No.615442

三匹が逝く?(仮)~邂逅編・side小峰勇太~

YTAさん

どうも皆さま、YTAでございます。この作品は、
小笠原樹さん(http://www.tinami.com/creator/profile/31735
を発起人とし、私YTAと
峠崎丈二(http://www.tinami.com/creator/profile/12343
赤糸さん(http://www.tinami.com/creator/profile/33918

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2013-09-02 23:42:19 投稿 / 全13ページ    総閲覧数:1277   閲覧ユーザー数:1044

「ヘミングウェイが書いていた。 『この世は素晴らしい。戦う価値がある』と。 後半の部分は賛成だ」

 

                                                                      映画『セブン』より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Unforgiven

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事件から三日後の午後。小峰勇太は、先日訪れたジャン・ピエール・ドゥ・ラ・パトリエール卿の執務室の前にある待合室で、まんじりともしない気持ちを抑えながら吸い差しから新しい煙草に火を移すと、吸い差しを灰皿に突き刺す様にして揉み消した。

 来客用の豪奢で巨大な灰皿には、既に紙巻き煙草の山が築かれ、(さなが)ら合戦後の様な有り様である。パトリエール卿は今、勇太によって保護された“虹のエルフィティカ”との面談を行っている最中なのだ。

 

 本来、被召喚者は、“この世界の知識が皆無である事”を鑑みて保護対象となるのだが、保護対象とされるのにはもう一つ、大きな理由がある。それは、被召喚者には“異能・或るいは、異能の資質が極めて高い者が多い事”だ。

 特にエルフィティカの場合、“完成された異能”である為、前例に則って対応するならば、ギルドへの登録を条件に自由を保障し、この世界の常識や(望むならば)魔術の手習いを受ける権利を与えられる事になる。

 

 だが、エルフィティカとの対話を試みた勇太が判断するに、“彼”にその前例を押し付ける事は即ち、大惨事の引き金を引くのとイコールだ。エルフィティカを(たお)せと言われれば出来なくもないだろうが、それにはまず、自分の間合いに都合良くエルフィティカが居てくれる事が大前提となる。

 状況がそれを許してくれなかったなら、人間サイズの八卦○ボ(天)と言っても過言ではない彼を、被害を出さずに食い止める方法など、まずありはすまい。下手を打てば、国が滅ぶこと請け合いであろう。

 

 帰る道すがら散々に思い悩んだ勇太は、結局全てが面倒になり、自分の知り得た限りの情報を提供して、パトリエール卿に判断を仰ぐ事にしたのだった。パトリエール卿は、若き日は諸国を放浪し、様々な種族と親交を持ったという生粋の冒険者であるから、勇太が理解できた程度の情報があれば、そうそうエルフィティカを刺激する様な事はあるまいと踏んだのである。

 

 とは言え、何時、隣の部屋から爆音が響いて巻き添えを喰らうかと考えると、流石に気が気ではない。

「四十分か……」

 勇太が壁に据え付けられた大時計の針を胡乱な目付きで眺めながらそう呟くと、重い音がして執務室のドアが開き、パトリエール卿が姿を見せた。卿は、ドアの傍で後から出て来たエルフィティカを待って送り出す。

 

 

「では、そういう事で頼むぞ。ゴタゴタが片付いたら、追って連絡はさせるのでな」

「分かった。今の場所に居れば良いんだろ」

「うむ、そうしておくれ。今日は足を運ばせて悪かったの。帰り道は――」

「覚えてる」

 

 エルフィティカは、パトリエール卿の言葉に頷くと、勇太の方に顔を向けた。

「一人で帰れんのか?」

 勇太がそう尋ねると、エルフィティカは小さく頷いた。

「帰るも何も、この建物の前の道を東に真っ直ぐ進むだけだからな」

 

 エルフィティカは現在、街の外の野原の一角でテントを張り、そこで生活をしていた。川も近いし、野生動物も多い為、特に不自由もしている様子はない。

 『諸々の面倒事が終わるまで移動しないでいてくれるなら』という条件で、勇太がギルドに掛け合ったのである。勇太から報告を聞いたパトリエール卿の後押しもあり、出来うる限り野心ある者の目にエルフィティカを晒さない方がいいだろうとの事で、思いの外すんなりと実現した。

 

