No.439494

Fate/ZERO 優雅パーティー討伐令

6月16日は時臣さんの誕生日だったということで、ボツ作品を繋ぎ合わせて作った1作。

とある科学の超電磁砲
エージェント佐天さん とある少女の恋煩い連続黒コゲ事件
http://www.tinami.com/view/433258  その1

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2012-06-19 23:58:45 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:2107   閲覧ユーザー数:2013

優雅パーティー討伐令

 

 

 6月16日早朝。

 聖杯戦争と共に週末ミサの準備に追われる言峰教会に1通の書簡が届けられた。

 聖杯戦争の監督役であり言峰教会の責任者でもある言峰璃正神父は届けられた手紙を眺めながら大きく息を吐き出した。

「どうされました、父上? 何か良くない知らせでも?」

 言峰綺礼は父である璃正に尋ねた。

 綺礼の知る璃正は魔術師同士の殺し合いである聖杯戦争さえも整然と監督してしまう柔剛併せ持った人物。溜め息を漏らすことなど滅多になかった。

 その父に重い息を吐かせる手紙の内容とは何なのか。何が父にプレッシャーを与えているのか。何が父を苦痛たらしめているのか。とても、気になった。心地よい興味だった。

「いや、何。過去がこの死に損ないの老体を追い掛けて来おったと思っての」

「過去が追い掛けて来た、ですか?」

 璃正のその回答だけでは綺礼は理解を得ることができなかった。

「かつて私は友と共に理想社会の実現の為にとある武力介入組織を立ち上げたことがあってな。そして現在その組織から再び蜂起への参加要請が届いたという訳だ」

 璃正は苦笑いを浮かべた。

「理想社会? 武力介入組織? 蜂起への参加要請、ですか?」

 綺礼はますますよくわからなくなった。

 父璃正は何よりも安寧と秩序を重んじている。その父と理想社会や武力介入組織や蜂起という単語が綺礼の中でどうしても結び付かない。

「フム。わからぬか。どうやら私は父親であるにも関わらず、綺礼にはごく一面的な姿しか見せて来なかったようだな。つまらぬ人間像ばかりを見せてきたようだ」

「父上は模範的な神の子であり、模範的な父親ではありませんか? 一体、何をおっしゃっているのですか?」

 綺礼は父の言葉に賛同できなかった。

 綺礼は自分を酷く価値のない人間であると感じている。人間が通常持ち合わせている感性を自分が持っていない為に。喜びも悲しみも他人の様に感じられないことに。

 そんな綺礼が父に忠実に従ってきたのも、ひとえに璃正の仁徳が遍く知られ渡っていたからに他ならない。

 皆が璃正の人柄を素晴らしいと褒め称える。故に綺礼は璃正のあり方こそが正しいのだと規定して生きてきた。

 そして璃正の言動を真似ることを己の生き方として選んできた。綺礼自身はそこに正しさも良さも感じることはなかったが。

 その璃正が自らの存在をつまらぬと言い切ってしまった。それは自身の価値基準を見出すことができない綺礼にとっては大いなる困惑だった。

 

「綺礼よ。実は今までお前に隠していたことがある」

「隠していたこと、ですか?」

 今の綺礼には璃正の言葉を鸚鵡返しにするしかない。それほど今日の璃正の言葉は綺麗の理解の範疇を超えたものだった。

「実はな、綺礼…………お前は、私の本当の息子ではない」

「なんと!」

 唐突の告白に綺礼も驚かずにはいられなかった。

 綺礼は既に十分成人であるといえども出生の秘密を唐突に聞かされれば驚かざるを得なかった。

「では、私の実の父は一体誰なのでしょうか?」

 綺礼は自身が不義の子供なのではないかと瞬時に想いを巡らせた。

 そもそもがやましさを孕んだ存在である為に正常な情緒を生まれながらにして持ち得なかった。そんな風に勝手に推理したりした。

「おいおい。何を考えているのかは知らないが、思い違いをしているぞ。綺礼よ。お前の母はそもそもあの写真の人物ではない」

 璃正は壁に貼り付けられている1枚の写真に目を向けた。そこには着物姿の美女が静かに佇んでいた。璃正が綺礼に母だと教えて来た、一度も会ったことがない女性だった。

「では、私が母だと教えられて来たあの人物は一体?」

「あの女性は私の初恋の人だ。世間的にはアイドル歌手と呼ばれていた女性で1度も直接会ったことはない」

 璃正は大きく息を吐き出した。

「では、私の両親とは一体?」

 自分が情緒の欠落した欠陥人間になっている原因は両親にあるのではないか。そう考えて綺礼は父に答えを求めた。

 

「…………あれは、2×年前の寒い日のことだった」

 間を置きながら璃正はゆっくりと語りだした。

「その日も私は理想社会現実の為にリア充死ねと大声で唱えながら教会の敷地を掃除していた時のことだ」

「父上。私はツッコミというものが苦手です」

 璃正は綺礼の抗議を軽く受け流す。

「すると、教会の敷地の片隅に大きな中華鍋が置かれておってたのをみつけてな。中を見ると、まだ暖かな湯気を放つどんぶりを抱えた生まれて間もない赤ん坊が入っておっての」

