No.192101

そらのおとしものf エンジェロイドの誕生日 クリスマス編

 そらのおとしものfの二次創作作品です。
 『ヤンデレ・クイーン降臨』『逆襲のアストレア』とは平行世界のクリスマス用作品です。
 クリスマス・イヴ編とクリスマス編から成り立ちます。

 クリスマスにあげたいと思っていたのですが……

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2010-12-27 12:25:10 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:5372   閲覧ユーザー数:5013

総文字数約15,700字 原稿用紙表記55枚

 

そらのおとしもの二次創作

 

エンジェロイドの誕生日 クリスマス編

 

 12月25日。

 今日はクリスマスであり同時に私とアルファの誕生日でもある特別な日。

 私とアルファは智樹と今日という日を最高の1日とできるように研究に余念がなかった。

 『クリスマス 性夜の贈り物<R-18>』と『誕生日 お兄ちゃん、私もう子供じゃないよ<R-18>』の2本のDVDは、人間界に対してまだ不慣れな私たちに有益な情報をもたらしてくれた。

 クリスマスとは何なのか、誕生日とは何なのかを私たちに教えてくれた。

 研究の結果、クリスマスとは女の子が好きな男の子にプレゼントを贈る日のことで、誕生日に女の子は好きな男からプレゼントを贈られるイベントが待っていることがわかった。

 智樹にプレゼントを贈り、智樹からプレゼントを贈られる筈の日。

 つまり、私たちと智樹にとっては1年で最も大事な日。

 それが、今日。

 だけど私たちには心配事が2つ。

 1つ目は私たちには智樹のプレゼントを買うお金がないということ。

 私もアルファもお小遣いを使い果たしてしまっていて、予算の捻出ができない。

「……リボン1本、あれば、良い。ポッ」

 アルファには何か考えがあるみたいだけど、それを採用しちゃいけない気がする。

 だから私が何か他の良いアイディアを考えないといけない。

 まあ、こちらについてはもう私に考えがある。

 お金が掛からず、しかも心が篭っている贈り物となれば、私たちにできることは限られているから。

 そして2つ目の心配事なのだけど、こちらの方が厄介、というか不確定要素が多い。

 それは冬休みに入ってから智樹が私たちに少しも構ってくれないこと。

 智樹は朝早く出掛けては夜遅くに疲れた顔して帰って来る。

 どこで何をしているのか教えてくれない。

 他の女と会っている可能性もあるのだから私たちとしては智樹を問い質したい所。でも、智樹は相手にしてくれない。

 そんな心の不完全燃焼が起きたまま今日という日を迎えてしまっている。

 私たちは智樹と最高の1日を過ごせるのかなと考えると不安にはなる。

 けれど、不幸な事故で空のお星さまになってしまったデルタのことを思うとクヨクヨなんてしていられない。

 幸せは、この手で掴み取らなくちゃ。

 ねっ、デルタ。

 

《頑張ってくださいね、ニンフ先輩》

 

 大空のデルタは実際のデルタと違っていつでも凛々しく爽やか。もう、大空だけにいてくれればいっそ良いのに……。

 

 

 

「智樹へのプレゼントは私の案で良いわよね?」

 午前7時半。

 知的探求を終え、私は今日のプレゼント計画をアルファに打ち明けた。

 お金がない、だけど心が篭った、そして私たちの特技を活かしたプレゼントと言えば1つしか思い浮かばなかった。

「……うん」

 アルファも同意してくれた。

 これで、プレゼントに関してはどうにかなる。

「……でも、リボンが」

 アルファは家にあったリボンを握り締めながらちょっと残念な顔をしている。

「それはやめておきなさいよ」

「……シュン」

 アルファが暴走しそうな不穏当な可能性は予め排除する。

 アルファが今度暴走したら、デルタがもういない分被害の拡大が予想される。

「それじゃあ、誕生日プレゼントの特訓を開始するわよ」

「……うん」

 智樹は今日も6時には出掛けてしまった。

 私たちに一言も告げずに。

 智樹には智樹なりの何か事情があるのだろうけど、ちょっと悲しい。

 でも今は智樹が家にいないことを好期と捉えることにする。

 おかげで智樹に気付かれずに特訓できるのだから。

「さあ、気合入れてやるわよっ!」

「……えぃ、えぃ、おー」

 私たちの秘密の特訓はお昼まで続いた。

 

 

 

 4時間続いた特訓が終わり、昼食も食べ終えた午後1時。

「……ニンフ、お茶が入ったわよ」

 今日もまた、朝食も昼食も智樹に食べてもらえなかったアルファが落ち込んだ表情でお茶を運んで来た。

「ありがとう」

 別にお茶を飲みたい気分ではないけれど、アルファの好意を無駄にするのも何なので湯飲みを受け取る。

「……シュン」

 そしてまた構って欲しいオーラを出して来る。

 ここ3、4日、ずっとこんなやり取りばかり繰り返している。

 だけど今回は違う。今回はもっとアグレッシブに攻めていきたいと思う。

「智樹を捜しに行くわよ、アルファ」

 アルファは驚いた顔をして私を見た。

「……でも、マスターの、お仕事の、邪魔しちゃ、ダメ」

 アルファの緑色の瞳は捜しに行きたいという意思表示を示している。

 けれど、エンジェロイドとしてマスターの邪魔はできないという相反した想いに囚われている。相変わらず難儀な子。

「今日は私たちの誕生日なんだから、少しぐらいの我が侭は許されるわよ。それに、他の女と会っているようなら浮気現場を押さえないといけないでしょ」

「……浮気」

 アルファの背中の翼が大きくなった。

 どうやら行く気になったらしい。

「それじゃあ出掛けるわよ、アルファ」

「……うん」

 アルファと共に玄関へと移動して靴を履く。

 

