No.416976

俺妹 1週間遅れの呼び出し

あやせたんではなくあやせ

Fate/Zero
http://www.tinami.com/view/317912  イスカンダル先生とウェイバーくん
http://www.tinami.com/view/331833 あの日見た僕(サーヴァント)の名前を俺達はまだ知らない。

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2012-05-02 00:44:57 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:2375   閲覧ユーザー数:2253

俺妹 1週間遅れの呼び出し

 

 国立大学の二次試験を明日に控えた2月2×日、俺は新垣あやせにいつもの公園に呼び出されていた。

「明日が国立大学の試験だというのに、本当に来ちゃったんですね」

 呼び出したあやせの方が俺を見て驚いている。

「緊急の用件だって言うからわざわざ家で休んでいた所を出て来たんだろうが」

 ムッとしながらあやせに返す。

 俺は明日の試験に備えて今日は体力回復に努めていた。私立大学の受験が長期に渡って続いていたので心身ともにすり減っていたのだ。

そこをあやせに電話一本で呼び出されてこの一言。腹が立たない訳がない。

「呼んだのがわたしだから出て来たのではないですか?」

「あまり図に乗るなよマイ・エンジェル。俺は年下少女の緊急とかピンチって単語に強くレーダーが反応するだけだ」

 幾ら顔が好みだろうとあやせの言うことなら何でもホイホイ聞く訳でもない。そんなご機嫌取りをしてまで会いたいとも思わない。

実際、俺が高3になってからあやせと会った回数は両手の指の数で十分に数えられてしまう程度だ。

 だが、そんな俺の返答を聞いてあやせは大きく溜め息を漏らした。

「お兄さんは相変わらず全っ然わかっていませんね」

 手を横に広げ首を横に振る西洋人みたいなオーバーアクションまで付けて来た。

「ここは嘘でもあやせの為に来たと言ってわたしを立てる所でしょう。それが男性の役目というものです」

 あやせたんはニッコリと微笑んだ。有無を言わさぬ威圧感を放っている。

「じゃあ、あやせの為に来た」

「わたし、嘘付く人は大嫌いなんです」

 あやせ様は拳を振り上げている。

「だったら、どうしろってんだ?」

 いつものことだがあやせとはなかなか会話が成立しない。

 

「で、何の用件なんだ?」

「さて、わたしがお兄さんを呼んだ用件は何でしょうか?」

 あやせは満面のドヤ顔を見せている。

 グラビアアイドルあやせのファンならレアショットとして喜ぶだろうその表情は俺をイラッとさせた。

「大した用件でないなら俺はもう帰るぞ。今日風邪を引くのは洒落にならないからな」

 反転して公園の出口を向く。

 この受験には俺の今後の将来が掛かっているのだ。さすがにいつもみたいに馬鹿っぽくはしゃぐ気分にはなれない。

「……何でわたしの優先順位はいつもそんなに低いんですか? 桐乃や黒猫さんは勿論、加奈子と比べてもどうでも良い存在なんですか?」

 背後から呟きが聞こえて来た。話の内容は声が小さ過ぎて聞き取れない。

「待って下さいっ!」

 今度ははっきりと聞こえた。

「何だ?」

 首だけ振り返る。

「お兄さんはわたしのことを大事にしなさ過ぎです」

「何を意味不明なことを言ってるんだ? 今だってわざわざ外に出て来てやってるだろう」

 むしろ俺はあやせの言うことを盲目的に聞き過ぎているという自覚さえある。

 顔が好みだからついつい呼び出されると他の用事もすっ飛ばして会いに来てしまう。で、加奈子のマネージャーの仕事なんかを突如引き受けてきた苦い歴史を重ねて来た。

 そんな俺があやせを大事にしていない訳がない。

「結局お兄さんはわたしの外側を消費しているだけなんですよね」

「何を言っているのかまるでわからないのだが?」

「良いんです。はっきり自覚されるとこの時間ももう取れなくなるでしょうから」

 あやせは大きく溜め息を吐いた。

「いつだって追い掛ける方が大変なんです」

「それはあやせの呼び出しにいつでもはせ参じている俺を気遣っての言葉だな」

「ほんと、全然理解していませんよね。お兄さんの大馬鹿野郎♪」

 あやせはグラビアファンなら失神しかねない極上のスマイルを浮かべながら大馬鹿とのたまってくれた。

 桐乃や黒猫をはじめ女の子はみんなよくわからん。が、このあやせという少女は特にわからない。

 

