No.837188

別離   11.庭主

野良さん

式姫の庭、二次創作小説の11話になります。
今回のタイトルはちょっと困りましたが、式姫の庭の主人公を表す、掲示板で一番通りの言い名前を借用しました。
あまり一般的な用語ではありませんが、ご容赦下さい。

第一話:http://www.tinami.com/view/825086

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2016-03-13 22:55:05 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:670   閲覧ユーザー数:659

 主従の足取りがどこか重い。

 池と巨木を離れ、この屋敷の正門に向かう、少し広い道に出る。

 その沿道に、趣味と実益を兼ねて、式姫たちが開いた可愛らしい店があちこちに残っている。

 散歩、偵察、武者修行、行商、探検、歌舞音曲の公演、そして妖怪討伐。

 様々な理由でこの庭から旅立つ式姫に、色々な物をこの通りに並んだ店は提供してきた。

 おにぎりや薬を提供していた狗賓や天女や織姫の店が、仲良く隣合っている。

 大陸の変わった食事を提供する斉天大聖の店は、その独特の食材や調理法を再現する為に、随分とお金を使わされた物だが、その苦労に見合う珍味を味わえた。

 

「らあめんが恋しいのう、あの麺の喉越し、深い出汁の効いた汁」

「……左様ですね」

 小烏丸が色々言いたい事を我慢した表情で、相槌を打つ。

 この主、斉天大聖と賭けで勝負し、見事一人でらあめんの特盛り十杯を完食して、彼女を仲間にしたという豪傑伝説を持っている。

 あの大量の麺と汁と猪肉と葱やもやしは、この細い体のどの辺に収まるのだろうか。

 

「大変美味じゃったぞ、点心とやらはまだか?」

 きらきらと輝く目でそう言われた時、斉天大聖は己が完敗した事を悟ったとか……。

 

「京にらあめんの店はあるかのう?」

「食材に料理人、諸々考えると難しいかと」

 戦と妖怪の跳梁で絶えた明国との貿易は、未だその回復の目処も立たない。

「お主の言うとおりじゃの」

 ふぅ、とため息をつく主に、小烏丸は、少しだけ面白がるような視線を向けた。

「こうめ様手ずから打たれては?」

「……わしの料理の腕前くらい、お主、知っておろうが」

「こうめ様ほど、食を愛する方は見たことがございませぬ。なれば、好きこそ物の上手なれ、何事も修行にございます」

 しれっとした顔の小烏丸を忌々しそうに見てから、こうめは僅かに鼻を鳴らして、視線を他の店に向けた。

 

 雪女が氷菓子の店で、夏に涼気を添えた。

 井戸脇では、狛犬が庭で採取した異国の珍しい果物を商っていた。

 

「あの店を見ると、わしは桃が食したくなる……」

「どれも美味でしたけど、私は、あの妙に硬い西瓜が好きでした」

「あれか……どうしてあのような硬さになったのか、訳が判らぬのう」

「案山子様も判らないと仰ってましたね」

 甘み、身の締り、瑞々しさ、全てが絶妙に美味だが、式姫たちですら容易に割る事が出来ない程に外皮の硬い西瓜。

 蜥蜴丸が、良い鍛錬ですと言いながら斬ったそれに、年若い式姫たちが喜んで集まるのも、夏の風物詩だった。

 

「ま、この庭で起きる面妖な事に、いちいち驚いていては、身が持たぬでな」

「ええ、面妖な住人しか居ませんから」

「自分で言うでないわ」

「ふふ」

 微笑する小烏丸の柔らかい笑顔を見て、こうめは目を細めた。

「……おぬしも変わったのう」

「そうですね、ちょっと不真面目な式姫になってしまいました」

 真面目で、あんまり笑わなくて、表情も殆ど変えない、冗談を言う姿なんて想像も付かない。

 かつての小烏丸はそんな式姫だった。

 今も、そんなに感情を表すのは得意ではないけど。

「勘違いするでない、わしは、今のお主が好きじゃぞ」

「ありがとうございます、私も今のこうめ様が好きですよ」

 