 正直、このままどこぞの山の中にでも姿を消してくれた方が、全て平穏無事に済むのではないかとも思うのだが、そうも行かないのが人生である。

「どっちみち、お前は爺さんと話があるんだろ?おいらの事でさ」

 エルフィティカは、小憎らしい笑顔を浮かべて勇太にそう言うと、さっさと扉を開け、「じゃあな」という言葉を残し、さっさと退出してしまった。

 

「――で、どうでしたか、ジャン・ピエール?」

 エルフィティカを視線で送った勇太がそう尋ねると、パトリエール卿は緩々と首を振った。

「いかんな。アレは、マジでいかんやつじゃわ……」

「でしょ?」

 

「儂や“殿下”の様な人間なら兎も角、他の貴族連中の前にあやつを連れ出すなど、考えただけで寿命が縮むわい」

「そんな……それで無くても残り少ないのに……」

「そうそう。最近、一日が三倍速くらいに感じ――って、やまかましいわ!!」

「短気は身体に毒ですよ?」

 

 

「クッ!お前、何時か泣かすからの!!」

「子供ですか……」

 二人は、そんな事を言い合いながら執務室に入って扉を閉めると、それぞれが同時に、パイプと紙巻きに火を点ける。

 

「ともあれ、あやつの能力に関しては、儂とお前、それに殿下の三人の中に留めて置いた方が良かろう。ジム・エルグランドが余計な事を話すとは思えぬし、何人か関わっている他の者も、殿下の信任篤い者達じゃ。心配は要らぬであろう」

「ま、ジムが話すとしたら、飼い主の“お姫様”だけでしょうからね。それさえ分かってりゃ、殿下に抑えてもらえる」

 

「悪かった。そう膨れるな」

 勇太の言葉の中に非難がましい響きを聞き取ったパトリエール卿は、苦笑を浮かべ、パイプの吸い口でこめかみの辺りを掻いた。

「謝ってもらう事なんかありませんよ。もう過ぎちまった事なんだから。でもね、ジャン・ピエール。これから、この巨大なギルドを改革しようって人が、身内の好き勝手には甘いんじゃ、他に示しが付かない」

 

「――殿下も辛いお立場なのじゃ。今回の騒動の後始末が終わったら、お会いする機会もあろう。その時に、直にお話するがよい」

「分かりましたよ。しかし、これだけは早急にお伝え下さい。『“あれ”は、妹君の手に余る』と」

「それが、実際に立ち会ったお前の意見か。いずれ、手を咬まれると?」

 

「いえ。大した忠犬ですよ、ありゃ。天地がひっくり返っても、飼い主に咬み付いたりはしないでしょう。“飼い主には”ね」

「…………」

 パトリエール卿は沈黙し、ダンパーで煙草の葉を押し込むと、唸る様な溜息を吐いた。

 

「優しさってのは、劇薬だ。それは、貴方も御存じでしょう?使い方を知らない者が無闇に用いれば、猛毒にだってなる。しかも、麻薬並みに中毒性が高い上に、周りを巻き込む事だってある、と」

「分かっておるよ、ユウ。姫様に、深すぎる闇の淵を覗き込ませておる事は。儂も……殿下もな」

 パトリエール卿はそう言って、執務机の上に置き去りにされていたコーヒーカップをぐいと飲み干し、不味そうに顔を(しか)めた。その様子を見た勇太は、これ以上言い募るのを止めて煙草を揉み消し、自分も目の前のコーヒーカップを手に取る。

 

 

 エルフィティカに供された物なのだろうが、口は付けられていなかった。

「そう言えばな。ロワイエ公の処置が決まったぞ」

「……へぇ。腰の重い政府の方々にしちゃ、今回は随分と迅速なサービスで」

 勇太が冷めたコーヒーで喉を潤しながらそう言うと、パトリエール卿は勇太の皮肉をさして気にする風もなく言葉を続ける。

 

「爵位を一時剥奪の上、ガラマミラ砂漠へ追放……だそうな」

「成程……」

 勇太は、得心した様に頷いた。ガマナミラ砂漠は、この国の領土の南西に位置し、巨大な砂蟲(サンド・ワーム)や大群で移動する流砂鱝(デザート・マンタ)などの凶暴な魔獣が生息する地域である為に、クエスト関係で依頼を受けた上級のランカー位しか赴く事もない魔境である。

 