「で、そろそろ呼び出した理由を教えて欲しいのだが?」

 時計で時刻を確認しながら尋ねる。

「女の子と甘いひと時を過ごしている最中に時計を確認するのは失礼ですよ」

 またあやせから非難の声が届いた。コイツは俺の立ち居振る舞いにいちいちうるさい。

「欠片も甘いひと時じゃないだろうが。俺は受験生なの。今は休むのが最重要課題なの」

 野外でストレスの溜まる会話の連続は受験に悪影響を及ぼすに決まっている。

「そんなにわたしとお喋りするのは苦痛ですか?」

「いや、苦痛とは言わないが、俺には他に優先することがあるの」

 明日、明後日の受験は俺の今後の人生を大きく左右する。それに比べればちょっと惜しいがあやせと無駄トークしている暇はない。

「屋外にいるということを問題視しているのなら、わたしをお兄さんの家に連れて行くというのはどうでしょうか?」

「あやせをウチへか?」

 あやせを俺の客として高坂家に招待した場合の展開をシミュレートしてみる。

 ……ダメだ。アカン。

「桐乃が怒り狂う様が目に浮かぶ。100%明日の試験への妨害工作に打って出て来るに違いない」

 それにお袋も冷たい視線を浴びせ掛けて来るに違いない。下手をすると、明日弁当を作らないとか地味な嫌がらせ攻撃を仕掛けて来るかもしれない。

「じゃあ、気付かれないようにわたしをお兄さんの部屋に通すのはどうでしょうか? 靴を持ってこっそりお邪魔させて頂きますよ」

 あやせを家族のみんなに黙ってこっそりウチにあげる場合を想定してみる。

 ……だからアカンって。

「俺の部屋は壁が薄いからお前との会話は桐乃に全部丸聞こえになる。隠そうとした分だけ桐乃はより一層怒るだろうな」

 俺は明日試験会場にも行けなくなるかもしれない。

 

「だったらあっちのラブホテルの中で話すのはどうですか?」

 あやせの指差した方向には、やたらとHOTELの文字を強調した派手な建物があった。

「そういう冗談はやめろっ!」

 大声を出してあやせを嗜める。コイツ、潔癖症の癖になんつー性質の悪い爆弾落としてきやがる。

「でも、あそこなら桐乃の目は勿論、他の人の目も全然気にすることなくお話しすることが出来ますよ♪」

「女子中学生が冗談でも男とラブホテル入ろうだなんて言うなっ!」

 恥ずかしくないのか、コイツは? いや、それ以前に危機感を持て。男はみんな狼なんだぞ。草食系男子という言葉に騙されるな。

「そんなこと言って本当はお兄さん喜んでいるんじゃないですか?」

「そんな訳あるか!」

 高2のクリスマスに取材という名目で妹とラブホテルに入った時のことを思い出した。

 あの時は妹の気まぐれに付き合わされただけとはいえ、すげぇドキドキした。妹相手に本気になってしまいそうだった。

 だからわかる。あやせとラブホなんか一緒に入ったら俺はまともじゃいられなくなる。

 そんな変化は明日の受験に大きな悪影響を及ぼすに決まっていた。よって冗談でも大却下だ。

「お兄さんも受験で色々溜まっているでしょうから、一緒にホテルに入ったらすぐに押し倒されて色々されちゃうんでしょうね。天井の染みの数を数えながら泣くような体験を」

「エロオヤジみたいな発想をやめろ」

 確かにあやせが言うような事態になりかねない。受験生のストレスを舐めんなよ。だから冗談でも一緒にホテルとか言わないで欲しい。

「桐乃にお義姉ちゃんと呼んで貰えるのならそれも悪くないかもしれません。お兄さんは強姦罪適用で牢屋行きですけど。わたしは面会にも行きませんけど」

「それはどんな美人局なの? 誰にどんな得がある未来なの?」

 大体、あやせから誘っておいて強姦罪適用って何なんだよ?

