No.351607

はがない クリスマスはリア充も非リア充がうるさい

さあ、クリスマスだ。
心を込めて祝おうじゃないか。愛で地球が満たされますように。
第三段 僕は友達が少ない

クリスマス特集

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2011-12-24 00:45:18 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:3560   閲覧ユーザー数:2991

はがない クリスマスはリア充も非リア充がうるさい

 

 

 いよいよ冬休みが始まろうという終業式の放課後、隣人部の部室でそれは起きた。

「さて、今年も1年で最もおぞましくも腹立たしいこの季節が訪れてしまったわけだが」

 隣人部部長三日月夜空は腹立たしさを少しも隠そうとしない口調で話を切り出した。

「しょっぱなから何を苛立ってんだよ?」

 今日は確か冬休み中の活動について話し合う予定だった筈。いきなり好戦的なのはダメだろうと思う。

「これが怒らずにいられるのものかっ!」

 夜空は大きく首を横に振り、その長い綺麗な髪をまき散らした。

「12月24日。今日は世のリア充どもが1年で最も調子に乗る日なんだぞっ!」

 夜空は音を立てながら両手をテーブルについた。その両手は激しく震えている。

「聞きたくなくても聞こえて来るあのリア充どもの増長ぶりは何だ? 今年は誰と過ごす? 友達? キャハハガキね。私は彼氏と過ごすもんね。羨ましいでしょ。……私は毎年ぼっちに過ごしている。それが悪いかっ! 死ね、尻の軽い蛆虫どもがぁああぁ!」

 夜空が青春を謳歌しているクラスメイトたちをどれだけ嫌っているのかよくわかる怨念篭った嘆きだった。

 まあ、こんな考え方しているからいつもぼっちなんだろうなあとは思う。けど、それは言わない。本人には告げない。それが大人の優しさというものだろう。

「きゃははははは。うんこ夜空はそんな風に捻くれているからいっつもぼっちなんだ。ば~かば~か。うんこ夜空のぼっち~。きゃはははは」

 大人になれない教師がいた。まだ10歳だけど。

「とにかくだっ!」

「ひゃぁああああぁっ!?」

 夜空はマリアの指摘を大声と勢いで吹き飛ばした。

「私は今日という日が1年で一番嫌いだ。今日はしゃいでる奴らはみんな死ねば良いっ!」

 夜空は言い切った。大きな声で廊下に聞こえるように清澄な声で言い切った。

 本当に嫌いなんだな、クリスマスが。

 

「あたしもクリスマスはちょっと好きじゃないわね。夜空みたいに極端に嫌ってる訳じゃないけれど」

 夜空の言葉を継いだのは星奈だった。

「どうしてだ? 星奈の家はお金持ちなんだし、毎年豪華なクリスマスパーティーを開いてそうなイメージがあるんだけどなあ?」

 この際、星奈に友達がいないことは指摘しない。それが大人の優しさ。でも、家族でパーティーというのも十分楽しいと思うのだが?

「だからよ」

 星奈は嫌そうに目を細めた。

「クリスマスは毎年パパの会社主催のパーティーに参加するのだけど、知らないおじさん、おばさんに挨拶しっ放しなの。飲み物を口にする暇もないのよ。ウンザリしちゃう」

 大きな溜め息が星奈から漏れ出た。

「お嬢さまも大変ってヤツだな」

 ブルジョワ界には俺にはよくわからない悩みがあるらしい。飲み物も飲めないって、おじさんはどれだけパーティーに人を呼んでるんだ?

 いや、あの一見無愛想なおじさんのことだ。招かれた人もおじさんとでは会話が続かなくて星奈の所に寄って来るのかもしれない。

 もしくは早々に酔い潰れて星奈がホスト代わりの役割を任されてしまうのかもしれない。

 どちらにせよ、クリスマスが星奈にとっては面倒な仕事日であるのは間違いなさそうだ。

 

「ああ、クリスマスパーティーの面倒さなら理科もわかります」

 理科が手を挙げて星奈に続いた。

「理科もなのか?」

「はい。理科も色々な企業さんに技術協力したり、スポンサーになってもらっているのでクリスマスパーティーに呼ばれることが多くて、断れないんですよね」

 理科は大きく溜め息を吐いた。

「理科の実態はエロいことしか考えてない普通の腐女子高生ですが、世間的には天才美少女コンタクトレンズ科学者で通っています」

「ボケる箇所は1つに絞ってくれ。ツッコミが追いつかない」

 理科は天才の癖にボケの繊細さがまるでわかっていない。そう心の中でツッコミを入れておく。

「それで、パーティーに行くと未成年ということもあってやたらとチヤホヤされてしまうのですが、基本引き篭もりで対人恐怖症の理科には苦痛でしかありません」

「まあ、善意からの行動とはいえ辛いよな」

 理科は満員電車の人に酔うレベルの人ごみ嫌いだからなあ。

「理科はクリスマス・イヴの晩は心静かに幼女拉致監禁陵辱調教モノのエロゲーを窓を開けっ放しにして5.1立体サウンドのステレオで音声最大にしてやっていたいのに。面倒です」

 理科はうな垂れながら大きく溜め息を吐いた。

「理科には是非、今年も忙しく人の波に揉まれて過ごして欲しいぞ」

「先輩酷いです!」

 コイツ、小鳩やマリアもいる部室でなんつー不穏当なことをほざきやがる。

 

「私もクリスマスはお仕事いっぱいだぞぉ」

 理科の言葉を更に繋いだのはマリア。

「そういやマリアはシスターだもんな」

 普段はコスプレ程度にしか認識していないが、マリアは立派なシスター。この聖クロニカ学園の先生でもある。

「クリスマスは大きなミサがあるからな。その準備で私も1日中大忙しなのだ」

 マリアは胸を張った。

「具体的には何をしてるんだ?」

「フッフッフ。聞いて驚くがいい」

 マリアは随分ともったいぶっている。よっぽど大層な仕事を任されているのだろうか?

