No.520816

そらのおとしもの CAO2

水曜ではない定期更新。

CAOのルール説明というか、難易度調整編。
この手の作品を書くときは、主人公側に勝てるチャンスがどこにあるのか示し、反対にライバルキャラの強みを示すことも必要となります。
これは露骨とその点を示していますが、原稿用紙300枚で書くときもそういう作業が巧妙に必要となります。読者から見るとつまらないことが多くても、伏線的には必要なのさ。でないと超展開言われる。

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2012-12-20 22:10:05 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:1612   閲覧ユーザー数:1558

そらのおとしもの CAO2

 

 

 世の女性たちに素敵な服と下着をプレゼントすべく、オレガノ主催のイベントに参加した智樹とカオス。

 今回オレガノが企画したイベントとはCAO(クリスマス・アート・オンライン)という名のフルダイブゲームだった。

 

『この度の大会では、CAOを一番初めにクリアされたペアを優勝者とし、賞金の全てを総取りとすることにいたします』

 

 智樹はオレガノの言葉にどこか胡散臭いものを感じながらもカオスと共にゲームに参加することにした。全てはマネーの為に。

 

 

 

4.チュートリアル 北ルートと南ルート

 

2012年12月15日 PM8:00

 

 炎の灯りに照らされた夜の中世ヨーロッパ風の街中に転移した智樹とカオス。

 2人は到着するとすぐに他の参加者達と同様にすぐに広場に集合するように言われた。

 智樹は両手を広げて見せ自身の姿を確かめながらカオスに話しかける。

「見た所、俺の姿に変化はないようだな。何故か制服姿になっているけどな」

「カオスも変わってないよ♪」

 修道服姿のカオスも外見的には何も変わってないようだった。

「でも、あっちの子たちは人間なのに羽が生えてるね♪」

「羽?」 

 カオスが見ている方向を視線を向けて確かめてみる。そこには確かに、羽の生えた少女たちが何人も空を舞っていた。

 

「昴さ~ん。見てください。私、空を飛んでますよ~♪」

「ああっ、智花。本当に天使のようだよ。まったく、小学生は最高だぜ!」

 

「ミサカはミサカは初の空中飛翔に驚きと興奮を隠せなかったり♪」

「ケッ。ガキが。調子に乗って墜落しても知らねえゾ」

 

「やっぱり空を飛ぶのって最高~♪ お兄ちゃん。いいでしょう~♪」

「直葉……じゃなくてリーファ。チュートリアルが始まるんだからあんまり遊んでるなよ」

 

「クックックック。遂に我は魔界にいた時の力を取り戻した。レイシス・ヴィ・フェシリティ・煌の完全復活の時は来たんじゃ~♪」

「小鳩。1人で勝手に飛び回って迷子になるなよ」

 

 智樹が観察していると、一部の少女のみが羽を生やして飛んでいることが分かった。

「チッ。もうちょっと垂直に飛んでくれればパンツが見放題なものを」

「お兄ちゃん。ほらっ、早く行くよ」

 飛翔する少女たち……のパンチラを期待する智樹をカオスは不機嫌な表情で広場へと引っ張っていった。

 

 

 中央に大きな噴水がある広場には千人近くの参加者が集結していた。

「よし。一番前の列で説明を聞いておこうぜ」

「うん♪」

 智樹とカオスは小さな身長を活かして最前列へと移動する。

「それでは、ゲームを開始するに当たってわたくしの方からチュートリアルを始めたいと思います」

 2人はナース姿のオレガノが広場に集まった参加者たちに向かって説明を始めるタイミングに間に合った。

「CAOではみなさんに他の参加者の方と協力したり競争したりしていただきしながら、この始まりの街の外にある12の宮を突破して、その先の神殿にいる大ボスの教皇を倒していただくことがゲームクリアの為の目標となります」

 オレガノの説明に周囲がざわめき始める。

 

「今回のCAO五月田根特別エディションでは、12の宮を北ルートと南ルートに分けてそれぞれ6つの宮を突破していただくと神殿へと入れる仕様にしています。どちらのルートを選ぶかはみなさんの判断に任されています。しかし、途中でルートを変更するのは致命的な時間ロスとなりかねませんのでよく吟味してからお選びください」

