No.332654

瑞希と妄想とラストバトル

ピンクの人の妄想物語の完結編。
如何にしてピンクの人と聖帝(メインヒロイン)以外のヒロインたちが何故出てこなかったのか
一生懸命言い訳しました。

Fate/Zero

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2011-11-11 00:07:13 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:4558   閲覧ユーザー数:3742

 

瑞希と妄想とラストバトル

 

 

 はじめましての方も二度目ましての方も三度目ましての方もみなさんこんにちは。

 私、文月学園2年生の姫路瑞希と申します。

 秋は食べ物がとっても美味しい季節です。

 サツマイモは言うに及ばず、果物や栗なんかもついつい食べ過ぎてしまう季節です。

 その、だから私のお腹の辺りが少しふっくりしているように見えるかもしれません。

 でも、それは太ったからじゃなくて制服のせいなんです。

 その制服のサイズがきちんと合わなくてお腹のラインが強調されて太っているように見えちゃうだけなんです。

 制服を脱ぐとスラッとしているんです。

 ほ、本当ですよっ!

 体重だって、四捨五入すれば1ヶ月前と同じkgなんです。

 だから全然太ってないんですっ!

 ……前回のお話で私は恋のライバルである美波ちゃんといよいよ決着をつけることになりました。

 私と美波ちゃん、どちらが明久くんのお嫁さんになるかの最終決戦です。

 この間の遊園地デートの時に私たちは結局明久くんの気を上手く惹くことができませんでした。

 明久くんは男の子たちと一緒になってはしゃいでいる方が楽しいようでした。

 それはそれで悪いことではないのですが、やっぱり私は明久くんともう一歩踏み込んだ関係になりたいんです。

 即ち恋人。そしてお嫁さんです!

 イエスっ、お嫁さん! 目指すは吉井瑞希ですっ! 姫路明久も勿論可ですっ!

 ライバルの美波ちゃんも本格的に動いていますし、もうお手て繋いで仲良くなりたいと言っている場合じゃありません。

 もっとアダルト。もっと長期計画。

 そう。

 今回私は美波ちゃんに勝利して一気に結婚の約束を取り付けちゃおうと思いますっ!

 みなさんも、私のことを応援してくださいね♪

 

 

 

「実は僕、みんなより1歳年上だったことが最近わかったんだ」

 

 10月も半ばとなったある日の放課後、明久くんはF組のいつもの面々に唐突にそう告げました。

 

「何を突然言っているんだ、お前は?」

 

 坂本くんが呆れた視線と声を明久くんに投げ掛けます。

 でも、その視線の先は胡坐をかいて座っている明久くんのお尻に釘付けに見えるのは私の気のせいでしょうか?

 でも、そんな訳がありませんよね。坂本くんは男の子なんですから、女の子のお尻には興味があっても男の子のお尻に興味があるわけがないですよね。

 変な妄想しすぎですね、私。テヘッ♪

 

「いや、だから、僕はみんなより1歳年齢が上だったってこと」

「でも、私は小学生の時から明久くんとずっと同じ学年でしたよ?」

 

 あまり話したことはありませんでしたが、明久くんとの付き合いは私が一番長いです。

 つまり、私は明久くんの幼馴染なんです。私の好きな小説によれば幼馴染同士は結ばれるのは当たり前ですよね♪

 話が逸れてしまいました。

 今は明久さんの小さい時の話でしたよね。

 小学校低学年の時から明るくてみんなの人気者の明久くんのことは知っていました。

 だから、明久くんがどこかで留年しているということはないと思うのですが?

 

「だから、小学校に入学する年齢がみんなより1歳上だったんだよ」

「それは何故なのじゃ?」

 

 木下くんが質問を続けます。

 木下くんも明久くんのお尻を舐め回しているように見えますけど、気のせいですね。

 それにしても小学校は義務教育ですから、よほどのことがない限り年齢はみんな同じだと思うんですけど?

 

「実は僕、幼い頃は両親や姉さんと一緒に世界の各地を転々としていてね。で、日本に戻って来た後に日本に慣れる意味合いもあって小学校2年生からじゃなくて1年生からはじめたんだよ」

 

 頭を掻きながら照れるように語る明久くん。

 

「いやぁ~実は僕、最近までその事実を忘れていたからみんなより実は年上だったってこともすっかり忘れていたよ」

 

 あっはっはと笑う明久くん。

 明久くんは生徒手帳を見せてくれました。

 

『 生年月日 平成×年10月18日 』

 

 確かにそこに載っている生年月日の数値は私たちより1年先に生まれていることを示していました。

 明久くんは本当に私たちより年上だったのです。

 

「…………明久のバカは筋金入り過ぎる」

「確かに、小学校、中学校、高校と約10年間、その事実に気付いて来なかったのじゃからなあ」

 

 土屋くんも木下くんも微妙な顔をしながら明久くんを見ています。

 土屋くんがさっきから明久くんのお尻ばかり見て鼻血を垂らしているように見えますが、それも気のせいですね。

 私は妄想のしすぎで現実が見えなくなってしまっているのかもしれません。我ながら困ったものだと思います。

 

「ちょっと待てよ。明久が俺たちより年上ということは、これからは明久先輩って呼べってことか? 俺は嫌だぞ、明久を年長者として遇するなんて」

 

 明久くんを見ながら顔をしかめる坂本くん。

 確かに、同い年だと思っていた相手が実は年上だったとわかると関係をどう築くべきか戸惑ってしまいますよね。

 

「気にすることないって。今まで通りに呼んで今まで接してくれれば。僕が何か変わったわけではないのだし」

 

 明久くんは首を横に振りました。

 1人だけ年上扱いされてしまったら却って寂しいですもんね。

 

「まあ、1週間後に18歳を迎える僕はみんなより1年先に堂々とエロ本を買える大人になるのだけどね」

 

 誇らしげに語る明久くん。

 エッチなのはいけないと思います。

 そういうのは大人になってからでないと。

 でも、待ってくださいよ?

 明久くんは来週で18歳。

 エッチな本も堂々と買えてしまう年齢。

 そして、18歳といえば、結婚も可能になってしまう年齢じゃありませんかっ!

 こっ、これは、一大事ですよっ!

