No.406395

これはゾンビですか? あの、気付いて欲しいクラスメイトです

なんかこれゾンの2期が始まってますね。
1期の頃に書いてこっちで出さなかった1作です。

2012お正月特集
http://www.tinami.com/view/357447  そらおと 新春スペシャル 智樹のお年玉

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2012-04-11 00:43:57 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:2462   閲覧ユーザー数:2361

これはゾンビですか? あの、気付いて欲しいクラスメイトです

 

 

「ノモブヨ、ヲシ、ハシタワ、ドケダ、グンミーチャ、デー、リブラァッ!」

 もうフリフリドレスが恥ずかしいなんて言っている段階じゃなかった。

 全力を出さなければコイツにはどう足掻いても勝てない。

 だから俺は自分に持てる全ての力をここで使う。

「なるほど。それがお前の真の力を引き出す姿というわけか、相川よ。だがな、フッ」

 眼前の敵、ツンツンメガネは変身した俺を見ながら不適に笑う。

「だが、変身できるのがお前だけだと思うなっ!」

「何っ!?」

 敵、織戸は天に向かって右手を掲げる。道端で偶然に拾ったという大先生のステッキを掲げながら。

「ノモブヨ、ヲシ、ハシタワ、ドケダ、グンミーチャ、デー、リブラァッ!」

 織戸が光に包まれ、一瞬の後にコスチューム替えして俺の目の前に現れる。

 俺と寸分違わぬピンクと白のフリフリドレス。

「俺と相川の衣装が同じ……。どうやら俺とお前は頭の中がピンク一色で同類だと魔法は判断したみたいだな」

「そんな理由でコスチュームの色って決まっているのか!?」

 すると、俺と同じコスチュームだったハルナも実は頭の中はピンク色な妄想でいっぱいなのだろうか?

「しかしだな、桃色魔装少女はこの世に2人もいらない」

「まったく同感だ」

 対峙する2人の魔装少女(性別♂)。

「……どうして、仲良しの2人が争わないといけないのっ? もう、やめようよ!」

 そして俺たちの対立に耐えられなくなり、涙を流すお下げ髪の少女。

「平松、すまないな。だが、今日という今日は相川の鈍感さに我慢がならねえんだっ! コイツは1発ぶん殴って再教育してやるんだ!」

「俺もすまないと思う、平松。だがな、お前までエロい企みに巻き込もうとするこのエロバカの顔面に1発叩き込んでやらないことには気が収まらないんだ!」

 平松の懇願を拒絶する俺と織戸。俺たちは本当にバカなのだと思う。

 けれど、それでも決着をつけずにはいられない。

 今日だけはどうしても、織戸のバカを許すことができない。

「平松を弄ぶお前だけはどうしても許せねえんだよ。このバカ織戸がぁっ!」

「それはこっちの台詞だ。鈍感もいい加減にしろ。このバカ相川がぁっ!」

 俺と織戸のプライドと平松を賭けた最後の戦いが始まった。

 

 

「相川~。俺今日通学路ですげぇもんを拾っちゃったぜ」

 朝、教室で日光を浴びながら倒れていると織戸のバカが陽気な表情で近寄ってきた。

 こいつがご機嫌な時は大体ろくなことがないのはわかってる。

 しかし、無視していると関係ない第三者が被害に遭いかねない。特にエロい被害に。

「何を拾ったんだよ?」

「魔法のステッキさ♪」

 満面の笑みを浮かべる織戸。

「とりあえず病院に行ってこい」

 病院に行き易いように一発殴ってやろうと手を振り上げた所で止める。

 魔法のステッキという、普通だったら頭のおかしいとしか思えない返答も今の俺には荒唐無稽とは笑い飛ばせない。

 実際に俺も魔法のステッキ持ってるし。いや、ステッキというよりどう見てもチェーソーだけど。

 だから、織戸が本物の魔法のステッキを持っている可能性は限りなく0に近い。が、0じゃない。確かめておく必要はあるだろう。

「失敬な奴だな。これを見ろっ!」

 そう言って織戸が掲げて見せたもの。それは──

「ゲッ!」

 大先生が使っている魔法のステッキで間違いなかった。

 何で織戸が持っている? 大先生はあんな大事なものを落としたのか?

 いや、それよりも……

「何故お前はこれが魔法のステッキだと思うんだ?」

 秋葉原と全国の秋葉原に似た都市にはもっとそれっぽく見えるステッキが沢山売られている筈だ。 何故奴はこれが魔法のステッキだと勘付いた? 

 いや、偶々本物を拾ってしまっただけで、本物だとは気付いていないんじゃ?

「俺ってメガネ掛けてるし、天才じゃん? だからこう、ピピピって来たんだよね。これは本物の魔法のステッキだって」

「貴様が天才を名乗るとは平松に謝れ。そして頭を下げてから腹を切れ」

 織戸の成績は俺よりも悪い。そんな奴が天才を名乗るなど図々しいにも程がある。その割に魔法のステッキ探り当てちゃう嗅覚には驚かされるが。

「……えっとぉ、呼んだ?」

 お下げ髪を揺らしながら平松が俺の机へとやって来る。

 俺たちの会話が聞こえてしまったらしい。しまった。巻き込むつもりはなかったのに。

「ああっ、俺が魔法のステッキを拾ったという話をしていてな」

「……魔法のステッキ?」

 平松は目を丸くして驚いている。

 そりゃそうだ。高校生の男が魔法のステッキなんて声を大にして喋っていれば不思議に思うに決まっている。

 いや、嫌悪感を丸出しにされていないだけまだ良いのかもしれない。

「その目は疑っているな? ならば見せてやろう。俺の魔法の力を」

 織戸は教室の対角線上で友達と立ち話をしている三原に向かってステッキを構えた。

「スルユハノイロエ、ドケイナヤジミユシノレオ、ハヨジクアイバケ」

 得たいの知れない呪文を唱える織戸。

 すると、窓が閉まっている教室で突風が生じた。そして──

「きゃあああぁっ!」

 三原が普段のクールな装いからは想像し難い可愛らしい悲鳴を上げる。

 そして俺は見てしまった。

三原の短いスカートが捲くれ上がって露出した黒のシルクを!