 外に出ると冷気が冷たい。

 昨日は1日中家の中にいたから気付かなかった。

 智樹はこんな寒い中朝から晩まで出掛けているのだと思うとやっぱり気掛かりになる。

「智樹ったら、本当にどこに行っちゃってるんだか」

 私が白くなる溜め息を吐いて智樹の居場所を思っていると、アルファが隣でブツブツ言い出した。

「……マスターの、居場所を、サーチ開……」

「ストップよっ、アルファッ!」

 アルファが内臓センサーで智樹の位置を探ろうとしていたので慌てて止める。

「……何故?」

 アルファが首を90度傾けながら尋ねる。

 アルファが疑問に思うのも無理はない。

 センサーを使えばものの10秒も掛からずに智樹の正確な位置を特定できる。

 簡単に智樹をみつけられる。でも、でもだ。

「センサーの類は使わない。私たちの智樹への想いの力だけで探し出すのよ!」

 アルファに向かってビシッと指を突きつける。

「……マスターへの、想いの、力?」

 アルファはまだ私が言おうとしていることの意味を把握していないみたい。だったらこの電子戦用頭脳派エンジェロイドであるこの私が要点を的確に説明してあげようと想う。

「智樹への想い、つまり今どこで何をしているか予測して当てる、智樹に対する理解力。言い換えれば、智樹への愛の力で探し当てるのよッ!」

「……愛の、力ッ!」

 アルファの瞳が大きく見開き、背中の翼がその場で大きく羽ばたいた。

 どうやらアルファも理解してくれたようだ。

 たとえ時間が掛かっても、科学技術に頼らず愛の力だけで智樹を探し出す。

 これこそが、正しい本妻のあり方だと思う。

ねっ、デルタ。

 

≪そうですね。それが本妻のあるべき姿ですよ、ニンフ先輩≫

 

 空のデルタもこうして私に賛成してくれている。よしっ!

「ねえ、アルファなら、今智樹はどこで何をしていると思う?」

 アルファは瞳の色を紅に変え真剣な表情で考え込む。

「……マスターなら、きっと、今頃」

 アルファは近所のゴミ捨て場のポリバケツを開けて中を調べ出した。更に周辺の大きめの石をどかして地面を覗き込み始めた。

「何でごみバケツ開けたり、石の下を覗いたりしてるのよ?」

 アルファの行動の意味がわからない。だけどアルファは逆に私が何を言っているのかわからないという風に首を90度曲げた。

「……マスターは、空美学園の、女子生徒たちから、ゴキブリと、呼ばれてる。それに、昔は、ニンフも、アストレアも、マスターを蟲って、呼んでいた。だから、冬眠でも、しているんじゃないかと、思って」

「あんたの智樹理解は虫なワケ?」

 なかなか酷いマスター想いのエンジェロイドもいたものだと思う。

「……違う。マスターは、スイカよりも、大事」

「普通の人が聞いたら、大事なのかそうでないのかわからない微妙な例えよね……」

 アルファとしては一番大事なものを表した表現なのだけど、そうは聞こえない。

「……ニンフは、マスターが、どこに、いると、思うの?」

 今度はアルファが話を振って来た。

「そうね。智樹がこの時間に行きそうな場所を考えると、学校、商店街、川原ってあたりじゃないかしら?」

 でなければ、女湯、または女子更衣室でも覗いているに違いない。智樹の行動パターンならそんな所が妥当かなと。

「……つまらない、解答。ニンフ、そんなんじゃ、お笑い芸人には、なれない」

「なる気ないわよ!」

 智樹が構ってくれなくて、やっぱりアルファはどこかおかしくなっているみたいだった。

 

 

 

 空美学園に到着する。

 既に冬休みに入っているので、学校にいるのは部活動に励んでいる生徒ばかり。

「智樹は一応新大陸発見部の部員だから、いるとすれば部室よね」

 智樹は新大陸発見部、つまり守形が部長を務めている世界の不思議を探求する部活の部員だったりする。

 もっとも、世界の不思議というよりシナプスについて守形が個人的に研究している部と呼んだ方が実態に近かったりする。

 だから智樹も熱心な部員というより、守形に引っ張られて無理やり参加させられている感じ。ちなみに私もアルファもこの部の部員だったりする。そはらも美香子もだ。

 で、新大陸発見部の冬休みの活動に関してなのだけど……

『新大陸発見部 冬休み公式活動日程           なし

 緊急招集の場合はおって連絡する  新大陸発見部部長 守形英四郎』

 なんて張り紙が部室の扉の前に出されていた。

 ドアノブを回してみるも鍵が掛かっていてあかない。

「どうやら学校にはいなさそうね」

 無言のままジト目で見つめて来るアルファが鬱陶しい。

 確かに部室に智樹はいなかった。

 でも、ここが智樹のいる確率が一番高かったのは確かだし、仕方ないじゃない。

「でも、守形もいないのはおかしいわよね?」

 守形は家庭の事情だか何だかよく知らないけれど、川原にテントを張って1人で住んでいる。だからとても寒い中で暮らしている。しかもその川原には熊も出るし、毒蛇も出る。

 そんな環境だから研究をするにしても日中は学校にいた方が絶対に良い筈。

 だからこの張り紙には何か違和感を覚える。でも、その正体が私にはよくわからない。

 考えても埒が開かないし智樹がここにいないのは確かだから他をあたることにする。

「次、商店街に行ってみるわよ」

 不満顔のアルファの答えを聞かずに歩き出す。

 次こそは、必ずいる筈……。

 