「まさか、その赤ん坊というのが……」

 綺礼は璃正をジッと見た。璃正はゆっくりと、だがはっきりと頷いてみせた。

「そうだ。綺礼、お前のことだ」

 綺礼は自分の体が震えるのを感じた。2×歳にして初めて自分の出生の秘密を知った。それは感性に欠陥を持つと自分でも驚きの現象だった。

「そして赤ん坊のお前が抱えていたどんぶりに入っていたもの……それこそがマーボー豆腐だったのじゃ!」

「なっ、何とっ!!」

 綺礼にとってそれは、自分が捨て子であったことを聞かされた時以上の衝撃だった。

「それでは私がマーボーにのみ心奪われたのは……」

「マーボーは綺礼と実の両親を結ぶ唯一の絆であるからだろう。記憶はなくても、魂は覚えておるということなのだろう」

 璃正は遠い瞳をしながら教会の天井を見上げた。

「私は今まで自分と他人との感性の違いに悩んできました。何故私は他人と同じものを見て美しいと思えないのか。何故醜悪と呼ばれるものを見て美しいと感じてしまうのかを」

 綺礼は我知らず饒舌になっていた。

「その全ての答えはマーボーにあったのですね」

「そうだ。全ての答えはマーボーにある」

 何故そういう結論に行き着くのかは言峰親子ならばわかる。他人がその結論にケチをつけるなど無粋なことでしかない。

「ならば私は自分のあり方をマーボーの探求に求めたいと思います」

「マーボーの道は険しく辛い(からい)、いや、辛い(つらい)ぞ」

「覚悟の上です、父上」

 こうして冬木の地に1人のマーボー戦士が生まれた。綺礼がアーチャーのマスターとなるルートのフラグはここに絶たれた。

 

「ところで父上」

「何だ?」

 璃正は首を捻った。

「何故今になって私の出生の秘密を話されたのですか?」

 璃正は再びかつて綺礼が母と思い込んでいた女性の写真を見た。璃正の目は綺礼がかつて見た事もないほどに鋭く尖っていた。

「それはなあ……」

 そして綺礼は知ることになった。

 父、璃正の最大の秘密を。

「私は生まれてから一度も女性にモテたことがない。それを綺礼、お主に示す為だ」

「なんとっ!」

 璃正の目が釣り上がっていく。

「モテ男撲滅の為の武力介入組織フラレテル・ビーイング。モテ男のいない理想社会実現の為にこの老骨は組織の一員として数十年ぶりに修羅にならねばならん時が来たのだ!」

「ち、父上……」

 綺礼は生まれて初めて父を恐ろしいと感じた。そして美しいと思った。

 璃正の表情にはモテ男に対する憎悪が渦巻いていた。

「サンタクロースの服が何故赤いのか? 綺礼は知っておるか?」

「詳しくは知りませぬが……縁起物だからではないのですか?」

「違うな」

 璃正は首を横に振った。

「サンタの服が赤いのは、モテ男たちの返り血で服が染め上がっているからだっ!」

 璃正は大声で履き捨てる。

 そして、息子に激しく告げた。

「時臣くん以外の全てのマスターとサーヴァントに召集を掛けろっ! 緊急提案があるっ!」

 綺礼は今日の父をいつになく荒々しい存在だと感じずにはいられなかった。

 

 

「今、聖杯戦争は重大な危機に見舞われている」

 言峰教会の礼拝堂に集まった多くのマスターとサーヴァントを前にして璃正は堂々と話を切り出した。

 聖杯戦争の監督役である璃正が直々に停戦中とはいえ戦中に教会に来ることを要請するなど異例中の異例であり、各参加者の表情には緊張が走っていた。

 そして、参加者たちは驚愕の召集内容を聞かされることになった。

「我が盟友にして、今回の聖杯戦争の勝者となることが内密に決まっている遠坂時臣くんが今日誕生日を迎えるのだっ!」

 璃正は教壇を激しく叩いた。何か伝達してはならないことを暴露しながら。

「時臣くんには冬木一美人と評判の綺麗な奥さんがいる。美少女と評判の2人の娘がいる。そんな美女と美少女に囲まれて時臣くんが誕生日のホームパーティーを楽しげに行う様を想像すると……私は嫉妬の炎で今にも全身焼き焦がれてしまいそうだっ!!」

 璃正は血の涙を流しながら熱く訴えた。

「それで監督役殿は一体私達に何をしろと? そしてお腹が空きました」

 空腹王セイバーが表情を引き締めながら璃正に尋ねる。頭の中は食ばかり。

「聖杯戦争監督権限だ。時臣くんの百花繚乱きゃっきゃっうふふな誕生日パーティーを如何なる手段を潰したまえ!」

 璃正が老体とは思えない鋭い眼光で集まった面々に今日の趣旨を述べる。

「それはつまり、遠坂邸に運び込まれるであろうパーティー用の食材を全て食らい尽くして搬入を明日まで遅延させろという指示と受け取って構わないのですね?」

 空腹王が璃正よりも更に鋭い視線を向けながら問い直す。

「手段は選ばんと言った筈だが?」

「相分かりました」

 空腹王は堂々と頷いてみせた。

 

「遠坂時臣のホームパーティーを阻止するその役目、娘に近付く男を皆殺しにする方が聖杯よりも重要だとドイツに帰国したマスターに代わりこの空腹王アルトリア・ペンドラゴンが引き受けましょう」

 空腹王は威風堂々と真名を名乗り上げる。燦然とした光をその全身に纏いながら。

「別に時間を稼ぐのは構わんが──食材を全て食い尽くしてしまっても構わんのだろう?」

 空腹王は悠然ととんでもないことを述べた。

「ああっ。構わんよ。費用は全て教会に請求するが良い」

 璃正は力強く頷いて見せた。

「では──ごめん」

 空腹王は悠然と教会の外へと出て行った。

 遠坂邸で今日どんなパーティーが行われるのか、どんな食材が使用されるのか全く知らない状態で。

 

 

「やれやれ。あんな勢いだけで何の見通しも持たぬまま戦場に赴くとは。これだからどこぞの田舎者は困る。英国紳士の私から見れば恥ずかしい限りの存在だ」

 ブリテン王を田舎者と切り捨てた金髪の男。

 この男こそが天才魔術師、名門アーチボルト家⑨代目頭首ケイネス・エルメロイ・アーチボルトだった。

「では、ケイネスくんにはパーティーを潰す為のもっと良い策があると?」

「無論」

 天才魔術師は堂々と頷いてみせた。

「パーティーとは参加者がいなければ成立しないもの。ならば、今日という日にもっと壮大で豪勢で意義深く楽しいパーティーを開けば誰も東洋の二流魔術師の誕生日パーティーには参加しますまい」

