No.934139

あくろひめとの絆語り

oltainさん

あくろひめを膝枕してあげるだけのお話です。

かぶきりひめとの絆語り:http://www.tinami.com/view/932006
仙狸との絆語り:http://www.tinami.com/view/932816
夜摩天との絆語り:http://www.tinami.com/view/933331

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2017-12-22 18:11:14 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:777   閲覧ユーザー数:774

キィン、カァン!

 

気持ちのいい日本晴れ、雲一つない頭上に太陽が鎮座する午後。

暖かな日差しの差し込む庭先で、そんなのどかな天候に似つかわしくない剣戟の音が響く。

 

「ふっ!」

鋭い槍の一突きを、大太刀が易々と阻む。

槍を手にした式姫が体勢を崩す度に、長い銀髪が陽光を受けてキラキラと輝く。

 

両者共に長い銀髪を備えているが、髪を乱すのは決まって一人。

それは、二人の間に圧倒的な実力差があるという事を意味していた。

 

 

 

「…………」

俺は縁側の建具に背を預け、腕組みをしながら二人の戦いを見守っていた。

いや、戦いというのは些か間違った表現かもしれない。決闘、というのも少し違う。

 

例えば、実力の伯仲した者同士の生死を賭けた戦い。例えば、互いに全力を以て勝敗を決める戦い。

これらは、戦いと呼ぶに相応しいだろう。

 

庭先で繰り広げられている光景は、それとは明らかに違う。

聞いた本人は怒るだろうが、娘の鍛錬に嫌々付き合ってやる父親。大体そんなところか。

 

父親こと悪路王は、終始無言を貫き、無表情のまま淡々と攻撃を受け流している。

何度槍の穂先が向かってこようと、全く微動だにしない。

 

幾度も立ち上がる式姫を嘲笑うでもなく、怒声を上げて一喝するわけでもない。

眼前の小さな体躯に対し、壁と成って対峙している。

 

その心中は、果たして如何なるものか。俺には推し量れない。

 

 

 

さらに付け加えるなら、鬼神は一歩たりともその場から動いていない。

その事に、彼女は気付いているのか。

 

 

 

長い銀髪を振り乱すあくろひめは、それでもなお諦めない。

先程に父と娘と形容した通り、二人の体格差は歴然。

幾度も弾かれ、膝を付き、地に転がされてもなお、己の唯一の得物である槍を離そうとしない。

その根性は賞賛に値すべきであろう。

 

俺自身に槍術の心得は毛ほどもないが、槍を扱う式姫の戦いぶりは間近で何度も見てきた。

その経験に則って分析してみると、あくろひめの実力は決して低くはない。

並の妖怪が相手なら、まず遅れを取らないだろう。しかし今回は相手が悪すぎた。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

髪に続き、呼吸が乱れる音も俺の耳に届く程に荒れてきていた。

ここからは表情は見えないが、その額から汗が垂れている様相が容易に想像できる。

 

事の次第は、半刻ほど前に遡る――。

「止めとけ」

悪路王に挑みたいと言い出した少女を、俺は彼に代わって諫めた。

奴は、式姫九人がかりで辛くも勝利した相手。

いかにあくろひめが武芸に秀でていようとも、一対一の戦いなど、始まる前から結果は見えているも同然。

 

彼女は、つい先日に式姫として加わったばかり。

実力は未知数なれど、ただ一人で鬼神をも圧倒しうる程のオーラは残念ながら感じられない。

 

しかし、この式姫はなかなかに頑固だった。主の忠告を無視し続け、下げた頭を上げようとしない。

「どうか、頼む」

頼むと言われても俺が困る。

仮に悪路王に頼んでみた所で、素直に言う事を聞いてくれるとも思えない。

 

「吾に挑みたいと言うのはお前か?」

 

返答に窮していると、なんと当の本人がどこからともなく姿を現した。

どこかでやりとりを聞いていたに違いない。俺には目もくれずに、あくろひめを見下ろしている。

 