高校生の癖に黒かよ! 畜生、グッジョブじゃねえか!

「……相川くんは見ちゃダメっ!」

 更に次の瞬間、俺の首は平松によって90度、いや、180度捻られていた。

「なっ? これでこのステッキが本物の魔法のステッキだってわかっただろ?」

「……うっ、うう~」

 平松は織戸を見ながら珍しく真っ赤になって怒っている。その平松が織戸に注意を向けている間に捩れてしまった首をこっそりと戻す。

「相川も女子高生の生のパンツが見られて良かっただろう?」

 ドヤ顔で尋ねて来る織戸が鬱陶しい。

 まあ、良かったか良くなかったかで訊かれれば……良かったに決まっている。喜ばない男子高校生なんているものか!

「……あ、相川くんはかなみの下着なんか見て喜ばないもん!」

 しかし質問に答えたのは俺ではなく平松だった。

 「もん」って、何か微妙にキャラが違っていませんか、平松?

「そうかぁ? 健全な男子高校生なら女子高生のパンチラを喜ばない訳がない」

「……相川くんは、かなみの下着なんか見たくないよね? ねっ?」

 泣きそうな表情で念を押してくる平松。そんな表情をされたら……

「ああっ、これっぽっちも興味なんかないぞ」

 そう答えるしかねえじゃないか。

「嘘つきめ」

 冷たい瞳で俺を見る織戸。

 確かに俺は嘘つきです。しかし、他にどう答えろと?

「……そっ、そうだよね。かなみの下着には興味ないよね。良かったぁ」

 平松はこんなにも安心して胸を撫で下ろしているというのに。

「へいへい。悪かったよ。相川が見たいのは平松のパンツだけに決まってるもんな」

「ちょっと織戸さん!? お前、何を無茶言ってくれちゃって!」

 せっかく騒動が収束しようとしていた所で新たな爆弾を投下してくれやがった。

「……えええっ!? そ、そそ、そそそ、そうなのっ、相川くん?」

 ズザザザザザと俺の元から一気に引いていく平松。真に受けてしまったらしい。

「いや、織戸の口からでまかせだから。真に受けるなよ」

 平松のパンツが見たいか見たくないかと言えば……見たいに決まっている。しかしそれは、健全な高校生として女子高生のパンツに興味があるというレベルであるのであって。犯罪レベルの行動を取りながら見たいとかそういう次元の話ではないのです。そこの所はわかって頂きたい陪審員の方々。

「……あ、ああ、相川くんは私の下着、そんなに見たいの?」

 何故ここで上目遣い、しかも涙目で見てくるのだ、平松よ?

 ゴッド、俺はこの状況をどう切り抜けたら良いのですか?

「えーと……それはだなあ……」

「……ジィー」

 うっわぁ。めっちゃ見られてます。

「良かったな、相川。パンツ見せてくれる女ができて」

「お前はいっぺん消えてなくなれ」

 とりあえず全ての憎しみを拳に込めてバカに殴りかかる。

「……そっか。相川くんは私の下着に興味があるんだ。そっかそっかぁ」

 平松の呟きは何も聞こえなかった。

 聞こえないったら聞こえなかった。

 妙に嬉しそうな顔をしているなんて俺の目の錯覚に決まっているに違いない。

 

 

「で、お前はその拾った魔法のステッキで一体何をするつもりなんだ?」

 織戸が大先生の魔法のステッキを持っているのは危険極まりない。

 直感だけで魔法のステッキを探り当てたのも怖いし、フィーリングだけで呪文を唱えられてしまうことも怖いし、魔法の力をコントロールできている所も怖い。

 そして何より織戸はエロい。

 織戸が今後、この魔法のステッキを何に使うか考えると……殺してでも奪い取るのが正解かもしれない。世界の全ての女性の為にも。

「しれたこと。これから俺様は愛のキューピットとしてみんなの幸せのために生きるのさ」

「既にエロい魔法掛けた分際で何をさわやか好青年を気取ってんだ?」

 欲望のキューピットを自称するなら120%賛同してやるが。

「その目は疑っているな? まあ、良い。証拠を見せてやる」

 織戸は俺と平松に向かってステッキを構える。えっ?

「ナモニメタノツマラヒ、ゼルヤテシオヲカナセガレオ、ラカダンカンド、ニチモキノコノナンオ、ハツヤノワカイアクタツマ」

 俺と平松の体が白い光に包まれる。

 そして、何が起きたのかわからないままその光は止んだ。

「体に異常は……ないよな?」

 体の各部をチェックしてみるが、これといった変化はない。

「……えっと、織戸くん。今のは一体?」

 平松はちょっと心配そうな瞳で織戸を見ている。

「何、すぐに幸せになれるから心配するな、平松」

 織戸が意味不明な受け答えをしていると担任のMr.無個性が入って来た。

 慌てて自分の席に戻る平松と織戸。

「あー、今日はまず重要な報告がある」

 重要な報告とははて?