「智樹はここにいてくれると良いのだけど……」

 私たちは商店街へとやって来た。

 空美町は人口7千人ほどの田舎町なので商店街の規模も小さい。商店街のメインストリートを通り過ぎるのにゆっくり歩いても3分と掛からない。

 とはいえ、それでもシナプスの商店街よりも大きい。

そもそもシナプスの住民は営利活動に興味を持たず、また労働に喜びを感じるようなこともない。

 そして食料の流通など最低限の活動は量産型の生活保守用エンジェロイド達が取りまかなっている。だからお客さえ存在しないのがシナプスの商店街の実情。今思うと不気味なほどに活気がなかった。

 それに比べれば空美町の商店街は賑わっている。

 今日はクリスマスということもあって、昼間から多くの人が商店の前に人だかりの群れを作っていた。だけど……

「……マスターが、いない」

 アルファの視線が痛い。無表情そうに見せて、私を見る瞳にいつも以上に覇気がない。つまり、冷たい。

「も、もうちょっとよく捜せば」

 けれど、捜そうにもこんな小さな商店街じゃ智樹が隠れようとして隠れている以外にはみつからない筈がない。智樹がここにいないのは明白だった。

「じゃ、じゃあ、次は川原へ行ってみましょうよ」

 私が予測した3つの選択肢の内の最後の場所。

 川原にいなければ私の智樹理解度も低いのだと認めざるを得ない状況へと追い詰められてしまった。

 自分でセンサーを使わずに探すなんて大見得張ってしまったから大ピンチ。

 お願いだからいてね、智樹っ!

 

 

 

 そして辿り着いた川原。

 この川原には守形のテントが設置されているので智樹もよくここを訪ねて来る。

 訪ねて来るのだけど……

「いない、わね……」

 テントの前に立って呆然とする。

 テントの入り口には

『不在 守形英四郎』

 なんて張り紙が出ていた。

 智樹は勿論のこと、守形もいない。

 これじゃあ、智樹に関する情報も集められない。

 到着して1分も経たずに早くも万策、尽きた……。

 

「どこに行っちゃったのよ、智樹……」

 アルファと2人、川原に並んで体育座り。

 石を川原に投げ込んでみるけれど、気分はちっとも晴れない。

「……これだけ、捜しても、いない。やっぱり、マスターは、もう既に、冬眠してる」

 アルファは熱心に石を持ち上げてはその下を覗いている。

 本気なのか、冗談で私を慰めようとしているのか微妙な行動。でもどちらにせよ、私の心が晴れることはない。

「私の智樹に対する理解なんて、想いなんて、愛なんて……こんなもの、なのかな」

 私が桜井家に住むようになってからもう1年半以上になる。智樹のことはもう何でも知った気になっていた。

 けれど、こうして探し出そうとすると全然みつからない。次に捜すべき場所の候補さえ思い浮かばない。

 情けないほど私は智樹のことを理解してない。こんなにも、大好きなのに……。

「……ニンフ」

 アルファが私の肩にそっと右手をつく。

 不器用な子なりに一生懸命私を慰めてくれているようだった。

 その心遣いが、とても嬉しい。

「……マスター」

 アルファは握っていた左手をそっと開いた。

「あんたの智樹はやっぱり虫なの?」

 アルファの掌の中には、カメムシだか何だか甲殻類の昆虫がいた。

 言われてみれば確かに背中の模様が智樹の顔のように見えなくもない。

 智樹虫を見ていたら何だかおかしくなってきた。

「ありがと、アルファ」

 落ち込んでいる場合じゃない。

 私はまだ成すべきことを果たしていない。

「アルファ、その虫は元の場所に石と一緒にちゃんと戻しておきなさい。冬眠の邪魔しちゃダメよ」

「……うん」

 アルファは名残惜しそうに智樹虫を地面へと返す。

「さて、もう1度智樹を捜しに行くわよ」

 力を込めて立ち上がる。

「……あっ、マスター」

「また、智樹そっくりな虫でもみつけたの?」

 呆れ顔でアルファを見る。

「……違う。……人間の、……マスター」

「本物っ!?」

 アルファの声に覇気がないのが気になるけど、その視線の先を辿る。

 すると、いた。

 川原沿いの道を歩く智樹が。

 けれど……

「何で、デルタと一緒なのよ……?」

 智樹は、デルタと2人並んで仲良く歩いていた。

 

 

 

「どうして智樹がデルタと一緒なのよ?」

 それは信じられない、信じたくない光景だった。

 2人は仲良く並んで、談笑しながら歩いていた。

 2人とも大きな紙袋を抱えて歩いており、近くで偶々出会ったという訳じゃなさそう。

 そもそもお金を持っていないデルタが買い物なんてできる訳がないのだから、2人がずっと一緒にいたのは明白だった。

「…………マスター、もしかして、アストレアと……」

 アルファが悲しげに呟く。

 それは昨日少しだけ考えた可能性。

 即ち、智樹が他の女の子と会って私たちを避けていたんじゃないかと思う可能性。

「と、智樹がデルタと付き合っているだなんて、そんな筈があり得ないじゃない!」

 頭を必死に振りながら怖い可能性を排除する。

 智樹とデルタなんて、そんな、あり得ない……。

「俺たちが一緒にいることは、イカロスやニンフにはまだ内緒だからな」

 智樹の声が聞こえた。

 私たちには内緒って何?

