No.216142

そらのおとしもの二次創作ショートストーリー 男の戦い

ショートストーリー第8弾。
じっちゃんの思想を巡る物語。
来週からもしばらくはショートストーリーで場つなぎが続きそうです。
バカテスの連載も準備中ですが、始動にもうちょい掛かりそうです。

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2011-05-11 00:36:13 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:3593   閲覧ユーザー数:3287

 

 智樹が日課になっているムフフ本の台詞の復唱を終えて布団に入ると部屋の扉が開いた。

「ねぇ、智樹っ……一緒に寝ていい?」

 少女は智樹の返事を待たずに布団の中に潜り込んできた。

「に、ニンフ……?」

 暗い室内ではあったが、数cmの距離にいる同居人の顔を見間違える筈がなかった。

「一緒に寝て、良いでしょ?」

 少女の甘えるような、でも拒絶されることを恐れ震えているような声が耳に入ってくる。

 智樹はあまりにも突然な展開にどう答えて良いのかわからなかった。

「勝手にしろ」

 身体ごと顔を背けてそう答えるのが精一杯だった。

「うん。そうするね♪」

 背中に感じる少女の身体の柔らかい感触。鼻腔をくすぐる甘い香り。

 智樹はもう大変なことになってしまいそうだった。だから、必死に心を静めようと寺で煩悩を鎮めに修行したときのことを思い出す。

 あの時、祖父との対話から得た悟りの境地は確か……

 

『え~んじゃねえ? 未確認生物でもえ~んじゃねえ?』

 

 ダメだった。

 逆効果だった。

 別の方向に突き抜けてしまいそうだった。

「何か、何か別のことを考え抜かなくては……」

 思考を停止させた瞬間に自分がどうなってしまうのかわからない。

 何でも良いから思考に没頭できるトピックが必要だった。

「智樹ぃ……」

 自分の名前を甘く囁く声が後頭部から聞こえて来る。

 その声は智樹の残り少ない理性を容易く崩壊させていく。

 もはや智樹には一刻の猶予もなかった。

 早くトピックを見つけて朝まで生脳内会議を開く必要があった。

 慌てて会場がセッティングされ、参加者が続々と押し入ってくる。

 その脳内会議場に押し入ってきた1人の老人。

 老人は演壇の中央に立つとこういった。

『トモ坊……男の戦いから逃げるでないぞ』

 

 

そらのおとしもの二次創作ショートストーリー 男の戦い

 

 

