「魔王は送り出す」

 

 

 

 

 

 魔王軍は山頂付近に陣を取っていた。山頂といっても山脈なのでかなり横に広がっている。眼下の岸に船が上陸した。それを確認した女性は眉根を少し上げる。

「敵、上陸しました」

「迎撃開始」

 甲冑を着た兵士は「御意」と返事をするとすぐに引き下がる。

「リリーシャ。俺達も出るぞ」

「お願いしますね」

 ガルゥ達ワーウルフ族は脚部が逆関節の魔衛騎に乗り込んみ、出陣する。彼らは山肌を滑るように駆け下りてあっという間に上陸した敵メアドロイドに飛びついていく。

「右翼。ガルゥ様達が敵陣を食い破る。挟み込みなさい。左翼はそのまま待機。敵が撤退を開始したら各個に撃破しなさい」

 水晶から『了解』と応答が帰ってくる。それらを確認してリリーシャは溜息を漏らす。

 眼下では敵メアドロイドの陣形が崩れ、全面と右翼から煽られて撤退を開始する。わざわざ開けていた左翼から逃げ出した敵は、伏せていた魔王軍のメアドロイドに各個に撃破されていき、全滅した。

「さすがですな」

 男は感嘆とした声を漏らす。

「油断は禁物です。相手はまだ魔神騎を出していないません。それよりアサシン達の連絡は?」

「依然ありません」

 リリーシャは面白くなさそうに顔をしかめる。

「まだ上手く立ちまわれていますが、その内突破されてしまいます」

「わかっています」

 魔王軍は山脈のある北側の岸のみ上陸を許す形を取っている。わざと上陸させているのだ。上陸したといえど、前述の通り山脈が天然の城壁となっているため、容易に進軍できないのだ。故に彼らはこの地区の上陸は問題としていない。

「クラーケン、魚人族にもそれなりの被害が出ています」

「彼らにはもうしばらく頑張っていただかないと……」

 カンクリアンと魔王の国、ン・ヤルポングは海が両国を隔たっている。故に彼らは魔王の国を攻撃する際には海を渡り上陸しないとダメなのだ。当然巨大船を使いメアドロイドを載せて運搬するしかない。そこを海で活動できる魔族達が攻撃して船を沈めているのだ。とはいえ数が多すぎるため海魔族達は、天然の城壁がある北以外に配置せざる得ない状況だ。

 リリーシャは足を組み直し顎に手を当てた。

「リュミエールに送った兵士たちは?」

「今朝、向こうを出発しているはずです」

 彼女の問いに男は淡々と答える。彼らの眼前でガルゥ達のメアドロイドが帰陣した。

「となると、早く到着しても明日ですか」

「厳しいですね」

「ええ」

 リリーシャは表情を暗くさせる。そもそも防衛戦なので、彼女たちに打てる策がそうないのだ。後できることは、アサシン達の連絡を待つことだ。

「気にするな。奴ならもう来るだろう」

「ヤツ?」

 いつの間にかロウガから降りていたガルゥが会話に加わる。

「ああ、ソラっていうんだがな。そういや、お前と同じで来年にはリュミエールに入学するそうだぜ」

「そうなんですか? いや、その前に、どうやって来るんですが?」

「飛んで」

「魔神騎でもここまで来るのに魔力を使いますし、途中マナの濃度がかなり濃い地区があります。無理です」

 リリーシャは頭から否定する。だが、ガルゥはそんな彼女を笑う。そして上空を指さす。

「来たぜ」

 上空には魔剛騎ヴァンが、赤い翼を広げて飛行していた。

「え? あれって魔剛騎ヴァン……いや、その前になんであんな翼が?」

 見る見る近づき。魔王軍の陣に着地する。全員が騒然となっている中、ヴァンからソラは飛び降りた。

「えっと、俺ここじゃなかった?」

「いやここだ」

 ガルゥは笑みを作りながらソラに手を差し出す。

「よく来たな」

「戦況が不味いって聞いたので、文字通り飛んできました」

 ソラは戦場の空気など知らないと言った様子で、満面の笑みを浮かべる。そんな様子にリリーシャは眉間に深いシワを作った。

「あの――」

「お、噂をすれば水平線に船発見」

「え?」

 ソラは指差す。豆粒のようなモノが見えた。慌てて物見が見る。

「て、敵襲!」

「他の海岸線にいる海魔族達を――」

「あ、俺が行って潰してくるよ。マナの濃度も下げておかないと、そろそろ厳しいでしょ?」

「ちょっ! 何を言っているの?」

 リリーシャの制止や疑問に答えず、ソラは自分のメアドロイドに乗り込む。すぐに姿が変貌する。蒼い籠手と刀。赤い翼。白い大筒。紫の大剣。それらが顕現し、魔剛騎ヴァンの姿を大きく変える。

 翼が広がり、飛翔した。

「ま、マナの濃度下がっていきます」

「な、なんなのあいつ!」

「霊将って知っているか?」

 

 

 

 

 

 ソラのヴァンは飛翔し、接近する船に白い大筒を構える。直後に白い光が放たれ、水飛沫と共に船は沈没した。それらを繰り返し、ついに1人で全ての船を撃退したのであった。

 

 

 

 

 

 魔王の書斎の部屋。そこで魔王は書類に目を通す。そこへちんちくりんの白い影が飛び込むように入ってきた。魔王はそんな様子を特に気にもとめず気配だけで話を促した。

「か、海上都市でマナ出血熱です」

「封鎖は?」

「しました。しかしマナの濃度を高めにしているのが災いしております」

「周辺国に感染報告とかなかったが?」

「何者かが、病原菌を持ち込んだ可能性があります」

 魔王は底で初めて顔を上げて、宰相を見つめる。

「厄介だな。周辺住民の避難は?」

「すでに通達。明朝より開始できます」

「遅いな。今夜から動かせ。アレは広がるのは早いぞ」

「仰せのままに」

 宰相は勢い良く振り返り、走りだそうとして弾き飛ばされた。否、ぶつかったのだ。そこにはラガンが立っている。目の下に大きな隈を作っていた。死相だ。

「俺が出る」

「そんな体でか?」

「霊将にはマナ出血熱を対処する術がある」

「知っている。しかし君の命は、風前の灯だ」

「それでも行かねばならん。それにあいつの師匠なんだぜ俺は。目の前に苦しんでいる人を放ってしまったら死んでも死にきれんよ」

 魔王は口元で手を組み。考える素振りを見せた。瞳はラガンの瞳を射抜いたまま。痺れを切らしたラガンはさらに口を開く。

「それに嫌な予感がするんだ」

「嫌な予感?」

「白虹」

「はい」

 ラガンが呼びかけると、白い女性がどこからとも無く現れる。彼女は一度お辞儀する。

「よく知った神霊の気配を感じます」

「たぶんだが、俺の宿敵だ」

「因縁か……」

 魔王は努めて低い声を出す。ラガンはそんなのをお構いなしに笑う。

「いかせてくれバハムート」

 魔王は諦めように溜息を吐く。

「いいだろう。行け。ただし、君が死ぬ場所はこの城だ。いいね?」

「肝に銘じておく」

 

 

 

 

 

 魔王は書斎の窓からラガンの背中を見送った。

 

 

 

 

 

~続く~

 


 
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