「ルート選択、か」

 智樹は思案顔を見せながらオレガノを見る。

「北ルートは白羊宮、双児宮、獅子宮、天秤宮、天蝎宮、人馬宮を。南ルートは金牛宮、巨蟹宮、処女宮、磨羯宮、宝瓶宮、双魚宮を順番に突破していただきます」

「……いや、宮の名前なんかどうでも良いんだ」

 智樹は小さく舌打ちした。

「……問題は、各宮を誰が守っているのか。それなんだ」

 すると智樹の呟きが聞こえたかのようにオレガノが説明を付け足した。

「では、ご参考までに宮の守護者について一部情報をお知らせ致します」

 智樹が鋭い視線をオレガノへと向ける。聞き漏らせない。そう直感した。

「北ルートの第一の宮、白羊宮を守護するのは風音日和様。最後の宮であり裏切りの象徴である人馬宮を守護するのはコンブ。南ルートの第一の宮、金牛宮を守るのはアストレア様。そして薔薇に囲まれた最後の宮、双魚宮を守護するのはイカロス様です。また、及ばずながら天蝎宮の守護は不肖このオレガノが務めさせていただきます」

 深々と頭を下げてみせるオレガノ。空美町の参加者たちはイカロスの名前を聞いて天を仰ぎ、外部の参加者たちは聞き覚えのない名前を幾つも出されて首を捻るしかなかった。

 参加者間で明らかな情報格差が発生していた。一方で話を聞いた智樹はカオスの修道服の袖を引っ張って小声で耳打ちしていた。

 

「今のオレガノの話が本当か確かめられるか?」

「確かめてみるね♪」

 カオスは目を瞑ってセンサーを発動させる。

 しかし──

「あれっ? 力がほとんど使えないよ?」

 カオスは目をパチクリさせながら智樹の顔を見た。困った表情。

「チッ。チート対策は完璧ってことか」

 智樹は舌打ちを奏でた。電子戦でもハイスペックを誇るカオスをチート状態にして一気にクリアという甘い算段は断たれた。

 もっともニンフや日和、そしてオレガノが関わっている以上、プレイヤーにチートさせる余地があるとは最初からほとんど考えていなかったが。

「力は全く使えないのか?」

 少し落胆しながら尋ねる。

「う~ん…………あっ。あっちの方からイカロスお姉さまとアストレアお姉さまのエネルギー波動を感じるよ。間違いないよ♪」

 カオスは街の外を向かって指差しながら微笑んだ。

「こっちの方からは日和お姉さまとニンフお姉さまの波動を感じる♪」

 幼い少女は今度は先ほどと真逆の方向を指差しながら笑ってみせた。

「そうか。イカロスとニンフが別れて配置されているのは間違いないってことか」

 腕組みしながら考える。いや、考えるまでもないことだった。

「戦闘力はイカロスお姉さまとアストレアお姉さまがずっと強いから、選ぶなら日和お姉さまとニンフお姉さまのいる方だよね♪」

 カオスは彼我の戦力差を分析して方針を述べた。

 けれど智樹はカオスの意見に首を横に振ってみせた。

 

「このゲーム。ニンフがいる北ルートを選んだ連中は間違いなく全滅する」

「えっ?」

 カオスは目を丸くした。

「カオスでさえシステムに介入できないこの空間を制御しているのは電子戦専用エンジェロイドであるニンフと日和に違いない。ということは、逆に言えばあの2人だけはチートし放題ってことになる」

 智樹は腕を組みながら空を見上げた。ヴァーチャル空間とは思えないほどの綺麗な夜空が広がっている。

人間の技術を使っているとオレガノは口にしているが、実際にはシナプスの技術とみて間違いなかった。

「日和は性格上チートというかずるい真似はしないだろう。けれど、見栄っ張りなニンフは……ここでは最強を通り越して絶対に倒せない存在になっているに違いない。ある一定以上ライフゲージが減らないとかチートして生きる伝説とか自称していそうだ」

 智樹は重々しく頷いてみせた。

「…………さすがは智樹様。コンブのことをよくお分かりで」

 オレガノは智樹に気付かれないようにほくそ笑んだ。

 