 

「そっかぁ~。来週アキは18歳になるんだぁ~。もう、立派な大人よねぇ~」

 

 顔を伏せる美波ちゃんから隠しきれない熱い闘気が噴出しています。

 やはり美波ちゃんも気付いたみたいです。

 

「美波に大人扱いされるなんて照れるなあ。まあ、エロ本が買えるってだけで、後は何も変わらないけどね。自動車の免許なんてお金がなくてとても取れないし」

「18歳になってできることはエッチな本を買うことだけじゃないわよ」

 

 一方、明久くんは美波ちゃんの発言の真意を掴めていません。

 あまりにも無防備な子羊ぶりを披露しています。

 明久くんに今話し掛けているのは飢えた獰猛な狼なんですよ!

 明久くんを無慈悲に食らおうとしているのですよ!

 

「ちなみにアキ、ウチは去年16歳になっているから」

「何をごく当たり前のことを言っているの? 年齢が他の人ととずれているのはこの学年で僕ぐらいでしょ」

 

 やっぱり、美波ちゃんは露骨に明久くんを狙っています。

 襲い掛かって、食い散らかして、責任を取ってもらう形で生涯の伴侶の座を得るつもりに違いありません。

 そんなことは絶対に私が許しませんよっ!

 

「来週には明久が18歳で、姫路や島田は既に16歳を迎えているだとぉっ!?」

 

 坂本くんが何かに気付いたように大きな声を上げました。

 

「そ、そうじゃあっ! これは、一大事じゃっ! 早急に対策を立てねばならん!」

「…………明久を飢えた獣に持っていかれかねない」

「女というだけで明久を永久に持っていかれてたまるかってんだよ!」

「みんなどうしたの?」

 

 明久くん以外の男性陣が混乱しています。

 一体、どうしたのでしょうか?

 

「安心したまえ、諸君。こんな事態に備えて僕は準備を怠らなかったよ」

 

 突如、教室の外から男の子の声が聞こえました。

 声の直後、扉が開いてメガネを掛けた男子生徒が入ってきました。

 久保くんです。

 でも、A組の久保くんがF組まで一体どうしたのでしょうか?

 

「国会に働きかけて遂に民法を改正させることに成功したよ」

 

 民法?

 一体、何の話でしょうか?

 

「それじゃあ久保よ。遂に……」

「ああ、遂に日本でも同性結婚が認められるようになるんだよ。来週から改正法が施行される」

 

 同性結婚?

 何で久保くんが国会に働きかけて同性結婚を認めさせたりするのでしょうか?

 まるで理解ができません。

 

「まあ、婚姻可能になる年齢の引き下げまではうまく行かなかったんだけどね」

「永遠に諦めなければならない危機にいたんだ。1年ぐらい何だって言うんだよ」

「これでワシも、もう性別がどうだのと言われる謂れがなくなったのじゃな」

「…………胸が高鳴る」

 

 坂本くんたちは久保くんがくれた情報で大はしゃぎしています。

 一体、どうしたのでしょうか?

 同性結婚が坂本くんたちとどう関係あるのでしょうか?

 チンプンカンプンです。

 

「みんな、そんなに目を血走らせちゃってどうしたの?」

 

 明久くんが急に血相を変えてしまったみんなを見て戸惑った声を出しています。

 

「アキはつべこべ言わないで1週間後に婚姻届を出してくれれば良いのよっ!」

 

 美波ちゃん。

 それは何て露骨な意思表明なんでしょうか。

 それもう、プロポーズしているのと変わりませんよ!?

 

「何で僕が婚姻届を出さないといけないんだよ。彼女もいないのに」

「どうしてウチの言葉の真意を汲んでくれないのよぉ……」

 

 ガックリと膝をつく美波ちゃん。

 そしてさすがは明久くん。

 美波ちゃんの飢えた野獣な告白を華麗にスルーしてしまいました。

 今だけはその鈍感を良しとしたいと思います。

 って、美波ちゃんに負けてはいられませんっ!

 今の私は本気なんです。こっちから言っちゃいますからねぇっ!

 

「明久くん。私、高校生夫婦になっても全然構いません。世間の目なんか気にしません!」

 

 若すぎる夫婦ということで世間から白い目で見られても……愛する旦那さんがいれば私はそれで幸せなんですっ!

 私、料理は得意ですから明久くんに毎日美味しい食事を作ってあげられる自信はあります。

 さあ、明久くんっ!

 2人で幸せになりましょうっ!

 

「高校生夫婦はちょっと大変なんじゃないかな? 世間の目の問題じゃなくて、経済的に。それ以前に姫路さんには結婚を考えている男がいたなんて全然知らなかったよ」

「うっ。素で返されて、しかも脈なし回答だなんてあんまり過ぎます……」

 

 私も美波ちゃん同様に膝をついてうな垂れます。

 明久くんの鈍感は十分に理解しているつもりです。

 でも、これはあんまりだと思います。

 乙女心がずたずたですう~っ。

 

「やはり明久の18歳の誕生日を前にして姫路と島田は野獣と化したか。こうなったら時計の針を進めるしかねえ。予定より1年早くファイナルバトルの勃発だぜっ!」

 

 傷付いている私たちの横で坂本くんが大声で宣言しました。

 ファイナルバトルって一体、何のことでしょうか?

 

「確かに、吉井くんがいつ肉食系女子に襲われて結婚を迫られるとも限らない。女はみんな狼とよく言うからね。僕も覚悟を決めないと!」

「獰猛な狼に立ち向かう為にはワシもまた、一匹の修羅と化さねばならんようじゃな!」

「…………俺は、真の男になるっ!」

 

 坂本くんたちはかつて見たことがないほどに燃え上がっています。

 一体、どうしたのでしょうか?

 誰か説明して欲しいです。

 

「「「「全ては、明久(くん)の為にっ!」」」」

 

 えっ?

 明久くんの為にって一体どういうことでしょう?

 それに、男の子たちからは荒々しい野獣のような威圧感が放たれています。

 そして、坂本くんたちの血走った瞳の先には明久くんの姿があります。

 これって、もしかしてっ!

