No.936301

葛の葉との絆語り -表-

oltainさん

葛の葉様の毛繕いをしてあげるだけのお話です。

かぶきりひめとの絆語り:http://www.tinami.com/view/932006
仙狸との絆語り:http://www.tinami.com/view/932816
夜摩天との絆語り:http://www.tinami.com/view/933331

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2018-01-06 01:04:53 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:796   閲覧ユーザー数:785

「弱イナ」

 

草木の一本も残らぬ焦土。辺りに立ち込める煙と死臭。

黒ずんだ地に倒れ伏しているのは、満身創痍の式姫達。

この世に地獄があるとするなら、それこそ目の前に広がる風景そのもの。

その地獄絵図の中に、俺は五体満足で立っていた。

 

「コレデ終イカ?」

俺と同じ声で、対峙する影が嗤った。

黒い瘴気に包まれ、朧げな輪郭を象る奴の顔は見えないが、嗤っている事だけは分かった。

それに対して俺は沈黙し、ただ睨みつける事しかできない。

 

時折、びゅううと生暖かい風が二人の間を過ぎて行く。

あぁ、なんて気持ち悪い。この風も、目の前の影も、そして――ただ突っ立っているだけの自分も。

人目を憚らずに、胃の中の物を全部ぶちまけたい衝動に駆られた。

 

けれど、それはできない。

そうして楽になれば、恐らく俺の中には絶望しか残らないだろうから。

 

体はこんなにも怒りに満ちているのに、頭は何故か冷え切っていて。

心はこんなにも悲しいのに、涙の一つも零れない。

 

少しでも気を緩めると、狂ってしまいそうだ。

それとも俺は――もう狂っているのか。

 

 

 

「俺ハ才アル人間ダト」

 

そう思いこまなければ。

 

「空ノ自信ニ追イ縋リ」

 

この心は、たやすく潰れてしまう。

 

「己カラ目ヲ逸ラシ続ケ」

 

いつだって周りには頼りになる式姫達がいて。

 

「ソノ結果ガ」

 

そして、誰もいなくなった。

 

 

 

この光景を作りあげたのは――。

 

「俺ダ」

 

違う。

 

「違ワナイ」

 

だって俺は、いつだって精一杯。

 

「精一杯ガナンダ?ソレガドウシタ?」

 

精一杯、式姫達を――。

 

「オマエハ己ノ無力サ故ニ」

 

ドクンッ。

 

「式姫ヲ」

 

無力さ故に。

無力さ故に。

無力さ故に。

無力さ故に。

無力さ故に。

 

ドクンッドクンッ。

やめてくれ、それ以上は――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「喪ウ」

「言うなああアアアッ!!」

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

激昂の言葉が届く前に、俺は現実へと引き戻された。

怒りで体が沸騰するように熱い。夏でもないのに、寝間着にはぐっしょりと寝汗が染み込んでいる。

ふと頬に手をやると、知らないうちに泣いていたらしく涙の痕があった。

 

呼吸を整えながら、闇夜の中のスマホを手探りで探す。あったあった。

時刻は午前二時を少し過ぎた頃。まさに草木も眠る丑三つ時、というやつだ。

 

とてもじゃないが、こんな夢を見た直後ではぐっすり眠れるわけがない。

俺はスマホを放り出して起き上がると、そのまま廊下へと出た。

台所で茶でも飲もう。

 

 

 

ひっそりと静まり返った夜の廊下を一人歩く。

庭先には月光が差し込んでいたが、生憎と感傷に浸っている余裕はない。

式姫達も寝静まっているらしく、俺の耳にはぺたぺたという足音しか聴こえない。

夜中で良かった。こんな姿、他の式姫に見られたら何て言われるか……。

 

「あら、こんばんは」

不意の挨拶に、一瞬ビクリと足が止まった。濡れ縁に、足を組んだ葛の葉が廊下の先に居る。

俺は挨拶を返すべきか迷ったが、無視して台所に向かう事にした。

しかし、彼女の背後を通りすぎようとした所で再び制止の声がかかる。

「ちょっと待ちなさい」

こう言われては、足を止める他はない。

俺は彼女に聞こえないよう小さくため息をついた。どうして今夜はこんな災難だらけなんだ。

 

「座りなさい」

苦虫を噛み潰したような顔を繕って、葛の葉の隣に座った。

それで彼女の不興を買う事になろうが、どうだっていい。

 

濡れ縁に出るまで気付かなかったが、今夜は風が出ていた。火照った体に夜風が心地よい。

首を上げると、雲一つない夜空に煌々と満月が輝いている。

 

はは、これなら陰鬱な部屋で寝るより外で布団でも敷いた方が熟睡できそうだな。

 

 

 

隣の葛の葉に視線を移すと、彼女も同じように満月を眺めていた。

時折吹きつける夜風に髪が揺れ、涼しげな目元を映し出している。

その口元は、座りなさいと言ってから再び開く気配はない。

 

恐らく、この風流な景色を黙って愉しみなさいという事なのだろうか。

俺は自分の膝に視線を落として、葛の葉の言葉を待った。

俺は別に、葛の葉が嫌いなわけではない。しかし、今は一刻も早く離れたい気分だった。

 

