ!」

 桐乃の聞き分けが急に良くなりました。

 さすがはお姉さん。桐乃は以前からしっかり躾けているようです。

 桐乃も『所詮この世は弱肉強食。強ければ生き弱ければ死ぬんだあ』の原則をようやく思い出したみたいです。

「ここにいるアタシたち全員には、まあ、ブリジットちゃんは除くけど、ある共通点があるのよ」

 そして桐乃はわたしたちを集めた理由を語り出しました。

「共通点?」

 ここにいるメンバーの顔を見回していきます。

 とはいえ、沙織さんとは今日知り合ったばかりです。共通点と言われても全員が桐乃の知り合いであるということ以外に思い浮かびません。

 一体、何なのでしょうか?

「勿体ぶっているとまた地味子に半殺しにされそうだから答えを言うけど……」

「わたしは桐乃ちゃんに良い子に育って貰いたくて軽く指導しただけだよ。やだなあ、もぉ~」

 お姉さんはとても涼しい顔をしています。

 やっぱりお姉さんはわたしの人生の師です。この余裕と優雅さ、真似たいです。

 そして、桐乃は凄いことをぶっちゃけてくれました。

「ここにいる全員は高坂京介に対して恋愛感情を抱いているという共通点よっ!」

 桐乃の言葉を聞いて室内が一瞬静まり返りました。

 そして、全員の頬が一斉に赤く染まり出したのです。全員の顔が見る間に茹で上がっていきます。

「あ、あの……沙織さんも、なんですか?」

 桐乃の気持ちは知っています。ビッチ淫乱ブラコンです。

 お姉さんの気持ちも知っています。拳王並に手強いライバルです。

 加奈子も秋辺りから一丁前にお兄さんに恋心を抱くようになりました。

 だから、後知らないのは隣に座っている沙織さんの気持ちだけです。

「いやあ、拙者、なかなか男性と知り合う機会がありませんでして。それで、その、京介殿に色々と親身になって相談に乗って頂いている内に段々とその、男性として意識を……」

 沙織さんは恥ずかしそうに頭を掻きました。

「それ、わたしも分かります。お兄さんは別段格好良い方でもないのですけど、気が付くといつの間にか心に入り込んで来ている人なんですよねぇ」

 昔は大嫌いだったのに。気付けばお兄さんのことばかり考えるようになっている。

 本当に不思議な人だと思います。

「わ~、じゃあみんな京介お兄ちゃんのことが大好きなんだね。わたしと同じだね♪」

 ブリジットちゃんの放った何気ない一言にみんなの注目が一斉に集まります。

「ぶ、ブリジットちゃんもバカ兄貴のことが好きなのっ!?」

「うんっ。わたし、大きくなったら京介お兄ちゃんのお嫁さんになるんだよ♪」

 無邪気な笑みを称えるブリジットちゃん。

 なんでしょう、これ?

 ここに来て新たなライバル登場ですか?

 しかも、ライバルが小学生って、あのヘタレ変態スケコマシ男っ!

 ブリジットちゃんにまで一体何をしたのよぉ~~~~っ!

「リアル洋ロリがアタシのお姉ちゃんに……倒錯しきったファンタジ~~~~っ!!」

 桐乃が鼻血を激しく飛ばしながら仰け反りました。

 高坂兄妹は一度警察に捕まるべきだと思います。

 

「で、まあこうして京介に恋しちゃってる可憐な少女たちをここに集めたという訳よ」

 鼻血の跡をくっきりと残している桐乃が再度話を仕切り直します。

 でも、桐乃の言葉には違和感がありました。

「ねえ、桐乃。その、お兄さんの元彼女さんは?」

 お兄さんには夏の間付き合っていた女性がいました。その女性は黒猫さんというニックネームを持つ方だそうです。

 2人は色々あって夏の終わりに別れたそうです。明言しませんが、わたしという存在がお兄さんの中に常にあったことに黒猫さんは気付いてしまったのだと思います。わたしが2人を不幸にしてしまったことに関しては申し訳ないと思います。

 桐乃の話では、黒猫さんは今でもお兄さんのことが好きだそうです。桐乃の今日集めた面子の特徴から言えば黒猫さんも呼ぶべきでは?

「今日黒いのは妹を見るのに忙しいからパスだってさ。まったく、日向ちゃんと珠希ちゃんをここに連れて来いっての。そしたらブリジットちゃんと合わせてアタシパラダイス状態だったのに」

「もう一生縛られていてね♪」

 桐乃は犯罪者です。もう決まりです。

 

