No.227101

安城鳴子の憂鬱 超平和バスターズの日々 その2

あの花、あなる視点原作再構成の第2話です。
ぼちぼちやっていきたいと思います。
オリジナルアニメということで、人間関係の相関図が本当によく練られていた作品だと思います。


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2011-07-09 13:15:36 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:4032   閲覧ユーザー数:3771

安城鳴子の憂鬱 超平和バスターズの日々 その2

 

 

4 登校

 

 学生だから学校に通う。

 それは当たり前のことだと思っていた。

 宿海が不登校になる前は。

 宿海が不登校になってからはその常識が少し揺らいだ。

 けれど学校に来ていない宿海が正しいとは思えない。

 事情はある程度理解できる。けれど、それでもみっともないと思う。

 それにアタシが理由もなしに学校を休んだりしたらお母さんに何をされるかわかったもんじゃない。

 アタシは勉強は好きじゃない。ていうかどんだけ頑張っても成績上がらないバカだし。

 でも、学校だけは毎日きちんと通うようにしている。

 

 一昨日、宿海がぽっぽと共にうちに来た。

 何故か徹夜でのけモンをプレイした。

 手伝った見返りとして宿海に学校に来てくれるように言ってみた。

 別に本気で頼んだ訳でもない。拘束力も何もない。

 でも、宿海に学校に来て欲しかった。一緒に通えたらきっとアタシは楽しい。

 そして宿海自身の為にも来て欲しかった。

 

 

 アタシの願いは、自分が予想していたよりも早く叶った。

「あっ……」

 宿海はうちへの訪問の2日後、制服を着て通学路を歩いていた。

 アタシの願いを聞き入れてくれたのだ。

 気が付くとアタシは早足で宿海の元へと近寄っていた。

 何故かはわからないけれど、アタシの足は軽かった。

「あっ」

 宿海がアタシの存在に気付いた。

 するとアタシの足も急に重くなった。

 足に合わせて心も重くなる。

 昨日はあんなに簡単に喋れたのに。

 約5ヶ月ぶりに見た高校生の宿海仁太を前にして、アタシは何と声を掛けるべきか必死に頭の中で模索すしていた。

 それは、宿海も同じみたいだった。

 昨日みたいに気軽にはアタシに声を掛けてくれない。

 気まずい沈黙がアタシたち2人を包み込む。

 

「来たんだ……学校……」

 そしてやっとアタシが紡ぎ出した言葉がこれ。

 我ながらセンスがなさ過ぎた。

「まあ……な……」

 そして宿海の返答がこれ。

 宿海に人を喜ばせるようなトークを期待してはいない。

 これは相手がアタシ以外だったら絶対に気まずくなる回答で間違いなかった。

「そっか」

 宿海をよく知っているアタシだからこそ、この短い言葉に篭められた沢山の想いを理解できる。

 宿海はアタシとの約束を守って、頑張って学校まで来たんだ。

「別にお前に言われたからとかじゃねえぞ」

 宿海がツンデレていた。

「そっか」

 アタシの考えていることに対して言い訳して来る宿海が可愛いと思った。

 宿海の考えていることがわかる自分が嬉しい。

 何だか今日はとても良い1日になる。

 そんな気がした。

 

 でも、そんな幸せな気持ちは次の瞬間にいきなりかき消されてしまうことになった。

「あれ~? マジで宿海~?」

「え~? 学校来れたんじゃん」

「亜紀、春菜……」

 クラスメイトにして友達の2人だった。

 この2人が宿海に近付くのは不味いと思った。

 宿海は春菜たちみたいな如何にも遊んでいる女の子が一番嫌い。

 そして春菜たちも宿海のことをバカにする対象と考えている。

 両者の接触を止めさせたかった。

 でも、それは叶わなかった。

 何故なら他ならぬアタシがこの両者を結び付ける架け橋となってしまっていたのだから。

 

「おはよっす、鳴子。と、宿海」

 春菜は気さくに宿海に声を掛けた。

 これでそのまま去ってくれるなら問題はない。

 けれど、春菜が宿海というおもちゃを手放す筈もなかった。

「平気平気。1学期来なかったぐらい誰も気にしてないし。つか、誰も宿海のことなんて眼中ないし」

 春菜は早速宿海のことをバカにし始めた。

「おいおい、春菜」

 そして止める体裁を取りながら亜紀が春菜に呼応してバカにし始める。

 大きな声を上げながら笑う2人。

 それは誰が聞いても、宿海の登校を祝うものではなくバカにするものだった。

「あんまり……」

 アタシは宿海の機嫌をあまり損ねない内に2人を止めようと思った。

 けれど、春菜たちはそんなアタシの行動を読んでいた。

 ううん、2人にとってはアタシもからかいの対象だったのだ。

 

「それにしても、愛の力って偉大じゃね? アンタが家行ってあげたから」

 春菜はアタシの顔を見てニヤリと目を細めた。

「熱い。愛が熱いよぉ~」

 亜紀が口を押さえながら再び春菜に呼応する。

 2人はアタシたちを見ながらニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。

 そのバカにした笑いはアタシの頭に急激に血を昇らせた。

「やめてよ、こんなヤツと……っ」

 売り言葉に買い言葉で出た反論。

 そしてアタシは言い終えてから後悔した。

 挑発に引っ掛かってしまった。

 

 恐る恐る宿海の顔を見る。

 とても渋い表情を浮かべていた。

「あつい……か。そうなんだよな」

 けれど、宿海の口から出た言葉はアタシが予想したものと正反対だった。

 宿海は亜紀が言った“熱い”という単語を認めた。

 それって、宿海がアタシとの仲が熱いって認めたってこと?

