おじさんは恋の修羅場に巻き込まれました 前編
前回のあらすじ(見ていなくても特に困りません)
“じゃあね。ばいばい”
綺麗なワカメの活躍によりおじさんや桜ちゃんは蟲に蝕まれず、冬木市は聖杯戦争の戦禍になることを免れました。
綺麗なワカメが聖杯を内側から閉じたことにより聖杯は消滅。冬木市で行われる筈だった第四次聖杯戦争は永遠に中止となりました。サーヴァントが召喚されることもありませんでした。
それにより聖杯戦争の準備を進めていた各陣営もそれぞれの生活へと戻っていきました。
「フロア一つ借り切っての完璧な工房だ。結界24層、魔力炉3基、猟犬代わりの悪霊、魍魎数十躰、無数のトラップに、廊下の一部は異界化させている空間もある。フハハッハハハハ。お互い存分の秘術を尽くしての競い合いが出来ようというものだ」
ただ1人、天才魔術師のケイネス先生だけは聖杯戦争は間もなく開始される筈だという自分の勘を信じて冬木の高級ホテルに滞在し続けています。
1階分のフロア丸ごと借り切っての滞在です。
勿論宿泊費はケイネス先生の自腹です。1日泊まるだけでとんでもない額を請求されます。このホテル滞在が元で魔術の名門アーチボルト家は経済破綻するのですがそれはまた別の話です。
そしてケイネス先生は勤め先である魔術師養成の最高峰時計塔を無断欠勤しながら戦争の開始にずっと備えています。
魔術協会は聖杯戦争が中止になったと何度も伝えているのですがケイネス先生は天才なので自分の勘を信じて聞きません。
そして継続する無断欠勤がお偉方の怒りに触れてケイネス先生は時計塔をクビになってしまいました。
でもケイネス先生は聖杯戦争が始まって自分が勝利すれば三顧の礼で再び講師に迎え入れられると考えて全く問題にしていません。
Fate/Zeroのメインヒロインであるウェイバーたんが先生の代わりに講師になってたという知らせを受けて愕然とするのですが、それもまた後の話です。
とにかくケイネス先生はさっちんシナリオの完成を気長に待つようなゆったりとした姿勢で聖杯戦争の開始を待っていたのです。10年以上さっちんシナリオを待っている大きなお友達はここで挙手してくれても構いません。ていうか挙手して下さい。きっと同志は沢山いる筈なんです!
さて、聖杯戦争の開始を待つのはケイネス先生にとっては別に苦痛ではありませんでした。
「私は君たちに誓うよ、アッカリン、もっかん。聖杯戦争に勝利して二次元に入る夢を叶えて君たちに会いに行くと」
熱心な研究者でもあるケイネス先生は絶えざる知的好奇心を発動させて、この極東の島国の住民の心理を分析していたので時間が過ぎていくのは苦痛ではありませんでした。
ケイネス先生が特に熱心に分析を重ねたのはこの国の小中学生の少女に関してでした。
『は~~い! ゆるゆり♪ はっじまるよ~♪』
『もっと、もっと昴さんに色々なこと、教わりたい。わたしっ、何でもしますから!』
ケイネス先生はこの国の少女たちの日常をよく表現したアニメ作品を研究することで己の知的好奇心を満たしていました。ケイネス先生は天才にして努力屋さんだったのです。
ケイネス先生が極東ライフを満喫する一方で、その生活を楽しめないお姉さんもいました。
「ねえ、ペドネス? 私ちょっと街まで買い物に出掛けて来たいのだけど良い?」
「ああ、ソラウ。まだ他の陣営は動いていないようだし構わないさ」
ケイネス先生は、ほんのちょっと毎回不自然なまでに女子小学生のお風呂シーンや水着シーンが挿入されたり、女子高生がパンチラやブラモロ、全裸を披露している熱血バスケットボールアニメの画面を凝視したままショートカットの綺麗なお姉さんに答えました。
「あっそ。じゃあ、行って来るわね」
テレビ画面を向いたまま振り返ろうともしないケイネス先生を特に気にすることもなくお姉さんは歩き出しました。
ケイネス先生の部屋を出て行ったお姉さんは名をソラウと言いました。時計塔のお偉いさんを輩出している魔術の名門一家のお嬢様でケイネス先生の婚約者です。
でも、ソラウお姉さんは家同士の決めた結婚に乗り気ではありません。というか未だ指一本ケイネス先生に触れさせたことがありません。生理的に無理です。絶対無理です。
そしてケイネス先生のアニメ好き、しかも幼い女の子キャラクター好きを知ってしまって同じ空気を吸うのももう勘弁してください状態です。
でもソラウお姉さんはこんな時にどうすれば良いのかわかりません。今まで、両親や一族の言うことに無条件に従うお人形のような生活をして来たからです。
ケイネス先生との婚約を解消するにはどうすれば良いのか。また解消したらその後どうやって生きれば良いのかまるでわかりません。
でも、代案が浮かばないだけでケイネス先生の婚約者でいることはソラウお姉さんにとって苦痛でしかなくなっていました。
そしてソラウお姉さんはいつしか考えるようになったのです。
「大人の火遊びがしたいわね……」
ソラウお姉さんがテレビを見て覚えた日本語“火遊び”。
その危険な響きを持つ言葉の音色はソラウお姉さんをどんどん魅了していきました。
いつしかソラウお姉さんは今も未来も滅茶苦茶にしてくれるような危険な恋を願うようになりました。ソラウお姉さんにはちょっとした破滅願望があったのです。
「相手はやっぱりケイネスとは正反対の不器用でスマートじゃなくて純朴で気取らなくて、でもワイルドな面を持ち合わせている男性が良いわよね」
ソラウお姉さんはまだ見ぬ理想の恋愛相手を思ってウットリします。
果たしてソラウお姉さんの恋はどうなるのでしょうか?