 

 

『明久を交替で1日ずつお持ち帰りして滅茶苦茶にし尽くす。その上で誰が一番良かったか明久に決めてもらい、選ばれなかった者は大人しく明久から手を引く。これでどうだ?』

『フフ。吉井くんの性感帯を知り尽くした僕にそんな勝負を挑むなんて坂本くんはよほどの自信家か愚者のどちらかだね』

『大方雄二はその縁の深さを利用して、久保は怪しげな性知識を利用して明久を篭絡する気なのじゃのう。じゃが、真の男であるワシの荒々しいパワープレイの前には全て無意味じゃ』

『…………しつこさなら誰にも負けない』

 

 

 坂本くんたちの明久くんを見る目は尋常じゃありません。

 今にも襲い掛かってしまいそうです。

 いえ、性欲に有り余っている高校生なのですから、実際に襲っちゃうに決まっています。

 ……なんて、そんな訳ありませんよね。

 そんな風にみんなのことを疑ったら、明久くんにもみんなにも悪いですよね。

 みんな私の大切なお友達なのに変な目で見ちゃダメですね。

 

「明久を交替で1日ずつお持ち帰りして滅茶苦茶にし尽くす。その上で誰が一番良かったか明久に決めてもらい、選ばれなかった者は大人しく明久から手を引く。これでどうだ?」

「フフ。吉井くんの性感帯を知り尽くした僕にそんな勝負を挑むなんて坂本くんはよほどの自信家か愚者のどちらかだね」

「大方雄二はその縁の深さを利用して、久保は怪しげな性知識を利用して明久を篭絡する気なのじゃのう。じゃが、真の男であるワシの荒々しいパワープレイの前には全て無意味じゃ」

「…………しつこさなら誰にも負けない」

 

 とにかく、今は坂本くんたちの行動に関心を寄せている場合ではありません。

 もうじき明久くんが18歳になる。

 その事実は私と美波ちゃんに最終決戦をいざなったのです。

 

「10月18日にアキにプロポーズされた方の勝ち。それで、いいわね?」

「それで構いません。いえ、それ以外に私たちの決着は有り得ません!」

 

 視線を混じり合わせ火花を散らす私と美波ちゃん。

 

「瑞希はもう今から携帯のウチの登録名を吉井美波に変える準備をしておいてね」

「美波ちゃんこそ、年賀状を書く時は、私と明久くんが連名で同じ住所に送ってくださいよ」

 

 私と美波ちゃん。

 どちらが明久くんのお嫁さんになるのか最後の戦いはこうして始まりを告げたのでした。

 

 

 

「何か騒がしいと思ったら……またこのクラスかい。しかもあのバカガキが18歳になるのを機にみんな結婚願望にとり憑かれるとはね。こりゃあ、お灸を据えてやらないとダメだわね」

「……吉井。お前は、誰を選ぶつもりなんだ?」

「何か言ったかい?」

「いえ、別に」

 

 

 

 美波ちゃんとの最終決戦の始まりから1週間が経ちました。

 今日は10月18日。明久くんの記念すべき18回目の誕生日です。

 そして私と美波ちゃんの長きに渡る戦いに終止符がうたれる日でもありました。

 

「明久く~ん。一体どこに行ってしまったんですかぁ~っ!」

「アキ~っ! いい加減に姿を現しなさいよぉ~っ!」

 

 ところがこの1週間、私も美波ちゃんも明久くんの姿を全く見ていません。

 明久くんはこの1週間、学校に来ていません。

 心配になって美波ちゃんと2人で明久くんの家まで訪ねてみました。

 けれど、吉井家には誰もいませんでした。

 私たちは明久くんが事件に巻き込まれて行方不明になったんじゃないかと心配になりました。

 すぐにでも警察に知らせようかと思いました。

 でも、西村先生も高橋先生も毎日明久くんから欠席の連絡をもらっているそうです。

 だから私たちは最低限明久くんは安全だと思い、ううん、安全でないにしても事を荒立てるなという犯人からの警告だと思い、通報はしていません。

 明久くんを秘密裏に取り返さないといけません。

 そして、もう1つ大きな問題が発生したのです。

 

 その大きな問題は、今朝、唐突に朝礼の時間に発表されました。

 

「わたしが文月学園学園長藤堂カヲルさねっ!」

 

 朝礼でマイクを握ったのは学園長でした。

 入学式や卒業式であっても喋りたがらない学園長が一体どうしたのだろうとみんな不思議に思いました。

 そして、船越先生を越える独身歴を誇る学園長は、そのあまりにも有り余る独り身才能を発揮したのです。

 

「最近お前たちは勉学にも励まずに色ボケに成り下がっちまっているようだね。性根を叩き直す意味で、今日、今から文月学園では一切の交際を禁止するよ! 男女だけでなく、同性同士で親しくするのもダメさね!」

 

 それを聞き、多くの生徒が反発を覚えました。

 でも……

 

「学園長の決定は絶対です。みなさんにはルールに従ってもらいます」

 

 高橋先生をはじめとする女性の先生たちが学園長の支持に回ったのです。

 学園長の支持に回った先生たちを見て、私はとある共通点を見つけました。

 それは、全員が結婚していないという点でした。

 ううん、違います。

 学園長は新任の女性教員を選ぶ際に、未婚で結婚できなさそうな人を好んで採用していたのです。

 学園長は私たちに気付かれない内に、独身者による独身者の為の独身者の王国をこの文月学園に築き上げていたのです。

 

「さあ、既にカップルになっている者はこの離別念書にサインしてください」

 

 学園による生徒間の恋愛に対する弾圧が始まってしまいました。

 文月学園の生徒たちはみな一様に暗い表情をして俯いています。

 文月学園から希望の光がなくなろうとしている。

 そんな時でした。

 

「敵はっ! 学園長室にあり~~っ!」

 

 一部の生徒たちが学園に対して反旗を翻したのです。

 その中心にいたのは大きな黒い馬に乗った1人の女子生徒でした。

 

「もはや天子の資格を喪失した逆賊藤堂カヲルを討つのよ~っ!」

 

 学園長側につく教師と生徒を蹴散らしながら突き進んでいく女子生徒。

 木下くんそっくりな顔を持つその女子生徒は──

 

「あの方は木下優子さんっ!」

 

 かつて『瑞希と妄想と大威震八連制覇』で私と学年主席の座を争った文月学園の総代木下優子さん。

 文月学園の秩序の守護者たる優子さんが学園を相手に戦いを仕掛けたのです。

 

「久しぶりね、瑞希」

 

 身長2m50cmの家庭科教師を片手で掴んで放り投げながら優子さんが私の元へとやって来ました。

 

「優子さんもお元気そうですね」

 

 優子さんは同い年の女の子なのですが、拳王と呼ばれているだけあって貫禄が私とは次元が異なります。

 荒々しいです。男らしいです。漢女です。

 

「まったく……瑞希に敗北した後は平穏無事に優等生をしていようと思ったのに、学園長のおかげで覇王に逆戻りよ」

 

 優子さんは大きく溜め息を吐きました。

 