「だから、アストレアやイカロス、多分他のボスも北ルートより強敵が待ち構えているのだろうけど、南ルートを選択しなきゃダメなんだ」

 智樹はカオスの頭に手を乗せた。

「このイベントはただのゲーム大会なんかじゃ決してない。五月田根家が、この世全ての悪の弟子が企画している大会なんだ。重要なのは、ゲームの腕前よりも謀略を嗅ぎ分けて回避する嗅覚と瞬間的な対処能力だっ!」

「わ~お兄ちゃん♪ 言ってることは難しくて分からないけれどかっこいい~♪」

 カオスが手を叩いて智樹を誉める。

「フッ。照れるぜ」

 おりこう扱いされることが普段はまずない少年は偉ぶった。

「…………あの少量の情報提供で、このイベントの本質を掴んでしまうとは本当に智樹は賢明なお方ですね。やはり、わたくしが嫁ぐのにこれ以上相応しい男性はいません」

 オレガノが瞳を輝かせてこっそりと智樹の方を見ている。実際的には智樹は散々美香子におもちゃにされ続けた結果、危険に対する嗅覚が鋭くなっただけなのだが。

「だから絶対にクリアできない北ルートではなく、南ルートを選ぶのが唯一にして絶対の正解なんだ」

 智樹はもう1度力強く頷いた。

「…………智樹さまの解答は間違いではありません。ですが、80点ですね。1位クリア以外に意味のないこのイベントにおいては最善の解答とは言えません」

 オレガノは小さく息を吐き出した。と、智樹の近くから別の囁き声が聞こえてきた。

「なるほど。Mr.桜井のおかげでこのゲームの概要は大体掴めた。だが、あの解答では80点だな。1位クリア以外に意味がないこのイベントにおいては最善の解答ではない」

「そうなんですの、お兄さま?」

「Mr.桜井は自分の言葉の中により得点を上げる為の要素が含まれているのにも関わらず、それに気付いていない。フッ。どうやら優勝はこの僕で決まりのようだね」

 オレガノは声の主へと密かに視線を向ける。鳳凰院・キング・義経が髪を掻き揚げているのが見えた。

「…………やはり智樹様の最大の強敵は鳳凰院家の嫡男で間違いないようですね。ですが、競いごとはライバルがいてこそ楽しいというもの。期待しておりますよ、智樹様」

 オレガノは黒い笑みを浮かべながら、参加者たちのざわめきが落ち着くのを待って再び説明を再開した。

 

 

 

 

5.チュートリアル 種族

 

「さて、続きましては参加者であるみなさん自身についてのご説明です」

 オレガノの説明が次の段階へと突入する。参加者たちの注目が再びオレガノへと集中する。

「既にお気づきの方も多いかと思いますが、みなさんの中には羽が生えて飛び回ることができるようになっている方がいます」

 参加者たちの注目が一斉に羽の生えた少女たちに向く。

「これはシステムの方でみなさんのプレイヤー種族を4つに自動的に分類させていただいた結果です」

「4つ?」

 智樹が首を傾げた。

 見た所、通常の人間と羽の生えた少女しか見当たらない。後2つは何なのか分からない。

「では、4つの種族についてご説明させていただきます」

 参加者たちの注目が再びオレガノへと注がれる。

「最も多くの方が分類されているのが『人間』です。基礎能力値は均等に振り分けられており、飛翔は行えず魔法も使えませんが攻守のバランスが最も取れた種族です」

「つまり、俺は人間というわけか」

 智樹は自分の両手を見ながら感心してみせた。

 

「続きまして、羽の生えている少女の方々が分類されているのが『エンジェロイド』です。飛翔と魔法の能力を有しているのが特徴です。しかし、その分通常の攻撃、防御、機動性が人間に比べ劣るのでパーティー後方からの魔法攻撃、支援を任務とするのが良いでしょう」

「本物のエンジェロイドのように何でも優れている。というわけにはいかないか。まあ、そんなことしたらゲームバランスが崩れるからな」

 智樹は納得するとカオスを見た。

「カオスはエンジェロイドだから、俺の支援を頼むな」

「うん♪ カオス、お兄ちゃんのこと、いっぱい支援するね♪」

 楽しそうに返事するカオス。最強のエンジェロイドもこの空間では1人の普通のプレイヤーに過ぎない。それが良いことなのか悪いことなのか智樹には分からなかった。

 