ソラウお姉さんが好きになる男性とは誰なのでしょうか?
それはまだ誰も知らないことでした。
でも、冬木市に再び嵐が近付こうとしていることだけは確かだったのです。その嵐は1人の綺麗なお姉さんによってもたらされようとしていたのです。
「ふぅ~。2ヶ月ぶりの冬木かぁ~」
久しぶりに冬木市に戻って来たおじさんは駅から出ると両手を広げながら大きく背伸びをしました。
おじさんは普段海外を飛び回りながら記事を書く仕事をしています。だから日本に、しかも冬木に戻ってくることはあまり多くありません。
おじさんは自分の仕事に誇りとやりがいを持っています。けれど今の仕事を始めて10年以上が経ち、冬木市を恋しく思うことも最近はとても多くなりました。
「蟲ジジイとの対立も終わったし、そろそろ日本に足場を固めても良いかもなあ」
おじさんが海外へと飛び出したのはひとえに間桐家から遠くへ出たい一心でした。間桐の魔術と臓硯おじいちゃんを嫌ったおじさんは遠くに行きたかったのです。
でも、綺麗なワカメの献身により臓硯おじいちゃんとの対立も終わりました。聖杯の中に落ちて蟲の力を得てパワーアップした綺麗な綺麗な時臣お父さんが間桐と遠坂の魔術を融合させる試みを繰り返しているので間桐魔術の跡取り問題も解決しました。
もはやおじさんを間桐家から遠ざける要因はなくなりました。
そして何よりおじさんには冬木に帰りたいと強く思う理由が出来ていたのです。
「葵さん、凛ちゃん、桜ちゃん。みんな元気にしているかな?」
おじさんは初恋の人である遠坂葵さん、その娘の遠坂凛ちゃん、間桐桜ちゃんに会うのをとても楽しみにしていました。
3人の美人と美少女の存在がおじさんを冬木市へと誘導していたのです。おじさんも男の子なので可愛い女の子たちに弱かったのでした。
「えっと……日曜日のこの時間だと3人とも公園にいるよな?」
おじさんは3人の行動パターンを思い出しながら居場所に見当を付けます。
間桐家に養女に出された桜ちゃんですが、間桐家と遠坂家が仲良くなってからは週末は遠坂の家で葵お母さんや凜お姉ちゃんと一緒に過ごしています。
普段だと今は3人で公園に行って家族の団欒を楽しんでいる筈です。
おじさんは早速公園へと向かいました。
おじさんは比較的大きな公園に到着しました。
中に入って3人の姿を探します。そして間もなく3人を発見しました。ボール遊びをしている凜ちゃんと桜ちゃん。それを優しく見守っている葵さん。
心和む光景がそこにはありました。おじさんはこの光景を見る為に冬木に戻って来たのです。
「やあ、葵さん。凛ちゃん。桜ちゃん」
おじさんは心躍りながら両手を振りました。
すると、3人がおじさんの存在に気が付きました。
「雁夜くんっ!」
「雁夜おじさんっ!」
「おじさんっ!」
その瞬間、3人の空気が一変しました。
「凛、桜。大人同士の甘いひと時を子供が邪魔しては駄目なのよ」
「お母様は人妻なのですから、そういう過ごし方はどうかと思います。雁夜おじさんと釣り合うのは関係的に見て、大人の未婚者であるこの私だけです」
「男の人は若い女の子の方が好きなんだよ」
3人は激しく火花を散らし合いながら睨み合っています。
先ほどまでの家族団欒の気配がどこにも感じられません。レディース同士のガチバトルの方がまだ雰囲気柔らかいです。
「あれ? 3人ともどうしたの? 何で喧嘩してるの?」
おじさんには3人が何故喧嘩を始めたのかまるでわかりません。
おじさんは桜ちゃんたちから好かれたいのに、自分がモテるとは少しも考えないかなり奇特な人でした。
だから仲良し親子が自分を巡って恋の修羅場に突入したとは欠片も考えませんでした。
「雁夜くんは甘えさせてくれるお姉さんが大好きなのよね?」
葵お母さんがおじさんに体を擦り寄らせて来ました。ピタッとくっ付いた腕から葵お母さんの体温を感じます。おじさんは葵お母さんのお色気にドッキドキで今にも心臓は破裂してしまいそうです。
「はっ、はい。優しくて綺麗なお姉さんは大好きですっ!」
何でそんな質問をされたのかまるで理解しないままおじさんは大きな声で答えました。固まって棒立ちになっています。
