No.454941

田村家再び 完結編 サヨナラのメガネ

後編書くのに10ヶ月かかった作品。
pixivだと麻奈実をメインに据えるだけで閲覧が5分の1に。恐ろしい

とある科学の超電磁砲
エージェント佐天さん とある少女の恋煩い連続黒コゲ事件

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2012-07-18 00:16:29 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:1909   閲覧ユーザー数:1834

田村家再び 完結編 サヨナラのメガネ

 

 

 麻奈実の意識と体を乗っ取りメガネをコンタクトに替えてしまった悪魔ベルフェゴール。

憎き怨敵を封印すべく田村家へ向けて旅立った俺こと漆黒・高坂京介、クイーン・オブ・ナイトメア・瑠璃、ビッチ・愚妹・桐乃の3名。

 だが、道中俺たちは謎の長身美女と出会ってしまった。

『悪魔ベルフェゴールを倒そうとする心掛けは立派でございますわね。ですが、貴方がただけでそれを成し遂げることができますでしょうか?』

 圧倒的な存在感と威圧感を放つ彼女は自らの名を沙織・バジーナと名乗った。

『バジーナ……お前は一体何者なんだ?』

『さて、私は漆黒さまとクイーン・オブ・ナイトメアさまの味方でしょうか? それとも敵でしょうか?』

 敵か味方かわからぬバジーナに俺たちの緊張感は頂点へと達する。

『えぇ~~っ!? 沙織もそっちサイドに行っちゃうのぉ~っ!? アタシ、ひとりぼっちなのぉ~っ!?』

 そして空気の読めぬ愚妹の声は相変わらず煩かった。

 

 

 

「バジーナよ。貴様が何者なのか俺は知らん。だが、俺たちの敵だと言うのなら容赦なく叩き潰すまでだっ!」

 ルシフェルと融合した俺の闇の眼力でバジーナを睨みつける。

「何者か知らないけれど、闇の眷属たる私たちを挑発するとは良い度胸ねっ!」

 クイーン・オブ・ナイトメア・瑠璃も地獄の底の世界を彷彿とさせる紅き邪眼でバジーナを睨みつける。

 俺たちの闇の眼力、並みの人間であればショック死してもおかしくない。

「おおっ。これは怖いですわね。思わず震えてしまいそうですわ」

 だが、バジーナは俺たちの魔眼を笑いながら受け止めてしまった。その様子、俺たちを小バカにしているようにしか見えない。

「こんなに怖くては、護身用の伝家の護符を出さなくてはならないようですね」

 そう言ってバジーナは胸の谷間から何かを取り出した。

 ぶ厚い紙の束に見えるそれは──

「これこそが私の必殺の護り。スリーハンドレッド・YUKICHI・ウォールですわ」

 その護符から放たれる圧倒的なエネルギーの放流は闇に生きる俺たちにとっては天敵とも呼べるものだった。

「「ブハァッ!」」

 護符の直撃を受けた瑠璃が吐血してみせる。

 かく言う俺も瑠璃同様に吐血している。

「何かと思えばただの札束じゃん。100万じゃなくて300万円だって所がちょっと意外だったけど。って、何でアンタたち2人とも吐血してんのよっ!?」

 桐乃だけはバジーナの護符攻撃を食らっても平気だった。

「ビッチ……何故貴方は平気なの? あんな大金、じゃなくて下天の民を堕落させる禍々しき波動を放つ護符を惜しげもなく晒されて」

 荒く息を吐きながら瑠璃が苦しそうな表情で尋ねる。

 この世界では普通の高校生に身をやつして生活している俺たちにとって300人のYUKICHIは恐ろしい兵器だった。チッ、バジーナの奴。軍隊を導入してくるとは。

「へっ? 何で? 300万ぐらいならモデルをしばらくしてるか、妹空の新刊を出せば手に入る金額じゃん?」

 桐乃は平然とした表情で答えた。その表情には特に驕りのようなものは見受けられない。素で答えている。

「漆黒……先輩……っ」

「みなまで言うな。わかっている」

 愚妹はただ愚かであるというだけでなく、俺や瑠璃にとっていずれ倒さねばならぬ潜在的な敵なのかもしれない。いや、敵なのだろう。

 だが今は、桐乃の力がベルフェゴールを封印するのに必要な戦力なのだ。

 

「どうですか? 私の力、即ち神に認められし聖戦士ブルジョワの力は」

 バジーナは俺たちの怨敵女神を思わせる爽やかな表情で笑みを浮かべた。

「やはり貴様の力はブルジョワのものか」

 人間の中ではごく稀に己の才覚を生かして鍛錬と実践を積み、YUKICHIの放つ法力を自在に操れるようになる者が現れる。

「何見てんのよ?」

 即ち、この愚妹、桐乃のように。

 神の祝福を受け、YUKICHIの法力を自在に操る我ら闇の眷属の敵を、人は聖戦士ブルジョワと呼ぶ。俺に言わせれば堕落を極めし外道戦士だがな。

「私は漆黒さまとクイーン・オブ・ナイトメアさまのことは事前によく調べさせて頂きましたわ。その結果、おふたりが神の与えしブルジョワの力に弱いことは把握しております」

 バジーナは余裕の笑みを浮かべる。

 その笑みは一見優しい。

 だが、勝利を確信した上から目線の笑みであることは間違いなかった。

 即ち、哀れみの視線を投げ掛けられている。

 おのれぇ、たかが人間の分際でっ!

「事前に情報を収集するなんて姑息なものね。人間風情にはお似合いの卑怯さだけど」

 瑠璃はバジーナに毒舌をぶつける。

 だが、その身体に蓄積されたダメージが尋常ではないのは誰の目にも明らかだった。

「事前に情報を収集も何もアタシたちは1年以上前から友達じゃん!」

 そして愚妹は相変わらずうるさい。

 この緊迫した場面でも黙るということを知らないのか。このマナー知らずの野蛮人めがぁっ!

