No.842895

別離  13.式姫の庭

野良さん

式姫の庭、二次創作小説、第十三話になります。

第一話:http://www.tinami.com/view/825086
第二話:http://www.tinami.com/view/825162
第三話:http://www.tinami.com/view/825332

続きを表示

2016-04-17 19:41:56 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:872   閲覧ユーザー数:848

 そこに神霊有り。

 そこに名有り。

 そこに力有り。

 そこに呼ぶ者有り。

 そこに応える者有り。

 

 なれば……式姫よ、あれ。

 

 

「ボクを式姫にしようなど……身の程を知れ!」

 

 光り輝く神霊の姿が、徐々に人の姿を取っていく。

 閃く雷光のような、光り輝く髪が。

 果てが見えないほどに澄んだ空の色の目が。

 どこか中性的な、凛々しくも美しい顔が。

 

 徐々に姿を取る己に苛立ったように、彼女は腕を振るった。

「認めるか!」

 建御雷が、姿を与えようと集まる力を弾き飛ばす……だが、その腕もまた青い衣を纏う、白く繊細な腕に変わる。

 

 こうめ達にとっては幸運にも、幾つかの偶然が彼女達に味方していた。

 神を降ろすにふさわしい霊樹という依代が有ったこと。

 そこに、膨大な力が既に注ぎ込まれていたこと。

 その依代には、建御雷が数十年の長きに亘り宿っていた事。

 

 そして、何より。

(ボクは、まだ迷っているのか……)

 

 

『鹿島大明神様、どうぞこの地を安らかにせんが為、力をお貸し下さい』

(もう貸してるから、これ以上は無理だよ)

 聞こえないのは承知で、建御雷は不機嫌な顔で嫌味を口にした。

 

 青々とした松の苗が植えられた所から少し離れた場所。

 地面に少し姿を見せていた石の上に、小さな、だが丁寧に造られた祠が建てられた。

 その前で、一人の男が静かに祭文を読み上げていた。

 ボクの力宿る要の石を見出し、祀る辺り、術者なのだろうが、聊か日焼けしすぎたその顔は、どちらかというと大工か農夫のそれに見える。

 

(さて、今度のはどれだけ頑張るかな)

 ボクの力で抑えてはいるけど、この地に眠る黄龍、すなわち大地を司る龍は強い。

 ……近隣に、同じく眠る火、水、風、金の力を司る龍達の長というだけではない、余りの力ゆえに、かつてボク達が、その魂を冥府に封じた、龍王の力の名残。

 その故か、この地は地震が絶えず、作物の出来もよくない。

 そのため、時々思い出したように、京から陰陽師や坊主がやってきては、寺を建てたり、小賢しい風水の技を振るって、地の鎮めを行おうとするが、皆、大いなる龍の身じろぎの前に潰え、挫折していった。

 

 ひとしきり祈りを終えて、祭文を折りたたんだ彼は、それを祠に納めた。

『さて……と、お供えと言っても何も有りませんが』

(手土産も無しに、頼みごとするかい、普通?)

 無骨な素焼きの湯のみを供え、彼は水筒から水を注いだ。

(……もうちょっとマシな物は無かったのかな)

 前に来た連中は、随分と念の入った、ピカピカした道具を用意して来てたもんだけど。

『これはここに来る途中で拾ったんです、春のおすそ分けを』

 そう言いながら、彼は桜の枝を、その湯のみに挿して目を細めた。

 

『今はこれだけですが、俺は、ここで花見をしたいんです』

 

 黒い顔の中で、白い歯が僅かに見えた。

『気長に、俺ができる事をやってみます……見守ってください』

 歩み去っていく男の背中を見送ってから、建御雷は供えられた桜の枝に目を向けた。

(花見をしたい……か)

 皆、国家鎮護だの、民草救済だのという大仰な目標を掲げて挑み、その覚悟を以ってしても失敗してるってのに……。

(馬鹿じゃあるまいか、あいつは)

 でも。

 そよりと吹いた優しい春の風が、桜の花と、建御雷の心を僅かに揺らす。

(……まぁ、どうせ失敗するだろうからさ、尻尾巻いて逃げるまで見ててやるよ)

 

 ボクはまだ、あの時の想いを捨て切れていないのか。

 