「でも、文月学園生徒の愛の炎は絶対に消させはしない。その為だったら……アタシは何度でも覇王に立ち戻ってみせるわ」

 

 空を仰ぎ見る優子さんがとても凛々しく見えました。

 大義の為に立つ、今の優子さんは万人が認める文月学園総代ではないかと思います。

 

「瑞希、貴方にも好きな人がいるのでしょ?」

「あの、それは、ですね……」

 

 好きな人の話をされるとちょっと恥ずかしいです。

 やっぱり、人前で明久くんのことを好きだって素直に認めるのは勇気が要ります。

 

「あの大威震八連制覇の死闘でアタシを倒した際に貴方は言ったわよね? 愛する人がいるから私は強くなれたんだって」

「そ、それは……」

 

 今思い出すとちょっと恥ずかしくなる言葉です。

 

「あの言葉、拳しか知らなかったアタシにはとても羨ましい響きだったわ。同時にアタシが貴方に勝てなかった理由がわかったわ」

「あ、あの時の試験結果はたまたまですよ」

 

 確かにあの時の私は一度優子さんに敗北する覚悟をしました。

 でも、挫けそうになっていた私は明久くんの笑顔を思い出して立ち直ったのです。

 

「まあ良いわ。瑞希は自分の愛する人の元へすぐに行きなさい」

「でも、優子さんたちが命を賭けて戦っているのに私だけ明久くんの元へ行くなんて……」

 

 私は荒事はからっきしです。

 でも、優子さんが義の為に立ち上がったのに私だけ何もしないのは筋違いだと思います。

 

「フッ。メリケンナックル一つ握れない貴方がこの場に至って邪魔なだけよ」

「でも、それじゃあ優子さんたちに悪いですし」

「だから、貴方はその明久って男の元へ向かいなさい。アタシたちが義の為に戦っているのだと胸を張れるように」

 

 優子さんは馬を動かし私に背を向けます。

 

「瑞希が捜している人と同一人物だかは知らないけれど……吉井明久という男子生徒が体育館で男子生徒たちに囲まれて決断を迫られているそうよ」

「明久くんが体育館にっ! ありがとうございます、優子さん!」

 

 この学校に吉井明久という生徒は1人しかいません。だからその人は明久くんで間違いないと思います。

 私は体育館に向かって一生懸命駆けはじめました。

 

「独身の怨念に駆られた悪しき現体制からこの学園を解放するわよっ!」

「おおぉ~っ!」×多数

 

 私は優子さんの無事を祈りながらも体育館へと向かって駆け出しました。

 

 

 

 私は体育館に向かって懸命に走っていきます。

 優子さん率いる拳王軍と学園側の激突は主戦場が校庭、そして学園長室へと至る校舎内部となっています。ですからこちら側は不気味なほど静かです。

 でも、だからと言ってそれは私に約束された未来を保障する道では決してありませんでした。

 

「どうやら瑞希もアキの場所を掴んだみたいだわね」

「美波ちゃんっ!」

 

 私の横にはいつの間にか美波ちゃんが併走していました。

 美波ちゃんの瞳は真っ直ぐ体育館を向いています。明久くんの居場所に気付いたに違いありません。

 

「運動能力だったら瑞希には負けないわよっ!」

 

 美波ちゃんが一気に加速して私を抜き去ろうとします。

 でも、明久くんへの想いへ燃えている私は、優子さんの友情に燃えている私は普段よりも遥かに大きな力を発揮します。

 

「負けませんよ、私はっ!」

「クッ! 瑞希が引き離せないっ!」

 

 普段だったら絶対に敵わない美波ちゃんに私は必死で食い付いています。

 このまま体育館まで行ければ……っ!

 

 でも、私の前には更なる困難が立ちはだかったのでした。

 

「お姉さま……ここは美春にお任せくださいっ!」

 

 私たちの前方30mほどの所にツインテールをロールさせた少女が1人現れました。

 美波ちゃんをお姉さまと呼ぶあの子はっ!

 

「美春っ!」

 

 そう、彼女こそ『瑞希と妄想と驚邏大四凶殺』で美波ちゃんと死闘を繰り広げたD組の清水美春さんに間違いありませんでした。

 死闘を通じて2人が仲良くなったことは聞いていましたが、まさか清水さんが美波ちゃんをお姉さまと呼ぶ関係になっていたなんて。

 ……美波ちゃんのエッチ。

 今こそ、いつもの妄想の時ですよね!

 

「おかしな想像しないでよ、瑞希っ!」

 

 美波ちゃんに妄想を止められてしまいました。

 残念です。

 

「お姉さま。美春はこの姫路さんという巨乳女を足止めすれば良いのですわね。胸の大きな女はバカっぽく見えるので美春の趣味ではありませんが」

「巨、巨乳女って……」

 

 胸が大きいことを気にしているのに酷いですぅ。

 

「ずるいとは思うけれど、ウチがアキにプロポーズされるまで時間を稼いで頂戴」

「わかりましたわ、お姉さま。愛するお姉さまの幸せの為に美春は修羅になりますっ!」

 

 清水さんが大きく跳躍して私に接近してきます。

 私には格闘技術が全くといって良いほどありません。運動音痴ですし。

 このまま私は清水さんに足止めされて、明久くんに気持ちを伝えられないまま失恋してしまうのでしょうか?

 そんなの、そんなの嫌ですっ!

 

「誰か、私に力を貸してくださいっ!」

 

 私は天にも祈る気持ちで叫びました。

 

 私の身に奇跡は舞い降りたのです。

 

「その言葉を待っていたよ、瑞希ちゃんっ!」

 

 2個のビート版が私の首のすぐ横を通過しながら清水さんに向かって飛来していきました。

 

「クッ! 美春とお姉さまの蜜月愛友情パワーを邪魔するのは誰ですの?」

 

 清水さんは縦ロールをドリル回転させてビート版を弾きます。

 そして、私の後ろにいた筈の人物は更なる跳躍を果たして私の前へと降り立ちました。

 

「助太刀に来たよ、瑞希ちゃん」

「貴方は……百合アン女学園の工藤愛子さんっ!」

 

 濃緑の丈の長いセーラー服に身を包んだ、長髪で人懐っこそうな微笑を湛える少女は工藤愛子さん。

 『瑞希と妄想と天挑五輪大武會』で文月学園と戦った百合アン女学園の大将を務めていた女性です。

 

「瑞希ちゃんと美波ちゃんの1対1の勝負だったら口出しする気はなかったんだけど……清水さん。君が乙女同士の真剣勝負に横槍を入れる気ならボクが相手になるよ!」

「美春好みの貧乳だからって調子に乗らないでくださいっ!」

 