 こんな子どもでも先生だからな。あり得るかもしれない。

「私は誰も入って来ない倉庫で、使わない備品の数をチェックするという崇高な役割を請け負っているのだぁ~」

 マリアは高らかに宣言した。

 静まり返る部室。気まずい雰囲気が辺りを包み込む。

 その中で星奈がつい口を滑らせてしまった。

「誰も入らない倉庫で使わない備品をチェックって……」

「つまり、役立たずだから邪魔にならない所に追放されているってことだろう」

 そして夜空が子どもに告げてはならないことを平然と言ってしまった。

 今日の夜空はパネェ。マリアに対する愛情がいつもより5割減だ。

「何をするのだ、吸血鬼っ! 何も聞こえないじゃないか!」

 と思ったら、小鳩がマリアの耳を押さえていてくれた。

「小鳩……」

 嬉しくなって小鳩の頭を撫でる。

「あんちゃん」

 小鳩は気持ち良さそうに目を細めた。

 

「小鷹はクリスマスをどうやって過ごしているの?」

 星奈から質問が飛んで来た。

 考えるまでもなく、俺のクリスマスの過ごし方は昔から1つしかなかった。

「俺は毎年家族とクリスマスパーティーしていたな」

 小鳩の顔をジッと見る。

「父さんは仕事で忙しくて大体は小鳩と2人きりのパーティーが多かった。けど、それでも2人で飾り付けして料理作ってケーキを切って。ささやかだけど楽しい時間を過ごしていたさ」

 俺たちは幼い頃から転校を繰り返していたので友達のクリスマスパーティーに呼ばれることもなかった。

 だから俺にとってクリスマスは小鳩と2人で過ごす日。いつの間にか自然とそう決まっていた。

「クックック。今宵は我が半身が最高の供物を捧げて我をもてなす日。我の為に1年間磨いてきたその料理の腕を存分に奮うが良い。なに、神など恐るに足りぬ。クックックック」

 偉ぶる小鳩はいつもより嬉しそう。

 そうだ。俺たち兄妹にとっては今日は2人の絆を確かめる大切な日だ。

「……と2人きりでクリスマス。いいなあ」

 星奈が指をくわえながら羨ましそうに俺たちを見ている。

「まあ、小鳩が大好きな星奈から見れば、いつも一緒にいられる俺は羨ましいよな」

 星奈が急に驚いた表情を見せた。

「えっ? そうじゃなくて、小鷹と一緒にいられる小鳩ちゃんが羨まし……じゃないわよっ!」

 星奈は大きな声で吠えた。

「そうよ。あたしは小鳩ちゃんと一緒に2人きりでクリスマスを過ごせるアンタが羨ましいだけなんだからね! 他の意味なんてないんだからね!」

「わかってるって。他に意味なんて取りようがないだろうが」

「全然わかってないじゃないのよ~っ!」

 星奈は涙目になって非難の視線を俺に向けてくる。一体何故なんだ?

 

「幸村はどうなんだ?」

 星奈の理由不明の非難の視線に耐えられなくなって幸村へと話を振って顔を背ける。

「真の日本男児たるもの、異国の宗教の祭りで浮かれてなどいられません」

 かなり予想通りの答えが返ってきた。

 きっとコイツはクリスマスとは無縁に生きてきたのだろう。

 幸村が日本男児云々言うのは両親の影響らしいのだが、極端に日本にこだわらなくてもなあと思う。そもそもコイツの唱える日本観は勘違い西洋人並に偏ってるし。

「だけどクリスマスを受け入れて楽しむぐらいの余裕がないと度量の大きな日本男児にはなれないぞ」

「あにきがそうおっしゃるのなら」

 そして幸村は非常に素直だ。だからこそ教育方針を間違えちゃ絶対にいけないんだよなあって強く思う。

「今年からはサタンを崇拝し、この世に混沌が訪れることを熱心に祈ることにします」

「クリスマスに対する見識が基本的におかしいからな。幸村」

 幸村の両親は、コイツをクリスマスから引き離す為にどんだけ嘘を吹き込んだんだ?

 

「そういう訳で、今日という痛ましい日を羽瀬川兄妹だけは楽しく過ごしてきた悪のリア充であることが判明した訳だが」

 夜空のキッツい視線が俺を射抜く。今日の夜空は本当に好戦的で困る。そんなに嫌いなのか、クリスマスが? 

 嫌いなんだろうなあ。

 まあとにかく、ここは懐柔策に限るな。部室の空気をこれ以上悪化されては堪らない。

「そんな風に苛立ってないで、夜空もリア充の仲間入りを果たせば良いじゃないか」

 今までの夜空は確かにぼっちだったのかもしれない。

 けれど、今年は隣人部のみんながいる。ぼっちで過ごす必要なんかどこにもない。

「そ、そ、それは……小鷹が私をクリスマスデートに誘いたい。そういうことなんだな?」

 夜空が急に頬を染めながら体を捻って恥ずかしがり始めた。

「へっ?」

 夜空は一体何を言っているんだ?

「わ、私だって一応は年頃の乙女なんだ。知っているぞ。小鷹は私と2人きりで映画館だの、水族館だの、遊園地だの、喫茶店だの行きたいのだろう。そして、周囲のリア充どもの雰囲気の力を借りて私にきっ、きっ、キスするつもりなのだろう! クリスマスデートとはそういうものだろう? 小鷹は私を悪のリア充に堕落させたいのだな! 破廉恥な!」

「あの、何をおっしゃっているのですか、夜空さん?」

 夜空が顔を真っ赤にしながら変な妄想に浸っている。うん、困った。今日の夜空は本気で始末におえない。誰か、援軍を求む。

 

「甘いです。甘過ぎですよ、夜空先輩っ!」

 言葉を繋いだのは理科だった。

 うん、援軍どころか敵の増援にしかならない気がする。

「夜空先輩はクリスマスにデートに誘う男の欲望を甘く見過ぎです!」

「なんだとっ!?」

 いかん。夜空と理科がハーモニーを奏でながら残念な方向にひた走ろうとしているのが凄く良くわかる。最悪な敵の増援だった。

 だが、無力な俺に2人を止める術はなかった。

「クリスマスのリア充はエロいことしか考えてないと固く信じて疑わない非リア充のアキバボーイな普通の男子高校生500人にアンケートした所、なんと100%の回答率で、クリスマスにデートする男はエロいことをするのが目的だと答えたのです!」

