No.173703

くろのほし 第4話

「よし、お前の武器は“拳”だ」
 剣の稽古を頼んだゲイルに、オッサンはそう言ってのけたのでした。
 童話風厨二病的連載小説「くろのほし」、第4話です。
 ……童話の陰もありません!

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2010-09-20 17:20:36 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:687   閲覧ユーザー数:684

「よし、お前の武器は“拳”だ」

 

「……は!?」

 

 ようやく辿り着いたオッサンの家。

 オッサンはゲイルを指差し、声高らかに断言しました。

 腰の絶妙なくねらせ方が、この上なく気色悪い趣です。

 

「ちょっと待ってくれよオッさん、俺は丸腰で何の抵抗もできなかったんだぜ?」

 

 ゲイルはヴィオとの戦いを思い出します。

 確かに、一矢を報いることすら出来なかったのでした。

 それなのにリーチも変わらない拳とはどういうことか、とゲイルは喚きたてます。

 そもそもゲイルは、剣の稽古をつけてくれと頼んだはずでした。

 

「あーまあ、気持ちはわかるがな。お前に最も適した武器は拳なんだ」

 

「何を根拠に!」

 

「俺の長年の、勘!」

 

「……………」

 

 ゲイルは知人のみっともない食作法を目の当たりにしたような顔でオッサンを見ました。

 有り体に言えば、不信感を露にして引く態度を見せました。

 

「いや、俺は武器なら大体教えられるぜ? でもお前は拳だ。そういう資質が俺には見える」

 

 オッサンは腕を組みながら、深々と頷きながら言いました。

 

「そもそもお前は武器以前に、精神がなっちゃいない!」

 

 じゃあ武器の話をするなよ、とゲイルは思いましたが胸の内にしまいます。

 精神、と言われてもなかなかピンとくるものがありません。

 

「戦いに最も重要なものは何かわかるか?」

 

「速さ……か?」

 

「まあ確かにな。当たらなければどうということは、と言うし……でも違う」

 

「洞察力」

 

「それも大事だが、もっと基礎的なことがあるんだ」

 

 オッサンはニヤニヤと笑みを浮かべながらもったいぶっています。

 ゲイルはイライラと青筋を浮かべながら荒ぶっていました。

ヘ○ヘ

|∧

/

 

「紳士的な平常心……それをお前は感じ取れるか? 具えられるか?」

 

 紳士的な、はともかくとして平常心をイメージします。

 しかしゲイルはそれが戦いとどう繋がるのかわかりませんでした。

 考え込むゲイルにオッサンが一つ、拳を打ち込みます。

 それは加減されていましたが、備えていなかったゲイルにはずっしりと響きました。

 

「っく……い、いきなり何するんだよオッさん!」

 

 オッサンはそれに答えず、二撃目を放ちました。

 ゲイルは辛うじて、みぞおちを狙ったそれを両腕で受けます。

 受けられるが早いか、オッサンは次々と拳を繰り出すのでした。

 

(何だ……一体何だってんだ……!?)

 

 ゲイルはオッサンの拳に注意を払い、攻撃を凌ぎます。

 

「下ががら空きだぜ」

 

 オッサンの蹴りがゲイルの脚を打ちます。

 体勢を崩したゲイルの上から、オッサンの踵が迫ります。

 

「若者よ、コレで最期――」

「……なにやってんの? 馬鹿親父」

 

 踵落としに入る直前の、足を掲げた状態でオッサンは静止しました。

「……ごめんね、ゲイル。うちのクズ親父が迷惑かけて」

 

 シェリオ――オッサンの娘だとか――が、ゲイルの手当てをします。

 オッサンは部屋の隅でぐちゃぐちゃに転がってました。

 親子なりの制裁の方法があるようです。

 

「シェリオ……お前、実の父親にこの仕打ちはないんじゃないか……」

 

「うるさい黙れ出来損ない親父死んでしまえ、罰として今日の家事食事以外」

 

「おお……俺はお前をそんな娘に育てた覚えはばばばば」

 

 シェリオの目にも留まらぬ蹴りがオッサンにヒットします。

 