 まだって、どういうことよ?

 まさか……

 

『今度俺と結婚してこの家に住むことになったアストレアだ。改めてよろしくな』

『むつつか者ですが、どうかよろしくお願いしますね、先輩たち』

 

 そんな、そんなぁ~っ!

 ふつつか者もまともに言えない娘が智樹のお嫁さんになるって言うの!?

 そんなの、絶対嫌ッ!

「ぷすす。イカロス先輩やニンフ先輩の驚く顔が目に浮かぶ~。ぷすす」

 デルタもあんなに楽しそうに笑っちゃって。

 やっぱり、やっぱりぃ~っ!

 

『アストレアに子供ができたから責任とって結婚することにしたんだ。よろしくな』

『子供ができると部屋が足りなくなるので、先輩たちはこの家から出てってくださいね♪』

 

 な、何てことなの!?

 智樹と最高の1日を送る筈が、一変して智樹に捨てられる危機に陥るなんて……。

 ま、まあ、こんなのは全部私の妄想が生み出した冗談よね。そうに決まってるわよね?

「…………マスターは、巨乳に、たぶらかされた」

 アルファは瞳を紅に爛々と輝かせながら、でもとても落ち込んだように呟いた。

「たぶらかされたって、そんな」

 可能性を必死に打ち消したくて反論する。

「…………マスターは、大きな胸が、好き。アストレアは、私よりも胸が大きい。だから……シュン」

 アルファは自分の胸を掴んだ。

 私も自分の胸に手を当ててみる。掴めるものがほとんど存在しない。

 確かにアルファの言う通り、智樹は大きな胸が大好き。そして事あるごとに胸が小さいと私のことをバカにする。

 智樹の女の子の選好基準で胸の大きさが大きな比重を占めていることは間違いない。

 だから、もしかすると……

 

『胸の大きさの差は戦力の絶対的な差です。ニンフ先輩は戦闘力たったの5のゴミです。イカロス先輩は4万2千。部下に欲しいぐらいです。ですが、私の戦闘力は53万です。えっへん』

『お~っぱいパイパイパイぱいぱいぱいぱいぱいぱいぱいぱいぱいぱい~っ!』

 

 なんて事態は十分に考えられる。

 だけど、何で相手がデルタなのよ?

 胸が大きい娘だったら、そはらだって美香子だって他にも沢山いるじゃない!

「……マスター、とっても、楽しそう」

 アルファがポツッと呟いて智樹を振り返る。

 確かに智樹はとても楽しそうな顔をしていた。

 この所、私たちに見せていた疲れきった表情とは対照的。

 ううん、智樹は私たちを相手にエッチなこと以外では滅多に嬉しそうな見せない。

 昨夜のアルファの言葉を不意に思い出す。

 

『……でも、マスターは、アストレア並の、バカだから……』

 

 智樹はアストレア並のバカ。でもそれは逆から見れば智樹がアストレアと同レベルではしゃぐことができることを意味してもいる。

 実際に空美町のおバカさん決定戦でゲームをしながら争っていた2人は本当に楽しそうだった。 私にもアルファにも智樹とあんな風にはしゃぐことなんかできない。

 智樹と一番感性が近いのはアストレアなのは間違いない。それは友達として一番似合うということ。だけど、男と女の仲だからいつそれが恋愛感情に変わるかはわからない。

 現にデルタは智樹のことを好きになっちゃったのだし、智樹だってアストレアのことを……という可能性は十分に考えられる。

 考えれば考えるほど智樹とデルタはお似合いな気がして来た。

 そしてそれは私の想いが智樹に届かない、私の恋が実らないことを意味している。

 全身の、力が抜けていく……。

「今日を最高の1日にしないとな」

「私がいるのだから、大丈夫に決まっているじゃない。えっへん」

 2人の背中を追えない。

 2人に声を掛けられない。

 遠ざかっていくその2人をただ見送るしかない。

 黙って、何もできず、ただ無力に。

 

《……アルテミス、全弾、アストレアに向けて、発射》

《パラダイス・ソングッ!》

 

「何でいきなりアルテミスとパラダイス・ソングがぁっ!? うっきゃぁあああぁッ!?」

「智樹ぃっ、大人の階段どころか天国への階段登っちゃうぅうううぅッ!?」

 突風が生じて土煙が巻き上がり、涙で霞んで2人の姿が見えない。

 土煙が晴れた時、2人の姿は既になかった。

 どこかに行ってしまった。

 私たちは、智樹とデルタを見送ることしかできなかった。

 

 

 