 そんなに俺を逮捕させたいのか?

 しかも本番寸前で怖いお兄さん登場ってオチが待っている類の悪夢に違いない。

「お兄さんには出所して来たら存在を知らせていなかったわたしとの娘を抱き上げるぐらいの役得はあげますよ。後、馬車馬となって働いてわたしと娘を養う権利もあげます」

「俺、明日国立大学の受験なんだぜ。何でそんな灰色の未来を押し付けようとするんだ?」

 コイツ、受験生を欝にして何がしたいんだ?

「家族の為に一生懸命働くのは全然灰色の未来ではありません。世の中のお父さんたちに失礼です」

 あやせは俺を嗜めるように指を差した。

「家族の出来方に問題があり過ぎだろうが」

 存在を知らされなかった娘。自分から誘ったホテルで強姦罪で牢獄にぶち込む妻。しかも面会にも来ない相手を対象に家族云々を持ち出されても、それこそ世のお父さんたちに失礼だ。

「そんなにわたしとホテルは嫌ですか?」

「嫌に決まっているだろうが」

 首を横に激しく振って拒絶する。

 俺は受験生だし、そういう所は恋人同士で行くもんだ。

 あやせは美人だしスタイルも良いけど、今の俺が一緒にホテルに入るようなことはあってはならない。

「……おかしいですね。こんなに一生懸命誘惑しているのにお兄さんはどうして飛び付いて来ないんでしょうか? 下着も一番可愛いのを選んだのに」

 あやせはまたブツブツと呟きながら首を捻っている。

 何を考えているのかはわからないが触らぬ神に祟りなしだろう。

 

「じゃあ、話も終わったようだし、今度こそ俺は帰るぞ」

 これ以上あやせに付き合っていると変なノイローゼに悩まされそうだ。

 さっさと撤退するに限る。

「まっ、待ってください」

 あやせが俺の服の袖を掴んで来た。

「喫茶店。暖かい喫茶店に入ってもう少しだけお話しましょうよ」

 あやせの顔は必死だった。

「まあ、もう少しくらいなら」

 あやせが結局何の話をしたいのかよくわからない。

 けれど、その真剣な表情は何か大事なことを言おうとしているんだと思う。コイツも桐乃や黒猫と同じで根は真面目だからな。

 そんな訳で俺は本命試験の前日にも関わらず女子中学生とのティータイムを取ることになった。

 

 

 

