「魔王絶望す」

 

 

 

 

 

 少女は自身の胸に手を当て高々と言った。

「魔族になりたい! だからサキュバスとかそんなのにさせてよ!」

「関所は通してやるから馬鹿なことは言うんじゃない」

 ワーウルフは面倒臭そうに言う。目で仲間に通せと合図する。彼の同族は関所を開いた。しかし目の前の人物はそれを良しとしない。ワーウルフに食い下がる。

「私はこう見えて魔力はかなりあるんだから。サキュバスとかになれば、すっごく役に立つと思うよ?」

「それを末端の俺に言われても困るんだよね。とりあえず後ろの人達も待っているから、さっさと通ってくれ」

 少女は頬を膨らませてむくれた。しかし、それ以上食い下がるようなことはしない。関所に務めているワーウルフが言うように、彼女の後ろには長蛇の列が出来上がっていた。ワーウルフは後ろの人間といくつかやり取りをしている。魔族に怯えてはいるが、ワーウルフがなだめるように話をすると、相手は落ち着きを取り戻す。

「移民?」

「どちらかというと難民だな。アティーナスの戦乱が激しいからな……おっと、早く通ってくれ」

 少女は言われたとおりにする。荷物を見せた。荷物を確認したワーウルフは眉根を寄せ上げる。

「お嬢ちゃん。この魔水晶は……」

 彼女の荷物入れには冒険に必要なモノと、水晶が1つあった。ワーウルフはそれを指さし困惑する。

「ああ、魔神騎が入っているよ」

 対して少女の表情は明るい。魔族になるための手土産だと説明した。

「あいつこれ見て通したのか」

「あ、ごめんなさい。つい話し込んじゃったから」

 ワーウルフは顔に手を当て、ゲンナリとする。少女は気遣いで通したワーウルフを庇い立てする。

「いや、そういうことじゃない。こっちの落ち度だ」

 ワーウルフは少し唸った。少女は何かを思いつくと魔水晶をワーウルフに差し出す。

「これ預かってて」

「はっ?」

 少女は胸を張って言う。

「後で必要になったら取りにくるから」

「あ、ちょっと――」

 少女はすでに駆け出していた。ワーウルフに魔水晶を差し出すと、王都へと全速力で走り出す。魔力で強化しているのか、その速度は人のそれを遥かに超えていた。

「おやっさんどうしたんです?」

「おい、マナの濃度は?」

「えーっと、7割5分ですね」

 おやっさんと呼ばれたワーウルフは唖然とする。そして手にした魔水晶を見つめた。

 

 

 

 

 

「勇者来ないかな?」

 独り言である。正確には独り言になってしまったのだ。書斎には人間のメイド達が清掃をしている。彼女たちは勇者に関する話には反応示さない。というより反応しても無意味なのだ。結局いつもどおり宰相が飛び込んでくるからなのだが。

 扉が勢い良く開かれる。そこに小さな白い影。宰相だ。メイドたちは安堵の息を漏らす。

「宰相勇者が――」

「大変です魔王様」

 魔王の表情が一変する。宰相からただならぬ気配を感じたのだろう。実際周りのメイドたちも宰相の様子に戸惑いを見せていた。

「どうした?」

「侵入者です。それも人間の」

 魔王バハムートの顔が明るくなった。

「勇者が来てくれたか!!!!」

 勢い良く椅子から立ち上がる。椅子は床に転がり部屋を響かせた。

「ちっげーよ。いや違わないのか? いいえ、そうじゃありません」

「ならばなんだというのだ?」

「門番の話によりますと――」

「魔王様! 私を魔族にしてください!」

「はい?」

 魔王の視線は書斎の入口に向かう。そこには金髪碧眼の少女が立っていた。見目麗しく、幼さはあるものの数年も経てば引く手数多となる美人になるだろう。そんな少女は魔王の目の前まで来ると片膝をつく。そして頭を垂れ、改めていう。

「私を魔族にしてください」

 部屋が沈黙に包まれる。誰もが魔王の反応を待つが一向に反応がない。宰相も動けずどうしたものかと、様子を伺う。少女はあまりの反応のなさに違和感を感じたのか、垂れていた頭を上げた。

「え?」

 そこには意気消沈した魔王の姿があったのだ。彼は文字通り白くなっていた。黒絹ような長い頭髪も、褐色の肌も、深紅の瞳も白くなっている。瞳を彷徨わせて譫言のように、勇者じゃないと何度も繰り返していた。

「えっと、魔王様?」

「勇者じゃない! どうしてだ!!」

 少女の戸惑いの声は魔王の叫びによってかき消される。魔王バハムートは頭を抱えた。誰よりも早く再起したのは宰相だ。彼または彼女は、頭巾越しに額を抑えた。

「あー、もう。魔王しっかりしろよ」

「だって、勇者だと思ったら……そんな拙者」

「拙者って……」

 彼らの会話の背後で少女は猛アピールする。魔族になりたいという熱意を見せるが魔王も宰相も視界には入っていない。正確には魔王はあまりの衝撃に視界が狭まっており、宰相は視界に入れないようにしている。少女はそれにもめげない。

「わての夢と希望が……」

「それが叶うと我が国は絶望の淵に叩き落とされるわけですが?」

「魔王だぞ! 勇者来るじゃない!」

「こねーよ! こさせねーよ!」

「何でだよ!」

「今のこの状況下で勇者なんて来たら、この国詰むわ!」

「え? 勇者いたよ?」

 魔王はその言葉に反応する。発したのは闖入者の少女だ。魔王は希望を得たと言わんばかりに瞳を輝かせる。それはまるで好奇心いっぱいの子供のようにも見えた。

「あ、でも魔王様倒すとか言ってたから倒しちゃった」

「おぉおおおおおおおおおおおおおおおい!!!!」

 少女は舌をちろりと見せて「てへへ」と笑う。魔王は再びうなだれた。宰相はそんな状況にうんざりとしたのか深い溜息をもらす。

「とりあえずこの方どうします?」

「勇者打倒容疑で死刑…………」

「そんな! 魔族にさせてよ! 魔王様のためにしたんだから!」

 頬を膨らませて抗議する。魔王への侮辱と、偏見に頭に来たと説明。そして魔法でボッコボコにしてやったわと。鼻で息を吐きながら胸を張る。

「魔族にするかどうかはさておき、優秀な人材なので登用してはどうでしょう? ここまで突破してきたわけですし、魔王様への忠誠心もあるようです」

「俺からも具申するわ」

 新たな声が会話に参加した。扉の前には重装備した騎士達とワーウルフ。ワーウルフは豪華な鎧を身に纏っている。ガルゥだ。

「今しがた関所から連絡があってな。そいつ魔神騎をもっているらしい」

「持ってるよ! 強いよ! 魔族にさせて」

「しかもマナ濃度が7割を超えても魔法を正確に使えるそうだ。魔族にしないまでも登用してみてはどうだ?」

 魔王は間者の可能性を示唆した。もちろん少女は猛烈な否定をする。普段ならばこの可能性を示唆する宰相は、彼女を登用することを強く進言した。またガルゥ、そして突破された騎士達もだ。

「お前ら、さてはチャームされたな?!」

「いや、それはないです」

「ないな」

「魔王様お願い」

 縋りつくような懇願に魔王も折れた。溜息を態とらしく吐く。

「まあ、寝首をかくような奴ではなさそうだしな」

「っていうか、いつもならこういう人材を積極的に登用してたじゃないですか」

「だって勇者じゃないんだもん! ちくしょー勇者来いよ!」

「「「こさせ(ないわ)ねーよ!」」」

 

 

 

 

 

~続く~

 


 
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