「相川、平松。2人は今すぐデートに出掛けなさい。今日授業に出ることは許さん」

 職員室に出頭を命ずるかのような物言い。けれど、言っている内容は……

「何言ってんだよ、先生!?」

「……相川くんとデートなんてっ!」

 俺たちは立ち上がって一斉に抗議する。

 何で担任が俺たちにデートするように命令して来るんだ?

 それにデートなんて単語使ったら、クラスの他の奴らも騒ぎ出すに決まって……

「って、誰も騒いでない?」

 クラスは不気味なほど静かだった。担任の言葉をただの事務連絡程度にしか思っていないかのようだ。

「それでは相川と平松は今すぐにデートに出掛けなさい。さあ、早く」

「おい、ちょっと待ってくれよ」

「……先生、そんな強引な」

 そして俺たちは強引に鞄を持たされて、担任の手により廊下へと押し出されてしまった。

「それではデートを楽しんでくるように」

 担任によって無慈悲にも教室の扉が閉められる。

 その瞬間、俺は見た。

 織戸が俺たち2人を見ながらニヤッと笑っている姿を。

「これは織戸の魔法のせいかっ!」

 原因はわかった。

 けれど、織戸をとっ捕まえて魔法の効力を無効化させようにも扉は壁の一部になってしまったかのように開かなくなってしまっていた。

 

 

「それじゃあこの状況は織戸くんの魔法のせいなの?」

「ああ。断言はできないが、そうとしか説明がつかない」

 玄関前で俺は平松に推理を述べていた。

 担任の奇妙な言動、クラスメイトたちの無反応、開かない教室の扉、極めつけは教室の方角に戻ろうとすると俺たちは見えない壁に遮られて歩くことができない。

 結果として俺たちは玄関前へと追い詰められていた。

「理由はわからないが、織戸の奴は俺たちに無理やりにでもデートさせたいようだ」

「……私と相川くんが? 急に困るよ、そんなの。………………でも、嬉しいかも」

 平松は節目がちに困った表情を浮かべている。

 それはそうだろう。別に好きでもない男と急にデートしろなんて言われて喜ぶ女の子がいる訳がない。

 まあ、俺は相手が美少女の平松だから悪い気分はしないのだが。って、この状況を悪用しようというのは人として外道すぎるだろう。俺、ゾンビっすけど。

「すまないな、平松。変なことに巻きこんじまって」

「……ううん。相川くんが謝ることなんて何もないよ」

 平松の優しさが涙を誘う。

 他の奴の場合は、俺と織戸をワンセットで扱って来る。織戸が何かすればその苦情はみんな俺に来るシステムになっている。

「学校を出ればこのおかしな行動制限もなくなると思うから、外に出てみようぜ」

「……うん」

 日傘を差しながら外へと足を踏み出す。

 太陽光の下を歩くなんてゾンビである俺にとっては自殺行為以外の何物でもない。しかしいつまでも平松と2人、玄関先にいるというわけにもいかない。

 担任の言葉を思い返せば学校という言葉を強調していた。だからその学校を出てしまえば魔法の効力がなくなるかもしれない。

 そう、踏んでいたのだが……。

「……離れられないね」

「ああ、離れられないな」

 俺の読みが甘かった。

 別々の道を行こうとすると見えない壁に邪魔されて進めなくなってしまう。平松も同じようだった。

 どうも今の俺たちは5m以上離れることができないらしい。

 学校という呪縛は逃れても、デートという呪縛は続いているらしい。

 うん、本気で困った。

 さて、どうしたもんだか……。

 

 

 織戸のふざけた魔法とやらに掛かってしまい離れられない俺たち。

 公園のベンチに並んで座りながら今後の方策を練る。

「これからどうするか?」

「……それって、デートプランのこと?」

 平松の顔がトマトみたいに真っ赤になる。

「いや、今後の方針についてだな……」

「……私、デートなんて生まれて初めてだし、口下手だから、一緒にいてもつまらないでしょうけれど、よろしくお願いします」

 深々と頭を下げられてしまった。顔は真っ赤なまま。

 この反応、もしかすると平松は織戸の魔法のせいで何か変な効力が働いているのかもしれない。彼女の真意とは関係なく俺とデートしたくなってしまうような何かが。

 織戸の奴、人の心を弄ぶなんて本当にふざけたことをしやがって!

「俺の方こそよろしくお願い頼むよ」

 とにかく今は一刻も早く魔法が解けるように動く方が良いだろう。織戸をぶん殴るのはそれからだ。

「平松はどこか行きたいとこってあるか?」

 デートの経験がない俺としてはどこに連れて行けば良いのかわからない。だから平松の意向を聞いてみることにする。

「……相川くんが連れて行ってくれるなら、私はどこでも良いよ」

 最も困る返答が来てしまった。

 夕飯のメニューを訊いたら何でも良いと答えられる如き難しい返答。信頼という言葉と共に俺のセンスが問われてしまう厄介さ。さて、どうしたものか?