 どこから出すのかわかりませんが2枚のビート版を構える愛子さんと縦ロールを激しくドリル回転させる清水さん。

 

「さあ、瑞希ちゃん。美波ちゃんに離されない内に早く行って」

 

 愛子さんは目線と顎で私に先に行くように促します。

 

「愛子さん、来て下さってありがとうございます。いずれ、このお礼はしますから」

「今度瑞希ちゃんの彼氏をボクに紹介してくれれば良いよ」

 

 愛子さんに頭を下げてから駆け出します。

 愛子さんが牽制してくれていたのか美波ちゃんはまだそんなに先には進んでいません。

 これなら何とか追い付けるかもしれません。

 

「さあ、お姉さまの邪魔をした罰は、貴方の貧乳を堪能させて頂く事で補わせてもらいますわ」

「ボクも女の子は嫌いじゃないんだけどね。でもボク……攻めるのは好きだけど受けるのは嫌いなんだ」

 

 2人の侍、いえ、大和撫子が死合いを開始しました。

 その横を私は必死に駆け抜けていきます。

 愛子さんの無事を祈りながら。

 

 

 

 

「しぶといわね、瑞希。さすがはウチの最強のライバルだわ」

「明久くんのことだけは絶対に譲れませんから」

 

 美波ちゃんとの差は10mほど。

 これぐらいの差だったら体育館に着いた時に不利には作用しません。

 この距離を保ったままゴールできればっ!

 

「苦戦しているようなのですね、お姉ちゃん。クスクスクスなのです」

 

 体育館の入り口から笑い声が聞こえて来ました。

 私よりも年下に聞こえるあのちょっと高めの可愛らしい声の主は……っ!

 

「葉月っ! 来ていたのっ!?」

 

 前方を走る美波ちゃんが驚きの声を上げます。

 すると、美波ちゃんの声に合わせて、黒ゴスロリを着たツインテールの少女が私たちの前に現れたのです。

 

「お姉ちゃん。葉月は葉月じゃなくて、ブラック・葉月なのです。間違えないで欲しいのです」

 

 美波ちゃんの妹、島田葉月ちゃんは美波ちゃんの言葉を訂正しました。

 その顔に浮かんでいるのは以前のような天真爛漫な笑みではありません。

 悪に染まってしまった悪い笑みです。

 葉月ちゃんは『瑞希と妄想と七牙冥界闘』で、敵の攻撃により悪の波動を受けてブラック・葉月ちゃんに変貌してしまったのです。

 素直で良い子だった葉月ちゃんはブラック・葉月ちゃんになったことでイタズラ大好きな悪い子になってしまったのです。

 

「お姉ちゃんが苦戦しているようなので、葉月が加勢してあげるのですよ」

「えっ、本当っ!? やっぱり葉月はブラック・葉月と化してもお姉ちゃん想いでいてくれるのね」

 

 美波ちゃんは感動の涙を流しています。

 葉月ちゃんはブラック・葉月ちゃんと化してから美波ちゃんの言うこともまるで聞かなくなったといいます。

 だからこそ、葉月ちゃんの助力がとても嬉しいのでしょうね。

 

「お姉ちゃん、しばらくこの耳栓をつけていて欲しいのです」

「わかったわ」

 

 美波ちゃんは葉月ちゃんに言われるままにイヤホンをつけます。

 一体、葉月ちゃんは何をするつもりなのでしょうか?

 

「くっくっく、なのです。バカなお兄ちゃんを一旦お姉ちゃんとくっ付け、結婚直前になったら葉月が略奪愛するのですよ。これでバカなお兄ちゃんは葉月のものなのです」

「そんな悪どいことを考えていたなんて!」

 

 やはり葉月ちゃんは悪に染まってしまったのです。

 以前の葉月ちゃんならそんな黒いことは一切考えなかったのに。

 

「お姉ちゃん、もう耳栓を外して良いのですよ」

「一体、瑞希と何を話していたの?」

「葉月はお姉ちゃんの為にバカなお兄ちゃんを諦めるように必死に説得したのですが、交渉は決裂してしまったのです。綺麗なお姉ちゃんは、殺してでも奪い取ると断言しました」

「瑞希……明久の為なら見境なしってわけね」

「私はそんなことは言ってませんよぉ~っ!」

 

 やはり、葉月ちゃんは悪に染まってしまったのです。

 

「さあ、ここは葉月に任せてお姉ちゃんは早くバカなお兄ちゃんの所に辿り着くのです」

「わかったわ。瑞希の足止めは任せたわよ」

 

 美波ちゃんが1人、体育館の中へと入っていきます。

 

「くっくっく、なのです。これでバカなお兄ちゃんは葉月のものなのですよ」

 

 黒い笑みを湛える葉月ちゃん。

 相手は小学生。ですが、葉月ちゃんは美波ちゃんと同じで武道の達人です。

 戦っても勝ち目は全くありません。

 ど、どうしましょう?

 

「……かつてのライバルが堕ちた様を見るのは情けない気分になるわね」

 

 その時でした。

 私の横から葉月ちゃんと同じぐらいの年齢の長い髪を真っ直ぐに伸ばした女の子が出てきました。

 葉月ちゃんと対照的に白いゴスロリを着たその少女は……

 

「貴方は……水無月小学校に通う、坂本くんが大好きな天才小学生霧島翔子ちゃんっ!」

 

 翔子ちゃんはコクンと頷きました。

 翔子ちゃんとは『瑞希と妄想と風雲羅漢塾』の際に出会いました。

 彼女は風雲羅漢塾との決闘に際に私たちの前に敵として現れた天才少女でした。しかし、戦いの最中に粗暴なように見えて優しい坂本くんに一目惚れしたのです。

 その後、坂本くんの家のすぐ近所に引っ越して来たと聞いてはいましたが、まさか今日ここに来てくれるなんて思ってもみませんでした。

 

「葉月は自分に正直に恋に生きているだけなのです。それを堕ちたなどとは心外なのです」

「……自分の恋に正直に生きるのは私も同じ。でも、貴方のやり方には決定的に誇りが欠けている」

「くっくっく。誇りでバカなお兄ちゃんが手に入るのなら苦労はないのです」

 

 日本が誇る2大天才少女が睨み合っています。

 白と黒。

 まさに今の2人の心を外見が表しているようです。

 

「……ここは私に任せて早く行って」

「でも……」

 

 さすがに小学生の女の子に場を任せて先に進むというのは……。

 

「……葉月は、私が目を覚まさせないといけない。だから、瑞希は邪魔」

 

 強い視線で翔子ちゃんが私を睨みます。

 翔子ちゃんは1人で葉月ちゃんと戦う決意を固めているのです。

 そして私は、翔子ちゃんのその決意を小学生に頼るのは情けないという自分のプライドの為に却下することはできませんでした。

 

「じゃあ、ここは任せますね、翔子ちゃん」

「……うん」

 

 体育館の入り口に向かって駆け始めます。

 

「……瑞希が吉井とくっ付いてくれれば、雄二がフリーになる。だから頑張って」

「うん。ありがとう、翔子ちゃん」

 

 翔子ちゃんに礼を述べながら体育館の中に向かって走り始めます。

 だけど、私と明久くんがくっ付くとどうして坂本くんがフリーになるのでしょうか?