討伐戦において、彼女は常に俺の命令以上の働きぶりを見せてくれていた。

一匹倒せと言えば二匹は仕留めてきた。他の式姫の加勢に行ってくれと言えば、どんな妖が相手でもすぐに飛んでいった。

俺が口に出す前に、自ら果敢に先陣を切って大妖に挑んでいく事もあった。

劣勢に追いこまれても、時には恐ろしい笑みを浮かべながら形勢を覆してくれた事もあった。

彼女が討伐に加わるだけで、どれだけ心強かったか。

 

いつしか俺は、頼りがいのある葛の葉に対し次第に無茶な命令を下すようになった。

葛の葉なら出来る。葛の葉なら大丈夫。葛の葉なら……。

 

しかし、それが仇となった。

誰よりも前で、誰よりも妖を駆逐する彼女は瘴気に蝕まれてしまった。

芙蓉さんに診てもらった所、そう大したことはなかったようで、ゆっくり休んでいればいずれは良くなるとの事だった。

 

「まぁ、仕方ないわね」

俺が処遇を伝えた所、葛の葉はそう呟いただけで主の傲慢さを些かも責める事は無かった。

彼女がこうなったのは、俺のせいだというのに。

 

 

 

せめてもの罪滅ぼしと思い、芙蓉さんに手伝ってもらって作りあげた浄化の御守りを渡そうとしたら

「そんなもの要らないわ。貴方が持っていなさい」

 

椅子になりましょうかと問うと

「すぐに潰れそうな椅子なんて要らないわね」

 

何かして欲しい事はないかと言うと

「そのうるさい口を閉じなさい」

 

完全にお手上げである。

葛の葉が療養に入ってから、そろそろ四、五日が経とうとしていた。

 

彼女の心中を察する事はできないが、仮に二人の間に絆と呼べるものがあったとしても……もう遅い。

今まで口にはしてこなかったが、葛の葉は俺の事を――嫌っている。

「ひどい顔ね。怖い夢でも見たのかしら?」

普段の口調で、葛の葉が問いかける。俺は自分の膝を見つめたまま、無言を貫いた。

確かにさっきまでのは悪い夢だが、隣に居る葛の葉は夢ではない。

 

「体の――具合はどうですか」

体の奥から絞り出すような細い声で、体調を尋ねる。

「ふん。今は自分の身の心配でもしてなさい」

そっけない返事が返ってきた。やはり俺は嫌われている。

あぁ、やっぱり俺は黙っていた方がいい。二人の間にできた溝は、そう簡単に埋まる筈がないのだ。

 

俺の心はこんなにも疲れているのに、何故か目だけは冴えていて。

葛の葉はこんなにも近くにいるのに、こんなにも――――遠い。

 

 

 

「オガミ。貴方のいた時代の月はどう?」

また質問が飛んできた。俺は反射的に葛の葉を見たが、興味深々――という顔でもない。

「どう、って言われても……変わりませんよ、昔からずっと」

視線を膝に戻して、ぼそりと呟いた。

「ちなみに、月って裏側は見えないんですよ」

「ふうん」

あっけなく会話が終わる。

 

欠けたり丸くなったり、時には見えなくなったり。

今はこんなに綺麗な顔を見せてくれるのに、月はその裏側だけは決して見せようとしない。

 

まるで、葛の葉みたいだ。

 

 

 

「そんなに地面ばかり見つめていても、何も見えないわよ」

そんな言葉を投げられても、今の俺には何の意味もない。

慰めて欲しいのか、それともいっそ怒られたいのか。自分でもよく分からない。

 

「はぁ。全く、面倒なご主人様ねぇ……」

葛の葉はため息を付くと、何やら袖の中をゴソゴソし始めた。

俺の視線は相変わらず地面に釘付けのままである。

 

ぺちっ、と頬に何かが当てられた。葛の葉が、櫛を差し出している。

「…………?」

そのままじっと櫛を見つめていると、再びぺちっと頬を叩かれた。

「察しが悪いわね。毛繕い、してくれるかしら?」

「……はい」

椅子になれと言われるよりは遥かにマシだが、寝てきなさいと言われる方が良かった。

櫛を受け取った俺は、そろそろと彼女の背後に移動すると、九本のうち一本の尻尾だけが合図をするように目の前でひらひらと揺れていた。

これから始めよ、という事らしい。

 

髪の毛ならともかく、尻尾の毛繕いなどこれが初めてである。

ましてや相手が葛の葉ともなれば、乱暴に扱う事は許されない。

 

俺は主を驚かさないようそっと尻尾を抱き寄せて、黙って毛繕いを始めた。

 

「…………」

ざっと他の尻尾も見てみたが、特に毛並みに目だったほつれや汚れは見えない。

まぁ普段から注視しているわけではないが。

 

ゆっくりと櫛を動かしながら、時折耳を澄まして葛の葉の様子を伺う。

不満も賛辞も、ため息の一つも聞こえない。気持ちよさを感じてくれているといいのだが。

 

「…………」

 

急かされているわけではないが、尻尾は九本もある。あまり一本一本時間をかけすぎてもいけない。

けれどこの膝と手に感じる感触は、とってもふさふさで、暖かくて。手放すのが惜しいくらいだ。

 

綺麗に整えた尻尾にいつまでも触れていたい未練を残しながら、俺は次の尻尾に手を伸ばした。


 
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