「なんとっ!? そ、それでは小鷹はわ、私のか、か、体が目当てだと言うのかっ!?」

 夜空は全身真っ赤に染まりながら両腕で自分の体を抱きしめた。

「より正確には夜空先輩の体だけが目当てだと言えるでしょう。クリスマスが終わったら夜空先輩はポイされますね。万が一子供が出来ても当然認知してもらえません」

「かっ、かっ、体だけ、だとぉ~~~~~~っ!?」

 夜空の声に怒気が含まれていく。

 まだ一言も喋っていないのに、俺はどんどんスケコマシの最低野郎に貶められていく。

「だ、男女の交際とはもっとプラトニックなものではないのか?」

「お子ちゃま過ぎですよ、夜空先輩は。男はみんな狼。これが唯一絶対の真理です」

 何故か楽しそうに笑う理科。夜空の全身がガタガタと震え始める。

「先程の話を総合するに、クリスマスに最も悲しい思いをして来たのは夜空先輩で間違いありません。小鷹先輩はその心の隙に付け入ろうとしていますね。悪党の鑑です」

「小鷹が、そ、そんな……」

「小鷹先輩はぼっちで拗ねている夜空先輩なら簡単に落とせると踏んだのでしょう。そして夜空先輩をデートに誘い、陵辱し、立派な肉奴隷に仕立て上げるつもりなのです」

「小鷹の誘い、嬉しかったのに……そんな鬼畜なことを企んでいたなんて……嬉しかったのに……小鷹のバカぁっ!」

 夜空は今にも泣きそうな表情をしながら両腕で必死に自分を抱きしめている。

 今日の夜空さん、本気で面倒くさい。

 ていうか、別に俺は夜空をデートに誘っていない。大体デートって恋人同士がするものだろうが……。

 

「あのなあ、理科」

 クリスマスのストレスで情緒不安定になっている夜空に良からぬデマを吹き込む理科に文句を付けることにする。

「という訳で小鷹先輩。デートに誘うなら夜空先輩ではなくて理科にしてください♪」

 文句を述べる前に先手を打たれてしまった。

「理科なら心の隙なんか付かなくても、いつでも先輩に全てを捧げる覚悟をしてますから~~。カモン、下種な野獣っ♪ レッツ、肉奴隷ですよ~~っ♪」

「俺が鬼畜キャラだという前提から離れろ」

 理科の中で俺は一体どういうキャラ付けになっているのか。いや、コイツのエロ願望がそのまま反映されているのだろうけど。

「さあ、先輩。理科と2人でリア充の恋人たちでさえも届かないユニバースな世界へと飛だちましょうっ! エクス・ユニバ~~~~~~スっ!!」

「ひとりで勝手にイスカンダルまで行ってくれ」

 理科もクリスマスのストレスでいつも以上に情緒不安定なのかもしれないな。うん。そう考えよう。

 

「どうして、夜空や理科はデートに誘うのにあたしは誘ってくれないのよ……」

 今度は星奈がイジケた声を出した。唇を尖らせて如何にもイジケてますって表情を浮かべている。

「あのなあ、俺は夜空も理科もデートに誘った覚えはないぞ」

 どうせコイツも俺の話を聞いてくれないのだろうなあと思いながら星奈の出方を見る。

 そして、事実そうなってしまった。

「……なによ。小鷹が望むんならあたしだって何だってしてあげるのに……責任、ちゃんと取ってくれるなら」

 星奈は俯いたままブツブツ何かを呟いている。予想は裏切らず期待には少しも届かない完璧な対応。

 ああ、残念ってどうしてこう人の話を聞いてくれないんだろう?

「あにき……あにき……」

 幸村に制服の袖を引っ張られる。

「何だ?」

「あにきにクリスマスの過ごし方を教えて頂きたく思いまして」

 幸村がジッと俺の顔を覗き込んでくる。

「そうだな。幸村は変なクリスマス観を持っちゃっているからなあ。世間一般のクリスマスを体験するのは重要だよな」

「はい。あにき」

 まあ俺も小鳩と2人で過ごすクリスマスばかりだったから、世間一般のクリスマスはよく知らないのだけど。

「小鷹先輩が理科たち美少女じゃなくて、幸村くんを選択するなんて。それはつまり、男同士の熱過ぎる堀~り~ナイトの到来。小鷹先輩が幸村くんに教えるいけない性夜。飛び散る汗と汁がホワイトクリスマスを彩って……ホーリ~~エクスカリバ~~っ!」

「理科。それ以上の発言の継続は二酸化炭素の排出規制に引っ掛かるぞ」

 黙って欲しいな、永遠に。

「私もお兄ちゃんと一緒にクリスマスを過ごしたいぞ」

「う~。あんちゃんはウチと一緒にクリスマスするの」

 マリアのキラキラした瞳と小鳩の泣きそうな瞳が俺を向く。

 

 泣きそうな瞳の夜空と小鳩。イジケた表情で俺を見る星奈。ユニバースな方向に逝っちゃっている理科。瞳を輝かせているマリアと幸村。

 何故だ?

 一体どうしてこうなった?

 俺はただ、みんなで一緒にクリスマスを楽しく過ごせれば良いと思っただけなのに。

 みんなで一緒に。

 ……そうだっ!

「どうせだから、みんなでクリスマスパーティーしようぜ」

 俺は最善の提案をした。その、つもりだった……。

 

 

 結局今夜は俺の家で隣人部主催のクリスマス・パーティーを開くことになった。

 

「俺はパーティーするのは構わないのだけど、みんなの予定は大丈夫なのか?」

 俺の提案に対して頬を膨らませて不満顔をして見せたのは小鳩だった。

「ウチ……あんちゃんと2人きりで過ごしたいのに……」

「そんなこと寂しいことを言うなよ。みんなで過ごせばもっと楽しい夜になるって」

 小鳩の頭を撫でる。

 小鳩は人見知りが激しいから、こういう機会にもっと人と接することに慣れさせておかないとな。

「う~……っ」

 不満の声を上げているものの、どうやら納得してくれたらしい。まあ、誘っているのが隣人部の部員だから小鳩ももう十分に馴れているだろうし大丈夫だろう。

「わ、私はクリスマスはいつも年中無休で暇をしているからな。小鷹がどうしてもと言うのなら行ってやっても良いぞ」

 クリスマス・パーティーの提案に一番浮かれているのは夜空だった。

 今日の夜空さん、躁鬱の差がマジパネェ。よっぽどクリスマスに苦しんで来たのだろうなあというのが傍目からでもよくわかる。

 普段ならここで夜空をからかってやるのが隣人部のあり方だろう。が、今日は星奈でさえも夜空に絡まない。今日の夜空が抱えている地雷の威力を考えれば当然の措置だった。

「ああ、夜空もパーティーに参加してくれると嬉しいぞ」

「そうかそうか。小鷹はクリスマスを楽しむのに私が必要なのだな。うんうん。仕方ないなあ」

 妙に上機嫌の夜空。でも、その裏側を散々見せられた俺たちは遠巻きに彼女を見守るしかない。

「あにきのパーティーに参加させて頂いてもよろしいでしょうか?」

 幸村が控えめに手を挙げる。

「ああ、勿論大歓迎だ」

 幸村にこれで普通のクリスマスを教えられる。

 これでパーティーの参加者は俺、小鳩、夜空、幸村の4人になった。

 後の3人は、ミサやパーティーという仕事持ちな訳だが……。

 

