「魔王は戦争す」

 

 

 

 

 

「勇者にならない?」

「ならない」

「今ならこの魔導書と宝石がついてくるよ?」

「そ、それはちょっと欲しいな」

「心乱されたね。どうだい? 今なら人の頭くらいあるこのダイヤモンドとかって呼ばれている金剛石もつけちゃうよ?」

「でも、ならない!」

 魔王とソラは書斎にて会話をしていた。魔王はソラに1日に1回はこうして勇者になることを薦めている。もちろんソラは「ならない」の一点張りだ。多少、心が揺れるような状況になってはいるが。

「またか」

 そんな2人に割って入ったのは宰相である。小さい体躯。白い頭巾を深くかぶり。白いフードも全身を隠しているため性別も顔もわからない。そんな彼または彼女は、呆れるように口を挟む。

「毎度の事ながら飽きませんね魔王様」

「だって目の前に私を殺せる逸材がいるんだよ?」

 さすがの宰相も息を呑んだ。どこまでも巫山戯た態度。そんな態度とは裏腹に彼は死を望んでいるような言動をとる。冗談でも側近の宰相にとっては心臓に良くない話である。

「はいはい。わかりました」

「わかってないよ」

「わかりたくもありません」

 宰相は話を打ち切るように、紙を差し出した。魔王は受け取ってから、しばし紙の手触りを確認する。

「うん。やっぱりいいな。私は竹簡も好きだが。紙もいいな」

「魔界では当分竹簡ですね。新しいものは普及しにくいですし……って、違います。中身を読んでください」

 魔王は紙を机の上に放り投げる。短く見た旨を言うと、宰相に目で話の続きを促す。

「アティーナスはギィーゴ、ウッショク、クゴという3つの国に纏まったようです」

「さしずめ三国県立だね」

 宰相は首を傾げるが、魔王は無言で続きを促した。

「その戦争のせいで中立国リュミエールが巻き込まれている模様です」

「おっし、派兵」

「早い!」

 魔王は宰相の結論や意見を聞かず、派兵部隊の編成を指示する。それでも宰相は意見を述べた。

「カンクリアンが動き出すでしょう」

「だから少数精鋭をだな――」

 そこで魔王はあることに気づく。視界の端にいる人物に視線を向けた。視線を向けられた少年は自身を指さす。魔王は無言で頷き、先ほど見せていた魔導書と宝石を指さした。

「その話乗った」

「じゃあソラを基幹とした部隊の編成お願いね宰相」

 宰相は深く息を吐く。そして態とらしく肩を落とした後に姿勢を正した。

「あー……はい。わかりました」

「個人的にリュミエールには恩義があるしな。やれることはやっておきたい」

「どんなだ?」

「師匠があそこの学園長と縁があってね。この前挨拶に行った時に学園への入学を薦めてくれてね」

 ソラは来期の新入生として入学する予定だと、続けた。魔王は一言なるほどと納得する。過去に多くを学べと言った魔王。だがその実、霊将となったら魔王軍へと引き入れようと考えていたのだ。そこで多くを努めさせようと考えていた。引き入れるまでといかなくとも、ちょっとした籍だけは置いといてもらおうと言うのが魔王としての計画だったのだ。だが、と。胸中色々な考えを巡らせる。

「ん? どうした?」

「私が担おうとしたことを先に奪われて、少々寂しい気持ちなのだ」

 ソラは「なんだそれ?」と首をひねっていた。

「私としてはあの国を助けるために精鋭を割くのはどうかと思いますよ」

「もう決めたことだよ。それに我々にとっては十分すぎるくらい見返りがあるんだ」

 リュミエールは魔神騎、魔衛騎、魔剛騎たるメアドロイドの原初を保持している。そのため他国よりもメアドロイドの技術がずば抜けているのだ。さらに古代遺跡などから発掘される書物などから、勉学なども進んでいる。いわば叡智の国だ。

 そんな国の学園に入学するということは、凄いことである。国や貴族などの地位証明となっていた。魔王が自分の国を持つ以前からそれは続いており、先進国と言われている国では、リュミエールの学園に王や貴族の子供たちが入学するのは当たり前となっていた。

「つまりだ。そんな多くの先進国のご子息ご息女がいるところへ、援軍を出すなんてのは良い広告だとは思わないかね?」

「我が国は十分すぎるほど広告していると思います」

 宰相は呆れながら冒険ギルドに押し付けている。勇者承知案内を指摘した。魔王は効果が無いと嘆く。そして両の手で机を力強く叩いて叫ぶ。

「勇者を呼び込む絶好の機会なんだよ!」

「違うでしょ? 我が国の軍事力とか宣伝しようとしているんでしょう?」

「わかっているじゃないか!」

 宰相は頭巾の上から額を抑えた。ソラは乾いた笑い声を出す。

「ですが、それはカンクリアンに対しても絶好の機会を与えてしまいます」

「エメリアユニティも戦争したがっているだろう。どちらにせよ戦争になるだろう。それが早いか遅いかだ。ならばするしかあるまい。それでも宣伝しておく価値があるのだ」

 魔王は言う。そのために準備してきたのだと。海上都市の自由市場はすでに行商人たちや冒険者達にとってはなくてはならない存在になっていた。戦争で滞る物流は、この対策でなんとかなるだろうこと。さらに元の物流の流れを止めないために、アトランディス。そして隣国のリュミエールの安全は絶対的に不可欠になっている。アティーナスが3国に分裂して戦争している時点で、行商人や冒険者達の足は限られていた。

「アトランディスとリュミエール。この2つはなんとしても死守しなければならない。リュミエールは他の国もメアドロイドを送るだろう。が、我が国だけ何もしないわけにもいくまい。むしろ一番乗り絶対だな」

 話がまとまりかけていた時だった。書斎の扉が勢い良く開かれる。激しい音に三者三様の表情だ。部屋に飛び込んできたのは白い女性だった。否――。

「精霊か!」

「白虹の姫どうしました?」

 彼女の名を呼んだのはソラだった。白虹の姫はソラに掴みかかる。

「ラガンが! ラガンが!」

 そこで察したソラは書斎を飛び出た。

 

 

 

 

 

「よお……魔王か」

「大事ないか?」

 ヘッドから起き上がろうとするラガン。しかしそれは叶わない。起きる力がないのだ。起き上がれないとわかると、諦めた。

「何日経った?」

「一週間だな」

「ソラは?」

「リュミエールに行ったよ」

「そうか……」

 魔王はラガンの顔を見て悟る。そう長くないと。

 

 

 

 

 

~続く~


 
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