 妄想……している場合じゃないですよね。

 明久くん、今、貴方の姫路瑞希が行きますからね!

 

「……さあ、始めましょう」

「くっくっく、なのです。ブラック・葉月に勝負を挑むとは、翔子ちゃんはおバカさんなのですよ」

 

 2人の天才少女の戦いを尻目にわたしは体育館の中へと突入を開始しました。

 

 

 

 愛子さんの、翔子ちゃんの助けを得て私はようやく体育館の中へと突入しました。

 そして、アリーナの上で私が見たもの。それは──

 

「あっ、あっ、明久く~~んっ!」

 

 真っ白いウェディングドレスを着て両手を鎖で縛られ吊るされたような体勢を取っている明久くんの姿でした。

 明久くんは精魂共に尽き果てたようなやつれ果てた顔をしています。

 目を瞑っており、起きているのか寝ているのか気絶しているのかもよくわかりません。

 

「誰が、こんな酷いことを……」

 

 明久くんが事件に絡まれていないと思ったのは私のとんだ過信でした。

 明久くんの身に何が起きたのか具体的にはわかりませんが、酷い目に遭わされたことだけは確かです。

 私は自分と明久くんをこんな目に遭わせた犯人に激しい怒りを燃やしました。

 

「美波ちゃん、一体これは誰の仕業なんですか?」

 

 私よりアリーナに近い位置で呆然としながら明久くんを見ている美波ちゃんに話し掛けます。

 

「アキの奴……脇まで完璧に処理しているなんて……もうダメ。ウチはアキにメロメロよ」

 

 美波ちゃんは明久くんの脇に夢中で私の話を聞いていません。脇フェチの変態さんだったのですね。

 その点私は明久くんの髪の毛から足の爪まで全て愛しているので健全さんです。シャンプーからパンツの匂いまで全て愛しているので健全さんです。健全オブ・ザ・イヤーです。

 これはもう、どちらが明久くんのお嫁さんになるのが相応しいのか決着がついたと思います。

 というわけで、早速明久さんに結婚を申し込み、いいえ、申し込まれたいと思います。

 

「明久くんにお似合いな女の子は私しかいません! さあ、私のことを愛していると言ってくださいっ!」

 

 胸に7つの傷を指で刻み込むぐらいの勢いで私なりの精一杯の告白をします。

 

「愛していると言えって脅迫するなんて……瑞希ってば変態だったのね」

 

 こっちに帰ってきた美波ちゃんが私を変態を見る目で見ています。

 変態さんに変態と思われるなんてショックです。

 と、その時体育館の中へと複数の男の子が入って来ました。

 

「ヤレヤレ。俺たちが外で決着をつけようとしている時に横取りを考える奴がいるとはな」

「しかも2人とも変態とは。だからワシは女は好かぬのじゃ」

「女はみんなケダモノと言うけれど、実態はそれ以上なんだね。まったく困ったものだ」

「…………テラエロス」

 

 入って来たのは坂本くん、木下くん、久保くん、土屋くんでした。

 何か酷いことを言われた気がします。

 でも、待ってください。

 明久くんは拘束されています。

 そして、入って来た坂本くんたちは明久くんの状態に驚いていません。

 もしかしてこれって!?

 

「さあ、起きろ。明久。誰と結婚するのか選ぶ時が来たぞ!」

 

 やっぱり、明久くんを拘束したのは坂本くんたちだったのです。

 坂本くんたちは明久くんの結婚相手を決めさせる目的で拘束したのです。

 明久くんの自由を奪うなんて許せません。

 でも、私と明久くんの結婚をセッティングしてくれたので許しちゃいます。

 結果オーライですっ!

 

「あ、あれ、みんな? 一体どうしてここに?」

 

 明久くんが目を覚ましました。

 

「って、何で僕はウェディングドレスを着て縛られている訳っ!?」

 

 自分の格好と状態を見て驚いています。

 

「確か昨夜は久々に自宅に帰れたと思ったら……飢えた野獣の目をした雄二と秀吉とムッツリーニと久保くんが押し掛けて来て、それから、それから……うわぁああああぁっ!?」

 

 明久くんは突如苦しみ始めました。

 一体昨夜明久くんの身に何が起きたのでしょうか?

 本来ならここで妄想です。超妄想タイムです。

 でも、今は妄想に浸っている場合じゃありません。

 美波ちゃんが飢えた野獣の瞳で明久くんを見ています。

 混乱した明久くんの心の隙に乗じて妻の座をゲットする気に間違いありません。

 胸に大量のパッドを必死に詰め込んでいるので、胸を大きくして母性愛をアピールするつもりに違いありません。

 あざと過ぎますよ、美波ちゃんっ!

 

「明久くんが泣く為の胸ならここにありますよ。明久くん専用のFカップですよ!」

 

 でも、美波ちゃんの偽乳では明久くんの傷ついた心を癒すことはできないんです。

 この天然国産100%の胸こそが明久くんを抱擁するに相応しいのです。

 フッ。勝ちました。

 

「アキ専用のFカップって……やっぱりピンク髪はド淫乱なのよぉ~~っ!」

 

 取り乱しながら悔しがる美波ちゃん。

 ヒロインとは胸。

 胸の大きさが戦力の絶対的差であることを教えて差し上げますよっ!

 

「姫路さんも美波も一体何を言っているの?」

 

 ハッ!

 美波ちゃんがあざといことを考えていたせいで明久くんが引いてしまっています。

 このまま行くといつものラブコメディー的展開になりかねません。

 それは否。否なんです!