 祖父は智樹がまだ幼い頃に他界した。

 死因は病気と言われているが、女性関係のトラブルが元の事件だったとも言われている。

 死ぬまで様々な女性にちょっかいを出し続けた困った人物だった。

 智樹は祖父のことをそれほど憶えているわけではない。大好きな祖父ではあったが、記憶を体系化するには智樹はまだ幼すぎた。

 しかし、智樹が成長して女性に興味を持つようになるにつれて、祖父から聞かされた言葉を瞬間的に思い出す経験が増えてきた。

 それは智樹もまた祖父と同じ好色家としての道を歩んでいることも意味していた。

 その祖父が智樹の脳内会議の中で放った言葉。それは智樹に大きな衝撃を与えた。

『男の戦いとは一体なんだ?』

 議長であるチェアマン智樹が議題を提唱する。

『そんなもの、如何にして獣と化すかに決まってんだろ。男の布団に潜り込むという行為が何を意味するのかニンフにその身をもって知らせてやれば良いのさ。ヒッヒッヒ』

 獣連盟のウルフ智樹が下卑た笑みを浮かべる。

『理性を保ち、結婚するまでは清い交際を続ける。それこそが男の戦いではなくて?』

 女性保護同盟のシスター智樹がウルフ智樹の案を否定する。

『しかし、結婚と一言で言われましても、人間とエンジェロイドとの婚姻は難しいのではないでしょうか?』

 六法全書を引きながらジャスティス智樹が難しい表情を見せる。

『羽の生えた小柄な少女のウエディングドレス……作り甲斐があって良いじゃないの♪』

 ファッションデザイナーのチャーリー智樹が腰をくねらせながら決意を示す。

『いや、ここは日本だ。日本である以上、花嫁には白無垢を着てもらうのが当然だ』

 お米族連合の太眉毛智樹が西洋かぶれの文化を嫌う。

『みなさん、静粛に。論議が本題からずれて来ている』

 チェアマン智樹が場の沈静化を図る。

『そうだっ! 今大事なのはニンフと連名で出す結婚挨拶状の文面を考えることだ』

『そんなことより妊婦萌えとしてはマタニティードレスの選択に全精力を傾けるべきです』

『違うっ! 披露宴の会場を押さえることだ。何ヶ月待ちになると思ってんだ!』

『披露宴の規模と招待客リストも作らずに会場だけ押さえてどうするつもりだ!』

『何言ってるんだ! まずはキスの練習だろう! 披露宴で上手くできなかったら恥ずかしいぞ!』

『ハァハァ。ニンフたん、萌えぇえええぇっ!』

『ニンフ、大好きだぁあああぁっ! 愛してるぅうううぅっ!』

 しかし会場は大混乱と化し、もはや議長に収拾を付けることは不可能かと思われた。

 だがその時、1人の伝令智樹が議長の元へと駆け寄りそっと何かを囁いた。

 それを聞いて議長は目の色を変えた。

『ただいま、緊急の知らせが入った。議題を変えたいと思う』

 突然の議題変更声明に会場の誰もが驚く。

 だが、その驚きの為に一瞬訪れた沈黙を議長は見逃しはしなかった。

『新しい議題…………それはサバイバルだ』

 議長のその声と共に智樹は意識が覚醒した。

 

 

「…………マスター、ニンフ。一体何をしているの?」

 闇の中、扉の向こう側に立つイカロスの瞳だけははっきりと見えた。

 闇の中なのに、瞳が赤く光っているのだから見間違いようがなかった。

「智樹ぃ……そんなにキツく抱きしめちゃ、痛いよぉ……」

 そして自分の腕の中から聞こえるニンフの弱々しくもどこか甘い声。

 視線を自分の胸へと向けると、ニンフを左腕で抱き寄せ激しく抱きしめていた。更に右手はニンフの胸を掴んでいる。しかも、パジャマの中に手を突っ込んで直に。

 白熱した議論とは別次元で智樹の体は勝手に動いていた。言い訳もできないぐらいに欲望に忠実に。もぉ、アウト。

「もぉ……智樹のエッチィ♪」

 破廉恥なことをされているのにも関わらずニンフはトロンとした瞳で甘えた声を出した。そして智樹の顔に両手を添えながらその頬にキスしてきた。

「私、智樹のお嫁さんにしてもらえるんだよね♪ だから、さっきみたいに愛してるって言いながら荒々しくも激しくて蕩けちゃうキスをもう1回お願いね♪」

 脳内議会の発言は所々口に出てニンフに伝わっていたらしい。

 しかも会議中に荒々しく唇まで奪っていたらしい。ツーアウト。

「…………ニンフだけでなく、マスターにも、キツいおしおきが、必要なようですね。100回ほど、死んで頂く、程度の適度なおしおきが」

 普段はぼぉ~としているように見えるので忘れてしまいがちだが、最強のエンジェロイドが誰であるのか今のイカロスはよく示してくれている。

 そんなイカロスとニンフを見て智樹は悟った。

 サバイバルが議題になったのは実に正しかったと。

「なあ、ニンフ?」

「なあに、あなた?」

 ニンフの智樹の呼び方が変わっていた。スリーアウト。ゲームセット。

 ニンフの言葉でイカロスの頭上に輪っかが現れたがもうそれは気にしない。どうせ出現するのが10秒早いか遅いか程度の違いしか生まないのだから。

「どこまで逃げれば俺たちは助かるか?」

 逃げないで済むなんて選択肢は端から考えない。

 

『ばぁさんを怒らせてしまってのぉ。ちぃ~とばかしこの国を離れるさ、トモ坊』

 