 

 

「漆黒さまたちが悪魔ベルフェゴールを倒そうとする心掛けは立派です。ベルフェゴールは天界にとっても抹消すべき対象です。本来ならば天界と冥界は日頃の諍いを捨て、共同して討伐に当たるべきでしょう。ですが……」

 バジーナは瞳を細めた。

「私如きに勝てないようではベルフェゴールに勝利し封印するなど無理のまた無理な話です。封印は私に任せてご自宅に戻られたら如何ですの?」

 バジーナは鼻を鳴らした。その態度、その言葉に俺は怒りの炎が吹き上げた。

「バジーナよっ! 人間風情があまり粋がるなっ! ならば……」

 怒りに燃える瞳でバジーナを睨む。

「ならば?」

 バジーナが俺の顔を覗き込む。

 やはりこの女、興味がなさそうに振る舞いながら俺や瑠璃の出方を窺っている。

 猪口才なっ!

「この漆黒・京介の全力を貴様に見せてやろうではないかっ!」

 マントを大きく翻してバジーナに真の闇の力を解放してみせるっ!

「今日の俺は阿修羅すら凌駕する存在だっ!!」

 四肢に力を込めて、闇の波動を全開にする。

「貴様如きがっ、この漆黒と肩を並べる力を持つなどと錯覚するなどおこがましいにも程があるわっ!」

 右手から発した魔気を全身に纏う。

「って、こんな所で発煙筒なんか使うなぁ~~っ! 顔が煙で染まっちゃうじゃないのよ~っ!」

 愚妹が騒がしいが当然無視する。魔の瘴気と人間の作り出した浅ましき煙の違いもわからぬ愚か者に用はない。

 そしてバジーナを平伏させるべく、俺は闇の霊力が篭ったCARDを地面へと放り投げた。

「こっ、これはぁっ!?」

 次の瞬間、バジーナは俺に向かって跪いていた。

「良い格好だな、バジーナよ!」

 両手両足を地面につけて俺に許しを請う負け犬に告げる。

「聖戦士である私としたことが何て無様な姿勢をっ! つい、レアものビックリマンカード、ではなく古の魔道具の力に体と意識を操られてしまいましたわ」

 バジーナは体を震わせている。まあ、無理もない。一瞬にして意識と体を乗っ取られ、俺に対して屈辱的なポーズまで取らされてしまったのだから。

「無様な姿ね。どんなに力を身に付けようとも所詮は人間の限界かしらね。いえ、物欲のみで成し上がってきたブルジョワ故の弱点かしら? 本当に無様だわ」

 クイーン・オブ・ナイトメア・瑠璃も蔑む瞳でバジーナの様を見ている。

「黒いのはビックリマンカードには興味ないの? 天使とか悪魔とかアンタ好みの設定じゃん」

「私が生まれる以前に流行ったカードなんて……今はプレミアばっかりついてて買える訳がないじゃない」

 瑠璃は俺が叔父より譲り受けた魔道具を忌々しそうに見ていた。

 

「さあ、どうするバジーナよ? 地面に跪き、俺たちに許しを請うという醜態を晒しながら再び我らに挑むか?」

 もはや俺たちに勝利した所でバジーナに尊厳などはない。それがわかった所でどうするか? 

 この女は一体何に矜持を求めるか?

「私の完敗ですわ」

 バジーナは優雅に立ち上がりながら敗北を認めた。

「ほぉ。随分と素直に負けを認めるではないか。俺たちをあれだけ挑発しておきながら」

 横目でバジーナを見定める。

「いいえ。私は、漆黒様が私をあっさりと退けたことに感動さえしていますのよ」

「ほぉ~? そんな言葉を信じろと?」

 バジーナはドレスの裾を摘み優雅に一礼する。

「ベルフェゴールの力は強大。なれば、私も倒せないようでは一撃の下に消失させられるのは必定。ならば、私は漆黒様が真の勇者足り得るか試させて頂いていたのです」

「フンッ。ルシフェルと融合せし、闇の王たるこの俺を値踏みしていたとはどこまでも図々しい女よ。だが、貴様の労に報いて問おう。俺は合格か?」

「勿論合格ですわ、漆黒様、クイーン・オブ・ナイトメア・瑠璃様、それから御付の方1名。あなた様方こそ、全世界のみならず天界、冥界の全てを支配せんと企むベルフェゴールに対抗し得る唯一の勇者一行で間違いありませんわ」

 バジーナは再び頭を下げた。

「どうしてアタシだけ名前も出て来ないのよぉ~~っ!」

 肩の上の愚妹は相変わらずやかましいがやはり無視する。

 

「つきましては漆黒様にお願いしたいことがございます」

「何だ、言ってみろ」

 バジーナは3度俺に対して頭を垂れた。

「私に漆黒様の覇業をお手伝いさせて頂けませんか?」

 バジーナはなかなかに面白い提案をしてくれた。

 俺の力に感服したとはいえ、天界の使いを我が闇の眷属の仲間として引き入れるなど普通であれば冗談でも有り得ない無謀な申し出。

 いや、だが、だからこそ俺は真の意味で試されているのだ。

「漆黒先輩、どうするの?」

 瑠璃が意地の悪い笑みを浮かべながら俺を見ている。やはりこの申し出が最終課題と見て間違いなさそうだ。

 そして俺の心は、元々決まっていた。

「フム。良かろう。俺と共にベルフェゴールを打ち滅ぼそうぞ」

「本当ですか、漆黒様?」

「俺に二言はない」

 出自に囚われ大局を見失うなど愚か者のすることだ。

 ならば俺は、ベルフェゴール封印に必要になるに違いないバジーナを従えない訳にはいかない。それこそが、俺の覇道。

 俺は、麻奈実をベルフェゴールから解放しなければならないのだ。

 

 