「ふう……投げられるものがあったら投げてたわ、モウロク親父」

 

 オッサンはうずくまって涙を流しています。

 それを眺めるシェリオは、汚物を見る目でした。

 

「それよりゲイル、朝ご飯は食べた?」

 

「ん? ああ……そういえば食べてないな」

 

 言われて初めて空腹を覚える体に、ゲイルは苦笑しました。

 

「買出しに行こっか。美味しいもの食べさせるわ」

 

 シェリオは片目をつぶり、かすかに笑みました。

 親子でもオッサンの浮かべたものとは違い、快い笑みでした。

 再び街へと出てくると、ミデノは先程よりも活気に満ちていました。

 

「食べたいものとか、ある?」

 

「アロバゴ鳥かな」

 

「そう……ってアロバゴ鳥!?」

 

 シェリオは目を丸くしてゲイルを見ました。

 

「ああ。……こっちでは食わないのか?」

 

「伝書用の鳥を食べてどうするのよ……」

 

 アロバゴ鳥は賢く、聞き分けがあります。

 それでいて逃げ足が速いという特性上、専ら伝書に重宝されているのでした。

 

「うちの村にはいっぱいいたし、年を取り次第に食べるんだが……」

 

「ふうん……まあ、試してみるのも良いかもね」

 

 シェリオは平然と笑みを浮かべて、アロバゴ鳥売りの元に向かいました。

 

「調理は他の鳥とそう変わらないだろうし。おじさーん、三羽ちょうだい」

 

「はいよー! ……ん? お前、ゲイルか!?」

 

「ああ、おじさん! ……いきなり村を出てごめん」

 

「まあ、レイちゃんが連れて行かれちゃったんだもんな……気持ちはわかるぜ」

 

「はい……」

 

 ゲイルは拳を強く握ります。

 そのときの事を思い出し、悔恨と屈辱に耐えるのでした。

 

「と、言いたいが女の子連れて……ゲイルもなかなか隅に置けないな!」

 

「いや、シェリオはそういうのじゃないよ」

 

 ゲイルは落ち着いて鳥売りのおじさんの言葉を否定しました。

 

「冗談だよ、まあ頑張んな! はいよお嬢ちゃん、三羽だ!」

 

「おじょ……あ、ありがとう」

 

 シェリオは引きつった顔でアロバゴ鳥三羽を受け取ります。

 他にも野菜や果物などを買って、帰途につきます。

 

「ねえゲイル……あたし、何歳くらいに見える?」

 

「ん? 何だいきなり」

 

「いいから」

 

「うーん……11くらいか?」

 

「ぐっ……」

 

「あーいや、もうちょっと小さいのかな……ごめん、わからない」

 

「っ……」

 

 シェリオは溜め息を吐きました。

 ぼそぼそと呟きますが、ゲイルには聞こえていません。

 

「そんなに子供じゃないのに……」

 

 シェリオはどんよりとした空気を背負っていました。

 オッサンの家に帰ってくるとオッサンは片手の指一本で逆立ちをしつつ、掃除していました。

 なぜか半裸で、暑苦しいことこの上ありません。

 

「死にさらせ害虫親父、食事抜き!」

 

 外出前より気迫のこもった蹴りを、オッサンに浴びせます。

 シェリオの目からはなぜか雫がこぼれ落ちていました。

 

「金的はダメだ、我が娘シェリオふぅっ」

 

 オッサンは声にならない叫びを上げながら転げまわります。

 それを尻目に、シェリオは簡易に朝食をこしらえました。

 

「ゲイル、朝はこれで我慢して。仕込み始めて、アロバゴ鳥は夜にするから」

 

 アロバゴ鳥を二羽連れて、シェリオは表へ出ました。

 取り残された一羽はゲイルの頭の上に落ち着き、それをゲイルは胸に抱えます。

 オッサンは股間を押さえたままビクンビクンしています。

 

(大丈夫か、この家……?)

 

 なんだか変なところに弟子入り志願してしまったなあと、ゲイルは思うのでした。


 
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