 智樹とデルタを見送った後、私たちは無言のまま村の中をさ迷い歩いていた。

 そして辿り着いたのが樹齢400年の大桜がある丘陵だった。

 この場所は私たちにとって深い因縁がある。

 アルファがダイダロスの手により封印を解かれて地上へと送られたのがここだった。

 そして去年のクリスマス、私が翼を失い、鎖を断ってマスターからの呪縛を解かれたのもこの場所だった。

 私たちの始まりとも言える場所。それがこの丘陵だった。

 その始まりの場所で私たちはただ、大きな桜の樹を座りながらぼんやりと眺めていた。

「ねえ、アルファ」

「……何?」

 口を開いたのは2時間ぶりだった。

「これから、どうする?」

「……わからない」

 これから、という言葉には2つの意味がある。

 1つは今日という意味。もう1つは今後という意味。

 智樹がクリスマスをデルタと過ごすなら私たちは今日やることがなくなってしまう。

 智樹がアストレアを選ぶなら、桜井家に私たちの居場所はなくなってしまう。

 私たちは今日、そして今後の身の処し方を決めていかないといけない。

 それに対してアルファはわからないと答えた。

 私にもわからない。

「デルタみたいにサバイバル生活を送ってみる? それとも、私とアルファが力を合わせて能力を駆使して美香子の家を超えるお金持ちにでもなってみる?」

 口にして空しいだけのプランを述べてみる。

 智樹がいないのにお金持ちになっても意味なんかない。

 智樹から貰えるお小遣いは、私たちが家族だって思える大切なお金。

 額は多くなくてもとても大切なお金。どんな大金よりも大切なお金。

 私たちが力を活かして、山より多くのお菓子を買えても、人の数より多くのスイカを買えてもそんなの空しいだけ。

「……ニンフ、無理、しないで」

「じゃあ、どうするって言うのよ!」

 心配してくれるアルファに八つ当たりするなんて。本当にみっともない私。

 でも、自分の感情を制御できない。

 普段偉ぶっていても依存症な私は自分の存在意義を見出せなくなると極端に狼狽してしまう。

 マスターもなく、翼もないポンコツ・エンジェロイドで、好きな人にまで見捨てられた私に何が残ると言うの?

「……私も、同じだから。ニンフ、あなたは、1人じゃない」

 アルファが私を抱きしめ、翼でそっと包み込んでくれる。

 とても、あたたかい。

「あったかいよ、アルファ」

「……うん」

 アルファの体はとてもあたたかい。

 私も体温もアルファに伝わってくれれば良いな。

 そう思った。

 

「お前ら、2人して抱き合って何をしてるんだ?」

 声が聞こえた。聞こえる筈のない人の声が。

「……マス、ター?」

 アルファも驚きの声をあげている。

 やっぱり、間違いない。

 アルファから離れて声の主を確かめる。

「智樹ッ!」

 そこには今日ずっと会いたいと思っていた桜井智樹がいた。

 会えないと思っていた智樹が。

 

 

 

「智樹……」

 私の心をいつも悩ませる、大事な人がすぐ近くにいた。

 いつも通りの格好で、いつも通りではない場所に。

 ……うん? いつも通りの格好?

「って、何で裸なのよっ!?」

 智樹は全裸だった。葉っぱ1枚身にまとっていない。

 確かに智樹は家の中や学校では全裸になることがよくある。けれど……

「何でって言われてもな。謎の爆発に巻き込まれて服が綺麗に吹き飛んじゃったのだからしょうがないだろ」

 智樹はケロッとした表情で答える。

 智樹ってこういう奴だった。どうも私は想像の中で智樹を美化し過ぎてしまう。

「だったら服ぐらい着直してから歩きなさいよ!」

 智樹から顔を背けながら文句を述べる。昨日のDVDの影響があって、智樹の体を恥ずかしくて見られない。でも、右手で目を覆った隙間からちょっとだけ覗いてしまう。だって、女の子だから。

「今までずっと忙しかったんだし、良いじゃねえか、別に」

 ずっと忙しかったの部分で、先ほどの光景が脳裏によぎる。智樹とアストレアが仲良く並んで歩いていた光景が。

 急に、気分がまた落ち込んだ。

「それで、何しに来たのよ?」

 ぶっきらぼうな尋き方。自分の子供っぽさ、ひがみっぽさが丸分かりのふてくされぶり。

「何しにって、お前たちを迎えに来たんだよ」

「えっ?」

「……マス、ター」

 とても意外な返事だった。

 それは本来ならとても嬉しい筈の回答。でも、私はその言葉を素直に受け取ることができない。

「迎えに来たって、あんたさっき、デルタと一緒に楽しそうに歩いていたじゃない!」

 デルタを選んだ筈の智樹がどうして私たちを迎えに来たりするの?

「そうか。見てたのか」

 智樹はデルタと一緒だったことをあっさりと認めた。

 やっぱり……。

「じゃあ、話は早いな。早速行くぞ」

 智樹は私とアルファの手を取って歩き出す。

「ちょっと、ちょっとぉっ!? 私たちをどこに連れて行く気なのよ?」

 智樹は振り返って

「どこって会場だよ、会場」

 私たちには意味がわからない返事をよこした。

 

 

 