 俺たちは公園から歩いて5分ほどの位置にあるこじんまりとした喫茶店の中へと入った。

 寒いからなのか、小さな店内は多くのお客が腰を下ろして和んでいた。

「わたしとお兄さんの関係って一体何でしょうね?」

 2人掛けのテーブル席で香ばしい湯気を発するアッサムティーを片手にあやせが尋ねる。

「そりゃあ、桐乃の友達と桐乃の兄貴っていう関係だろう」

 イチゴジュースをストローで吸いながら俺は返答する。

 受験前日にカフェインの摂取は厳禁だ。私立大学受験の初日の前日、緊張でよく眠れなかった時のことを思い出す。コーヒーやお茶なんか飲んだら今夜どうなるかわからない。

「桐乃を挟まない関係というのはないのですか?」

「桐乃を挟まない関係、ねえ……」

 考える。

「加奈子の同僚と加奈子の時々マネージャーって関係もあるな」

 あやせと会うのは大概加奈子の仕事絡みの時だ。だからこっちの関係の方がより適切かもしれない。

「そうじゃなくて、お兄さんとわたしの直接的な関係はってことです」

 あやせはムッとした表情を浮かべている。

「あやせと俺の関係と言われてもなあ……」

 沙織だったら答えは簡単だ。俺の友達。桐乃を抜きにしても友達。そう言える。

 黒猫の場合はもうちょっと複雑。俺の元彼女。でも別れた現在もよく会っているから友達なのも間違いない。

 一方であやせはどうなのかと言うと説明に困る。友達と呼べるほど気軽に会っている訳でもないし、同志や仲間と呼べるような趣味の一致もない。

 そもそもそんなに会ってもいないし、電話やメールのやり取りをしている訳でもない。同じ学校に通ったこともない。

 となると、やっぱり俺たちの仲を説明できる単語は……。

「やっぱり、妹の友達としか説明出来ない気がする」

「それじゃあ最初の答えと一緒です」

「じゃあ、グラビアモデルあやせのファンってことで」

 赤城ともあやせのグラビアを見ながら馬鹿騒ぎしたことがあったからな。この説明が一番正しい気がする。

「やっぱりお兄さんはわたしの外側だけなんですね」

 あやせは凄くムッとしていた。

「お兄さんはデリカシーがなさ過ぎです。こういう時は嘘でも良いから、恋人同士とか絶賛片想い中とか言って女性を良い気分にさせるものです」

 あやせ様は笑みを浮かべながらお怒りだった。

「じゃあ、俺とあやせは100年前から結ばれることが決まっていた熱烈恋愛中の恋人同士だぜってことで」

「わたしは嘘が大嫌いなんです。ブチ殺しますよっ!」

 あやせは牙をむき出して吼えた。

「だからどないしろっちゅーんだっ!」

 新垣あやせという少女は本当によくわからない。

 

「じゃあ少し考え方を変えましょう」

「まだ続けるのかよ?」

 こういう時は受験生に気を使ってリラックスできる話題を提供するのが人間としてのマナーではないかと俺は思う。

あやせにはそういうことを読み取る能力が加奈子以上に欠けているのは既に知っているが。

「わたしたちって他の人たちからどう見られているんでしょうね?」

 あやせに言われて店内を見回す。

 喫茶店の中には俺たちの他に、中学生だか高校生だかの女の子4人組、それにカウンター席に休憩中らしいスーツ姿のおっさんが3人ほど。

 この人たちから見て俺たちがどう見えるかと言えば……。

「妹の友達と兄か?」

「わたしたちをそんな特殊な設定の関係で見ようとする人はかなり歪んでいると思います」

 俺の意見はバッサリ切られた。それが正解なんだけどなあ。

「じゃあ、兄と妹」

「わたしたち全然似てませんよ」

 あやせの言う通りだった。地味顔と妹に言われる俺とプロモデルのあやせが似ている筈がない。

 そもそも俺は桐乃と実の兄妹なのに全然似ていない。喫茶店に2人で入っても兄妹と認識されたことはない。

血縁のないあやせが俺と兄妹と間違えられることはなお更ないだろう。

「じゃあ…………恋人、か?」

 桐乃と2人で行動しているとよくそう間違えられる。その度に妹はこっそりとキツい視線と言葉と暴力を投げ掛けて来るのでその勘違いは俺にとって苦痛でしかないのだが。

「そ、そうですよね。やっぱりわたしたち、恋人同士に見られちゃいますよね」

 あやせは急に顔を真っ赤にして照れ始めた。

「お兄さんと恋人同士に思われちゃう。本当、困ったもんです」

 あやせのカップがカタカタと音を立てて震えている。

「現実は全然違うのにな」

「そういうことは言わなくて良いんです」

 あやせは頬をプクッと膨らませた。

 新垣あやせという女は本当によくわからない。

 