「で、京介は今日、せなちーの兄貴、要するに同級生の男の所に遊びに行くと言って出て行っちゃったわけよ」

「お兄さんに好意を寄せる女の子がこんなにいるのに男友達を選んじゃったんですか……」

 それはなんかちょっと悔しいです。

 いえ、わたしじゃない誰か他の女性とデートに行かれるよりはマシですけど。

「まあ、バカ兄貴自体は後で力づくで奪い去って食い散らかしてしまえば良いだけの話なんだけど」

「さすがは桐乃。発想がワイルドだよね」

 ビッチの面目躍如と言った所でしょうか。発想がビッチ極まっています。

「問題は、この中の誰が京介を奪い去るかという点なのよね」

 桐乃の言葉に、室内にいる全員の表情が強張ります。

「この際だから、決着を付けましょう」

 桐乃は小さな声を発しました。その声に全員の肩がビクッと震えます。

「問題はどうやって決着を付けるかだけど……」

 誰かが唾を飲む音が聞こえました。

「暴力はだめだよ、桐乃ちゃん……」

 暴力による解決の不当性を訴えるお姉さんの両手の指の間には8本の串が構えられていました。

 桐乃が暴力による解決を強硬に訴えた瞬間に桐乃は、いえ、わたしたちは全滅する。それを予感させる串の構え方でした。

「や、やあねえ。アタシがそんな野蛮な解決方法を提示する訳がないじゃない」

 桐乃は引き攣った笑みを浮かべました。

 生存戦略、したみたいです。

「それじゃあどうやって決着をつけるの?」

「プレゼンよ」

「プレゼン?」

 桐乃の口から発せられたのは意外な方法でした。

 

「そうよ。自分と京介が結ばれるのが如何に素晴らしいのか、必然なのか。それを訴えてわからせるの。一番みんなを納得させた人の勝ち。どう?」

 桐乃は不適に微笑んでみせました。

「発表形式は?」

「納得させられるのが目的だから、形式はこだわらないわ。パワーポインターでも、作文の読み上げでも、証拠物の提示でもなんでも」

 自由度を高めたことにむしろ桐乃の策略を感じます。でも……。

「桐乃はわたしをお義姉ちゃんと呼ぶ覚悟が出来たってことなのよね?」

 その宣戦布告、受けたいと思います。

 愛は、戦って勝ち取るものだから。

「違うわ。京介にお似合いの女はアタシしかいないってことをアンタたちに知らしめてやるのよ」

 桐乃は不適に笑います。いつもの自信に溢れた桐乃の姿がありました。

「勝負を行うに当たっては、より真剣みを出してもらうように自分の大切なものを賭けてもらうわ。負けたらその大切なものを爆破するわ」

 今日の桐乃は本気。それを思わせる条件を課してきました。

 お兄さんへの本気の想いが試されている。でも、だったら……。

 

「わたしは、弟のロックを賭けるよ~」

 最初に勝負に乗ったのはお姉さんでした。

「負けたらメガネくんは爆発するのよ。わかってるの?」

「わたしが勝つから何の問題もないよ~」

 お姉さんは桐乃以上に強気でした。

「ならば拙者は姉上を賭けましょう。沙織・バジーナの誕生は姉上によるものですからな」

 お姉さんに続いたのは沙織さんでした。

「じゃ~じゃ~……わたしはかなかなちゃんを賭けるね」

「ちょっと待てっ! それってブリ公が勝たない限り、あたしは爆発するってことじゃねえか!」

「ブリジットちゃんの意見を認めるわ」

 ブリジットの参加も承認されました。

「ちょっと待てってば! アタシはブリ公の参加を……」

「加奈子は自分大好きだから、自分を賭けるのよね。了承したわ」

 加奈子の参加も了承されました。

 これで、ブリジットちゃんが負ければ加奈子は爆発し、加奈子が負ければ加奈子が爆発することが決定しました。

 そこには何の問題もありません。

「アタシはメルルグッズを全て賭けるわ。後はあやせだけよ」

 みんなの目が一斉にわたしに向きました。

 わたしも全力を尽くす時が来たようです。

「なら、わたしは……この戦いで万一敗れるようなことあれば、モデルをやめます。加奈子ごと事務所を爆破するわ」

「何であたしが爆破されなきゃいけないんだよっ!?」

 こうして全員の参加が来ました。

 

 

 

 昼食を取り3時間の準備時間を経て、いよいよお兄さんと自分の大切なものを賭けた大プレゼン大会が始まりました。

「覚悟は良いわね?」

 桐乃の言葉に全員が頷いて答えます。

「言い出しっぺだし、一番手はアタシが行くわ。アンタたちはアタシの素晴らしいプレゼンを聞いて戦意を喪失するが良いわっ!」

 桐乃は持参したノートパソコンを室内に備えられている大型モニターに接続しました。

「プロ小説家にして、現在は漫画家も視野に入れているアタシの最強作品を見るが良いわ」

 そう言って桐乃が提示したもの。

 それは──

「きりりん氏の画風は……何て言うか前衛芸術を思わせますな」

 沙織さんは優しい方なのだと思いました。

 あんな、幼稚園児でも描かないゴミにしか見えない絵に芸術なんて名前を冠するなんて。

 かろうじて人間らしいと判断できる2人が描かれた絵には『高坂京介は妹以外の女に興味が少ない』と文字が描かれていました。

 そして、桐乃の報告が始まりました。

 