 もしかすると、これって宿海の遠回しの愛の告白?

 えっ? 嘘?

 こんな路上でアタシ、宿海に好きだって言われちゃうわけ?

 ほんと、嘘? どうしたら、いいわけ?

 宿海からの告白を意識した瞬間にアタシの頬は急激に熱を持った。

 きっと真っ赤になっているに違いなかった。

 けれど、その次の言葉でアタシの高揚は一気に冷めることになった。

「“暑さ”なんかにやられてないとさ、こんな低脳な奴らの動物園みたいなとこに来る気なんて起きないし」

 せいせいした風にそれだけ言うと、宿海は背中を向けて学校とは逆の方向に歩き出した。

「じん……宿海?」

 宿海を引き止めようと思った。

 でも、何と言えば良いのかわからなかった。

 おまけに昔みたいにじんタンと呼ぼうとしていた。

 何かもう、色んなことがごちゃごちゃになっていた。

「やっぱ帰るのぉ?」

「ねえねえ今のって、もしかして捨て台詞ってヤツう?」

「うっそぉ。あれが~?」

 宿海に声を掛けられない。

 去って行く宿海を呆然と目で追いながら、春菜と亜紀の嘲笑だけが耳に聞こえていた。

 

 登校するってこんなに、難しかったんだ。

 

 私は、自分の常識が大きく揺らぐのを感じざるを得なかった。

 

 

 

5 バーベキュー

 

 宿海が再び学校に来ることを望んだのはアタシだった。

 なのに、そのアタシが宿海を追い返してしまう役割を担ってしまった。

 自分のバカさ加減はもう十二分に承知していたつもりだった。

 でも、まだ理解が足りなかった。

 酷い自己嫌悪に陥る。

 ほとんど眠れない夜を過ごして朝を迎える。

 頭を少しスッキリさせようと思い、トマトに水をやることにする。

 ホースを準備して蛇口を捻る。

 吹き出る水を見ているとほんの少しだけ気分が和んだ。

 で、ついこの間と同じ様に見知った顔が塀越しにアタシを見ていた。

「よぉ~、あなるぅ~」

 でっかい図体のでっかい顔した男がアタシに手を振っていた。

 アタシにもう少し気力があればこの間と同じ様に水をお見舞いしてやったに違いない。

 でも、今のアタシにはぽっぽに水をぶっかけてやるだけの気力が湧かなかった。

「で、何の用?」

 ぽっぽが早朝に新聞配達をしていることは聞いていた。

 けれど、バイトだったらアタシの家を覗き込む必要はない。

 うちがとっている新聞はぽっぽが配達しているのとは違う。

 何かアタシに用件があるに違いなかった。

「さっすがあなる~。話が早くて助かるぜ」

「その名で呼ぶなっ!」

 近所の目を気にしながら抗議する。幸いにして周囲に人はいないようだった。

「早く用件を言いなさいよ」

 アタシが促すとぽっぽはニッタリと笑って答えた。

「今夜久しぶりに超平和バスターズのみんなで集ってめんまを探さねえか?」

 ぽっぽの提案はアタシの胸を大きく揺さぶるものだった。

 

 学校に着いてからぽっぽが持って来たチラシを改めて眺める。

 

『夏の終わりにみんなでめんまを探そうの会』

 

 秘密基地付近に現れたというめんまを探すという名目でのバーベキュー大会。

 超平和バスターズのみんなが参加するということだった。

 つまり、ぽっぽの他につるこもゆきあつもそして宿海も来るということだった。

 昨日、気まずい別れ方をしてしまった宿海との再会の機会は思った以上に早く訪れた。

 でも、宿海とどう接すれば良いのかまだ考えが決まっていない。

 

 と、宿海の席に春菜が座って来た。

「ねー鳴子ぉ。帰り、カラオケ行こうよぉ」

 ノー天気な誘いだった。

 ぽっぽのチラシを春菜に見られるのが何か嫌で手でそっと隠す。

「あー、ごめん。今夜はパス」

 先約はバーベキュー大会。

 それに例え先約でなかったとしても、今日のアタシはカラオケって気分じゃなかった。

「え~?」

 春菜が不服そうな声を上げる。

 けれど、今のアタシにはそれ以上春菜に神経を割いている余裕はなかった。

 

 

 夕方、秘密基地へ向かって出掛ける時間となった。

 家に帰ったアタシは白いミニのワンピースに着替えて髪を下ろした。

 めんまを意識しながら、ちょっとだけ自分の色を意識したファッションだった。

 チラシに書いてあったバーベキューの材料……の代わりの花火セットを持って外に出る。

 宿海に会うのが楽しみで、そして怖かった。

 

 宿海との再会は秘密基地に向かう途中の街中だった。

 変装用のメガネを掛けた宿海は手にスーパーの袋を持っていた。

 バーベキューの材料に違いなかった。

 けれど宿海は何故か秘密基地とは逆の方向、家に向かって歩こうとしていた。

 けれど、歩けなかった。

 まるで見えない誰かに右腕を引っ張られているみたいに体が奇妙に突っ張っていた。

 そして突然前のめりしてそのまま転倒してしまった。

「宿海……何してるの、さっきから?」

 その不可解すぎる行動に、アタシは憂鬱を一時的に忘れて宿海に話し掛けていた。

 でも、宿海の方はアタシと会いたくないみたいだった。

「別に。じゃあ!」

 立ち上がるなり独りだけで秘密基地の方面に向かって歩き始めてしまった。

「えっ?」

 アタシが呼び止める間もなかった。

「あれだけ派手に転んでおいて……どうせ同じ所に行くのに」

 髪の毛に触ってみる。

 せっかく宿海が好みのめんまっぽい格好をしたのにちっとも見てくれなかった。

 すごく、すごく面白くなかった。

 

