No.169312

くろのほし 第1話

 稲光に照らされる村。遠くに浮かぶお城の影。
 ……今まさに、引き裂かれるふたり。

さあ、本編のハジマリです。
0話はいったん忘れた方が良いでしょう。

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2010-08-30 21:35:38 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:838   閲覧ユーザー数:817

 稲光に照らされる村。遠くに浮かぶお城の影。

 ……今まさに、引き裂かれるふたり。

 

 

「供物として捧げよ、ですと……?」

 

「ええ、『城』の方針でしてね」

 

 老いた男と、甲冑の男が話しています。

 

「……断る、と言ったら?」

 

「残念ながら、あなた方に拒否権はないのですよ」

 

「では……そうですね。今回はそこの娘さんを頂きましょうか」

 

 指された女の子は身じろぎし、兵士に抵抗を見せます。

 しかしもちろん、女の子の力では大の大人に適うわけはないのでした。

 

「ゲイル!」

 

「レイ! レイ――――!」

 

 連れ去られる女の子、残される男の子。

 雨風に運ばれて、悲痛な空気が立ち込めます。

 

「すまない、レイ……すまない、ゲイル……」

 

「レイ……ちくしょう、なんだよ……何の供物だって言うんだよ――――!」

 

――これが、始まりでした。

 少し遡ってみれば、ほんの歯車の狂いだったのです。

 雷雨の訪れる前、風吹きすさぶ草原。

 ゲイルとレイは、他の子供たちのするように遊んでいたのでした。

 ……その子供たちよりは少し、年を重ねているのですが。

 

「レイ、こっちに来てみろよ!」

 

「何? ってゲイルどこ……うわ!?」

 

 レイが声のする方に行くと、誰もいませんでした。

 ゲイルは風が荒れて音を掻き消すのを良いことに、レイの背後に回っていたのでした。

 そーっと、レイの首筋に水滴を垂らします。

 

「こら、何するのよゲイル!」

 

「ははは、レイで遊ぶのが面白くってさ!」

 

「もう……ゲイルったら」

 

 レイはすねたようにそっぽを向きます。

 ゲイルはそれを気にする風もなくへらへらと笑っていました。

 物心付いたときから……いえ、同じ日に生まれたときから。

 腹は違えど兄妹のように、ずっとこうして暮らして来たのでした。

 

 いつものように仲直りをすると、レイは異変に気が付きました。

 

「ゲイル……村の方が騒がしくない?」

 

「本当だ。うーん……あ、俺達に黙ってアロバゴ鳥とか焼いてるんじゃないだろうな……!?」

 

「ゲイル、本っ当にアロバゴ鳥好きだよね……」

 

 ……ここで戻ってしまわなければ、あるいは。

 他人が供物になるのと引き換えに、レイは連れて行かれなかったかもしれません。

 村に戻ると、全身を甲冑に包んだ男が村の長老と話していました。

 鎧を着込んだ兵士達が、脇の方に控えています。

 雰囲気は物々しく、話している二人を取り囲んでざわついています。

 ゲイルとレイも、人の輪に加わりました。

 

「私はオデュエロ=グリ。『城』の兵長を務めております」

 

「『城』の……その兵長様が、我らが村にどんな御用ですかな?」

 

「単刀直入に申し上げましょう。あなたの村から人身を、供物として捧げて欲しい」

 

「供物として捧げよ、ですと……?」

 

 経緯を聞いていた村の人たちが、一気に怒気を露にします。

 

「ええ、『城』の方針でして」

 

「……断る、と言ったら?」

 

「残念ながら、あなた方に拒否権はないのですよ」

 

「では……そうですね。今回はそこの娘さんを頂きましょうか」

 

 指されたのはレイでした。納得が行くはずもなく、兵士に抵抗を見せます。

 しかしもちろん、女の子の力では大の大人に適うわけはないのでした。

 村の人たちも兵士に飛び掛りましたが、兵士達はそれをものともしません。

 

「ゲイル!」

 

 兵士に担ぎ上げられながら、レイが伸ばした手。

 

「レイ! レイ――――!」

 

 ゲイルが取ろうとしたその手は触れ合う事無く、無情にも距離が開いていきます。

 連れ去られる女の子、残される男の子。

 雨風に運ばれて、悲痛な空気が立ち込めます。

 

「すまない、レイ……すまない、ゲイル……」

 

 長老が、歯軋りしながら呟きます。

 

「レイ……ちくしょう、なんだよ……何の供物だって言うんだよ――――!」

 

 村の人たちが止める間もなく、ゲイルは駆け出しました。

 荒れ狂う草原。降り注ぐ雷雨。

 駆け続けるゲイルでしたが、草に疲れた足をとられて転んでしまいます。

 座り込んでもなお拳が、頭が、何度も地面を打ちます。

 全の体躯で叫びながら。ありったけの力を込めて。

 それでも地面はびくともせず、拳の皮が剥けるのみでした。

 草を抜く手も疲れて、草の原にうつ伏します。

 

「……つまらない人間」

 

 天から声がして、ゲイルは顔を上げます。

 空中に浮遊するそれは……黒い髪の、女の子でした。

 

「……誰だよ、お前は」

 

 ゲイルの問いかけを意に介さず、女の子は言います。

 

「ふうん……後悔、自責、怨嗟……つまらない、つまらない感情」

 

「誰だって聞いてるだろ!」

 

 ゲイルの二度目の問いに、女の子は初めて表情らしい表情を見せます。

 それは、“嘲笑”でした。

「お前に名乗る名前は無い。……だが……我が主は、『城』の主」

 

「うお……おおおおおおおお! レイを、レイを返せえええ!」

 

 『城』という響きに、ゲイルは逆上します。

 

「はあ……厄介なちょっかい。馬鹿を無視していけば良かった」

 

 溜め息を吐くと、女の子は二度手を叩きました。

 

「ヴィオ、適当に相手をしておいて。殺さない程度に、ね」

 

 女の子がそう言うと、ヴィオと呼ばれた子がどこからともなく現れました。

 七又に分かれた鞭を手に、ゲイルを見て舌なめずりをしています。

 

「はいはい、御意ですー」

 

 黒髪の女の子は飛び上がり、暗雲の向こうへと消えていきました

 

「……さ、遊んであげるわよ?」

 

「レイを……返せ……!」

 

 風と暗雲の草原。

 雷雨は勢いが衰えていましたが、ゲイルの腸はまだまだ煮え返っていたのでした。

◎あとがき

今のところフルネームが出たのはオデュエロ=グリだけですねえ。兵長さん。

 

あと、実はコメディ的な展開がしばらくないんじゃないかってことに気が付きました。

 

それだとあまりにもひどいので、次の次の話あたりから少しずつ増やしていきたいと思います。


 
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