 私たちが智樹に連れて行かれたのは新大陸発見部の部室の前だった。

 何が何だかわからなくて呆然とする私とアルファ。

 そんな私たちを見ながら智樹は軽く息を吐いた。

「お前たちを捜すのにちょっと時間掛かっちゃったからな。もうみんな、待ちくたびれているんじゃねえかな?」

「みんな? 待ちくたびれている?」

 智樹の言葉は相変わらず意味がよくわからない。アルファも頭上に“?”を浮かべている。

「まっ、いいか。ほらっ、主役はとっとと入った入った」

 智樹は部室の扉を開け、私たちの背中を押した。

「えっ? ちょっと?」

 智樹に押されるまま中へと入っていく私たち。

 すると、パンッ、パンッというクラッカーの大きな音が私たちを出迎えた。

 そして……

「誕生日おめでとう、イカロスさん、ニンフさん」

「おめでとう、イカロス、ニンフ」

「ホント、めでたくて会長も大喜びよぉ~イカロスちゃん、ニンフちゃん」

 そはら、守形、美香子が拍手で私たちを迎えてくれた。

 そはらたちの後ろには豪華な料理が沢山並んだテーブルが見える。

「どうなってるの、これ?」

「……さぁ?」

 アルファと顔を見合わせるも訳がわからない。

「今日はイカロスとニンフの誕生日だろ? だから、みんなで誕生日パーティーをしようってなったんだよ」

「みんなで誕生日パーティー?」

 初耳だった。

「あれ? お前ら、俺がアストレアと一緒にいるのを見たと言っていたから、てっきり計画がもうバレてたんだと思ったんだが。知らなかったのか?」

「全然」

 私もアルファも首を横に振る。

 私たちはてっきり智樹がデルタとデートをしているのだと思っていた。だから他の可能性は全然考えなかった。

「まあ、いっか。去年はあの騒動のせいで結局パーティーできなかったからな。今年こそはちゃんとお前たちの誕生日を祝ってやらないとな」

 智樹が笑った。とても優しい笑み。私たちエンジェロイドを朗らかに包み込んでくれる陽だまりのような笑み。

「師匠~、頼まれていたケーキを持って来ましたよぉ」

 そして私たちの後ろから全身煤だらけのデルタが大きな白い箱を持って入って来た。

「アストレアちゃ~ん、途中でつまみ食いはしなかった?」

「はいっ、一生懸命我慢して食べませんでした。食べてしまったら私、今度こそ死ぬんじゃないかという悪寒に襲われまして」

「それは正しい判断だったわ、アストレアちゃ~ん」

 美香子はやけに刃渡りが長くて厚いサバイバルナイフを舌で舐めてみせながらデルタに向かって微笑んだ。

「わ、わ、私が師匠の期待に応えない訳がないじゃ……って、イカロス先輩、ニンフ先輩っ!? いつの間に?」

 デルタはようやく私たちの存在に気付いた。

「さっきはいきなりアルテミスとパラダイス・ソングを撃って来るなんて酷いじゃないですか! 危うく死ぬ所だったんですよ!」

 デルタが私たちに向かって詰め寄って来る。頬は膨らんでいるのに目からは滝のように涙が流れている。

「悪かったわね。蟲と戦っている時に流れ弾があんたに当たっちゃったのよ」

 恋のお邪魔虫のデルタに直接当てたとは言わない。

「……人間は、ミスを、するもの。ドンマイ」

 アルファに至っては過失さえ認めない。

「まあ、ミスじゃ仕方ないですね。これからは気を付けてくださいよ」

 追尾型ミサイルであるアルテミスが全弾間違ってデルタに命中する筈がないのに……。

 バカって本当に楽でいい。

 

「それじゃあ全員揃った所で1年越しの誕生日パーティーの始まりといこうぜ」

 智樹が、そはらが、守形が、美香子が、デルタが私たちの顔をジッと見ている。

 私たちを待っている。

 私たちの返事を待っている。

 今回の件について、正直私はまだ何が何だかよくわかっていない。

 けど、今何を求められているのかぐらいはわかった。

 そしてそれは私の今言いたいことと見事なまでに一致していた。

 アルファと顔を合わせる。

 互いにコクリと頷く。

「みんな、ありがとう。みんなにパーティーを開いてもらえて、本当に嬉しい」

「……ありがとう」

 私たちのお礼を合図に、去年は開けなかった私たちの誕生日パーティーが始まった。

 

 

 

 自分が主役のパーティーは稼動し始めてから初めてのことだった。

 私の知っているパーティーといえば、シナプスの元マスターが仲間たちを呼んで自分たちの虚栄心を満たし、私を呼びつけては虐げることで喜びを見出す不愉快極まりないものだった。

 でも、今日のパーティーは違う。

 私はパーティーがこんなにも楽しいものなのだと初めて知った。

 ううん、きっと私の大切な人たちが、私たちの為に開いてくれているからこんなにも楽しくて、幸せを感じるのだと思う。

 ここ、3日ほどの苛立ちが嘘のように解けていく。

 うん?

 苛立ち?