 

 秘密基地に到着した後も宿海との間に会話はなかった。

 面白くない時間。

 そこにアタシを更に不機嫌にさせる人物が入って来た。

「こんばんは」

 つるこだった。

 先日のやり取りを思い出してすっごく面白くない。

「ぽっぽ……つる子、鶴見さんも呼んだのか?」

「号外、ちゃんと読んだか? みんなっつたら、みんなに決まってんだよ」

 ぽっぽはちょっとだけ大人の表情でつるこに飲み物を渡している。

 誰との間にも壁を作らないのがぽっぽの良い所だと思う。

 アタシだってつること悶着を起こしたくはないので澄ました顔でマサラ茶に口を付ける。

「でも、みんなって言っても……ゆきあつは来ないんじゃないの? こういうの、絶対信じなさそうだし」

 宿海は苦い表情を浮かべながらゆきあつの名前を出した。

 表情から察するに2人の間には何かあったのかもしれない。

 2人ともめんまが大好きだったし、今でも引きずっていそうだから考えられないことじゃなかった。

「来るでしょう」

 そんなゆきあつがこの集まりに来ると断言したのは同じ学校に通うつるこだった。

「えっ?」

 宿海は意外そうな声を発した。

 アタシも宿海と同じ意見だった。

 

 そして、ゆきあつが来ないままバーベキューが始まった。

 だけど、これが何とも情けない事態になった。

 まともに焼くものを持ってきたのは宿海のバイエルンソーセージだけ。

 つるこが持って来たのはろうそく。怪談の小道具として持って来たらしい。その発想の斜め上ぶりにアタシは引いた。

 もっとも、食べ物はみんなが持って来るだろうと思って花火セットだけを持って来たアタシも同様に役に立たなかったのだけど。

 で、確認したのはつることの相性の悪さ。互いに持って来たものが気に食わない。

 やっぱりアタシ、今のつることは仲良く出来そうにない。

 ぽっぽが用意したのはキールという牛乳でお米を甘く炊いたインドの食べ物。だけどキールは鍋物であってバーベキューにはならなかった。

 結局

「バイエルンだけでいい」

 という結論にアタシは至った。

 

 各自分担してバーベキューの準備に取り掛かる。

 ぽっぽと宿海はコンロの火起こし。

 つるこはめんまを呼び入れる為に山道にろうそくを置いて回っている。

 そしてアタシは唯一のバーベキュー食材であるバイエルンに加工を施す係となった。

 みんなに、特に宿海にアタシが料理上手である所を見せたかった。

 とはいえ材料はソーセージのみ。しかも料理法は焼くと既に決まっている。

 アタシの仕事と言えば、火が内部までよく回るように切れ目を入れることだけだった。

 でも、だからこそできる限り立派なソーセージにしたかった。

「カニってどうやるんだっけ?」

 それでソーセージの焼き方の定番、カニを再現しようと思った。

 でも、手順の詳細が思い出せない。

 両足に切れ込み入れて、×印付けて……後、何するんだっけ?

 わからないのでとりあえず両端と中央部に切れ目を入れておくことにした。

 その作業はすぐに終わってしまった。

 で、暇になった。

 

 暇になったのでこのバーベキューの目的の1つである交流を深めようと思った。

 最初に考えた相手は宿海だった。

 昨日のしこりを取り除きたかった。

 けれど、宿海の側にはぽっぽがいて2人きりで話が出来そうになかった。

 だからアタシは必然的にもう1人を選ぶことになった。

 ムカつく女に変わってしまったつることの和解の道を。

 

 

 アタシが外に出た時、つるこは山道においたろうそくを一つ一つ丁寧に火をつけて回っていた。

 本気でめんまを呼び出す儀式をしているっぽく見える。

 この堅物優等生は霊を呼び出す時でも真面目にやるのか?

 改めてよくわからない子だと思いながら接近する。

「て、手伝おうか?」

 ろうそくに火をつけるぐらいなら不器用なアタシでもできる。

 つるこが簡単な作業をしていたのは幸いだった。これなら仲良くなるきっかけになる。

「別に。バーベキューやってて」

 ところがつるこはにべもなくアタシの好意を断った。

「だって、バイエルンしかないし。一応切れ目は入れておいたけれど」

 そしてアタシの理由説明にも無反応。

 つるこの聞き耳持たないこのナチュラルな断り方。

 どうやらこの子は意地悪をしているのではなく素でこういう対応をしているらしい。

 空気を読む気がまるでない女。

 きっと学校で友達少ないんだろうなと邪推する。

 友達が少ないのはアタシも人のことは言えないのだけど。

 