 古来より、この国の為政者達には、裁くのが微妙に難しい罪を犯した貴族の爵位を一時剥奪し、二週間分の飲み水を与えて砂漠の南の端に転移で飛ばした後、その帰りを待つという儀式的な懲罰があった。

 帰って来た暁には、神々と精霊達がその罪を赦したのだと解釈され、再び爵位を与えられる。もし途中で死んだのなら、その時はその時というわけだ。

 

「随分と、古臭いのを出してきましたねぇ……」

「ロワイエ公は、思想は兎も角、政治能力と祖国への忠義は一級品じゃでな。しかも、自分に従う者には厚遇を惜しまぬ。取り巻きも必死だったのじゃよ」

「で、異界人を人として扱わなかった事の是非は神様に決めてもらおう、と」

 

「そう言う事じゃろうな。まぁ、異界人の召喚が何故に禁忌とされておるのかを、当のロワイエ公自身が身を以って体験したというのは、何とも皮肉な話ではあるがの」

「エルフィティカに“枷”を嵌められる程に公爵の研究が進んでいたらと思うと、背筋が寒くなりますよ。一人だけだって高貴種の竜(ノーブル・ドラゴン)並みにヤバいのに、『無限に能力を移譲できる』って言うんだから……」

 

 勇太がエルフィティカに対して真に慄いたのは、事情説明の際に本人の口から語られた、その一言であった。エルフィティカの意思が介在するならまだしも、枷を嵌められて他の兵士に人知を超えた能力をポンポンと際限なくコピーされでもしたら、堪ったものではない。

 間違いなく戦争が、いや、世界が変わってしまうだろう。それこそ、最終的には魔族のみならず、今までは人間に対してほぼ不干渉だったエルフや高貴種の竜族達までをも巻き込んだ、世界の覇権を掛けた大戦争に発展しても不思議ではない。

 

 

「まぁ、他の連中に知られずに、尚且つエルフィティカの性情を理解できただけでも儲けもんじゃよ。貴族連中には、ああいった価値観は理解出来まい。無礼だの処刑だのとなったら、エルフィティカに城ごと更地にされかねん」

「ナンマンダブナンマンダブ……で、目下の所はどうなったんです?」

 

 勇太が二本目の煙草に火を点けながらそう尋ねると、パトリエール卿は盛大にパイプの煙を吐き出しながら答えた。

「そうさな。あやつは、自分の部族を再興したいと考えておるようじゃ。なんで、儂の昔のコネで、ミラクティヤ平原で暮らしている部族の族長達に渡りを付けてやる事にしたわい。過ぎた野心を抱かず、彼等の掟に敬意を払って自然の恵みを分け合う心算(つもり)ならば、邪険にはされんじゃろうよ。彼等に取っても、文明化した他民族に己が部族を皆殺しにされたというエルフィティカの境遇には、相通ずるものがあるじゃろうしの」

 

 ミラクティヤ平原は、王都の東に広がる大平原である。街道なども整備されてはいるが、遊牧民も多く、幾つかの部族の分かれて、緩やかな共同体を形成していた。

「まぁ、確かにあそこなら……じゃあ、各方面への手続きが終わったら、エルフィティカは放牧ですか?」

「いや、放牧てお前……まぁ、その通りなんじゃけれども。当座は、この世界の事を学ぶ為の案内役に、お前を指名するそうじゃから、それほど王都からは離れる事はないじゃろうがの」

 

「え?」

「え?」

「あの、申し訳ない。何か、ぶっちゃけアリエナイ事を言われた気がしたんで、もう一回言ってもらえます?」

「む?お、おう……当座は、この世界の事を学ぶ為の案内役に、お前を指名するそうじゃから――」

 

 プチン。

「神様のド畜生がぁぁぁ!!今まで散々耐えて来たが、もう勘弁ならねぇ!!降りて来いやァ!タイマンじゃゴルァァァ!!!!」

「も、もち着けユウ!!銃を天井に向けるなッ!!ジャンデリア落ちるから!!儂らミンチになっちゃうからッ!!」

 

「うぉぉぉ!!世界なんて、今すぐ滅んじまえばいいんだァァァ!!」

 

一人の男の神への怨嗟の叫びは、その後、十分ほどもギルド本部に木霊していたという……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「喉痛ぇ……」