「そう言えば智樹はここ数日どこで何をしていたの?」

 智樹がアストレアと一緒にいた訳は今日のパーティーの準備の為だとわかった。

 けど、智樹の行動の謎はまだ残っている。

 終業式の日から今日まで智樹は朝から晩まで何をしていたのかという謎が。

「そろそろ種明かししても良いんじゃないか、智樹?」

 智樹の背後から声を掛けたのは守形。

「守形は智樹がどこで何をしていたのか知っているの?」

 私が知らない智樹の情報を、男とはいえ他の人が知っているのは少し気分が良くない。私が智樹について一番知っていたいという女心を刺激されてしまう。

「ああ。何しろ同じ場所で働いていたからな」

「働いていた?」

 守形の口から意外な言葉が出た。

「ああ、俺、バイトしてたんだよ」

 智樹はバイトの事実を認めた。

「バイト? 守形と一緒に何のバイトをしていたの?」

「それはねぇ~」

 話に美香子が入って来た。

「英くんと~桜井くんは~会長の家で~聖帝美香子陵を建設する為の~石運びのバイトをしていたのよ~。うふふふふふふ」

 美香子が黒い表情で不気味な笑みを発する。

「石運びのバイトというより、完全に奴隷搾取だぞ、あれは」

「そうっすよ。あんな何tもある石を2人で積み上げろって無茶っすよ、会長」

「うふふふふふふ~」

 わかったことは、智樹の行動には美香子も1枚絡んでいるということ。またまたちょっと面白くない。美香子は女だからなお更。

「ねえ、美香子? 聖帝美香子陵って何なの?」

「うふふふふふふ~」

 美香子はよく聞いてくれたとばかりに一層不気味な笑い声をあげる。

「聖帝美香子陵は~、会長が世界征服を成し遂げた暁に~私のお墓となるピラミッドのことよ~」

「自分のお墓をもう作らせているの? 何か意味あるの、それ?」

「ええ~。面白いから~やらせているわ~」

 如何にも美香子らしい答えだった。

「新しいグライダーを製作する費用の為に相談してみれば、紹介されたバイトがあんなだとはな」

 なるほど。グライダーの制作費の為にバイトというのは如何にも守形らしい。

 でも、じゃあ、智樹は?

 

「智樹は何でバイトしていたの?」

 私の質問を聞いて、智樹の頬はちょっとだけ赤く染まる。美香子と守形とそはらは一斉に智樹の肩に手を置く。それから智樹は大きく息を吐き出した。

「お前らに誕生日プレゼントを買う為にバイトしてたんだよ」

 智樹は言い終えた後、私から顔を背けた。

「誕生日……プレゼントっ!?」

 それは、ここ数日間私が智樹に対して感じていた心の距離からすればあまりにも意外な返答だった。智樹に捨てられることまで覚悟していた私からすると……。

「そ、そうだったんだ」

 安心して、嬉しくて、智樹を勝手に疑っていた自分が情けなくて。

 自然と涙が零れてしまう。

 こんな風に怒ったり喜んだり……シナプスにいた時にはほとんどなかった感情。

 これが、生きているってことなのかもしれない。

「驚かそうと思って黙っていたんだが、却って心配掛けちまったようだな」

 智樹が頭を掻く。

「そんなことないよ。今、とっても嬉しいもの」

「……嬉しいです。マスター」

 涙を拭い去りながら答える。

 誕生日は好きな男の子が女の子にプレゼントをあげる日の筈。

 それじゃあ、やっぱり智樹は私たちのことを……。

「そ、それで誕生日プレゼントって何なのっ?」

 好きな人からの贈り物なら何でも嬉しい。でも……

「もしかして、ゆ、指輪、とか……?」

 もし、そうなら。もし、智樹が私とずっと一緒にいることを望んでくれるならとても嬉しい。私も、智樹とずっと一緒にいたい。

「いや、3日のバイトじゃ指輪はちょっと」

 指輪じゃないみたい。ちょっとだけ残念。

「……じゃあ、裸に、リボン?」

「イカロスは何を言ってるんだ?」

「……少し、シュン」

 アルファも少し落ち込んでいた。

「お前たちへのプレゼントは、これだよ」

 そう言って智樹が私たちに手渡したもの。

「……マイク?」

「……キーボード?」

 それは、シンセサイザーと呼ばれる電子楽器のキーボードだった。

「前の学園祭でバンドを組んだ時、イカロスは歌がすげえ上手かったし、ニンフはキーボードをすげえ上手に弾いてた。それに2人とも本当に楽しそうだった。だから、家でも音楽ができたら良いんじゃないかと思ってさ」

 智樹の言葉を聞いてアルファと顔を見合わせる。

 アルファはとても驚いた表情をしていた。きっと、私も同じような表情を見せている。

 だって、こんな偶然があるだなんて。

「……マスター。私たちからも、マスターに、プレゼントがあります」

 アルファが智樹から貰ったマイクを握り締めながらスッと近づく。

「私たちね、智樹に音楽をプレゼントしようと思ってね。2人で練習してたんだよ」

 私も智樹の前へと1歩近づく。

 私は電子戦用エンジェロイドなので電子機器の扱いには強い。

 キーボードも学園祭の前に初めて触れたものだったけど、すぐに弾くことができた。

 それに毎日の昼ドラの視聴で人間界の音楽に対する理解もある。

 アルファの場合、楽器は不慣れだけど空美の町中を驚かした高い歌唱力を持っている。

 普段の物静かさ、たどたどしい喋り方が嘘みたいに熱と心の篭った歌を聴かせてくれる。

 フルオーケストラを披露した私立の連中が尻尾を巻いて逃げるぐらいにすごい。

 そんな特技を持つ私たちだからこそ、智樹へのプレゼントは音楽しかないと思った。

「そりゃあ嬉しいな」

 智樹がまた頭をポリポリと掻いた。

「智ちゃんはイカロスさんたちのことを思って音楽をプレゼントし、イカロスさんたちは智ちゃんに音楽をプレゼントする。賢者の贈り物みたいで素敵」

「確かに似ているな。お互いの行動が活かされる分、こちらの方がより生産的だが」

「それじゃあ早速~2人に音楽を披露してもらいましょうよ~」

 アルファと顔を合わせてもう1度頷く。

 私たちは智樹に貰ったマイクとキーボードを使ってのコンサート準備に取り掛かる。

 

 私たちがすぐに演奏できるようにと美香子たちが下準備をしていてくれたおかげで準備はあっという間に整った。

「それじゃあ、私とアルファによるミニ・ライヴを始めるわね」

「……始めます」

 お客さんの数は全部で5人。決して多くはないけれど、みんな私たちにとって大切な人ばかり。特に、智樹の前だから心を篭めて演奏したいと思う。

「わぁ。イカロスさんのFalling Downをまた聴けるのね」

「うふふふふ~」

 そはらたちが瞳を輝かせている。

「……曲は、チクチク・B・チック」

 そはらたちの目が点になった。あれっ?