「ありがとう。私も弟みたいに思える可愛い男の子は大好きよ。フフフフフ」
葵お母さんがおじさんの頬をそっと手で優しく撫でました。色っぽい流し目をしながら。
そんな葵お母さんの態度を見て黙っていられなくなったのはお姉さんの凛ちゃんでした。
「異議ありっ! 雁夜おじさんが本当に好きなのは、聡明で快活ででもちょっと抜けた所もあるっ、引っ張っていってくれる年下のツインテールの女性なんです!」
凛ちゃんが精一杯背伸びをしながらおじさんの腰に抱きつきました。
凛ちゃんに抱きつかれておじさんはドキッとしました。
凛ちゃんの年齢には相応しくないほどの妖艶な瞳。そして、その奥に秘めた百獣の王ライオンのような激しい瞳におじさんは逆ってはならない気分になったのです。
「はっ、はい。聡明で快活な引っ張っていってくれる女の子は大好きですっ!」
「ふっふっふ。そうよね。雁夜おじさんには年増じゃなくて聡明な若いツインテールの女の子が必要なのよ」
おじさんの言葉を聞いて凛ちゃんはにまっと笑いました。そして、どうだと言わんばかりに胸を反らしながら葵お母さんを勝ち誇った目で見たのです。
その瞬間、2人の間で更に激しい火花が散りました。
「あ、あの、2人とも……一体どうしたの、本当に?」
鈍感が10回ぐらい形容詞に付くおじさんには何が起きているのかまるでわかりません。
でも、そんなおじさんと葵お母さんたちを黙ってみていられないのが桜ちゃんでした。
「お母様は人妻の癖に……お姉ちゃんは本気じゃない癖に……わたしのおじさんを誘惑しないで……」
桜ちゃんはおじさんのことが大好きです。将来お嫁さんになりたいと本気で思っています。
でも、葵お母さんと凛ちゃんが大人の色香を使って誘惑して来るのでなかなかおじさんに想いを伝えられません。
桜ちゃんの恋は前途多難でした。でも、桜ちゃんは諦めませんでした。
「綺麗なワカメお兄ちゃん。桜、頑張るね」
命を懸けて自分を救ってくれた小さな英雄の為にも諦める訳にもいきません。
「おじさんっ」
桜ちゃんは声を掛けながら正面からおじさんに抱きつきます。
「どうしたの、桜ちゃん?」
驚きながらもおじさんは笑みを浮かべて桜ちゃんの頭を優しく撫でました。
「おじさんは……桜のことを守ってくれるんだよね? ずっと一緒にいてくれるよね?」
「ああっ。おじさんは命を懸けてでも絶対に桜ちゃんを守り抜いてみせるよ」
おじさんは力強く頷いてみせました。おじさんは桜ちゃんを守りたいという意志で溢れています。おじさんが数年ぶりに間桐家の敷地をまたいだのも思えば桜ちゃんの為でした。
そんなおじさんの言葉を聞いて桜ちゃんは安心しながらお腹に頭を埋めます。
「わたしには、おじさんが必要なの。だから……ずっとずっと……側にいて」
桜ちゃんは一生懸命自分の気持ちを言葉にして伝えました。桜ちゃんなりの精一杯のプロポーズでした。
「大丈夫。おじさんは桜ちゃんのことが大好きだから頼まれたって離れたりしないよ」
おじさんは優しく優しく桜ちゃんの頭を撫で続けます。残念ながらおじさんにはプロポーズであることは伝わっていません。
でも桜ちゃんがおじさんを大切に思っているという気持ちはちゃんと伝わっていました。
「雁夜くんは年上の綺麗なお姉さんより若い女の方が良いの? 妹って響きがそんなに好きなの?」
「きぃ~~っ! 桜なんて若さしか取り柄のないただの小娘じゃないのよ!」
葵お母さんも凛ちゃんもおじさんに抱き着きながらとても激しく悔しがっています。
でも、決しておじさんから離れようとしません。
「えっと……何で俺、みんなに抱き着かれているの?」
おじさんは3人の美女と美少女に抱き着かれてとても嬉しい気分でした。でも事態が飲み込めなくてとても困惑していました。
人妻である葵お母さん、まだ幼い子供である凛ちゃんと桜ちゃんが恋愛対象として自分を好きだとは考えていないからです。
だけどそんなおじさんの無自覚な幸福は長続きしませんでした。
おじさんの身に確実に危機は迫っていました。