 二人で軽口を交し合いながらも、それが、自分達が歩みを進める程に、一歩一歩近づく現実を忘れる為の物だと判っている。

 この通りが果てる場所。

 こうめたちが逃げ込んできた

 多くの幸と災いを等しく、この庭に受け入れてきた。

 

 この庭の門。

 

 そこに、彼は居る。

 別に約束したわけではないが、何となく判る。

 一歩進めるごとに、別離の時が近づく。

 そしてこうめは、まだ答えを出せていない。

 

 男は悩んでいた。

 天狗の言葉に手が届かない。

 何が駄目なのだろう。

 俺は、この寄る辺無い子供と、人ではない存在達を助けたいと思った。

 縁も無い子供と人外の存在の為に、この命を危険に晒す。

 ……それも受け入れたつもりだった。

 何が足りないのだろう。

 まだ覚悟が足りていなかったのだろうか。

 

「こうめ様は何故、あなたの言葉をあなたに返したのか?」

 

 何でなんだろうな。

 こいつは、何で……。

 自分の胸にも届かない、小さな少女の頭に目を向ける。

 抱きついてくる、その必死の力が徐々に弱くなってきているのを感じる。

 あんな力を受けていては、こんな少女が長く耐えられる訳も無い。

 だけど、俺もこの重圧に耐えるだけで精一杯。

 こいつを受け止めるどころか、この小さな頭を撫でてやる事も出来ない。

 結局、誰も助けられないんだろうか。

 

「自分から出た言葉なのに、その言葉は確かにあなたの心を揺らした……それは何故か?」 

 

 揺れた、それ自体が俺の弱さではないのか。

 助けてくれるという言葉に乗ってしまうのは……。

 誰か、自分の負担を肩代わりしてくれる存在を求めてしまうのは。

 挙句、こんな少女まで危険に晒す。

 これが、己の弱さで無くて何なんだろうか。

 

「こうめ様っ、お逃げ下さい!」

 

 その時、小烏丸の叫びが聞こえた。

 腰に回されたこうめの腕が、その声にぴくりと反応する。

 男もこわばる首を何とか動かし、声の方向に顔を向けた。

「何だ……こりゃぁ」

 夜闇に、ちらりちらりと赤い光が点る。

 そして、こちらを押し包むような、危険な気配。

 彼女達を追いかけてきた奴らと同じ……それが、こんなに沢山。

「こうめ、逃げろ」

 自分と、天女は駄目かも知れない……だが、少数なら。

 あの小烏丸という少女の剣は、ここに彼女らが逃げてきた時に見せて貰ったが、あれなら、こうめ一人位は連れても、血路を開いて逃げる事も出来るだろう。

「嫌じゃ」

 声が震えている。

 こうめの方が、今自分に迫っている危機がどういう物か、良く判っている。

「子供が死ぬ事はねぇ、お前だけでも生きろと言ってるんだ!」

 男の言葉に、こうめはキッと顔を上げた。

 

「子供じゃとて意地はある。わしは今度こそ大事な人を助けたいのじゃ!」

 

 お主が……教えてくれたのではないか。

 子供だって、出来る事があると……それを探せと。

 どれだけその言葉が、嬉しかったか。

 後は言葉にならなかった。

 また、男の腹に顔を埋めて、こうめは悔しさの余りか、泣き出した。

 ああ……そっか。

 どうして、俺がこいつを放って置けなかったか、やっと判った。

 俺も昔、同じ悔しさを抱えて、同じ涙を流した。

 

(いつ、この罪が購えるのか……)

 父が、母が、悲しげにそう呟く姿を見て、償いに生きる姿を見て、育ってきた。

 二人とも、背に負ってしまった重荷に潰されるように、早くに死んだ。

 罪とは何か、死に臨む両親に問うても答えは無かった。

 教えてくれ、自分も背負うから。

 そう言う俺の頭を、枯れ木のような手が撫でてくれた。

 それは自分達が引き受けて、あの世に持っていく。

 その想いと優しさは、誰か他の。

 お前の大事な人の為にとっておいて。

 