「星奈は今年も理事長主催のパーティーがあるのか?」

「そ、それは……」

 星奈は言葉を濁した。

 その複雑な表情から察するに今年もパーティーはあるらしい。主催者の娘である星奈が容易にそのパーティーを抜け出られないことは俺にだってわかる。

 星奈は寂しがり屋だからみんなと一緒にパーティーしたいだろうに。

「肉は社長令嬢としての仕事があるだろうから隣人部のパーティーには来なくて良いぞ。何、こちらのパーティーはごくごくささやかな庶民イベントだ。お嬢様の肉的には何の価値もなかろう」

 夜空は星奈を見ながらニヤニヤ笑った。ついで、俺と小鳩の手を握ってみせた。

 今日の夜空さん、マジで勘弁して下さい。いつものクールキャラが完全に崩壊しちゃってますってば!

「なっ、なっ、なぁ~~っ!?」

 挑発された星奈は当然怒り心頭になった。

 せっかくのクリスマスなのにそんなに争ってばかりでどうする?

「私は小鷹と小鳩と楽しく過ごす。そして、肉よ。お前は知らない中年どもに囲まれて似非セレブ気分に浸っているが良いさ」

「フッザケんじゃないわよ~~っ!」

 怒った星奈は携帯を取り出して、どこかに電話を掛け始めた。

「あっ、ステラ? あたしだけど」

 星奈が電話しているのは、柏崎家家令のステラさんのようだ。

「今日のパパ主催のパーティーってさ……絶対出ないと、ダメ?」

 なるほど。パーティーに行かなくて済む道がないのかステラさんに確かめている訳か。

「えっ? 何でですかって言われても……こ、小鷹の家のクリスマス・パーティーに呼ばれたのよ。せっかく誘われたのに、い、行かないのも悪いじゃない……」

 星奈は拗ねたように口を尖らせた。

「へっ? そういうことならお任せ下さい? 理由はこちらで作ります? 今夜は小鷹の家に泊まって頂いて結構ですって……何か誤解してるんじゃないのっ!?」

 星奈の顔が真っ赤になった。

「えっ? テレビを付けて下さい? 何で?」

 星奈は半信半疑ながらも部室に備えられている大型テレビのスイッチを入れた。

 テレビ画面ではニュース速報が流れていた。

 

『たった今入ったニュースです。モテ男撲滅の為の武力介入組織フラレテル・ビーイングの次のテロ標的が遠夜市の聖クロニカ学園及び柏崎グループであることが判明しました。これは、フラレテル・ビーイングの遠夜支部局長を名乗る人物より当テレビ局に直接送られた犯行声明であり、信憑性は高いと思われます。フラレテル・ビーイングは本日、日本全国で活発なテロ活動を繰り広げておりその被害者は多数に及んでいます』

 

 何か、凄いニュースが流れていた。

「えっ? たった今、パパの会社から本日のパーティー中止の知らせが届いたって。小鷹の家のパーティーに参加しても良いって? べ、別に小鷹と過ごせるからって喜んでなんかないわよ!」

 顔を再び真っ赤にする星奈。まあ、星奈が来られるようになったのは良いことだった。

 それにしてもステラさんが示した解決策は斬新過ぎる。後で狂言だったとバレたらどうするつもりなのだろう?

「そんな些細なミスはしませんよ、だってさ。小鷹、一体何のことかしら?」

「とりあえず電話越しに俺の心を読むのは止めて欲しいな」

 ステラさんについて余計なことを考えるのは止めよう。

「あっ。今、理科もメールをもらいまして、テロ発生の可能性があるので参加予定だったパーティーは中止になりました。これで理科も小鷹先輩の家にエロいことをしに行くことができます」

「エロいことをするんじゃないからな♪」

 何にでもエロに結びつける理科はあまり相手にしないに限る。

 

『教員室より緊急放送です。本日、フラレテル・ビーイングを名乗るテロリスト組織により我が学園に対するテロ予告が届きました。万全を期する為に、本日当学園で予定されていたクリスマスミサは中止とし、全校生徒、教師、職員はただちに下校してください。役立たずシスターもです。むしろ永遠に学園を辞めて頂いても結構です』

 

「おお~。お兄ちゃん、私もクリスマス・パーティーに行ける事になったぞ♪」

「…………ステラさんの素敵なクリスマス・プレゼントに感謝って所だな」

 俺は、難しいことを考えるのを止めた。

 こうして何はともあれ隣人部は全員が俺の家でのクリスマス・パーティーに参加することになった。

 

 

 

「お前ら、何でパーティーしに来たのにそんな点でバラバラな行動ばっかり取るんだよ?」

 料理の支度をしながらリビングの現状を見聞して溜め息を吐く。

 夕方、一回自宅へと戻っていった部員たちが羽瀬川家へとやって来た。

 それは、良い。

 みんな、主張しないけれどお洒落して来てくれたのも良い。

 羽瀬川家がこんなに華やいだのも初めてのことだ。

 やっぱり可愛い女の子が何人もいるというのはそれだけで心が高揚する。

 って、何かおっさん臭いことを考えているな、俺は。

 まあ、とにかくみんながお洒落して来てくれたまでは良かったんだ。

 問題はその後だった。

 俺が食事の準備をしている間(ちなみに隣人部の面子は俺以外誰1人として料理が出来ない。料理は女の仕事なんては全然思わないが、せめて自炊ぐらいは出来るようになって欲しい)、みんなには 何かして待っていてもらうことになった。

