No.199926

真・恋姫無双 EP.63 暗殺編

元素猫さん

恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
事件の始まり。
楽しんでもらえれば、幸いです。

2011-02-05 23:10:15 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:3772   閲覧ユーザー数:3374

 いつもはなかなか起きずに冥琳を困らせる雪蓮も、この日ばかりは早くに目覚めて支度を済ませていた。どこかいつもと違う雰囲気を感じさせる空気を吸い込みながら、パシンと頬を叩いて気合いを入れると部屋を出る。

 

「おはようございます、雪蓮様!」

「おはよう、明命。夕べからご苦労様」

「いえ!」

 

 すぐに駆けつけて来た明命を従え、冥琳の待つ厩舎に向かう。

 

「少し曇っているわね。雨でも降るかしら?」

「どうでしょうか? 帰りまで保つといいですが」

 

 心配そうに空を眺めながらそんな話をしつつ、二人は冥琳と合流する。厩舎にはすでに馬を連れた兵士が十人ほど、整列して待っていた。

 

「お待たせ。準備は出来てるわね?」

「大丈夫だ……」

 

 冥琳の返答に頷いた雪蓮は、自分の馬に跨がる。それを確認して冥琳も乗馬し、隣にいた明命はいつの間にか姿を消していた。

 一同を見渡した雪蓮が、出発の合図を出そうと思ったその時、歩いてくる張勲の姿が目に飛び込んで来た。軽く眉を寄せ、仕方なさそうに馬を降りる。

 

「もうお出かけですか?」

「ええ……」

 

 内心では何を考えているのかわからない笑顔の張勲が、雪蓮は正直、苦手だった。だが今の自分たちは、この張勲の許可がなければ墓参りにも自由には行けない立場なのである。

 苦々しく思いながらも顔には出さず、お互い差し障りのない会話をして別れた。出鼻を挫かれた気持ちで、雪蓮は改めて馬に乗ると母親の墓所に向けて出発をしたのである。

 

 

 走り去る馬群の姿を見送りながら、七乃は深く息を吐き出した。どうにも孫策の射貫くような眼差しが、苦手で仕方がない。しかし苦手ではあるが、周囲の人間が漏らすほど驚異に思っているわけでもなかった。

 今回の墓参りも、手勢を十名までとしたのは反乱を恐れての事ではない。半分は嫌がらせのようなもので、半分は他の豪族に対する牽制だった。

 勇名轟く孫策を、飼い慣らしているという印象を与えるのが目的だ。それもすべて、美羽のためである。

 

(美羽様さえ居てくれれば、正直、こんな面倒くさい役職はいらないんですけどねー)

 

 七乃にとっては、美羽がすべてなのだ。美羽と二人、楽しく暮らせるならば他には何も欲しいものはない。だから孫策が反乱を起こして領地を奪おうとするなら、それもまた運命だろうと思うだけだった。

 

(私はただ、美羽様を守るだけ)

 

 それゆえ、今の懸念は美羽のお気に入りとなった程昱にある。

 

(あんなに楽しそうな美羽様は、本当に久しぶりです。でもそれゆえに、心配なんですよね)

 

 あの無垢な笑顔を遠くから眺めるだけで、七乃は幸せな気持ちになれる。心に浮かぶ嫉妬など、それにくらべれば些細なことだ。だからこそ、あの程昱が美羽を裏切った時を考えると、胸が苦しい。

 

(確か天の御遣いと呼ばれる方の知り合いだとか……。今は曹操さんの『魏』に協力していると聞いていますが)

 

 程昱が天の御遣いの指示で送り込まれた、曹操の密偵という可能性もある。だが程昱がやって来た時期を思うと、その可能性は低いかも知れない。

 七乃は、ふと思う。

 

(雷薄の言葉が気になります……)

 

 あの男が、自分に憎悪を抱いていることは知っている。そして、その理由も――。

 

(私の大事なもの……)

 

 行き着くところは、ただ一つだ。引き続き程昱の監視をしつつ、少し雷薄の動向を探る必要があるかも知れない。

 

「同じ過ちは、繰り返しません」

 

 決意するように呟いた七乃は、まだ眠っているだろう美羽を思い、小さく笑った。

 

 

 朝露に濡れた草むらに身を潜め、紫苑は静かに時を待っていた。孫堅の墓所からは十分に距離があり、見つかる心配はない。

 

「そろそろだね」

「……ええ」

 

 老婆に促され、紫苑は重い腰を上げる。手には、自分で用意した弓矢があった。

 当初、老婆が必要な道具を用意していたのだが、矢に毒が塗ってる事に気付いた紫苑がそれだけは使えないと頑なに拒否したのだ。

 

(璃々が産まれる前、一度だけ毒矢を使ったことがあったわ。当時仕えていた主の命令とはいえ、あの時ほど後悔した事はなかった……)

 

 毒で苦しみ悶え、顔は粘土細工のように崩れて死ぬ様を、紫苑は目の当たりにしたのである。自分の腕ならば、もっと楽に死なせることも出来たのだ。その事がきっかけとなり、紫苑は一線から退いたのだった。

 

「本当に、璃々を返してくれるんでしょうね?」

「もちろんさ。待ち合わせ場所で、わしには金を、お前には娘を渡す手筈になっておる」

 

 紫苑は璃々に関する情報が何か得られないかと、老婆から色々と聞き出そうとしていた。だがどうやら、この老婆も金で雇われたに過ぎず、結局、誘拐した者の正体もわからないままだった。

 

「わしは先に戻って、待っているよ」

「ええ……」

 