「より壮大なパーティー?」

 璃正は首を僅かに捻った。

「さよう。この世で最も輝かしいパーティーを開くことで遠坂時臣の誕生日パーティーを潰すのです。そう、このロード・エルメロイの誕生日会を今日開催することでねっ!」

 ケイネスは大きく目を見開いた。

「しかし、ケイネスくん。誕生日会というが……今日は君の誕生日なのかね?」

「私の誕生日は4月11日です」

 神父は顔を歪めた。

「しかし、過ぎてしまっているのでは誕生日パーティーというのも……」

「私の誕生日とは世界で最も尊い日。故に何度パーティーをしても全人類は感謝することでしょう」

 ケイネスの瞳に動揺の色は見られない。本気で言っている。

「それで……4月11日にはどれほどの参列者が君の誕生日パーティーに?」

「あの日は残念ながら、ホテルから新魔術工房へと移動した後でパーティー会場の変更が伝えきれなかったのです。招待状は新住所で1万枚出しましたが、残念ながら来賓は訪れずでした。ソラウとランサーも別用に勤しんでいた為に1人静かに過ごしておりました」

 教会内の人物達が一斉にケイネスから目を背ける。

「ですが、今日遠坂時臣のパーティーを潰すぐらいであれば造作もない。特別に今日ここにいる面々にも私の誕生日パーティーへの参加を許しましょう。廃病院で心行くまでパーティーを楽しむが良い。ハッハッハッハッハ」

 ケイネスは教会を去っていった。

「ケイネス……アンタって人は……無茶し過ぎだよ……」

 時計塔の弟子でもあるウェイバーはとても辛そうに呟いた。

 

 

「では、他に時臣くんのパーティーを潰す為に良い策を持っている者はいないかね?」

 璃正の声に残りの陣営が答えに窮する。

「ていうかさぁ~。何でパーティーの邪魔しなくちゃなんない訳? パーティー楽しいじゃん。俺、大好きだよ。好きにさせれば良いじゃん」

 璃正に対してキャスターのマスターである雨生龍之介があまりにも正しい見解を述べてしまった。そのあまりにも公明正大さ故に教会内が静まり返る。

 ウェイバーなどは顔を青ざめさせている。

「本日、君達にもう1つの監督権限を発動しなければならないようだな」

 璃正は重々しく頷いた。

「聖杯戦争代行者の特別権限をここに発動する。この世の秩序と平和を乱すキャスター及びそのマスターを討伐せよっ!!」

 璃正は正義の炎をその背中から激しく燃やしていた。

「え~~? 何で俺達が討たれなきゃいけないわけ?」

 龍之介は面倒臭そうに顔をしかめている。

「龍之介。これはあれですよ。KYは何より嫌われるというこの国特有のルールの発動ですよ」

 キャスターはやれやれと息を吐いた。

「まったく~正論を正論として受け取れないなんてこの国は本当に腐っているね」

「真理を探究する者は権力にいつも泣かされるのですよ」

 2人は揃って溜め息を大きく吐いた。

「まあ、これ以上ここにいると…後ろのアサシンっての? アイツらにさっくり殺されそうな気がするから出て行くとしようかダンナ」

「確かに如何に私の魔術が優れていようとも、マスターが殺されてしまっては私の限界も叶いませんからね。ジャンヌたんにペロペロするまで死ぬわけにはまいりません」

 龍之介は口笛を吹きながら出て行き、キャスターはその後に続いた。

 

「えっと……じゃあ、俺達はキャスター討伐に向かいますんで」

 アサシン陣営以外で最後に残されたウェイバーはキャスター討伐を口実にこの嫉妬空間から離脱することを決めた。

「何でだ? 今の話を聞いている限り、ワシらにキャスターを早急に討たねばならん理由はないような気がするが?」

 キャスター陣営同様にKY街道を驀進する征服王は大きく首を捻った。

「おまえっ! そんなことを言っていると俺たちまで追討対象に含まれるだろうが~~っ!!」

 ウェイバーは征服王の背中を押しながら歩き始める。

「じゃあ、俺達は今日はこれで」

 ウェイバーは愛想笑いを浮かべると教会から出て行った。

 

「フム。これで世界の平和が守られれば良いのだが……」

 璃正は大きく息を吐き出した。

「ところで綺礼よ」

「何でしょうか?」

 アサシンのマスターである綺礼は父に尋ねた。

「バーサーカー陣営は何故誰も姿を見せん?」

「マスターである間桐雁夜は自称美女3人組の女怪盗にサーヴァントを人質に取られたとかで奪還に向かっているとのことです」

「3人の美女にサーヴァントを奪われる。……やりおるな、キャッツアイ」

 璃正はちょっと楽しそうだった。

 

 

 

 

 一方、遠坂家では璃正の思いも寄らない事態が進行していた。

 

「今日は6月16日。私の誕生日……か。フッ」

 遠坂家頭首遠坂時臣は自分だけの閉じられた小さな世界で小さく息を漏らした。

 彼は今、自分だけの現実(パーソナル・リアリティー)を発動させて自身の優雅について思いを巡らせていた。トイレという空間は彼にとって固有結界にも等しい自分だけの現実を具現化する場所だった。

 だがそこは、固有結界とは似て非なる世界であった。時臣はもうすぐその事実に痛烈に晒される運命にあった。

 

 遠坂時臣は常に優雅を忘れない超一流の魔術師である。

 彼の信条は『常に余裕をもって優雅たれ』で表現される。

 だが、そんな男が今優雅をログアウトしようとしていた。

 そう。絶望をもたらす事象に彼は気づいてしまった。

 

「何ぃいいいいいいいぃっ!? かっ、紙がっ、紙がないっ!?!?」

 