「……その、できたら、相川くんがいつも行っている場所がいいな……」

 内心で困っていると追加希望が来た。

 俺がいつも行っている場所、か……。

「じゃあ、行ってみるか。俺がいつも行っている場所へ」

「……うん」

 平松は大きく頷くと、俺の手をそっと握ってきた。

「ひっ、平松!?」

 右手に感じる平松の手の温もり。

「……だって、こうした方がデートっぽいでしょ」

 大人しい平松がこんな大胆な行動を取るはずがない。

 これもきっと織戸の魔法のせいに違いない。おのれ、織戸めっ!

「そ、そうだな」

 でも、俺は平松の手を握り返していた。

 だって、美少女の手を握れる機会なんて今後の人生で何回あるかわからない。

 俺、もうゾンビっすけど。

「じゃあ、行こうか」

 俺は平松と手を繋いで歩き始めた。

 

 

 で、平松を連れてやって来たのは…

「……えっと、お墓?」

 俺の心が最も落ち着く場所、墓地だった。

「って、俺は初デートで何で女の子を墓地に連れて来てるんだよ……」

 自分の選択の愚かさにorzと崩れ落ちる。

「……相川くんは、静かな場所が好きなの?」

 平松の気の使いようが却って心に痛い。

「まあ、静かな場所の方が好きなのは確かだな」

 人間やってた時代から俺は人と関わらずに済む静かな場所が好きだった。

 ゾンビになってからは死者の眠る地に妙な親近感を覚えてしまっている訳だが。

「……私も、静かな場所は好きだよ」

 平松がポツッと呟く。

 人付き合いが苦手な彼女だからこそ実感がとても込められている言葉。

「俺も、静かな場所も好きだよ」

 うちに居候するようになったあの賑やかな連中のおかげで最近は騒がしいのもだいぶ好きになったけどな。

「……でも、ここはちょっと寒いね」

 言い忘れていたが、今は冬。

 全国的にはもうすぐ春なのだろうが、この街はまだ寒い。

 そして墓地は開けた場所に墓石が幾つも並んでいるという環境もあって夏は死ぬほど暑く、冬は死ぬほど寒い。その例に漏れずこの墓地も無茶苦茶寒かった。

「他の場所、行くか」

 ここから近くて温かそうな場所をピックアップしてみる。

 一番先に思い付いたのは自宅、相川家。

 しかし、3人の居候が待っているあの家に平松を連れて行くのは火薬庫にライター持って入るのに等しい所業だ。大騒動に巻き込まれ俺が酷い目に遭わされるのは確定。

 それに、初デートで女の子をいきなり家に連れ込むのは人としてまずいだろう。

「……あの、良かったら、うち、来る?」

「平松の家か? って、ええ~っ!?」

 いきなり女の子の家にご招待されてしまいました。

 これも、織戸の魔法の影響力でしょうか?

「……いや、あの、そうじゃなくって、その、もうすぐお昼ご飯でしょ? 良かったらうちで食べないかなって思って」

 平松は顔を真っ赤に染めてしどろもどろに喋っている。

「ああ、昼食の話ね……」

 言われながら思い出す。教室の鞄の中に弁当を忘れてきたことを。魔法の力で学校に戻れない以上、俺は昼食を他から確保するしかない。

「じゃあ、お邪魔させてもらおうかな……」

 相川歩15歳とゾンビ暦1年。

 初めて2人きりで女の子の家にお邪魔することになりました。

 

 

 平松の家は思った以上に俺の家から近い所にあった。俺と平松は同じ小学校に通っていたのだから当然のことかもしれないが。

 壁が白く塗られた割とごく普通の2階建ての一軒家。それが平松の家だった。何ていうか普通っぽいのが平松らしい気がする。

「お邪魔します」

 恐る恐る玄関の中へと入っていく。

 平松のお母さんに出会ったら何て言って挨拶すれば良いだろうか?

 そもそも今、授業中の筈なのだし。

「うち、両親共働きで昼間は誰もいないから気を使わなくて良いよ」

 緊張している俺に緊張をほぐす一言を掛けてくれる。

「そうか。ご両親は不在なのか」

 ちょっとホッとする。

「でも、そうすると今この家は俺たち2人きりということに……」

 それはそれで色々とまずい気もする。

「……ふっ、2人きりって……わ、わ、私、昼食の準備するねっ!」

 普段ののんびりした動作からは考えられない俊敏な動きで平松は台所とおぼしき部屋へと入っていってしまった。

「平松を緊張させちゃったな……」

 これじゃあまるで、両親の不在を狙って彼女の家にやって来たスケベ彼氏みたいだ。

 俺と平松はそんな関係じゃないっていうのに。

「よしっ、自制しよう」

 決意を新たにしながら俺は平松を追い掛けた。

 

 