「白いワンピース」

 つるこは目はろうそくに向けたまま立ち上がってそう呟いた。

「えっ?」

 つるこがアタシの服装のことを話しているのだと気付いてハッと顔を向ける。

 ワックの時もそうだったけど、つるこは横目だけで人を高度に観察することができる。

 つるこの指摘は的を射ていた。

「そうだよ。めんま、よく着てた」

 アタシの格好はめんまを真似たもの。

 肝心の宿海は全然気が付いてくれてないみたいだけど。

「つる子の言う通りだよ。アタシ、すぐに影響されちゃう。昔も、今だって変わってない」

 結局、アタシには確固とした我がない。

 それが、どうしようもなく惨めに思える時がある。今も、そう。

「でも、めんまみたいだけど、こんなミニ、めんまは着ないし。高校の友達とかは着るけど、でもきっと白は選ばないし」

 つるこに対して一生懸命に自分のポリシーを並べていた。真似ている部分は多いけれど、オリジナルな部分が全然ないわけでもないと。

「わたしだって、わたしなりに考えて着てるし……そりゃ、すぐに流されちゃうけど。わたしなりにそれなりに色々……」

「それ、私に話して何の得があるの?」

 つるこは素でそう聞き返してきた。彼女の言葉にハッとする。

「そうなんだ。偉いね。とでも言って欲しいの?」

 そういうことを平気で口に出してしまうつるこは本当に空気の読めない子なのだと思う。

 でも、だけど……。

「違う」

 つるこが振り返ってアタシを見る。

「多分、周りに流されちゃうわたしのこと、叱って欲しかった」

 つるこはKY。

 でも、アタシより遥かに大人びている。

 アタシより遥かに先を見ている。

 

 それがわかっただけでも何か、すっきりした。

 弱い自分を認めたら、何だかとっても気が楽になった。

 

 

 

6 めんまのお願い

 

 少し気分が良くなった所でバーベキューが始まった。

 アタシが切れ目を入れたソーセージは概ね上手くいった。

 一部カニだかタコだか新種の生物になってしまったものもある。けれど、そういうのは冷静にアタシの胃袋に収めて隠した。

 ぽっぽの準備したキールも美味しかった。

 宿海との仲はまだギクシャクしている。けど、さっきみたいに一緒にいるのも辛いって状態は脱した。

 緩やかな時が流れていた。

 

 つるこが箸休めして折り畳み式のチェアーに腰掛ける。

「それにしてもめんまの願い、ね」

 つるこはぽっぽが作ったチラシを思い出しながら言った。

 試しているような言葉だった。

「おう、お前も手伝ってくれるよな?」

 ぽっぽは、めんまがお願いを叶えて欲しくて宿海の側に現れているという話を信じてるみたいだった。

「信じてるの、それ?」

 そしてつるこはアタシに話を振って来た。

 考えて、みる。

 めんまが幽霊になってこの世に還ってきたなんて話、普通だったら信じられない。

 でも……。

「わたしは……信じても良いって、思ってる」

 そんな話があったって良いんじゃないかって気がした。

 

 別に本気でめんまの幽霊がいるって言いたいわけじゃない。信じてるわけじゃない。

 でも、めんまの名前がアタシたちの口から飛び出すようになってから状況が色々変わった。

 宿海はほんのちょっとだけど、社会復帰に向けて前向きに考えるようになった。

 アタシはぽっぽとつること再会することができた。

 そして、宿海のことをもう1度強く意識するようになった。

 それらの変化にはみんなめんまが関係している。

 めんまの幽霊が本当にいるのかどうかは知らない。けれど、めんまに願いがあるのなら叶えてあげたい。

そう、思う。

「そっ。なら、私も」

 つるこは少しだけ楽しそうな表情を浮かべた。

 これでここにいる4人全員がめんまのお願いを叶えることに賛同したことになる。

 

「お~、やってくれるか。さっすが、つる子ぉ~。超平和バスターズはやっぱ最高だなぁ」

 ぽっぽは笑った。

「超平和?」

 ぽっぽからその名前が出て来るのはちょっと意外で、ちょっと新鮮だった。

「久しぶりに聞いたわね」

「うっわ。超懐かしいんですけどぉ」

 思わず一昔前に流行った女子高生みたいなイントネーションの喋り方をしてしまった。

 でも、超平和バスターズという単語を聞くのはめんまの死以降初めてのことかもしれなかった。

「何言ってんだよぉ。みんな現役だぜぇ」

 確かにぽっぽの言う通り、超平和バスターズは解散式を行っていない。離脱を明確に表明した人もいない。

 そういう意味では開店休業中なだけでアタシら全員まだ現役に違いなかった。

「この分だとさぁ、めんまも懐かしくなってひょっこり戻ってくるんじゃねえ?」

 ご機嫌なぽっぽ。

 その時、山道から物音が鳴り何かが近付いてきた。

「ヒィッ!?」

 ぽっぽは思いっ切りビビッていた。

 めんまに出て来て欲しいと言っている癖に、実際に出て来られるのは怖いらしかった。

 如何にも、ぽっぽらしい反応だった。

 

 

 アタシたちの前に現れたのは長身で細身でキザな顔した男だった。

「何だ? えらい歓迎ぶりだな」

 ゆきあつこと松雪集(まつゆき あつむ)に違いなかった。

 

 ゆきあつはゆっくりとアタシに向かって近付いて来た。

「久しぶり。安城、だよな?」

 爽やかにそう尋ねて来た。

 でもアタシはその計算され尽くした爽やかさが何か嫌だった。

 如何にも女の子の扱い方に慣れてるっていうか、あしらい方に慣れてるっていうのか、そういうのが見える態度が。

 まあゆきあつは昔からそういう奴なのだけど。

「そうよ。久しぶり」

 気付くとアタシはゆきあつに不満げな態度を取っていた、

 