 で、だ。

 まあ、後は詳しく述べる必要もないだろう。

 残念のスペシャリストたちは、各々がその協調性のなさをフルに発揮してくれている。

 星奈は持参したハードとソフトでギャルゲーをプレイ中。周りは一切見ない。

 夜空はオヤジが置いていった小説を引っ張り出して読書中。周りは一切見ない。

 幸村はミニスカ・サンタ仕様で何もせずにただ扉の横に突っ立っている。誰に話し掛けることもない。

 理科は俺の部屋に侵入してエロ本を発掘しようとするので縄で縛り上げてリビングの片隅に転がしている。SMプレイですね♪と五月蝿い。やっぱり周りに声を掛けない。

 小鳩とマリアはいつものように吸血鬼と神の僕ごっこで喧嘩中。

 唯一他人と何か一緒にやっているのが最年少組の小鳩とマリアしかいない。しかもそれも喧嘩。

 やっぱり隣人部の部員の場合、他人との協調性がなさ過ぎる点が友達いない一番の原因だとよく思う。

「小鷹先輩にこんな風にSMプレイを強いられるなんて……理科は、理科はぁ……強いられているんだぁ~~~~っ!!」

 そして、大なり小なり残念な思考回路しか持たないからみんなに嫌がられるのだ。友達がいない理由を自分の中に求めないとコイツらは一生このままな気がする。

 

「けどまあ、大暴れされたり料理の邪魔をされるよりも数段マシ、か」

 よく勘違いされるが隣人部の面々は基本的に非社会的なのであって、反社会的ではない。反社会性を個性とみなす傾向の強いラノベや漫画のヒロインたちと現実の彼女たちはその辺で一線を画している。

 隣人部の面々は基本的に自己完結した世界に生きているのだ。他人に迷惑を掛けることを望んでいない。それ以前に他人に関わるのがどうしようもなく煩わしい連中なのだ。

 マリアや小鳩はまだそのことを自覚していない。出来れば自覚することなく、外側に目を向けられる人間になって欲しい。

 一方、高校生ともなると残念な自分に対する自覚が強くなってくる。

 その筆頭が夜空と理科だ。

 2人は非社会的な自分を堂々と認めている。その為の理論武装も強固に行なっている。夜空は社会の盲点を突き崩し、理科は自分を嗤ってみせることで自分を強固に守っている。

 一方で、自分に対する探求が足らず葛藤に晒される場合が多いのが星奈だ。早い話、マリアや小鳩が自分の残念さを追究することなく大人になっていくと星奈のようになる。

 自分がまともであると信じている分だけリア充たちとのギャップがどこから生じるのかよくわからず思い悩む。自覚なき残念の不幸の典型例とも言える。

 一方、幸村の場合は更に話が複雑になる。幸村は我が強い。というか、日本男児たらんとする執着がもの凄く強い。一方でその日本男児の実現方法に関しては他人の意見を柔軟に受け入れる。というか基本的に人を疑うことを知らず素直な奴なのだ。

 強情と素直が絶妙なハーモニーで絡まって残念な方向へと走っている。その結果がメイド服であり、女モノの水着と言える。

 その残念な結果は幸村が望む評価を得られない事態を招き、より強固に初期目標を達成しようとより残念な方向に幸村を走らせる。

「まあ俺も、他人のことは言えないのだけどな……」

 俺は自分が人から怖がられている原因がこの怖い外見にあることを知っている。それも10年以上前から。

 にも関わらず、俺はその問題点を現在まで克服できていない。

 髪を黒く染めれば良いのはわかってる。でも、この髪の色は母さんとの絆だから弄りたくない。

 笑顔を振り撒いて敵意がないことを示そうと一生懸命努力はしている。けれど、俺が笑顔を見せる度にそれを見た人間は引き攣った表情を見せながら遠ざかっていく。

 意地っ張りで空回り。なるほど、俺は幸村と似ているのかもしれない。幸村が俺をあにきと慕うのも、アイツは本能的に俺との類似性に気付いているからなのかもしれない。

 

「結局おれたちは、ありのままの自分ってヤツを守ろうとして苦しんでるんだろうな」

 “ありのままの自分”を受け入れてもらうのは難しい。少なくともそういう困難によく直面してしまう類の人間は世の中にいる。

 そんな時、受け入れられて貰えるように自分を変えていけるヤツを社会適応能力の高い人間とか世渡り上手とか呼ぶのだろう。

 一方でそれをやらない、出来ないヤツもいる。やらない理由は人それぞれだろう。けど、他人から不利益を被っても守りたいものがあるからなのは確かだろう。

 結局おれたちは、知らず知らずの内に面倒くさい選択をしているのだ。そして残念な俺たちは、自分が選択を強いられていることに自覚的にならざるを得ない。

そういうことなのだ。

「残念って、大変な生き方だよなあ」

 大きく溜め息が出た。

 

 

 

「先輩。ケーキ買って来ましたよ♪」

「あにき、飲み物を買って来ました」

「おう。2人ともご苦労さん」

 買い物担当の2人が帰ってきた。これでパーティーの為の準備は全て整った。

「ああ~♪ SMプレイを強いられたと思ったら、今度は野外放置プレイを強いられるなんて……理科は、理科は……ペガサスファンタジ~~~~っ!!」

「幸村、理科が買ってきたケーキをこっちに運んでくれないか?」

「はい」

 妄想プレイに浸っている理科の邪魔をするのは悪い。というか相手にしたくない。みんなお腹を空かせて待っているんだしな。

 リビングに戻ると、パーティー用に出したテーブルの周りに不機嫌な顔をした夜空と星奈、大はしゃぎしているマリアと小鳩が座っていた。

「お兄ちゃんお兄ちゃん。私がやった飾り付けはどうだ? 吸血鬼より綺麗だろう?」

 マリアが飛び付いてきた。

 部屋の中を見ると、天使を模したらしいテルテル坊主がクリスマスツリーや壁に大量に釣り下がっている。

「ああ、綺麗だぞ」

 マリアの頭を撫でる。

「えへへへへ」

 マリアの飾り付けはどう見ても晴れ乞いの儀式にしか見えない。けど、マリアが一生懸命にしてくれたことには間違いない。

 その気持ちが嬉しい。

「あんちゃんあんちゃん。ウチの飾り付けは?」

「ああ、勿論小鳩のも綺麗だぞ」

 小鳩は自分の部屋から持ち出した、カボチャだのコウモリのストラップを飾り付けてくれた。

 どう見てもハロウィンの飾り付けだが、妹が一生懸命にしてくれたことには間違いない。

 その気持ちが嬉しい。

「ありがとうな」

「えへへへへ」

 左手で小鳩の頭を撫でる。

 