「……味、どうかな?」

「すげぇ美味しいぜ、このチャーハン」

 約20分後、俺は平松とテーブルを囲みながら昼食をとっていた。

 平松が出してくれた料理はチャーハンと漬物と味噌汁。

 冷蔵庫の中の材料をかき集めて入れたというチャーハンはハルナの料理にも引けを取らないほど美味い。何ていうか俺の舌によく合った味付けがされている。そんな気がする。

 そして漬ける段階から自分でやっているというナスときゅうりの漬物は平松らしい優しさと繊細さを感じる一品だった。

 朝作ったものの余りだという味噌汁は、チャーハンに合うように微妙に酸味が加えられている。平松らしい気遣いが覗える味噌汁となっていた。

「……喜んでもらえているようで何よりだよ」

 ホッと胸を撫で下ろす平松。

「平松は良いお嫁さんになれるな」

 言い終わってからハッと気付く。

最近ではこういう台詞がセクハラに当たるんだってテレビで言っていたことを。

「……あっ、ありがとう」

 顔を真っ赤にする平松。嫌がっていないのは俺にとってラッキーだった。

「……これって相川くんのお嫁さんになる可能性を認めてもらったってことだよね?」

 食事に夢中になっていて平松が何か呟いたのを聞き逃してしまった。

「ところで食後はどうするか?」

 織戸の魔法の効果がいつまで続くのかはわからない。

 しかし、この効力の持続の仕方から考えると今すぐ切れるとは思えない。

 午後もそれなりに時間を潰さなければならないだろう。

 ゾンビにとって日中動き回るのは地獄なのだが。

「……相川くん、外を動き回るの辛そうだし、午後はうちにいようか?」

「そうしてくれると助かるんだが……でも、いいのか?」

 両親不在の女の子の家で2人っきりというのは倫理的にまずい気がする。

「……うん、私は構わないよ」

 平松は全く気にしていない風に頷いてみせた。平松は俺のことを信じてくれていて、だから危機感を覚えていないのだろう。

なのに俺ときたら、倫理がどうとか言いつつ、そんな破廉恥な展開ばかり想像していたんじゃねえのか? まったく情けない。

「……お父さん、お母さんごめんなさい。妙子は今日、悪い子になってしまうかもしれません。でも、悪い子になってしまったらお祝いして私たちの仲を認めて欲しいです」

 全く、桃色一色の頭を何とかしねえとな。

 そうだ。俺は世界一の紳士にならないといけないんだ。

 それが、魔法で操られてしまっている平松の為なんだ!

 相川歩、夜の王と戦った時よりも燃えてきました。

 

 

「……相川くん、こっちの写真見て。小学4年生の時に行った林間学校の写真だよ」

 平松がアルバムを捲りながら1枚1枚解説をしてくれています。

 俺と平松は同じ小学校なので当然同じ行事に参加している。ほとんど話したこともない関係だったとはいえ、共通の思い出も幾つもあっちゃったりするわけですが。

 ぶっちゃけ、何を見せられても半分も頭に入ってきません。

「えっと、確か担任の後ろについて行ったらクラス全員で山の中で遭難しかけた時だったよな?」

「……それは5年生の時の林間学校だったと思うよ」

 適当に返事するのが精一杯です。

 何故かって?

 お兄さん、お姉さん。それはここが平松の部屋だからですよ。乙女の秘密の中心部に今俺はいるんですってば!

 そりゃあね、俺だって女の子の部屋に入ったことはありますよ。

 うちには3人も居候がいますから。

 でもね、自分の家だし、内装はオヤジや弟が住んでいた時のものと変わらないから、女の子の部屋って感じがしないんっすよ。

 でもね、今俺がいるここは違うんっすよ。

 強いて言うなら異次元?

 強いて言わないなら別世界?

 とにかくね、この場所から感じるオーラ、いや、女の子の部屋に対してオーラはおかしいかな? とにかく感じるものがもう違うんっすよ。

 ピンク色のカーテン初めて見ましたっす。ピンク色の掛け布団もっす。白いモコモコのウサギのぬいぐるみが飾ってあるって、男兄弟やっていた俺の家からは想像もできない光景なんすよ。これが!

「……あの、相川くん。どうかしたの? さっきから何か変だよ?」

「いえ。お気になさらずに。俺は極めていつも通りの相川歩だぜ!」

 親指を突き立てていつも通りであることを示す。

 動揺を悟られる訳にはいかない。

「……やっぱり、私といてもつまらないよね」

 ゲッ!

 完璧に普段どおりを演じている筈なのに何故か平松を落ち込ませてしまった。

「……私、友達もほとんどいない根暗だし、相川くんも他の子といる方が楽しいよね」

 いかん。平松が負のループに入り始めてしまった。

 負の連鎖を止めてやらねえとな。

 でも、どうやって?

 と、考えはじめた時、俺の右手は既に左手を掴んでいた。

「……相川、くん?」

 こうなった以上、言うしかない。平松を元気付けられる何かを。でも、一体何を?

「俺は平松といて、つまらなくなんてないぞ」

 そうだよ。俺に必要なのはこの一言なんだよ。喋ってから大切なことに気付く。

「俺は平松といると平穏と温かみを得られる。それは、今の俺にとっては本当に重要なものなんだ。だから、バカ笑いしてなくても、俺は平松といると楽しいんだ」

 なるほど。俺はそんなことを考えていた訳か。喋ってみて初めて知った。

「……本当?」

「ああ。嘘はつかねえよ」

 騒動を楽しめるようになった自分がいて、静かに心穏やかに暮らしたい自分もいる。

 どっちも俺で、平松は俺に後者を与えてくれている。

 そうか。そういうことだったのか。

「……嬉しいよぉ」

 感極まったのか、平松が俯きながら抱きついてきた。

 って、この体勢、まずくありませんか?

 両親不在の女の子の部屋で、ベッドに腰掛けている若い男女。女の子の方は安心しきって男に身を任せている。しかも加えて女の子は美少女。気のせいか甘い香りがします。

 さあ、こんな状況で俺が取れる行動といえば?