「続きまして、外見は人間と全く異なりませんが別種族に分類されている方々が『エロい人』です」

「なんだ、そりゃ~~っ!?」

 智樹をはじめ、多くの参加者からツッコミの声が上がった。

「知力やSAN値、その他諸々、人間として大事な能力が劣っていますが、その分一芸に秀でた存在です。なお、種族確認はウィンドウを開けば見られます。プレイヤー本人にしか見えませんのでプライバシーは守られています」

 オレガノの言葉にとても嫌なものを感じながら智樹がウィンドウを開いてみる。

 すると──

 

名前:トモキ

性別:男

種族:エロい人

 

 思い切り表示されていた。

「「「「「ぶっはぁ~~~~っ!?」」」」」

 智樹を含めた複数の男女が一斉に吹いた。

 アクションだけで誰がエロい人かはバレバレだった。

 

「何故だぁっ!? 俺はただ、女子小学生は最高だって思っているだけなのにっ!?」

「昴さんが女子小学生にエッチなことを考えている……ポッ」

 

「圭一さんは聞くまでもなく、エロい人に分類されているのですわよね?」

「ギックゥっ!? いやいやいや。沙都子。俺ほどの清廉潔白な男は人間に決まっているだろう」

 

 エンジェロイド少女のペアとなっている男にはエロい人に分類されている者が多いようだった。智樹もその例に漏れていない。

「ちなみに、エロい人にはエロいことばっかり考えている方が分類されています」

「「「「「ぐっはぁ~~~~っ!?」」」」」

 智樹たちのダメージは大きかった。血の涙が出た。

「エンジェロイドの場合には、マジ天使♪と思われている少女が分類されます。エロい人とペアになる確率が高いのもシステム的には道理です」

 オレガノの言葉は更なる波紋を引き起こす。

 

「おかしいですね。この私、園崎詩音ちゃんは悟史きゅんの天使のはずなのに、何故エンジェロイドに分類されていないのでしょうか?」

「圭一っ! 沙都子から離れるんだむぅ。それ以上一緒にいたら殺すんだむぅっ!」

 

「おじさん。桜ちゃんのことを心から天使だと思っているんだけどなあ。桜ちゃんに翼がないのは俺の信心が足りないせいなのか……」

「あのね、おじさん。えっとね、それは……う~~」

 

 各所で女性参加者側がエンジェロイドになっていないことに対する葛藤が引き起こされている。

 そんな葛藤を見ながらオレガノは表情を艶々させていた。

「……カップルの葛藤、不和、仲たがい、破滅。それを私は見たいのですよ。クスッ」

 オレガノは表情を引き締め直して説明を続けた。

 

「最後の種族は『邪悪』です。悪の素質を十分に持つ方だけがなれます。パラメーター値が???で表示されており、戦闘時には悪の力、想いの力に応じて強くなります。全プレイヤーの1%以下にしか割り振られていない特殊種族です」

 広場の雰囲気が急に静かになる。

 

「あれ? 詩音? 急に静かになっちゃってどうしちゃったんだむぅ?」

「…………いえ、なんでもありません」

 

「はぁ。俺が人間じゃなくて、邪悪だったら桜ちゃんを守る大魔王とかになれるんだけどなあ」

「…………お、おじさん。悪いことは考えちゃ…ダメ、だよ。邪悪、絶対だめ」

 

「勇太。私は邪王真眼の使い手なのに、何故人間に分類されているの?」

「そりゃあ、お前の性根が悪いことのできない小動物だからだろうさ。って、六花? お前、参加していたのか?」

「キメラはオスだからと言って無理やりペアで参加した」

「…………お兄ちゃんを狙う泥棒猫。こんな所までぇっ! あっ、そっか。私の種族はそういうことなんだね」

 

「一方通行は当然邪悪に分類されているんだよね? と、ミサカはミサカは期待に目を輝かせながら聞いてみる」

「俺は人げ……当ったり前だろぅがァ。俺を誰だと思ってやがるンだ?」

 