 

 

 アタシの名前は高坂桐乃。

 学業優秀、スポーツ万能、眉目秀麗、人気絶頂と三拍子も四拍子揃った超完璧女子中学生。

 そんなアタシには3歳上の兄がいる。

 兄は名を高坂京介と言う。

 京介は超優秀なアタシと比べると何の取り得もない平凡でダッサダサな高校生。

 自分のことも何一つ出来なくていつもアタシに頼りっ放し。

 それに加えてシスコンで妹のことしか考えられないダメ男でもある。

 いつもアタシの兄ぶろうと空回りしている。

 つまり、京介にはアタシがいないとダメなのだ。

 京介にはアタシしかいないのだ。

「桐乃~、人生相談があるんだ」

 噂のシスコン京介がアタシの部屋に入って来た。

「またなの? アンタこれで何度目だと思っているの?」

 京介は事あるごとにアタシに人生相談を持ち掛けてくる。

 本当、京介はアタシがいないとダメな奴なのだ。

「それで、人生相談って何なのよ?」

 そしてアタシは超優しいから、京介の話を聞いてやっている訳。

「実は明日、保健体育の試験があるんだ」

「それで?」

「子供の出来方ががわからなくてこのままじゃ留年しちゃうんだ。頼む桐乃、実演して教えてくれ~~っ!」

 アタシは千葉県で最も優秀な学力を持つ中学生。

 高校3年生の問題だって解けてしまう天才。

 当然京介の質問の答えも知っていた。

「あのねえ。子供は1人じゃ作れないのよ」

「ええ~! そうなのか?」

 京介は驚いた表情を見せた。

 まったく、何も知らないらしい。

「仕方ないわね。アタシとアンタで子供を実際に作ってみるわよ」

 京介はバカなので、実際に子供を作って見せない限り理解しないだろう。

「ほらっ、さっさと服を全部脱いでベッドの上にのりなさい」

「あ、ああ」

 いそいそと服を脱ぎだす京介。

 本当、アタシがいないとダメすぎる兄だ。

 バカ兄貴を教育すべく、アタシも衣服を全て脱ぎ捨ててベッドの上へと昇る。

「い~い。赤ちゃんって言うのは男と女が愛し合った結果に出来るのよ」

「ええ~? コウノトリさんが運んでくれるんじゃなかったのか!?」

 驚愕の表情を見せる京介。

 本当に妹であるアタシがいないと何も出来ない人なんだ。

「仕方ないわね。アタシが子供の作り方を実践しながら教えてあげるわ」

 生まれたままの姿のアタシはゆっくりと京介に近付いていく。

 そして──

 

 

 

「って、痛ったぁあああああぁっ! 何でいきなり空き缶投げ付けるのよ、加奈子っ!」

 桐乃のプレゼンは加奈子の投げた空き缶によって中断されました。

「ウッセぇっ! ブリ公も聞いているのになんつーエロい話を展開しやがってんだ!」

 加奈子は怒り心頭です。

 意外と子供に対する教育熱心でモラル重視だったんですね。知りませんでした。

「あ、あの……子供ってどうやったら出来るんですか? 続きは?」

 ブリジットちゃんが恥ずかしがりながら手を挙げました。

 桐乃のエロいだけの話に興味を持ってしまったようです。

「ブリ公はまだそんなことは知らなくて良いんだよ!」

「でも……」

 焦る加奈子と諦めないブリジットちゃん。

 そして──

「ブリジットちゃんにはこのアタシが実演で子供の作り方を教えてあげるからね~♪ そしてアタシの子供を生んでもらうから~。いっただっきま~す♪」

 桐乃は再び野獣と化してブリジットちゃんに襲い掛かりました。

「桐乃ちゃん。おいたはメッだよ」

 それからほどなく桐乃は円環の理に導かれて逝ってしまいました。

 桐乃はリタイアにより失格となりました。

 千葉県の高坂家では爆発が起きました。桐乃の部屋は奇麗に吹き飛んだそうです。ルールですから仕方がありません。

 

 

 