 ゆきあつは手に大量のバーベキュー材料を持っていた。

「さっすがゆきあつぅ~♪ 使えない女どもとは一味違うぅ」

「何おぉ!?」

 ぽっぽの一言にムッとする。

 事実だけど腹が立つ。

 にしても、ゆきあつの計算能力の高さは凄い。

 この食材の量の多さはアタシらがまともな材料を持って来ないことを予測していたことになる。

 凄くて、そしてムカつく。

 ゆきあつの計算高さは女の勘的に何か嫌なものを含んでいる気がして油断ならない。

 変装1つ見ても嘘をつくのが下手な宿海とは対極側にいるようなそんな感じ。

 

「それにしてもびっくりしたぜ。てっきりめんまが来たのかと」

 ぽっぽはホクホク顔でゆきあつに喋りかける。

「めんまならいたぞ」

「うっそ?」

 対してゆきあつはごく何でもない風にめんまを見たと返してよこした。

「まじで? めんまどこ?」

 ぽっぽは大興奮。

「あっちの沢の方」

 沢、それはめんまが事故に遭った場所。

 あの日以来話題にするのを避けていた禁忌の場所。

 でも、それだけにめんまが沢に現れたという話には信憑性が少しだけあった。

「行くぞ、じんタン」

「へっ?」

 興奮したぽっぽが駆け出し始めた。

「ちょっと待ってぇ」

 そしてぽっぽを追ってアタシも走り始めた。

 別に沢にめんまがいるとは本気で考えてはいない。

 でも、興奮したぽっぽの姿を見るとめんまに会いたい気持ちが昂ぶってくる。

 幽霊でも良い。めんまにもう1度会ってみたいと思うこの気持ちは本物だった。

 アタシはめんまに会えたらどうしても言っておきたいことがあった。

 

 

 ぽっぽを追ってアタシと宿海は沢に向かって走っていた。

 でも、途中で宿海のペースが落ちた。

「宿海? どうしたの?」

 宿海はとても難しい渋い表情を浮かべていた。

「めんまは1人で十分だ」

 宿海の言葉は意味不明だった。

 そして意味不明なことを呟いたかと思うと、宿海は急に引き返し始めた。

「えっ? えっ? ちょっとぉ」

 アタシは慌てて宿海を引き止めに掛かる。

 そして、この際だからこの間の誤解を解いてしまおうと思った。

 

「あ、あのさぁ」

 一瞬戸惑ったけど、やっぱり話すことにする。

「うん?」

「あの、この間、アンタ……学校来ようとしたじゃん」

 学校、という単語が出た瞬間、心ここにあらずという感じだった宿海の表情が気まずいものに変わった。

「えっとぉ。あの子たちも悪気ある訳じゃないし。もう1回さ……」

 学校に来て。そう言おうとした瞬間だった。

「別に気にしてねえよ」

 宿海は短くそう答えた。

「ほんと?」

 宿海がまだ学校に来る意思を持っているのはとても嬉しかった。

 でも、それはアタシの勘違いだった。

「お前と、お前の友達に何言われてもこれっぽっちも影響ないし」

「何それ? 可愛くないっ!」

 宿海の物言いにムッとする。

 春菜たちの言葉を気にしてる癖にそれを皮肉って返す宿海は大人げなさ過ぎる。

 つるこやゆきあつとは正反対のガキっぽい態度。

 それに、アタシのことまで全否定されているのはすっごく悔しかった。

「別に可愛くなりたかないよ。親父じゃあるまいし」

 子供みたいなことを言いながら戻るペースを上げる宿海。

 

「ちょっと宿海っ!」

 大声で呼び止めた瞬間だった。

 宿海に意識を集中させていたアタシは足を滑らせてしまった。

「へっ?」

 自分でも何が何だかわからない。

 でも、この後大変なことになるんじゃないかって予測、というか恐怖だけはあった。

 

 そしてアタシの体はそのまま背中から斜面に向かって落ちて──

 

 いく直前に引っ張られて体勢を持ち直した。

 

 

「あ、ありがとう」

 宿海がアタシの手を引っ張って支えてくれていた。

 その宿海はとても怖い顔、ううん、恐怖に怯えた顔を見せていた。

 その顔を見たらとても申し訳ない気分になった。

「ごめん」

「ふざけるなよ! バカだろ、お前」

 アタシは下を見た。

 めんまが事故に遭った沢が見えた。

 アタシがあのまま転倒していたら……。

 その可能性を考えるとゾッとした。

「宿海……」

「これで…こんなんで…お前まで、めんまみたいに……」

 震える宿海はあの日の事故のことを思い出しているに違いなかった。

 そしてその言葉から宿海がアタシのことを本気で心配してくれていることがわかった。

 不謹慎だけど、アタシのことを大事に思ってくれているんだとわかって嬉しかった。

 だからやっぱり、これを機会にきちんと聞いてみたいと思った。

 

