No.170884

くろのほし 第2話

「……さ、遊んであげるわよ?」

 風と暗雲の乱れる草原。
 七又の鞭を手にした女の子――ヴィオが妖しく笑んでいました。

続きを表示

2010-09-06 23:27:32 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:632   閲覧ユーザー数:624

「……さ、遊んであげるわよ?」

 

 風と暗雲の乱れる草原。

 七又の鞭を手にした女の子――ヴィオが妖しく笑んでいました。

 

「レイを……返せ……!」

 

 拳を振り上げたゲイルが、ヴィオに向かって飛びかかります。

 ヴィオは鼻で笑いながら、鞭を縦に振り下ろします。

 ゲイルは身をよじり、七又のうち一本を避けました。

 

「ふうん……動体視力はなかなかね」

 

 ヴィオは意外そうな表情を隠しもせず笑いました。

 

「でも……ふふ、あなたは決定的に未熟なのよ」

 

 残りの六本がゲイルの体に絡みつきます。

 身動きを封じられながらも、それを振りほどこうとゲイルは抵抗しました。

 

「……女だからって、なめてない?」

 ヴィオが鞭を掲げ、振り下ろしました。

 その動きに遅れてゲイルは持ち上げられ、そのまま地上へと叩きつけられます。

 

「っぐ……」

 

 ゲイルは空気の吐き出された肺をかばおうとしますが、束縛されていてはそれも叶いません。

 ヴィオは恍惚の笑みを浮かべながら、精妙に鞭を操作します。

 すると先ほどゲイルの避けた一本が、強かにゲイルを打つのでした。

 

「経験も! 研鑽も! 何もかもが、未熟! ……それすらもわからない!?」

 

 嘲るヴィオに、ゲイルは歯噛みします。

 その表情を噛締めながら、ヴィオは歓喜に震えるのでした。

 

「知るか……レイを、レイを返せよ!」

 

 砕けそうなほどにぎしぎしと歯を軋ませながら、ゲイルは吼えました。

 

「叫べば帰ってくるとでも思ってるの?」

 

 ヴィオのそれはゲイルを蔑み、知恵の足りなさを憐れむ目でした。

 

「その甘ったれた顔が癪に障るわ」

 

 四肢を縛る四本を残し、七又の三本が宙を舞います。

 そうしてゲイルの体を余すところなく打ちすえました。

「言われてなければ殺しちゃうんだけどなあ」

 

 残念そうに口を尖らせながら、ヴィオは七又の鞭をしまいます。

 ゲイルは半死半生の様相で、肩で荒い息をしていました。

 

「……強くなって、追いかけて来ることね。あなた、早すぎて楽しめないもの」

 

 ヴィオはそう言い放つと、草原の向こうへと飛び去っていきました。

 一人取り残されたゲイルは、それを目で追うだけで動く力さえ残っていませんでした。

 

「ちくしょおぉぉぉぉぉぉ!」

 

 いつしか天候も落ち着いた……日の沈んだ草原に、悲しい叫びがこだまします。

 アロバゴ鳥も寝静まっている頃、静かな村の片隅から声が聞こえます。

 

「じいちゃん、俺……この村を出ます」

 

 親しみを込められ爺と呼ばれる村長。

 その村長に決意を伝えていたのは、ゲイルでした。

 

「お前が出てもレイが帰ってくるとは限らんぞ? そればかりか、相手が『城』では……」

 

 神妙そうな顔つきで、村長は言いました。

 『城』には人ならざるもの、人を超えたものがはびこっていると聞きます。

 

「だったら強くなります。あいつらに負けないように……強く、なります」

 

 恐らくゲイルも、考えはしたのでしょう。

 それでもゲイルの目は揺らぎませんでした。

 

「じっとしていられないんです。ただ、悔しいんです……」

 

 村長は溜め息を吐き、しわくちゃな顔をさらにたゆませながら微笑みました。

 

「ゲイル……お前は小さい時から頑固だったな。あてはあるのか?」

 

「西の街に、行きます」

 

 草原を越えた先、西に大きな街があると聞きます。

 実のところ明確なあてなどないのですが、ゲイルは交流の盛んなそこで情報を掴もうと考えていたのでした。

 

「……わかった。気の済むまで旅をして来い。ただし、無理はせんようにな」

 

「ありがとう、ございます」

 

 ゲイルは村長に頭を下げると、星空のもと村を旅立ちました。

「……というわけでして、ゼラ様」

 

「そう……心底侮っていたけれど、経過観察が必要かもしれないわね」

 

 黒い髪の女の子は、風に揺れる綺麗なそれを後ろで結びます。

 そうして中空から取り出した白い帳面に、記録をしました。

 横を飛んではにかむヴィオの薄紫色の髪もまた、風にそよいでいます。

 

「じゃあヴィオ、私は予定通りに行くわ。あなたは目に付くやつを適当にあしらって」

 

「目に付くやつって……悪魔使い荒いですよ、ゼラ様ぁ……」


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
0
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択