 トイレで優雅していたら紙がなかった。

 予備もない。

 ワインレッドのスーツの形状が変わるのが嫌で時臣はティッシュは常備していない。

 即ち、紙がどこにも存在しない。

 彼は、自分だけの世界だと思っていたトイレに裏切られた。

 時臣に心の平穏を与える筈の場所に幽閉されてしまったのだった。

 そう。遠坂家はウォシュレットを導入していなかった。それが故に起きてしまった悲劇だった。

 

「そんなこと、あってはならないっ!!」

 頭を両手で掴みながら取り乱す。

「絶対に、あってはならないことだぁあああぁっ!」

 遠坂時臣は超一流の魔術師である。あらゆる物事において常に数歩先の手を読んでいる。だが、それ故に予定外の事態に遭遇すると脆さを露呈することがある。

「あってはならないことなのだぁ~~~~っ!」

 計算が狂うとは時臣にとって最も恐ろしいことだった。

 そして、その恐怖と直面してしまった時、時臣は無力と化す。

 無力な醜態を晒さずに済むように時臣は常に家訓を心に掲げ続けている。

 だがその家訓は時臣が想定外の事態に慣れて対処法を生み出す機会さえも奪ってしまっていた。

 遠坂家の家訓が世界に名だたる魔導の一家の頭首である時臣を危機へと陥れていた。

「どっ、どうすれば良いんだぁ~~っ!?」

 遠坂時臣の優雅人生史上最大の危機が訪れていた。

 

 

 時臣がトイレに閉じ込められてから1時間が経過した。

 時臣はいまだにトイレからでられない。

「葵っ、葵はいないのかっ!?」

 時臣は愛しい妻の名を何度もなんども叫んだ。

 だが……。

「そう言えば葵は今日出掛けて行ったな」

 普段は着ないようなゴージャス兼セクシーな胸元が大きく開いた白いドレスを着て愛妻は出掛けてしまっていた。

 

『ちょっとお友達の所に会いに行って来るわ。今夜は帰らないかもしれないけれど、別に良いわよね?』

 愛妻は体にたっぷりと香水を染み込ませながら時臣に告げていた。

『友達とは一体誰かね?』

 愛妻の動作に不信感を抱いた時臣は妻に問い質した。

『そんなの勿論雁夜く……昔のお友達よ。女の子よ。何を疑っているの?』

 愛妻は普段は付けない真っ赤な口紅を塗りながら答えた。

 ちなみに今日は6月16日。時臣の誕生日。

『私が会うのは雁夜く……じゃなくて、アイリスフィールさんよ』

 だから今日は6月16日。

『そうか……』

 ニートで穀潰しで家内労働も一切しないでワインを回すしか脳のない遠坂家頭首はそれ以上何も言えなかった。

 そして時臣は密かに考えていた。妻が出掛ける理由を。

『葵の奴……私に内緒でサプライズパーティーを仕掛けようというのだな』

 時臣にはそれ以外に愛妻が出掛ける理由が1つも思い付かなかった。

 だが時臣はよく出来た夫であり、妻のせっかくの好意を無にするようなことは決してできなかった。

『それじゃあ出掛けてくるわね。…………目指すは母子手帳ゲットまで持ち込むことよ。バーサーカーも捕獲していることだし今日こそは逃さないからね、雁夜くん』

 愛妻は嬉々とした表情で出掛けていった。その両手に大量のトイレットペーパーを抱えながら。

『フッ。私の今日の食事はどうすれば良いのかね?』

 時臣は優雅にワイングラスを回しながら気取って見送るしかなかった。

 

 

 時臣はトイレという時の牢獄に閉じ込められたまま。

 優雅を貫いていては年金をもらう年になっても救出されないかも知れないという危機感に襲われてきた。

 優雅のレベルを引き下げて生命の安全を確保しに入る。

「凛っ、凛はいないのかぁっ!」

 時臣は優雅をバージョンダウンさせて愛しい妻の名を何度もなんども叫んだ。

 だが……。

「そう言えば凛は今日出掛けて行ったな」

 普段は着ないようなゴージャス兼セクシーな胸元が大きく開いた赤いドレスを着て愛娘は出掛けてしまっていた。ペッタンコの癖に。

 

『ちょっとお友達の所に会いに行って来ますわ。今夜は帰らないかもしれませんけれど、別に良いですよね?』

 愛娘は体にたっぷりと香水を染み込ませながら時臣に告げていた。まだ小学生の癖に。

『友達とは一体誰かね?』

 愛娘の動作に不信感を抱いた時臣は妻に問い質した。

『昔のお友達です。女の子です。何を疑っているのですか?』

 愛娘は普段は付けない真っ赤な口紅を塗りながら答えた。まだ小学生の癖に。

 ちなみに今日は6月16日。時臣の誕生日。

『私が会うのは雁夜おじさ……じゃなくて、イリヤスフィールですよ』

 だから今日は6月16日。

『そうか……』

 ニートで穀潰しで家内労働も一切しないでワインを回すしか脳のない遠坂家頭首はそれ以上何も言えなかった。

 そして時臣は密かに考えていた。娘が出掛ける理由を。

『凛の奴……私に内緒でサプライズパーティーを仕掛けようというのだな』

 時臣にはそれ以外に愛娘が出掛ける理由が1つも思い付かなかった。

 だが時臣はよく出来た父であり、娘のせっかくの好意を無にするようなことは決してできなかった。

『それじゃあ出掛けて来ますね。…………目指すは母子手帳ゲット……は私にはまだ色々無理だから証拠映像をゲットして脅迫。バーサーカーのお尻を人質にしているのだし今日こそは逃さないですよ、雁夜おじさん』

 愛娘は嬉々とした表情で出掛けていった。その両手にトイレットペーパーを大量に抱えながら。

『フッ。私の今日のおやつはどうすれば良いのかね?』

 時臣は優雅にワイングラスを回しながら気取って見送るしかなかった。

 

 