「で、そろそろ本題に入って欲しいんだが?」

 イチゴジュースも半分以上飲んでしまった。いい加減、本題に入って欲しい。何度も言うが明日は俺の人生を左右する一大決戦なんだ。喫茶店でエネルギーを無駄にしたくない。

「お兄さんは本当にせっかちな人ですね。そんなんじゃ女の子と付き合うなんて一生出来ませんよ」

 あやせのその何気ない一言は俺をムッとさせた。

「夏休みには俺にだって超可愛い彼女がいたもんね」

 黒猫との交際、そして別れを思い出したら悲しくなった。

「そう言えばお兄さんはわたしにプロポーズした癖に他に可愛い彼女さんがいたことがありましたね」

 あやせも不愉快そうにカップの中身をグルグル回している。

「……浮気者」

「何か言ったか?」

「何でもありません」

 あの素晴らしかった夏休みの後半の日々を思い出す。

 もしかするとあの半月程が俺が女の子と付き合ったという唯一にして栄光の日々だったのかもしれない。

 まあ、人生の内で一度でも良い夢見られて良かったと思うべきか。

「……今日は、何の日ですか?」

「えっ? 何て言ったんだ?」

 あやせの言葉は偶に小さ過ぎてよく聞き取れない。

「今日は何の日ですかって訊いたんです」

 今度は大声が帰って来た。他のお客さんにも届きそうな大声で。

「それが本題か?」

「そうです」

 あやせはまだ怒っているようだった。でも、ようやく本題を切り出してくれたのだった。

 

 あやせの質問を考えてみる。

 今日は2月2×日。

 世間的に何か重要なイベントがある日ではない。

 となると……。

「俺の国立大学受験日イヴ?」

「それは間違ってはいません。けれど、わたしが期待している答えとは違います」

 違うらしい。ということは、俺関連の日ではないのかもしれない。

 じゃあ、あやせ関連の記念日か?

 とは言っても、俺はあやせのパーソナルデータに関して実はほとんど何も知らない。

 いつからモデルを始めたとか、いつ雑誌に写真が初めて掲載されたとか一切知らない。

 それどころか誕生日さえ知らない。

 そんな状況下で今日が何の記念日か当てることは極めて困難だ。

「えっと、それは俺でも当てることが出来る記念日か?」

「無論です」

 断言されてしまった。

 ということは問題の難易度は低いということか? 

俺も知っていて当然な日。となると、あやせの誕生日である線が最も高い。

 だが、桐乃にそんな動きは見られなかった。部屋の中で女子中学生にはあるまじき声を出しながらエロゲーを堪能していた。

 今日が本当にあやせの誕生日なら意外と義理堅いアイツはそんな振る舞いはしない筈。

 だから今日はあやせの誕生日ではない。そして、桐乃が知らない記念日なのだ。

 すると必然的に俺とあやせの記念日ということになる。

 1年前のこの日、俺たちの間に何かあっただろうか?

 いや、そもそも1年前のこの時期に俺はあやせと会ってさえいない。電話も受けていない。加奈子のマネージャー云々であやせと再会したのは確か2月の終わりか3月初めだったと思う。

 連絡さえ取り合っていない俺たちの記念日って一体何なんだ?

「その、スマンが降参だ。まるでわからない」

 結局降参するしかなかった。これ以上考えても答えは出て来そうになかった。

「本当に情けないですねえ、お兄さんは」

 あやせが馬鹿にしたように大きく息を吐き出した。

「そんなことを言われてもわからんもんはわかんないんだよ」

「良いでしょう。ダメダメなお兄さんに答えを教えて差し上げます」

 あやせはすっかりぬるくなっているであろうカップを置いて姿勢を正した。

「答えは……」

「答えは?」

 この期に及んで焦らすとは高度な戦法を取りやがる。

 よくわからない緊張感が俺の全身を包んでいく。それが限界に達しそうになった所でようやくあやせは笑みを浮かべて答えを告げたのだった。

「正解は、バレンタインデーから1週間とちょっと記念日です♪」

 あやせの示した答えは、普段の無茶苦茶な頼みごと以上に無茶苦茶なものだった。

 

 

 

「まったく、今日がバレンタインデーから1週間とちょっと記念日だなんて簡単な答えがわからないなんてお兄さんはまだまだですね♪」

 あやせはご機嫌に鼻を鳴らしながら踏ん反り返っている。

「そんな特殊な記念日を当てられる奴がこの世に1人でもいたらお目に掛かりたいさ」

 バレンタインデーならわかる。説明不明の超有名デーだ。

 だがバレンタインデーから1週間なんて記念日はそもそも存在しない。

 百歩譲ってバレンタインデーを境に2人が付き合い出したとかで、その1週間後を交際1週間記念日と定めることはあるかもしれない。バレンタインからの日数が他の記念日と重なっていると仮定すればだ。

 だが、1週間とちょっとって何だ?

