「魔王は慌てる」

 

 

 

 

 

 あっという間の出来事だったと言う。基地に在中していた者達は口を揃えた。しかしそれらは聞き入れられることもなく闇に葬られる。生き残った者達は敵前逃亡という形で罰せられるからだ。

 話は遡る。彼ら基地に在中していたカンクリアンの兵士たちはその日も、基地を防衛していた。いつものように気怠そうに職務を全うするはずだったのだ。しかし、それはエメリアユニティの無償の援助によって大きく変わった。基地に狭しとメアドロイド多数。エメリアユニティの旧式だが、大量に配備されたのだ。あまりの多さに騎手が決まらず、飾っている状態だった。

 だが、それに文句を言う者は居ない。基地にいる兵士たちは希望に胸を膨らませていたのだ。彼らにとって騎手になることは、単なる昇進と違う。この数だ。持て余しているメアドロイド。魔剛騎と言え、騎手に選ばれることは英雄扱い。待遇も貴族のようなものとなる。

 すでに彼らの頭に戦争という言葉はなかった。それ故に彼らはソレが来るまで、メアドロイドに乗れると理想に溺れていた。

「マナの濃度が上昇しています」

「今日はそういう日なんじゃないか? 気にするほどじゃない」

 兵士の1人が上官に報告を入れる。上官は手を振っていつものことだ。と、流した。報告した兵士も不満に思うこと無く、そうなのだと、考えることをやめてしまう。

「それより、お前魔力をそれなりに持っているらしいな?」

「ブ級の魔法ですら未熟ですよ」

「こいつ、謙遜しやがって。あれに乗れるかもしれないんだぜ?」

 上官は意地を悪く笑う。兵士は苦笑いをして誤魔化す。本人もそれがわかっているのだ。前線に送り出された優秀な兵士達は軒並み戦死していた。故にそれなりに魔力を持っているだけで、メアドロイドに乗れる可能性があったのだ。

「あーあ。俺も魔力があればな」

「そしたらこんな辺境な基地に配属されませんでしたでしょうに」

「言うなよ。まあいいや。いつか奢ってくれ」

「はい」

 会話が終わる頃、基地が騒がしくなった。

「なんだ?」

 ただごとではない。直感した2人はすぐに行動を起こす。辺境に配属されるとはいえ、彼らは軍人である。上官は手近を走る部下を捕まえた。

「おい、どうした?」

「南の空にカラミティモンスターが現れました」

「なにぃ?」

 彼らは慌てて基地の外壁に駆け上がり、南の空を眺める。そしてそこに巨大な陰があることに気づく。肉眼で見えるほどの虹の光沢を放つ緑の濃霧。否、マナ。それらは振りまかれる度に、雷を轟かせていた。

「あれは……」

 巨大な龍。黒い体躯はそこにあるだけで目に入れたモノを畏怖させる。

 基地から眺める兵士達は絶句し、それをただ眺めることしか出来なかった。それは基地が襲われるその時が来るまでだ。

 

 

 

 

 

 基地だった焼け野原。魔龍バハムートはあくびをするように口を開けた。

『次で最後かな? そろそろこの数を運搬するのも厳しいんだけど?』

「もう少しですから頑張ってくださいね」

 白い頭巾を深く被った小さい存在は、ため息混じりに言う。宰相の小ささは魔王軍でも有名である。しかし、今はその小ささが際立っていた。魔王が本来の姿、魔龍に戻っている。それは山と見まごうほどの大きさである。近くに随伴するメアドロイド達もその大きさの前に玩具のようにしか見えない。

『魔王様かっこいい!』

『はいはい。ありがとうね』

 シルフィアの惨事を魔王は困ったように受け取った。

「では、急ぎましょう」

『ごめんバハムート。俺はちょっと戻る』

『なんだと?』

 魔王は露骨に狼狽える。言葉を発したのはソラだ。彼の存在がこの作戦の要の1つである。それ故に彼の帰陣は許されるものではない。

『嫌な予感する。師匠は海上都市だよね?』

 彼の言葉に魔王は息を呑んだ。

『わかった。速攻で終わらせる、マナ祓いも後日でいい。私も行かせてもらう』

『え? でも』

「何を言ってらっしゃるのですか! いいですか魔王たるもの――」

 宰相の抗議は全て無視して魔王は宰相とその他を浮かせると、先ほどは見せなかった飛翔速度で最終目標に向かった。

 珍しく焦った魔王はなりふり構わず、基地を破壊した。後にそれが新たなる出会いの呼び水となるのは、まだ先の話。

 

 

 

 

 

 ラガンと黒いローブを纏った男は港で斬り合っていた。それを遠くで取り巻き達は眺めることしか出来ない。

「カイン!」

 ラガンの叫びにカインは反応を示さない。白い刀と黒い刀が激しく剣戟する。衝撃が海を、街を激しく揺らす。

 互いに距離をとり、睨み合う。

「残り少ない命なのだ。抗った所で変わらんだろう?」

「はっ! 残り少ない命だから必死に抗っているんだろう? それにな。冥土の土産にお前の命をもらうつもりだからな。俄然頑張るしか無いだろう」

 カインは涼しい顔で言葉を聞き流す。

 誰が見てもラガンの敗北は明らかだった。彼の顔色の悪さと、死相。そして今も息も絶え絶えに刀を構えていた。

「それでも伝説の霊将か」

 つぶやくようにカインは言う。それを聞き届けられたのはラガンだけだろう。

「ならば、せめて楽に逝かせてやる」

「洒落臭い!」

 カインは右手の白と黒の二色の指輪を輝かせる。途端にラガンの顔色が悪くなった。

「それは――」

「そうだ。黒天白夜の姫」

「馬鹿な?! お前には常闇の姫がいるはずだ」

 カインは不敵に笑う。

「例外はつきものだ」

 白と黒の光が瞬き、白と黒の大剣が顕現。

 

 

 

 

 

~続く~

 


 
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