 明久くんが結婚を決めるこの1日。

 決してコメディーパートに食い潰されるわけにはいかないんです!

 今こそ私の愛を、今後の人生を燃やし尽くす時なんですっ!

 

「うぉおおおおおおぉっ! 命を、燃やしますよぉおおおおおぉっ!」

「ウチの本気を見せてあげるわよぉおおおおおおおぉっ!」

 

 私と美波ちゃんの戦闘力が普段の何倍にも膨れ上がっていきます。

 やはり、今が決着の時なのです。

 

「明久くんっ!」

「ウチと瑞希のどっちを選ぶのよっ!」

「えっと……一体、何を?」

 

 事ここに至ってもまだ状況を理解していないおバカ過ぎる明久くん。

 そんな鈍感な明久くんに私と美波ちゃんは同時に婚姻届を開いてみせました。

 

「私と美波ちゃんのどっちをお嫁さんにしてくれるんですか!」

「後はもう、アキの署名だけで結婚は成立するんだからねっ!」

 

 さすがはファイナルバトル。

 超が付くほど熱い盛り上がりです。

 いえ、そうでなくてはなりません!

 

「何で僕が姫路さんか美波と結婚なんていう展開になっているのさぁ~~っ!?」

 

 明久くんは訳がわからないという表情を見せています。

 でも、そんな明久くんのいつもの勘違いや理解不足に構っている場合じゃありません。

 今日だけは、今日だけは絶対に譲れないんですっ!

 

「私と明久くんが結婚する必然性。それは、これまでの歴史がそれを余すことなく物語っています!」

「ウチとアキは結婚するしかもう生きていく為の道がないのよ!」

「2人が何を言っているのかまるでわからないよ……」

 

 明久くんったら、本当に鈍感過ぎます!

 

「私の脳内で毎日『愛しているよ瑞希』って言ってくれたのは嘘だったんですか!」

「アキはウチが編集した録音機で毎日『僕は美波のことが大好きだ』って言ってくれたのは嘘だって言うの?」

「ごめん。僕、ツッコミは得意じゃないんだ」

 

 どうしてここまで言っているのに伝わらないんでしょうか?

 こうなったら、もっともっとストレートに表現するしかありません!

 

「明久くんが好きな人を今ここで正直に教えてください! 心から愛している人の名前を」

「アキはその人と結婚すること。いいわね」

「へっ?」

 

 明久くんは呆気に取られた顔を見せました。

 でももうこれぐらい直球に伝えないとこの人には何も伝わらない気がします。

 

「そうだ、明久。今こそお前が本当に愛している人間の名を大声で叫ぶんだっ!」

 

 坂本くんが大きな熱い声で私たちの言うことに賛同してくれます。

 やっぱり、坂本くんは私の大切なお友達ですね。

 私の声をバックアップしてくれています。

 

「そうだよ、吉井くん。みな、気持ちは伝えた。後はもう君が答えを出すだけなんだ」

「男らしく決断する時じゃぞ」

「…………誰が選ばれても恨みっこなし」

 

 久保くんも、木下くんも、土屋くんも私と美波ちゃんの決着を後押ししてくれます。

 みんな、素敵なお友達です。

 

「僕が……本当に愛している人……」

 

 明久くんは俯き、そして──

 

「そうだっ! 僕は今こそ自分の本当の気持ちを伝えなきゃいけないっ! とぉっ!」

 

 掛け声と共に明久くんは両手を拘束していた鎖を引きちぎります。

 続いて着せられていたウェディングドレスを脱ぎ去りました。

 ウェディングドレスの下には真っ白なタキシード。

 女装姿が良く似合っていた明久くんが一転して立派な紳士に早変わりしたのです。

 

「僕は、自分の思いを正直に伝えるっ!」

 

 明久くんがゆっくりと私たちへと近付いてきました。

 いよいよ、運命の瞬間です!

 

「姫路さん……大事な話があるんだ」

「はっ、はいっ!」

 

 明久くんに話し掛けられてしまいました。

 これって、もしかして、もしかしてですよねっ!

 私、今日から人妻になっちゃうって思っても良いんですよね!

 『お帰りなさいあなた』って団地妻をしちゃっても良いんですよね!

 私は今すぐにでも明久くんの所に嫁ぐ準備を完了していますからぁ~~っ!

 

「寝癖、付いているよ」

「はいっ?」

「だから寝癖。せっかく綺麗な髪なのに寝癖でマイナスになっちゃ勿体無いよ」

 

 えっとぉ……明久くんは一体何の話をしているのでしょうか?

 

「あの、明久くんは私にプロポーズしてくれるんじゃないんですか? 私に吉井瑞希になって欲しいって」

 

 持ち物の名前を昨日半分徹夜して全部吉井瑞希に書き換えたんですよ、私?

 

「姫路さんにプロポーズ? 一体何のこと? 姫路さんとはずっと良い友達でいたいけどね」

「一生ただのお友達……グハぁッ!?」

 

 私はもはや立っていられませんでした。

 両膝を体育館の木目の床につけて呆然となります。

 一生ただのお友達。

 もう、何も考えられません。

 でも、私が選ばれなかったと言うことは……。

 

「美波に大事な話がある」

「ウチ。アキの為に可愛いお嫁さんになるね♪」

 

 満面のドヤ顔を見せる美波ちゃん。

 そうですよね。私がただのお友達ということは……明久くんは美波ちゃんを選んだ。ということですよね?

 

「リボン、曲がってるよ」

「ハァ? 今はリボンじゃなくてプロポーズの方が大事でしょ! ウチの作ったお味噌汁が毎日飲みたいって早く言いなさいよ! 1秒で了承するんだから」

「美波にプロポーズ? 一体、何のこと? 美波と僕はこれからもずっと異性を感じさせない友達でいようよ」

「一生女の子として見てくれない……グハッ!」

 

 美波ちゃんも吐血しながら倒れました。

 

 私も美波ちゃんも明久くんに振られてしまいました。

 では、明久くんには他に好きな女の子がいるということでしょうか?

 そう言えば明久くんは優子さんの男らしい背中に憧れると言っていましたし、もしかすると……。

 

「明久は誰が好きなんだ? さっさと答えろ!」

「自分の心に素直になるんだ、吉井くん!」

「もうハーレム王はやめて1人に絞る時じゃぞ」

「…………早く教えろ」

 

 明久くんが坂本くんたちに取り囲まれます。

 みんな、目が血走っています。一体、どうしたのでしょうか?