「では、二番手は誰がいきますか?」

 白目を剥いて睡眠中の桐乃に代わってわたしが司会を務めます。

「わたしが行くよ~」

 手を挙げたのはお姉さんでした。

「わたしは桐乃ちゃんみたいにお話は作れないから、代わりにきょうちゃんに食べてもらいたいものをいっぱい作って来たんだよ~」

 そう言ってお姉さんが見せたもの。

 それは数々の料理でした。

「これはみんなきょうちゃんの好きなメニューなんだよ。一生懸命頑張って作れるようになったんだぁ」

 カレー、カツどん、肉じゃが、プロテインと男性が好きそうなメニューが数十品並んでいます。

 考えてみればお兄さんと食事を取ったこともないわたしは彼の好物を知りません。

 そして、料理下手なわたしでは後10年経ってもお姉さんの腕には追いつけない気がします。

「そしてこっちはきょうちゃんが美味しいって言ってくれたわたしの手作り和菓子なんだよ~」

 更に続いて提示されたのは芸術作品と呼んでも差し支えないほどよく出来たお菓子の数々。

 その出来栄えにわたしたちは息を呑むしかありませんでした。

「今も昔も男性の心を掴むのは女性の手料理と相場は決まっておりますからな。これは真奈実氏が優勢でござるか?」

 各自、お姉さんのプレゼンを褒め称えています。

 わたしも感嘆の声を漏らしてしまいます。

 でも、それじゃあ駄目なんです。

 わたしはこの勝負絶対に負けられないのです。その為には、お姉さんの弱点をこの場で衝かないとダメなんです。

「お姉さんは花嫁修業ももうばっちりですね。これならいつでもお兄さんのお嫁さんになれますね♪」

「ええ~っ? わ、わわ、わたしがきょうちゃんのお嫁さん~~!?」

 狼狽するお姉さん。

 見事、掛かってくれました。

「わ、わた、わたしはきょうちゃんの側にずっといられればそれで十分幸せで、お嫁さんになるだなんて……」

 お姉さんの弱点。

 それは極度に押しが弱く、自己アピールに欠けている点です。

 お兄さんのお嫁さんを決める戦いといっても過言ではないこの大会で、その言動は……。

「はい、地味子も失格よっ!」

 気絶から復活した桐乃がお姉さんに失格を告げました。

「京介の占有を賭けたこの戦いでそんなぬるい言動がまかり通ると思っているの」

「うっうっう~」

 復活した桐乃に偉そうに指をさされてお姉さんは縮こまってしまいました。

「そんなだからあの黒いのに京介を寝取られるのよ!」

「が~~ん」

 やっぱり、京介さんと黒猫さんの仲はそうなんですね……。

 でも、わたしは気にしません!

 京介さんが女の触り方にやたら慣れていても、ブラのホックを簡単に外せるようになっていても、わたしはそんな京介さんを受け入れますっ!

 あたしと付き合ってからの浮気は許しませんけれど!

「敗者は……アタシと同じ目に遭うしかないのよ!」

 桐乃は爆破スイッチを押しました。

 この日からお姉さんの弟はあだ名がロックからアフロくんに変わったそうです。

 

 

「さあ、三番手は誰がいきますか?」

 勝者の最有力候補とみなされていたお姉さんまで脱落し、大会は混沌としてきました。

「では、拙者がいくでござる」

 手を挙げたのは沙織さんでした。

「拙者は見ての通りの大女。器量ではモデルを務めておられるみなみなさまにはとても敵いませぬ。真奈実氏のような料理の腕前もない。となれば、拙者だけが持つ武器で対抗したいと思います」

 沙織さんだけの武器?

 一体、何のことでしょうか?

 もしかして、あの大きな胸で京介さんを誘惑するつもりとか?

 そんなの、破廉恥です!

 でも、沙織さんの行動はわたしの予測を遙かに超えるものでした。

「ではいきますぞ…………ティロ・変身っ!」

 掛け声と共に沙織さんの体が光に包まれます。

 光は30秒ほど彼女を包み込み、やがて消えました。

 そして、光の後に現れたのは──

「みなさま、改めましてごきげんよう。わたくしは槙島沙織と申します」

 真っ白いドレスを着た深層の令嬢でした。

「き、桐乃?」

 何だかわからない変貌なので桐乃に尋ねてみます。

「クッ。沙織の本領であるお嬢様モードを出して来るなんて。どうやら本気で京介を奪いに来たみたいね」

 桐乃は額から冷や汗を流しながら沙織さんを見ています。

 どうやら沙織さんという方は、重度のオタクファッションに身を包んでいましたが、その正体は本物のお嬢様のようです。

「わたくしがみなさんを上回れるものと言えば財力。京介さまがわたくしと結婚してくだされば、一生食いっぱぐれることはありませんわ。経済的な安定の保証。それは現代人が最も切実に期待しているものの筈です」