 家族2人が外出から帰って来ず時臣はトイレの中に座したまま。

 そろそろ真剣に人生の最期を考えるようになる。

 時臣にとって拭かずに出ていくことなど出来ない。そこまで優雅をログアウトすれば自害するしかない。

 だが、このままトイレに隠れば待っているのは老衰のみ。

「こうなったら桜だ。節を曲げて桜に念話で助けを求めよう」

 時臣はもう1人の愛娘に魔術で助けを求めた。

 

『桜はおじさんと淫らでエッチでインモラルで背徳な関係になる為に奮闘中で忙しいから念話には出られないんだよ』

『何だとぉおおおおおおおぉっ!?』

 次女の危険発言に時臣が立ち上がり掛ける。

『今のはただの冗談だよ』

『何だ。冗談か』

 時臣は優雅に便器に座り直す。

『……今のも冗談なんだけど』

『よく聞こえんな。念波が混戦しているのか?』

 最近は念話による情報送信量が増えてパンク状態によくなる。スマート念波普及によるデータ量の増大に耐え切れないのだった。

『そういう訳で桜はおじさんを落とすので忙しいから念話には出られません。御用の遠坂のおじさんは一昨日きやがれ下さい。伝言を残しても聞きません。それじゃあ』

 次女との念話は切れてしまった。

 だが、時臣には次女が何故このように一方的に念話を切ったのかよく分かっていた。

『桜の奴……私に内緒でサプライズパーティーを仕掛けようというのだな』

 時臣にはそれ以外に愛娘が出掛ける理由が1つも思い付かなかった。

 だが時臣はよく出来た父であり、娘のせっかくの好意を無にするようなことは決してできなかった。

「桜よ……お前は今でも私のことをお父さんと呼んでくれるだね?」

 時臣は照れ臭そうに笑った。

 時臣は幸せというのが何だか分かっていた。あくまで主観の問題なのだと。

 

 

 

 冬木市の廃病院にケイネス先生という天才魔術師が住んでいました。

 掛け算の九九を15歳でマスターし、分数の掛け算も18歳で習得しました。最近は円周率も約3ではないことを発見した大天才です。

 そんな世界を代表する大天才が極東の島国に留まり続けていました。

 

 ケイネス先生は元々は聖杯戦争という魔術師同士の命を賭けた戦いに参加する筈でした。

 ところが聖杯戦争はサーヴァントが出揃ったものの教会の不正経理が発覚するなどで無期限停止に陥っています。

 でも、ケイネス先生は天才だったので聖杯戦争は間もなく開始される筈だという自分の勘を頼りに冬木市に滞在を続けました。

 1日でユッキーが軽く100人は吹き飛ぶ高級ホテルのフロアを借り切ってです。勿論ケイネス先生の自腹でした。

 そしてケイネス先生は全財産をホテル宿泊で食い潰し、しまいにはホテルを追い出されました。

 ケイネス先生の誇った魔術工房も、資本主義の荒波には無力でした。

 結界24層も魔力炉3基も猟犬代わりの悪霊も魍魎数十躰も無数のトラップも廊下の一部は異界化させている空間も全部宿泊費の片に取り押さえられてしまいました。

 泣き叫びながら先生から無理やり引き離されていった悪霊と魑魅魍魎が哀愁を誘いました。

 こうしてケイネス先生は着の身着のままホテルを追い出されたのです。

「フッ。私の求める究極の魔道はまだ遠い」

 唾を吐き出すホテルの従業員を見ながらケイネス先生はその大物ぶりを口に出して裏路地へと去っていきました。

 そしてたどり着いたのがこの廃病院でした。

 ケイネス先生は天才なのでここならただで住めることを知っていたのです。

 

 ケイネス先生は天才なので魔術を駆使しお医者さんの真似事をして生活費を稼ごうとしました。ここは元々病院だった場所なのでそれが良いと思いました。

「フム。間違ったかな?」

 噂を聞き付けてリューマチの治療にやって来たおじいちゃんを死なせ掛けるなどのお茶目ぶりも発揮しました。

 けれど、どんな魔術も操る天才魔術師は治癒魔法もお手の物でした。死に掛けている人も肺と心臓だけを再生しながらいつまでも蘇生させることが可能なぐらいです。

 そんな天才的医療技術を誇るケイネス先生はいつしか冬木のトキ様と呼ばれるようになっていました。

 報酬のうめぇ棒や5円チョコのおかげで食べるものにも苦労しません。

 先生は新しい冬木ライフをエンジョイし始め、時間はまたたく間に過ぎ去っていったのでした。

 

 そして今日、ケイネス先生は聖杯戦争監督役の神父さんから時臣お父さんの誕生日パーティー阻止の指令を受けました。

「早く、早く誕生日パーティーの準備を急がなくてはっ!」

 ケイネス先生は焦っていました。

 先生は自分が世界で一番優秀な天才魔術師であることを知っています。当然、先生の誕生日をお祝いしたくて堪らない魔術師や一般人は五万といる筈です。

 ですが。自分を慕っている数多くの人々に対してケイネス先生は何の御もてなしの準備もしていませんでした。

 それどころか、おもてなししようにもお金がありません。現物で報酬を貰っていたことがこんな時には仇になりました。

「フム。とりあえずパーティーを開くためにこの国の国家予算ぐらいの資金が必要だな」

 ケイネス先生はパーティーに必要な金額を頭の中で弾き出します。天才なのですぐに計算できました。

「よしっ。とりあえず、ソラウからお金を借りよう」

 先生は非常に久しぶりに婚約者の存在を思い出しました。

 思い立ったが吉日。

 早速先生はソラウお姉さんの住む賃貸マンションへと向かいました。

 

 