 新たに聖戦士ブルジョワの力を持つバジーナを仲間に加えた俺たちは田村家へと急ぐ。

「漆黒さま、クイーン・オブ・ナイトメア・瑠璃さま。先程はおふたりを挑発し、試すような真似までしてしまい申し訳ありませんでした」

 道中、バジーナが立ち止まって俺たちに深々と頭を下げた。

「天界には天界の事情があるのだろう。別に構わん」

「あの程度の攻撃でどうにかなるような軟な身体ではないから心配は無用よ」

 俺も瑠璃も闇の眷属としての矜持がある。バジーナの謝罪など必要なかった。

「ですが、大事な決戦を前にして私がおふたりに傷を負わせてしまったのは事実。全力で戦えるように、せめてこの傷を癒す護符だけでも受け取ってください」

 そう言ってバジーナは緑色の護符を俺と瑠璃に手渡した。

「これは?」

 俺たちの手に渡された護符には何やらわからぬ人間界の横文字と共に『招待券』という文字が見えた。

「フレンチレストランMAKISHIMAの無料食事券ですわ。その1枚で5名さままで無料でお食事が可能になります」

「ウッソっ! フレンチレストランMAKISHIMAと言ったら、1人前3万円以上の超高級本場フレンチレストランじゃん。そこのタダ券? すっごいっ!」

 俗世の些事にやたら詳しい愚妹が大声を上げる。

「フム。よくはわからんが、愚妹も喜んでいることだしありがたく受け取っておこう」

 人間の、しかもフランスなどという地球の反対側にある地方の料理のことはよく知らない。が、受け取るだけ受け取っておく。これで愚妹が大人しくなってくれるのなら都合が良い。

 一方で瑠璃は浮かない表情を浮かべていた。

「どうした?」

「食事の券をもらっても、残念ながら私の人間としての住処にはこの店に見合うような服がないと思っただけよ」

 瑠璃は小さく息を吐いた。

「心配はございませんわ。クイーン・オブ・ナイトメア・瑠璃さま」

 バジーナが瑠璃を見ながら優しく微笑む。

「この券を持って、レストランの隣の装束店にお入り下さいませ。そうすれば、食事に相応しい衣装を借りることができますわ。勿論サービスで」

「フッ。まったく、天界にそそのかされた人間の癖に気が利きすぎよ」

 瑠璃は小さく笑った。

 

 

 バジーナの護符により気力体力共に回復した俺たちはいよいよ田村家へと到着した。

 俺たちの目の前には田村屋と蒼い暖簾が掛かった木造2階建ての和菓子屋が聳えている。

「ここにベルフェゴールがいるのね」

 瑠璃の額には汗が滲んでいる。

「ここは下駄箱か何かでしょうか?」

 バジーナは如何にもブルジョワっぽいことを述べている。フン。このお嬢に庶民の暮らしは所詮理解できないか。

「う~アタシこの家嫌い……」

 肩の上の愚妹はベルフェゴールの根城を見ながら顔を顰めている。

 ここにいる時の愚妹は全くもって子ども扱いしかされない。背伸びしたいコイツとしては不満なのだろう。

 まあ、ベルフェゴールとの決戦が始まれば、愚妹やバジーナの頓珍漢な感想を瞬時にして消え去る運命だろう。果たして何人がこの聖戦を生き残れるだろうか?

 

「おぉ~う! あんちゃ~ん! よく来てくれたなあ~っ!」

 現地工作員であるロック・Tamuraが手を振りながら俺たちを出迎える。

「ベルフェゴールの復活とあれば、闇の主たる俺が封印せずにどうする?」

「何のことを言っているのかちっともわかんねえけど。とってもすげぇ格好良いぜ、あんちゃんっ!」

 ロックは俺を見ながら親指を立てて笑っていた。が、やがて俺の隣に美女たちが立ち並んでいるに気が付いた。

「あんちゃん? こっちの綺麗な女の人たちは誰だ?」

 ロックが首を捻る。

「仕方ないわね。自己紹介してあげるわ」

 瑠璃が髪を掻き揚げながら1歩前へ出た。

「私の名前はクイーン・オブ・ナイトメア・瑠璃。見ての通りの闇の眷属よ」

 ロックは俺と瑠璃を交互に見た。

「もしかすると瑠璃さんは~あんちゃんの彼女だったりするのかぁ~?」

 ロックの質問に体がビクッと震える。ロックめ。つまらないことを述べおって。

「そんな訳がないでしょうがぁっ!」

 だが誰よりも早く拒否の反応を示したのは桐乃だった。

「何故お前がムキになって否定する?」

「うっさいっ! とにかく、この黒いのとこのバカは彼氏彼女なんかじゃないの!」

 愚妹がまた俺の肩の上で暴れだした。

「ええいっ! いい加減にしろ、このバカ妹がっ!」

 俺が妹を取り抑えている間に瑠璃が更に1歩前に出る。

「私と漆黒先輩は付き合っていないわ」

 瑠璃のその言葉は事実。だが、俺はその言葉に一抹の寂しさを覚えた。

「だって私と漆黒先輩は一生消えない闇の呪いで結ばれて離れられない間柄だもの。人間如きの尺度で私たちの崇高な関係を測らないで頂戴」

 瑠璃は再び大きくその長い髪を掻き揚げた。

「うっひゃぁ~~っ! これはねぇちゃんにどえらいライバルの登場だ~~っ!」

 ロックの言葉に瑠璃は何故か勝ち誇る顔を浮かべていた。

 

「それでは、続いては私の番ですわね」

 続いてロックの前に立ったのはバジーナだった。

「私の名は沙織・バジーナと申します。以降お見知りおきを」

 バジーナがドレスの裾を掴んで優雅に一礼する。

「じゃあ、こっちの大きくて綺麗なねぇちゃんがあんちゃんの彼女だったりするのか?」

 ロックは自分より頭1つ分近く大きなバジーナを見上げながら述べた。

「だからんな訳がないっての!」

 そしてまた桐乃がロックの質問を否定した。

「そうなの?」

「はい。私は漆黒様をお慕い申し上げているのですが、全く相手にされておりませんの」

 バジーナは泣く真似をしてみせる。

「おおおぅっ! すげぇぞ~あんちゃん! あんちゃんは色んな女に手を出すプレイボーイってヤツなんだな!」

「人聞きの悪いことを言うな。俺のカリスマに女が惹かれて勝手に集まって来るだけだ」

「アンタも何を調子に乗ってるのよ!」

 愚妹に頭を叩かれた。

 