 沙織さんの言葉にわたしたちは思わず一歩後づさってしまいます。

 そして黒服の男たちが室内にトランクを持って入って来ました。

 男たちはトランクの蓋を開けると去っていきます。

 トランクの中に入っていたのは……ぎっしりと詰められた札束でした。

「わたくしの勝利を認めてくださるのなら、京介さまとの手切れ金として1人1億円ずつ御支払い致しますわ。わたくしは京介さまとの愛を貫く為なら幾らでも支払います」

「ブ、ブルジョワ攻撃……」

 それは漫画の中でのみ見たことがある、一部の限られた特権階級のみが行使できる必殺の攻撃方法でした。

 わたしの家も世間的には裕福な方に分類されると思います。でも、沙織さんの攻撃はわたしとの格の違いを見せ付ける圧倒的高みからのものでした。

 その優雅さに満ち態度とはじめて見る札束の山にみんなは無言になります。ブルジョワの重みです・結婚は愛だけじゃダメなんです。お金もないと暮らしていけないのです。

 沙織さんはそれを突きつけて来たのでした。

 でも、その沈黙を破ったのは意外な人物でした。

「愛はお金じゃ買えないんだよ」

 言葉を出したのは最年少のブリジットちゃんでした。

「かなかなちゃんは……地位と財力しか振り回せない人間は不幸だって言っていたんだよ」

 全員の目が加奈子に向きます。

「昔のあたしはそれを引けらかす男に集ろうとしていたからな。そんなあたしに付け入られる隙を提供する奴は不幸以外の何でもねえよ」

 加奈子はちょっと照れ臭そうに、寂しそうに私見を述べました。

 加奈子はやっぱりお兄さんを意識するようになってから随分変わった気がします。

「……どうやらこれはわたくしの負けのようですわね」

 沙織さんは息を軽く吐き出してから笑顔を見せました。

「約束通り、お姉さまを爆破させていただきますわ」

 気のせいか嬉しそうな表情を見せながら沙織さんは自分でスイッチを押しました。

 この日から沙織さんのお姉さんはアフロお姉さんになったそうです。

 

 

「次はわたしがいくね♪」

 4番手に手を挙げたのは最年少参加者のブリジットちゃん。

 この子はいつの間にお兄さんにたらし込まれたのでしょうか。お兄さん、幾らなんでも節操なさ過ぎです。

「わたしはね、京介お兄ちゃんとこんな風になれたら良いなあって思いを物語にまとめてみたんだよ。聞いてね」

 そう言ってブリジットちゃんは可愛らしい動物たちが印刷されたノートを開いて朗読を始めました。

 

 

 

 気になるあの人と転校生なわたし。

 作、ブリジット・エヴァンス・高坂

 

 わたしの名前はブリジット・エヴァンス。

 恋に恋する普通の小学生なんだよ。

 パパとママのお仕事の関係でイギリスから日本の千葉に引っ越してきました。

 そして今日から新しい学校に通うことになったんだよ。

「わ~遅刻しちゃいそうだよ~。行って来ま~す!」

 わたしはパンを口にくわえたまま学校に向かって走り出しました。

 一生懸命走って学校を目指したんだよ。

 でも──

「きゃぁあああああぁっ!?」

「うわっ!?」

 曲がり角の所で男の人にぶつかって転んでしまいました。

 しかも──

「あ~っ、パンツ見られたぁ~~っ!」

 白い学生服を着たその男の人にクマさんパンツを見られちゃったんだよ。

 エヴァンス家では、結婚する男の人にしか下着を見せてはいけない鉄の掟があるのに。

「スマン。だが、転んだままでは大変だろう。手を取ってくれないか。キラキラ☆☆」

 口に白いバラをくわえた男の人は真摯な態度でわたしの手を取りました。

「あ、ありがとう……」

 でもわたしは立ち上がった所で気付いたんだよ。

 このままこの男の人と一緒にいたら、わたしは掟に従ってこの人と結婚させられちゃうんだって。

「わっ、わたしはお兄ちゃんのことなんか大嫌いっ、なんだよ~~~~っ!」

 わたしは慌ててその場を走り去ったんだよ。

 

「それでは、今日は転校生を紹介したいと思います」

 担任のあやせさまに引きつられて教室の中に入ります。

 ドキドキなんだよ。

「それでは入って来てください」

 ゆっくりと教室の中へと入って行きます。

「ブリジット・エヴァンスです。よろしくなんだよ」

 頭を下げてからクラスメイトたちの顔を見回していきます。

 すると、1人だけやたら背の高い人が目に付きました。

「ああっ!? さっきわたしのパンツを見た人っ!」

「こうして君に再会してしまうとは……これは運命を感じざるを得ないな。ピカピカ☆☆」

 男の人はバラの香りを嗅ぎながら立ち上がりました。

「俺の名は高坂京介。君の、運命の男さ」

 男の人、京介お兄ちゃんはバラの花びんを撒き散らしながら微笑みました。

「ブリジットさんはもう京介くんに手を出そうとしているのですか? ムキィ~~~~!」

 担任のあやせさまは何故かお怒りです。

「弄り甲斐のありそうなガキが転校してきたじゃねえか。へっへっへっへ」

 京介お兄ちゃんの後ろの席からはツインテールがぴょこぴょこと飛び出ているのが見えました。

 一体わたしはこれからどうなってしまうのかな?

 とっても不安で、でも楽しみなんだよ。

 

 

 

「どう、かな?」

 ブリジットちゃんが不安げな瞳と表情で尋ねてきます。

「斬新でいて、どこか懐かしさを感じさせる温故知新な物語でござったなあ」

 沙織さんは冷や汗を流しながら無難な感想を述べました。

 確かに、使い古された少女漫画の展開に自分とお兄さんを敢えて配役するのは相当なつわものです。2人が何だかんだで結ばれる物語となることは最も明白ですし、強いです。

「7歳年の差のある京介を小学校のクラスメイトに配置する自由な発想はプロ小説家のわたしにもなかったわ」

 桐乃はちょっとだけ悔しそうに作品を評価しました。

 自由な発想とは言いますが、京介さんは7年連続で留年しているっていう設定なのでしょうか?