「……気持ちの良いと~こ飛び出てる~僕たち君~たち飛び出てる~」

 守形がほら貝を鳴らして演奏に加わってくれる。嬉しいアシスト、してくれるじゃない。

「すげえっ! 俺、今までこんなに感動する歌を聴いたことがねえよ!」

 智樹は私たちの演奏に大満足しているみたい。

 自分で作詞作曲した歌を私たちに歌ってもらえることに感動しているみたい。

 そはらと美香子は頬を引きつらせたまま硬直している。どうしたのだろう?

「……神さ~まが決めたことなの~ビクビク震えて怖いよ~優しくその手で~触れてごら~ん」

「お前らっ! 最高だぁっ!」

 私たちの演奏は、智樹の熱狂的な大喝采の内に終了した。

 

 

 

「最高の曲だったぜ、イカロス、ニンフ」

 智樹が私たちの肩をバシバシと叩いて来る。その顔は満ち足りたものに見える。

 良かった。喜んでもらえて。

「……ありがとうございます、マスター」

 アルファも智樹を見ながら嬉しそうな表情を浮かべている。

「って、いつまで叩いているのよ。痛いじゃないの」

 文句を言いながら、きっと私の顔もアルファと同じなんだろうなと思う。

 私たちは今、やり遂げた充実感に溢れている。

「ねえ、そはらや美香子は私たちの演奏、どうだった?」

 先ほどから固まって動かない2人に声を掛ける。

「えっとぉ、良かったんじゃないかな? イカロスさんの歌もニンフさんの演奏もすごく上手だったし」

 そはらは目を逸らしながら言った。

「クリスマスだもの~。誕生日だもの~。会長的にはコミックバンドも全然オーケーよ~」

 美香子も目を逸らしながら言った。

 本当にどうしたんだろう、2人とも?

 守形は演奏に加わった側だし、他に感想を聴けるのは……

「って、デルタ。あんた、演奏の途中もずっと食べ続けていたでしょ!」

 デルタは演奏の間中、というかパーティーが始まってからずっと、一言も喋らずにひたすら食べ続けていた。あまりに熱心に食べていたから私たちの演奏は聴いてないんじゃないかと思う。

「だって、もぐもぐ、久しぶりの、もぐもぐ、ご飯なんですよ。もぐもぐ、食べなきゃ、もぐもぐ、勿体無いじゃないですか」

 歌より食い気。何はなくても食い気。

 私立の奴らが空美学園の生徒たちを文化も知らない野蛮人と評した時の気持ちが少しだけ理解できた。

「本当、デルタは悩みがなさそうで羨ましいわ」

 デルタみたいな性格なら、私たちがここ3、4日感じていたような悩みも感じずに済んだのだろうなとちょっと羨ましく思う。

「そんなことは、もぐもぐ、ありませんよ。私は今、もぐもぐ、真剣に、もぐもぐ、悩んでいますよ」

「あんた、食べるのやめなさいよ」

 口をパンパンに膨らましながら真剣な瞳で語られてもコントにしか思えない。

「私は、自分の誕生日がいつが良いのか真剣に悩んでいるのです!」

「あっ……」

 考えてみれば、私やアルファに誕生日がなかったようにデルタにも誕生日はない。

 デルタは自分だけ誕生日がないことを内心で寂しがっていたんだ……。

「だって、誕生日には美味しいものを沢山食べられて、プレゼントまで貰えるじゃないですか! だから私も誕生日が欲しいですっ!」

 ……私の勘違いだった。

「そういうことなら~アストレアちゃんの誕生日は~元旦、1月1日が良いんじゃないかしら~」

 デルタの訴えに反応したのは美香子だった。

「1月1日ですか、師匠?」

「そうよ~。1月1日が誕生日なら普段は食べられない豪華な食事がてんこ盛り~よ~。桜井くんから~特別ボーナスだって貰えちゃうわよ~」

「本当ですかっ、師匠!」

 確かに美味しいものも食べられるし、ボーナスだって貰えると思う。

 お正月だから。

 誕生日でなくても貰える。

 美香子はデルタのお正月と誕生日を1度に済ませてしまおうとしているのは間違いない。

「わ~い。1月1日が私の誕生日~」

 まあ、デルタも喜んでいるのだし、いっか。

 

 こうして私たちのクリスマスは、DVDで見た内容とは違っていたけれど、最高の1日を過ごすという目標を達成することができた。

 来年の誕生日もまた、こうしてみんなでパーティーができたら良いな。

 勿論、智樹がいてくれてこそだけどね。

 大好きよ、智樹。

 

 

 おしまい

 

 


 
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