おじさんは3人の美女と美少女に抱き着かれ幸せながらも困っていました。
でも、その幸せはたった一言の怒声で掻き消されたのです。
「間桐雁夜っ! 貴様一体ティロ何をしているっ!」
凛としたダンディーな声が公園に響き渡りました。
おじさんが右を振り向くと、ワインカラーの赤いド派手なスーツを着た優雅な男がグルグルとワイングラスを回していました。グラスの中に入ったワインが今にも毀れてしまいそうです。
「遠坂綺麗な時臣っ!」
おじさんは優雅男の名を叫びました。
そう、この優雅男こそが葵お母さんの夫であり凛ちゃん桜ちゃんの実父である遠坂綺麗な時臣お父さんだったのです。
綺麗な時臣お父さんはおじさんにとっては永遠のライバルでした。
特に葵お母さんを取られてしまってからは悔しくて悔しくて絶対に負けられないライバルになったのです。
「葵っ! 凛っ! 桜っ! 今すぐそのノット・ティロ優雅男から離れなさい」
綺麗な時臣お父さんはおじさんを見ながら目に見えて怒っていました。信条である優雅が崩れてしまっています。
会うと喧嘩ばかりしているおじさんに自分の愛する家族が抱き着いているのは我慢できませんでした。
「はい……あなた」
「はい……お父様」
魔術師一家では頭首の命令は絶対です。葵お母さんも凛ちゃんも俯いてしょんぼりしながらおじさんから離れました。離れたくないのに離れざるを得ませんでした。
命令さえなければ一生抱き着いていられたのにと未練たらたらにです。きっと内心で綺麗な時臣お父さんに激しい殺意を抱いています。
一方で、おじさんにしがみ付いたままの少女が1人。
「桜も早く離れなさい」
「嫌っ!」
桜ちゃんはおじさんにくっ付いたままです。綺麗な時臣お父さんの言うことをまるで聞きません。
「聞こえないのか、桜?」
「何で遠坂のおじさんの言うことをわたしが聞かないといけないの? わたし、間桐の子供だよ」
桜ちゃんから非常にキツい視線と言葉が綺麗な時臣お父さんに飛んでいきました。
「グハッ!?」
綺麗な時臣お父さんは愛娘からの痛すぎる攻撃を受けて口から赤ワインを盛大に吹き出しました。
綺麗な時臣お父さんは不測の事態に弱かったのです。予想外の事態に陥ると驚き役という本来の姿を見せてしまうのです。
「わたしに命令して良いのは間桐の人間だけ。つまりおじさんだけ。もう親子でも何でもない他人の遠坂のおじさんは口を出さないで」
桜ちゃんの絶対零度の視線が綺麗な時臣お父さんの心臓を突き刺します。
桜ちゃんは養女に出されたことで綺麗な時臣お父さんと深い確執が生じていました。ぶっちゃけ、蟲爺の元に自分を差し出した綺麗な時臣お父さんにチョベリバ~です。
「間桐雁夜。お前が桜のティロ純真な心を歪めたのだなっ! 許さんっ!」
桜ちゃんに言い返す材料も資格も持たない綺麗な時臣お父さんはおじさんに八つ当たりしました。
そんな桜ちゃんと綺麗な時臣お父さんのやり取りを見て羨ましいと思った女性が2人いました。
「お母様っ! 私も桜みたいに間桐家に養女になりたいです。それがダメなら雁夜おじさんの元に今すぐ嫁がせてください!」
「ずるいわよ、凛。私だって間桐の家に今すぐ嫁ぎたいのを我慢して遠坂の家に残っているというのに」
ニートで気取り屋で退屈で部屋の中でワインをグルグルと回すしか仕事をしない綺麗な時臣お父さんは家族からの愛情の深さを聞いて涙を流しました。
優雅でいることは家族からの愛情を受けることとはあまり関連がありませんでした。
綺麗な時臣お父さんが家族崩壊の憂き目に遭って涙を流している一方で、おじさんもまた死地に出向こうとしていました。
「桜ちゃん。ここは危険だから凛ちゃんたちと一緒に後ろに下がっていて」
「うん♪ わかった♪」
桜ちゃんは素直に頷くとおじさんに言われた通りに下がっていきました。その桜ちゃんの素直ぶりが綺麗な時臣お父さんの怒りに更に油を注ぎます。
「間桐雁夜っ! 貴様だけは遠坂家の安寧の為にティロ死んでもらうっ!」
「ほざくなっ! 死ぬのは貴様だ、遠坂綺麗な時臣っ!」
魔法のステッキを構える綺麗な時臣お父さん。
全長2メートルの巨大フンコロガシを呼び寄せて迎え撃つおじさん。