 小学生で進級できないって、それはかなり人としてアウトだと思います。

「つ、続きはっ!? 続きはどうなるんだよ! 最後に出て来たツインテールの意地悪そうな女は何者なんだよ!?」

 話に普通に引き込まれている女もここにいました。

「続きはまだナイショなんだよ♪」

「ああ~気になる~。今夜眠れそうもねえ」

 加奈子は頭を掻き毟りながら座り直しました。

「どうして、わたしが先生役なの?」

「一番偉そう……偉く見えるからだよ」

 ニッコリ笑うブリジットちゃんを見て、わたしは自分の人生を一度考え直さないといけないと考えるようになりました。

「ブリジットちゃんはきょうちゃんにパンツ見られちゃって恥ずかしくないの?」

 お姉さんが質問しました。

「恥ずかしいよぉ~。でも、京介お兄ちゃんにはもう何度も着替えやシャワー浴びている所を見られちゃったことがあるから。きゃぁ~♪」

 顔を真っ赤にしてイヤンイヤンと首を振るブリジットちゃん。

 とりあえずあのロリペド野郎を一度ぶん殴ってやりたいと思います。

「アタシにもブリジットちゃんのパンツを見せて~~~~♪」

 野獣は三度ブリジットちゃんに襲い掛かり、そしてお姉さんの手により沈黙しました。

 

 

「じゃあ、次はあたしがいくぜ」

 5番手に名乗りをあげたのは加奈子。

「あたしはよぉ。桐乃やブリ公みたいにお話が作れる訳じゃない。真奈実さんみたいに料理が上手な訳じゃない。沙織さんみたいに金がある訳でもない。だからあたしは……京介への気持ちを一言だけ思い切り叫ぶことにする」

 加奈子は大きく吸い込み、そして──

 

「あたしは高坂京介のことが世界で一番好きなんだぁあああああああああぁっ!」

 

 鼓膜を破くんじゃないかと思うぐらいに大きな声でお兄さんへの想いを口にしました。

「へ、へえ。加奈子、アンタ、京介のことがそんなに好きなんだ? アイツ、冴えない顔してるし、財力もまるでないわよ」

 桐乃が動揺しまくりながら疑問を述べます。

「男は顔でも金でもねえよ」

 言い返す加奈子は凛々しく断言しました。

「いやぁ~。そのストレートな想いの放出。天晴れでござるな」

 沙織さんも感心仕切りです。

「加奈子ちゃんはもうきょうちゃんに自分の気持ちを伝えたの?」

 お姉さんが少し当惑した様子を見せながら尋ねます。

「まだだよ。今のあたしが告白した所で、アイツには見向きもされねえよ」

 加奈子は少しだけ寂しそうにうつむきました。

 でも、顔を上げて言い切りました。

「でもあたしは努力していい女になってみせる。そして、京介に振り向いてもらえるようになるんだ」

 加奈子の顔には清清しさと強い決意が宿っていました。

 その顔を見てあたしと桐乃は加奈子の爆破スイッチを押すことができませんでした。

 

 

 

 お兄さんを賭けたプレゼンも5人まで発表が終わりました。

 残るはわたしだけです。

「ラストを飾るわたしの力を……みなさんにお見せします」

 わたしはこの半年ほど、お兄さんへの想いを毎日のように文に綴ってきました。

 それを今日、ここで披露したいと思います。

「わたしの想いを聞けぇえええええええええぇっ!」

 真打の力、見せて差し上げます。

 そしてわたしの将来を決める運命のプレゼンテーションが始まりました。

 

 

 

あやせたんベッドる 

 