 ちょっとってあんまりにも曖昧過ぎる表現だろうが。そんなもんを素で当てる奴は思考回路のどこかが破綻している。

「負け惜しみなんて子どもっぽいですよ♪」

「俺の言葉を負け惜しみに変換できるお前が凄いよ」

 あやせは表面上は真面目一直線人間だ。融通が利かない頑固者なのは広く知られている。

しかし、一歩内側に踏み込むと途端に奇妙なものが多く見えて来る。

そしてそのどれもが俺にとっては勘弁してくださいという残念なものなのが更に厄介だ。

 新垣あやせという少女は清純そうな外見に酷い狂気を内包している。

 

「じゃあ、俺の方からも質問させて貰うぞ」

 今日が何の日なのかはわかった。では次の問題として、その記念日がどんな意味を持つものなのか探り当てないといけない。

「スリーサイズは雑誌に公表されていますから、雑誌を買って調べてくださいね♪」

「そんなこと聞かねえよ」

 あやせと会話しているとゲッソリして来る。

 コイツ、昔はこういう話が大嫌いだったと記憶しているのだが?

「お兄さんに合わせて会話のレベルを落としてみたつもりですが違いましたか?」

「お前の中で俺の評価ってどんだけ低いの?」

 確かに昔の俺はあやせとの出会い頭にセクハラばかり行って来た。あやせが俺に疑いの眼差しを向けるのもわかる。けど……酷過ぎじゃねえ?

「最近はそうでもありませんが今まで数々のセクハラを受けて来たわたしとしては当然の判断です」

 あやせはプイッと横を向いた。

「あやせたんは俺にだけ厳しいよなあ」

「そんなことありませんよ。わたし……お兄さん以外の男性と2人きりでお茶とか絶対しませんもん」

 あやせは小声で何かを呟きながらムスッとしたままだ。コイツもたまに凄く子どもっぽい所をこうやって見せて来る。

 まあ、下手に機嫌を取ろうとして却って怒らせるよりもさっさと質問してしまおう。

「で、バレンタインと俺たちと何の関連があるんだ?」

 これこそが俺が聞きたかった質問。

 あやせは大きな瞳を更に大きく見開いて俺を見た。

「えっと、それは……」

 急に気まずくなったように上下左右とひっきりなしに視線を動かすあやせ。

「だけど去年も今年もあやせは俺にバレンタインチョコをくれなかったじゃんか。で、それに関連する記念日も何もないだろうが」

 今年のバレンタインデーは人生で初めて豊作と言えるほどにチョコを貰った。

 桐乃に黒猫、沙織に麻奈実に加奈子と5個もだ。

 バレンタインデー当日俺は受験で東京へと出向いており、直接手渡しして貰えたのは桐乃からだけだった。でも、みんなの気持ちが嬉しいことには何も変わりがなかった。

 これが所謂モテ期なんだって俺は確信したね。で、来年にはこんな幸福はもう訪れないだろうとも悟ったね。俺の人気度今年が最高。

 そんなこんなで幸せを享受する一方であやせからのチョコはなかった。まあ、あやせはこういうイベント嫌いそうだし、俺は好かれていないしだから期待はしていなかった。

 そんな期待以上の成果と予想通りの結末を迎えたのが俺の今年のバレンタインだった。

 で、問題は何故あやせが今になってバレンタインを蒸し返そうとしているのかだ。

「だから、それはですね……」

 あやせは酷く狼狽した様子を見せている。

「もしかしてあやせも本当はバレンタインがしたくて今日になってチョコを渡してみたくなったとかか?」

「なっ!?」

 あやせの顔が急に真っ赤に染まった。

「その反応。どうやら図星のようだな」

 俺がニヤッと笑うとあやせの顔がますます赤くなった。

 