 勇太はすっかり宵闇が濃くなってきた人気の無い道を歩きながら、そう独りごちた。取り合えず平静を取り戻した勇太が本部を後にしたのは今から三十分程前の事で、何故かパトリエール卿に、帰り道のルートまで指定されてしまった。

曰く、『今日は夕日が綺麗だから、西側の丘を通って帰ったらどうだ?』との事だが――まぁ大体、何が起こるかなど知れ切っていた。

 

 何やら、『まだ交渉中だが、近い内にお前に回す事になる案件が出来るかも知れん』とか何とか、極めて不吉な事も言われたが、勇太個人としては、もう、どうとでもしてくれと言う心境だった。いっそ、エルフィティカに頼み込んで国を丸ごと消し炭にしてもらおうか、と半ば本気で考える位には、だが。

「ユウタ・コミネ様ですね?」

 

 不意に、背後宵闇の中から若い女の声が聞こえて来た。ゾッとしなかった、と言えば嘘になる。その距離、僅かに5m程。本来であれば、勇太が気付かない筈などはない。

そこは謂わば、剣士に取っては“自分の距離”だからだ。目録を授けられた十代の半ばよりこっち、勇太が自分に意識を向けている存在を無防備にこの距離まで迎え入れた事など皆無だった。

 

「…………どちら様かな?君みたいな素敵な声の持ち主なら、覚えていない筈はないんだが」

 ゆっくりと十数え、反射的に鯉口を切り掛けていた左手を気力でねじ伏せて、勇太は静かに振り向く。少なくとも、パトリエール卿の言葉と現在の状況を踏まえれば、敵ではないだろうと考えたからだった。

 恐らく、今のところは。

 

「ある方から、お手紙を預かって参りました。お返事は、今ここで頂戴したく」

 仮面舞踏会(マスカレイド)で使われる様な仮面で顔を隠した漆黒の長髪を持つ女は、勇太の軽口など存在すらしなかったかのような口調で、無感情にそう言った。黒髪、黒のドレスシャツ、黒のスラックスと全身が黒づくめの為、まるで本当に闇に溶けているかの様に見える。

 宵闇の中空に、仮面とその下から見える白い肌、そして、首に巻かれた血の様に赤い棒タイが浮いている様は、不気味さと同時に、何とも形容しがたい蠱惑的な雰囲気を醸し出していた。

 

 

「勿論、良いとも。でも、名前くらいは教えてくれないかな?君は髪も声も素敵だし、香水も俺の好みドンピシャなんだよね」

 勇太が手紙を受け取り、何の印も付いていない蝋封を開けて内容を流し読みながら軽薄にそう尋ねても、女は唯ジッと仮面の中の黒い瞳で見返して来るばかりで、口を開こうとはしなかった。しかしながら、受け渡しの方法は意外でこそあれ、手紙の差出人もその内容も半ば予想していた勇太に取って、目下の重大事は、目の前の美女から少しで情報を訊き出す事に移っていた。

 

 相手が名うての諜報員(スパイ)であろうが暗殺者(アサッシン)であろうが、正直に言えば知った事ではない。それに何より、彼女の佇まいから感じられる妙に懐かしい雰囲気が、勇太を捕えて離そうとしなかったのである。

「お返事は?」

「――条件付きで、YES」

 

「条件?」

 勇太の言葉を聞いた女の瞳に、出会ってから初めて感情らしきものが表われた。尤も、それが好意的かどうかは別の話だったが。

「あぁ、報酬に関しての事だ。君がこの手紙を直接、差出人から預かったのか、誰かを介して頼まれたのかは知らないけど、『ユウタが報酬について相談したいと言っていた』と伝えてくれれば、全て滞りなく進む筈だよ」

 

「…………」

「で、さっきの話なんだけど――」

 懐からシガレット・ケースを取り出した勇太が視線を戻すと、既に女の姿は消えていた。

「あれま。しっかし大したもんだなぁ、あの技。敵に回したくないんですけど、マジで……」

 勇太は、半ば呆れた様な表情でそう呟いて爪でマッチを弾くと、口に咥えた煙草ではなく、手に持っていた手紙の角に火を近づけた。火は直ぐに燃え移り、宵闇を僅かばかり照らし出す。勇太はその火に慎重に煙草の先を近づけると、深々と紫煙を吸い込み、藍色の空に吹き掛けた。

 