「ねえ? めんま、アンタの所に現れたんだよね?」

「はぁ?」

 うちに来た時もそうだったけど、最近の宿海の変化には常にめんまの影がある。

 宿海はめんまが夢枕に立ってみたいなことを言っていた。けれど、どうも宿海にはめんまが見えているらしい。

 幽霊がいるとは思えない。天真爛漫なあの子が化けて出るとは思えない。

 となると、宿海が見ているめんまは……。

「めんまのことやっぱり、好きだったんだよね?」

「何を……?」

「本当に、本当に好きだったから……実際には見えないものが見えるんだよね?」

 多分、めんまに会いたい宿海の心が生み出した幻想、幻覚。

 そう言った類のものなんじゃないかと思う。

「お前、信じても良いって言ってたじゃねえか。さっき」

 宿海は傷付いたような表情を見せた。

 その表情を見てアタシもハッとする。

 宿海は今、ただでさえ不登校で引き篭もりで精神が不安定な状態だった。

 ここでめんまのことで刺激してしまうのが良くないのはアタシにもわかった。

 でも、だからこそ宿海に伝えておかないといけないと思った。

「わかんないけど……めんまが見えるならさ、優しくしてやって。よくわかんないけれど、お願い」

 めんまの幽霊が本当にいるのかはアタシにはわからない。

 でも、幽霊がいるにしろ、宿海が作り出した幻覚にしろ、そのめんまは宿海に大切なことを伝えようとしているに違いなかった。

 あんな良い子がもし本当に出て来るのならそうとしか考えられない。

 だから、宿海にはめんまのことを、めんまの言うことを大切にして欲しい。

 そう思う。

 

 遠くでぽっぽがアタシたちを呼ぶ声が聞こえた。

「行こっか?」

「おお」

 2人で静かに秘密基地に向かって歩き出す。

 

 

 基地に戻るとゆきあつが優雅にお肉を焼いていた。

 ソツがない動き。

 だけど……

「ゆきあつ、お前何一人でくつろいでいるんだよ?」

 ぽっぽの言う通り、ゆきあつの澄ました態度は逆に何か不自然だった。

 めんまのことを口にしたのはゆきあつの方なのに。

 ゆきあつはめんまが大好きだったはずなのに。

「めんまの頼みだからな」

 ごく平然とめんまの頼みと言い切るゆきあつ。

 ゆきあつのその言葉と態度にみんなの顔が強張った。

 もしかすると、ううん、もしかしなくてもゆきあつもめんまに深く囚われている。

「めんまが俺の前に現れたときに言ってた。これ以上騒ぎ立てないでくれって」

「めんま、そんなこと言ったのか?」

 ぽっぽが焦ったように聞き返す。

「よく聞き取れなかったけど……願いだ何だって勝手に騒がれて迷惑なんじゃないか?」

 ゆきあつの言葉を聞いているのは色々な意味で辛かった。

 

「まあ、めんまがそう言うなら、やめた方がいいかな……?」

 企画者であるぽっぽが困ったように声を出す。

「……かも」

 アタシもぽっぽの言葉に同意する。

 ゆきあつの言葉に全面賛成したからじゃない。

 めんまに深く囚われているゆきあつと宿海が怖かったから。

 めんまを巡って宿海とゆきあつの間で深刻な軋轢が生じそうだったから。

 めんまを巡って2人がどこか遠い所に行ってしまいそうな気がしたから。

 宿海がどうにかなってしまいそうな気がしたから。

 

 めんまの願い事を叶えるのをやめようという雰囲気が濃厚になってきた。

 それに対して宿海は何かに駆られたようにタッパを取り出してみせた。

「みんな、これ……」

 タッパの中身は蒸しパンだった。

「おお、これ。じんタンのおばさんがよく作ってくれたやつじゃないかよ」

「ああ、懐かしい」

 宿海のお母さんは蒸しパン作りの上手な人だった。

 超平和バスターズのみんなは昔よく宿海の家で蒸しパンを食べていた。

 でも、どうして今蒸しパンなのだろう?

「これ、めんまが作ったんだ」

 宿海のとんでも発言にアタシたちは反応に困った。

 幾ら何でもそれは信じるにはちょっと厳しい話だったから。

 顔を引き攣らせるアタシたち。対してゆきあつの反応は違った。

「フッハッハッハ。幽霊が、蒸しパン作ったって? そりゃあさすがに話盛り過ぎだろう? なあ? 久川もそう思うだろう?」

 ゆきあつはバカにした笑いを発しながらぽっぽを見た。

「あー、えーと。斬新そうだとは思うんだが」

 ぽっぽは返答に困っていた。

 だけどそれでも宿海は真剣な表情を続けていた。

「キモいって思われても、イカれたって思われても構わねえよ。めんまは言ってる。みんなが集まってくれたら嬉しいって。忘れないでいてくれたら嬉しいって。そう言ってる」

 そんな宿海の態度に我慢ができなくなったのはゆきあつの方だった。

「その辺でやめとけよ。めんまを忘れられなくて、めんまに囚われて…情けないな、お前」

 ゆきあつにバカにされても、宿海は引かない。

「あーあー。白けたな。後はみんなで食ってくれ」

 ゆきあつは大きな声で白けたというと、バーベキューの準備をぽっぽに任せて帰ってしまった。

 振り返りもせずに。

 そして訪れる沈黙。

「悪い。俺も帰るわ」

 宿海もまた帰ると言い出した。

「蒸しパン……みんなで食ってくれ」

「宿海……」

 アタシは引き止めることもできず宿海の背中を見送った。

 

 

 宿海とゆきあつがいなくなって一気に雰囲気がしんみりしてしまった。

 でもそんな中、

「ねえ、久川が見ためんまってどんな感じだった?」

 つるこだけは比較的冷静だった。

「白いワンピースで……」

 確かに白いワンピースはめんまだったら着ていそうだった。

 現にアタシも、めんまを意識してこの白いワンピースを選んだのだし。

「この辺りに白い小さなリボンがついているんじゃない?」

 つるこは、何かを知っていそうだった。

「よく覚えてないけれど、確かそんなだったような? 何で知ってんだ? お前もめんま見たんだ」

「さあね?」

 つるこは何かを知っているに違いなかった。

 けれどすぐにいつものポーカーフェイスに戻ってしまい何も言わない。

「つるこ、ミステリアスガールだな」

 ぽっぽは少し興奮しているようだった。

 謎多き女ってフレームに興奮しているらしい。

 けど、今のアタシはぽっぽの意見に賛同することも茶化して返す余裕もなかった。

 宿海も、ゆきあつも、つるこも何を考えているのかわからない。

 めんまが作ったのだという蒸しパンを手にとってジッと見てみる。

 