「私には何か賞賛の言葉はないのか?」

「そうよそうよ。パーティーの準備はみんなで分担してやったじゃない」

 夜空と星奈が不満丸出しの瞳で俺を見る。

「何の役にも立ってないお前らにどんな言葉を掛けろと?」

 対して俺は微笑んで返してやる。

 2人の役目は調理補助だった。だが、まあ、何の役にも立たなかったことは今更説明するまでもないだろう。

『このあたしが味見を手伝ってあげるんだから感謝しなさいよね』

 星奈は台所の中で足を組んでふんぞり返って座り、俺が作る料理にダメだしするだけだった。俺は家事を担当している普通の高校生で、三ツ星レストランの味なんか出せるかっての!

 ちなみに星奈は皿の1枚も出してくれなかった。

『私は調理実習の際には窓際で外を向いて立っているのが仕事だったのだ』

 夜空は台所の窓を開けてずっと外を眺めていた。憂いを帯びた表情で何をお願いしても自分に浸って動いてくれなかった。

 ちなみに夜空は皿の1枚も出してくれなかった。

「ほらほら。自分からフラグへし折っちゃった残念な先輩たちは放っておいてパーティーを始めましょう」

 いつの間にか復活した理科が背中を押してくる。

「そうだな。せっかくの人生初の賑やかなクリスマス・パーティー。楽しまなきゃ損だもんな」

 理科と幸村と共に買ってきてもらったものをテーブルへと並べる。

 夜空と星奈が何か言いたそうな瞳で俺を見ているがこの際気にしない。

 準備は1分と掛からずに完了した。

 

「ええ~と。じゃあ、これから隣人部クリスマス・パーティーを始める訳なんだが……どうすれば良いんだ?」

 小鳩以外とクリスマス・パーティーなんてしたことがないのでどうすれば良いのか手順がわからない。

 とりあえずこの場で最もパーティーに場馴れしていそうな星奈を見る。

「とりあえず小鷹が開会の挨拶をすれば良いんじゃないの? ホストの一番大きな仕事でしょ」

「公式パーティーっぽい回答だな」

 まあ、星奈が出るのはみんな理事長絡みの公式行事だろうからその認識は間違っていないのだろうが。

 しかし困った。

 挨拶って何を喋れば良いんだ?

 確か、テレビだとこういう時の挨拶の仕方は……

「え~、本日はお日柄も良くお忙しい所をわざわざお越し頂きまして大変ありがとうござ……」

「後略だ」

 夜空が俺の挨拶を打ち切った。

「あのなあ。せっかく俺が一生懸命考えて挨拶をだ……」

「ホストの挨拶は無事終了したわ。次行きましょう」

「俺に挨拶しろと言ったのは星奈の方だろうが!」

 こんな切なくなるような後味の悪い挨拶を俺にさせるな。

 

「はいは~い。次は順番的に新郎新婦の入場ですよね」

「それは結婚式の話だろうが」

 新郎新婦がいなけりゃクリスマス・パーティーをやってもいけないのか?

「でもでも、ここには理科が買ってきた美味しそうなホールケーキがありますよ?」

「だからどうして結婚式に結び付くんだよ?」

「だって、それは即ちケーキカットを行うということでしょ? ケーキカットといえば夫婦の初めての共同作業って相場は決まっているでしょう?」

 理科は首を捻った。

「その理屈で言うと、ケーキ屋さんは毎日結婚を繰り返さないといけないのだが?」

「それじゃあ、さっき理科が訪ねたケーキ屋のおじさんは結婚詐欺師だったと!?」

「違うだろうっ!」

 漫画に出てくる天才と実際の天才の違い。

 それは、漫画の天才があらゆる分野に等しく秀でた人間であるのに対して、実際の天才はある特定の分野に偏って優れた才を示す。

 きっと理科の国語の成績は並かそれ以下なんじゃないかと思う。

「そう言えばさっきのケーキ屋のおじさん、大学生っぽいバイトのお兄さんを見る目が怪しかった気がします。それは、そういうことだったんですね~~~~っ!」

「それは結婚詐欺師にさえならないぞ」

 でもやっぱり、天才は見える世界が普通の人間とは違うんだろうなあとよく思う。頭が良い悪い以前に見えている世界が違うのだ。

「ケーキ屋のオヤジが大学生のアルバイト男を狙っているかは後で聞くとしてだ」

「聞くのかよ!?」

 やっぱり今日の夜空さんは普段よりも1本ネジが外れている。クリスマスの威力マジパネェ。

「それより重要なことがある」

「何がだ?」

 夜空は一体何を言おうとしているのだろう?

 そして俺は考え込んでから後悔した。

 今日の夜空に喋らせてはいけないと嫌になるほど思い知って来た筈なのに、また喋らせていることを。

 

「新郎新婦によるケーキカット。新郎は男が小鷹しかいないから決まりとして……新婦は、誰なんだ?」

 

 そして案の定、夜空は爆弾を落としてくれた。

「はいはいは~いっ! 小鷹先輩のお嫁さんは将来本当に夫婦になる理科に決まって……ブフォッ!?」

 理科のお腹に夜空の容赦ない肘鉄が決まった。

「お、おいっ。大丈夫か?」

 理科が幾らM気質の持ち主とはいえ、今の一撃はさすがに不味いだろう。

 慌てて理科を介抱しようとする。が、夜空の飢えた野獣を連想させる怖い目で睨まれて近付けない。

 そして理科は呻きながら声を上げた。

「り、理科……あ、あ、新しい世界に目覚めてしま……イスカンダル~~~~~っ!」

 介抱する必要はなさそうだった。でも代わりに理科の今後の人生が心配だ。

「ちょっと! 暴力で小鷹を独り占めしようなんてあたしが許さないんだからね!」

 理科の悲劇、いや喜劇を見たにも関わらず星奈が立ち上がって抗議する。

「何だ、肉? お前はそんなに小鷹のお嫁さんになりたいのか? そんなに共同作業がしたいと?」

 パネェ状態の夜空が今度はその攻撃の矛先を星奈に向けた。いつものように星奈の逆上を誘ってそこを攻める気だ。

 夜空に挑発された星奈は当然共同作業をしたくないと答えるだろう。で、夜空はだったら邪魔するなと言いつつ星奈を更に攻撃するに違いなかった。

 

「そうよ! 小鷹のお嫁さんはこのあたしっ! ケーキカットはあたしと小鷹でやるの!」

 

「「へっ?」」

 星奈は予想外の答えを返した。その返答に俺も夜空も驚いた。

「フッ! どう、夜空? あたしはきちんと答えてやったわよ」

 高校生とは思えない豊かな胸を逸らしながら星奈が堂々と言い切った。

 なるほど。敢えて夜空の予想の裏を行く回答を出してみせた訳だな。

 それ以外の深い意味はまるでないと。うん。……ないんだよな?