「神様。俺、やっぱりあんたの事、好きかも知んない――」

 勇太はそう呟くと、手紙が燃え尽きるまでの間、口元に愉快そうな微笑みを貼り付けて、ぼんやりと一番星を眺め続けるのだった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫、ジャン?やっぱり、私も少し持とうか?」

 一抱えでは下らない量の荷物を、顔を真っ赤にしながら持って歩いているジャン・ベアールに、メイズはそう声を掛けた。両肘の手下げ袋に入った大量の野菜に加え、両手には、うず高く積まれた魚と肉の箱を抱えているのである。

 

 視界が奪われているのに真っ直ぐ歩けている事には素直に感心するが、その必死の形相を見ていれば心配にもなろうというものだ。

「はは。馬鹿言っちゃいけないよ、メイズ。自分……から……手伝うって大見得を切って……付いて来たのに……手伝ってもらってちゃ世話ないだろ……」

 

「そう?もう少しでお店に着くから、頑張ってね」

 メイズは、何度となく交わされたこの会話の、何度目かの同じ結末を素直に受け入れ、そう言ってジャンを励ました。最早ジャンは、会話をするのも苦しそうだったからだ。

 それから十分程して漸く店の前に辿り着いた頃には、ジャンは既に虫の息だった。

 

「お疲れ様、ジャン。マスターに言って、冷たい飲み物を用意してもらうね。勿論、私の奢りだよ!」

「ホントか!?頑張った甲斐があったぜ……」

 まさか、意中の女性に良いところを見せたかったと言う軽い理由で、これ程の重労働をしなければならなくなるとは夢にも思わなかったジャンは、数分後に供される事になるであろうその“冷たい飲み物”の事を想い描いて、喉を鳴らした。

 

「あはは。ジャン、ほんとに頑張ってくれたもんね。流石は“青”だよ。ね、何が飲みたい?――ジャン?」

 勝手口に続く鉄格子の鍵穴に鍵を差し込んで回しながらジャンに話掛けていたメイズは、ジャンの返事がない事を不審に思って、視線をジャンの方に向けた。当のジャンは、『銀の月』の正面玄関の方をぼうっと見ながら、上の空の様子である。

 

「どうしたの、ジャン?」

「あ、メイズ……ごめん。いや、アレ見ろよ」

「え?」

 ジャンは、自分の横に来たメイズに気付くと、顎をしゃくって、今まで自分が見ていた方向を指した。

 

 

「アレって……なに、あれ……」

 銀の月の玄関脇には、巨大な――恐らく、街中で使う事を許されている中では最も巨大な荷車が、横付けにされ、その上には、獣の皮の様な物が綺麗に畳まれて山積みにされていた。

「うわ、スゲェ!!」

興味を引かれて荷車に近づいたジャンは、思わずそう声を上げた。続いて傍に来たメイズは、不思議そうにジャンに尋ねる。

 

「ジャン、これが何か分かるの?」

「分かるも何も、これ、サンド・ワームの皮だよ!うわ、こっちにはデザート・マンタの棘――こっちはメガ・スコルピオの甲殻じゃないか!どれもこれも、凄い武具の材料になる物ばっかりだよ。みんな凶暴な魔獣だから、中々出回らないんだぜ?この荷車の量だけで、一生遊んで暮らせる位の儲けになる。よく盗まれないよな……」

 

「そりゃそうよ。マスターの店の前で盗みなんかしたら、そのまま病院送り確定だもん。第一、盗難防止に、何かしらの呪法は掛けてあると思うな――ほら」

 メイズがそう言って荷車の下を覗き込むと、ジャンもそれに倣い、納得した様に頷いた。

「あ、ホントだ。でも、警報(セイレーン)だけとか、不用心だな」

 

 ジャンが、荷車の下に描かれた魔方陣の文様を見ながらそう呟くと、メイズが考えながら答える。

「凶暴な魔獣を山ほど狩れる様な凄腕にしたら、コソ泥を追い掛けるのなんて楽勝だからじゃない?」

「あ~、そうかも。こんな魔獣狩れるのは“赤”くらいのもん――ん?てことは、今、中には“赤”が来てるかも知れないのか!?スゲェ!!」

 