それに対し、少女は無言で睨み返す。

分かっているならそれ以上言わせるな、と。

 

しばし張り詰めた空気の中、悪路王が口を開いた。俺には、一瞬だけふっと笑ったように見えたが……。

「よかろう、それ程までに吾の剣を望むのなら応えてやろう。式姫」

 

予想とは裏腹に、鬼神はあっさりと了承した。

 

呆気にとられている俺をよそに、ざり、ざりと地を踏みしめ、庭の中央に悪路王が歩いて行く。

それに釣られるように、あくろひめもまた彼の後を追う。

 

「手出しは無用だ、主」

 

彼女を止めようとした手がピタリと止まる。

もう、こうなってしまっては俺にはどうする事も出来ない。

 

「どこでも構わぬ。吾に一撃、入れてみろ」

 

やれやれ。鬼とは、つくづく自分勝手な奴が多いな。

柱に背を預けて、俺は一人愚痴った。

 

先に述べたように、二人の優劣は奇跡でも起きない限り覆る事はない。

攻撃の余波の届かぬ場所から、俺は沈黙を守りながら決着が付くのを待っている。

最初は緊張した面持ちで眺めていたが、今となっては二人の妖気にも勝る午後の陽気に当てられて緩んでいた。

代わりに、疑問が頭の中で渦を巻いている。

 

分からねぇ。もういいじゃないか、さっさと降参しろよ。

何故そこまでに固執する?

 

 

 

しばし呆としていると、突然、豪という音と共に何かが目の前に飛んできた。

「っと!?」

思考を中断し、反射的にそれを受け止める。

腕の中のあくろひめは、息も絶え絶えに苦悶の表情を浮かべていた。

 

彼女の無事を確認し、俺は視線を素早く移す。

悪路王の周囲には、土煙が立ち込めている。その影に、振り払われた大太刀の影がぼんやりと浮かぶ。

 

あの大薙ぎで、ここまで吹っ飛ばしたのか。

 

「オガミ、後はお前に任せる」

鬼神は呼吸一つ乱れた様子もなく、足元に落ちていた槍を拾い上げてこちらに放り投げた。

俺は腕の中でぐったりしている彼女に代わり、手を伸ばす。

 

パシッ。

 

が、槍の柄を掴んだのは俺ではなく、持ち主だった。

「……む」

あくろひめが目を覚ました。

「お、やっと起きたか」

 

ゆっくり体を起こそうとする彼女を、俺の腕が阻んだ。

 

「無理すんな。もう少し寝てろ」

「この体勢はなんだ」

「膝枕、というヤツだ。普段ならこんな事はしないんだが、いやなかなか可愛い寝顔だったんでな。

目が覚めるまで十分に堪能させてもらった」

「…………」

 

もう一度、体を起こそうとする彼女を、やはり俺の腕が阻んだ。

 

「おい、傷に障るぞ」

「吾に構うな」

「五体満足になったらな」

「戦いたいと言い出したのは吾だ。主には関係ない」

「あーあー聞こえなーい聞こえなーい」

 

関係ないわけないだろうが。お前は既に俺の式姫なんだぞ。

陰陽師は、式姫の行動全てに対して責任を持たなければならない。陰陽師の基本となる心得だ。

 

「槍はどこだ?」

「心配しなくても、そこに立てかけてあるよ」

「そうか」

 

あの後、槍を手にした直後にあくろひめは気を失ってしまった。

それでも型紙に戻る事なく、こうして姿を保っていられるのは、彼女の強靭な精神力の成せる業。

全く、大した鬼の小娘だ。

 

「どこか痛い所はないか?」

「痛い所はない。が、お前の膝枕は寝心地がいいとは言えぬ」

俺はあくろひめの額をペチンと軽く叩いた。

「その生意気な口を閉じないと、怪我の治りが遅くなるぞ」

「ふん」

「だから言っただろ、止めとけって」

「吾は全力を出したわけではない」

「そういうのを負け惜しみって言うんだぞ」

 

そう言うと、あくろひめはそっぽを向いてしまった。

間近で見る横顔もそれなりに可愛い。

 