 姿を消す老婆を見送り、紫苑も動き出す。墓所周辺には、姿は見えないがいくつもの人の気配が感じられ、容易に近づくことは出来ない。だが紫苑もただの母親ではなく、いくつもの戦場を乗り越えて来た豪傑である。

 

(上手に隠れているようだけれど、視野が狭いわね)

 

 森に囲まれた墓所は、紫苑にとって動きやすい場所だった。木々を伝うことで、空間を立体的に移動することが出来る。それゆえ、死角も生まれやすい。

 

(この辺りかしら……)

 

 事前の調査で、複数箇所の狙撃位置を決めてあった。警備の動きを見ながら、どこにするか決めるためだ。現在の配置なら、ここから狙える。

 視線の遙か先には、いくつもの枝の隙間からかろうじて孫策らしき人物の姿が見えた。普通の者なら無理な距離と位置だったが、紫苑の腕ならば可能だ。そしてだからこそ、彼女が暗殺者に選ばれたのだろう。

 

(あなたに恨みはないけれど……ごめんなさい)

 

 矢を番え、狙いを定める。紫苑はただ、璃々の無事だけを願い、その手を離した。

 

 

 仰々しいのを嫌った母の言葉に従い、雪蓮は静かな森の中を墓所に選んだ。しかし遺体はここにはない。奇しくも父親と同じように、炎に呑まれて亡くなったのである。

 

「こんなところかしら?」

「うん……きれいになったわ」

 

 冥琳と二人で落葉を払い、雪蓮は満足そうに頷く。そして並んで石の前に立つと、そっと目を閉じた。

 

(ごめんね、母様。まだ故郷を取り戻すことは出来ていないの。でも必ず、冥琳と力を合わせてこの地を孫家と呉の民の手に、取り戻して見せるから。不甲斐ない娘だけど、見守っていてちょうだい)

 

 亡き母に向けて心の中で想いを伝えていた雪蓮は、不意にチクチクと皮膚を刺すような感覚に襲われた。それは直感のような、理由のない行動だった。

 

「――!」

 

 カッと目を見開いた雪蓮が身をよじった瞬間、空気を切り裂く音と共に一本の矢が肩に突き刺さった。痛みに顔を歪める彼女の横で、冥琳が事態に気付きすぐに叫んだ。

 

「明命!」

 

 草むらから飛び出して来た明命が、冥琳の指示で射手を探しに走ろうとする。だが――。

 

「しまっ……雪蓮!」

 

 それよりも先に、雪蓮が動いていた。冥琳の制止も聞かず、矢が放たれた方向に向かって走り出す。

 

「殺す――っ!」

 

 目を血走らせ、雪蓮は鬼の形相で敵を追った。完全に血が昇っており、溜まっていた鬱憤を晴らすように剣を振り、邪魔な草や枝を切り落として進んだ。

 

「明命、雪蓮より先に暗殺者を捕えるのよ!」

「わ、わかりました」

 

 すぐに明命も動きだし、冥琳も後を追う。

 

 

 逃げようと思った直後、圧倒されるほどの気配で足がすくんだ。雪蓮の放つ殺気に、さすがの紫苑もわずかな間、動くことが出来なかったのだ。

 

「死になさい!」

「うっ――!」

 

 剣を振り上げた雪蓮が、紫苑の目前に迫っていた。咄嗟に動いて、幹の後ろに隠れる。しかし容赦のない攻撃が、雨のように次々と襲い掛かって来た。

 

「おとなしく刻まれなさい!」

「お断りよ!」

 

 紫苑はひらりひらりと、枝を上手に利用して身をかわす。一方の雪蓮は、まるで砲弾のように直線的に攻撃を仕掛けてくる。

 千切れた草が舞い、折れた枝が飛び、破壊された幹が倒れながら他の木々をなぎ倒してゆく。

 

「あははははははは――!!」

 

 狂ったように笑いながら、雪蓮は紫苑を追い詰めて行った。剣先が紫苑の腕を裂き、痛みに顔を歪めたまま、根に足を取られてバランスを失う。その瞬間、雪蓮の最後の攻撃が紫苑に襲い掛かった。

 

「終わりよ!」

「あっ――!」

 

 死を覚悟して目を閉じた紫苑は、静かに時を待った。だが一向に痛みが来ない。ゆっくり目を開くと、数センチ前まで迫っていた雪蓮の剣を短刀が受け止めているのが見えた。

 

「雪蓮様! ハァハァ……間に合いました」

 

 息を切らせた明命が、雪蓮と紫苑の間に入って攻撃を受け止めていたのだ。

 

「どきなさい、明命!」

「どきません! おやめください、雪蓮様!」

 

 二人が押し合っていると、ようやく冥琳も追いついて来て、後ろから雪蓮を羽交い締めにする。

 

「やめなさい、雪蓮! 落ち着きなさい! 明命は今のうちに、そいつを――」

 

 雪蓮を抑えながら明命に指示を出す冥琳は、だが暴れるその力に振りほどかれてしまう。我を忘れた雪蓮は加減が出来ずに、思い切り腕を振り回した。するとその腕が、何かにぶつかった。

 

「えっ?」

 

 手に伝わる、生々しい感触。そして伝う、温かな液体。ふと、雪蓮は目の前の友人を見た。

 

「冥……琳……?」

 

 苦しげな冥琳の腹部には、剣が突き刺さっている。その先、柄を握る手が自分だと気付いた瞬間、雪蓮は驚いたように手を離した。冥琳の血に濡れた自分の手を見て、雪蓮は口をパクパクさせたまま後退る。

 そして崩れ落ちる冥琳の姿を見た瞬間、雪蓮は理性の最後の糸を切った……。


 
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