「あらっ、ペドネスじゃない」

 ソラウお姉さんは出勤中の道の途中で、昔実家の謀略によって無理やり結婚させられそうになった男と出会いました。

 ちなみにソラウお姉さんは今、英会話スクールの先生をしながら1人で住んでいます。

 お人形のような生き方を送っていたソラウお姉さんも今ではすっかり自活が板につきました。

 実家とはすっかり疎遠になってしまいましたが、今の生活の方が楽しいとソラウお姉さんは感じています。

 そんな生活を送るきっかけとなったケイネス先生との久しぶりの再開でした。

「ソラウ。済まないがお金を貸してくれまいか?」

「嫌よ」

 ソラウお姉さんは天才魔術師を無視して仕事に向かうことにしました。

「国家予算程度で良いから貸してくれぇ」

「そんな大金持っている訳がないでしょうが」

 今のソラウお姉さんはお世辞にも裕福ではありません。でも、代わりに手に入れた自由でした。そしてソラウお姉さんはその自由を誇らしく感じていました。

「ならばせめて、今日は私の誕生日ということでパーティー用のグッズを貸してくれまいか?」

「そう言えば今日はペドネスの誕生日だったっけ?」

 一度も覚えたことがない元婚約者の誕生日をソラウお姉さんは空で奏でました。

 実際には2ヶ月前に過ぎているのですが、祝ってもいないので覚えていません。

「それじゃあプレゼントをあげるわ。この間、英会話スクールのパーティーで使ったやつなんだけど」

 ソラウお姉さんはカバンを開けて中から眼鏡を取り出しました。

 それはただの眼鏡ではありませんでした。メガネの中央部に立体の鼻と、さらに鼻毛が組み合わされていました。更にレンズは牛乳瓶のように厚くなっています。

「この不思議な形状……もしやこれは魔道アイテムか?」

「そうね。上手く扱いさえすれば、相手の魔術を無効化出来る力を持っているわね。……笑ってれば魔術は発動できないもの」

 ソラウお姉さんは鼻眼鏡を見ながら述べました。

「それは素晴らしい。本当にこれを私が貰って良いのか?」

「ええ。私はもう使わないからご自由に」

 ソラウお姉さんは鼻眼鏡をケイネス先生に渡しました。

「どれっ、早速掛けてみることにしよう」

 数秒後、鼻眼鏡を装備したケイネス先生の姿がありました。

「これで私の魔術はより完璧なものになった」

「ええ。もう魔術関係者なら誰も貴方に近寄りたくないと思うぐらいに圧倒的よ」

 ソラウお姉さんは冷や汗を垂らしながらケイネス先生を見ています。

「私も今のペドネスを見ているのに耐えられないからもう行くわね」

 言うが早いかソラウお姉さんはダッシュを開始しました。

 そして100mを7秒台で走る脚力を生かしてあっという間に先生の視界から消えてしまったのでした。

「どうやら私は自分でも知らぬ間に究極生物への道を歩み出してしまったらしいな」

 ケイネス先生は考えるのをやめました。

 そして自宅となっている廃病院で誕生日をお祝いしてくれる人を待つことにしたのでした。

「ローソク24本、クラッカー3個、ケーキ代わりにうめぇ棒、5円チョコ数十本、無数のトランプに、廊下の一部は飾り付けしている空間もある。フハハッハハハハ。お互い存分の秘術を尽くしての御もてなしが出来ようというものだ」

 ケイネス先生の自慢を聞いていると涙が出て止まりません。

 先生は誰も訪れることがない病院で来る筈のないお客を待ち続けたのでした。

 

 

 

 時臣が永遠の監獄に閉じ込められてから既に2時間が経過していた。

 この間葵と凛は帰って来ない。それどころか2人は泊まりを示唆することを告げて出て行った。次女には念話を一方的に切られた。

 家族に救援は期待できない。

 ならば時臣の取るべき行動は1つしかなかった。

「仕方ない。この際優雅に多少欠けるが家族以外に助けを求めるしかないな」

 時臣は優雅指数を更に下げて問題に取り組むことにした。

 

『綺礼よ。聞こえるかね?』

 時臣は直弟子である言峰綺礼にコンタクトを取った。

『時臣師。一体何のご用でしょうか?』

 綺礼から即座に返答が来た。

『実は今、故あって軟禁されて難儀している』

『何ですと?』

 綺礼の声に緊張が加わる。

『一体、どのような勢力に? そして今現在どこに? まさか、空腹王が直接襲撃を?』

『いや、言い方を間違えたな。私は別に敵対勢力に拉致監禁された訳ではない』

『では一体?』

『強いて言うなら……運命が私を試しているという所か』

 時臣は軽く息を吐き出して嘆いてみせた。

『申し訳ありませんが状況が掴めません』

 綺礼の声がどこまでも冷たいものに感じる。

『良かろう。では、遠坂魔術の免許皆伝者たる君に私が陥っている罠の正体を知らせよう』

 時臣は再びフッと軽く息を吐いた。

『トイレに入ったはいいが、紙がなくて出られなくなった。助けてくれ』

 短い沈黙が走る。

『私は今日、マーボーに目覚めて忙しいのです。師のアメリカン・ジョークに付き合っている暇は申し訳ありませんがありません。それでは失礼します。レッツ・マーボーっ!!』

 弟子との念話も断たれてしまった。

 

 もはや時臣には頼れる、いや、連絡を取れる人物は1人しかいなかった。

 その人物に連絡を取るのは正直気が進まなかった。

 けれど、連絡を取らなければ遠坂家の悲願、根源への到達の前に死んでしまうことになる。

「仕方あるまい」

 時臣は大きく息を吸い込んだ。

『王の中の王よ。お願いがございます』

 時臣は自身のサーヴァントに救援を求めた。

『時臣か?』

 慢心王ギルガメッシュは即座に答えてみせた。

『御意にございます』

 時臣はもしかすると上手くいくのではないか。そんな期待を抱いた。

『忠臣大儀である。だが断る』

 期待を抱くのは間違いだった。

『何故でございますか!?』

『愉悦研究会の活動で忙しいのだ。冬木の虎と申す女学生の小娘がいてな。いやいやこやつがなかなかに愉悦を心得ておる。2人で真の愉悦とは何か延々問答し続け酒を飲んで破壊活動に興じるのに忙しいのだ』