「で、そっちの茶髪掛かった女の子は、桐乃ちゃん、だよな?」

 ロックは首を捻った。

 恐らくロックの記憶にある桐乃は髪を染める前の黒髪のままなのだろう。桐乃とロックは中学が違うから全く会っていないのだろうし。

 ならば、この俺が愚妹を改めて紹介せねばなるまい。

「そ、そうよ。そういうアンタだって、メガネに坊ちゃんカットだったのに、何、その五分刈……」

 桐乃もまたロックに違和感を覚えているようだった。

「コイツは確かに俺の妹、高坂桐乃に間違いない。だが、自分のことを魔女っ子ミラクるんと勘違いしている可哀想な娘だっ!」

 愚妹の言葉をさえぎり、俺が知りうる限りの最新の桐乃情報を満載してロックに伝える。

「まったく、このビッチは中学3年生になるのに、まだ自分のことを魔法少女だとか本気で信じて困ったものだわ」

「アタシは自分のことを魔法少女だなんて信じたことはないっての! って言うか、今さっき自分のことを闇の眷属と名乗ったアンタに言われたくないわよ!」

「いやいや。きりりん氏は何歳になってもドリームの中に生き続けられる純真な心の持ち主なのですわ」

「沙織っ! アンタそれ、一見良いことを言っているようで、アタシが自分を魔女っ子ミラクるんだと認めてるって思ってるってことよね!?」

 愚妹は相変わらず煩い。

 きっと桐乃はこの世の全てにツッコミを入れずにはいられないのだろう。

 これ以上この愚妹に構うのは時間の無駄でしかなかろう。

 ならば、本題に入るのみ。

 

「して、ロックよ。ベルフェゴールと化した麻奈実は今どこで何をしている?」

 メガネを外しコンタクトをつけるという人類史上でも類を見ないほどに許し難い暴挙に出てしまった麻奈実。

 果たして彼女は今、どこで何をしているのか?

「ねぇちゃんなら今日はずっと自分の部屋に篭りっ放しっさ。何をしているのかはよく知らねえなあ~」

 ロックの言葉を聞いて俺たちの間には緊張が走った。

「麻奈実が、部屋に篭りっ放しだとっ!? まさか、この世を滅ぼす為の暗黒の儀式を執り行っているというのかっ!?」

 敵は闇の世界の中でも度し難き悪行を働くことで有名なベルフェゴール。これは決して看過できない事態だ。

「この下らない堕落した世界に興味など少しもない。けれど、この私の縄張りで好き勝手なことをされては困るわね」

 瑠璃の瞳にも怒りの炎が宿る。

「神の使徒であるこの私が、ベルフェゴールの野望を阻止してみせますわ」

 バジーナもまた、その胸に熱い決意を秘めていた。

「はぁ~? 地味子だって一応は女子高生なんだから、1人で部屋に篭って考え事したり、洋服のチェックぐらいしたりするでしょう?」

 空気の読めない愚妹はもう知らない。

「で、あんちゃんはこれからどうするんだ?」

 俺は田村家の2階を見上げた。カーテンの掛かった一室。

 そこが、ベルフェゴールと化した麻奈実の部屋だった。

「俺は司令部より独自行動の免許を与えられている。つまりはワンマン・アーミー。たった1人の軍隊なのだ!」

 俺は麻奈実の元を目指す。

 万難を排し、麻奈実を救ってみせるっ!

「1人で行こうなんて水臭いじゃないの、漆黒先輩。ベルフェゴールの封印、私も付き合うわよ」

「瑠璃……っ!」

「私もお供させて頂きますわ」

「バジーナっ!」

「アタシはさっさと帰りたいの~~っ!」

「田村家は愚妹を愛でるのが好きだからな。コイツを餌にすれば容易に麻奈実の元に辿り着けようぞ」

 こうして俺たちはいよいよベルフェゴールと化した麻奈実の元へと向かうことになった。

 たとえこの先に、どんな過酷な運命が待っていようと俺は、負けないっ!

 

 

 

「頼もう~っ! 頼もう~~っ!」

 姑息に秘密裏に侵入したなどと後世に悪評が立たぬように正面から堂々と入る。

「おお~京ちゃんじゃないか」

 家の中から麻奈実の祖父であるフランスシスコ・ザビエル・田村が出て来た。

「今日はどうしたんじゃ~? 可愛い女の子を沢山はべらせて?」

「麻奈実に、会いに来たっ!」

 ザビエルがベルフェゴールに洗脳されている可能性は十分に考えられた。だが、それを考慮しても尚堂々と目的を述べあげた。

 ベルフェゴールが何を企んでいようと正面から打ち砕くのみっ!

「おお~そうかそうか。なるほど、今日はあの儀式の為にみんな集まってくれたのじゃな。みんな、上がって上がって」

 江頭トゥーフィフティーみたいな動作で動くザビエルに案内されて家の中へと入っていく俺たち。

「……あの儀式?」

 言うまでもなく、俺たちの顔には緊張が走っていた。

 ザビエルは確かに“儀式”という単語を口にした。ベルフェゴールが何か闇の儀式を行おうとしているのは間違いなかった。

 やはり、引き返せない所に来ているのだ、俺たちは。

 

「おやおや、桐乃ちゃんじゃないの。久しぶりだね~」

 居間に入ると、麻奈実の祖母であるマリー・アントワネット・ハプスブルグ・田村が桐乃を早速見抜いた。

 さすがは老体。ロックが戸惑った愚妹の些細な変化など全く動じずに桐乃を言い当ててしまった。

「お、お久しぶりです……」

 愚妹は気まずそうに答えた。

 桐乃は彼女を猫かわいがりするマリー・アントワネットを特に苦手としていた。

「まあまあ、しばらく見ない内にすっかり大きくなっちゃって~」

「へっ? お、下ろして~~っ!?」

 気が付くと、愚妹は俺の肩からマリー・アントワネットの肩にのせられていた。

 一体、いつの間にっ!? は、早いっ!