「なあ、あやせは俺とこうなったことを後悔してないのか?」

 わたしの隣で寝ている京介さんが天井を見上げながら尋ねます。

「あら? 京介さんはわたしとこうなったことを後悔しているのですか?」

 京介さんの顔を見ながら尋ね返します。

 その意外と逞しい胸板にそっと手を添えながら。

「俺が後悔しているわけがないだろうっ!」

 京介さんが声を張り上げます。

「俺はあやせとこういう関係になれて世界で一番幸せ者だと思ってるさ」

 京介さんの言葉に頬が赤くなります。

 つい数分前までのことを思い出してしまいました。

 その……初めてだったのに、その、あの、京介さんの愛を全身で感じてとても幸せでした。

「けど、あやせはどうなんだろうって思ったら怖くなった。あやせは俺と違って多彩な才能に溢れてる。モデルを務めるぐらいに美人だし、俺となんて……」

 わたしは右手の人差し指で京介さんの口をそっと塞ぎました。

「世界で一番幸せなのはわたしも同じですよ」

「でもよ……」

 なかなか頑固な京介さんはわたしの言うことをなかなか信じてくれません。

 だから、その胸に思い切って顔を埋めてみました。

「才能とかモデルとかそんなことはどうでも良いんですよ。わたしが、こんなにもあなたを愛しているのですから」

 わたしが愛したこの人は、一方では妙に勘の良いくせに、自分に対する好意には鈍感で困ります。

「それに、京介さんに選んでもらえて嬉しかったのはわたしの方なんですよ。京介さんの恋人の座の倍率、本当に高かったんですから」

 片手の指の数じゃ収まらないぐらいの多くのライバルとの熾烈な争いでした。

「そうなのか? 俺は女の子から人気があるという実感がまるでないのだが?」

「あんまり鈍感すぎて他の女の子を傷付けて刺されないようにしてくださいよ」

 この人は本当に女の子の好意には鈍感すぎます。

 だから、わたしから告白するしかありませんでした。

 とっても恥ずかしかったし、女の子から告白するのって変だなって思ったのですが、わたしから告げました。

『わたしは……お兄さんのことが好きです。わたしと、付き合ってください』

 その言葉でわたしの想いはようやく京介さんに届きました。

 それからしばらく時間が過ぎ、わたしと京介さんは今日こうしてわたしの部屋でベッドで並んで寝るようになったのです。

 やっぱり、想いを素直に口に出すって大事だと改めて思いました。

「愛してますよ、京介さん」

「どうしたんだよ、急に?」

「いえ。何度でも口にしないとあなたにわたしがどれほど愛情を寄せているのか伝わりきれない気がして」

 京介さんがわたしの背中に手を回して抱き寄せます。

 今日初めて知った京介さんの体の温もり。そして力強さ。

「それじゃああやせにも俺がお前をどれだけ愛しているのかもう1度その身をもってよく知ってもらわないとな」

「…………エッチ」

 京介さんと密着しているわたしにはその言葉の意味がわかってしまいました。

「赤ちゃんができたら……責任取ってもらいますからね」

「赤ちゃんができなければ責任取らなくて良いのか?」

「京介さんは意地悪です」

 頬をプクッと膨らませます。

「そうか。俺はあやせから嫌われてしまったんだな。この悲しみを他の女の子に慰めて……」

「京介さんは本当に意地悪です」

 自分の唇で京介さんの唇を塞ぎます。

「この場面で他の女の子の存在を匂わすのは礼儀知らずです。マナー違反です」

 京介さんに非難の視線を送ります。

「それから、京介さんはわたしがどれだけ愛しているのかまだ理解していません。だから、その体でよく知ってもらいますからね」

 京介さんの上に覆いかぶさります。

 とはいえ、わたしにはそういう知識がほとんどないので結局は京介さんにお任せなのですが。

「ほんとあやせは頑固者だな」

「その頑固者を恋人に選んだのは京介さんであることをお忘れなく」

 顔を見合わせて笑います。

 そしてわたしたちはキスをしました。

「愛してるぜ、あやせ」

「わたしもですよ、京介さん」

 わたしたちの夜はまだ始まったばかりでした──

 

 

 

「どうですか、わたしのプレゼンは?」

 まるでわたしの没作品から冒頭部分を引っ張って来たかのような、素晴らしい背徳と愛と耽美に満ちた作品だと思います。

 この作品を見るだけでもわたしとお兄さんが結ばれるのが如何に素晴らしいかよくわかると思います。

「あやせちゃん」

 お姉さんがニッコリと笑いました。

 これは、わたしの勝利を認めてくださったということでしょうか?

 そうなんですね!

 もう、そう考えることにします。

「エッチなのは、いけないと思うんだよ」

「えぇええええええええぇっ!?」

お姉さんにダメ出しされてしまいました。

そして──

「はいっ、あやせ。失格ね♪」

 桐乃がわたし専用の爆破スイッチボタンに手を掛けていました。

「あっ、ちょっと待って! そっちのスイッチは加奈子に仕掛けている爆薬の量がっ!」

 慌てて桐乃を止めようとします。

 けれど──

「アンタも大切なものを失うが良いわ。ポチッとな♪」

 桐乃はスイッチを押してしまったのでした。

 次の瞬間、加奈子の体から大きな閃光と爆発が巻き起こりました。

「爆発オチとは最低でござるな~~~~」

 誰が喋ったのかよくわからないその言葉がわたしの記憶している最後の言葉となりました。

 

 

 