 数年ぶりに集結した超平和バスターズ。

 

 その集まりでわかったことは、

 いまだアタシたちがめんまを忘れられないでいること。

 そして、みんながみんな、変わってしまったことだった。

 もう、あの頃のみんなはどこにもいない。

 

 果たしてこんなありさまでめんまのお願いを叶えてあげることなんてことができるのかな?

 

 

 

7 めんまの幽霊

 

 めんまの幽霊がいるのかいないのか知らない。

 けれど、めんまに今でも強く囚われている人は多い。

 ゆきあつもまたそんな過去に生きる人の1人だった。

 

 バーベキューの翌日、アタシはワックの中で宿海とつるこが一緒に歩いている所を見掛けた。

 それはとても衝撃的な光景だった。

 宿海とつるこがデキてるなんてないことはわかっている。

 けど、それはそれとして2人の組み合わせというのはあまりにも奇異だった。

 一緒にいた春菜たちをほとんど無視するようにして外へと出て行く。

 春菜と亜紀がアタシのことを愚痴っているようだけど、注目を向けている暇はなかった。

 

 外に出て2人を追う。

 神社の手前で追いつく。

 2人は別々に分かれて行動していた。

 宿海は神社の入り口の前に立っている。一方、つるこは信号を挟んだ手前の道で自販機の陰に隠れて宿海の様子を窺っているようだった。

 2人が一緒に行動していなくてちょっとホッとする。

 と、同時に疑問が浮かび上がってきた。

「あれ宿海だよね?」

 つるこに話し掛けてみる。

 つるこは如何にも面倒くさそうな瞳をアタシに向けた。

「はぁ~。見りゃわかるでしょ。あのもさもさ」

 他人の口から宿海の文句が出ると腹が立つのは何故だろう。

 そのイライラは抑えて続きを尋ねる。

「こんなとこで一体何してんの?」

「超平和バスターズの活動よ」

「へっ?」

 つるこはキッパリと言い切った。

 けれど断言したその内容自体がアタシにはさっぱり理解できなかった。

「偽りの平和をバスターするの」

 そしてつるこはもう1度理解不明な言葉を繰り返した。

 

 そして、アタシを置き去りにしたまま事態は進展していった。

 宿海と、ジョギングの途中だったゆきあつが遭遇して喧嘩となったのだ。

 アタシには2人の話の内容はよく聞こえない。

 けれど、やっぱり2人はめんまのことについて争っているみたいだった。

 不快感を顔全体で表すゆきあつが文字通り宿海の体を塀際に追い詰めて行く。

 けれど、精神的に追い詰められていたのはゆきあつの方だったようだ。

 腹立たしさを全身で表現しながらゆきあつは駆け去っていった。

「な、何なの?」

 状況がまるで理解できない。

 なのに

「ナイスガッツ…宿海くん」

 つるこはホッとした表情を浮かべていた。

 ホント、意味不明の極地だった。

 

 

 つるこはほとんど事情を説明してくれなかった。

「今夜、ゆきあつの歪みをバスターするわ」

 ただ一言そう述べただけだった。

 でも、その一言はアタシの興味を強く惹き付けた。

 

 で、アタシはその日の夜、秘密基地に足を運んでいた。

「貴方まで来る必要なかったのに」

 つるこはアタシの来訪を喜んでいなかった。

「暇だったんだもん。もぉ、いいじゃんよぉ」

 でも、アタシも食い下がる。

 今夜何が起きるのかどうしても自分の目で確かめたかった。

「これ使う? バーベキューの後、そこら中痒くって」

「私は大丈夫。それより肌の露出減らしたら?」

 そしてつるこは相変わらずアタシにつれなかった。

 

 バイトを終えたぽっぽも集合してゆきあつを除いた全員が集まった。

 とはいえ、空気はあまり良いものじゃなかった。

 アタシとつるこの仲はやっぱり微妙。

 そんな雰囲気を読んだのかぽっぽが考えた末に口を開いた。

「バーベキューの後、俺、考えたんだけどさ。めんま、言ってたんだろ? みんなが集まってくれたら嬉しいって」

 ぽっぽの言葉に何と言って反応すれば良いのかわからない。

「なんかさ。それ、すげーめんま言いそうだなって。俺超合点いったんだよ」

「ぽっぽ」

 宿海が嬉しそうな表情を浮かべた。

 やっぱり宿海にとってはめんまのことを信じてもらえるのが一番嬉しいらしい。

 でも、だったらアタシも信じてるって言えば宿海の機嫌が取れるということになる。

 けれど、それは何か嫌だった。

 めんまに負けていることをもう1度認めるのはどうしても嫌だった。

「忘れられたくないって。忘れられるはずがねえんだ。めんまってばもぉ、心配性なんだからぁ」

 上機嫌なぽっぽ。

「めんまを忘れられなくてめんまに囚われて……情けないな、お前」

 対してつるこは宿海の想いをバッサリと否定した。

 宿海はつるこの言葉に大きな衝撃を受けていた。

「ちょっと、つる子!」

 堪らずつるこに非難の声を上げる。

 けれど、つるこはアタシに取り合わないで冷静に言葉を続けた。

「ゆきあつの言っていたあれ……全部自分のことよ」

 つるこの一言に場に沈黙が訪れる。

 つるこの言葉の意味がよくわからない。

 