「考えてみればあやせだって中学3年生の女の子なんだもんな。好きな男にチョコぐらい渡してみたくもなるよなあ」

 ウンウンと頷いて大人の男の余裕を示してみせる。

 一方であやせは首まで真っ赤に染まって口をパクパク開いている。

「つまりあやせの用件は、遅ればせながらのバレンタインをやりたいとう人生相談な訳だな?」

「えっ?」

 あやせが小さく首を傾けた。

「で、あやせがチョコを渡したいという幸せ者にして不幸者な男は一体誰なんだ? 桐乃たちには内緒にしておくから教えてくれ」

「はい~~~~っ!?」

 あやせはテーブルを叩きながら立ち上がった。

 あれっ?

「どうしてそういう結論になるんですかっ!」

 あやせは再び目をむいて怒り出した。

「だって、あやせはチョコを渡したくて俺を呼び出したんだろ?」

「そうですっ!」

 再びテーブルがダンッと勢い良く叩かれる。

「だから、チョコを渡したい男のことを教えてくれないとどんなアドバイスを与えたら良いかわからないじゃないか」

「何でわたしが他の男性にあげるチョコレートのことでお兄さんに相談しなくちゃいけないんですかっ!」

 ダンッダンッ!

「今までもあやせからの人生相談ってそんな理不尽な感じのものだっただろ?」

「今回は人生相談じゃありませんっ!」

 ダンッダンッダンッ!

「えっと、じゃあ……何?」

「何でそこまで推理して一番大事な答えが出せないんですかっ!」

 ダンッダンッダンッダンッ!

 あやせさん、マジパネェほど怒っています。

 でも、何が言いたいのかよくわかりません。

 困り果てて彼女の綺麗な顔を見る。その綺麗な顔は怒り一色に染まっていた。

「どうしてわたしがお兄さんにチョコを渡しにに来たって考えないんですかっ!」

「ええぇええええぇっ!?」

 あやせから聞かされた解答は少しも予測していないものだった。

 

 

 

「えっ? 何? あやせ、俺にチョコをくれる訳?」

 まるで予測していなかった展開に俺は戸惑っていた。

 だって、あのあやせが俺にチョコをくれるだなんて……。

「ま、まあ、義理とはいえあやせからチョコを貰えるんなら俺は凄く嬉しいぞ」

「義理じゃありませんっ!」

 あやせが叩いてバーンとテーブルが大きな音を立てた。

 これ以上叩くとテーブル壊れちゃうんじゃないか? というか、他のお客さんたちの視線がこっちを向いて勘弁して欲しいです。

 で、気になるあやせの言葉の内容だけど。

「その、義理じゃないってもしかして……」

 いや。だって。そんな、ある訳がないだろ?

 あのあやせが俺に本命チョコだなんて。俺を嫌っている筈のあやせが俺を好きだなんて。

 改めて恐る恐るあやせの顔を覗き込む。

 酒に酔っ払ったんじゃないかと思うぐらい首から真っ赤に染まっていた。

 えっ? この反応ってもしかして!?

「そんなの勿論本め……友チョコに決まっているじゃないですかっ!」

 あやせは大声を張り上げながら鞄の中から青い包み紙で包装された四角い箱を取り出した。

「セクハラばっかりのお兄さんに果たす義理はありません。でも、何度もお世話になっている年上の友達としてこのチョコを贈りますっ!」

 あやせは一方的に口上をまくし立てて俺の胸にチョコを押し当てた。

 

「あ、ありがとう」

 あやせのペースに押されて俺はそう一言返すのがやっとだった。

 包みをジッと見る。

 包み紙が如何にも高級そうな気配を醸し出していた。

「心配しなくてもデパートで買った市販品ですから、食べて体調を悪くするということはない筈ですよ」

「その言い方……もしかしてあやせって料理下手なのか?」

 ウチの桐乃も料理が殺人的に下手なのだ。漫画並みの殺人料理を作ってくれる。桐乃は台所に入れないのが高坂家の暗黙の了解だ。

「恥ずかしながら……暗黙の内に両親に台所に入ることを禁じられています」

「そうか。桐乃と同じだな」

 美少女モデルは料理下手でないといけないという不文律でも存在するのだろうか?