 その優しさが嬉しかったが、同時に悲しかった。

 今なら両親の気持ちは良く判る……だけど、あの時自分は、この命を縮めてでも、一緒にその重荷を負いたかった。

 その想いが、大人の思慮の前に受け入れて貰えなかった事を、どこかで恨んでしまったのも、また偽り無い真実。

 

 そんな想いを、大人になった自分は忘れていた。

 

 子供だからと、一方的に大人が庇護を与え、導こうとする。

 式姫という術によって生み出された不可思議の存在を、人である自分が、その存在を許容し、受け入れようとする。

 そういう向き合い方をしようとしていた、自分が間違っていた。

 

「こうめ様は何故、あなたの言葉をあなたに返したのか?」

 それは、既に俺の言葉ではなかったから。

「自分から出た言葉なのに、その言葉は確かにあなたの心を揺らした……それは何故か?」

 こうめが、俺の言葉を受け止めて、自分の物にして、そして彼女の思いを乗せて、俺に掛けてくれた、彼女の言葉だったから。

 

 俺に必要だったのは、こうめが俺にしてくれたように向き合うこと。

 彼女達、意思ある一個の存在に、自分という存在が先ずは向き合うこと。

 いきなり主になどなれるものではない、だけどそれを目指して、共に同じ場所に立つ。

 人に出来る事など、それが全てではないか。

 

 そう、心から思えた時。

 男の眼前に世界が拓けた。

 

 藪の中から、白兎は空で対峙する二人を凝視していた。

「速すぎるよ、何なのあれ」

 白兎が藪の中で歯がみする。

 白天狗の動きを捉えきれない、まして今は夜。

 迂闊に射れば天狗に当ててしまいそうになる。

 援護したいのに……私。

 また、負けちゃうなんて、大事な友達を見殺しにするなんて……私、そんなの。

 

 ふわり。

 

 優しい風が藪を吹き抜けて、泣きそうになった白兎の髪を撫でるように揺らした。

「……え」

 彼女の周囲の世界が、ほんの少しだけ変わった。

 彼女が身を隠したこの藪が、更に自分の意思で白兎の姿を隠してくれるような。

 包み込んで守ってくれるような、そんな気配。

(不思議、まるで落ち着けって言われてるみたい)

 自分はこの感覚を知っている。

 我知らず、白兎の目から、涙が一筋零れた。

「何で、私」

 この暖かい感覚。

 もう、二度と無いと思っていた。

「ご主人様……なの?」

 

 

「コマよー、生きてっかー?」

 背中合わせに立つ突撃仲間に、悪鬼は声を掛けた。

「狛犬は常に元気ッスよー」

 言葉と裏腹に、その声に荒い息が混じる。

「だよなー、まだまだ死んでる場合じゃねーよなー」

「そッスね、突撃甲斐がありそうな奴が集まってきてるッス」

 棍棒を手にした、雲を突く人影、地を這う無数の巨大な蜘蛛が立てる足音。

 それらをぐるりと見渡す二人の姿は、自他の血に塗れた、凄惨な物だった。

 手にした武器も、狛犬の槍は穂先が既に無く、悪鬼の斧も、既にその刃は鋸の様相を呈しており、二人の限界が近い事を、まざまざと見せる。

 

 だが。

「なー狛犬よー、アタイだけかな? さっきから何か変じゃねーか?」

 もう、感覚が怪しかった斧を握る手に、力が静かに満ちてくる。

「そッスね……何かこう……もう一回うおーって感じがするッス」

 立っているのがやっとだった、萎えそうな足が、誰かに支えられる。

 

「だよなー、よくわかんねーけど」

 負けたくない、悪鬼の想いを誰かが支えてくれている。

 

「なんなんスかねぇ」

 最後まで戦う、狛犬の意思を誰かが後押ししてくれる。

 