2人の男の争いはもはや止めることなど出来なかったのです。
おじさんと綺麗な時臣お父さんは互いに傷付け合うことでしか分かり合えない不器用な男たちだったのです。
そして男たちは必殺技という形で想いをぶつけ合うしかお互いの想いをぶつけられなかったのです。
「ハイパービッグフンコロガシ(騎兵の手綱)ッ!!」
「ラミパスラミパスルルルルル(約束された勝利の剣)ッ!!」
激しい閃光が2人の不器用な男たちを包み込みました。
「綺麗な時臣っ! 俺は絶対に貴様にだけは負けんっ!」
「遠坂家に巣食うダニめっ! この私の手で欠片も残さずに退治してくれるっ!」
ぶつかり合う2人の男たち。それは激しく猛々しく荒々しい男同士の肉体的接触。
おじさんと綺麗な時臣お父さんは互いの頬をつねり合ったまま手を離しません。相手が泣いて謝るまで離すつもりはないのです。それはまさに死闘でした。
ですが命を賭けたそのやり取りも、見る人によってはまるで別の見え方がするのです。
「やっぱり……おじさんと優雅王は喧嘩友達なんだ……」
桜ちゃんは以前見た薄い腐った本のことを思い出しました。
その本に出て来た2人の少年は喧嘩し合っているいるのにも関わらず愛し合っていました。より正確には、愛し合うことと喧嘩することは彼らにとって同義だったのです。
桜ちゃんはおじさんと綺麗な時臣お父さんも同じなのではないかと思っています。即ち、2人は争い合いながら愛し合っているのではないかと。
そしてそんな風に2人の関係を見ていたのは桜ちゃんだけではありませんでした。
「普段はヘタレた感じがするけれど雁夜くんの方が攻めなのね。陰湿っぽいけど時臣を屈服させてやろうという執念を強く感じるわ。やっぱり雁夜×時臣のヘタレ攻めは鉄板よね」
「何を言っているのですか、お母様? お父様は優雅の名の下に雁夜おじさんを隙を見せずに残虐にいたぶっていく鬼畜根性の持ち主です。時臣×雁夜の鬼畜攻めこそが鉄板です!」
葵お母さんと凛ちゃんの間でも難しい確執が生まれつつあるようです。とてもとても深い確執を生んでしまいそうな内容を含んでいました。
「お母様もお姉ちゃんも難しいことを言っていないで、おじさんを応援しないと!」
「そうだったわね」
「そうだったわ。今大事なのはどっちが攻めかよりも雁夜おじさんの勝利よ」
桜ちゃんに言われて2人とも我に返りました。そしておじさんへと向き直ります。
「頑張って、雁夜く~ん。私たちの幸せはこの一戦に掛かっているのよ~っ!」
「雁夜おじさん頑張って~っ! お父様に勝って私との明るい未来を勝ち取って~っ!」
「おじさ~んっ! 桜をずっと守ってくれるんだよね? だから負けちゃダメ~っ!」
3人は一生懸命おじさんにエールを送ります。おじさんだけを一生懸命応援します。
「おうっ! みんなの為にもこの勝負、絶対に負けないぜ!」
おじさんは美女たちにエールを貰って力を得ます。頬をつねる力も先ほどよりも増していきます。
「何故、家族なのに誰も私を応援しないのだ? 間桐雁夜……貴様ぁっ!」
反対に綺麗な時臣お父さんは気力ダウンです。でも、その気合の低下を十分に補えるほどに綺麗な時臣お父さんと雁夜おじさんでは魔術師として実力に差がありました。
「遠坂間桐魔術究極秘奥義、“耽美なポーズ”っ!!」
綺麗な時臣お父さんは新必殺技を発動したのです。艶かしい表情を取りながら手を頭の後ろに組んで両脇を見せ付けるように空中へと飛び上がっていきます。
この瞬間、つねり合いはおじさんの勝利が確定しました。でも、綺麗な時臣お父さんはおじさんの命を奪うことに目標を変えたのです。
空中に浮かぶ綺麗な時臣お父さんは地面にいるおじさんに向かって魔法のステッキを構えました。
「テクマクマヤコンテクマクマヤコンユウガニナアレ(無限の剣製)……っ」
「くそぉっ! 俺じゃあ時臣に勝てないってのか!?」
綺麗な時臣お父さんが強力な魔法を放とうとした瞬間でした。
「「「えいっ!」」」
おじさん応援団の美女3名は綺麗な時臣お父さんに向かって一斉に石を投げました。石というか岩です。桜ちゃんが投げた一番小さなものでさえ、桜ちゃんの頭より大きなものでした。