 

「僕が心から愛している人……それは」

 

 明久くんは体育館の入り口を見ました。

 

「いるんでしょう、鉄人? いや、西村先生っ!」

 

 響き渡る明久くんの大声。

 その声に導かれるように1人の男性が体育館へと入って来ました。

 

「気付いていたのか、吉井」

 

 男性、西村先生は俯き加減に明久くんに返答します。

 

「ええ。好きな人のことですから、気配ぐらいわかりますよ」

 

 へっ?

 明久くん、今、何て言いましたか?

 西村先生に向かって好きな人って。

 き、聞き間違いですよね?

 

「愛している人がどこにいるかぐらい僕にだってわかりますよっ!」

「「はいぃ~~~~~っ!?」」

 

 美波ちゃんと声を揃えて驚いてしまいます。

 でも、だって、明久くんの愛している人が西村先生だなんてっ!

 こんなの、絶対におかしいですよ!

 西村先生は女の子じゃないんですよ!?

 明久くんが男の人を好きだなんていう伏線が今までどこにあったというのですか!?

 みんな冗談か、私の妄想の中の出来事に過ぎなかったはずです!

 なのに、何でこんな展開を迎えていると言うのですか!?

 訳がわからないですよ、本当にっ!?

 

「西村先生……僕と結婚してください」

 

 それ以上、私は意識を保つことがとても困難でした。

 頭がグニャッとして何も考えられません。

 ただただ、『こんなのは悪い夢ですよね?』と口の中で何度も繰り返すだけでした。

 

「しかし吉井……俺とお前は教師と生徒……」

「そんなことは関係ないっ! 僕は鉄人を愛している! 西村先生は僕のことをどう思っているんですか!」

「お、俺は……俺も……だが、そんな、法が変わったからとはいえ男同士が、しかも教師と生徒が……」

 

 西村先生は顔を真っ赤にしながら尚もツンデレを続けていましたが、もう私にはそれ以上聞いていられませんでした。

 

 サヨウナラ、私の初恋

 

 明久くんの顔が涙で滲んで見えなくなってしまいました。

 

 

 

 あれから数ヶ月が経ちました。

 私も後数日すると3年生に進級する春休み。

 私たちは海の見える丘の上の教会に来ています。

 結婚式に参加する為です。

 

「この結婚式に参加するなんて瑞希も物好きねえ」

「そういう美波ちゃんこそ、失恋した男の子の結婚式に参加するなんて勇気ありますよ」

 

 そう。今日は明久くんの結婚式の日なのです。

 私が10年間恋して来た男の子は今日、自分の担任の先生である西村先生と結婚します。

 悲しくないと言えば嘘になります。

 私は今でも明久くんのことが好きですから。

 でも、明久くんが大切な友人であることには変わりがなく、やっぱり結婚はお祝いしたいと思います。

 それが、初恋にけじめをつける為に必要なことだと思うから。

 多分、美波ちゃんも同じ考えなのだと思います。

 

 教会内部での式が終わり、新郎と新婦が出てきました。

 いつか見た白いタキシードに身を包む明久くん。

 西村先生は真っ白いウェディング姿です。

 ……見なかったことにしたいです。

 でも、2人がとても幸せそうに見えることだけは確かでした。

 私では、西村先生に敵わなかったのです。

 

「チッ! 俺の方がウェディングドレスが良く似合ったに違いないってのによ」

「フッ。メガネ美人の僕の方がウェディングドレスが良く似合うに決まってるさ」

「何をほざいておるのじゃ。女装と言えば、ワシに敵う者なぞおらぬ。結婚装束にしてもそうじゃ」

「…………いつまでも続くと思うな、秀吉の天下」

 

 一方で、坂本くんたちはあまり面白くなさそうな目で2人の晴れ姿を眺めています。

 自分たちの方がウェディングドレスが良く似合うって……坂本くんたちには女装趣味があったのでしょうかね?

 坂本くんたちが何を考えているのか未だに謎が多いです。

 

「ふんりゃぁあああぁっ!」

 そうこうしている内に明久くんの挨拶も終わり、西村先生がブーケを放りました。

 西村先生に放られるというのはちょっと微妙ですが、でもブーケはやっぱり女の子にとってはどうしたって欲しくなるものです。

 愛する人と早く幸せになりたいですから。

 運動音痴の私ですが、一生懸命体を動かしてブーケを取りに向かいます。

 そして肝心のブーケは──

 

「あっ、美波ちゃん」

「瑞希……」

 

 丁度私と美波ちゃんの中間に納まりました。

 こういう場合、どうなるのでしょうかね?

 

 ブーケをどうしようかなと思いながら美波ちゃんとジッと向き合います。

 美波ちゃんの端正な顔が私の視界一杯に広がります。

 美波ちゃんって、普段は明るくて可愛いんですけど、こうしているととっても凛々しいんですよね。

 ほんと、騎士さまみたいです。

 

 ドクンッ

 

 えっ?

 美波ちゃんの顔を見ていると私の心臓が高鳴り始めました。

 息が苦しくなって、顔も熱を持ってきてしまいます。

 一体、私はどうしてしまったのでしょうか?

 美波ちゃんを見れば、彼女もまた私の顔を見ながら顔を真っ赤にしています。

 えっ? えっ? 

 これって、これってぇ~っ!?

 

「次に幸せになるのは姫路さんと美波の番だね」

 

 明久くんが声を掛けてくれました。

 その言葉の意味を考えながら再び美波ちゃんと顔を合わせます。

 明久くんはきっとそんな意味で言ったんじゃないんだと思います。

 でも、私たちはお互い首まで真っ赤に染まってしまいました。

 

「そ、そ、そうですね。次は私たちが幸せになる番ですよね」

「アキはもう幸せを掴んだんだし、ウチと瑞希が幸せになってもおかしくはないわよね」

 

 何だか恥ずかしくて美波ちゃんの顔が見られません。

 でも、とっても気分が高揚して気持ち良いです。

 こんな気持ちになったのは、明久くんに失恋して以来初めてです。

 

「うん。2人が1日も早く幸せになってくれることを心から願っているよ」

 

 明久くんがニッコリ笑いました。

 

「はいっ」

「うんっ」

 

 同時に返事をする私と美波ちゃん。

 その際に再び目が合ってしまいます。

 私は自分の胸の鼓動が更に早まるのを感じずにはいられませんでした。

 

 

 私の妄想はこれから新しい天地を切り開いていきそうな、そんな予感がしました。

 

 


 
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