 

 

 

「そろそろ起こしてくれるか?」

「ん、あぁ」

あくろひめは、そのまま俺の隣の濡れ縁に腰掛けると、

「これを見てくれ」

 

スカートを捲り上げた。

 

「!?」

太ももに、大きな痣が出来ている。最後に吹っ飛ばされた時にもらったのだろう。

「急所は外れているが、手痛い一撃だった」

「あぁ、まぁ、それは良く分かったが……その……」

「なんだ?」

「……なんでもない」

 

あくろひめには申し訳ないが、正直に言うと眼福である。

傷がなければもっと良かったんだけどな。

 

陰陽師は、式姫の行動全てに対して責任を持たなければならない。

故に、式姫の一挙手一投足に注目するのは陰陽師の心得に基づいたごく自然な行動であり

そこに下心や色欲などという不浄な動機は無い。決して無い。絶対に無い。

 

「ちょっと待ってろ」

 

ごそごそ。

懐ろから、塗り薬の入った小瓶と手ぬぐいを取りだす。

 

「ほれ、軟膏だ」

「塗ってくれ」

「えっ!?」

「ふふっ、冗談だ。面白いな、主は」

 

この野郎……。

しかしまぁ、主をからかう余裕と笑える元気があるなら大丈夫だろう。

「なぁ、お前と悪路王は血縁なのか?」

「違う」

患部に薬を塗布しながら、あくろひめが答える。

「そうは言うが、性格とか身なりとか口調とか、割とそっくりだぞ?お二人さん」

 

「何故、それ程に吾の事を知りたがる?」

「何故って……」

「主は陰陽師、吾は式姫。それ以上でもそれ以下でもない」

 

毅然とした声が縁側に響いた。これ以上は聞くな、という事なのだろう。

俺は耐えきれずに彼女から視線を外し、今は誰もいない庭先の虚空を見つめた。

 

「吾は――悪路王を元に、生み出された式姫だ」

「何だって?」

 

以前、芙蓉さんから聞いた事がある。妖と式姫は、元は同じモノなのだと。

そんな事が可能なのか?思わず口に出そうとする寸前で、俺は言葉を飲み込んだ。

 

可能か不可能か。

その答えは、目の前の式姫の存在が物語っている。

 

「毒を以て毒を制す。どこぞの陰陽師が、大妖の力に目をつけたのだろう。

いかにも猿真似の得意な人間の考えそうな事よ。その結果は、先程見た通りだ」

 

やや自嘲気味な口調だった。やっぱり問いただすべきじゃなかったかな。

 

「……ごめん」

「そう謝るな。結果はどうあれ、主のおかげで奴と刃を交える事ができた。頭を下げるのは、吾の方だ」

「…………」

「ふっ。吾も、主と同じだな」

「え?」

「今の吾で奴に勝てるなどと最初から思っておらんよ。ただ、知りたかったのだ」

 

主と同じく、好奇心からくるもの。気になっただけだ。

吾の源とされた、鬼神の力をな。

 

鬼の小娘は、最後に穏やかな口調でそう結んだ。

使い終わった軟膏を、俺は無言で受け取った。

こんな時、何と言えばいいのだろう。

 

「いてっ」

ペチン、と額を叩かれた。

「いつまでも呆けるな。主がそんな調子でどうする。言ったであろう、『今の吾』では到底奴には敵わぬと」

「へ?」

「吾が強くなるか弱くなるかは、陰陽師たるお前にかかっているのだ。

まぁ、過度に期待しているわけではないがな。これからも、よろしく頼むぞ」

 

主に期待を寄せつつあるあくろひめに対して、俺は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「断る」

「――何?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺はな、生意気な奴が嫌いなんだ」

「ほう。薬を塗っている間も、吾の太ももをずっとチラチラ見ていたのは誰かな?」

「ぐっ……!」

 

チッ、気付かれていたか。

 

「ふふ、もう一度見せてやろうか?」

「もうええわい!」


 
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