「フッ。肉にそこまで挑戦状を叩き付けられてしまっては私も退けんな。小鷹のお嫁さんになるのはこの私だっ!」

 夜空も星奈に付き合っているだけだな。うん。……冗談、だよな?

 ここは俺も2人のお遊びに付き合ってやるのが諍いを収めるには適切だろう。

「フッ♪ 2人とも、俺の為に争わないでくれよ」

 前髪を掻き揚げる。一度やってみたかったんだよなあ、モテ男の役。

「で、小鷹はあたしと夜空のどっちを選ぶの?」

「そうだ。どちらをお嫁さんに選ぶつもりなのだ?」

 2人から強烈なプレッシャーと鋭い視線が突き刺さってくる。

 でも、負けない。

 夜空と星奈の争いを止めるには俺がビシッと言うしかないんだ!

「おいおい。何を言ってるんだ。2人とも俺のお嫁さんにしてやるぜ。大丈夫。平等に可愛がってやるから心配するな」

 3人でケーキカットすりゃ丸く収まるだろ。

「「なぁ~~っ!?」」

 2人は同時に揃って大声を上げた。

「2人のどっちかが本妻になるか揉められても困るからな。本妻は幸村ってことで。あははははは」

 これだけ冗談を並べれば2人の雰囲気も直るだろう。

「あにき……ポッ」

 幸村も照れたフリをしちゃって今日はノリが良いなあ。

 そして、次の瞬間、俺は雰囲気を柔らかくすることに失敗したことをこの体で知ることになった。

「せっかく勇気を振り絞ったのに……小鷹のバカァああああああああああああぁっ!!」

「やっぱり、私の体だけが目当てだったんだなぁああああああああああああぁっ!!」

 2人の息の合ったストレートを食らい俺は宙を舞いました。

 俺は、何を間違えてしまったのでしょうか?

 よくわからないまま、俺の意識は反転して闇の中へと引きずり込まれていったのでした。

 

 結局ケーキは小鳩とマリアが神と悪魔の和解儀式と称して切ったらしい……。

 

 

 

「米に洗剤を入れて研ぐのは止めるんだぁあああああああああああぁっ!!」

 目覚めの気分は最悪だった。

 夢の内容はよく覚えていない。が、最悪を極めたおぞましいものであったことだけは覚えている。

 こんなにも寝汗をぐっしょり掻いているのだから。

「って、ここどこだ?」

 俺は自宅のリビングで寝ていた。

 起き上がりながら何が俺の身に起きたのか思い出してみる。

 

 ………

 ……

 …

 

 思い出さない方が良かった。

 涙が毀れそうになった。

「って、もう11時か。俺が気絶している間にお開きになったのかな」

 テーブルを見ると綺麗に片付けられていた。

 一口も食べる前に食べ物が全てなくなったのは悲しい。

 でも、それ以上に知らない間にみんな帰ってしまったのはもっと寂しい。

「はぁ~。今年はリア充の仲間入りができると思ったんだがなあ」

 料理だけ準備して、気付いたらパーティーは終了していた。これじゃあ、小鳩と2人のパーティーよりも寂しい展開だ。

 俺なんかがリア充の夢を見たのが間違いだったのだろうか?

 

「小鷹。ようやく起きたか」

「随分ゆっくり寝ていたわね」

 俺を気絶に追い込んだ犯人2人がリビングに入ってきた。

「えっ?」

 俺は2人の姿を見て驚いた。

 何故なら2人はパジャマ姿だったからだ。星奈は緑、夜空は赤のシンプルなパジャマでよく似合っている。さすがは2人とも学校を代表する見た目だけなら美少女だけあって可愛い。

 って、違う!

「その格好は?」

 星奈が俺の視線に気付いて両手を広げてパジャマを見せる。

「見ての通りの寝巻きよ」

「それはわかってる。いや、俺が言いたいのはそうじゃなくてだな……」

「ああ。羽瀬川家の風呂を使わせてもらったぞ」

「いや、そうでもなくてだな……」

 さっきから何か良い匂いがすると思ったら、シャンプーと石鹸の匂いだったのか。同じものを使っている筈なのに、夜空や星奈が使うと何でこんなに良い香りになるんだか。

 って、だから違う!

 問題はそこじゃない。

「何でお前ら、うちで寝る格好になっているんだ?」

 そう。問題なのはそこ。

 何故コイツらは俺の家でお泊まりモードな格好をしているんだ?

「それはですね~~っ、理科が小鷹先輩とエロいことをしたいので今夜はこの家に泊まると言ったら、他のみなさんも一斉に泊まると言い出したからなんですよ~~♪」

 上半身を縄で縛られた状態でネグリジェ姿の理科が幸村に連れられて入ってきた。かなりスケスケのネグリジェで何ていうか目のやり場に困る。

「勘違いしないでよね、小鷹っ! 別にあたしが自分で泊まりたいって思ったわけじゃないんだからね!」

「そうだぞ、小鷹。私にはあの変態エロ女の破廉恥行為を止めるという崇高な行為があってだなあ!」

 夜空たちは耳たぶまで真っ赤にして焦っている。

「嘘ですね!」

 だが、そんな2人に理科が言葉で噛み付く。

「何故なら理科は最初から先輩の家にお泊りするつもりで色々準備してきました。寝巻きもその一つです。どうして先輩方は泊まる気もないのにパジャマを準備しているのですか?」