 理性第一次防衛線突破されました。

 理性第二次防衛線突破されました。

 理性第三次防衛線突破されました。

 理性最終防衛ラインにて煩悩と激しく交戦中。増援を頼みますっ!

 やばいっ、やばいっ、やばいって!

 後軽い一撃で俺の理性の糸は確実に切れます。

 全ての理性の糸を動員して、この最終防衛ラインを守らねえと!

「……相川くん。いいよ……」

 最終防衛ライン崩壊。

 もう、何がいいよなのかは1時間ぐらい経ってから考えたいと思いますっ!

 だってもう、俺、何も考えられませんから!

「平松っ! 俺、お前のことを一生大事にするからっ!」

「……うん。私も相川くんとずっと一緒にいたいよ」

 涙を流す平松の肩を抱く。そして少し荒々しい動作で上へ圧し掛かっていく。

 ベッドの上に押し倒す体勢になる。

 父さん母さん、ついでに弟よ。

 歩は今、大人の階段を昇り……

「そこまでだっ、相川っ!」

 昇りかけた所で、窓の外からの大声で引き戻されました。

「1人だけ先に大人の階段昇ろうとするなんて許さないぜ、相川」

「お、お前は……」

 窓の外には……数百枚の空飛ぶパンツの上に座る織戸の姿があった。

 

 