 時臣は右手の礼呪を見た。

 礼呪は既に1つしか残っていない。

 メガネメガネとティッシュ取って下さいで2つを消費してしまった。

 礼呪を全て消費しつくせば慢心王の制御は出来なくなってしまう。子供の夜遊びを止められない親と同じだ。慢心王の場合、ギター1本担いでロックミュージシャンになると上京してしまう可能性が高かった。

『王の中の王よ。もう警察に捕まって私の名を連呼しながら泣き叫んで釈放を求めないで下さいよ』

『はっはっはっはっは。その為の臣下ではないか。はっはっはっはっは』

 念話が切れた。

「フッ。私がこのトイレで老衰死すれば……王を迎えにくこともできませんよ」

 時臣はハァ~と大きく息を漏らした。

 

 

 

 

 

「バカなっ!? この空腹王たるこの私が食で押されているだと!?」

 冬木の食を全て食い尽くす為に訪れた最初のお料理教室でセイバーは早くも足を止められていた。

「何故私がこんな年端もいかない少年の作った料理を食らい尽くすことが出来ないのだ!?」

 赤毛掛かった自身のマスターの娘イリヤと同年代の少年が作り出す料理を全て食べきることが出来ない。

 量が多いという訳でもない。なのに何故完食できないのか?

 その原因を考えて空腹王は愕然とした。

「私は何故にこんなにも一生懸命おかずをよく噛んでよく噛んで味わっているというのだ!? お米に到っては1口で30回以上噛んでしまっている。これでは量を食べられないっ!」

 空腹王は自身の完食がなせない理由を一口一口の進みの遅さに求めた。

 何故遅いのかという考えれば不味いからではない。美味しすぎて暴飲暴食することが出来ないのだ。

「私のこの舌が、空腹王と恐れられたこの私の舌が、量よりも味わうことに専念しているというのか!?」

 空腹王は自身の皿を見つめる。

 少年は丹精込めて作り上げた料理を少しずつ追加していく。結果、空腹王の更に乗る食べ物の量は最初からまるで減っていない。

「この空腹王が、天下に名だたる食の覇者たるこの私が、たかが小僧1人の作った料理を完食出来ないというのかっ!?」

 空腹王の全身が激しく震える。

「否っ! 断じて否っ!」

 空腹王が勢いをつけて顔を上げる。

「思い上がるなっ! 少年っ!!」

 空腹王はお皿をテーブルの上に置いて左右の手に箸を構える。そして左右の手を使って皿の料理を食い始めた。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおぉっ!! もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐっ!!」

 空腹王は強烈な勢いで咀嚼を始める。

 だが、ここで彼女は気が付いた。

 両手を使い一度に大量に口の中に食べ物を詰めてしまう程に飲み込むまでに却って多くの時間が掛かることを。

 口に入る量が倍になると、咀嚼するまでの時間は4倍に増えた。

「チッ! この場では貴様の方が強いっ!」

 空腹王は左手で頭のアホ毛を抜きに掛かる。アホ毛さえ抜けば彼女は理性を失う代わり更に強大な空腹力を手に入れることが出来る。

その力をもってすればチープで味の濃いものが恋しくなる。少年が出す美味しい料理など無造作に食らい尽くせる程強力な舌の変化と空腹が。

空腹王がアホ毛に左手を添えたのを見て、少年は彼女に向かって丸餅を投げつけた。

「地面に落としてなるものかっ!」

 少女英霊はダイビングしてその餅を口の中へとキャッチする。そのキャッチ術は完璧だった。

 だがそこで彼女の身に悲劇が起きた。

 侵入した餅は空腹王の口内にまだ残っていた食物と混じり合わさりより巨大な塊となって喉の奥に突き進んだ。

 餅+αとなった物体は喉の奥へとぶち当たり胃や小腸に向かって下がろうとする。だが、その餅は大きくなりすぎて気管を通らない。しかし一方で餅の粘着効果で塞いでしまった気管から離れなかった。

 空腹王は呼吸が出来ない状況に陥った。

 人はそれを窒息と呼ぶ。

 空腹王の顔の色がツヤツヤした肌色から青に変わり、やがて色彩を失って白くなった。

 空腹王は少年の頬に手を当ててその顔をジッと眺めた。

「……憎らしい少年だ。最後までこの私に刃向かうか。だが、許そう。手に入らぬからこそ美しいものもある。ではな、少年。なかなかに美味しかったぞ……明日も食べたいです」

 空腹王はそれだけ言うとゆっくりと崩れ落ち……気絶した。

 

 こうして1人の少年の活躍により空腹王の冬木食べ尽くしは未遂に終わったのだった。

 

 

 

 

 遠坂邸も夜を迎えてその全景を静かに闇に包んでいる。

「人間は所詮生まれる時も死ぬ時もたった1人なのだ……」

 トイレに閉じ込められてから既に6時間以上。

 時臣の精神は既に限界を迎えていた。

「私はもはや……優雅ではない。ただの便器マンだ」

 絶望に陥った時臣は煤けた瞳で呆然とトイレの扉を眺めていることしか出来ない。

 時臣のこれまでの人生が走馬灯のように蘇ってくる。

 

 あれは5歳の頃のこと。

 幼稚園で大好きな子だったアルクちゃんに告白した所『時臣くんって品性の欠片もない顔をしているから嫌。志~~貴♪』と言われて振られた。

 あれは10歳の頃のこと。

 小学校で大好きな子だったシエルちゃんに告白した所『遠坂くんって動作振る舞いがいちいち下品だから嫌いです。遠野く~~ん♪』と言われて振られた。

 あれは14歳の頃のこと。

 厨二病を発症させた。中学の教室内でやたら気取ったナルシスト風キャラになってみた。現在の時臣の原点だった。

 時臣は生まれ変わった自分を弟分と勝手に考えていた間桐雁夜に見せてみた所『キモッ。ダサっ』と切って捨てられた。時臣と雁夜の長きに渡る戦いの始まりだった。

 あれは17歳の頃のこと。

 17歳病を発症させた。高校の教室内で俺は魔術師になるとかドリーマーなことを宣言し始めた。一般人とは違う証拠だと優雅を主張し始めた。現在の時臣はこの延長線上にある。