 場に広がる不協和音が確実に増えていた。ギスギスした空気が増えるのに連れてオレガノの表情は艶々していく。企画者の本領発揮だった。

「各宮を守る守護者たちも4つの種族のどれかに分類されています。攻略の際のヒントとしてください」

 オレガノの話を聞いて智樹とカオスが顔を見合わせる。

「ニンフは確実にエロい人に分類されているだろうな」

「もしボスの中にいるのなら、そはらお姉さまもきっとエロい人だね♪」

「会長がいるのなら、邪悪で間違いないな。いや……会長の為に邪悪という種族が設定されたと見るべきだろうな」

 智樹は大きくため息を吐いた。改めて自分の周りにいるのが変な面子であることを思い知らされる。エロい人である自分のことを棚に放り投げながら。

「つまりこの種族分けは、プレイヤーの為のものではなく、各宮を守るボスの属性強化補正をする為のものと見るべきなんだろうなあ」

 智樹の呟きにオレガノが反応して微かに微笑んだ。

「……さすがは智樹様。わたくしたちの手の内が本当によく見えていらっしゃる」

 ズボラで有名な智樹に自分の考えが手に取るように読まれていることにゾクゾクする。自分にはM属性もあったのかと感動を新たにした。

「なお、各種族には上位種族が存在し、一定条件を満たすことでジョブチェンジできるようになります」

「やっぱりな。ボスは俺達より一段二段上の種族に設定されていると思って間違いないと」

 智樹は大きく息を吐き出した。

「……天蝎宮の守護者は一体自分をどう設定しているのやら」

 智樹のとても小さな呟きはオレガノの高性能センサーを通じても拾えなかった。

 

 

6.チュートリアル 戦略

 

 オレガノの説明もいよいよ佳境に入ってきた。

 戦闘システムに関する軽い説明の後に、能力値に関する講義が始まっていた。

「CAOには所謂レベルという概念は存在いたしません。代わりに戦闘に参加したり、イベントをクリアしたり、特殊な条件を満たしたりすることで攻撃力、防御力、敏捷性などの各能力値が上がっていく仕組みです。ゲームをより多く堪能して頂いた方がより強くなる仕組みと思ってくだされば間違いないかと思われます」

「つまり頻繁に動いて、戦ってろってことだろ」

 楽して美味しい所だけ掻っ攫えないかと密かに期待していた智樹にはちょっとガッカリなお知らせだった。

 

「戦闘に関して言えば、完全ヴァーチャル空間という未知のゲームシステムの特徴上、みなさんに実戦を通じて慣れていただくしかありません」

 智樹はもう1度自分の両手を握って開いてみせる。脳で思い描いた通りに体が動く。

 リアルと呼んでも何ら差し支えない体。けれど、ここはヴァーチャル空間であり、この体は仮想のもの。本体は五月田根の屋敷で眠りについている。

「しかし、申し上げられることは、各宮の守護者をはじめとする強敵はソロ、またはペアで倒せるようには設計されておりません。複数名によるパーティー、更に各パーティーを束ねるギルドを結成していただくことが必要になってきます」

「パーティー……ギルド。美女や美少女とは一緒に組みたいけど、それ以外は嫌だなあ」

「う~」

 カオスが智樹の袖を引っ張りながら抗議の声を上げた。

「仲間と共に情報やアイテムを共有しながらボス攻略を目指してください」

「つまり、ぼっちはおこぼれさえもあずかれないってことか」

 ため息が出る。

「ちなみに、各宮のボスを撃破された方にはごほうびとして特別アイテムが与えられます。仲間と共に戦いながらも、たった1人の優勝者を決める為の戦いであることをお忘れなく」

「不協和音を忘れずにちゃんと撒く所、オレガノも段々会長に似てきているよなあ」

 またため息が出る。協力しなければボスは倒せない。けれど、他者と競争しなければ大会の勝利者にはなれない。賞金が優勝者の総取りである以上、全ての参加者はこのジレンマに苦しめられることになる。

 美香子が好みそうな、矛盾に満ちた実に嫌なシステムだった。

 

「なお、このゲームではライフゲージが0になりますと、既にクリアした最後の宮地点からのやり直しになります。またその際には一部のアイテムや金銭、能力値を失ったりします。なお、7度ライフゲージが0になりますと、強制ログアウトとなりゲーム失格となりますのでご注意ください」