「……あ、あ、あのね。こ、これは違うのっ!」

 上半身を起こし直した平松が誰に向けているのかよくわからない声を上げる。

 顔なんか真っ赤になって今にも爆発してしまいそうだ。

 だが、その気持ちはわかる。

 俺だってきっと同じような顔をしているだろうから。

 そして俺たちがこうなったのもみんな……

「織戸、全ては貴様の魔法の仕業だろうっ!」

 織戸に向かってメガネの少年探偵よろしく指を突きつける。

「何を言ってるんだ、相川は?」

 ところが織戸はまだすっ呆けたことを抜かしてやがる。

「よく考えてみれば、真面目な平松が俺とこんなシチュエーションになるわけがないだろうが! つまり、織戸が俺と平松の心を操っていたんだろ!」

「はっ?」

「……えっ?」

 口に出してみると自分の推理の確かさを確信してくる。やはり喋るとすっきりする。

「朝から変だとは思ってたんだ。平松が俺とのデートを楽しんだのも、家に上げてくれたのも、今さっき良い雰囲気になっちゃったのもみんな織戸の魔法の仕業なんだろ?」

 みんな平松らしくない行動。だけど魔法のせいだと思えばみんな納得がいく。

「よくも純真な平松の心を操ってくれやがって。許せねえっ!」

 織戸を睨みつける。こいつだけは絶対に許せない。こいつはそれだけのことをした。

「……それは違うよ、相川く「待て、平松」」

 喋りかけていた平松が遮り織戸がとても低い声を上げた。

「鈍感も程度が過ぎりゃあ心の傷害罪だぜ、相川よ」

「何の話だ?」

「それがわからないからお前は犯罪者なんだよ、相川っ!」

 窓が独りでに開き、数枚の女物のパンツが飛び込んで俺を襲って来た。

「織戸、てめぇ! このパンツは一体何なんだ!」

「俺の移動手段を得る為に学校の女子たちのパンツを魔法でちょちょいっと頂いた。パンツに乗って移動するのは男の夢だろうが」

 織戸は当然といわんばかりの蔑んだ瞳で俺を見る。

「じゃあこれは、うちの学校の女子たちのパンツだって言うのか」

 俺に体当たり攻撃を仕掛けてくる中に、今朝見覚えがある黒いレースのパンツがあった。あれは三原のパンツ。どうやら学校の女子からパンツを集めたのは間違いないらしい。

 ちっ、これじゃあパンツを迂闊に攻撃できねえじゃないか。

 パンツの攻撃を甘んじて受け入れる。いや、決して喜んで攻撃を受けているわけじゃないぞ。

 しかしこうなったらパンツを操っている本体を叩くしかない。

「織戸っ、覚悟ぉおおおぉっ!」

 開いている窓の枠に飛び上がり、更に外に向かってジャンプしながら拳を振りぬく。

「人間風情が、魔法使いとなった俺に勝てるとでも本気で思っているのか?」

 織戸はパンツに乗ったまま俺のパンチを避ける。

 パンチを避けられた俺はそのまま2階の高さから庭へと落ちていく。

 よく手入れされた庭に俺の落下音がなり響く。

 普通であれば2階から落ちても人間は結構な大事になる。

 だが、俺はゾンビ。こんな衝撃何でもない。

「ほぉ~。相川は身体だけは頑丈なようだな」

「俺が身体だけが丈夫なただの人だと思うなよ。出でよ、ミストルティンっ!」

 余裕ぶっこいている織戸を見据えながら俺の魔装錬器の名を大声で叫ぶ。

 勿論あのチェーソーに俺の所まで自動で飛んで来るとかテレポートしてくるとかそんな便利な機能はない。

 だけど代わりに大先生に相談して小さく収納できるように改造してもらった。

 夜の王との戦いが終わっても戦い続けている俺にとってはいつだって魔装少女に変身できるように準備しておかないといけない。

 俺は携帯電話のストラップに偽装したその魔装錬器を本来の大きさに戻す。

「ほぉ」

 織戸が俺のミストルティンを見ながら目を細める。

「一応聞いてやるが、そのチェーソーは一体何だ?」

 織戸はこれが何であるのか既にわかっているのだろう。パンツから飛び降りて地面へと降り立った。

「……魔法のステッキさ。魔法を使えるのがお前だけだと思うなよ、織戸っ!」

 チェーソーを織戸に向かって構える。

「……相川くん、織戸くん。2人とも、一体どうしちゃったの?」

 平松が2階から降りてきて庭に出て来た。

 対峙する俺たちを見て驚いている。

 平和を愛する心優しい少女から見ればこの光景はとても耐え難い光景に違いない。

 だが……

「織戸……平松の心を弄ぶ貴様だけは絶対に許さねえっ!」

 体中の血が滾る。

 このバカだけは本気でぶん殴ってやる。

「ほぉ。許さなければどうすると言うのだ?」

 織戸は余裕たっぷりに自身の周りにパンツを羽ばたかせている。自分の方が魔法使いとしての腕は上だと俺を侮っているに違いない。

 確かに俺は魔法の腕では織戸に遠く及ばない。

 だが、戦いとなれば魔法の腕だけで勝負が決まるわけじゃない。

 それを今、お前に教えてやるっ!

「こうするんだよっ!」

 チェーソーを空に向かって突き上げる。そして──

「ノモブヨ、ヲシ、ハシタワ、ドケダ、グンミーチャ、デー、リブラァッ!」

 俺は魔装少女へと変身を遂げた……。

 

 

「魔法少女に変身したのでどれほどの実力かと思えば、この程度とはな」

 織戸が操るパンツがファンネルの如く空中に浮く俺へと襲い掛かってくる。しかも今はただのパンツじゃなくなっている。魔法の力にコーティングされ、鉄球を投げ付けられているような衝撃をこの身体に受ける。

「魔法少女じゃなくて魔装少女だ。間違えるな、バカがぁっ!」

 対する俺は減らず口を叩くのが精一杯。20m先に浮かんでいる織戸に近づくことができない。

「どっちにしても俺もお前も少女じゃねえだろうが」

「うるせぇ。魔法少女も魔装少女もカテゴリーなんだっ! 本人の性別なんて関係ねえんだよっ!」

 パンツは払っても払っても次から湧いて来るし、更に時間が経つと復活して戻ってくる。

 女子高生のパンツがこんなに怖いものとは知らなかった。

 さすがその昔、女子高生のパンツがとある業種の店で堂々と高値で取引されていただけのことはある。これは強力な兵器だ。

「まあ、俺ほどの美人ならメガネっ娘メインヒロインとして物語を引っ張っていくことは幾らでも可能だろうがな」

「お前だけは絶対に殴るっ!」

 500%の力を発揮しながら織戸に向かって突進を再開する。

 ユーやハルナやセラや平松を差し置いて貴様がメインヒロインだと?

 そんな暴挙、神が許してもこの俺が許さん。

 群がるパンツをなぎ払いながら織戸に向かって突き進む。

「ほぉ~。まだ抵抗する力があるのか。なら、もうちょっと出力をあげてみるか。キスイダツンパ」

 織戸が呪文を唱えた瞬間、身体に受ける衝撃がまるで変わった。

 まるで大砲の直撃を受けているかのような身体が割れそうな振動を訴える。

「さっさと降参しろ。そうすればやめてやるよ」

 織戸が鼻で笑いながら俺を見る。だが、その態度は俺の魂により一層の火を付ける。

「俺を舐めんなよっ! 800%」

 この後、身体の修復にどれだけの時間が掛かるとか考えずに使える力をどんどん上げていく。上がった力でパンツを弾きながら更に織戸へと接近していく。後、10m。

「チッ! まだ動けるのかよ。ツンパルテシイア」

 パンツの攻撃力がまた上がる。もう爆弾そのものじゃないかと思うぐらいの激しい振動が身体を揺さぶる。これは絶対明日は動けない。けど、今は突き進むっ!

「1000……1200……1400……1600……」

 織戸からの攻撃はますます激しくなる。

 身体の酷使とダメージの蓄積で目が霞んでいく。脳が真っ白になっていく。

 だが、止まれねえ。突き進んでやる。

「おいっ、いい加減に止まれよ相川。お前、本当に死んじまうぞ!」

 織戸が焦った声を出す。

 確かに織戸の言う通り、俺が普通の人間なら、幾ら魔装少女になっていてもこんなダメージを受け続ければ死んでしまうだろう。

 けどな、俺はもう普通の人間じゃないんだ。

 ゾンビなんだよ。もう、生きてはいないんだ。

「相川っ、死んじまわない内にいい加減に止まれって言ってんだろうが!」

 ったくよ。

 人の身体の心配するぐらいならあんな重たい攻撃すんじゃねえっての。

 お前、夜の王より強いじゃねえか。

「悪いが、止まるわけにはいかねえんだよ。これは俺の為だけの戦いじゃないんだね」

 地上から俺たちの死闘を心配げな瞳でみつめる平松。そうだ、この戦いは……

「だから、この戦いだけは絶対に負けるわけには行かねえんだよっ! 2000%ッ!」

「ぐはぁああああぁ!?」

 織戸の元に到達した俺は思い切り殴ってやった。

 その手に持つ魔法のステッキを。

 魔法のステッキは手元からある一定以上離れてると魔法の効果を失う。

 当然、織戸に掛かっていた魔装少女の力も解けて元の姿に戻り……

 そして地面に向けて落ちていった。

「やっべ……」

 ここは地上から50mぐらいの位置。

 落ちれば織戸の命はない。

 慌てて回収に向かう。しかし──

「やべえ……」

 予想以上に消耗していたらしく身体が動かない。

 それどころか、思考がプツンと切れてしまったかのように真っ白になって

「まじ……やべえ……」

 俺もまた地面に向かって自由落下していった。

 