 祖父は女性トラブルがある度に国外逃亡していた。

 その気持ちが今の智樹にはよくわかった。

 やはり先人は偉大な知恵を示してくれていたのだと感慨もひとしお。

 だが、今は感涙の涙にむせている暇はなかった。

「そうね……土星まで行けば何とかなるんじゃないかしら?」

「火星でもまだ足りないっすか」

 ニンフの示した答えは自分の予想よりもまだ遠い地点だった。

 だが、無理と言われないだけまだ良かった。

「よしっ、逃げるぞニンフっ!」

 智樹はニンフをお姫様抱っこしながら立ち上がる。

「これってハネムーンよね、あなた♪」

 ニンフが智樹の首にしがみつく。

「ハネムーンになるか、地獄への片道旅行になるかは逃げ切れたかどうかの結果が示してくれる」

 智樹はニンフを抱きかかえたまま窓から外へと向かって跳躍する。

「あなたっ、地の果てどころか宇宙の果てまで逃げるわよっ!」

「ああっ、じっちゃんが言ってた。いい女は水に流すって。だからイカロスの怒りが解けるまでこの家、いや、この星とはおさらばだっ!」

 外に出た瞬間、ニンフが翼を広げて今度は智樹を抱きかかえるようにして空中へと飛び立つ。

「…………2人とも、逃がしません」

 2人の後を追ってイカロスも飛び立つ。

「なあ、ニンフよりイカロスの方が速いんだろ? この後、どうするんだ?」

「デルタとシナプスを囮に使って時間を稼ぐわ。その間に、こんなこともあるかと思って密かに建造していた宇宙船に乗って土星へと向かうわよ」

「こんなこともあるかなんて台詞を人生で実際に聞くことになるなんてな」

 智樹とニンフは逃亡中の身にもかかわらず笑っていた。ニンフは幸せで、智樹は色々限界を超えすぎてハイになりながら。

「さあ、まずはデルタが寝泊りしている山中に向かって飛ぶわよ」

「じっちゃん。俺、じっちゃんの言葉を守ってこの危機を生き延びてみせるよ」

 智樹の脳裏に浮かぶ祖父の一言。

 

『トモ坊……人生で最も大事なことは……何があっても諦めるでないぞ。ねば~ぎぶあっぷ、じゃ~』

 

「…………レーダーに、ダウナー(アストレア)の生体反応発見。とりあえず、アルテミス全弾とアポロン発射」

「何で突然攻撃されているの私!? うっきゃぁああああああああああぁっ!?」

 山中が真っ赤に光り、火柱と共に宇宙にも届かんばかりの勢いで上空へと吹き飛ばされていく金色の髪をしたスタイルの良いエンジェロイドの少女。

「…………仕留め損ねた? 最優先順位をダウナー(アストレア)追撃に移行」

 アストレアを追い、真っ白な翼をはためかせながら天空へと駆け上がっていくイカロス。

 ニンフはそんなイカロスの様子をジッと眺め分析する。

「デルタが吹き飛んだ先にはシナプスが浮いているわ。シナプスの迎撃システムならアルファ相手でもしばらくは耐えられる筈。シナプスが陥ちる前に宇宙に出るわよ」

「おおっ!」

 智樹が勇ましく大きな声で返す。

「その、宇宙船はあんまり大きくなくてベッド1つしかないんだけどいいよね? その、私たちはもう夫婦なんだし……」

「……おお」

 智樹の声が小さくなった。

 智樹とニンフの顔は真っ赤になっていた。

 

『トモ坊……男の戦いから逃げるでないぞ』

 

「じっちゃん俺、今度墓参りに行く時は子供連れて行くかもしれないからっ!」

「……子供だなんて……智樹のエッチぃ……♪」

 そう言ってニンフは智樹をより強く抱きしめた。重なり合う唇と唇。

 こうして智樹とニンフの4年以上に渡るイカロスからの愛の逃亡劇は始まりを告げたのだった。

 

 

 了

 

 


 
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