日本ゼロ年展
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ふわふわと飛ぶが如く
できやよい
1977年生まれ。96年、美術コンペティション「アーバナート#5」入選。97年、「アーバナート#6」優秀賞。99年には初個展「できやよい絵画展」を開催。パンダやカバが顔を出す、カラフルで圧倒的な密度の細密画を描く。日本ゼロ年展でも第4室を四方の壁や床に至るまで作品で埋め尽くし、独特の「場」を形成した。

できやよいが描くのは途方もない細密画だ。下絵として、自分の指の腹に色を付けてぺたぺたとプリントしていき、その上に目や口を描いていく。そうして作られた指紋によるシンプルな顔は、女の子だったり男の子だったり、パンダだったりメガネをかけたカバだったりするのだが、それらはやがて百や千では収まらないほどのとんでもない数に達する。最終的にそのフィンガープリントの集まりは、花や水玉の地紋と結びついて、宇宙や魚や巨大な顔など、ひとつの巨大な像を形づくる。こうした絵画や謎のオブジェクト『まっさん』が示すように、病的なまでの増殖性はでき作品の特徴だ。だが、できやよいをこの特異な制作活動に駆り立てる、その動機とはいったいなんだろう?この感覚的な作家を少しでも理解するために、彼女のコメントを二つばかり引用してみよう。

ふうせんとききゅうとパンダとかばと太陽とくもと月とにじとしゃぼん玉と花ときいろとピンクとかいろんな色の、ななかむらにすんでます。ななかむらにあそびに来てね。パンダも20歳になりました。(『ブレア・ウィッチmaniacs』朝日出版社)

できが「ななかむら」に住み始めたのは彼女が2歳のときだという。彼女をそこへ導いたものとは、彼女が77年生まれであること、昨年に「パンダも20歳になった」ことを考えると、それは上野動物園で衝撃的な出会いを果たした指人形のパンダに違いない。つまりできは、パンダによって神隠し的に「ななかむら」というアナザーワールドへ連れてこられたのだが、こちらとあちらの世界の移動は自由であるらしい。それゆえ、彼女が創作に入るきっかけとなったのは、90年にミュージシャンの谷口宗一のファンになったことにあるというのはおもしろい。「いつか彼と一緒になる」ために、そしてその近道として「彼のCDジャケットをデザインする」ために、できは絵筆をにぎり、紙粘土をこね始めたのだ。実際私は今展において、できの作品の中に谷口宗一の名前が書かれたプラカードをかかげたパンダがいるのを発見した。

あんな重いジェット機が飛ぶんやから、40キロないワタシが飛べないわけあらへん!(同著)

と、豪語するできには今後、「空を飛ぶこと」や「地球から顔を出して他の星から見てもらう」などの活動予定があり、「いつかまっさんを数億個つくって夜のうちにバラまき、朝起きたらみながまっさんを見つけて驚くのを楽しみにしている」のだという。また興味ぶかいことに、「二〇〇〇年に入ると、できやよいがまっさんをつくるのにかわって、まっさんができやよい人形をつくりはじめる」ともいう。これは目前に迫った新世紀における、「ななかむら」からのまっさんの襲来を意味するのだろうか。そのときできやよいは、「ななかむら」に去ってしまうのだろうか。なかなか興味をそそられるパーソナリティの持ち主であるが、このテンションが続くかぎり、いずれできは現代美術というフレームを飛び越えた様々な方面で話題を集めていくことになるだろう。

(編集部/石原健太郎+相沢 恵)

『まっさん』
ドレスを着て歌を唄っているナスのお化けのような、紙粘土でできたミステリーオブジェクト。できはまっさんを飽きることなく作りつづける。たしかにハンドメイドだけあって、どのまっさんも微妙に形はちがうのだが、それでもここまで作りつづけてしまうのはなぜなのか。

谷口宗一
1971年生まれ。ロックミュージシャン。89年、現在「AIR」として活動中の車谷コウジらとバンド「BAKU」を結成。93年以降はソロ活動。

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