「さあさあ、お菓子ならたんとあるから、こっちの部屋でお食べ」

「え、遠慮します。もう子供扱いされるのは嫌ぁ~~~~っ!」

 桐乃はマリー・アントワネットに連れ去られてしまった。

 過去の経験からすると愚妹は今日1日解放されないだろう。

「だが、麻奈実を守護する最強のガードを桐乃が身を呈して追い払ってくれたっ! 大義である!」

 最弱の駒で最強の駒を排除することに成功した。これで麻奈実は丸裸になったも同然っ!

 勝機が、見えたっ!

 

 

「ばぁさんは相変わらず桐乃ちゃんが大好きだのぉ。まあ、みんなは座って座って」

 ザビエルに勧められて座布団に座る。

 すぐにお茶が出て来た。俺のスキャン・アイで確かめた所、毒物や怪しい薬品が含まれている様子はなかった。

「おっとぉ。ワシはちょっと店の方を見てくるからしばらく寛いでいてくれ」

 相変わらずな江頭チックな動きを見せながらザビエルが部屋から出て行く。

 部屋の中に取り残される俺たち。

 と、ここで悲劇が生じた。

「クゥッ!?」

 バジーナが突如足を押さえながら苦しみ始めたのだ。

「どうした、バジーナっ!?」

「あ、ああ、足が、足が痺れてしまいましたわっ!」

 バジーナは今にも死んでしまいそうなほどに儚い顔を俺に向けた。

「このシチュエーションはブルジョワであるバジーナを陥れる為の狡猾な罠だったのよ!」

 瑠璃が大声で叫ぶ。

「罠とはどういうことだっ!?」

「ブルジョワであるバジーナは地に座る習慣がないの。まして、正座する習慣など持っていないわ。そんな正座初心者の人間が長時間待機となれば血行が滞り、足が腐ってしまうのは避けられないのよっ!」

「何だってっ!?」

 俺はバジーナの顔を見た。

 バジーナは半分泣きそうな表情で、だが、それでも笑みを必死に浮かべていた。

「どうやら私の命はここまでのようです。もはや、体が全く言うことをききません」

「バカなことを言うなっ! 神の使徒が正座如きで殺されてどうするっ!」

 バジーナに必死に声を掛ける。気力で負けては本当に死んでしまう。

「ですが、私の分まで、漆黒さまと瑠璃さまにはベルフェゴールの封印を完遂して頂きたいと思いますわ……」

 俺は命が今まさに尽きかけようとしているバジーナに更なる言葉を掛けようとした。

 だが、そんな俺の行動を遮ったのは瑠璃だった。

「漆黒。今、私たちがやり遂げなければならないのは何か見失わないで頂戴」

 瑠璃の瞳からはボロボロと涙が毀れていた。

 瑠璃は、俺たちの為に泣くことができないバジーナに代わって涙を流しているのだ。

「バジーナよ。俺は誓ってみせよう! ベルフェゴールを必ず封印してみせると!」

「地球の未来を……よろしく頼みましたよ、漆黒さま、クイーン・オブ・ナイトメア様」

 俺と瑠璃は麻奈実の部屋に向かうべく居間を後にした。

「…………さようなら」

 居間から何かが崩れ落ちる音がした。

 俺たちは唇を噛み締めるしか出来ることがなかった。

 

 

 桐乃、バジーナと俺たちは次々と仲間を失っていた。

「ベルフェゴール。なんと小癪な奴なのだぁっ!」

 ベルフェゴールは確実に俺たちの戦力を各個撃破している。

 となると、次に狙われるのは俺か瑠璃か。

 そして実際にベルフェゴールが周到に準備していた罠はこれだけではなかった。

「これは煮物の匂いっ!? しかもこのまま火に掛けられていれば焦げてしまう直前の匂いだわっ!」

 料理上手な瑠璃は台所から漏れてくる匂いの異常を敏感に嗅ぎ取った。

「だけど私にはベルフェゴールを封印するという崇高な使命がっ! だけど、だけど、このままではせっかくの煮物が焦げてしまうわっ!」

 食べ物を粗末にしないという強い信念を持っている瑠璃は激しい葛藤に陥っている。

 ならば、俺に言えることは一つしかなかった。

「ベルフェゴールは俺1人でも必ず封印してみせる。だからお前は鍋を頼むっ!」

 適材適所という言葉がある。

 俺に鍋の面倒は見られないが、瑠璃ならば焦げかけた状態からでも立て直すことが可能であろう。

 そして、ベルフェゴール、いや、麻奈実を相手にするのは俺が最も適している。

 ならば、俺たちはそれぞれの適材適所を行くまでだっ!

「わかったわ。ベルフェゴールを……田村先輩をお願いねっ!」

「瑠璃こそ、鍋の未来を頼んだぞっ!」

 こうして俺はたった1人でベルフェゴールの元へと向かうことになった。

 だが、みなの献身と犠牲は決して無駄にはしないっ!

 

 

 

 そして俺は遂に辿り着いた。

 麻奈実が、いや麻奈実を乗っ取ったベルフェゴールの居城の元に。

「行くぞ、麻奈実」

 唾を飲み込みながら室内へと足を踏み入れる。

 

 数箇月ぶりに入った麻奈実の部屋。

 だがそこは、俺が知っている以前の地味な和室とはまるで様相が異なっていた。

「何だ、ここは?」

 その部屋には厚いカーテンが敷き詰められ一切の陽光が入らないようになっていた。いや、太陽の光が入らないのではない。

 ベルフェゴールは室内の様子を一切外部に漏らさないようにカーテンを敷いているのだ。

 そう確信せざるを得ないほどに室内は異状を極めていた。

「何だこの、カボチャを模したような生首の山は!?」

 壁には大量の生首が飾られている。

 カボチャに似せているが、本物の人間の首に違いない。

 もはや麻奈実は引き返せない領域に行ってしまったのだ。

 それを思うと悲しみが込み上げてくる。

 だが、この蛮行を行なったのは麻奈実の意思ではない。麻奈実は単に操られているに過ぎない。

 麻奈実を元に戻したら……この事件は俺が闇から闇へと葬らなければならないだろう。

 まあその程度の苦労は俺にとって何でもない。

 だが、事後処理を成す為にもまずは一刻も早くベルフェゴールを封印してしまわねば。

「しかし、麻奈実は一体どこにいるのだ?」

 肝心のベルフェゴールの姿がまるで見えない。

 まさか、既に覚醒した肉体をもって世界征服に乗り出したというのか?