 雷が武具の姿を取る。

 長大な柄と波打つ金色の刃を持つ、槍とも剣とも付かない不思議なそれは、十握剣と呼ばれた神の武具。

 触れるか触れないかの内に、敵を引き裂き吹き飛ばす雷光の刃。

 この姿を取らせたのも、かつて降臨したあの時以来か。

 青い衣から伸びるすんなりした足を、春の夜風が優しく撫でていく。

 懐かしくも心地よい感覚、だが、同時に忌々しさも募る。

 このボクが、自らの意に拠らず、この世界に顕現させられるなんて。

 

「なんてザマだい……」

 

 切り株の上に、少女が立っていた。

 あの力と威圧感からは想像も出来ない小柄な姿。

 目の鋭さと顔立ちの凛々しさはあるが、男装をしてなお滲み出る可憐な佇まい。

 

 式姫召喚の術は終わった。

 後は、ただ、式姫と相手の、偽りなき心の対峙のみ。

 

 では、ボクの。

 神という立場を離れ、式姫になったボクの心は……。

 

「建御雷様じゃな」 

 こうめという少女の声が緊張を孕む。

「ああ」

 建御雷は下を向いたまま、ぶっきらぼうにそう答えた。

「では……式姫としてこの者を認め……」

 何か言いかけたこうめを、建御雷は手を上げて制した。

「必要ない」

「必要ないとは、いかなる?」

 

 今更、あいつを認めるも無いものだ。

「ボクはそいつを殺そうとしたんだよ」

 なら、答えは決まっている。

 

 一つ目入道が振り回す棍棒が、四人をなぎ払う。

「あうっ!」

 その風圧だけで、白兎が放った矢が、その主さらはじき飛ばされた。

 集中していた故か、受け身を取り損ねた白兎が地に伏したまま動かない。

 白兎だけでは無い、颶風の如き風に飛ばされた天狗が、辛うじて体を立て直し、怪しい月光をぬめりと弾く禿頭を睨み付ける。

「この満月禿!」

 天狗の罵声が聞こえたのか、一つ目入道の目が、明確な殺意を込めて、上空の天狗を捉えた。

「……殺す」

「こ、これはちょっと失言でしたわね」

 だが口から出てしまった言葉は取り返せない、怒りの唸り声と共に、一つ目入道は上空の天狗を叩き落とそうと、一歩を踏み出そうとした。

 その脚に、衝撃が走る。

「狛犬の突撃は風なんかには負けないッス!」

 右足のふくらはぎに突き立つ槍の柄……だが穂先を失った槍ではさしもの狛犬の突進を以てしても深傷には至らなかったのだろう。

「失せい、駄犬!」

 一つ目入道はその衝撃に耐え、逆に小煩げに、その丸太の如き脚を一振りした。

「ッスーーーーーー!」

 小柄な狛犬の体が宙を舞って、藪の中に落ちる。

「狛犬!」

 だが、天狗も人の心配をしている場合では無い。

 大木の幹をそのまま引き抜いてきたような棍棒が、唸りを上げて上空の天狗に迫る。

 素早さには自信がある……だが、その棍棒だけでは無く、それが巻き起こす風まで避け続けるのは至難である。

 そして。

「痛……っ」

 急激な切り返しに、酷使に耐えてきた翼がついに限界を迎えた。

 動きの止まった天狗に向かって、棍棒が唸りを上げて迫る。

 咄嗟に天狗は羽団扇を振るい、突風を巻き起こした。

 その風に乗り、天狗はその恐るべき棍棒の直撃をかろうじて躱す。

 だが、その代償は高くついた。

 疲労と汗と、そして咄嗟の動きで滑った手から羽団扇が落ち、ぶつかり合った風が巻いた渦の中に巻き込まれた。

「しまった!」

 羽団扇が暴風の中で捻れ、砕けそうになる。

 術を修め、一人前となった証に作り上げた、彼女の分身。

 直ぐに砕けるような柔な物では無いが、これほどの力の中でいつまでも無事でいる保障も無い。

 歯がみしながら眼下を見つめる、その視界に飛び込んでくる物があった。

 悪鬼が斧を構えて走り寄る。

 疲労してなお、十分な破壊力を乗せた突進。だが、一つ目入道も、それを察知して動き出す。

 天狗を狙い大振りした隙を狙ったのだろうが、一つ目入道の圧倒的な腕力に支えられた攻撃の切り返しの早さと、攻撃範囲の広さは想像以上。

 このままでは、悪鬼が危ない。

「あの馬鹿!」

 口でそう罵りながら、天狗の次の行動には、微塵の躊躇いも無かった。

 さようなら、私の分身……せめてその終わりは美しく。

 