3人の投げた石は綺麗な時臣お父さんに全部当たりました。頭とお腹と股間に命中しました。
「うわらばぁあああああぁっ!?」
痛みによって綺麗な時臣お父さんが組み上げていた魔術構成が崩れていきます。もはや魔術は制御を失い、最も危険な暴走の状態に突入したのです。
「ひでぶぅ~~~~っ!」
「あべしぃ~~~~っ!」
暴走した魔術は大爆発を起こして2人を吹き飛ばしてしまいました。綺麗な時臣お父さんは火の系統の魔術の使い手だったことが被害を大きくしたのでした。
「おおっ! 蟲たちよ。私の命を救ってくれたのか? ティロ感謝だ」
綺麗な時臣お父さんは間桐家の蟲蔵へと吹き飛ばされ、蟲の海にキャッチされることで一命を取り留めました。そして、蟲と戯れることでより一層綺麗になったのです。
一方でおじさんは……。
「ああ~っ! 雁夜くんっ、私を置いて飛んで行かないで~っ! 私を未亡人にしないで~っ!」
「雁夜おじさんっ! 将来の花嫁を置いてどこに飛んでいくのっ?」
「おじさ~~~~んっ!」
空高く飛んで行って3人から見えなくなってしまったのでした。
果たしておじさんは無事なのでしょうか?
「何よ。買い物なんかしても……少しも気が晴れないじゃないの」
ソラウお姉さんは両手に買い物袋を下げながらつまらなさそうに川べりを歩いていました。
世の女性が好むというショッピングに勤しみ、衝動買いという高等技術にも手を出してみましたが気分は晴れてくれませんでした。
特に何も考えず買い与えられるものばかりで生活して来たソラウお姉さんには物欲自体が乏しかったのです。
ソラウお姉さんは気分転換の方法さえも持たないお人形さんな生活を送っていたのです。
そんな自分をソラウお姉さんはとても寂しいと思いました。こんな自分を変えたいと強く感じていました。変えるきっかけが欲しいと強く願っていました。
「上空から良い男が降って来ないかしら?」
ソラウお姉さんは冗談交じりで空を見上げました。
そしてその時奇跡は起きたのです。
「うわぁあああああああああぁっ!」
ソラウお姉さんの目の前に空から男性が落ちて来たのです。
「後方回転受身っ!」
男性は柔道の技術を使用しながら地面へと落ちていきました。
衝突のショックで植え込みとなっていた土の地面からもうもうと土煙が巻き起こります。
男性の状態が気になったソラウお姉さんは恐る恐る近付いてみました。
「Spaghetti alla carbonara(あの、大丈夫ですか?)」
ソラウお姉さんは母国語で尋ねてからハッと気付きました。この極東の島国では英語で喋ってもほとんど通じないことを思い出したのです。
「Mou Nanimo Kowakunai(ええ、おかげさまでだいじょうぶです)」
ところが予想に反して男性からとても流暢な英語の返答が戻って来ました。
それを聞いてソラウお姉さんはとても驚きました。そして同時に落ちて来た男性に強く興味を惹かれたのです。
ソラウお姉さんは男性の顔が見える位置まで移動してきました。
落下してきた男性はソラウさんより何歳か年上に見えました。気の優しそうな、悪く言えば頼りなさそうな顔をしています。純朴そうで気の良さそうな男性です。
でも、頭はアフロヘア、肌は小麦色でどことなくワイルドな雰囲気が漂っています。
“この人、私が火遊びしたい理想の男性の条件と一致している……”
ソラウお姉さんの胸は急に高鳴りました。しかも男性はソラウさんから願った通りに空から降って来たのです。運命を感じずにはいられませんでした。
ソラウお姉さんは生まれて初めて自分から異性に興味を持ちました。
胸がドキドキしながら男性に話し掛けます。
「Pizza Napoletana(高い所から墜落されたみたいですけど、本当に大丈夫なのですか)?」
「Kisekimo Mahoumo Arundayo(昔から体の頑丈さだけは売りなんで平気ですよ)」
男性は白い歯を見せながらソラウお姉さんに笑ってみせました。