 ジャンはそう叫ぶなり、サルーン風のドアにタックルをかまして、店内に突撃して行った。

「ちょっと、ジャン!?もう、マスターだって“赤”だったんだから、何時も“赤”には会ってるじゃない……」

銀の月の店主グスタフが、元ランク“赤”の冒険者だった事は、この周辺の住人には既に知れ渡っているし、当然ながら常連のジャンも、それは知っている筈なのだが。

 

 メイズは溜息を吐き、何故か若干、嫌な予感を抱きつつも、後を追って銀の月の中に入って行くのだった――。

 

 

 

 

 

 

 

 メイズが店内に足を踏み入れると、ジャンは既に荷車の持ち主を見つけた様子で、カウンターで酒を呑んでいた男に興奮した口調で話し掛けている最中だった。一方のメイズは、ジャンが話し掛けている男の風体を見るなり、内心に様々な疑問が沸き上がって立ち止まってしまった。

 どうしてあの男が……一週間前、ソルティ・ドッグの指示で、他ならぬメイズが直接、手紙を渡しに向かった男が、此処に居るのか?

 

 一週間前とは比べものにならないほど日に焼けた男の顔を見ながら、メイズは店に入る前に警戒を怠った自分をなじった。『ここは“安全圏”だ』という無意識の油断があったと、認めざるを得ない。

 最後の希望は、男――小峰勇太が、全くの偶然からこの店にやって来たという可能性だろう。が、それすれも、頭に思い浮かんだ端から、脆くも崩れ去った。

 

 勇太はメイズの姿を認めると、ジャンを穏やかに制して、脇目も振らずメイズの傍に歩み寄ると、間髪入れずにメイズの右手を掴み、両手で包み込む様にして自分の胸元に引き寄せたのである。

「やあ。漸く会えたね。名前も言わずに行ってしまうなんて、酷いじゃないか」

「どうして――!!?」

 

「言ったろ?“君の香水も好みだ”って。店に入って来た時、匂いで直ぐに分かったよ。それに、その美しい黒髪は、忘れようったって忘れられるもんじゃない……(そんなに、怖い顔をしないでくれ)」

 言葉の最後に、勇太はメイズの耳元でそう囁いた。

「(俺は、君の秘密を脅かす心算(つもり)なんて、これっぽっちも無いんだから。そんなに鋭い殺気を放ってたら、“彼”に気付かれちゃうぞ?)」

 

 メイズはハッとして表情を緩め、僅かに背伸びをして、勇太の肩越しにジャンの様子を窺った。幸い、ジャンは何故か呆けた様子でこちらを見ていて、一瞬メイズの様子が変わった事には気が付いていないようだった。

 メイズは深い溜息を吐くと、戸惑いの笑顔を装いながら、囁きを返す。

 

 

「(目的は、何?)」

「(だから、ずっと言ってるじゃないか。君が好みだってさ)」

 勇太はそう言って、パチンと片目を閉じる。メイズはその様子をみて、もう一度深い深い溜息を吐くのだった。

 

「お~い、ユウ。清算が終わったぞ。後で口座を確認して――おう、ジャン。お帰り――ジャン?」

 店の奥から戻って来たグスタフは、ジャンの姿を認めて声を掛ける。が、ジャンはウンともスンとも言わず、ただ一点……店の出入り口の辺りを凝視するばかりであった。

 ジャンの目線を追ったグスタフは、「あ~」と、彼らしくもない声を上げ、こめかみを太い指でポリポリと掻く。すると、「ねーねー!!このサンド・ワームの皮とか諸々の激レア、一体どうしたの!?」と言う元気の良い女性の声が聞こえて来て、勢い良くドアが押し開けられ、ソフィが驚きと好奇心を顔に貼り着かせて入って来た。

 

「やれやれ、騒がしくなりそうだな。こりゃ……」

 グスタフはそう呟くと、鍛え上げられた首を緩々と振って、楽し気に溜息を吐くのだった――。

 

 

                                あとがき

 

 さて、今回のお話、如何でしたか?

 何とか書き終わった……もうダメかと思いました……。

 赤糸さん、もの凄い勢いでブン投げる事になりましたが、宜しくお願いします(ォィ

 

 今回はエピローグなので、特に次のジョージへの繋ぎは考えずに書きました。色々と匂わせるだけになってしまいましたが、いずれ加筆修正の時にでも、詳しく書ければと思います。

 まぁ、お察し頂けているとは思うんですけれども……w

 

 では、ジョージ次は宜しく!

 


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