 俺は1歩遅かったというのか!?

 多くの仲間を犠牲にしてようやくここに辿り着いたと言うのにっ!

 

「来てたんだね」

 氷よりも冷たい抑揚のない声が背後から響いてきた。

「クッ!」

 背後を取られたことに屈辱を感じながらゆっくりと振り返る。

 そして俺は見た。ベルフェゴールに身も心も乗っ取られた麻奈実の姿を。

「本当に、変わり果ててしまったのだな」

 俺が見た麻奈実の姿。

 それは黒いローブに三角帽をかぶり完全な魔女ルックになっていた。

 いや、問題なのは服装ではない。

 麻奈実がメガネを外してコンタクトレンズを掛けていることだった。目が赤い光を発している。魔界の光に間違いない。

 コンタクトレンズになった麻奈実の姿など生涯見たくはなかった。

 悔しくて、悲しくて。

 唇を思い切りかみ締めた。

「わた……しは何も変わっていないよ。ありのままのわたしだよ」

 麻奈実は静かに語った。

「メガネを外し、コンタクトにすることの何がありのままだと言うのだっ! 俺はそんな麻奈実を断じて認めんっ!」

 メガネでなければ麻奈実ではないのだっ!

「きょうちゃんは……自分が見たいわた…しをありのままのわたしと呼んでいるんだね」

 麻奈実は少しだけ寂しげに述べた。

 麻奈実の一言は俺の胸に深く突き刺さった。

「確かに俺は自分の理想を麻奈実に重ねているのかもしれない」

 もし、麻奈実がメガネでなければ俺はここまでコイツと仲良くなっていただろうか?

 否、断じて否っ!

 例えそれが俺だけの夢でしかないとしても、俺は麻奈実に最高を極めて欲しいと願っている。最高の麻奈実を見ていたい。

「だが、それが麻奈実の意に染まないものであっても、俺は俺の希望を麻奈実に押し付けお前を輝かせてやるっ! 俺は、麻奈実を最高へと導く存在なのだっ!」

 指を差しながら麻奈実に向かって吼える。

「それが、きょうちゃんの答えなんだね。リードしてくれるんだ」

 麻奈実はちょっと嬉しそうに笑った。

 だが、次の瞬間、その顔は冷徹にまでに凍りついた。

「でも今のわた…しは……魔女ベルフェゴールだから。ごめん…………ね」

「なっ、なっ、何だとぉおおおおおおおおぉっ!」

 麻奈実は遂に自らをベルフェゴールと名乗った。

 そして、悲しそうにその瞳を閉じた。

 それが意味することを俺はまだ知らないでいた。

 

 

「私の名はベルフェゴール。お前の知る田村麻奈実とは異なる存在」

 麻奈実の口調が突然変わった。ブリザードを思わせる凍りついた口調。

 一人称が“わたし”から“私”に変わっている。

 そして変わったのは口調だけではない。目もまた氷山の峻険な嶺を思わせる冷たく鋭いものに変化している。

「貴様は本当にベルフェゴールだと言うのかっ!」

 俺の知る麻奈実はこんな凍てついた表情を取れる娘ではない。もはやこれは他人が麻奈実を操っているとしか考えられなかった。

「だからそうだと言っている」

 麻奈実は涼しい瞳をしたまま答える。

「一体いつから貴様、麻奈実にとり憑いているっ!」

「知れたこと。最初からだ。この娘がこの世に生を受けた時からな」

 麻奈実、いや、ベルフェゴールは冷たい瞳のまま唇の端だけ歪めてみせた。

「この娘は最初から我と同体。故に私が後から憑依したなどというつまらぬ妄想は止めてもらおうか」

「最初から同体っ!? では、貴様はっ! 貴様を祓えばっ!」

「知れたこと。私を滅すれば、普通の人間で言えば臓器を全て剥ぎ取られるに等しいこと。この娘は確実に死ぬぞ」

 ベルフェゴールは自らの死について言及し、それを嗤ってみせた。

「何故麻奈実のようなお人好しに貴様のような邪悪な魂がっ!」

「まだ分からぬのか? 私という存在が封印されてきたならばこそ、麻奈実という人格は善でいられたのだと。普通の人間であれば当然持っている善悪の要素の悪の部分が、私となって眠っておったのだからな」

 ベルフェゴールは麻奈実の顔でアイツなら決してしないような悪趣味な笑いを浮かべた。

「貴様ぁああああああぁっ! 麻奈実の顔を汚すなっ!」

「私も麻奈実も同体だというのに酷い言われようだな。ククク」

 ベルフェゴールは俺を挑発するように嗤ってみせた。コイツ、ルシフェルと契約せし俺を馬鹿にしてやがるな。

「貴様、18年間表に出てこなかった癖に、何故今になって表層に出て来た?」

「決まっておる。私を封じる楔がなくなり、我を開放する条件が整えられたからだ」

「貴様を封じる楔?」

 ベルフェゴールは自分の瞼のラインをなぞった。

「麻奈実を自らの意思でメガネを外した。これ以上の説明は必要か?」

「クッ! やはりメガネは知性と正義と真実と愛の象徴。麻奈実がメガネを外したことでベルフェゴールの魂を呼び起こしてしまったか……」

 黄金のクロスにも匹敵する防御力退魔力を誇る高潔なインテリ専用防具であるメガネ。それを外してしまったことがこの悪魔を復活させる要因となってしまったか……。

「そしてこの娘は数日前からご大層にも悪魔降臨の儀式を始めおった。儀式のおかげで我の持つ力は格段に増した」

「麻奈実は何故この悪魔に力を貸すような真似を……」

 ここ最近の麻奈実には奇妙な行動が目立っていた。

 一体、何がアイツに邪神復活を誘発させるような動きをさせたというんだ?