 体が自由であれば指をビシッと突き刺しているに違いない気合の込め様だった。

「そ、それは、あれよぉ」

「ああ、あれ、だよな」

 星奈たちは驚きながら何とか体裁を取り繕おうと気取った態度を維持しようとする。

「ほらっ、女の子同士で集まってワイワイしたら泊まりになるのが普通じゃない?」

「ああ、普通だよな。だから私たちがパジャマを用意していても何ら不思議じゃない」

「先輩たち友達いないから女の子同士の集まりに参加してきた訳がないですよね?」

 理科の一言はあまりにもクリティカル過ぎた。

 星奈と夜空の表情が固まった。

 そして、癇癪を起こしたように全身を激しく揺さぶりながら自分の行動の訳を述べた。

「と、とにかく、あたしは小鳩ちゃんと一緒に寝てペロペロしたいだけなんだから! 小鷹と一緒に寝る為にパジャマ持って来たんじゃないんだから! 勘違いしないでよね!」

「私は、パーティーの終了時間を考えた場合に、自宅へ戻る方法がなくなることを想定してパジャマを持って来ただけだ! 断じて小鷹と寝る為ではない!」

 2人はやけに必死だった。

「いや、そんな力説しなくても星奈と夜空が俺と同じ屋根の下で寝たくないことぐらいわかってるさ」

「全然わかってないじゃないのよ!」

「小鷹は乙女心がまるでわかってない!」

 何故か2人に怒られてしまった。

 

 このまま星奈たちと話しているとまた怒られる気がするので、幸村に話を振ることに。

「幸村はさっきの格好のままなんだな」

 幸村はミニスカサンタルックのままだった。

「真の日本男児たるもの、寝る時は裸で十分です。あにきの部屋で裸で寝ます」

「「っ!?!?!?」」

 幸村を夜空と星奈が物凄い怨念篭った瞳で睨む。

「あたしの予備のパジャマ貸してあげるから、裸で寝るなんて絶対にダメよ!」

「しかし星奈のあねご。真の日本男児たるもの……」

「とにかく今すぐ肉のパジャマに着替えに行けっ!」

「しかし……」

 星奈たちは幸村を小脇に抱えてリビングを出て行ってしまった。

「幸村くんが裸で小鷹先輩の部屋で寝る。暗い部屋の中、聞こえて来るのはエクスカリバー同士の激しい剣戟の音っ! そして下克上が起きて、今宵小鷹先輩の後ろの純潔は幸村くんに散らされることに……約束された勝利の剣~~~~っ!!」

 縛られていても理科は相変わらず絶好調だ。首でブリッジしながら悶えている。

「あれっ? そう言えば小鳩とマリアは?」

 2人の姿がさっきから見えない。

「ああ、2人ならはしゃぎ疲れて小鳩ちゃんのお部屋で仲良く寝てますよ」

「そうか」

 理科が絶好調なのはいつものことなのでこの状態でも会話は普通に成立する。

「それで小鷹先輩は誰と一緒にこの性夜を淫らに激しくインモラルに過ごすのですか? クリスマスプレゼントの赤ちゃんは誰にプレゼントするのですか?」

「あのなあ……」

 何でこう、まともに話したと思ったらすぐにエロい展開に持っていくんだ?

「それとも、ハーレムエンドを小鷹先輩は御所望なんですね!」

「おい」

 理科の顔がパッと花開いた。

「女なんて星の数だけいると豪語しながらとっかえひっかえ食い散らかす。ゲッヘッへ。女は全て俺のもの。飽きるまで遊んでやるぜ。そんな小鷹先輩も理科的には全然オーケーです♪」

「頼むから俺の話を聞け」

 理科と喋っていると自分の日本語能力に自信がなくなる。

「でも、夜空先輩も星奈先輩も古風な貞操観念持っている方ですから、日本の倫理に反するハーレム要員になるには抵抗があるんじゃ?」

「だから俺を平然と鬼畜扱いするな!」

 何で隣人部の中で俺は鬼畜キャラになってんだ? 

 そんな風に振舞ったことは一度もないのに……。

「じゃあ、そろそろ小鷹先輩はきちんとした答えを出すべきなんじゃないですか?」

「きちんとした答え?」

 その言葉はグサッと胸に突き刺さった。

「夜空先輩も星奈先輩も、そして私も小鷹先輩の答えをずっと待っているんですよ。誰を選ぶのであれ、ちゃんと返事するのが先輩の男の子としての務めかと」

 俺は理科に何も言い返せなかった。

 ただ黙ってひっくり返ってブリッジを続ける彼女の顔を見ていた。

 

「幸村は着替えの途中で何の故意性も見られない事故で眠りついてしまったわ!」

 星奈と夜空が戻ってきた。2人とも目が血走っている。

「眠りについた幸村が一部屋占領してしまったせいで、部屋数が足りなくなってしまった。非常に不本意だが、1名は小鷹の部屋で寝なければならない。なのでここは隣人部部長である私が犠牲にっ!」

「何言ってんのよ! 部長である夜空にもしものことがあったら部活の存続も危ういでしょ! だからここはあたしが犠牲になって小鷹と一緒の部屋で一晩過ごすわよっ!」

「その勝負……理科も乗りましたっ!」

 理科が飛び上がりながら縄を腕の力でブッ千切って2人の元へと着地する。

「ヤレヤレ。肉と変態如きでこの私に勝てると本気で思っているのか?」

「万能の天才であるあたしは全てにおいて一番であることをアンタたちに見せてあげるわ」

「真の天才の前には一般人も自称天才も敵うはずがないのですよ」

 不良漫画並みにガンを飛ばしあいながら睨み合う3人。

「……さて、寝るか」

 俺はそんな3人の邪魔にならないようにそっとリビングを抜け出し自室へと戻った。

 そして、厳重に鍵を掛けてから早々に眠りに就いた。

 

 

 そして、翌朝。

 朝早くに目が覚めた俺は静かにリビングへと降りていった。

 そこで俺が見たもの。

 それは川の字になって仲良さそうに寝ている夜空、星奈、理科の姿だった。

「この寝顔は……俺へのクリスマスプレゼント、だな」

 3人の美少女の寝顔を見ながら軽く息を吐く。

「俺の答え、か……」

 天才科学者の後輩は何とも難しい宿題をおまけにプレゼントしてくれたのだった。

 今年の冬休みの宿題は何より大切で重いものになりそうだった。

 

 了

 

 


 
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