その飾らない笑みを見てソラウお姉さんはまた心臓がギュッと締め付けられたのです。
ソラウお姉さんはこの胸の痛みが何なのか薄々勘付いてきました。自分には絶対にないと思っていた感情。それが芽生え始めたのだと自覚していきます。
ソラウお姉さんはもっとこの男性のことを知りたいと思いました。
「Risotto alla Milanese? Lasagna alla bolognese(よろしければお名前をお聞かせ下さいませんか? 私はソラウと申します)」
ソラウお姉さんが男性に積極的に話し掛け自己紹介するのは生まれて初めてのことでした。でも、話し掛けずにはいられなかったのです。だってソラウお姉さんは男性に恋してしまったのですから。
そんなソラウお姉さんに対して男性も笑顔を見せながら答えました。
「Atashitte Honto Baka(俺の名前は間桐雁夜と言います。フリーのジャーナリストで世界中を飛び回っています)」
男性はおじさんでした。
「Minestrone, Carpaccio(世界中を飛び回るなんて、とてもステキなお仕事ですね)」
「Yumenonakade Attayouna(いや、一つの所に落ち着けないだけの根無し草なだけなんですけどね)」
「Gorgonzola, Tiramisù(もしそうだとしても、私にとってはとても羨ましい生き方です)」
「Soreha Tottemo Ureshiinatte(そんな風に褒めて頂けるなんて嬉しいです)」
自身を籠の中の鳥のように感じているソラウお姉さんにはおじさんの自由に見える生き方がとても眩しく見えたのでした。
あまりパッとしない国際ジャーナリストのおじさんは洗練された天才エリート魔術師のケイネス先生とは全くタイプが異なります。
そして異なるからこそ会ったばかりのおじさんに惹かれてしまったのです。
ソラウお姉さんの中で危険な恋をしたい欲求がムクムクと大きくなっていきます。
ケイネス先生を捨てておじさんとの恋愛に走ったらどうなってしまうのだろうと危険な妄想が頭をよぎります。
“破滅しても良いから雁夜さんと恋がしたい。愛し合いたい”
ソラウお姉さんの中でその欲求がどんどん大きくなっていき、遂に我慢できる限界を突破してしまいました。
「Pannacotta, Gelato?(あの、突然失礼ですが、雁夜さんには奥さんがいらっしゃいますか?)」
そして遂に切り出してしまったのです。禁断の恋愛への第一歩を。
「Koukai Nante Aruwake Nai(残念ながら女性にはとんと縁がなくて恋人もいない独身男です)」
おじさんは頭を掻きながら恥ずかしそうに答えました。おじさんの回答を聞いてソラウお姉さんはとても喜びました。
「Espresso, Cappuccino Caffè Latte(実は私も生まれてからずっと男性と付き合ったことがなくて、両親には早く結婚しろとよく言われているんです)」
ケイネス先生の存在はなかったことになりました。おじさんと仲良くなろうとするのに婚約者を名乗る先生の存在は邪魔でしかありませんでした。
「Konnano Zettai Okashiiyo(こんなにも綺麗でステキなソラウさんが今まで男性と付き合ったことがないなんて、世の男たちは見る目がないんですね)」
おじさんに誉め言葉をもらってソラウお姉さんは心の中でガッツポーズを取りました。
ソラウお姉さんは恋愛をしたことがありません。でも、今かなり良い雰囲気ではないかと感じ取っています。おじさんからの評価は悪くない筈です。
このまま一気に話を推し進めれば生まれてはじめて恋人が出来るかもしれない。そう強く感触を得ました。
ソラウお姉さんは自分の心の衝動に従って更に話を進めていきます。
「Maccherone,,, Penne, gnocchi(あ、あの……出会ったばかりでこんなことを言うとはしたないと思われるかもしれませんが)」
「Hontouno Kimochito Mukiaemasuka?(えっと、一体どうなさったのですか?)」
“私は雁夜さんのことが好きですっ! お付き合いしてくださいっ!”