 沈黙が秘密基地を包み込んだ所でぽっぽが大慌てで帰って来た。

「うぉおおおおおぉ!?」

「チャック全開よ」

 焦るぽっぽに対してつるこは冷静。

 コントみたいなやり取り。

 でも、ぽっぽは本当に焦っていた。

「じゃなくて。いた。いたんだよ! めんまがよ!」

 その一言にみんなの顔色が変わる。

 つるこも表情を引き締めていた。

 

 アタシたちはぽっぽが見たというめんまを追って夜の山道を走る。

「なあ、本当なのかよ?」

 ぽっぽの目撃をむしろ半信半疑な声で疑問視していたのが宿海だった。

「まじだって。確認したし。それにつるこの言ってた」

「えっ?」

 ぽっぽの答えに今度はつるこが強く反応を示す。

「ワンピースだよ。ここら辺にリボンのついてるやつだったしよ」

 ぽっぽの言葉を聞いてつるこが切なそうな表情を浮かべる。

 そして何かを決意したみたいな決然と顔を上げた。

「はっ! あれって」

 そしてアタシたちは見た。

 白いワンピースを着た髪の長い人物が山道を駆ける姿を。

「あれだっ! めんまだ!」

 ぽっぽが叫ぶ。

 そして宿海はそのワンピースの人に向かって全力で駆け出し始めた。

 アタシにはもう、何が何だかわからなかった。

 

 

 山の中の追跡は続いていた。

 けれどワンピースの人は見つからない。

「もう……ダメ……」

 そして少ないアタシの体力は早々に限界の時を迎えてしまった。

「大丈夫か?」

 ぽっぽに心配される。

「ちょっと休憩……」

 アタシには強がりを言う気力も残ってなかった。

「じんたん、そっちは?」

「さっきまでこの辺にいた筈なんだけど」

 別ルートを探索していた宿海もワンピースの人を見失ったみたいだった。

 

 ワンピースの人の行動は明らかにおかしかった。

 ワンピースの人はアタシたちに姿をわざわざ見せておきながら全力で逃げ、そして隠れている。

 何故そんな行動を取るのかわからない。

 それにあのワンピースの人は何か変だった。

 体格が妙。

 というか、“ワンピースの女の人”と形容したくない何かを感じさせる。

 だけどその違和感の正体がよくわからない。

 歯抜けになっているジグソーパズルみたいで気持ち悪い。

 

 だけど、これ以上探してもワンピースの人はみつかりそうになかった。

 夜の山中に隠れている人物をたった4人でみつけるには無理があった。

「仕方ねえ。一旦戻って……」

 ぽっぽが撤退を提案したその時だった。

「あーあー。そんなでかいガタイして、幾ら拗ね毛そっても相当無理があるわよ。……ゆきあつっ!」

 つるこが周辺一帯に聞こえるようにわざと大きな声を出した。

 そして、その内容は驚くべきものだった。

「へっ?」

 宿海も驚きのあまりに間の抜けた声を発していた。

 だって、あのワンピースの人がよりにもよってゆきあつだなんて……。

 でもアタシはつるこの言葉を否定できなかった。

 だって、もしつるこの言った通りだとするなら、アタシの抱いている違和感のピースは全部埋めることができるから。

 葉が揺れる音がした。

 風もないのに不自然な音だった。

「いたぞっ!」

 宿海は音が鳴った方に向かって全力で駆け始めた。

 するとワンピースの人が堪らずに逃げ出して行く後姿が見えた。

 

 みんなは一斉にワンピースの人を追っていく。

「ちょっと待ってよっ!」

 疲れていたけれど、アタシも必死に足を動かして追い掛ける。

 ワンピースの人は動揺しているのか先ほどみたいには足が速くない。

 しかもルート取りを間違ったのか木々が邪魔してうまく進めないでいる。

 そうこうしている内にワンピースの人の髪が木の枝に引っ掛かってすぽっと取れてしまった。

 カツラだったのだ。

 あの、かつてのめんまに似た長いストレートの髪は。

 こうなるとアタシたちの前方を走る人物はますますつるこの言う通りの人物である可能性が高まってきた。

 でも何でゆきあつがめんまの格好をしているのか頭が余計にこんがりがりながら後を追っていく。

 そして、昨日アタシに起きそうになった悪夢が再び起きた。

 ワンピースの人が山道の中で足を踏み外したのだ。

 そしてアタシの時と違って、手を引っ張ってくれる人がいなかった。

 その結果、ワンピースの人は山の斜面を滑り落ちていった。

 

 幸いにして、斜面の下は川じゃなかった。

 いや、幸いという言い方は正しくないとは思う。

 単にめんまのような最悪な事態にならなかったということだけ。

 ワンピースの人は樹にもたれ掛かって動かない。

 足首を押さえている所を見ると捻ったみたいだった。

 懐中電灯を持った宿海が慎重に斜面を下って行く。

 そして、懐中電灯で照らされた顔は……

「ゆきあつ……」

 宿海の言う通り、松雪集。ゆきあつだった。

 

 めんまの幽霊の正体はゆきあつ。

 

 もう、何が何だかわからなかった。

 

 

続く

 

 

 

 


 
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