「……ステッキを置き忘れてきたと思ったらこんな面白い、もとい、大変なことになるなんて。これはこの街の人たちに今日1日分の記憶を無くしてもらうしかありませんね」

 気絶する直前、のほほんとした声が聞こえた気がした。

 

 

 気が付いたら1日すっ飛んでいたというのは得とみるか損とみるか。

 休日を中心に動いている奴にとってみれば平日が1日吹き飛んでしまったことはラッキーに違いない。

 平日を中心に勉学や部活を勤しんでいる奴には1日分の遅れに繋がりアンラッキーなことだろう。

 まあとにかく、俺たちはそんな経験をした。

 火曜日が終わったと思ったら木曜日になっていた。

 それが俺たちに共通した認識。昨日あった筈の水曜日について誰も憶えていない。

 こんなおかしなこと、ヴィリエの魔法か魔界人の仕業としか思えない。しかしハルナもユーも何も知らないという。

 それどころか2人とも水曜日の記憶がないという。

 不思議だと思いつつ俺はすっ飛ばされてやって来た木曜日の授業を終えた。

 そして帰宅道、俺は平松と共に2人で歩いていた。

 俺の通学鞄が何故か平松の家に置いてあるのだという。なのでそれを回収に向かっているところだ。

 しかし一体、昨日の俺に何が起きたのだというのだろうか?

 まるでわからねえ。

「……相川くんは昨日のこと覚えている?」

 横を歩く平松が俺に目線だけ向けて尋ねてきた。

「いやっ、これっぽっちも記憶がない」

 平松の家に俺の鞄があるということは、俺が平松と一緒に行動していたか、平松の家に上がるようなイベントが起きたということになる。なのにそんな記憶はまるでない。平松の家がどこかも知らないし。

「……私もね。朝起きたときは昨日のこと何も覚えてなかったの。だけど、相川くんの鞄を見ていたら昨日のこと色々と思い出して……ただの夢かもしれないけれど」

 平松の顔が急激に赤くなる。一体どうしたんだ?

「……そのね。私ね、昨日、織戸くんが不思議な魔法を使ったから相川くんとデートすることになってね。それでお昼を食べにうちに招いたんだよ」

 平松の顔は今にも爆発してしまうのではないかと思うぐらいに赤い。

 しかし、その話の内容はちょっと現実味がない。織戸が魔法を使うとか、授業がある筈なのに昼食を採りに平松の家に招待されるとか。

 けど、否定しきれない何かが俺の中で引っ掛かっているのも確か。平松が嘘をつくとは思えないし、言われてみると平松と一緒に墓地に行ったりテーブルを囲んだ絵が断片的に浮かび上がったりする。

 一体なんなんだ、この訳のわからなさは?

「……それで、午後は私の部屋に上がって昔のアルバムを見ていたんだけど、その、あのね、ちょっと良い雰囲気になって、私、その、相川くんにベッドに押し倒されて……それで……」

「ちょっと待ってくださいよ、平松さんっ! それは幾らなんでもやばいんじゃないでしょうか!」

 一体平松に何をしたんだ、昨日の俺っ!?

 というか、もし何かをしていたのなら何で憶えていないんだ、俺っ!

 大人の階段昇ったかもしれないのに、なんで何も憶えてないんだよっ!

「……私は、嬉しかったから、いいよ。相川くんには迷惑だったかもしれないけれど」

「ほんと、何をしたんだ、昨日の俺ぇ~~っ!?」

 もしかすると俺は平松の両親に膝をついて頭を下げながら「娘さんをください」と言わないといけないことをしでかしてしまったんじゃないだろうか?

 しかもそんなことをしておきながら俺は平松を迷惑に感じていたというのか?

 俺、どこまで鬼畜なんだよ?

「ほぉ~。昨日の記憶がないと思ったら、相川は平松とそんな関係になってしまっていたとはなぁ」

 背後からツンツン頭の声が聞こえた。

 嫌だなと思いながら振り返ると別人だったなんてことは残念ながらなく、バカ織戸が立っていた。

「これで相川も彼女持ち、いや、2人の進展具合から考えると嫁さん持ちだな」

「……私が、相川くんのお嫁さん。……私、幸せだよぉ……」

 顔から加湿器のように湯気が吹き出て、平松が後ろにバタンと倒れていく。

 俺は慌てて平松の肩を抱いて彼女が倒れないように支える。

「おめでとう、相川、平松」

「いや、おめでとうと言われてもだな。俺は昨日何が起きたのかちっとも覚えて……」

「だが俺はお前だけ幸せになるのを許さない」

「ちっとは人の話を聞けっ!」

 何でコイツはこうマイペースなんだ。

「俺がついさっき拾ったアイテムを使って、お前らが夫婦となるのに相応しいかどうか試練を与えてやろう」

「なんだよ、拾ったアイテムって?」

 エログッズでも拾ったというのか?

「魔法のステッキだよ、ステッキ。そこのゴミ捨て場に落ちてたから俺が拾ってきた」

 そういって織戸が見せたのは……大先生の魔法のステッキだった。

 

 

 

 

 


 
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