 生まれ変わったと思い込んだ時臣は自分に相応しい伴侶が必要だと考えて秋葉ちゃんに告白した所『そんな緩慢な振る舞いで優雅を名乗るなんて片腹痛いわね。兄さ~~ん♪』と言われて振られた。

 だが、時臣は不屈の闘志を持って伴侶探しを続けた。優雅たる自分が女性にモテない筈がないと固く想いを抱きながら。

 美人姉妹で有名な翡翠ちゃんと琥珀ちゃんに告白した所『時臣さま、アナタをNOT優雅です。志貴さま~♪』『あっはっはは~♪ 遠坂くんが私の相手をしようだなんて100年早いってんですよ~♪ 志貴さ~ん♪』と言われてそれぞれ振られた。

 

「フッ……私の人生は終生負け戦続きだったな」

 時臣は濁った瞳で扉を見つめる。

 大学生の時、政略結婚を前提として現在の妻葵と出会った。本物の魔術師で良かったほぼ唯一の瞬間。

 勿論時臣はそれを自分が魔術師であったから葵と出会ったのではなく、自分の魅力に葵が惹かれたのだと解釈した。それが遠坂時臣という男の自己を奮い立たせる矜持だった。

 だが、それも崩れさった。心も折れた。

 自分だけの世界に閉じ込められてしまった時臣は完全に摩耗しきっていた。

 

「遠坂家頭首たる者が何を弱気の虫に駆られておるんじゃ。ふぉっふぉっふぉっふぉ」

 

 その時、トイレの扉の向こうから老体のしゃがれた声が聞こえてきた。

「その声は間桐臓硯か?」

 扉を挟んだ向かい側にいるのは間桐家の実質的頭首である間桐臓硯に違いなかった。

 同盟相手とはいえ、嫌悪感を催す得体の知れぬ魔術を操り腹の底にドス暗い闇を有している臓硯を時臣は警戒し続けていた。

 その臓硯が何の連絡もなしに、しかも邸宅内に既に侵入している。その事実が時臣に緊張感をもたらさない訳にはいかなかった。

「何故、ここに?」

 下半身丸出しのままシリアスな顔つきで緊張した声を出す。

「フム」

 トイレのごくごく狭い隙間から白くひらべったい物体が入り込んで来た。

「こっ、これはっ!?!?」

 それこそは時臣が今日最も渇望したもの。トイレットペーパーだった。

「早くトイレから出てこい」

 老翁の声が響く。

 永遠にも匹敵するほど長い間求めていたものを遂に手に入れたのにも関わらず時臣の心は少しも晴れなかった。

 緊張した面持ちでトイレットペーパーに本懐を遂げさせる。

「魔封波だっ!!」

 長きに渡る戦いに終止符を打って時臣は自身の宿敵を下水深くへと封印した。

 だが、時臣の戦いはまだ終わってはいない。

 それどころか真の戦いはこれからだった。

 

 覚悟を決め、緊張しながらトイレを出ていく。

「お待たせした」

 だが、遠坂家頭首として、優雅を極めたゴールド・ユウガーとして燦然と全身を輝かせながら出て行く。

 そんな優雅たらんとした時臣が見たもの。

 それは頭に白と赤のカラフルなとんがり三角帽子をかぶりクラッカーを手に持った間桐臓硯の姿だった。

「ハッピーバースデーじゃ遠坂時臣~~♪」

 臓硯はクラッカーを鳴らして時臣を祝った。にっこにこの笑顔を浮かべながら。

「こっ、これは一体?」

 頭の上にクラッカーから発射された紙の糸を乗せながら時臣は尋ねた。

「さぷらいずぱーちーじゃあ。ふぉっふぉっふぉっふぉ」

 臓硯は楽しそうに笑った。

「サプライズパーティー?」

 臓硯からそのような単語が出てきたことに心底驚いてしまう。

「うむ。ナウなヤングはバカ受けなイベントにさぷらいずぱーちーをするんじゃろ? ワシとお主は盟友ではないか」

 臓硯はちょっと誇らしげだった。

「じゃが、遠坂亭に進入するのに身体を一度蟲に分解してから入り直すしかなくてのお。プレゼントを準備出来なかったのじゃ」

 臓硯はちょっと申し訳なさそうな表情をしてみせた。

「そんなことはありませんよ」

 時臣は臓硯を正面から抱きしめた。

「プレゼントならもう……十分に頂きました」

 時臣は強く強く臓硯を抱きしめる。

「ふぉっふぉっふぉ。さあ、2人でさたでーないとふぃーばーしながら誕生日ぱーちーを始めようではないのかのお」

「ええっ」

 時臣と臓硯は手を繋いで歩き始める。

 こうして遠坂と間桐の同盟関係は不動のものとなったのだった。

『そっ、そんな蟲を尻には……いっ、嫌ぁああああああああぁっ!! ケダモノぉおおおおおおおおぉっ!!』

 この広い冬木市のどこかで人質を取られた薄幸な男が3人の美女と美少女に攻め立てられることにより遠坂と間桐の融合はより深く進み、聖杯戦争が公式に中止になる要因となった。

『フッハッハッハッハ。私の準備は完璧だ。さあ、いつでも訪ねて来るが良い。私が最高の歓迎をもってもてなそうではないか。ハッハっハッハッハ』

『明日も……美味しいご飯が食べたいです』

『マーボー♪』

『愉悦♪』

『フッ。時臣くん。どうやら美女だらけの家族パーティーの開催に失敗したようだね』

 こうしてみんなが6月16日という日を幸せに過ごしたのだった。

 

 はっぴ~バースデー♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 
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