 気が付くと、青い空が見えていました。

 どうやら加奈子大爆発によって屋上まで大穴が開いてしまったようです。

 爆発の中心地にいた加奈子は、黒こげアフロヘアになって全身をピクピク痙攣させています。

 他のみんなも同様の姿で倒れています。

 わたしは……怖くて確かめたくありません。

 なんか今日はやけに髪がごわごわして感じるので特に確かめたくありません。

「あれっ? そう言えばやけに空が明るくなっているような……」

 プレゼンは夕方まで掛かっていたはずです。

 なのにこんなにも明るいということは……。

「クリスマス・イヴの夜はもう終わってしまったのですね」

 聖なる夜に京介さんと大人の関係になろうと思っていたわたしの野望は崩れ去ってしまったようです。

「まあ、まだ冬コミ、大晦日、お正月と勝負は幾らでも出来ますよね」

 人生前向きに生きたいと思います。

「お、お兄ちゃ~ん♪ アタシ、お兄ちゃんの子供だったら世間にどんなに迫害されようと愛して育てられるから。だから、気にしないでそのまま、ね♪」

「このビッチ! いい加減にしなさい」

 寝言でほざくアフロ桐乃にスタンガンをお見舞いします。

「あれっ? あやせ? お兄ちゃんは? 2人でこのお腹に宿った赤ちゃんを育てるの」

「何を血迷っているの?」

 将来お兄さんの子供を生むのはこのわたしだと言うのに。

 このビッチをどうしてくれようかと思っていると、扉が開きました。

 このイベントホールの受付のお姉さんでした。

 

「お客様。次の予約の方がいらしていますので、ご退出をお願いします」

 受付のお姉さんは室内を見回しました。

 爆発によって吹き飛んだ備品の数々。

 そして大きく開いた天井の穴。

「修繕費は全部そこの槙島沙織が払うから。槙島財閥のご令嬢だから何の問題もないわよ」

 桐乃は本人の了承を得ないままさらっと述べました。

「わかりました。それでは槙島財閥に請求は回させていただきます」

 お姉さんもさらっと了承しました。

「せっかく今日はクリスマスってことで、1日中大画面でホモゲーをエンドレスでプレイしようと思ったのに、まだ私たちの順番は来ないの?」

「瀬菜ちゃん。今、係員のお姉さんが対応してくれているんだからもう少し待とうよ」

 室内にメガネを掛けたわたしと同世代の女の子と優しそうな男の人が後から入って来ました。

「あれっ? せなちーじゃん」

「あっ、桐乃ちゃん」

 指をさし合いながら驚く2人。

 どうやらこのせなちーという女性は桐乃の知り合いの方のようです。

 何かその名前、つい最近桐乃の口からきかされたような?

「オッス。高坂の妹じゃないか」

「……ども。兄がいつもお世話になっています」

 桐乃は小さく頭を下げました。

 こちらの男性はお兄さんの知り合いのようです。

 世界は狭いということでしょうかね。

「桐乃ちゃんはお友達とクリスマス・パーティーしてたの?」

「ま、まあね」

 あまり本当のことも言えずお茶を濁す桐乃。

 とはいえ、爆発オチしている会場とわたしたちを平然と見ているこのせなちーという人も只者ではなさそうな気がします。

「そういうせなちーは? お兄さんとデート?」

「お兄ちゃんとデートなんて冗談じゃないわよ!」

 せなちーさんが顔を真っ赤にしながら否定しました。せなちーさんのお兄さんの方はそれを聞いてちょっと落ち込んでいます。

 どうやらこの人も相当なシスコンのようです。

「ただちょっと昨日の朝からずっと買い物や映画に付き合ってもらったり、今日もイベントホールでゲームプレイするのに付き合ってもらってるだけなんだから」

 せなちーさんは如何にもツンデレっぽい仕草で頬を膨れてみせました。

「えっ? 昨日の朝からお兄さんとずっと一緒にいたの?」

 桐乃が驚いた声を出しました。

「うちのバカ兄貴……昨日はせなちーのお兄さんの所に遊びに行くって朝早くから出掛けたんだけど……?」

 へっ?

「いや、昨日高坂とは会っていないよ。俺はアイツからクリスマス・イヴは妹と過ごすって聞いていたんだけど?」

 へっ? へっ?

「じゃあ、お兄さんは昨日一体?」

 お兄さんの行動は謎に包まれています。

 一体、どこで何をしていたというのでしょうか?

 でも何故か、とても嫌な予感がしました。

 これだけ多くの犠牲を払ったプレゼン大会。それ自体がすっごく無駄なイベントだったのではないか。

 そんな予感が……。

「昨日はここにいるみんなとクリスマス・パーティーで大盛り上がりだったのよ。きっとバカ兄貴はぼっちクリスマスを過ごしたに違いないわ。あっはっはっはっは」

 桐乃が自棄になったような大声で笑い始めました。

その瞳にうっすらと涙を浮かべながら。

「そうだよね、最高に楽しいパーティーだったよね」

 わたしも笑います。

 笑わないとやっていけない時が人間にはあると思います。

 それが今なのだとわたしは思います。

「メリークリスマスよ、せなちーっ! あやせっ!」

「メリークリスマスだよね、桐乃っ!」

 わたしと桐乃は大声でクリスマスをお祝いしたのでした。

 

 

 めでたしめでたし

 

 

 


 
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