「散華!」

 

 猛禽の風切り羽を、術と共に重ねに重ねた千と百と十と一枚。

 力を封じ込めた羽団扇が天狗の言葉と共に弾けた。

 封じられていた力が、無数の羽根と共に解き放たれ、一つ目入道の視界を覆い尽くす。

「私の翼……預けますわよ」

 力を失った天狗の体が、空で揺らぎ……落ちた。

 

「猪口才な」

 これを目くらましにして、あの小鬼に攻撃をさせようという意図ぐらいは読める。

 だが、自分の一撃は、目くらましの羽さらあの小鬼を吹き飛ばすだけの威力がある。

 

 それは、多くの者を地獄に誘った、慢心という心の毒。

 

 振り上げていた棍棒を振り下ろす。

 その棍棒に、意思を持つかのように羽が纏わり付き、激流に逆らい棍棒を振るったような力が腕に掛かった。

「何だ……これは!」

 

 その風は、天狗の巻き起こした物。

 

 敵には枷を。

 

 僅かだが威力と速さが削がれた棍棒を躱し、悪鬼が力強い踏み込みから跳躍する。

 

「喰らいやがれーっ!!」

 

 友には翼を。

 

 その身が常よりも遙かに軽い事に、彼女は気付いて居たのか。

 一つ目入道は、自分に斬りかかる悪鬼の背に、確かに翼を見た。

「見事」

 我が単眼が最後に見る光景としては、悪く無い。

 斧が、その一つ目さら彼の頭を半ば断ち割っていた。

「我が身はここまでじゃが……使命は果たす」

 重々しい地響きを上げて、一つ目入道が倒れ、その拍子に庭の正門を内側から崩した。

「……これで貴様らも仕舞ぞ」

 

「天狗!コマ、白ウサ!」

 慌てて周囲を見渡した悪鬼は、月明かりの下、地に伏して動かない三人の姿を認めた。

 無事では無いが、姿を取る力さえ残っていれば、いずれは力を得て復活する。

「……良かった」

 穏やかな月明かりと、ようやく訪れた静寂の中、さしもの悪鬼が安堵の息をつく。

 

 だが、その四人を照らしていた月明かりがふいに陰った。

「……そういや、大物が残ってやがったな」

 見上げる悪鬼の目が、巨大な影を認めた。

「化けギツネ……」

 

「この庭を守護する結界は、完全に潰え」

 

 絶望を見せつけるように、ゆっくりと空から巨獣が庭に降り立つ。

 家ほどもある巨体のくせに、しなやかさを感じさせる、細身の優雅な姿に、九つに裂けた豊かな尾が、月光の中で鈍い金の光を弾く。

 尾裂妖狐 ( おさきのようこ)

 

「これにて、この地の霊域、全て我が手中となった」

 ちくしょう……。

 覚悟していた筈だけど、今こうして正対すると声も出ねぇ。

 膝が震えている。

 手の中に斧が無いのを、不覚にも幸いだと思ってしまった。

 もし手にしていたら、それを取り落としてしまっただろうから。

 あの時、師匠もみんなも居たのに、あいつには傷一つ付けられなかった。

 絶対的に突きつけられる現実がアタイを打ちのめす。

 

 勝てねぇ。

 

「ちくしょう……」

 言葉と共に、涙が頬を伝う。

 情けねぇ……けど。

 もう、無理。

 

 ぺち。

 

 その悪鬼の頬を叩くように、一枚の羽が涙に張り付いた。

「……これ、あいつの」

 

 そうだよな。

 

 今、アタイは、一人でここに立ってるワケじゃねぇ。

 たとえ、自分に何も残っていなくても。

 ぎゅっと羽を握りしめて、顔を上げる。

 

「まだアタイが居るぜ」

 

 悪鬼の言葉に、それはさも今気が付いたかのように、わざとらしく顔を向けた。

「……ああ、何か煩いと思えば、あの時逃げた小虫の一匹か、他の虫はどうした?」

 逃げた、という部分を強調しながら、それは薄笑いを浮かべた。

「雑魚ばっかで退屈したんだろ、よく寝てるぜ」

「クク、良く吠えた物だな」

 

 九つの尾が、内側から無数の瘤を生じたようにぼこりぼこりと膨れあがる。

 

「だがまぁ、我が下僕共を倒した力を見れば、あながち虚言でも無いか……」

 その無数の瘤が、獣の姿を取りだす。

 その一匹でも侮れない牙を持つ、この大妖の分身たる猛獣。

 それが数え切れないほど。

「ではせめてもの褒美だ、我の分身で、貴様や、そこに倒れている連中を掃除してやろう」

 

