No.932006

かぶきりひめとの絆語り

oltainさん

突発的な閃きでささっと。
かぶちゃんにまつわる話は以前書きましたが、今度は別の視点から書いてみました。
最後のページはおまけです。

仙狸との絆語り:http://www.tinami.com/view/932816

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2017-12-03 00:21:59 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:804   閲覧ユーザー数:799

「かぶきり……あれ?」

「あら、オガミさん、いらっしゃい」

 

無造作にかぶきりひめの部屋に訪れてみると、珍しく文机で本を読んでいる。

突然の主の来訪にもかかわらず、彼女は少しも驚く素振りを見せずに笑顔で迎えた。

俺は一瞬躊躇したが、そのまま彼女に断りなく敷居を跨ぐ。

 

「どうかしたの?」

用もないのに、こんな夜に部屋には来ないよ。

部屋の中央には既に布団が敷かれている。

隅には箪笥と、座布団が数枚重ねられていた。特に珍しいモノは見当たらない。

 

座布団の山まで歩いて行き、一枚を手に取ったが、ふと思いとどまって元に戻した。

そのまま踵を返して、やはり断りなく部屋の主の布団に腰を下ろし、胡坐をかいた。

 

「話があるんだ」

 

ここからは、かぶきりひめの背が見える。

やや緊張気味の俺の声に、ぴくりと彼女の耳が反応した。

 

ぱたん、と本を閉じる音。

かぶきりひめは立ち上がると、そのままこちらへやって来て、丁寧に布団に座った。

ちょうど、お互い向かい合う恰好になっている。

 

「実は――」

「うーん、困ったわねぇ」

口火を切ろうとしたら、声が被ってしまった。

 

「何が?」

「私、まだ心の準備ができてないの」

いかにも困ったという表情を浮かべるかぶきりひめ。

どうやら、何か勘違いをしているようだ。ため息をついて、やんわりと指摘する。

「あー……別に夜這いに来たわけじゃあない」

「あら、そうなの?」

性的魅力に溢れる彼女に対してそういう感情は持ち合わせているが、今夜ここに訪れた目的はそれではない。

 

俺は無言で立ち上がると、座布団の山のてっぺんから一枚を持ち出して布団の傍に無造作に座った。

それに合わせて、かぶきりひめも姿勢を変える。

 

 

 

「お前の正体が知りたい」

 

 

 

イタズラや変化を得意とするかぶきりひめに、遠回しな言い方は恐らく通用しない。

真っ直ぐに彼女の目を見て本音を告げると、それまでニコニコしていた彼女がきょとんとした表情に変わった。

その目には、多分怖い顔をした俺が映っているのだろう。

 

「私の正体、ねぇ……」

かぶきりひめがぽつりと呟いた。

しばらくの間、うーんと悩むように人差し指を口に当てていたが、

 

「ねぇ、オガミさんは私の事好き?」

「何だって?」

唐突に質問を返された。

 

出し抜けの問いかけに、俺は狼狽した。

「えーっと、あー……うーん、ま、まぁ好き、かな?」

しどろもどろになりながら、なんとか答える。どうも調子が狂うな。

「じゃあ、私に傍に居て欲しい?」

「……うん」

顔が少し火照ってきた。何でこんな告白じみたやりとりをしてるんだろう。

 

 

 

「そう。それじゃあ、やっぱり私の正体は教えられないわね」

一人納得したように言い放つと、かぶきりひめは立ち上がって一瞥もくれずに文机へと歩いて行った。

そのまま背を向けて座り、何やら机の上でごそごそしている。

なんだか巧くはぐらかされたようで、俺は心の中で舌打ちした。

 

「どうして、私の正体が知りたいの?」

不貞腐れていると、また質問が飛んできた。

「そりゃあ、気になるからなぁ。いわゆる好奇心ってヤツだ」

 

「…………」

かぶきりひめはそれ以上何も言わず、無言で作業を続ける。

二人の間に、気まずい空気が流れだした。

俺は帰ろうか居残るかしばらく悩んでいたが、そのうちにかぶきりひめは再び布団へ戻ってきた。

手に何かつまんでいる。

 

「はい、どうぞ」

差し出された手の上に、白い折り鶴が乗っている。これを折っていたのか。

ちょんとつまんで受け取ったが、特に不思議な力は感じない。ただの折り鶴。

どんな意図が隠されているのか問いかけようと口を開くと、

「オガミさんなら知っていると思うけど、鶴の恩返しって話、聞いた事あるかしら?」

 

「何だよ、急に。まぁ、一応は知ってるよ。えーっと確か……」

童謡など、子供の頃以来読んだ覚えはない。

詳細まで説明できる自信はないので、とりあえず概要だけ口に出した。

 

「おじいさんが怪我をした鶴を助けてあげて、次の日に人間の女に化けた鶴がおじいさんの元へ恩返しにやってきて、

着物?機織り?か何かの途中におじいさんが鶴の正体を覗いてしまって、最後に鶴が飛び去ってしまう……だったかな」

大体これで合ってるはず。咄嗟に説明するのは難しいもんだ。

 

「そうそう、そんなところね。ではここで問題です」

ピンと人差し指を立てて、かぶきりひめがいつもの笑顔で問いかける。

「どうして鶴は、おじいさんの元を去っていったと思う?」

「どうしてって……そりゃ、正体を見られたからでしょ」

間髪入れずに正答を叩きつける。謎かけにもならない愚問だ。

 

「んー……合っているけど、不正解ね」

「何?」

 

 

 

 

 

「鶴は、正体を見られたからじゃなくて、約束を破られたから去っていったのよ」

「どっちも同じじゃないか」

 

 

 

 

 

ちらりとかぶきりひめの表情を伺うと、試すような視線でこちらを見ている。

俺が間違っているのか?