「7度? 随分ぬるいシステムにしているんだな」

 智樹が首を捻った。

「会長だったら1度で失格。しかもゲームからじゃなくて、人生を強制ログアウトさせる気がするんだが?」

 美香子であれば、機械を接続して眠っている人間の脳や体を焼ききって殺すぐらい愉悦しながら簡単にする。智樹はそう直感していた。

「確かにゲーム開発時に美香子お嬢様はそう訴えていらっしゃいました。命を賭けるからこそ燃えるのだと。負けて死ぬのは当然のことだと」

 参加者たちが一斉にざわめく。というか、恐怖におののいていた。

「ですが、わたくしの方でその案は却下させていただきました。参加者のみなさんの安全が最優先であると」

 オレガノは笑みを見せた。それは参加者たちを安堵させる為の笑み。けれど、智樹はその笑みに逆に胡散臭さを感じずにはいられなかった。

「7度もライフを与える理由は?」

「より多くみなさんに楽しい時を過ごしていただこうかと復活のチャンスを与えています」

 オレガノは艶々しながら答えている。

「……恋人のミス、又は無力で7度も殺されれば愛想を尽くすこと間違いないでしょう。ゲームからのログアウトはリア充終焉を意味するのですよ。クックックック」

 オレガノは鼻で息を鳴らした。

「当イベントはペアでの参加となっていますが、パートナーの方が脱落されてもゲームを続行することは可能です。恋人の分まで優勝を目指してください。なお、場合によりゲーム中に新たなペアを組み直すことも可能です」

 オレガノの顔が最大限に照り輝く。

「……恋人の放置、浮気の公認。ふふふ。この大会が終わる頃にはさぞや沢山の修羅場が生じることでしょう。美香子お嬢様……参加者を殺してしまったのでは、恋の修羅場は、破綻劇は楽しめないのですよ」

 オレガノはこの場にいない少女との見解の違いを口にした。

 

「後、もう1つだけ申し上げなければならないことは、現実空間とのこのヴァーチャル空間における時間の流れ方の違いです」

「時間の流れ方の違い?」

「はい」

 オレガノは再び恭しく頷いてみせた。

「このゲームは五月田根家ゲーム部門が総力を挙げて開発したもの。1日、2日のプレイでクリアできるようには設定されておりません。従って、この空間における時間の流れ方、正確には認識の仕方を操作させていただいています」

「で、具体的には?」

 参加者たちが手を挙げて質問する。

「こちら側で1ヶ月間過ごしていただくと、現実世界で1日分の時間が経過します。これはみなさんの脳に負担が掛からない適切な操作環境とお思いください」

「1ヶ月が1日……ね」

 智樹の頭に様々な思惑が過ぎる。

「クリアに何ヶ月掛かるか知らないけれど……現実世界で何日か知らないけど。その間、俺たちの体はどうなるんだ?」

 とりあえず自分の命の安全がどうなっているのか確かめてみる。

「みなさんがダイブゲームに参加している間、お体の方は五月田根家が万全の体制をもって健康管理をいたします」

 オレガノが恭しく頷いてみせる。

「また、みなさんが学校や会社を休んでいる間不利とならないように、五月田根家が最善のサポートをさせていただきます」

 恭しく、むしろふてぶてしい笑顔が参加者たちの目に映る。

「そういう裏工作は五月田根の本領発揮だわな……」

 智樹が頭を掻く。

「つまり、俺たちのモニタリングを通して商品の完成度を高めるのが目的と」

「そういう面もあります。みなさんに楽しんでいただくのが第一義であることは間違いありませんが」

 オレガノは特に否定しない。

「まあ俺はシナプスの技術はよく分からないし、優勝して大金をもらえればそれでいいか」

 智樹は頭を悩ませながらも納得せざるを得ない。

 相手の土俵での勝負。それは最初から分かっていること。

 そして、今回直接争うのはオレガノや美香子ではない。義経をはじめとする他の参加者たちだった。なら、条件は互角に違いなかった。

「この始まりの街を出ていただいて、4時間ほど歩いて東に行ったミソラの街が北ルートと南ルートの分岐点になります。それまでにルート戦略、ギルドの結成をなさっておくことをお勧めいたします。わたくしからの説明は以上です」

 オレガノは参加者たちに向かって深々と頭を下げた。

 