 それは、黄金の大樹の枝の全てに、赤い火が灯るかの如く。

 

 無数の獣の目が爛々と光る。

 アレが解き放たれたら……もう。

 

「ようやく、この庭も、我が版図となる」

 

「生憎だけど、そりゃ無理だ」

 

 悪鬼の後ろから、飄々とした声が響いた。

 圧倒的な敵を前にして、なお、その声は悠然と。

「兄ちゃん……いや?」

 振り向いた悪鬼は、こうめを背後に守りながら、小烏丸と天女を従えて歩いてくる男の姿を認めた。

 あの時、自分の背中を支えてくれた力を、強く感じる。

「悪鬼、無事ですか?」

 天女は倒れた三人の所に、そして小烏丸がこちらに走り寄ってくる。

「なー、小烏丸よ」

「はい?」

 悪鬼は視線を、男の方を向けたまま。

「……ししょーなのか?」

「ええ」

 悪鬼の言葉が意味するところを理解して、小烏丸が頷く。

「あの方は、私たちの主です」

「そっか……へへ」

 なんだろ……何か判った。

 ししょーは、負けねぇ。

「悪鬼?!」

 あの大妖と正対し続けて気力を使い果たし、気を失ってくずおれる悪鬼の体を小烏丸は支えた。

「お疲れ様、悪鬼」

 もう、大丈夫です。

 ね……ご主人様。

 

 

「無理……だと?」

 この我を前に……人風情が。

「ああ、無理だ」

「我の力を知らぬか?」

 尾から、無数の獣が、グルルと唸りを上げながら這い出し始める。

「我が分身に食い尽くされるまでに、人など刹那の時も要らぬのだぞ」

「おお、怖。別にお前さんの力が弱いとは言ってねぇんだけどよ」

 男は言葉を切ってにやりと笑った。

「こちとらさっきまで、遙かに怖いのの相手をしてたんでな」

「……黙れ、戯れ言を!」

 怒りに震えながら、それは分身を解き放った。

「人風情が何と言おうと、この地は我の物ぞ!」

 

「いいや、ここは、ボクの加護を得た式姫の庭だよ」

 

 天空から降ってきた涼やかな言葉。

 それが悪寒となって、尾裂妖狐の総身を貫いた。

 

「お前如きが、土足で踏み込んで良い場所では無い」

 

 見上げた先にそれは居た。

「……まさか、そんな」

「久しぶりだな、尾の一。随分デカイ口を叩いていたみたいだけど、ご主人様はご機嫌麗しいかい?」

 かつて、主さら自分を打ち砕いた存在が、そこに居た。

「神々が、我らの争いに直接に関わって良いと思って居るのか!」

「神々ならね……でもさ」

 建御雷は、諧謔を楽しむかのように、くすくすと笑った。

「今のボクはそこの男の式姫なんでね」

「馬鹿な……神を式姫にだと!」

「全く、馬鹿馬鹿しい事も有った物さ、でもまぁ、なっちゃった物は仕方無いじゃないか」

 そこで、建御雷は眼下の敵を睨み据えた。

「ボクの主を傷つけようとか、ふざけた事をほざく奴はチリ一つ残さないよ」

 

 絶対の死を前に、抗うほどの力無き心は脆く砕け。

 

「ひ……」

 怯えが、分身全てに拡がる。

 恐慌のどよめきが、夜気を振るわせた。

「無様だな、お前の前に立つ人は、ボクの雷光を前に、なお吠えて見せたんだぞ」

 建御雷が僅かに、手にした十握剣を引く。

「お前はボクの力に負けるんじゃ無い……その男の器に負けたんだ」

 だから、滅びるが良い。

 その手が、軽く振り抜かれた。

 

 光が一筋、天から地へ。

 

 その光が眉間から入り、体を貫いた。

 一瞬の静寂の後、十握剣に貫かれた妖狐の体が二つに裂ける。

 

「途方もねぇな」

「何という力じゃ……」

 男とこうめが見守る先で、十握剣が纏った衝撃波が空気の槌となって、妖狐の体を無数の分身さら一瞬で粉砕した。

 

「良いのか……お主」

「……仕方ねぇよ」

 肩を竦める男に、こうめは気遣わしげな顔を向けた。

 

()の力無しで……出来るのか?」

 


 
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