「まあでも、あやせにチョコを貰えて本当に嬉しいよ」

 少し心に余裕が出て来た。ようやく落ち着いて話せる。

「そ、それはどう致しまして」

 あやせが俯きながら照れた。

 そんな照れる彼女を見てから再び視線をチョコへと向ける。

「俺、今まであやせに嫌われていると思っていたから、友達として認識してくれていて本当に嬉しいぜ」

「えっ?」

 あやせが首を上げて顔を乗り出してきた。

「だってこれ友チョコなんだろ。俺とあやせの友情の証だっていう」

 あやせが俺のことを友達だと思ってくれていたのは本当に嬉しい。男女の間にも友情は成立するね、やっぱり。

「いえ、あの、それは言葉のあやと言うか照れ隠しというかその……だから本命チョコなんです」

 後半部分が小さ過ぎてよく聞き取れない。けれど、あやせが照れていることだけはよくわかった。

 チョコを目線の高さに上げてみる。心の奥底から力が沸いて来るのを感じた。

「あやせの応援のおかげで明日の試験頑張れそうだ」

「そ、それは良かったです。持って来た甲斐がありました」

 あやせは目を瞑って2度3度深呼吸をした。それから目を開けると洗練されたモデルさんのスマイルを見せた。

「今日お兄さんを呼び出したのは友チョコを渡して明日の受験に励みをつけて貰おうと思ったからなんですよ」

「そうだったのか。あやせの善意を疑って悪かったな」

 素直に頭を下げる。

 あやせにまで受験の応援をこんなにも盛大にしてもらえるとは思わなかった。

 なのに俺ときたらあやせの行動を疑ってしまって本当に情けない。

「いえ、気にしないでください。……そういうことに今決めただけですから」

 顔を上げるとあやせは半分泣きそうな表情をしていた。一体、どうしたのだろう?

 

「それじゃあ、あやせから激励のチョコも貰ったし、俺はそろそろ帰って明日の支度をするわ」

「はっ、はい。わかりました」

 2人揃って席を立つ。

 伝票は俺が持った。チョコレートのお礼ということで俺が支払った。

 外に出るとやっぱり室内とは比べ物にならない程に冷気を感じる。

 あのまま外で話し込んでいたらやばかったかもしれない。

 

 俺たちは元いた公園へと引き返してきた。家まで送ると言ったのだが、あやせがここまでで良いと言って来たのだ。

 2人で並んで公園の中心に立つ。

 あやせからのチョコを右手に持った俺はさながら出陣式に望む侍の気分だった。

「あやせのおかげで明日と明後日は思いっきり戦えそうだ」

「プレッシャーに負けず自分の力を100%出し切ってくださいね」

 あやせは俺の手をそっと握って来た。

「えっ」

 こんなこと初めての経験だった。

「頑張ってくださいね」

 初めて会った日のことを思い出させる優しい表情だった。

「お兄さんの受験の結果がわたしの人生にも大きく影響を及ぼすかもしれないのですから」

「へっ?」

 あやせにその言葉の意味を問おうと思った。でもその瞬間に彼女の手は俺から離れ彼女の体もまた俺から離れていった。

「お茶、ご馳走様でした。またデートしてくださいね」

 そう言ってあやせは俺の元から小走りに去っていった。

 去っていく時のあやせの顔は普段よりとても嬉しそうに見えた。

「ほんと、女心って俺にはよくわからないなあ」

 あやせの言葉には往々にして俺には理解し難い単語が並ぶ時がある。

 何故今日の呼び出しをデートと呼んだかなど。

 まあ、鈍感とか朴念仁とか麻奈実にさえ呼ばれている俺にその言葉の真意を推し量ることは不可能だろう。

 代わりに俺がやるべきことはただ一つ。

「よっしゃ。明日の試験絶対に受かってやるか」

 貰ったチョコレートに誓いを立てることだけだった。

 

 了

 

 

 

 

 


 
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