 

鶴は機を織っている間、覗かないで下さいと言った。

しかし、おじいさんは約束を破って覗いてしまった。

ここだけ拡大すれば、正体を見る事と約束を破る事は同じはず。

 

顎に手をやって考え込んでいると、再びかぶきりひめが声をかけてきた。

「オガミさんは、約束を守れる人かしら?」

「えっ……?」

 

俺は呆けたように彼女の顔を見つめていたが、

暫くしてようやくかぶきりひめの言いたい事が分かった気がした。

 

 

 

そうだ。俺は、約束をほとんど守らない。この時代に来る前も、来てからも。

 

今度修行に付き合ってくれと頼まれれば、不調を理由にすっぽかす。

何々が欲しいとねだられると、そのうち買ってきてやると言って気付けば幾日も経っている。

タンコに度々指摘される事もあったが、結局俺は右から左へ聞き流していた。

 

あぁ、そうか。

『鶴は、正体を見られたからじゃなくて、約束を破られたから去っていったのよ』

あの鶴と同じように、お前も――。

 

 

 

 

 

 

「どうやら、納得したようね。貴方が思っている以上に、私は貴方を見ているのよ」

我が子を諭す母親のような口調で、かぶきりひめが告げる。

変化を得意とする彼女なら、本当にいつどこで俺を見ているか分からない。

 

俺は額に手をやって、ため息をついた。正鵠を射る、とはまさにこの事か。

流石はかぶきりひめ。弓を得手とするだけあって、核心をズバリ射貫く力も半端ではない。

 

そういえば、正鵠って何かの鳥を指し示すんだっけ。

「…………」

顔を上げると、目の前にいる彼女は普段の微笑みに戻っていた。

 

来訪の目的だった彼女の正体の事は頭の片隅に追いやられ、俺はすっかり意気消沈してしまった。

今の俺には、おじいさんのように約束を破る勇気はない。

「参りました」

「あら、どうかしたの?」

とぼけやがって、この野郎。俺はニヤリと笑いながら、心の中で悪態をついた。

 

俺は力なく笑うと、

「さて、今夜はこの辺でおいとまするよ」

立ち上がって座布団を片付ける。

「もう帰っちゃうの?」

「他に用事はないよ。もう夜も遅い事だし」

 

 

 

さっさと立ち去ろうとする俺の手首を、布団に座ったままかぶきりひめが掴んだ。

 

 

 

「…………?」

「これ、忘れ物よ」

そう言って、俺の手にさっきの折り鶴が渡される。

「あぁ、うん……じゃ、おやすみ」

 

後ろ手に戸を閉めると、俺は手の中の土産を確認した。何故わざわざ折り鶴を……?

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の正体?

紙に決まっているじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな皮肉でも込められているのだろうか。

おじいさん、ごめんなさい。

俺は貴方の約束に背きます――。

 

 

 

時刻は夕暮れ時。

美しい茜色に染まる空を、一羽の鶴が鳴き声を上げて飛んで行く。

それを無言で見送る俺と、その隣には年老いた翁。

 

やがて鶴の姿が完全に見えなくなると、俺は翁に問いかけた。

「いいんですか?」

「何がじゃ」

「もしじいさんが覗き見るような真似をしなかったら、こうはならなかったんじゃ――」

「儂と娘が、今暫く仲睦まじい暮らしを送ったと言うのかい?それは無理じゃな」

 

言葉の途中で、翁が踵を返して歩きだす。

俺も釣られてその後に続いた。

 

「悲しい泣き声でしたね」

「……そうじゃな」

翁は淡々としていた。しわくちゃの横顔には、何かやり遂げたような安堵感すら感じる。

このじーさん、何とも思っていないのか。俺は軽い苛立ちを覚えた。

 

「うっ――ゴホゴホッ」

罵声の一つでも浴びせようか思案していると、翁が咳込んで立ち止まった。

その手の隙間から、黒い液体がポタポタと零れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じいさん、あんた――――!」

 

 

 

 

 

 

 

 

吐血している。

夕日に照らされた道に刻まれていく、小さな黒い点。

それを見て、俺は全てを理解した。そうか、これが答えか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翁は、好奇心に駆られて襖を覗いたんじゃない。

鶴に去ってもらう為に、わざと約束を破ったんだ。

 

自分の最期を悟られたくないが為に……。

 

 

 

 

 

 

 

 

じーさん、ごめんよ。

あんたは老い先短い自分の正体を隠す為に、鶴の正体を暴いたんだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここで良い」

翁に付き添って、家の戸口まで送り届けた。口から垂れる黒い筋が見ていて痛々しい。

俺は奥歯をかみしめて、振り返った翁の顔を正面から見据えた。

「お若いの、どうかこの事は記さないでおくれ。

お主も、疑問に駆られてここへ来たんじゃろう。その気持ちはよう分かる。じゃが、どうかそっとしておいてくれんか」

 

「…………」

「知らない方がいい事も、世の中にはようある」

翁の声は、飛び去っていった鶴にも劣らぬ悲しさを含んでいた。

 

俺は何も言えず、ただ無言で頷いた。


 
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