勇気を振り絞ってそう告げようとした瞬間でした。
“魔術の優劣は血統によって決まる。これは覆すことが出来ない事実である”
ケイネス先生の自信満々な顔がソラウお姉さんの脳裏に浮かび上がってきたのです。
“私が雁夜さんを選んだとケイネスに知られたら……ケイネスは雁夜さんを殺してしまうに違いない”
ケイネス先生はとてもプライドが高いエリート魔術師です。婚約者を他の男に寝取られたと知れば怒り狂うに違いありません。
ソラウお姉さんへの愛からではなく、世間に婚約者を寝取られた男というレッテルを貼られることへの羞恥と屈辱からです。
侮辱されることを嫌うケイネス先生はソラウお姉さんを寝取ったおじさんを誅罰の名の下に殺してしまうに違いありませんでした。
ソラウお姉さんは危険な恋愛によって自分の将来が壊れてしまうのは仕方ないと思っています。でも、その火遊びの結果として初めて恋に落ちた男性であるおじさんが不幸になってはいけないと思いました。
だからケイネス先生の問題を片付けない限り自分の気持ちにばかり正直に生きてはいけないと思ったのです。
それでソラウお姉さんは言葉を選びながら自分の想いを婉曲に伝えることにしました。
「Marco Polo. Divisement dou monde(私はまだ日本に来て日が浅いので日本の地理や文化に疎いんです。よろしければ雁夜さんに色々教えて頂けないでしょうか?)」
交際を申し込むのでもなくデートを申し込むのでもありません。日本に慣れていない外国人女性としておじさんに案内をお願いするというものでした。
でも、やることは結局デートです。ここにソラウお姉さんの願望と遠慮が現れていたのでした。
一方、ソラウお姉さんの葛藤を知らないおじさんは、突然美女にお誘いを受けてウルトラスーパードッキドキ状態でした。
「Kurasuno Minnaniha Naishodayo(俺でよければ喜んでお供させて頂きますっ!)」
こんな美人にエスコートを依頼されたのはおじさんの人生で始めてのことでした。
見れば見るほど綺麗なソラウお姉さんからのお誘いにおじさんはすっかり有頂天になってポォ~としています。
「Tiro Finale(雁夜さんのようなステキなナイトにエスコートして頂けて幸せです)」
「Tiro Finale!!(全力でお守り致しますっ!!)」
おじさんは空を見上げながら感無量の涙を流しています。
ようやく遅い春が来た。おじさんの泣きながらの笑顔はそれを雄弁に物語っていました。
一方、この世の春を満喫するおじさんを凍て付くツンドラ気候の視線で物陰から見ている3人組がいました。
「雁夜くん……そのビッチ臭い女は一体何なの? 淫乱臭しかしないそのメス豚は?」
「雁夜おじさんがお母様以外の大人の女にモテるなんて信じられない……」
「おじさん……浮気はダメだよ……浮気は……死んじゃうんだよ……」
葵お母さん、凛ちゃん、桜ちゃんでした。
3人は吹き飛ばされたおじさんを追って走ってここまで来たのです。そして、ようやく追い付いた所でおじさんとソラウお姉さんの密会現場を目撃してしまったのです。
3人ともおじさんが見知らぬ女性にモテていることを驚いている口調で話しています。でも、その目の訴えていることは違います。
桜ちゃんたちは今すぐにでも襲い掛かっておじさんとソラウお姉さんを殺してしまいかねない迫力ある瞳で2人を見ていました。
「雁夜くん。私という未来の妻がありながら浮気は許さないわよ。でも、その前にあの淫乱泥棒猫を始末してあげなくちゃ。クスクスクス。クスクスクス」
「あの女。私の男に手を出そうとはいい度胸じゃないの。考えられる限り最も残虐な方法で無慈悲に時間を掛けて生まれて来たことを後悔させながら殺してあげるわよ。クスクスクスクス」
「…………クスクス笑ってゴーゴー。クスクス笑ってゴーゴー」
3人は親子でした。
親子であることが一目瞭然であるぐらいに同じ表情をしてクスクスと笑っていました。
そして、同じように病んでいました。
おじさんにかつてない程の凶悪な危機が訪れようとしていました。
綺麗な時臣お父さん、葵お母さん、凛ちゃん、桜ちゃん。ついでにケイネス先生。
果たしておじさんとソラウお姉さんはこの危険極まりない相手を前にして生き残ることが出来るのでしょうか?
そしておじさんとソラウお姉さんの関係はどうなってしまうのでしょうか?
何も知らずに浮かれているおじさん。怒りに満ちている桜ちゃん。
そんな2人を深い深い穴の底から綺麗な顔をした少年が心配そうに覗いていました。
中編に続きます
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