「そして麻奈実は禁断のコンタクトに手を出した。メガネをコンタクトに変える如きの愚行を取れば、私は無論どんな低級悪魔でも復活を果たすことは可能であろう」

「クゥッ! 何故麻奈実はメガネをコンタクトにするなどという、悪魔に魂を売るに等しい行為を自らに施してしまったんだぁっ!」

 幼馴染の少女の行動は謎に満ちている。そしてその行動が彼女を滅亡に追いやろうというのがまた悲しい。

 だが、俺がすべきは麻奈実を想い涙を流すことではない。

 俺が成すべきはベルフェゴールを封印し、元の麻奈実に戻すこと。

 俺が麻奈実にしてやれることは決して泣くことではないのだっ!

 

 

 

「さあ、京介よ。私をどうする?」

 ベルフェゴールは麻奈実では決してしない曇った瞳で俺を見ている。

 何を考えているのか分かりにくいその表情は俺を挑発しているように見えた。

「決まっている。貴様を祓うことが出来ないのならば、貴様を再び封印して麻奈実の意識を浮かび上がらせるのみっ!」

 俺のやることなど決まっていた。

「ほぉ? 私を封印? どうやってだ?」

 ベルフェゴールが嗤った。

「知れたことっ! 封印の方法なら貴様自身が俺に教えてくれたっ!」

「ほぉ?」

「これを見よっ!」

 俺はベルフェゴールに麻奈実を浮上させる為の最後の武器を取り出してみせた。

「これが貴様を封じ、麻奈実を取り戻す為の唯一の手段、メガネだっ!」

 俺が取り出したのはメガネ。

 中でも俺が最も魂の輝きを発揮できる、出来る女教師用の鋭利な細長フレームメガネだった。これでタイトスカートに網タイツでも履かれた日にはプロトカルチャーと叫んでしまうに違いない。

「何故、目も悪くない貴様がっ! しかも出来る女教師用メガネを持っている? 闇の眷属である筈の貴様がっ!」

「フッ! 決まっておる。メガネは俺の魂を高揚させるからだっ!」

 大きな声で叫ぶ。

「貴様の様な下級悪魔はメガネを恐れ、その支配下に置かれるのであろう。だが、ルシフェルと契約せし高貴なる闇の眷属である俺にとってはメガネは力を増幅する為のアイテムとなる。俺は天界も魔界もこの現し世も全てを征服する存在。貴様などと一緒にするなっ!」

 ベルフェゴールに向かって指を突きつける。

「痛い目に遭う前に降伏するが良いっ! そして女教師バージョンの麻奈実を俺に見せるが良いっ!」

 ベルフェゴールに降伏勧告を突きつける。

「なるほど。それが貴様の秘策という訳か。ククク」

 だが、ベルフェゴールは自らを封印するメガネを差し出されても笑っていた。

「確かにそのメガネを掛けさせれば私を封印することは出来よう」

 ベルフェゴールは自分の封印の可能性を認めた。

「だが、そのメガネをどうやって私に掛ける? 私は“本当の自分”、即ちベルフェゴールたらしめる究極のアイテムコンタクトレンズを付けておるのだぞ。この絶対の防具がある限り、貴様が私にメガネを掛けさせることは不可能だっ!」

 ベルフェゴールはコンタクトレンズを赤く光らせた。

「そして、私は復活以降、世界を混沌に沈め私の力を最大限に発揮させる準備を進めてきた。ルシフェルと契約したとはいえ、所詮は人間に身をやつした貴様など怖くない」

 ベルフェゴールは室内を見回した。

「既にこの室内で私の力は貴様を上回っておる。明日まで待てば、この島国の全てが支配下に置かれよう。1週間もあれば全世界は私の支配下に置かれる」

 かぼちゃに模した死霊の頭骨が怪しく光る。

「やはり貴様、世界を手中に収める気かっ!」

「何を分かりきったことを。京介も先ほど全てを征すると言ったではないか。闇の眷属にとっては当然のことだろう」

 死霊の頭骨の目が激しく光る。

「ならば、今すぐ貴様を力尽くでも封印するまでっ!」

「無駄だ。今の京介では魔界の瘴気でパワーアップした私には勝てない」

「だが、そんな道理。私の無理でこじ開けるっ!」

 俺は吼えた。

 麻奈実、必ずお前をベルフェゴールの呪縛から救ってやるからなっ!

 

 

「フッ。吠えるな。ザビエル、アントワネット。この男の相手をしてやれっ!」

 ベルフェゴールは直接俺の相手をせずに手下を呼んだ。

 だが、2人は現れない。

「何故だっ!? 私の最強の守り手が何故現れないっ!?」

 ベルフェゴールは予想外の事態に焦っているようだった。

「知れたこと。俺の仲間たちが2人を封じてくれたからだ」

 ザビエルとアントワネットを封じる為に犠牲となったビッチ妹、聖戦士バジーナ、クイーン・オブ・ナイトメア瑠璃の顔が思い出される。

「俺は1人ではない。共に戦ってくれる仲間がいるっ! 貴様のような孤立した存在と一緒にするなっ!」

 闇の眷属たる俺が仲間とは自分でもおかしいとは思う。

 だが、今の俺は人間でもある。

 人間である俺が仲間を信じ共に戦うことは当然のこと。

 人間の身に転生しながら闇の眷属だけにこだわろうとするベルフェゴールとは力の質が異なるのだっ!

「フン。守り手がおらなくとも、私は貴様には負けん。私の闇の力は貴様を上回っている」

 ベルフェゴールは俺を見下す態度を取り続けている。

 奴はあくまでも闇の眷属にこだわり続けている。それが奴の力の源であり、そして奴の力の限界。

「ベルフェゴールよ……お前は人間の力を甘く見すぎている」

「何だとっ!?」

 ベルフェゴールは驚いた表情を見せた。

「ならば、人間の力を……人間の持つ力でお前を倒そう」

 俺はベルフェゴールに1歩近付いた。

「麻奈実……聞いて欲しいことがある」

 ベルフェゴールの中に眠っている麻奈実に向かって話し掛ける。

 万感の思いを込めながら自分の素直な気持ちを表明する。

「俺は……メガネが好きだっ! メガネを掛けたお前が好きなんだっ! メガネを掛けた麻奈実が大好きなんだっ!」

 迸る衝動のままに俺の魂の衝動を叫ぶ。

「この気持ち……まさしく愛だっ!」

 メガネへの、麻奈実への愛を語る。

 俺にとって麻奈実とメガネは切り離して考えることが出来ない。

 俺にとって麻奈実はメガネであり、愛すべき対象なのだ。

 麻奈実=メガネ=愛なのだっ!