 ならば……まだ自分達は戦える。

 

「正解」

 そう呟いた、天狗の口が僅かに笑いの形を作る。

 まだ弱々しい、恐る恐るの物だったけど、魂が触れ合った確かな感触があった。

「全く、ぼんくらが主だと、余計な手を焼かされます事」

 口とは裏腹に、天狗の表情が柔らかい。

 私達、式姫が彼を主と認めた。

 彼は、式姫の中に一個の存在を認めた。

 お互い認め合う、本当に必要なのは、たったそれだけ。

 そこから、全てが始まる。

 

 それが、式神の術と式姫の術を分ける、最も大きな違い。

 

 式神を自在に操った高名な術者が、数多召喚した式姫の一人も使役できなかった事があった。

 術の心得も無い無力な少女が、流浪の式姫と共に村を守って戦った事があった。

 選ばれた者だけが使えるといわれる、式姫の術。

 だが、本当はそうではない。

 ただ、虚心に世界と向き合う事が出来る人間が稀有なだけの事。

 

 そんな世の中で、主と認めるに足る存在に、この生の内に二度巡り会えた。

 何とこの身の幸いなるか。

 

「死ね、負け犬!」

 最早、黒い影にしか見えない白天狗の攻撃に、天狗は冷めた目を向けた。

「負け犬相手に、きゃんきゃん良く吼えますわね」

 自分は強いと確認する為だけに、どれだけ他者を貶め、その血を求めるのか。

「醜悪な……」

 痛む翼に力を込める。

 まだ、もう少しだけ頑張って。

 更に一打ちして、その華奢な体を空に舞わせる。

 自分の持てる力のありったけで、強く、速く、鋭く、迷い無くただ一点を貫く。

 成程、これがあれか。

「突撃ッスー……ですわ」

 くすっと笑って、天狗は更に翼に力を込めた。

 

「な……貴様!」

 白天狗の突進に対して、天狗が想像を超える速度で、真っ直ぐにこちらに飛来する。

 はったりか。

 回避も防御も無理なら、こうして正面からぶつかる構えを見せる事で、白天狗の側を退かせる方に賭ける……成程、悪くない考えではある。

 白天狗はその浅知恵を嘲るように冷笑を浮かべて、更に速度を上げた。

 だが相手の速度も更に上がる。

 こちらを真っ直ぐに見据える静かな瞳には、回避の意思は欠片も浮かばない。

 

 相討ち。

 

 その言葉が白天狗の脳裏をよぎった。

 両者がこのままの勢いで激突すれば、自分の身も……。

 この高度では、命が無事であろうと、翼に損傷を受ければ、どの道、地に墜ちて死ぬのみ。

 なまじ賢しい頭が、様々な碌でもない未来を紡ぎ出す。

 狼狽した白天狗が、破局から逃げようとする本能のままに、思わず身を捻った。

 だが遅い。

 彼女は微塵の躊躇いも無く、全く勢いを緩めることなく突っ込んで来た。

「貴様、馬鹿かっ!」

「何を今更」

 

 絶叫と共に無数に散った羽根が、夜空を覆った。

 

 こうめを守ろうと奔走し、妖魅と切り結ぶ小烏丸を光が包む。

「これは……」

 世界が一変した。

 天を貫くように、光の柱が立ち、大樹を囲むように太極図が描かれた。

 池の水が、仄かに光を帯びて、大樹を中心にして渦を巻きだす。

 余りの力に、池を越えて進入していた妖怪達が、耐えられずに消し飛んだ。

 妖怪を滅ぼしたその力は、だが、小烏丸には寧ろ心地良い。

 力が満ちて行く。

「この光は……」

 覚えて居る……いや、忘れる筈も無い。

 高ぶる感情に、僅かに声が震える。

 自分がこの世界に姿を取った時に見た光と同じ。

 世界の諸力が、強い意思の力に呼応して形を取る、奇跡の瞬間。

 

「式姫が……降臨する」


 
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