「個別の質問はお受けいたしますので、お聞きになりたいことがある方は残ってください。そうでない方はゲーム開始とさせていただきます。みなさんのご武運をお祈りいたします」

「オレガノさんっ! 俺の顔を踏んでください」

「馬鹿野郎っ! 俺を罵倒してもらう方が先だっ!」

 多くの参加者たちがオレガノへと殺到して質問を投げ掛ける。

 一方──

「お兄ちゃんは質問しないの?」

「しない。みんなより先に街を出て戦闘に慣れておく方が先だ」

 智樹はオレガノや参加者たちに背を向けて歩き始めていた。

「それに……オレガノは、アイツなら俺に途中で接触を求めてくるに違いない。必要な情報はその時に集めれば良い。これはフェアなゲーム大会なんかじゃ決してない!」

 智樹は振り返らない。

「行くぞ、カオス。一刻も早く出発して俺たちは優勝を目指すんだ」

「うん♪」

 カオスは笑顔で智樹の言葉に頷いてみせた。

 こうして智樹とカオスはヴァーチャル世界の戦場へと旅立っていった。

 

 

 だが、智樹と同じように早期に行動に移ったプレイヤーたちは他にもいた。

 

「行くぞリーファ。この手のゲームはモタモタしていたら良い狩場はすぐに占領されるぞ」

「うん。お兄ちゃん。じゃなくてキリトくんっ!」

 

「重課金廃人ネトゲーマーの勘が告げている。この勝負は先手必勝だって! 一番乗りで行くわよ、兄貴っ!」

「おい、ちょっと待てよ! 俺はあのオレガノって人にまだ聞きたいことが……ああっ、畜生っ!」

 

「クックックック。良いアイテムに巡り合うには先に先に回るのが基本。世界を征する為に速攻で行くぞ、あんちゃんっ!」

「小鳩は友達がいない引き篭もりだけあってこの手のゲームに詳しいもんな。任せたぜ」

 

 MMORPGの経験者たちは一斉にフィールドへと飛び出していく。

 そんな先行切って進む者たちを愉快げに見ている1組の少年少女。

「なるほど。彼らの経験を元にした判断は実に頼もしいな。彼らには是非僕と共に北ルート攻略に回ってもらわなければな」

 少年、鳳凰院・キング・義経は楽しげに鼻を鳴らした。

「ですがお兄さま。先ほど北ルートを選べば全滅すると智樹様から情報を掴んだのでは……?」

 少女、鳳凰院月乃は驚いた表情で兄を見上げる。兄は愉悦を顔に浮かべたままだった。

「なに。Mr.桜井の80点の解答に対して僕は100点の解答を示そうというだけのことさ」

 義経は大仰しく髪を払ってみせた。

「でしたらわたくしたちも急いで出発しましょう。先に出発した方たちとギルドを組まなくては」

 意気込む月乃。そんな妹の肩に兄は優しく手を置いた。

「月乃。君はMr.桜井と共に南ルートを攻略してくれたまえ」

「えっ?」

 兄の言葉が理解できなくて息を呑む。

「ですが、それでは……」

「では、こう言い直そう」

 義経は月乃の髪を撫でる。

「月乃はMr.桜井と行動を共にし、隙があるようならあの可愛らしいシスターのお嬢さんからパートナーの地位を奪うんだ」

「パートナーの地位を……奪う……」

 月乃の体が震える。義経は月乃の手をそっと握ってみせた。

「そう。これはお兄さまから妹への命令だよ。そして、僕は妹の恋を応援する優しい兄でもある。どうだい、月乃。やってくれるかい?」

 義経が優しい瞳で月乃を見つめ込んでくる。

 その瞳を、言葉を月乃はとてもありがたいと感じた。

「はっ、はいっ!」

 月乃は元気良く返事をしてみせた。断る道理はどこにも存在しなかった。

「……最終的に鳳凰院家が勝利すればそれで良い。そういうことだよ、月乃」

 義経は妹に聞こえないように小さく呟いた。

「君がどこまで頑張ってくれるのか。本当に楽しみだよ、Mr.桜井」

 義経は空を見上げた。

 とても綺麗な、まるで勝利を前祝するように美しい月が少年を照らしていた。

 

 

 つづく

 

 

 

 

 

 

 


 
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