 

 そして──

「きょっ、きょうちゃん……」

 ベルフェゴールは、いや、麻奈実は涙を流しながら俺の名を呼んだ。

 俺の魂の訴えが麻奈実に通じたのだ。

 そして麻奈実の涙が奇跡を起こした。

「ば、馬鹿なっ! コンタクトが……コンタクトが涙で外れただとっ!?」

 ベルフェゴールの絶対の防具、コンタクトレンズが麻奈実の涙によって外れたのだ。

 外部からの攻撃には無敵のコンタクトレンズも、麻奈実の涙という内部からの変化には無力だった。

「これでお前は丸裸だな。ベルフェゴールよ」

「よっ、よるなっ! 人の身に堕落したルシファーよっ!」

 ベルフェゴールは1歩2歩と下がっていく。

「さあ、麻奈実。俺と一緒に戻ろう」

 麻奈実に向かって手を伸ばす。

「いっ、嫌だっ! 寄るなっ! せっかく復活したのに、こんな所で再び封印されるのは嫌だぁ~っ!」

 ベルフェゴールは闇の眷属としての誇りも忘れて取り乱している。

 無様にして哀れだとも思う。

 奴は18年間、麻奈実の奥に眠り続けていたのだからな。

 だが、俺にとって必要なのは……

「麻奈実……今助けるからな」

 麻奈実に向かってメガネを掲げる。

 そしてベルフェゴールを封じる呪文を唱えた。

「オデコノメガネデデコデコデコリーン」

 俺の手を離れながらメガネが光り輝く。

「や、止めろぉおおおおおおおおぉっ!!」

 女教師用メガネはベルフェゴールの全身を眩い光で包み込み、そしてその額に収まった。

 ここに世界の征服を試みたベルフェゴールは封印された。

 

 

 

「あれ~きょうちゃん? いつの間にうちに来たの~?」

 意識を取り戻した麻奈実はベルフェゴールに乗っ取られていた間のことを覚えていなかった。

「どうやら、元に戻ったようだな」

 いつもの麻奈実に戻って安心する。

 正確には女教師メガネを掛けたニュー麻奈実になっている訳だが。

「元に戻ったってなぁに~?」

「いや。何でもないさ」

 これで全ては元通り。

 いや、一つ確かめておかないといけないことがある。

「麻奈実……」

「なぁに~?」

 麻奈実の目を覗き込む。女教師と化した最上級の麻奈実の目を。

「何故、メガネを外してコンタクトに換えるなどという愚行をおかしたのだ?」

「あ~あ~それならね~」

 麻奈実はのんびりしたいつも通りの口調で答えた。

「だってもうすぐハロウィンでしょ~。魔女の仮装をするのに~カラーコンタクトにしてみようかな~って思ったの~」

 麻奈実は普段通りのほのぼの笑顔を見せている。そこには何の含みも見られない。

「ハロウィンだと?」

「きょうちゃんが~そんな黒いマントを羽織っているのも~ハロウィンの仮装だからでしょ~」

 麻奈実は実に楽しそうに見える。

 漆黒たる俺の正装が仮装…………フッ。だがそれでこそ麻奈実だ。

「そうだ。今日はハロウィンだからな。俺も田村屋のハロウィン行事を盛り上げる為にこうして馳せ参じたという訳だ」

「わぁ~嬉しいよぉ~」

 麻奈実は手を叩いて喜んだ。

 これで良い。

 善たる存在である麻奈実が闇の世界の抗争など知る必要はない。

「漆黒先輩っ! ベルフェゴールはどうなったの?」

「私も戦線復帰ですわっ! 漆黒様ご助力致しますっ!」

 俺の頼もしい仲間クイーン・オブ・ナイトメア・瑠璃と聖戦士バジーナが室内へと入ってきた。

「安心しろ。全て解決した」

 仲間たちに向けて頷いてみせる。

「わぁ~黒猫さんも沙織ちゃんも来てくれたんだ~」

 麻奈実が手を叩いて2人を出迎えた。

「漆黒先輩。これは一体どういう?」

「今日はハロウィン。俺たちは田村屋のハロウィン行事を盛り上げに来た。そういうことだ」

 説明をそれだけで切って2人に向けて頷いてみせる。

 瑠璃とバジーナは顔を見合わせた。

「そうでございましたわね。私たちは麻奈実様のお店のお手伝いに来たのでした」

「この私がわざわざ来てあげたのだからありがたく思いなさいよね」

 2人は頷きあった。

 フッ。天界と魔界の存在の癖に人間に対して義理堅い奴らだ。

 いや、俺も瑠璃たちのことは言えないか。

「さあ、麻奈実。俺たちは何をすれば良い?」

「近所の子供たちにお菓子を配りに回るから。一緒に来てくれるかな~?」

「良かろう。この漆黒が本物の闇の眷属の立ち居振る舞いを見せてやろう」

「漆黒先輩よりも私の方がより闇に特化した振る舞いを出来るわ」

「天界よりの使者としてこれは2人を監視しなければなりませんね。一緒に行きましょう」

 頷き合う俺たち。

 こうして俺たち4人は近所の子供たちにお菓子を配るという新たなるステージへと旅立っていった。

「きょうちゃん。何か嬉しそうだね~」

「フッ。今日も平和だからな。ただそれが心地よいだけだ」

 こうして麻奈実は元通りに俺の元に帰ってきた。

 それで以上は何も望むまい。

 そう。これで全て問題は解決した。

 

「だっ、誰か助けて~~っ! もうこれ以上、子供扱いは嫌ぁああああああああぁっ!!」

 

 俺が些細なことを思い出したのは翌日になってからのことだった。

 

 

田村家再び 完

 

 


 
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